新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
今回の話はにじファン連載時のダイジェスト版だと1600字くらいしかなかったのでそれを思うと実に4倍くらいに増えましたね~。
まあ最後だからね。
次回、「終わりの再会」!


46.無限の剣製

 

 

 精神の底の底で自分と向き合ったときに彼女は言った。

『衛宮士郎は剣を使うものではない。無限の剣を内包した世界を創る者だ。投影魔術などそこからこぼれ落ちたものに過ぎん』

 ……と。

『だからこそ想像しろ。己が最強を幻想し、我こそが最強たらんと胸を張れ』

 それを……理想を体現したかのような背を見せながら白髪を靡かせて言う。

『体は剣で出来ている』

 その背に数多の剣を幻視する。

 赤い剣の丘に佇むその姿は男にも女にも見える。

 彼女が答えた正体を思えば、慣れ親しんだ女の姿のほうが偽りで、重なるように映る男の姿の方が本来の姿なのだろう。

 広い背、高い身長、長い手足は逞しく、惚れ惚れするような筋肉がしっかり各所についている。

 無骨に鍛え続けられた戦士の体は、まるで実践に重きを置いた無銘の名刀のようだ。

 それは……その男の後ろ姿はエミヤシロウの理想を体現したような、それでいてどこか物哀しい姿だった。

 自分に有り得た可能性の一つ。

 けれどおそらく俺はこうはならないのだろう。

 それでいいと彼たる彼女は言う。

『お前はお前の最強を幻視しろ』

 既に道は違えたのだからと、乾いた女の低音が男の低音と二重音声で届く。

 ……この日の事をきっと俺は忘れないだろう。

 そうここで衛宮士郎とエミヤシロウの運命(フェイト)は終わり始まった。

 ならばこれはエピローグでありプロローグだ。

 だから俺は……託された全てを果たそう。 

 

 

 

 

 

  無限の剣製

 

 

 円蔵山は冬木に存在する霊地の一つだ。

 遠坂の屋敷や冬木の教会などと同じで聖杯降臨が可能な地の一つであり、かつてユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンがその身を捧げ用意した冬木の大聖杯が眠る土地であり……冬木の聖杯戦争の基盤がある地といえる。

 ならば、この終局にはこの地がやはり一等相応しかったのかも知れない。

 その石段の先にある柳洞寺境内の石段に、その王はまるで玉座に腰掛けるかのような優雅さで座して待っていた。

 金色の髪に、人外を示すような赤い瞳、白い肌。

 高い背丈に均衡の付いた黄金比を体現した体躯と圧倒的な王気(オーラ)

 古代ウルクの英雄王……ギルガメッシュ。

 彼は、ゆるりと瞳を細め皮肉気な笑みを口元に湛えながら、頬杖をつきながら現われた白髪長身の女と赤毛の少年を見下すような瞳で射貫く。

「ふん、懲りぬ奴らよ。折角拾ったというのに、自ら命を捨てに来るとはな」

 傲慢な微笑だった。

 だがそれでこそこの王らしいとも言える。

 けれどもう今度は間違えない。

 既にそこに今朝はあった暴走の色はなく、琥珀の強い瞳で士郎は太古の英雄王たるサーヴァントを真っ直ぐに見返した。

 そんな士郎を見て目を細めながらゆるりと黄金の王は言う。

「ほう、そこな雑種。随分と変わって育ったものではないか。環境はこうも人を変えるか。そうさな。前の時の小僧よりはまだ見れよう。だがな、やはり贋作者(フェイカー)贋作者(フェイカー)よ。存在自体が目障りだ。だがよい。(オレ)自らの手で誅そう」

 そう言うと共に立ち上がり、王の財宝をギルガメッシュは少年らへと差し向ける。

 とっさに投影魔術を展開して当たろうと思うが隙もない。

 そんな風に思う少年より一歩前に出て、アーチェは手を翳し、その自己暗示とも言える魔術の呪文を紡ぐ。

「――――I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

「シロねえ!」

 士郎より一歩前に出ている女は、構えた右手はそのままに、左手を払うようにさっと赤毛の少年に向ける。

 それはよく見ていろと言わんばかりの仕草で、士郎はこれもまた彼女からの贈り物なのだと理解する。

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 それはアーチェ……英霊エミヤたる彼女が誇る、最も信頼している最大の守りだ。

