新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
レイリスフィール・フォン・アインツベルンというオリキャラマスターは今回の話の為だけに存在していたといって過言でないキャラです。
いや、他人様のキャラでこの末路はいかんでしょって話で、だからこの役回りにオリキャラを宛てたんですね。
というわけで切嗣&レイリス回です。
この眼は意味を持たない。
この声も意味を持たない。
それでも、ただただ機械仕掛けの人形のようにこの耳は其の声を拾った。
愛しい彼女と同じその声を。
僕はいつだってそう。
一番大事なものには手が届かなかった。
本当に守りたい人をいつだって取りこぼしてきた。
それでも、それでもと……願望をいつだって捨てきれず。
理解等無く、理解等要らないからと、ただ呼吸ある限り魔術回路に魔力を通し足を動かした。
其の意味も判らず。
それをされた側の心情など慮る事も無く。
それが僕の終幕。
正義の味方という夢は遠の昔に破れた僕は……。
僕は、そう……ただ父親という役を果たしたかったんだ。
理解無き終幕
冷や汗すら凍りそうなその圧倒的な気配を前に、今代の小聖杯たる少女は蹌踉めくように足を縺れさせる。
「そんな……」
自分の前に現れた男、その男の正体を見抜いてレイリスフィールは驚愕した。
あれは、受肉したサーヴァントだ。
否、それだけではない。
黄金の髪、人外を思わせる血色の瞳に、黄金比を体現するかのようなその容姿。
狂化しているわけではないが、間違いなく目の前の男は己がサーヴァントと同じで違う存在だ。
しかし同じ時代に二騎も同じ起源を持つ英霊が召喚されるなど、聞いたことが無い。
そもそも第四次聖杯戦争にも、今自分が参加している第五次聖杯戦争においても、英雄王ギルガメッシュの写したる
今代の小聖杯は己なのだ、自分の知らぬサーヴァントなどいるわけがない。
では、あの……存在していないはずなのに、こうしてここにいるアレは一体何なのだ!?
これは一体どういうことなのか、わけがわからず混乱しそうになる。
しかし、事態は切迫している。ためらう暇など少女にはどこにもない。
あれがどれほどの「死」そのものの存在たるか、彼女の経験則が嫌というほど告げている。
アレは、自分を
……まるで取るに足らぬ虫けらのように。
「バーサーカー!」
瞬時に己がサーヴァントを実体化させ、目の前の男に立ち向かわせる。
レイリスフィールの全身に令呪の赤い模様が浮かび上がり、彼女の髪留めに取り付けた鈴がリンと音を鳴らす。瞬時に狂化された目の前の男と瓜二つの英霊が現われる。
男は口元を笑わせ、嘲け笑う瞳でレイリスフィールと狂戦士を見ていた。
その目にはあまりにも温度はなく、蛇のように細められた赤い目は、人と似た容姿をしていても男が人間では無いことを示すかのようであった。
「ふん、こうしてみるとつくづく……見るに耐えんな」
そしてそのまま……同一の起源を持つ二騎は激突した。
一方は第五次聖杯戦争に召喚された狂戦士のクラスを持つ存在。
もう一方は受肉したギルガメッシュ……そのクラスは、少女には知る由がないが、
大地をかけ割るように狂戦士が進めば、矢雨の如き宝具の原点が降りかかる。
荒々しくも荘厳な神話の戦い。
決着を決めたのは彼らの親友の名を冠した鎖だった。
対神宝具である
ギルガメッシュの神性はB……三分の二が神である彼は本来はA+あっておかしくもない存在であったが、神を嫌っているが故にその神性は落ちている。
それでも尚、それだけの神性適正があれば、親友の名を冠したその鎖から逃れる術などない。
故に、狂戦士である英霊は最後に何かを言い残すことすらせずに消えていく。
たとえ狂化され召喚された存在であろうと、サーヴァントとしての命が終わるときには正気に戻り言葉を取り戻せる、そういうものであるはずだ。
だが、何も言葉を残さないというのは……
結局、この狂戦士というクラスで召喚されたサーヴァント、ギルガメッシュは、自分のマスターである少女レイリスフィールを最初っから最期まで自分のマスターとして認めていなかったということだ。
案じ、言葉を遺す理由が一体どこにある?
