新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
今回は自分的に剣弓回です。
拙者士剣前提のプラトニックな剣弓大好き侍。自分の中の剣弓概念を盛り込んでみました!
次回、「無限の剣製」!


45.さよなら

 

 

 ―――その感触を忘れられない。

 体感としては僅か2週間ほど前の出来事。

 聖杯を与えると、そんな甘言に乗り、私は己が剣となると誓った少年さえ斬り捨てた。

 息子を斬り捨て、臣下を斬り捨て、愛した少年さえ斬り捨てたこの業。

 その末に知らされたのは、聖杯が私の求める願望機などではないというそんな残酷な真実。

 ならば、ひょっとしてこの再会こそが最大の皮肉であったのかもしれない。

 そう、『彼女』こそが『彼』だった。

『君が斬ったという『マスター』は果たして、君を恨んでいるのだろうか』

 そう召喚されて間もない夜、彼女は言った。

 それでも私が彼を斬ったという事実は何も変わらない。

 彼女だって知っているのだろう、その上でそう口にした。

 まるで恨むはずなどないというように。

 それを当然というかのように。

 ……否、実際わかっていたのだろう。

 自分のことだったからこそ、誰よりも深く。

 本当にあなたという人は……変わったようで、何も変わっていない。

 だから、私にとって、自分を召喚した少年ではなく、貴女こそが私の鞘なのだと、そう思ったのです。

 

 

 

 

 

  さよなら

 

 

「ああ、やはり。貴女が私の鞘だったのですね」

 そう確信を持ってかけられた彼女の言葉に、白髪褐色肌の女の中に戸惑いと動揺がひた走る。

 ……一瞬何を言われたのかわからなかった。

 それは当然だ、確かに彼女は……アーチェを名乗るエミヤシロウと同一存在たる女は目の前の彼女の……セイバーの鞘なのではない。

 確かにかつて衛宮士郎と名乗っていた少年時代、彼女が彼だったとき第五次聖杯戦争で召喚したのはこの少女と同一存在……アルトリア・ペンドラゴンだった。

 ……その出会いをよく覚えている。

 月光の中凜とした眼差しと立ち姿。

 とても美しく神々しくて、厳かに響いた『問おう、貴方が私のマスターか』と硬質ささえあった響き。

 その姿なら、地獄に堕ちても忘れないと思った。

 ……実際にどんなに心が摩耗しようと忘れることは無かった。

 例え長い憧憬で師であった鮮やかな赤い少女を忘れてしまったとしても、彼女のその姿だけは……衛宮士郎の原点である切嗣同様に忘れることは無かったのだ。

 けれどアーチェーは……アーチェが衛宮士郎時代に召喚したセイバー(アルトリア)は、彼には救う事が出来なかった。

 その願いの歪さに気付いていたのに、間違っていると思ったのに、それでも美しいと思ったのだ。

 ……衛宮士郎の体内には全て遠き理想郷(アヴァロン)が埋め込まれている。

 セイバー……アルトリアの宝具約束された勝利の剣(エクスカリバー)の鞘であり、現存する宝具でかつて第四次聖杯戦争に衛宮切嗣が挑む際に、アインツベルンの当主たるアハト翁に授けられたものだ。

 本来の持ち主であるセイバーの魔力がある限り、持ち主を癒やす剣以上の破格の宝具。

 それは第四次聖杯戦争終了時に切嗣に拾われたとき、瀕死だった自分を延命させるために埋め込まれたものでもある。

 そしてアヴァロンが体内にあったことにより■■士郎の起源は変化を起こし、衛宮士郎の起源は『剣』となった。

 その心象風景が剣を基盤とするのも、剣に秀でた投影魔術師であったのも、体内にアヴァロンを宿していたからというのが大きい。

 そういう意味では衛宮士郎の魔術師としての在り方はアヴァロンによって決定されたといえる。

 そしてアヴァロン……聖剣の鞘は、アーチェがエミヤシロウだった時代死ぬまでずっと彼の体内にあった。

 ……それを、本来の持ち主であるセイバー……アルトリアに返却出来なかったこともまた、アーチェの中に小骨のように突き刺さる未練の一つだ。

 けれど、もうそれを返す日は来ない。

 そしてここに召喚された少女は、確かにあの日恋い焦がれた星と同じ魂姿形をしているけれど、それでもアーチェが地獄に堕ちても忘れないとそう思ったあのアルトリアとは違うのだ。

