新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
鬱展開については前回がピークなんで、ここら辺から徐々にマシになっていく感じであります。
まあ、あくまでマシにって話だけど。あと段々皆集合してきます。
次回「生贄」お楽しみに?
その衝動の名をなんと呼ぼう。
その肉塊を知っている、わかっている。
父と呼び慕っていた人だ。
たとえどんな姿であろうとわからない筈が無いだろう。
たとえ面影すらなくなるほどグチャグチャになっていたとしても、俺がわからないはずがないんだ。
血が逆流する。
熱くて熱くて脳髄は沸騰寸前だ。
これは吐き気? 怒り? 憎悪? 違う、どれも当てはまってどれも違う!
止まれない、止まりたくもない。
身体が、魂が叫びを上げる。
アレを赦すなと、目の前の男を排除しろと焼け焦げた脳が指令を下している。
ガギリと、理性がブレーカーを落とす。
背骨に鉄を流し込むような錯覚と痛みが、俺を人でありながら人でないものに作り変える。
「
後ろで俺を引き止めるように、誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
黄金の王
(……親父?)
衛宮切嗣が家のどこにもいない。
その事に最初に気付いたのは士郎だった。
2月14日、空に赤みが射しだした明け方も近い時刻、ただなんとなく親父の顔が見たくなって彼は居間を訪れた。
衛宮切嗣は半死半生だ。
もう誰が見ても其の命は長くなかったし、どう見てもまともに動ける体では無かった。
だからたとえ意識を取り戻せたとしても、どこにもいけないとそう思っていたから、そこにいると信じていた。
なのに、居間に残されていたのは空っぽになっていた布団。
布団の状態から見て、いなくなってからまだ10分は経ってないと思われるが、しかし碌に動けない体だった筈なのに、一体どこに?
よしんばトイレであったとしても、まともに歩けるかも怪しかったのに。
そんな風に呆然とする士郎の前に、タイミングを同じくして姉と慕う白髪長身の女性……アーチェが慌てた様子で居間へと飛び込んできた。
「士郎、切嗣はどこにいる!?」
「……いない、見ていない。俺が来た時には既にいなかった」
内心狼狽えつつも、空の布団を指さしながらそう少年が告げると、アーチェは眉間の皺を険しくしながら、ぐしゃりと自身の前髪をかき混ぜる。悔やむような憤っているような、それでいて哀しそうな顔だった。
「シロねえ、何があったんだよ」
切嗣がいなくなって心配しているのは自分も同じだ、そうその真っ直ぐな琥珀の色に載せて自分を見つめる少年を前に、その少年の別の可能性でもあった女はため息を一つつき、観念したように瓶に入った錠剤を見せる。
「シロねえ、これは……?」
「魔術薬だ」
稀代の人形師から与えられたこの錠剤型魔術薬の効果を知っているのは、切嗣本人とアーチェ、それからイリヤ。それだけ。今まで士郎は知らされていなかった。
だが今更伏せる意味は無い。
何せ既に魔薬の数は減っていた。
「これは
「……え」
言われた言葉が一瞬わからず、赤毛の少年は驚愕に眼を見開き、それから意味を飲み込んで、ざぁっと顔を青ざめさせる。
「待てよ、じゃあ……親父は」
そのまま慌て急ぎ玄関へと走って行った。自分の予想が外れていて欲しいと願いながら。
その後ろにアーチェもまたついていく。
2人で向かうと玄関には切嗣の靴が無かった。
その時点で、嫌な予感は的中したと悟らずにはいられなかった。
「士郎、オマエは此処にいろ」
アーチェは険しい顔をしたまま、慎重な声で少年にそう促す。
「嫌だ」
だが、其の言は聞き入れるわけにはいかない。
「言うことを聞け!」
「俺だって、親父が心配なんだ! 大人しくなんてしていられるかッ」
どちらにせよこんな風に言い争っている時間すら惜しい。
おそらく一刻の猶予もない。
チッと舌打ちを一つ打って、言外に好きにしろと言わんばかりにアーチェは背を向け手早く靴を履く。
そうして競い合うようにアーチェと士郎は外へと出た。
パスが切られたとはいえ、大体の場所の見当をつけて白髪長身の女は走る。
その後を、足に強化をかけた士郎が続く。
おそらくは、切嗣はこの先の公園にいる。
(早まるなよ、
そうは思うが、本当はもうとっくの昔に理解している、判っている。
たとえ其の先に何が待っていたとしても、それでも切嗣が助かる未来だけは存在してはいないと。