最初っから最期までこの2人の関係とはそういうものだった。
信頼など欠片も無く、ただ相手を隙を見せれば喰ろうてやろうと、互いの命を狙い合うそういう関係だった。そういう関係を崩すことが出来ず、それ以上を求めようとも思わなかった。
そういう意味では似たもの同士だったのかもしれない。
召喚されるサーヴァントはどこか召喚主と似た気質のものが多いという。
ならば、きっと悪い意味で2人は似ていたのだろう。
殺意を滾らさせずにはいられぬほどに。
けれど、それでも、そんな存在でも狂戦士として召喚されたあのサーヴァントが、レイリスフィールにとって最後の盾であったのも間違いがない。
それを失った彼女は、もう手足を捥がれた鳥と等しかった。
だがしかし、別クラスの……それも正式召喚された自分自身を相手にしたのだ。
ギルガメッシュとしても全くの無事というわけにはいかず、アーチャー戦で皹が入った鎧は今度こそ砕け使い物にならなくなっていた。
ギルガメッシュにとって、最大の守りであったというのに。
不快な話だ。
とはいえ、あの狂戦士クラスで召喚された別の自分が、全くの無力の存在であったとしても「貴様なんだその様は! それでも
そして、死は歩み寄る、レイリスフィールの元に。
カツ、カツと音を立て、自覚をさせるように一歩ずつ歩んでくる、死の体現が。
逃げなければいけないと、なけなしの意識で彼女は思考する。
だが、それは叶わない。
たった今回収が終わった狂戦士の魂が彼女を圧迫していた。
もう彼女は聖杯としてほぼ完成している。
あとは天の衣を纏い、聖杯を降ろせる土地にさえ向かえばそれでもう彼女は終われた。
そこまで至っていた。
それでも尚、倒れないのは、自我を此処に至っても保っていたのは、ただ自身の手でアインツベルンの悲願を果たすのだというその執念が故。
そう在らなければいけないと自己にかけた暗示の産物だ。
でもそれももう終わる。
それに少女は今にも自我が死にそうな中、泣きそうな顔で笑った。
もうこの思考も長くは持たない。
もうこの体は碌に機能を果たしていない。
モノだ。
彼女こそが聖杯だった。
道具に自己の感情も思考もいらない。
そこにあればそれでいい。
……潰される。
崩され、ぐちゃぐちゃになる。
まるで挽肉になったようだ。
自分と他者の境目がなく、無くなっていく。
少女は……レイリスフィールは、英霊達の魂の圧迫によって完全に自我が潰される寸前だった。
「
どこかでいつか聞いた、そんな声が聞こえた。
見えなくなっていく目を、無理矢理に自分の目として使う。
目をこじ開ける。
現状を把握する、そして彼女は凍りついた。
(衛宮、切嗣)
決して許すまいと、次に会うときは殺そうと誓った男が黄金のサーヴァントに背を向けながら、自分に向かってきていた。
顔面蒼白必死な顔で、まるで泣き出しそうにすら見える顔で、男はそのままかのサーヴァントから庇うように自分を抱え込んだ。
ゾワリと、鳥肌が立つ。
潰されかかった自我が、悲鳴と共に出戻った。
「お離しなさい、無礼者! 何を、オマエは、一体何をッ!」
肩で息をして、ベッタリと冷たい汗をかきながら、青い顔をした男はそんなレイリスフィールの拒絶にすら気付いていないのか、見えていないのか判然としない様子で、「イ、ヤダ」そう口にした。
わけが判らない。
一体この男はなんなのだ。
パニックになると共に、レイリスフィールは益々声を荒げ、憎悪の雄たけびをあげる。
「オマエは、オマエは何を、私を誰だと思って……冗談ではないわ! 無礼者、離せ、離せェ……!!」
