新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
もうすぐ最終回なのでラストスパートですが、次回の話に挿絵つけられたら良いなとか思っています。
ぶっちゃけ次回は「うっかり女エミヤさんの聖杯戦争」って話し構想した時からメッチャ描きたかったシーンなんよなあ。次回予告イラストでも描いたシーンだけど、ネタバレ防止の為にあっちは一部暈かしているしナ~。
というわけで次回「最後の夜」!


43.集結

 

 

 ……正直な話をするならば、このような形で再びその地を踏むことになろうとは思っていなかった。

 自分の実力を証明するんだとそんな青い想いを胸に携えて、彼の地に辿り着いた日の事はよく覚えている。

 ここから全ては始まるんだと……それは正しくもあり間違ってもいた。

 師の用意した触媒を盗み出し、呼び出したのは破天荒な征服王……騎兵(ライダー)イスカンダル。

 そこから過ごした日々はキラキラと今でも私の胸の中に大切にしまい込まれている。

 きっとあの2週間ほど濃密で宝のような時間はなかっただろう。

 私の……ボクの王。

 私は貴方に恥じぬように在れているだろうか?

 あの日々を思い出せばジクリと疼くような想いがある。

 ただ、約束を胸に私は今一度彼の地へと向かおう。

 日本へと。

 ……大聖杯を解体する為に。

 

 

 

 

 

  集結

 

 

 チチっと鳥たちが囀り、空からは赤みが抜けている。

 全ての感情を置き去りにするかのように、血生臭いこの現場から目を逸らせば、この国は相変わらずとても平和に見える。

 誰も知らないのだ。

 ここで起きた惨劇も何もかも。

 あれから、日が昇って半刻ほどの時が経過した。

 つまりはギルガメッシュがその地を去ってからも同じだけの時間が経っているということだ。

 その黄金の王により酷く損壊された二人の人間の肉体は、つなぎ合わせたところで元の人間になるわけではない。けれどそのままにしておくことなども出来ず、セイバーはそれらをかき集めて、衛宮の家へと持ち帰ることにした。

 くるりと後ろを振り返る。

 ギルガメッシュに手ひどくやられたアーチェと士郎の二人だったが、赤毛の少年の傷は痛みは残っているにしても、セイバーと正規の契約を交わしていた関係上ほぼ完治していた。

 からくりを知れば当然と言えば当然である。

 かつて切嗣によって衛宮士郎の肉体に埋め込まれた宝具全て遠き理想郷(アヴァロン)は、持ち主に強力な治癒効果をもたらす。

 そして正式な持ち主とは剣士(セイバー)クラスとして召喚されたサーヴァントであるアルトリア・ペンドラゴンだ。

 士郎は正式なセイバーのマスターであり、契約で繋がっている。

 パスを通してセイバーの魔力が流れ込めば、元々は彼女の宝具だ、アヴァロンは魔法と見紛うほどの強力な治癒効果を発揮するだろう。

 それが皮一つで繋がったほぼ真っ二つ状態から士郎が復活できた絡繰りだ。

 たとえ心臓を破壊されたとしても、即死さえしていなければこの宝具はセイバーの魔力ある限り持ち主を癒やすであろう。

 だから士郎の傷に関して言えば何も心配は要らないのだ。

 アーチェの傷にしても、残っているし治りきるものではないが……動けないほどではないと言ったのは先ほどセイバーをあしらったアーチェ自身の言葉だ。

 それは嘘ではないのだろう。

 実際問題としてアーチェの傷の治りは、実は受肉したサーヴァントであった事を差し引いても早いほうだ。

 何故かといえば、生前彼女が彼であった頃も、その体内には全て遠き理想郷(アヴァロン)があり、これによって起源が『剣』となるほどに馴染み一体化していたものだ。

 ……最も本来の持ち主であるセイバーがいなくば奇跡のような治癒力が発揮されることはなく、体内に存在しているだけでは、ちょっと傷の治りが早くなる程度の力しか無かったのだが。

