新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
絵が好調になると小説が不調に、小説が好調になると絵が不調になりがちなおいらですが、別作品一ヶ月弱で完結させた今なら、この波に乗ればいける気がするので、今月中にうっかりシリーズ完結目指して頑張ります、ヒャッハー!


39.憤怒

 

 

 

 例えば、私が人間であったのならば何かが違ったのでしょうか。

 けれど、私は人間ではないし、人間になりたくもない。

 例えば、私が本当にただの物であったのならば、こんな風に憤ることもなかったのでしょうか。

 だけれど、この怒りと憎しみこそが私が私だというアイデンティティだった。

 例えば、私が貴女の模造品ではなく、母同様従来通りのユスティーツァ様に連なる真っ当なホムンクルスであったならば、貴女への執着も無かったのでしょうか。

 しかし、きっとそうだとしても私は貴女を嫌悪した。

 例えば、私のサーヴァントがあの忌まわしき狂戦士でなかったのなら、この苦痛ももう少しはマシだったのでしょうか。

 いいえ、きっと誰が相手だろうと私が心を許すことはなかった。

 この胸に喜びはない。

 この心に愛もない。

 この体は悍ましいもので出来ている。

 この身を満たすのは怒りと憎しみ、そして彼の方への畏敬。

 自身の証明こそが私の私による私の為の復讐だった。

 この煮え滾るような憤怒の奔流こそが、他ならぬ『私』だった。

 

 

 

 

 

  憤怒

 

 

「はぁ……はぁ、く、ッ……ぁ、あ」

 ドシャリと、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 最早感覚などない身体を引きずって彼女は、レイリスフィールは薄暗い路地裏を徘徊していた。

 ずっと耳鳴りがなっているように全ての感覚が覚束ない。

 ガンガンと頭が痛んで、吐き気が込み上げる。

 其の感覚すら遠くて、少しでも気を抜けば全て曖昧に虚空へと消えてしまいそうだ。

「ふぅ……ふぅ、は……はぁ、は……あ」

 受け入れた英霊の魂の数は現時点で五体。

 人間としての彼女はとうに限界が訪れていてもおかしくはなかった。

 けれどそれに耐えたのは執念ゆえか、その憤怒ゆえか。

 ずるりと、倒れこみそうな身体を引きずって少女は歩く、歩き続ける。

 もしもここで倒れたら、もうマトモに自分は歩けやしないのではないかというそんな思いがあったからなのかもしれない。

 人としての彼女はもう限界に近い。

(冗談ではない)

 たとえ、どれほどに人間としての機能を削げ落とされようと、それでも彼女はその自我だけは、絶対に手放すわけにはいかなかった。

 思い出すのは、本国での日々だ。

 聖杯としての調整を受ける時間以外の殆どを、彼女は飢えた狼や廃棄された失敗作のホムンクルス殺害という形で日々を過ごしていた。

 ただ戦って戦って、殺して殺して殺し続けた日常。

 怪我の治療なんてものは、自分で覚えるしかなく、誰かに教えてもらうものでも誰かにやってもらうものでもない。

 自分を守れるのは、結局自分だけだ。

 曲がりなりにも本国にいた時、アインツベルンの正当なる後継者として貴族の娘として扱われた母アイリスフィールとも、姉イリヤスフィールとも違う。

 姉の模造品としてスペアとして用意されていたレイリスフィールには、母や姉の失敗を償う義務がある。そう言わんばかりの扱いの中、ひょっとしたらまともに彼女の為に用意されたのは、今こうして身につけている衣服くらいのものだったのではないだろうか?