力の入らない腕で、それでも何度も必死に男を殴りつける。
けれど、びくともしないし、きっと男はそんな少女の拒絶の拳に気付いてすらいない。
抱き込まれた体は既に感覚がないまでも、悪寒に震えていた。
「離せ、離しなさい! 離して!!」
「ぼ……くは……守らな……くちゃ」
うわ言のように男は枯れた声を漏らす。
その目はレイリスフィールなど見ていない。
冷たい体はまるで死人のそれだった。
しかし、レイリスフィールの頭には今届いた男のうわ言だけが全てだった。
あまりの悍ましさにゾッとする。
この男は何もわかっていない。
守らなくちゃ? 一体いつ誰がそんなことを頼んだというのか。
見当違いの正義感……否正義感と呼ぶのもおこがましい。
この男は贖罪をしたいだけで、それを向ける相手は誰でもよくて、それで自分をその相手に選んだだけなのだ。
ああ、そうだ。
守れなかったというあの男の死んだ妻にこの顔と声はよく似ているのだろう? イリヤスフィールとも似ているのだろう? 当然だ、自分はあの姉……イリヤスフィールと同じ遺伝子で出来ている。
でも別人だ、自分は決してイリヤスフィールではない。
だというのに、母たる存在と同じ顔、同じ声、姉たる存在と同じ遺伝子……それだけで、この男は自分を身代わりにしているだけなのだ。
それでどうこちらが傷つくのかも気付かず、愚かにも!!
(ふざけないで! 私はイリヤスフィールでもアイリスフィールでもない! そんなものになる気もない。ヤメロ、やめて、ふざけないで、冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない!!)
私は、イリヤスフィールではない、レイリスフィール・フォン・アインツベルンだ!!
それが彼女の
その自我だけが、彼女が持っていた唯一の自分の持ち物で全てだった。
自分がレイリスフィール・フォン・アインツベルンである事を否定されたくなかった。
アインツベルンを捨てた裏切り者の姉の模造品と呼ばせないことが、彼女の全てだったのだ。
だが、この男は救えなかったアイリスフィールの代用品として自身を守ろうとしているのだ。
許容するなんて、無理だ。
あまりの悪寒にゾッとする。
嫌だった、こんな終わり方。
だって、それじゃあ一体今まで何のために、一体これまでの私は、レイリスフィールの人生はなんだったというのか。
何のために、痛みに耐え生きてきたのか。
自分はイリヤスフィールでもアイリスフィールでもないのに。
ただ、同じ顔と声と遺伝子というだけで、同一にされる。
それは確立した自己の否定と何が違う。
耐えられない。
耐えられなかった。
最期まで自分が誰かの代用品でしか無いという事が。
ガラガラと、繋ぎ止めていた最後の楔が崩壊していく。
その在り方を誰にも理解されぬままに終わる。
自分が終わる。
「離せ、離せ、ハナセ、離せェエエエエエーーーー!!」
壊れる、自我が壊れていく。
決壊していく。
半狂乱となった少女の頬から涙が滂沱のように流れる。
ぐちゃぐちゃで滅茶苦茶で、もうまともに機能していない。
最後に残っていた細い糸を壊したのは、引き金を引いたのは、衛宮切嗣だ。
男は気付かない。
気付けない。
彼の機能は9割がたもう停止していた。
その悲痛なまでの嘆きも拒絶もならば耳に届くはずもなかった。
少女が泣き喚く間にも、王はゆっくりゆっくり一歩一歩確かめるように歩み寄る。
その歩みをとめるものはどこにもいない。
当然だ、原初の王の歩みを一体どこの誰が止められるというのか?