 まあそれらの経緯もあり、本来の鞘の持ち主であるセイバーに負わされた傷でない限り、アーチェは傷の治りは常人よりも早いほうといえる。

 ……其の分彼女(セイバー)に傷を負わされた場合、治りの遅さも折り紙付きになってしまうのだろうが、ここでは関係がないのでそれは置いておく。

 故に、服の一部を破り傷口に強く巻き付けておけば、そこまで時間をかけずに血は止まった。

 ……まあ、罅の入った霊核に関してはどうしようもないのだが。

 どちらにせよ、士郎とアーチェ2人で互いに協力すれば時間はかかれど、家に帰るくらいなら問題はなさそうな様子であった。

「先に行きます。シロも、マスターも、無理はしないように」

 そう声をかけ、セイバーはアーチェが投影した布を使って遺体を運び出す。

 その背負った肉塊の軽さに、少しやるせないものを感じる。

 男の死体の頭部は半分抉れ、どろりと脳みそをゼリーのように散らした死に顔で、そりゃもう惨い有様であったが、その口元は口角が上がり、半分だけ潰れずにいたその顔に苦悶は見当たらず、どことなく満足そうな窶れた顔であった。

 そこにかつて自分を召喚し、ついには最後まで理解出来ずに終わった男の面影は最早無い。

 けれど、たとえどんなに理解が出来なかった男であったとはいえ、それでも決してセイバーは衛宮切嗣という男を嫌っていたわけではないのだ。

 かつてはこの男の思想を知り、哀れにすら思ったくらいだ。

 あの時、アルトリアがセイバーとして参戦した第四次聖杯戦争では、聖杯を取るべきはこの男ではないかと思ったものだ。

 理想を追う哀れな男だった。

 理解に苦しむ面も多かったが、それでも根底にある祈りは自分と一緒であり、同胞であると思っていたのだ。

 最後に令呪の強制でもって、聖杯を破壊させられるという形の裏切りを受けたからこそ、どういう人間なのかついにはわからなくなってしまった男でもあった。

 だから結局は冷酷で機械のような男であったのだと結論付けたのだ。

 どこかで信じたいとも思いながらも。

 そして、今この胸にはあの時も抱いた憐憫が沸々と湧いていた。

 冬木への三度目の召喚にして、初めてアルトリアは衛宮切嗣とはどういう男であるのか答えが出たような気がした。

 尚、今彼女が抱えている布の中に包まっている死体は衛宮切嗣のものだけではない。

 この中にはレイリスフィールという少女の遺体も入っている。

 敵の少女であったことは聞いている。

 今代のアインツベルンのマスターであり、イリヤスフィールが重症を負ったのも彼女にやられたのだと。

 まあ、敵同士であったのだからセイバーにしてみればそのことについて何も言うつもりはないが、それでも無残にうち捨てられた少女の死体をそのまま見過ごせるほど、セイバーは非人間のつもりもなかった。

 苦悶に塗れた壮絶な死に顔ならば尚更である。

 例え生前は敵であろうが、死者は悼まれるべきだろう。

 そして衛宮の家につき、それに気付いた。

「……! 誰だッ」

 ばっと、知らぬ気配を前に警戒にセイバーは剣を構える。

 そこにいたのは男物のスーツに身を包んだ長身の紅い髪をした魔術師(メイガス)だ。

 感じ取れる気配と直感スキルが目の前の相手はかなりのやり手と告げている。

 そんな警戒するセイバーに向かって、慌てるように親しんだ少女の声が届いた。

「セイバー、まって。バゼットは敵じゃないわ」

 そういって顔を出したのは衛宮切嗣とアイリスフィールの娘、イリヤスフィールだ。

 彼女は本調子でない様子などおくびにも出さず、しっかりした足取りで真っ直ぐにセイバーを見つめている。

 イリヤはしっかり者だ。

 彼女がそういうのなら、この紅髪男装の魔術師は本当に敵ではないのだろう。

 故に警戒は完全に解いたわけではないながらも、ゆっくりとセイバーは剣を下におろす。

「イリヤスフィール? 目が覚めたのですか」

「そうよ。詳しい話は皆揃ってからするわ。ところで、シロと士郎はどこ?」

 その言葉に罪悪感が募った。

 結局自分が駆けつけた時には全て終わった後だった。

 この家で1人眠っていたイリヤは未だに父である衛宮切嗣が死んだことも、アーチェと士郎が重症をおったことも知らずにいた。

 ……シロが現世に留まれるのはおそらくあと一日が限度だろうことも。

「2人は……もうすぐ着くはずです。こちらも、皆揃ってから、それから話します」

 

