新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

88 / 90
ばんははろEKAWARIです。
今回の話はダイジェストではない原文がそのまま残っていましたので久しぶりに三人称では無く一人称形式です。
色んな意味でネタばらし回。
次回、「エピローグ」!


47.終わりの再会

 

 

 それは永遠にして一瞬。

 途方も無い可能性の海の中から、探り当てた一。

 長かったと思う。

 全く、本当に世話が焼けるわ。

 その一言を聞くためだけにどれだけの時間を費やして、どれだけの人に協力してもらって、どれだけのお金をかけてきたのかわかりやしない。

 いえ、わたし自身で選んでやったことだから不満があるわけじゃないけど。

 それでもわたしの目的ははじめっから何一つ変わらない。

 だから、ね、アーチャー。

 酷い話だけどね、わたし安心したのよ。

 ああ、よかったって。

 貴方のその一言だけで全ては報われたのだから。

 

 

 

 

 

  終わりの再会

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 ふと、目を開けると其処はいつかも辿り着いた暗闇だった。

 この場所を知っている。

 あの聖杯の泥を受け受肉する寸前にも辿り着き、そして第五次聖杯戦争が始まってからもまた、何度も夢という形で接触した場所だ。

 けれど、その時と違い、今の自分の頭は妙にすっきりしている。

 ふと自分の体を見下ろして気付く。

 すっかりこの10年で見慣れてしまった女の証ともいうべき膨らみは消えている。

 次に手に目線をやった。

 そこにあるのはやや筋ばっていながらも細く小さな女の手ではなく、本来の男であるガッシリとした自分の手だ。

(私は男に戻れたのか)

 否、それは違うか。

 ここにいる私はいわば精神体のようなものだ。

 何故ならあの時、あの戦いで受肉した私は斃れたのだ。

 肉体という枷を失い、魂が本来の姿を思い出したと評したほうが正確だろう。

 しかし、では何故斃れた私はここにいる?

 通常であればたとえ受肉していたにしてもサーヴァントの魂は聖杯に回収されるのが習いだ。

 そんなことを思考しつつも暗闇を見渡した。

 ……誰かが近寄る気配がする。

 私ははっと後ろを振り返る。

 そこに彼女はいた。

 若い女だ。

 蘇芳色のフードを被った魔術師然とした女。

 顔はフードに隠れて口元しか見えない。

 けれどその造詣は美しく整っている。

 丸くしなやかなラインを帯びた体に、流れるような艶めいた長い黒髪。

 私は彼女のことを知っている。

 そうその人のことはよく知っていた。

 その気配も空気もわからぬはずがなかった。

 わからぬわけがなかった。

 懐かしさに目頭が熱い。

 ゆるゆると女は歩み寄り、そして、どこからか、トンと魔法のように椅子を取り出しそこに優雅に腰をかけながら、柔らかな言葉を私へと投げ掛ける。

「久しぶりね、アーチャー」

 

 その言葉に息が詰まった。

 嗚呼、全く、君という(ヒト)はどれだけオレを振り回せば気が済むのか。

 そうだ、前々から気付いていた。

 きっとこれは君が糸を引いていたのだろうとわかっていた。

 それでも、こうしていざ再会してみれば、喉が震えた。

「嗚呼。全く、君には昔っから驚かされてばかりだ。魔法に至ったんだな、遠坂(マスター)

 それにくすりと、口元だけで柔らかく彼女は、オレのマスターだった遠坂凛は微笑んだ。

「それで? どういうことなのか、説明はしてもらえるのかね?」

 そう問うと優美な仕草で足を組みながら女は言う。

「ええ。既に予測はついているんでしょうけど」

「此処は大聖杯の中か?」

 正解、口に出さずに微笑むことで凛は回答と為した。

「正確にはアンタを通して大聖杯の中に私の術式で一時的に介入しているのよ。今のアンタは大聖杯に回収される寸前の状態でこうしてこの夢の空間に固定されているわけ。まあいわばこの状態は大聖杯にバグを起こさせているようなものね」

 スラスラと赤い魔女はそんな言葉を告げた。

 軽く告げているが、とんでもない事をやっている。

 だが彼女ならそれが出来てもおかしくないと思ってしまうのは、彼女のサーヴァントだった欲目だろうか? 立派に育っただろう事が誇らしい。

 それから、一息ついて、凛はこんな言葉を口にする。

「魔法に至ったっていっても、わたしは宝石翁と全く同じとまではいかなかった。並行世界を移動するなんて夢のまた夢。わたしにはね、こうして夢を通して並行世界に干渉するのが精一杯だった。人は私を『赤き宝石の魔女』『不完全な魔法使い』とそう呼んでいるわ」