 掲げた右手の先に展開されるのはピンク色の七つの花弁。

 それは投擲という概念に対して無敵とされるトロイア戦争でアイアスが使ったとされる盾……の投影品であり、アーチャーのスキルを使ってギルガメッシュが打ち出した宝具の雨は悉くこの盾による守られる。

 長い白髪を靡かせた、広い女の背中。

 それはその盾の見た目もあるのだろう、こんな時だというのに酷く美しい光景だった。

 刹那怒声にも近い女の叱咤にも似た声が上がる。

「士郎!」

 それに反応し、士郎は自分の手の甲に浮かび上がった令呪を意識しながら、自分のやるべきことを思いだし告げる。

「令呪をもって命じる! セイバー、飛べ!!」

 突如、アイアスの内側に金紗の髪に青と銀のドレスの美しい少女が現われた。

「重ねて令呪を持って命じる!! セイバー、やるべきことを為せ!」

「はい、マスター」

 清涼な声で、振り返ることすらせずそう士郎に返すと、少女はギルガメッシュにも、彼の宝具の雨をアイアスの盾でもって防いでいる白髪の女にも一瞥すらくれず、そのまま大聖杯の眠る洞窟の方に向かって駆け抜けた。

「何!?」

 セイバー……一度は求婚までした女に完全に無視されたギルガメッシュは、驚愕に瞳を丸くするが、ついでセイバーに一瞥すらされなかったという点が気に障ったのだろう、「(オレ)を無視するとは、万死に値するぞ!」と怒りの声を上げ、去って行くセイバーに対し更に王の財宝を差し向けるが、ガギンと音を立て、それらの宝具の投擲は打ち落とされた。

「させんよ」

 そこには白黒の陰陽剣……干将莫耶を携えたアーチェが立っていた。

 ただ、気配は先ほどよりも希薄だ。

 ロー・アイアスの投影に魔力を使いすぎたのだ。

 もうこの陰陽剣以外の投影をする魔力など、アーチェには残されていなかった。

 そんな姉と親しんだ人……実際は平行世界の自分の成れの果てだ……を支えるように隣に立ちながら赤毛の少年も「工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)……俺もついている」そう答えた。

 そう、これは最初っから規定の路線だ。

 そもそも円蔵山は霊地であり、天然の結界が展開されているため、霊体であるサーヴァントが乗り込むには柳洞寺正面にある表門から正面突破するしかない。

 それがバゼットやイリヤスフィールが裏道から乗り込むのに、セイバーが同行しなかった理由である。

 だがしかし正面から乗り込むとなれば、ギルガメッシュがセイバーが大聖杯に向かうのを妨害してくることだろう。

 そこで令呪の出番だ。

 サーヴァントへの鎖でもあるこれは、願い方や内容によっては魔法じみた奇跡さえ叶える。

 それは単純でシンプルな願いであればより強力となる。

 故に先に士郎とアーチェが乗り込み、黄金の王を惹き付けている間に士郎が令呪によってセイバーを召喚し、道程をショートカットさせ、ギルガメッシュの追撃を妨害する、という方向性で決まったのだ。

 そしてセイバーは黄金の王の追撃にあうこともなく、無事に抜けることが出来た。

 だが、これで終わりでは無い。

 寧ろアーチェと士郎にとってはここからが本番であるし、メインを張るのは赤毛の少年の方だ。

 それをよくよく胸に刻みながら、士郎は黄金の王の追撃に対し、腕を前に掲げながら自分の内からこぼれた力達に号令をかけた。

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……!!」

 27の魔術回路はフル稼働し、ここに少年の放つ宝具の贋作と、本物の威光を備えた黄金の輝きが激突する。

 

  * * *

 

(始まった……)