 そしてセイバーが帰還してから遅れて5分後に士郎とアーチェもまた帰ってきた。

「士郎!? シロ!?」

「イリヤ、目が覚めたのか。ただいま」

 赤毛の少年は今でこそ傷は残っていないが、満身創痍だった事を伺わせるほどにその服はズタボロで血の染みがあちこちにあったし、白髪長身の女に至っては、血が止まったのはわかってても深手を負ったのは明白だ。

 イリヤはそんな二人を見て、胸をきゅっと締め付けられるような想いを抱えながら、それでも気丈に赤い瞳に強い力を込めて、「何があったのか全部話しなさい。隠し事なんてしたら赦さないから」とそう告げ、共に衛宮邸の居間へと歩を進めた。

 そこで、一端全員にアーチェによりお茶が配られ、一息ついたところで切嗣の死とレイリスフィールの死を手短に纏め、語られた。

「ちょっと待って、セイバーその時貴女何してたのよ。呆れたわ、最優のサーヴァントの名が泣くわね」

「……否定は出来ません」

 話された内容に驚きつつも、イリヤは珍しくもセイバーを詰るように睨め付けながら、そんな皮肉を投げかけた。

 そしてセイバーもそれを甘受したが、そのやりとりに待ったをかけたのは士郎だった。

「まて、イリヤ、悪いのは俺だ。セイバーは何も悪くない」

「でも……」

「ごめんな、イリヤ、心配かけてごめん。親父を守れなくてごめん。セイバー、ふがいないマスターでごめん。シロねえから話は聞いた。俺が助かったのはセイバーと契約していたからなんだって。悪かった、本当に感謝している」

 そんな風に頭を下げながら二人の少女に告げる士郎であったが、彼の体は傷こそ塞がったがフラフラしていた。まあ、然もありなん。傷は塞がっても失った血の量まではどうしようもない。

 それを見て取った周囲はこのままじゃ話し合いどころではないと、8時間ほどの休息と休養をとるという合意で話は進んだ。

 それらを見送ってから、気絶するように士郎は眠りに落ちた。

 しかし、同じく重症を負ったアーチェはといえば、あと一日が自分の限度と口にしながらも、それでも何事もないかのように淡々と、怪我をしているなどおくびにも出さない態度でバゼットと話し、接していた。

 寧ろそのことに、バゼットのほうが動揺していたくらいだ。

 されど、あまりに普通の態度だったので、初期の目的どおりというべきか、この家には自分の宝具がないかを尋ねることが主目的だったこともなんとか告げることが出来、アーチェは「確かに保管している、少し待っていろ」と声をかけ、奥の部屋からバゼットの奥の手ともいうべきそれ斬り抉る戦神の剣(フラガラック)を返却した。

 ……正直自分で尋ねておいてなんだが、バゼットはここまであっさりと自分の宝具を返して貰えると思っていなかったので、少し呆けた様子で差し出された褐色の女の手元を見る。

 そんな彼女に対して、アーチェは苦笑しながら告げた。

「盗んだつもりはないさ。あの場に放置しておくにはあまりに危険だとそう思ったから、回収していただけだよ。元より君のものだ。君が望むというなら返そう」

 こうしてバゼットはフラガラックを取り戻した。

 

 

 * * *

 

 

 ロンドンが誇る名物教師ロード・エルメロイ二世が所用により東の島国……日本(ジャパン)に向かうという報を受けて、時計台では極一部でにわか騒ぎになっていた。

導師(マスター)、どうしても行かれるですか」

 自分の生徒達数人に囲まれ、苛立ち混じりに顔をしかめながらむっつりとしている長身長髪のその男……ロード・エルメロイ二世と呼ばれている時計台の講師、本名ウェイバー・ベルベットは、憮然とした様子ながらも是の返事をする。

 男は既に旅支度を整えており、トレンドマークの赤いコートをきっちり纏った様は、止めても無駄だといわんばかりだった。多分今回の件で、この男もまた協会で苦しい立場に立たされるのでは無いかというのは、生徒達全員の見解だ。