 それに疑問が募る。

「では、私があの時代の切嗣に召喚されたのは君の差配ではないのか?」

「いえ、わたしよ」

 きっぱりと彼女は言い切った。

「確かに人を並行世界に飛ばすなんて真似は私には出来ないわ。でもね、アーチャー。アンタは元々人じゃないでしょ。どの時空とも違う隔離された英霊の座にいる守護者のコピー。要はアンタに関してなら抜け道があったってことよ」

 そうして淡々と彼女はことの発端について語りだした。

「その話が舞い降りたのは聖杯戦争が終わった10年後だったわ。わたしや士郎たちはロード・エルメロイ二世と共に大聖杯解体の儀を行うことになったの。当時私は周囲には勿論内緒だったけど、魔法の片鱗に片足を突っ込みかけていた。だからね、これはチャンスだとそう思ったのよ」

「チャンス?」

 凛の言ってることがわからず、思わず首をかしげながら聞き返す。

 それに、凛は呆れたような表情を浮かべて、それから真剣な声音でいう。

「頑張ったやつがむくわれないのなんて間違っている。私の持論よ、忘れたわけじゃないでしょ」

 ああと返事しつつも、私は凛がいわんとしていることがわからず、「それで」と先を促す。

「アンタはあの時残ること望まなかったし、士郎を頼むなんていって気障に消えていったじゃない。でもね、後で考えたらそれすっごく腹が立って。わたしのもののくせに、言いたいだけ言って消えていった馬鹿サーヴァントに一発かまさなきゃあ気がすまないなってそう思ったのよ」

 どこか物騒な気配すら漂わせてそうおどけたように口にする凛だったが、言葉の割には怒りがそこには感じられず、寧ろどこか穏やかでさえあった。

「だから、大聖杯を解体するときに必要な部分の欠片を持ち帰り、アンタの触媒である宝石と、不完全な魔法を使って、時を遡って記録から干渉し、『わたしのアーチャー』が消える寸前の状態で固定させ別の並行世界に飛ばしたの」

 その言葉に、そういえば第二魔法である『並行世界の運営』には時間の超越なども多少は関わっていたことを思い出した。

「あとはそうね、完全にアンタという存在が消える前に、強引に召喚に割り込ませた先のサーヴァントのクラスという依り代を利用して、アンタという存在を固定させるだけだったわ。幸いといっていいのかはしらないけど、アンタを飛ばす際にわたしとアンタの間には簡易のパスが出来てはいたから、夢を通してならわたしはアンタの状況を把握することも出来た」

 ということは、私に何が起きていたのかの状況をほぼ全て凛は把握していたということなのだろう

 。そう納得するが、それでも未だに不審な点は多い。

「凛、聞いて良いか? 何故、第四次だったのだ」

 まずは第一の疑問がそれだった。

 ただ飛ばせばいいだけというのなら、並行世界の第五次聖杯戦争に飛ばせばいいだろうし、そのほうが余程簡単だろう。

 なのにわざわざ私が召喚される可能性がより低い第四次に召喚させたというのは一体どういうわけというのか。

 まさかとは思うが、第四次に召喚されたのは、遠坂お得意のうっかりなのだろうか。

 有り得ない話ではないなと、そんなやや失礼なことを考えている私にも気付かず、赤いフードの女は真面目な声音で次のようなことを口にした。

「第四次聖杯戦争。あの時代でなきゃ、意味がなかったからよ」

「それは、どういう意味かね?」

 並行世界に送られた経緯は、要するにあの時消える道を選択した私に対する逆襲のようなものであったことは、なんとなく理解は出来た。

 しかし、語る凛の声が穏やかなものということもあり、その真意はいまだ読めずにいた。

 そんな私の困惑まじりの言葉に、凛はどこか呆れたような悲しいような声で続ける。

「わたしはね、アンタを救いたかった。わたしのサーヴァントだった『アーチャー』、アンタをね。わたしのものが幸せじゃないなんて、わたしは我慢できないの。そしてわたしに出来るのはチャンスを与えること、だからそれを決行した」