 それも外に出るからと、アインツベルンの恥にならないように、と日本に出発する直前に用意されたものだ。そこでゴスロリ風の、母や姉たる存在が着てた装束とは全く異なるデザインのものを選んだのは、レイリスフィールなりに、自分はアイリスフィールでもイリヤスフィールでもないという、せめてもの主張で反発だったのかもしれない。

 本などで得た知識から推測するなら、自身の置かれた境遇は酷い扱いだったのだろうと思う。

 しかし、衛宮切嗣とイリヤスフィールの裏切りという事件を経験したアハト翁は、たとえ次世代の聖杯の器だろうと、あの男の血もまた引いているレイリスフィールに対して、上辺だけでも大切にする気など最初っからなかったのだ。

 だからこそ、暖かいベッドで眠ったことすら殆どないし、凍える森の中で殺した狼の臓器の温かさを頼りに眠るという経験も珍しくもなんともないことだった。

 寧ろ、それこそが当たり前だった。

 自分の血に塗れて眠ることも。

 しかし彼女はそのこと自体は不満に思ったことはなかったのだ。

 たとえ何度死に掛けようと、どれほど酷い扱いを受けようと、彼女は聖杯戦争の為に作られた道具であるのだから、それに一体どうして不満を抱けよう。

 全てのホムンクルスは、なんらかの目的の為に存在する道具。

 それがアイデンティティなのだから、どうしてレイリスフィールがその事に不満を覚えられよう。

 自分は人間では無いのだ、人間になりたくもない。

 レイリスフィールにとっては、ホムンクルスであると同時に、人間である切嗣の血を継いでいるという点のほうが忌まわしい。

 彼女に宿った火の適正こそが、あの男の血を引いていることを嫌でも突きつけてくる。

 どうせなら他の大多数のホムンクルス達のように、ただのユスティーツァ様を模して作られたホムンクルスであれば良かったのに。

 そうすればもっと心穏やかだっただろう。

 ……いや、違うか。

 彼女にとって最も赦せなかったことは、「イリヤスフィールの模造品」とこの場にいもしない、アインツベルンを捨てた裏切り者と比べられ続けてきたこと、それだけだった。

 それだけが何よりも、どんなことよりも赦せなかった。

 見過ごすことなんて出来なかった。

 ここにいる私はイリヤスフィールではないのに。

 与えられた試練をクリアしているのは、何度も死にかけながらもそれでも戦う力を得るために努力し続けてきたのは、決してイリヤスフィールではなく、私なのに。

 なのに、そうして努力すればするほどに、まわりはいなくなってしまった姉だけを彼女を通して見ていたのだ。

 この顔の皮をはがしてしまえば、皆イリヤスフィールと私を同一視することはなくなるだろうか。

 とそんな誘惑にかられたこともある。

 でも、所詮は意味のないこと。

 この顔はかのイリヤスフィールと酷似しているのかもしれないが、イリヤスフィールも私もどちらもユスティーツァに連なるホムンクルスであることにかわりはない。

 ならば、この顔の皮を剥がすことはユスティーツァ様さえ汚すことになる。

 だったらそんな選択肢は選べない。

 それでも、鏡で顔を見るたびに、彼女の中から憤怒交じりの憎悪はやむことはなかった。

 彼女はイリヤスフィールなどになりたくは無い。

 同じに見られると八つ裂きにして獣の餌にしてしまいたくなる。

 それでも、それでも至高のあの方に、ユスティーツァにはなりたかったし、近づきたかった。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 朦朧とする意識、それをギリと奥歯でかみ締めながら更にレイリスフィールは回想を続ける。

 今より3ヶ月前の月が紅い夜、彼女はその生命力を代償とする形で狂戦士(バーサーカー)の召喚を行わされた。呼び出すのは古の英雄王、ギルガメッシュ。

 もう第四次の時のような裏切りなどおこさせぬという理由で、本来狂戦士特性のないはずのその男はバーサーカーとして召喚された。

 しかし、裏技を使った故の弊害だったのか、それとも元からのその英霊の性質によるものだったのか。

 召喚されたそれは狂化が施されても尚大人しく従うようなものではありえなく、呼び出したのは自分だというのにパスも薄く、たとえ彼女の身体そのものである擬似魔術回路が暴走し、マスターであるレイリスフィールが血まみれになって死に掛けようとも、それでその男の行動を阻害出来るものではなかった。