それでも、祈らずにはいられなかった。
何故かって、そんなもの決まっている。
好きだからだ。
きっと其の先に何が待っていたとしても、命があるなど有り得ないとわかっていながら、それでも無事を祈ってしまうのは、大切な家族だからに相違なかった。
誰にでも平等に時は刻まれる。
そうして、衛宮邸を出て5分とかからず辿り着いた公園で見たもの。
それは、穴だらけのグチャグチャの肉塊となって死んでいる衛宮切嗣と、切嗣よりは状態はマシとはいえ、血まみれで左胸に大穴を明けて、壮絶な苦悶の顔で死んでいる、銀髪のピンクドレスの少女……そして、彼女の心臓をその右手に抱えた黄金の王の姿だった。
「ほぅ?」
酷薄な美貌に口元に嘲るような、けれど鮮やかな笑みを浮かべて私服の黄金の王はやってきた赤と白の2人を視界に入れる。
ぼろ屑のように死んでいる衛宮切嗣とレイリスフィールという名の少女と、それをやったであろう人外の美貌を誇る黄金の男。
それを見て、理解したその時、衛宮士郎の中で何かの箍が外れた。
男は圧倒的な存在だとか、敵わないなんてことは思考の外に弾き飛ばされていた。
だって、そこで少女と折り重なるように倒れているのは、命無き骸となっているのは、父だ。
大好きで大切な、憧れた人。
衛宮切嗣。
自分の第二の父。
あまりの事に脳が沸騰してしまいそうだ。
其の心が叫び続けている。
アレを赦すな、と。
父を、切嗣を殺したのはあいつだ、と。
其の心のままに、ガギリと理性がブレーカーを落とす。
魔術回路27本の正常稼働。
鉄を流すように全てに火が入る。
これより衛宮士郎は、人でないもの、魔術を扱うだけのモノとなる。
「
レイリスフィールの心臓を右手に抱えたまま、嘲笑いながらギルガメッシュはゴミ屑を見るような目で士郎を一瞥する。
「頭が高いぞ、
そして、王の財宝を解放し、いくつもの宝具の原点を無慈悲に放った。
瞬時に投影した27の投影悉くが砕かれる、それでも尚士郎の暴走はとまらない。
「ぁあああアアアぁ~~~!!!」
腕は抉れ、腹に穴が開き、足に宝具が突き刺さろうとも、その怒りは止まらない。
(よくも、よくも、ヨクモ!!)
既に士郎は目の前の敵、それ以外は何も見えてなかった。
(ヨクモ親父を! 切嗣をっ!! ブッ殺シテヤル)
熱く滾る脳は、目の前の黄金の王それ以外を映していなかった。
その耳にも他のものは届かない。
痛みすら思考の彼方だ。
体は剣で出来ている、ならば痛みなど感じうる筈が無い。
この身は一振りの剣であるのだから。
衛宮士郎こそが剣であった。
そのままに、あの敵をこの手で一矢報いんと、焼き切れそうな回路をひたすらに回しながら駆ける、駈ける、翔る。
「士郎、待て、士郎!」
必死に静止の声を上げるアーチェの声も勿論届きやしない。
宝具の雨もまた止まず、できうる限り投影魔術で相殺しながら、それでも相殺仕切れず次々に体に穴が空き、鮮血が早暁の公園へと舞い散りろうとも、その足を止めはしなかった。
痛みなど、痛いという感覚など、その怒りが故に忘却の向こうへと消えていた。
腹に開いた傷が、皮だけで繋がっていた腕が即座に再生していく。
それは体内にアヴァロンを宿し、正規契約でセイバーとパスが繋がっているが故に起きている現象だが、破壊されては瞬時に再生される体のおかしさにすら気付かず、士郎はただひたすらに愚直な猛攻を続けた。
そこには戦略も戦術もへったくれもない。
ただ、目も眩むような怒りだけが少年を突き動かしていた。
ただ、その身に宿る本能だけで戦っていた。
「士郎!」
しかし、それでは駄目なのだと、こんな戦い方ではいけないとアーチェは……別世界のエミヤシロウたる彼女は知っていた。
我らはアレの天敵ではあるけれど、怒りで我を失ってしまったなら意味がない。
戦術も戦略も抜け落ちた力押しではアレには勝てない。
それで勝てるほど安い男では無いのだ、古代メソポタミアの英雄王……ギルガメッシュという男は。
だから、前に出る。
「……ァ」
琥珀色の瞳に、漸く正気を取り戻してから見えたのは庇う背中。
何年も見慣れた大きく細い背。
バサリと拡がる白髪と褐色の肌。
数多の宝具が自分を庇って飛び込んできたアーチェごと自分を貫き、そこで漸く士郎は我に返った。
「……漸、く、正気に戻ったか、戯けが」
ぽたりぽたりと血が舞う。
(……シロねえ)
硬直する士郎を前に、ザクリ、と回転する刃が背後から向かう。