 そして彼女はじっと私を見上げた。

 アクアマリンの瞳が、フード越しに私を見ている。

 その顔は最後に見たときの少女のそれではなく、立派な1人の淑女のものだ。

 それに、ここまでくるまでの彼女の歳月の長さを感じた。

「アンタに必要なのは時間だった。なにせ筋金入りの馬鹿だもの、アンタがすぐに変わるようなやつじゃないことはわかってた。きっとアンタを変えられるのはアンタの父親くらい影響力が大きい相手じゃないと駄目だって思ったのよ。それと、ほっといたらアンタすぐ死ぬでしょ? そうならないよう苦労したのよ。アンタのパスと大聖杯を経由して、色々弄って、ま、それでまさかアンタが女になっちゃった上うっかり属性までついちゃうなんてわたしも思わなかったんだけどさ」

 あっけらかんと告げられた事実。

 最後のほうの言葉につい眉を吊り上げた。

「……あれは君のうっかりが原因か」

「うっかりって失礼ね! もしもの状況を想定して、同一人物が顔を合わせて世界の修正を受ける事態を招かないように弄ってやっただけじゃない。寧ろ褒めるべき場所でしょ!」

 凛はがーっと、昔のように怒鳴りたてながらそんな言葉をいうが、これに関しては私とて譲れない。

「そういう君は、男から女の姿にイキナリ変えられるほうの気持ちを考えてみろ。思わず卒倒したぞ」

 そう返しつつも、それでも1つ納得したこともあった。

 この世界の衛宮士郎に対して憎しみも嫌悪感を抱かなかった理由。

 それはあの士郎は私とは同じにならないからというだけではない。

 思えばスタートがほぼ同じである初対面の時から既に、私はアレに対して嫌悪感がなかったのだ。

 同一の魂を持つ存在がそこにいるのなら、違和感や異物感を覚える筈なのに。

 あの時はもしや自分が女に変わってしまったせいで、世界の修正が上手く働いていないのだろうかといぶかしんだわけだが、どうやらこの凛の発言によるとそれは当たりであったらしい。

 性別の違いという明確な差によって、同じ魂を持つ者が同時に存在する際に起こる、世界からの修正を誤魔化したのだろう。

「わたしはね、アンタを救いたかった」

 ぽつりと、再び凛はそんな言葉を口にした。

「わたしの目的はね、つまりはそれだけだった。他の命まで購えるほどわたしの度量は広くはないわ。そしてわたしがこうしてこの世界に干渉出来るのはアンタと大聖杯を通してだけ。だからね、第五次が終わるまでは大聖杯を壊させるわけにはいかなかったのよ。どういう意味かわかる?」

 それはつまり、私が大聖杯の破壊を積極的に考えられなかったのは、そういう方向に無意識下で刷り込みをされていたということか。

 そして、そんな自分の思考を不審に思わないようにとりつけられたスキルこそが、あのふざけているとしか思えなかった『うっかり』スキルだったというわけか。

 そう私は合点した。

 これは怒るべきなのだろうとも思う。

 そんなことのせいで、この世界でも冬木大災害なんてものを招いたというのならばそうであるべきだとも思う。

 だが、私は何故か全くこの目の前の彼女に対して、怒りなどは感じなかった。

 ただストンと、そんな事実を受け入れていた。

 そして、そんな私を見て、どこかほっとしたように黒髪の女は薄っすらと微笑を口元に浮かべた。

 否、どうして怒れようか。決して自身で望んでいたわけではないとはいえ、己を救いたいとそう思ったという元マスターを、かつての師匠を、憧れの人を、何故オレが拒絶できるのか。

 人は救いたいと思った人しか救えない。

 それはわかりきっていたことだ。

 けれど、ふと疑問に思ったことがある。

 自分をこの世界に飛ばしたのも10年前に飛ばしたのもわざとだったことは納得した。

 ただ、それでも私には分からなかった。

「凛、私はこの世界の『遠坂凛』と接触したさいに、彼女の言葉で呪いを1つ受けたが、何故そんなものが私に通用したのか心当たりはあるかね?」

 そうだ、あの小さな遠坂凛の言葉がきっかけで、歳をとることも姿が変わることもないはずの英霊というのに私は髪が伸びる体質に変化した。

 その理由をこの凛は知っている気がした。

 そんな私の言葉に、う、と宝石の魔女は言葉につまらせて、それから1つ咳払いをしてから落ち着いた調子で話しだす。

「おそらくは、混線したんだと思うの。アンタに助けられる直前までこの世界の遠坂凛もまた遠坂凛(わたし)と同じ歴史を辿っていた。つまりはわたしとあの時点までの遠坂凛は殆ど同じなのよ。だからわたしの言葉と混同してアンタに届いたんだと思う」