 そしてアハト翁が下した決定。

 それはサーヴァントと交わらせることで強固なパスを築き上げ、内側からアレを制御する術を身体で覚えろということ。

 朦朧とする意識の中、レイリスフィールは言われた内容を上手く理解できず、この当主が自分に対して何を言ったのか、その言葉と決定を疑った。

 そして血まみれで朦朧とするレイリスフィールをメイド達は押さえつけ、供物としてかの狂戦士へと捧げた。

 何も知らない身体に、突如として慣らしもせずに突きこまれた男根は少女からありとあらゆるもののを与え奪った。

 張り裂けるような痛みに、魔力を貪欲に吸い上げられる喪失感、暴力的なまでに流れ込んでくる男の自我に、繰り返される破壊と再生。

 幼い身体で受け入れるにはあまりに過ぎた狂宴は三日三晩続いた。

 飲まず、食わず、眠らず。

 痛みは既に言葉にならない。

 何処が痛いのかさえ既にわからない。

 痛かったのは心なのか、身体なのか。

 ホムンクルスは人形とはいうが、それでもあのときほど自分が本当に人形だと思い知らされたことはない。揺さぶられ続けるだけの人形。

 しかしそれで良しと思うにしては、残念ながら彼女は自我と矜持が育ちすぎていた。

 いうなれば、あれは戦いであった。

 ぶつけられる膨大な自我に抗い続け、憤怒でもって自分の心を守り感情をぶつけ返す。

 それが唯一の自分を守る術だった。

 肉体を犯され、玩具のように貫かれて揺さぶられても、その圧倒的な魂で心を侵食されたとしても、どのような痛みと恥辱を与えられても、それでも負けてなるものか、壊されてたまるものかと抗い続ける。

 憤怒だけが動力だった。

 そう、アレは自分を守るものなどでは、己が牙などでは決してない。

 隙あらば自分を食い殺そうとする最悪の敵、それがバーサーカーのサーヴァント、ギルガメッシュだった。

 そうして、宴が終わった後、皮肉にもアハト翁の目論見どおり、少女は狂戦士を制御する術を得たのだ。その膨大な魔力で無理矢理自我を封印するという形によって。

 油断出来ぬ敵を、あの日、あの夜からレイリスフィールは内に飼うことになったのだ。

 英雄(サーヴァント)という名の怪物を。

 

「ハァ、ハァ……は、ははは、あはは」

 ぐちゃりと、足がもつれて倒れこみそうになった。

 それを少女は壁を支えることで押さえながら、どこか物悲しげにさえ聞こえる笑い声を上げる。

「あっはっははは、ひ、ふぁ……ははは、う、くく」

 何がおかしいのかすら最早わからず、ぐちゃぐちゃの滅茶苦茶になった体と心は、今すぐにでも休息を求めている。

 けれど、其の先に未来は無い。

 だから、決して認めるわけにはいかないのだ。

 あの夜のように、憤怒だけが心の支えだった。

 ゆらりと、己がマスターの弱った気配を感じ取って、狂戦士は実体化しようとしている。

 それを魔力を込めることによって抑えた。

 彼女の全身から巨大な令呪が浮かび上がる。

「目障りよ。勝手なことをしないで」

 ギリ、と睨みつけながら少女は、血の涙を流した。

 ポタリ、ポタリ、身体のあちこちから血管が焼ききれ血が噴出した。

 それを、嘲笑しながら、強い憎しみを込めた声で少女は続ける。

「これしきで、私がくたばるとでも? 随分と見くびられたものだわ」

 そうだ、自分はまだ悲願を果たしていない。

 どうせあとは2人分の魂だ。それで終わるのだ。

 たとえ途中経過がどうであれ、結局は最後まで生き残ったものが勝ちなのだ。

 忘れてはならない、決して間違えてはならない。

 最優先事項は第三魔法「天の杯(ヘヴンズ・フィール)」の成就。

 それを、誰の力も借りず自分の手で成し遂げる。

 成し遂げてみせる、それまで絶対に自分は死ねないし、倒れるわけにはいかないのだ。

 イリヤスフィールではなく、この自分の手でこの一族の悲願を達成してみせる。

 そうして初めて自分の復讐は完成する。

 もう誰も私をイリヤスフィールの模造品などと呼ばせない。

 言わせるものか。

 そのためならどんな生き地獄だって甘んじて受けよう。

 嗚呼、そうだ、喰われるのは私ではない。

「私はオマエなどに喰われなどしない。オマエを喰らうのは私だ」

 血の涙を流しながら、壮絶に笑い、少女は己がサーヴァントにそう血反吐を吐くような声で宣言する。

 夜はまだ明けない。

 

