新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
うっかり女エミヤさんの聖杯戦争第五次聖杯戦争編……別名をシロねえルートというわけですが、今回はまさにその別名通りの回となっています。
第五次聖杯戦争編02話で既に伏線仕込んでたし、いやあ伏線回収まで長かったなあ。
次回「さよなら」!
……確信はないけれど予感はあった。
いつかこんな日が来るのだろうと。
長かったのか短かったのかは自分でもわからない。
どちらも正解で同時に間違っている。
だが、きっと私の10年はこの日のためにあったのだろう。
……色んな事があった。
まさか、一度死した身ながら、こんな穏やかな日々を送ることになるとは思わなかった。
自分と同じで別の存在に安堵することになるとも思っていなかった。
きっとこいつは自分と同じ道は辿らない。
自分と同じで違う存在にそう思えたことがどれだけ救いだったか。
未練は無い。
絶望も無い。
希望はある。
託せるものがあるというのは、きっとそれだけで幸せなのだ。
きっとこの先に困難も多くあることだろう。
道は必ずしも平坦では無く、苦悩に苛まされる夜もいくらでもあるだろう。
だがきっとオマエが折れることはないし、お前は一人でも無い。
きっとこの先も彼女はずっとオマエと共にいることだろう。
それがどれだけ幸福なことか。
嗚呼、そうさ、私は何も心配はしていない。
例え、どんなに敵が巨大であろうと、そんなものでは衛宮士郎は折れる事は無い。
そう知っているから、だから大丈夫だ。
なあ、士郎。
お前はこれから多くの人の心を救う事だろう。
だからその餞に、私はオレの全てを託そう。
最後の夜
衛宮士郎は酷く緊張した調子で、姉として10年暮らした彼女の部屋の前へと立っていた。
「どうした? さっさと入ってこい」
士郎の気配に気付いていたからだろう。
何でもないような調子で淡々とアーチェはそう士郎に言葉を放った。
それに少しだけ眉を寄せて、唇をぐっと噛みしめてから覚悟を決めたように赤毛の少年は彼女の部屋へと入室する。
その部屋は持ち主の気性を現しているかのように女性らしさは欠片も見えず、士郎の部屋と大差ないほど生活感がなく素っ気なく、余分なものが一切無くきっちりと整理整頓が行き届いた部屋で、殺風景でさえあるが、寂しい感じはしても冷たい感じはしない。
だが、明日いなくなっても不思議じゃ無いそんな雰囲気があった……本人がそうであるように。
アーチェに当然のように座布団を出され、その上に座りながら士郎は10年姉と親しんだその人の顔を見上げる。
無機質な白い髪に、褐色の肌、鋼色の瞳。
顔はやや童顔で美人と言うよりどちらかというと可愛い感じの顔立ちをしているのだが、眉間に皺を寄せていることも多いし、凜々しめの上がり眉に、きゅっと引き締まった唇。
その凜とした硬質な雰囲気から、ぱっと見の印象的には可愛いというよりも美人……と見る者に思わせるような整った顔をしている。
それでもセイバーやランサー、イリヤのように絶世の美形……というほどではなく、美人過ぎない程度の親しみやすい範疇にいる美人だ。
張りのある大きな胸が紛れもない女性であることを象徴しているが、背は士郎よりも高いし、肩幅もそこそこ広く、女性らしさを損なわない範囲で結構筋肉もついて引き締まっていて、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる健康的かつ肉感的な体型をしている。
モデルとアスリートの中間のような体つきというべきか。
素直でないところも多いし、厳しい所も多かったけれど、それでも女性らしいのに女性らしくなくて、皮肉も多かったけれど、根は優しくお人好しで困っている人を放っておけない、そんなこの人が好きだった。
だが……シャンと背筋を伸ばして士郎の正面で正座している彼女は……一体誰なのか。
本当は何者なのか薄々士郎は気付き始めていた。
アーチェは話があると、そう確かに言っていた。
これから何を話されるのか、どういう話があるのか、言われる前から士郎はわかっていた気がする。
そして告げられる言葉。
「士郎、私はオマエの姉でも人間でもない。オレは『エミヤシロウ』の可能性の一つであり、オマエと道を違えた衛宮士郎の成れの果てだ」