 全てではないが、その言葉にある程度納得する。

「さて、ここで1つ詫びなければいけないことがあるわ」

「君が?」

 やや意外な言葉に驚きつつ私はそう返す。

 まさか凛の口から詫びなければなんて言葉を聞く日がくるとは思わなかった。

 それに、むっとしながらも凛は言葉を返す。

「何よ、私が謝ったらおかしいっていうの!? って、こら、士郎あんたまで笑ってんじゃないわ!」

 ガーと、暗闇に向かって吼えるアカイアクマ。

 その姿はとても懐かしい見慣れた動作だったが、ん? と今凛の口から飛び出た言葉に反応する。

「待て、衛宮士郎もいるのか?」

「え? あー。外から見守ってくれているわ。セイバーもね。士郎とはパスを通してあるからある程度こっちの様子も見えてるわよ。何、伝えたい言葉でもある?」

「いや……特にはないが。驚いたな。本当に今も一緒に居るのか」

 その私の言葉に、凛は勝ち誇ったような微笑を浮かべて誇らしげに告げる。

「言ったでしょ、士郎は責任もって私が幸せにするって。当然今も一緒よ。あ、アーチャー羨ましい?」

 そんなことをいう姿は昔のような意地悪気な顔で、でも懐かしさはあれど不快ではない。

 けれど、やれやれとまるで呆れたような仕草をとりながら、つい私は皮肉気な口調で言う。

「全く、どうしてそうなるのかね。それより……本題とずれているような気がするのは私の気のせいではないと思いたいが」

「あ、そうだった。ごめんなさい」

 あっさりと謝り、それから凛は元の真面目な調子に声音を戻して続けた。

「ギルガメッシュが現れたでしょ。気付いてのとおりあいつもアンタと同じくわたしたちの世界から流れていった一人よ。それで、いいにくいんだけど、アイツがそっちに現れたのはわたしのミスよ。ごめんなさい」

 そう、どこか沈痛に謝罪した。

「アンタとほら、最後に接触したサーヴァントってアイツだったじゃない。それで、アンタを送るさいに、どうも術式が混ざっちゃったみたいなのよ。アイツのことについては本当に悪かったって思ってるわ」

 自分達の世界の住人だったギルガメッシュ、それが現れた理由。

 ここまでくればもう驚くべきことではなかった。

 凛に自分がわざと送られたのだと気付いた時点で、容易に予測できたことだった。

 そんなふうに納得していると、再び凛が虚空を見て、どなりだす。

「ちょっと、士郎、何言ってんのよ。ちょっと黙ってて! うっかりやっちゃったのは仕方ないでしょ。勝手に人のせいにしないでよ」

 その言葉に既視感(デジャヴュ)を覚えた。

「……? どうしたのよ、アーチャー」

「……いや」

 頭を振るって考えを追い出す。

 

「それで、君が私をこの時代とこの世界に送ったのは、衛宮切嗣ともう一度会わせるためであってたのか?」

 その言葉に、凛は肩を竦めながら「50点ってとこね」なんていいながら、御伽噺の魔女染みた仕草で腕を組みつつ言う。

「わたしはね、自分のサーヴァントである『アンタ』に幸せになってほしかったの。だってわたしのモノが不幸なんて許せないじゃない。ただそれだけよ。それ以上は背負えないわ」