 それぞれの戦いがはじまった事を使い魔を通して理解しながら、コツコツと一歩ずつ大地を踏みしめるように紅髪の女魔術師は大聖杯に続く道を歩く。

 その先に自分が相まみえることを望んでいる存在がいると、理解していたからだ。

 きっとそこにいると思った。

 言峰綺礼。

 魔術協会、聖堂教会相反する筈の両方に所属する元代行者であり、紅髪の男装の麗人……バゼットともいくつかの任を共に熟した間柄だ。

 黒髪黒目の黒衣を纏った大柄で逞しい体躯の神父。

 ……この男に仄かな想いを抱いていたのは事実だ。

 だからこそバゼットは、協会派遣の魔術師として第五次聖杯戦争に参加が決まった際、言峰との再会に浮かれそして……そしてその左腕ごと己がサーヴァント……槍兵(ランサー)クラスで召喚された己が憧れだったクー・フーリンのマスター権を奪われたのだ。

 そのことについては悔やんでも悔やみきれない過去だ。

 自分はあのまま死ぬはずだった。

 けれど助かった。

 何故助かったか?

 あの日、魔術師殺し衛宮切嗣の部下にあたる黒髪黒目黒装束の女性に助けられたからだ。

 そうでなければ一人、双子館で誰にも知られること無くバゼットは死んでいたことであろう。

 そしてその自分を助けた女性が、今ピンチにあるのだという。

 ならば、その恩は返すべきだろう。

 そもそも全ては自分の甘さが招いたことだ。

 言峰を信頼しきっていた自分が悪かったのだ。

 もっとランサーの言うとおり、警戒を解かなければ済んだ話だったのだ。

 だからこの借りは返す。

 言峰綺礼を打ち倒し、久宇舞弥という恩人たるあの女性を助けに行く。

 それが今こうして聖杯戦争が始まる前に惨めに敗退してしまったバゼットに出来ることだと、そう紅髪の女魔術師は思っている。

 コツコツ。

 足を進めるその先には、思った通り、以前と変わらぬ様子で黒髪の神父が悠々と佇んでいた。

 

「ほう。生きていたか。存外にしぶといな、マクレミッツ」

 自分の元に現れた女を見て、にやりといつも通りの笑みを口元に浮かべながら言峰綺礼はそんな言葉を放つ。

 酷く苦い気持ちがバゼットの中に湧き上がる。

 2週間ぶりの再会。

 けれど、随分と久しぶりのような気がする。

「ええ、そうですね、綺礼」

 そう淡々と返しながらも、どこか物悲しいような気持ちがバゼットの胸には落ちていた。

 それはこの男に対してまだ情が残っているからかもしれなかった。

 けれど、ぎゅっと今はない左手を右手で押さえながらにバゼットは思う。

 たとえどう思ってた相手だろうと、コレは自分からランサーを奪い、左腕を奪った敵なのだと。

 たとえ左腕をなくして隻腕となろうと負けるつもりはない。

 それに先ほど膨張した肉の塊となっていってる聖杯を見た。

 自分の恩人たる女性を核にしたものだ。

 そこから生み出されるのが碌でもないものであるくらい明瞭であろう。

 そこに見える大聖杯も、ゴボゴボと黒く禍々しい気配を漂わせている……こんなものが聖杯? 全く悪い冗談だ。

 そんなものの誕生を望むこの男は排除するべきだとそうバゼットは確信する。

 故に……。

「行きます」

 たとえ如何なる相手だろうと打ち倒すだけだ。

 

  * * *

 

 イリヤスフィールは自分の髪と針金から生み出した簡易ホムンクルスを盾にして、呪いの毒をかき分けながらその中心部にいるであろう舞弥の元に向かっていた。

 一歩間違えば60億人を呪い殺すような超弩級の呪いにやられることだろう。

 霊体であるサーヴァントが直接相手するよりはまだマシだろうが、それでも悍ましい敵には変わりない。

 その状況でイリヤは逸るような気持ちも覚える。

 だが、皆戦っているこんなときに自分だけ戸惑ってなどいられないし、立ち止まるわけにはいかない。

 錬金で次々と足場を作りながらイリヤはその白銀の髪を靡かせながら肉塊の元に向かう。

 ……正直、イリヤは決して舞弥を好いていたわけではない。

 彼女は聡いが故に、父切嗣とその助手であった女が男女の関係があっただろうことも察していたのだから、ある意味当然だったといえる。

 実の母であるアイリスフィールが例え舞弥のことを受け入れていたとしても関係は無い。

 当然だ、父親が自分の母親以外の人間とそういう関係があると察して良い気分になれる娘などいるだろうか?