それを驚愕を伴って受け入れるべきだったのだろう、本当は。
けれど、士郎は自分でも不思議なほどストンとその言葉を受け入れられていた。
けれども、それでも尚士郎は思う。
(……俺は多分きっと、アンタが何者でも構わなかったんだよ)
それから一つ一つ淡々と数々の事実をなんでもないかのように告げていくアーチェ。
一度こことは違う平行世界の第五次聖杯戦争に召喚され、自分殺しを企み、一度はマスターであった遠坂でさえ裏切った事。
あの黄金のサーヴァント……ギルガメッシュはおそらく自分がいた世界から来た存在である事。
自分がサーヴァントとして召喚された聖杯戦争で、別の
後は座に還るだけだと思っていたら途中で別の聖杯戦争に召喚され、その先にいたのがこの世界の衛宮切嗣であり、再召喚されアーチャーのサーヴァントとして切嗣と契約した時には、何故か自分は女の姿をしていたということ。
それから第四次聖杯戦争の終結時に受肉し、第五次聖杯戦争のどさくさに紛れて大聖杯をなんとかすることを目標に、普通の人間のように暮らし、家族ごっこをしていたこと。
「私は本当は女でも人間でも無いんだ」
そう無機質な鋼の瞳で、乾いた声で言ってのけた、10年姉と親しんだ白髪の女性。
「今まで騙していてすまなかった」
……だけど、そんなことはどうでも良かったんだ。
衛宮士郎にとって、そんなことどうでも良かった。
たとえ、自分と同一の魂をもった存在だろうと、本当は女ですらなかったとしても、そんなことは些細な問題だった。
だって、それで一緒に過ごした10年がなくなる筈がないのだから。
たとえ1日だって5分だって、それはかけがえのない時間だった。
たとえその正体が何者であろうと、それでも士郎にとってアーチェは大事な姉で、家族で、大切な人だった。
それが……たかがそんな「事実」如きで、一緒に今まで過ごして歩んできた時間が嘘になるわけがなかった。
……その顔を覚えている。
切嗣と2人で大災害でふらつく自分を見つけ出した時の顔。
それから2人に引き取られた日や、悪夢に苦しむ士郎の頭を優しく撫でてくれたこと。
話していなかった授業参観にきてくれて、そのあと2人で手を繋ぎながら帰った思い出など、数え上げればキリがない。
それら全ては本物で、ならそれ以上は充分だった。
この人が誰で何者であるかなど衛宮士郎にとっては些細な問題だった。
楽しかった。嬉しかった。
一緒に過ごした日々は今も赤毛の少年の中でキラキラと眩しく輝いている。
共に在れた日々全てが衛宮士郎にとって宝物だった。
怒った時もある、怒られたこともある。
そうして隣でずっと生きてきたのだから、それだけで充分だった。
そんなことを思う士郎の思考などおかまいなしにアーチェの話は続く。
ギルガメッシュ、あの黄金のサーヴァントに勝てるのはオマエだけなのだと。
我らこそがアレの天敵だと。
前回の戦いの結果あれは大した相手でないと慢心しきっているだろう。
そこをつけと、我を忘れる真似さえしなければオマエならば勝てるはずだとそうアーチェは言うのだ。
そして、最後に締めるように、アーチェは……白髪長身の別世界の自分と同一であるという女は、10年間、かかさず毎日のように身につけていた赤い宝石の髪留めを士郎の方へと差し出した。
「士郎、オマエに全てやる」
それは10年間アーチェがため続けてきた魔力だった。
受肉し、アインツベルンの呪いも受け、弱体化して士郎と大差ない魔力量に落ちながらも、それでも毎日コツコツとこの中に魔力を溜め続けてきたのだ。
それはきっといつかこんな日が来るとわかっていたから、溜めていたのだろう。
全てはこの日の為にあった。
アーチェが溜め込んでいた魔力のほぼ全てがここにある。
しかし、通常なら他者の魔力など早々に受け入れられるわけではない。
だが、アーチェと士郎は元々が同一人物なのだ。
だから、オマエになら使えるはずだといいながら、アーチェは魔力の明け渡しをしようとしていた。
全てやるとは、それは比喩表現でもなんでもない。
言葉通りの意味だ。
それを見ながら、そんな風に自分に髪留めを差し出すアーチェを見ながら、気付けば士郎の頬から一筋の涙が流れていた。
溢れる。
次々と想いが洪水のように少年の中に駆け回り、その度に滂沱の如く頬に水滴が増えていく。