 

  * * *

 

 

 月が天高く昇る。

 寒々とした冬の空に星が煌めいている。

 こんなに綺麗な夜空なのに、今もこの下のどこかでは惨劇があるのだろうと思えば、赤毛の少年……衛宮士郎の心はザワザワとしたものを感じる。

 彼は正義の味方になりたかった。

 さて、では正義の味方とはなんであろうか?

 1人でも多くの人を救うのが正義の味方?

 それも一つの答えかもしれない。

 少なくとも彼の別世界の存在であるアーチェ……本名エミヤシロウとその養父衛宮切嗣は1を犠牲にしても10を救う存在を正義の味方と定義し、それ故救いたい人を救えず破綻した。

 けれど、士郎の出した答えは違う。

 正義の味方とは笑顔を届ける存在、心に寄り添い其の心をこそ救う存在こそが正義の味方であると定義した。

 あの日、あの大火災の中、死にかけだった士郎が黒と白の男女に救われたように。

 だって彼は、生き残ったことよりも、あの時の笑顔にこそ救われたのだから。

 あんな風に自分も、誰かを救いたいと思った。

 だから正義の味方になりたかった。

 笑って、もう大丈夫だと抱きしめて、救いを求めた人に安心を届けられるような……。

 士郎は誰かに寄り添える存在になりたかった。

 身近な人に寄り添えずして何が正義かと少年は思う。

 出来ることは少ないかも知れない。

 けれど、ただ側にいるだけでも救われることがあるのだと、誰よりもそのことを彼は知っている。

 他ならぬ士郎自身がそうだったから。

 月明りの中、土蔵の中に眠る義姉の元へと歩を進める。

(嗚呼……綺麗だ)

 イリヤ。

 衛宮イリヤスフィール。旧名イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 この姉はまるで冬の妖精のようだ。

 白銀にキラキラ輝く絹のような長い髪、透き通るような白皙の肌、小作りの顔に、小さな鼻と唇。

 もう10年も一緒に暮らしているのに、何度見ても綺麗で、だけどこうして青白い顔で眠り続けている姿を見ると、作り物のようで不安になる。

 生きている人間の筈なのに、まるで精巧なビスクドールのようだ。

 いつもいつも、コロコロと表情を変えていたイリヤ。

 しっかり者だけど、同時に甘えたで、士郎のことが大好きなんだといつも全力で伝えてくれていた愛しくて大事な家族。

 こんな風に静かだと悪い方へばかり考えてしまう。

 もう、目覚めないんじゃ無いかって。

 そんなわけがないのに。 

 そっと指を伸ばす。

 頬はひんやりとしていて、柔らかい。

 呼吸は薄く、それでも僅かに上下している胸が、確かに彼女は生きていて今は眠っているだけだと告げている。

 士郎は落ち着かない様子で、愚痴のような軽口のような言葉を吐く。

「なぁ、イリヤ。早く目が覚めてくれよ。お前がそんなんじゃ、俺も調子が出ないんだ」

 返事は返らない。

 それでも、そっとイリヤの手を握り締めながら少年はただ、彼女の目覚めを祈る。

 ふと、よく知った気配が近づいてきた。

 これは、もう1人の義姉だ。

 振り返れば思った通り、黒いシャツに身を包んだ白髪長身の女性がそこに立っていた。

「まだ、眠っていなかったのか」

 少し呆れたような、しかしこうなるとわかっていたような声と表情だった。

「眠れないんだ」

「神経が冴え渡っているのはわかっているが、それでも睡眠はとれ。イリヤが心配なのはわかるがな」

 そう、ため息交じりに言われ、少年は苦笑した。

 自分にこんなことを言っているこの人こそ、誰よりもイリヤスフィールのことを心配しているのだ。

「休息出来る時に休息することも仕事だ」

「そうだな……」

 どこか上の空の士郎の様子に気付いているのだろう、全く仕方ないといわんばかりの態度で、アーチェは義理の弟にして平行世界の自分(べつじん)たる少年の額を指で小突くと「眠れないならホットミルクでも淹れてやろう」と、ここ近年では珍しくも甘やかすような事を口にした。