 確かに自分は鞘だ。

 この身は終生聖剣の鞘と共にあった。

 しかし今の自分が、このセイバーの鞘かといわれたらそれは違うだろうとエミヤシロウたるアーチェは思う。

 だから、困惑混じりに、自分を抱きしめている彼女に言葉を返す。

「セイバー、何を言ってる」

「貴女はエミヤシロウなのでしょう」

「ッ」

 セイバーはそっとアーチェの背を抱きしめつつそんなことを言う。

 その瞳はどこか泣きそうにも見える。

(私がエミヤシロウかだと? 嗚呼そうだ、確かに私はエミヤシロウだ。だが……)

 アーチェはまるで聞き分けの無い子供を落ち着かせるように、そっと鎧越しのセイバーの手に自身の褐色の手を重ねながら、言い聞かせるような落ち着いた女の低音で言う。

「私は、既に衛宮士郎とは別物だ」

 そうだ、今の姿は女だから、サーヴァントだからそれだけではない。

 守護者としていくつもの滅びを担ってきた反英雄たるこの身は、既にあの頃の少年とは別物だ。

「君のシロウはオレではないだろ、アルトリア」

 紳士的でさえある色をその鋼の瞳に載せて、真っ直ぐに彼女の碧い目を見つめながら、乾いた白髪の女は言う。

 そんな彼女に向かって静かに首に左右を振って、金紗髪の少女が答える。

「いいえ、あなたが鞘だ。たとえどんな姿になろうとあなたはあなたです」

 そう言いながら、セイバーはその生前とは似ても似つかない褐色の手を自身の白魚のような手で包み込んだ。

 どうしてわかってくれないのだろう。

 そんな困惑を抱えながらも、アーチェも続ける。

「君のマスターは私ではない」

「わかっています」

 だったら、と続けるはずの言葉をアーチェは失った。

 乾いた目で、でもどこか泣いているようにすら見える表情でセイバーは笑っていた。

 ……まるで、割れかけのガラスのような微笑みだった。

「ええ、わかっています。私は己がエゴのために彼を殺しました。今更顔向け出来るとも思っていません。それでも私は……私にとっては、我が鞘は今生にて契約を交わした彼ではなく、あなただ」

 それだけを告げて、セイバーは去った。

「セイバー……」

 ……かつて憧れの星だった少女だった。

 セイバーは……アルトリアは一体どんな気持ちで「あなたが鞘だ」と告げたのだろうかと思えば、アーチェの心の中に気苦しい気持ちが湧き上がる。

 たとえどんなに時が経とうとも、変質しようとも……それでも彼女が、エミヤシロウにとって何よりも大切だった存在には変わらないのだ。

 たとえ彼女が……自分が衛宮士郎だった時代に召喚した少女とは厳密には違っていたとしても。 

 だからだろう、彼女が去った後も追いかける気にはなれず、ただぐっと瞳に力を込めながらアーチェは空を見上げ続けていた。

 ……あの日の星の輝きに想いを馳せながら。

 

  * * *

 