音もなく、声も立てず、ただただ静かに士郎は泣いていた。
それを見てアーチェは問う。
「何故泣く」
自分よりずっとずっと年上の筈なのに、まるで幼い子供のような
不思議そうな、戸惑うような姉と慕っていた別世界の自分の顔を見て、士郎は思う。
(……アンタ、本当に馬鹿だな。うん、馬鹿だよ。間違いなく大馬鹿だ)
涙は止まらない。
それを見て、アーチェは仕方なさそうな悲しそうな空洞のような優しいような、そのどれでもないような微笑を顔に浮かべて、「全く」そんな言葉と共にポンと士郎の頭を抱え込んで、幼子にするような仕草であやしながら言った。
「オレはそんなに泣き虫じゃなかったはずなんだがな」
「アンタが泣かないから、その分俺が泣いているんだ」
それは、涙の流し方すらアンタはわかっていないだけだろうと指摘するような言葉で、それを聞いてアーチェは乾いた声で、「そうか」と返した。
そしてアーチェは家族としての顔を捨て、今度こそ士郎の手に魔力を込めた髪飾りを握らせた。
「……士郎、波長を合わせろ。呼吸を合わせ、魔力の流れを読み取るんだ」
そう声をかけて彼女は同調を開始した。
コツンと額と額を合わせて、アーチェの左手で髪留めごと士郎の右手を握り込む。
互いの吐息がかかるほど近いのに、どこかそれは神聖な儀式のようで……流れる涙を止めて、ぼんやりと『嗚呼、綺麗だな』そんな場違いなことを衛宮士郎は思う。
厳かに、祝詞を詠うかのようにハスキーな女の低音が言葉を紡ぐ。
「心は奥へ奥へ沈めていく。余計なものは読むな。いかに今の私が劣化しているとはいえ、今のオマエには負担が過ぎる」
落ちていく、墜ちていく。
無機質な歯車と赤い剣の丘へと。
それがエミヤシロウの……衛宮・S・アーチェと名乗っていた別世界の自分の心象風景。
いくつもの光景が駆け抜けた。
月光の元不可視の剣を構えた金紗髪の少女剣士に、縁側で着物姿の切嗣、絞首台、救いたいと望みながら救えなかった苦悩、苦痛、終わりの無い日々。
そこにいたのは見慣れた女の姿ではない、遠坂凛が召喚した逞しい男の姿のエミヤシロウだ。
すり切れていく心と、消滅への願望。
別の
まるで嵐のようで、呑まれそうだ。
『全く、余分なものは読むなと言っただろう』
そう呆れたように皮肉じみた声が男と女の二重音声で士郎の耳に届く。
『こちらだ、士郎』
ぱしりと褐色の手に手を引かれ、その底に彼女はいた。
正確には彼女と言っていいのかは士郎にはわからなかった。
何故ならそこにいたのは、男の姿と女の姿が重なっている白髪褐色肌のその人だから。
(ああ……シロねえだ)
でもたとえどんな姿をしていても、それでもそれが大事な家族で自分の姉であることに変わりはなかった。
本当は男か女かなんて些細な問題だった。
駆け寄る。
その人を目指して。
溶ける。
手を繋いだところから、溶けていく。
そして2人は、精神世界の底で2人で1つのエミヤシロウとなる。
この衛宮士郎がこのエミヤシロウになることなどは有り得ない。
たとえ魂が同一であろうとどこまでも2人は別人だ。
それは不思議でおかしな感覚だった。
脳への負担だけで、それ以外に後遺症もなく、アーチェの記憶の一部と魔力は士郎へと明け渡された。
母親の胎内に回帰したような心地良ささえ少年に与えながら。
* * *
長い白銀の髪を靡かせながら、イリヤスフィールは父である衛宮切嗣と、自分の妹を名乗っていた少女……レイリスフィールの死体を眺めていた。
ぐちゃぐちゃで悲惨な、見るも無残なその姿。
けれど、それから目を逸らすでもなく、涙を流すでもなく、ただじっと真摯な目で死を見つめる。
その様に、思わずバゼットは声をかける。
「辛くないのですか?」
言ってから、バゼットははたと気付いたように「いえ、他人の私が口出しすることではないとは思いますが、親子と聞いていたので」そんなことを言い訳のようにいった。
けれど、気にするでもなくイリヤは淡々とバゼットの投げかけた疑問に答える。
「そうね、きっと辛くないって言ったら嘘になるわね」
「ではどうして?」
涙を流すでもなく、死者を悼む態度でもなくじっとその無残な死体を見ているのか? 言葉にせずともそれは問うているも同然だ。
それを受けてイリヤはいう。
「決めていたことだもの」
イリヤは続けた。