「シロねえが?」

 それに少し驚いたように士郎は琥珀色の瞳を丸くする。

「なんだ? 余計なお世話だったか?」

「いや、嬉しいよ。シロねえありがとう」

 シナモンと少しの蜂蜜が入ったそれはとても優しい味がした。

「美味い……」

「ふん、大したものでもない。ただ、それを飲んだら今度こそ大人しく寝床につくことだ」

 そんな風に淡々とした調子で続けるハスキーな女性の声に、士郎はやっぱりシロねえは素直じゃないなぁと苦笑する。

 でも、そんな不器用な優しさも好きだった。

 そしてゆっくりと飲み干し、廊下で別れる。

「シロねえ、お休み」

「ああ……お休み、士郎」

 そうしてひらりと手を振り、寝室へと向かう。

 なんだかこの後はよく眠れそうな気がした。 

 

 

  * * *

 

 

 ズキンズキン。

 頭が重い。

 体の感覚は碌になく、思考もまともに動いていない。

 朦朧とした頭と体を抱えたまま、気付けばレイリスフィールは商店街の近くの公園にきていた。

「あ……」

 いつかの夜、ブランコをこぎながらこの公園で過ごしたことを思い出す。

 つい1週間ほど前のことでしかないはずだが、妙に遠い感覚だった。

 昨日と今日は果たして連動しているのだろうか。

 自分という存在は、気付けばこんなに希薄になっている。

 思わず、そこにあったブランコにレイリスフィールは腰を降ろした。

 瞼が重い。

 サーヴァントたちの魂が己の自我を圧迫する。

 けれど、この自我を手放すことは出来ない。

 この自我こそが唯一にして最大の、イリヤスフィールと自分を別ける己の持ち物であったのだから。

(私の名前はレイリスフィール・フォン・アインツベルン。今代の小聖杯)

 名は最初の自己を認識する道標だ。

 だからこそ、何度も暗示のように、言い聞かせるように心の中で自分の名前を呼ぶ。

 けれど、こんな苦痛ももうすぐ終わる。

 終わりの日は近いのだ。

 もうすぐレイリスフィールは聖杯として完成する。

 サーヴァント達の魂を其の器に回収して、根源への道を開く。

 かつてユスティーツァただ1人が届いた第三魔法という頂に、手が届くのだ。

 あと1人でいい。

 あと1人サーヴァントが脱落さえしたのなら、自分のサーヴァントに自害を命じることによって自分は聖杯として完成できる。

 けれど、その1人が遠い。

 自分という容量がサーヴァントたちによって食い殺されていく。

 限界は近い。

 それでも、彼女はこの自我を手放すことだけは出来ないし、したくなかったのだ。

 この身に抱えた憤怒と憎悪こそが自分だった。

 レイリスフィールは自分は最期まで自分のまま、聖杯として完成したかった。

 それだけが望みだった。

「…………人形風情が、そこまで自己に固執するか、見上げた醜さよな」

 夜の闇に美しく残酷な男の声が響いた。

 

 

  * * *

 

 

「……!」

 それは予感だったのだろうか。

 それとも必然か、偶然か、兎も角として突如、男は目覚めた。

 それは男の身体が蝕む呪いが共鳴して見せたのか。

 答えがどれかなど、理由など今考えてもわからない。

 ただ、危険だと、あのままではあの子は死ぬのだと、見れた一瞬で判断したのならそれが全てだった。

 己がサーヴァントとのパスさえきって、男は、衛宮切嗣は眠りによって固まった体を引きずったまま走る。

 それはまるで機械仕掛けの人形のように、男に残された最後の躍動であった。

 そして、終わりの時が迫る。

 それを煌々と照らす天空の月だけが見ていた。

 

 

 

 NEXT?

 

 


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