『君のシロウはオレではないだろ、アルトリア』

 先ほどまで相対していた人の鋼の瞳を思い出しながら、小柄な金髪の少女は肩を落としながら俯く。

「…………」

 彼女の言う言葉は的外れというわけではない。

 それでも、思ったのだ。

 自分の鞘は……今のマスターではない、あなたこそが私の鞘なのだと。

 そしてその想いは今も変わっていない。

 ……これは代償行為なのだろうか。

 わからない、それでも……彼女がエミヤシロウだと理解した時、彼女の……アルトリアの胸に広がったのは喜びと悲しみと安堵だった。

 自分は自分を愛した少年を斬った。

 それが聖杯を手に入れる為だと嘯いて、敵の甘言に乗って……その先の結末があれだ。

 おまけに聖杯は汚染され元々優勝したとしてもセイバーの願いを、望みを叶えることはなかったという。

 笑える話だ。

 滑稽だろう、そんなものの為に自分を愛してくれた少年を……愛した少年を斬り捨てたなんて。

『セイバー』

 そう彼の声が今も脳裏にこびりついている。

 それは声質こそ違えど先ほどの彼女と同じ発音とニュアンスで……間違いなく彼女はセイバーが愛した少年と同一存在なのだ。

 エミヤシロウが……自分が愛した少年が生き残り英雄にまで至った、そんな世界があったことに安堵した。

 ……再会出来たことが嬉しかった。

 けれど、根本的に何も変わっておらず、自分を大事にしないその在り方が哀しかった。

 たとえ女の姿をしていたとしても、たとえ人間でなくなったとしてもシロウは何も変わっていない。

 だから、彼女こそが自分の鞘だと思ったのだ。 

 既にこの世界に召喚された目的を果たすことは出来ないけれど、それでも彼女の為の剣になりたいと思った。

 何故昨夜『大聖杯を破壊する』と彼女に告げたのか?

 それは確信がなくとも、薄々気付いていたからだ。

 彼女こそが自分の鞘だと。

 その剣になり、その力になりたかった、それだけの話なのだ。

 

 そんな事を思いながら、金紗髪の少女は衛宮邸の廊下を歩く。

 アーチェが自分を追ってくることはなかった。

 わかっていたことだが……少しだけ期待していたのだろう、思わずため息が漏れる。

 本当はどうしたいかなんて自分が一番よくわからなかった。

 そのまま居間への顔を出すと、そこには水を飲んでいる士郎……今生のマスターがいた。

「マスター……」

「セイバー」

 かつて愛した少年とそっくりで、でもアーチェより余程遠い少年はきょとんとした顔で金紗髪の少女を見つめる。

 なんとなくばつが悪い気分になって去ろうとするセイバーを、彼は呼び止めた。

「ちょっと待ってくれ」

「何の用でしょうか、マスター」

 心の内は揺れていたけど、表向きは完全に平静を装い、冷静な声で淡々とセイバーは言葉を返す。

 そんな小柄な少女騎士に向かって、赤毛の少年は朗らかに笑いながら、一礼をし、言う。

「シロねえから聞いた。俺が助かったのは、セイバーの剣の鞘が体内にあったからだって」

 その瞳は透き通っており、歪さは……見えない。

(……嗚呼、やはり貴方は私の鞘では無い)

 姿形は同じなのに……なのに自分が愛した少年とどこまでも違う少年に、違いを見出す度にセイバーの心に虚しさが沸き立つ。

「知らずに使っていたとはいえ、これはセイバーの持ち物だったんだろ? 今まで知らなくて悪かった」

 ……そんなことは良いのだ。

 もう自分にその鞘を持つ資格などないとそう、セイバーは思っているから。

 だから、次の言葉は看過出来なかった。

「今返すから……」

「いいえ、その必要はありません、マスター。それは今まで通り貴方が持っていてほしい」

 けれど、そんな少女の言葉のほうが不可解だったのだろう。

 士郎はきょとんと琥珀の瞳を瞬かせると、少女に疑問を返す。

「なんでさ。お前のものなんだろう」

「いいえ。私に、それを受け取る資格などない」

 自分の鞘は貴方ではないのだと、そんな拒絶がどこか纏っているセイバーの言葉に、士郎はそれ以上何も言えなくなった。

 

  * * *

 