「わたしが以前出した課題の意味に気付かずに死んだら、その時は絶対キリツグのために泣いてなんてあげないって」
そう赤い瞳で睨め付けるように二人の死体を見下ろしながら、イリヤスフィールは言った。
「キリツグは、私の父はね、信じられないくらい馬鹿な人だったのよ。馬鹿で愚かでどうしようもなくて、誰も泣かないで欲しいと思っているくせに、近くで泣いている人の姿に気付かないのよ。ホント、馬鹿で愚かでどうしようもな…………」
言いながらも、イリヤスフィールの声は震えていた。
……強がっているだけなのは明白だ。
思えば睨み付けるような目なのは、そうしていないと泣いてしまいそうだから、それを我慢した結果なのかもしれない。
そう紅髪の女魔術師は判断した。
「どうやら私は余計な邪魔をしてしまったようだ。すみません。しかし、ミス衛宮、誰も見ていないときくらいなら泣いても赦されると思いますよ」
そう声をかけてからバゼットはその場を去った。
それを合図にしたかのようにガクリとイリヤの膝が落ちる。
「……泣かないわ、泣かないもん。だって、これは復讐なんだから」
目の端にいっぱい涙を込めて、けれどそれを流すまいとしながらイリヤは誰に言うでもなくそう宣言する。
精一杯に胸を張り、ぐっと上を向きながら。
そう……とても馬鹿で愚かでどうしようもない人だった。
だらしなくて、大雑把で、でも繊細で傷つきやすくて、凄く不器用で、酷い男だったのに、家族をどうしようもなく軽く扱いながら、それでもわたしたちを……家族を愛していた。
疑う余地がないほどに愛していながら、それでも本当の意味で家族を取ることのないそういう男だった。
そんな切嗣のことが大嫌いで、なのに愛おしかったのだ。
かつてかけた言葉はメッセージだ。
自分を大切にしろと、切嗣が自らを軽く扱う度に、切嗣を愛している周りは傷つくのだという
それに気付かず逝ったのなら、ならもう赦す価値すらない。
「わたしは絶対に赦してあげないんだから。だから、あの世でせいぜい泣いてなさい……父様」
最期に、餞のように、長く呼んでなかった呼称でその死を悼んだ。
* * *
あと1時間で予定の時間となる。
皆でこの家を出て、各自戦いに赴く。
やるべき事をやる。
それで自分は終わり。
これがこの世界で過ごす最後の夜だ。
思えば長い10年だったとアーチェは思う。
こんな風に人として生活することになるなど召喚された時は思ってもいなかった。
けれど、きっとこれもまた仕組まれたことなのだろうとも思う。
誰が仕組んだのか、どうしてこの世界にきたのか、何故女の姿になっていたのか。
士郎に対してわからないと告げたけど本当は薄々気付いている。
きっと彼女との再会ももうすぐだ。
そんな風に空を見上げながら物思いに耽っていたアーチェの前に、金紗髪に碧い瞳の美しい少女騎士が姿を現した。
銀と青の鎧姿も美しく、玲瓏な美貌をもつ彼女をよく引き立てている。
……彼女と初めて出会った日のことは今もエミヤシロウにとっては宝物だ。
その時の彼女とこのセイバーは厳密には同一でないけれど、それでも彼女が憧憬であり、始まりの星だったことに違いは無い。
……その生き様に惹かれ憧れた、オレの
だが、なんだか様子がおかしい。
どことなく思いつめたような顔はまるで昨日の夜の再来のようだった。
「どうかしたのかね、セイバー」
いつもの調子で声をかけるが、返事は無い。
「セイバー?」
再び尋ねると同時。
とん、と軽い調子でセイバーはアーチェを抱きしめた。
白髪長身の女は思わず戸惑う。
そんな戸惑いすら置き去りにセイバーは……。
「ああ、やはり。貴女が私の鞘だったのですね」
確信をもって彼女はそんな言葉を口にした。
NEXT?
今回の話でシロねえルートの意味がわかった?
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わかった
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わからなかった
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美味しかった
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それより剣弓期待