衛宮切嗣は腕の中に強く少女を抱きこんだまま、意識を混濁させていた。
ただその横顔はまるで雛を守る親鳥のようで、体全体で彼女を庇い、覆い隠していた。
ヒューヒューと僅かな息はある。
それでももう彼には何も聞こえないし、何も見えなかった。
少女の絶望も知らず。皮肉にも、レイリスフィールという少女の自我を殺したのは、衛宮切嗣だった。
それすら理解することはもうない。
彼の中にあるのは「守らなきゃ」というそんな強迫観念染みた思念だけ。
それだけで生を繋いでいた。
それももう終わる。
「邪魔だ、雑種」
冷たい声がかかる。
その体を数多の宝具の雨が貫く。
そもそも、最初っから意味などなかったのだ。
衛宮切嗣にはレイリスフィールを守って逃げるそんな力などなかった。
それでも駆けたのは自己満足としか形容しようがない。
それでも、それでも……救いたかったのだ、切嗣は。
いつかの記憶。自分ではない記憶。
そう確かにレイリスフィールが感じ取ったとおり、男は贖罪を求めていた。
そう最初っから、愚かさを抱えて走ってきた人生であった。
父を殺したときから、どんな平穏な生活に身をゆだねようと心からの安息を切嗣が感じ取れた時などない。屍を重ねるだけの人生だった。
殺してきた人たちを忘れたことはひと時だってない。
己が理想を憎んだことさえあった。
そうして、夢に縋って結局は償う方法などないと知った第四次聖杯戦争。
自分が望んだ恒久的世界平和など、どこにもなかった。
それは聖杯ですら叶えることの出来ない、子供の空想だ。
黒い泥に汚染された聖杯。未来から召喚された自分の義息の別の可能性たる彼女と、命を落とした
自分に出来ることなどないのだと思い知らされた。
正義の味方という夢が朽ちて、遺されたのはかつての理想の抜け殻と、父親としての自分だけだった。
いくつもの罪を重ねて生きてきた。
罪に見合わぬ幸福の時間を与えられた、この十年は楽しかった、それこそが苦痛でもあった。
自分が幸せである事が許せなかった。
そんな切嗣にとって、唯一贖罪できるだろう相手、それが自分達の10年間の生活の犠牲者であったレイリスフィールだったのだ。
そこで、彼女を「犠牲者」と形容してしまうこと自体が傲慢なのだと気付かぬまま、男は自分が見つけた贖罪に縋った。
そうやって、死にかけのゆらゆら揺れる思考の中、今際の際の走馬灯のように切嗣は娘の言葉を思い出していた。
『キリツグ、シロと士郎を泣かせたら、わたし怒るわ。その言葉の意味がわたしからの課題よ』
ああ、そうか。
(ごめんよ、イリヤ……)
あまりに愚か過ぎた男は、最期の最期になって漸く娘の言葉の意味を理解したのだ。
自分が家族を大事に思っていたように、彼らも愛してくれていたのか、と。
わかっていたつもりだった。
そのつもりでいた。
でも本当に自分はわかっていなかったらしい。
視界が狭くなっていたからなのかもしれない。
あれは自分を大事にしろというメッセージだったのだと、もう今更どうしようもないこんな所で男は理解した。
(本当に僕ってヤツは……)
息が止まる。
心臓が鼓動を終える。
くしゃりと苦笑いを浮かべながら、それでもどこか満足そうな顔を残して、衛宮切嗣はその生涯を終えた。
その胸に、自分が壊した少女を抱いたまま……。
……壊したことに気付くことすら無かったままに。
「ァ、……ァア、ァアァアアアーーーー!」
顔も体も全身血塗れになりながら、レイリスフィールは、最期まで自分を離すことのなかった男に対して悲鳴を上げながら、ぐしゃりと自分の髪をかき乱していた。
そこに最早正気の色はどこにもなく、絶対に殺すと決めた許せないと思った男に庇われたその屈辱と絶望は、姉の代用品として扱われたという其の事実は、ヒトとしての機能をほぼ失い、執念だけで己を保っていた少女を発狂させるにたるものだった。
そんな少女を興味なげに見下ろしながら、ギルガメッシュは少女の細く白い首を掴み取り、そしてそのまま右手を差し込んで彼女の心臓を抉り出した。
最初から最期まで誰からの理解も無く、何も成し遂げれず、ただ惨めなだけの終わりだった。
NEXT?
レイリスフィールの末路の感想
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エグかった
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哀れだった
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悲惨すぎて草も生えない
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ざまぁ
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特に何も思わなかった
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救いはないんですか?