 だがしかし、生徒達は揃って顔を合わせるとこくりと頷く。

導師(マスター)、私たちはマスターがどういう道を選んでも味方します」

「自分が思うようにやってください」

 と、そんな風に恩師に安心させるような声をかけた。

 実際彼らは実家にどやされようと、この恩師の味方をすると決めている。

 そんな己の生徒らの声を聞いて、ようやっと男ウェイバーは加えタバコの火を消しながら「全く馬鹿どもが。お前たちなどに心配されるなど私も終わりだな……ふん、貴様達に心配されんでもすぐに帰るさ。行って来る」なんて皮肉じみた言葉を口にしてから空港に向かった。

 日本行きの切符を手にして。

 おそらく己が冬木に着いた時には全て終わっているのだろう。

 いや、もう終わってたとしてもおかしくはない。

 それでもその脳裏には一人の女の姿がちらつく。

 白髪に褐色の肌をした鋼色の瞳の女だ。

(約束をしたからな……最善は尽くすさ)

 ライダーが言ってたような感情を自分が彼女に抱いていたのかまではわからない。

 抱いてたとしても、もう10年も前のことだ、今の自分には関係がないことだ。

 それでも、自分の立場だからこそ出来ることもある。

 きっともう会えることは無い。

 第五次聖杯戦争が始まる前に彼女が会いに来た、あれが最後だ。

 でも、それでも力になると決めたし、冬木の聖杯戦争には自分も因縁はある。

 だから、ウェイバーは……ロード・エルメロイ二世は今旅立つ。

 日本へと、その因縁の地に向けて。

 

 

 * * *

 

 

 冬の空に赤みが差し始める。

 夕刻となった、夜までまもなくだ。

「さて、揃っているな」

 アーチェ、士郎、イリヤ、セイバーに、そしてバゼット。全員揃ったのを見届けながら、白髪長身の女が口火を切る。

 そしてお互いに何があったのか、それぞれ一人ずつ互いの状況を報告し話を進め、話が纏まったことを確認すると、至極冷静な物腰でアーチェはある事を告げた。

「舞弥と連絡がとれなくなった」

 その言葉に、メンバーは不安と驚愕に顔を曇らせる。

 舞弥は優秀な兵士だ、それは全員の共通認識である。

 だが、どれほどに優秀であろうと敵わないものがいる。

 それはサーヴァントだ。

 彼女を脅かせる存在がいるとしたらそれはその存在に相違ない。

 バゼット以外の脳裏に浮かぶのは黄金の王の姿だ。

 そしてそれは間違いでは無い。

「ギルガメッシュはレイリスフィールの心臓……つまりは小聖杯を持ち去った。そしてあれには生きている魔術師の魔術回路が必要となる。凛のほうには変化はない。となると、舞弥が犠牲になっている可能性が高い」

 どちらにせよ、向こうもこちらも今夜中に決着をつけるしかない。

 それを前提として話は進む。

「私は、綺礼を……あの代行者をこの手で斃します。私が愚かだったばかりに犠牲になったランサーのためにも、この手で決着をつけなくてはなりません」

 そう紅髪の男装の麗人は……バゼットは決意を込めて、なくした左手を握り締めながら言う。

 かくて、最終決戦の割り振りは、対神父戦にバゼット、可能ならば舞弥の救出にはイリヤ、大聖杯の破壊にはセイバー、ギルガメッシュとの対決にはアーチェと士郎が向かうことになった。

 それに、セイバーはとくに驚きの声を上げる。

「アーチャーと戦うと!? シロ、貴女は何を言ってるのですか!?」

 セイバーにしてみればアーチェの発言は正気の沙汰とは思えない。

 あの黄金の王にやられ2人が重症を追ったのは今朝のことだ。

 それを踏まえながら……それを踏まえなくとも、消えかけの弱体化したサーヴァント一騎と生身の人間で彼の英雄王を相手取るなどと妄言にしか聞こえなかったわけだが、そう声を荒げるセイバーに向かって、落ち着いた声音でアーチェはいう。

「セイバー、大丈夫だ。何、今度は負けんよ」

 それがあまりに静かな声と柔らかな表情だったから、セイバーは何も言えなくなった。

「決行は今夜だ。各自、英気を蓄えておくように。士郎、あとで私の部屋に来い。大事な話がある」

 そう酷く落ち着いた調子で白髪褐色肌の女は告げた。

 

 

  NEXT?

 


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