 別に嫌いじゃ無いけれど、だからといって好きにもなれない相手……それが久宇舞弥という存在だった。

 けれど、それでも長い付き合いだ。

 彼女がいなくなれば、きっと士郎もシロも悲しむことだろう。

 それは嫌だとイリヤは思う。

(だってわたしはお姉ちゃんだから)

 弟達を悲しませたくない、だからイリヤは駆ける。

 その肉の中心に囚われた人の下へと。

「舞弥ッ」

 間も無く、大聖杯が起動しようとしている。

 あの黄金のサーヴァントは想定外だ。

 今生き残っているのはあのイレギュラーなサーヴァントを除けばセイバー1人だけ。

 聖杯を起動する条件は揃っている。

 強いて言うならもう一騎あれば根源への扉を開くに足る魔力量に達するだろうが……あのバーサーカーとして召喚された英霊は破格だ。

 あの英霊一騎で3騎分ほどの魂の容量がある……その分魔力として昇華するのに手間も一入であろうが。

 時間がない。

 それはわかっている。

 救出に遅れたら今度こそこの世全ての悪(アンリ・マユ)が生まれる。

 だけど、不安は不思議とあまりなかった。

 そうだ、セイバーだって今大聖杯に向かっている。

 セイバーの宝具である約束された勝利の剣(エクスカリバー)の破壊力は頭一つ飛び抜けている。

 あれがあれば間違いなく大聖杯も破壊出来ることだろう。

 そして、大聖杯がなんとかなれば、小聖杯を壊す必要だってなくなるのだ。

(舞弥はきっと生きている。だから、一秒だって早く、私は彼女を救いださなきゃ)

 ふわり。

 そう気負う彼女の下に暖かい風が流れ、頬を撫でる。

「お母様……?」

 イリヤとそう名前を呼ばれた気がした。

「いえ……これは…………ユスティーツァ様?」

 

  * * *

 

 それが現れたのは突然だった。

 黄金の王の打ち出す宝具の雨を投影した贋作をぶつけ、或いは双剣で逸らし、一対二でありながら有利とも言えぬ状況で、ただひたすらにそれを展開する隙をまつ赤毛の少年と白髪の女の下に、翡翠で出来た鳥が舞い降りたのだ。

 遠坂凛の使い魔であるそれは突如ギルガメッシュとアーチェ、士郎の3人がいるその戦場に現れた。

 ギルガメッシュを取り囲むように現れたそれは一体ではなく、三体で視界を遮るようにグルグルと回りながら飛ぶ。

「王の視界を遮るとは無礼な!」

 苛立ちまじりに打ち落とされたのを合図に、翡翠の鳥はパンとはじけて光源となりギルガメッシュの目を晦ませた。

「何……!?」

 その隙を見逃すはずがない。

 アーチェは士郎に同調を深めやすいように、背後からそっと夫婦剣を握る士郎の手に自分の手を重ね、そして士郎とアーチェは揃ってその呪文を唱えだす。

 魔術の才能のないエミヤシロウがもつ唯一の一、固有結界『無限の剣製』。

 その呪文が今2人のエミヤシロウによって紡がれる。

 アーチェの呪文は全て士郎の補助となり、イメージの助けとなり、魔力はより深く士郎へと流れ込む。

 殆ど残されていない、今こうして現界している分も全て赤毛の少年に与えるように。

 今更邪魔をしたところでもう遅い、呪文は完成する。

「unlimited blade works」

 今展開される、最も魔法に近いとされる魔術の一。

 それは間違いなく士郎の手によってなされたもので。

 赤い空の先の青空が見える。

 剣が見える。

 ならばもう、それで充分だった。

 きっと士郎はアレに勝てるだろう。

 そう信じてた。

 だからこそアーチェは、今度こそその意識を崩壊に任せて手放した。

 満ち足りたような微笑だけを残して。

 少年の頬から流れる涙は見なかったフリをして。

 

 

 

「体は剣で出来ている。

 血潮は鉄で、心は鋼。

 幾度の戦場を俯瞰して尚、不屈。

 ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利も求めない

 担い手は剣の丘で鋼鉄(こころ)の刃を鍛え続ける。

 ならばその未来(さき)に言葉は要らず。

 その体は無限の剣で出来ていた」

 

 

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