 その声音は真剣で、幾多もの願いを祈りを込めた言葉で、なんと応えるべきなのか私は惑った。

 正直にいえば、こんな薄汚れた守護者でしかない私に幸せになる資格などないだろうとも思う。

 でもきっとそれでは駄目なのだ。

 そんな言葉を口にすれば目の前の彼女は悲しむ。

 きっと彼女はこの世界に私を送り込むために多大な労力と時間を費やしてきたのだろう。

 それを無下にする言葉なんてどうしてかけられよう。

 だからきっと、逃げ口上は彼女に対して赦されてなどなかった。

 彼女は、かつての私のマスターだった遠坂凛は穏やかに、ゆるやかに話しかける。

 まるで明日の天気の話でもするような柔らかさで、それでもって最も確信だろう言葉を尋ねる。

「ねえ、アーチャー、貴方、楽しかった?」

 この10年間が。

 その言葉に、まるで走馬灯のように召喚されてからの色んな出来事が頭をかけた。

 幼いイリヤに切嗣と共に再び戻ってくることを誓ったことや、アイリスフィールと冬木の街を歩いた日のこと。

 英霊一同が揃った倉庫街の戦い。

 セイバーとライダーが揃って城まで押しかけてきて、酒盛りもしたこともあった。

 アイリが浚われ、馬鹿だ馬鹿だと互いに言い合いながら切嗣と一晩中話をした。

 そして忘れたら許さぬという言葉を残して消滅したセイバーの微笑み。

 切嗣と共にイリヤスフィールを救いにいき、その腕に抱いたイリヤの温もりと涙。

 幼い凛にアーチャーというクラス名をもじってアーチェとそう名乗った日。

 士郎の授業参観に保護者として参加して、その帰りに始めて手を繋いで歩いたことや、夏祭りにみんなで見た花火の美しさ。

 切嗣と、イリヤと、士郎と、大河と、桜と、彼らとの何気ない生活。

 ただみんなで揃って食事をする。そんなささやかなことさえ、この胸を満たしていた。

 そうだ、どれも大切な思い出だった。

(嗚呼、本当にオレは……)

 苦笑する。

 なんてことはない。

 気付いていなかっただけで、こんなにも身近にそれはあった。

 そうして出来上がった『家族』との日々はこんなにもオレに染み付いていた。

 だから、やっと素直にオレはそれを認められた。

「ああ……そうだな、楽しかった」

 そうだ、楽しかったのだ。

 そんな資格はないと思っていた。

 だけど、どうしようもなく日々は優しくて暖かくて、泣きたくなるほど大切で楽しかったのだ。

 そう思えたことに最早悔いなどない。

 それは不思議な気持ちだった。

 秋風のように爽やかで、体が軽くて、思い出に心が満たされている。

 こんな風に満たされる日が来るなんて、思わなかった。

 そんなオレを見ながら、凛は「そう」と優しく微笑む。

 それはまるで慈母のような微笑みで、オレの言葉に彼女もまた喜んでいることを伺わせた。

 

 ふと、手元に目線を落とす。

 オレの手の輪郭がブレはじめていた。

 それにもう時間がないのだと理解した。

 間も無くこの身は魔力として分解され聖杯に還元されて消える。

「ねえ、アーチャー、聞かないの?」

「何をかね?」

「この世界の士郎やイリヤ、セイバーたちのこと。アンタが現実世界で消えた後どうなったのか」

 凛は大聖杯を通して接触しているといった。

 ということは、私がこうしてこの世界に引きずり込まれたあとも、この世界の第五次聖杯戦争の顛末を見ていたということなのだろう。

 気にならないといえば嘘になる。

 だが私は横に頭をふった。

「いや、いい」

「どうして」

「敗退者である私がその後のことなど知る必要はなかろう。それに……こういうと馬鹿だと思うかもしれんがね、私は信じているのだよ。士郎も、イリヤも大丈夫だ。1人ではないのだから」

 そうだ。何の心配もいらない。

 きっと彼らならやり遂げられるだろう。

 たとえ残されようと、どんな辛いことがあっても2人なら乗り越えられる。

 それはきっと信頼だ。

「だから、大丈夫だ。遠坂、ありがとう」

 微笑みながら告げた。

 

 消滅の時が近づいている。

 もう体の半分は消えかけている。

 見れば目前の女性もまた姿がブレはじめていた。

 時間切れということなのだろう。

「お別れね、アーチャー」

「そうだな」

 こんなときだというのに、全く。気の利いた言葉の一つも出てきやしない。

 そんな自分の不器用ぶりについ呆れながら苦笑した。

 でも悪い気はしなかった。

「ねえ、アーチャー、貴方幸せだった?」

 凛は、少し前にも尋ねた言葉と類似した質問を柔らかく投げ掛ける。

 それに「ああ」とオレは頷く。

 自分の本音を皮肉のベールで隠すことなく素直に告げるオレに対して、凛もまた嬉しげに眩しいほどの美しさで笑った。

 いつか憧れた少女の笑みそのままに。

「そう。でもね、本当にエミヤシロウを救えるものがいるとしたら、それは……」

 

 その言葉の続きを聞くこともなく、今度こそアーチャーのサーヴァントである英霊エミヤは消滅した。

 

 

 

  NEXT?

 




Q、第四次編でエミヤさんがセイバー不在だったのに何故アヴァロン投影&能力発揮させることが可能だったのか?
A、赤い宝石の魔女とのパスごしで実はセイバーとも繋がっていたから。
というわけでネタばらし回。
散々タイトル詐欺扱い受けてきましたが『うっかり女エミヤさんの聖杯戦争』の意味は『うっかり(魔女により)女(に変換させられた)エミヤさんの(為の)聖杯戦争』の略だったりして、実はあらすじがそのまま真相だったりしたのであった。
この物語は最初っから今回の話でエミヤさんに「楽しかった」という一言を言わせる為だけに存在したといって過言ではなかったりします。
次回最終回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。