それは皮一枚だけを残して士郎の体を真っ二つに引き裂いた。
グシャリと体が落ちた。
ドクドクと血が流れる。
もしもこれが普通の人間ならば致命傷であった。
矢先、つまらなさうなゴミを見ていたような赤い目が何かに気付いたように、ピクリと公園から衛宮邸のほうへと視線を移す。
既にギルガメッシュは自分が手を下した少年を見てなどいなかった。
「ほう? この気配はセイバーか。命拾いしたな、
そう散歩でもするような気軽さでそんな言葉を残して、もう用は済んだとばかりに
ヨロヨロと、宝具をいくつも身に受けたアーチェが士郎の傍に歩み寄る。
よく見ると酷い有様で、腹には槍が、胸部と右腕には剣が突き刺さったままだというのに、アーチェは厳しくも心配げな様子で士郎を見ていた。
そんな義姉の様子にズキリと胸が痛む。
何か声をかけようと思うのに、口からは血がこぼれるばかりで喋れない。
そもそもなんで自分が生きているのかわからないまま、そんな顔するなよと士郎は思う。
暴走した自分が悪い事くらい、きちんと自覚していた。
「マスター、シロ、ご無事ですか!?」
ギルガメッシュが去ったのと入れ替わるようなタイミングでセイバーはやってきた。
おそらくはパスを通じて士郎の危機を感じ取り駆けてきたのだろう。
甲冑姿のセイバーを見るのは召喚以来かもしれなかった。
案じるような碧い瞳をした彼女に、自身も血まみれのまま安心させるよう冷静な口調でアーチェが告げる。
「大丈夫だ、アヴァロンは正常稼動している」
自身も口元から血を流しながら、そんな言葉を口にする義姉に、士郎はどうしてあんたはこんな時まで他の人間を案じているんだ、と思う。
(酷い怪我を負っているのはアンタも同じだろ)
その間もセイバーは急ぎ士郎に駆け寄り、そっとその体を抱き上げた。
そして赤毛の少年も漸く気付いた。
こうしている間も、自分の体がどんどん治っていってるという事に。
先ほどまで頭に血が昇っていて気付いていなかったが、一体これはどうなっているんだ? アヴァロンってなんだ? とそう思いつつも、漸く喋れるくらいは回復したと判断した自分の口から出たのはそんな疑問の言葉ではなかった。
「セイ、バー……俺はいいから、シロねえを」
診てやってくれ。
その言葉にはっとしたように
真っ二つに割れた士郎ほどではないが、それでも酷い怪我だった。
普通の人間ならとてもじゃないが、まともに動くことは出来なかっただろう。
黒い服は血まみれでぐっしょりと濡れて肌に張り付いているし、髪が白いからこそこびりついた赤い血は目立った。
腹に刺さった槍は貫通しており、下手に抜けば出血多量で死んでもおかしくなかっただろう、これが一般人ならば。
そして、あることにセイバーは気付く。
「貴女は……貴女はやはり……」
自身の存在を誤認させるという効果を持つ、アーチェの右手小指につけていた礼装である指輪は砕け散っていた。
だが、受肉と弱体化が付加されているがゆえにわかりづらくはあっても、これほど近くに居てわからぬはずがあろうか。
元よりセイバーはもしやと疑っていた。
そう彼女は……衛宮・S・アーチェーと名乗る彼女はサーヴァントなのではないのかと。
そしてその予測は当たっていた。
セイバーが気付いたことを理解したのだろう、観念したようにアーチェは言う。
「おそらくは君の想像通りだよ、私は」
そうして遠回しに正体を肯定しながら、続いて自身の体の状態について告白する。
「……霊核に皹が入っている。今は受肉している上に元より現界に融通のきくアーチャークラスとはいえ、おそらく保って一日といったところだろうな」
そんなことをなんでもないかのように、よく通る女の低音で淡々と他人事のように説明した。
その明日の天気の話をするかのような態度とその言葉を聞いて、カッと、セイバーが怒りに声を荒げる。
「貴女は……ッ!」
言いたいことが沢山あった。
想いがいくつも込み上げて胸が詰まる。
そしてそんな態度の彼女が哀しくて、悔しくて、また自分がふがいなくてしかたなかった。
ぐちゃぐちゃの感情を抱いている金紗髪の少女を前に、やはり冷静な態度を崩すことなく、アーチェは言う。
「詳しい話はあとにしよう。セイバー。今はここを後にしたほうがいい。それに……爺さんをこのままにしてはおけないからな」
そうして彼女の見つめる先には穴だらけの切嗣の死体と、レイリスフィールの死体が仲良く転がっていた。
そこに命の残滓は欠片も残されていなかった。
NEXT?