 遠坂凛はどこか遠い夢を見ていた。

 父と母と妹と四人揃って暮らしていた幸せな過去。

 遠すぎる記憶は10年以上昔のものだ。

 セピア色の夢。

 それから遡るように、桜との別れ、父との別れ、父と母の葬儀などに思い出は昇っていき、ついには桜を刺した時の記憶にまで戻った。

 桜、たった一人の妹。

 大好きで、幸せになって欲しかった人。

 あれから桜は目覚めていない。

 ずっと眠りについている。

 だったら、せめて一緒に眠り続けられたらなんて、自分らしくもなく弱気に思う。

 ちょっと疲れたのかもしれない。

 もっとまどろんでいたい。

 桜とずっと一緒に、子供の頃のように……暮らせたらなんて、そんなことを思う凛を叱咤するように、今は一番聞きたい声がそっとたしなめた。

『駄目ですよ』

 くすくすと笑うのは、最愛の妹。

 夢でももう一度見たいと思っていたその顔が見れたことが、泣きたいくらい嬉しくて胸がつまった。

『桜……』

 大好きで大切な妹。

『そんな顔してたらミス・パーフェクトの名が泣いちゃいますよ。姉さん』

 思わず手を伸ばした。

 それは桜には届かなくて悔しくて唇を噛んだ。

 そんな姉を見て、桜は仕方ないように笑って、それから言う。

『姉さん、姉さん。図々しいのはわかってます。頼めた義理じゃないかもしれないですけど、でも……姉さん、シロさんと士郎先輩を助けて下さい』

 ふわふわと、白いワンピース姿で青紫色の髪を揺らしながら、少し泣きそうな優しい瞳でそんなことを言う妹の姿を、ぼんやりと凛は碧い瞳で見つめる。

『シロさんと先輩が立ち向かおうとしている金ぴかはとっても大きくて大変です。シロさんたちはすぐに昔から無茶をするから、だから姉さんがいたらきっと大丈夫だと思いますから』

 そう寂しそうに桜は言った。

 だから、凛は『わかったわ。他ならぬ妹の頼みだもの。あいつらの面倒くらい見てあげるわ』そう答え、『はい』と桜は満足そうに笑った。

 ……そこで目が覚めた。

 凛は桜を看病する形で被さるように寝ていたことに気付く。

 先ほどのあれははたしてただの夢だったのだろうか?

 ……否。

 凛は桜の寝顔を見て、先ほどのあれはただの夢ではなかったと確信した。

 眠っている桜は微笑んでいた。

 姉さんがついていてくれるなら大丈夫、姉さんはヒーローだから、そういわんばかりに安心した表情で笑っていた。

「そうね……あいつには私のアーチャーの借りもあることだし。やったろうじゃないの」

 そう口にする凛の瞳に、既に気弱な色はどこにもなく、力強く鮮やかで眩しい、いつも通りの遠坂凛だった。

 

  * * *

 

 出発の時間になった。

 もうこれ以上話すことなど何もない。

 それぞれに戦支度を整えて、皆一緒に衛宮の家を後にする。

 最初にバゼットが歩き出した。

 次にイリヤが足を進める。

 2人とも、裏道から円蔵山へと向かうのだ。

 残ったのは、セイバーと士郎とアーチェの三人。

 こくりと、セイバーとアーチェは頷きあう。

 士郎は2人の空気に何かを感じて口を挟むでもなく、ただ2人を見届けている。

 くるりと、セイバーは後ろを向く。

 アーチェはセイバーに一瞥もくれず歩き出す。

 背中合わせにすれ違い様、セイバーは一言だけ言葉を放った。

「さよなら、シロウ」

 少女の翠緑の瞳からは静かに涙が一筋零れ落ちる。

 その様を見るものは誰も居ない。

 声をかけるものは誰も居ない。

 その必要さえない。

 その別れに言葉などいらないのだ。

 ただ、歩く。

 交わらない運命はこれから終わりに向かうのだ。

 けれどそれは決して悪い事ではないのだから。

 

 そして辿り着く終わり。

 石段の上、そこに黄金の王が居た。

 

 

  NEXT?


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