新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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やあ、ばんははろEKAWARIです。
数年ぶりの更新になりますが、ちょっと以前の一人称視点変更群集劇形式での連載だと最後まで書けそうになかったので、申し訳ないですが、今回から三人称形式で書かせていただきます。


38.彼女の選択

 

 

 

 ……ずっと、私は迷い続けていた。

 何のためにここにいるのか。

(それは、故郷に報いる為に)

 何のためにあの少年を切り捨てたのか。

(それは聖杯をこの手に掴むため)

 けれど、それらは全てまやかしで、なんの意味も無くこの手を滑り落ちていった。

 自分の愚かさに酷く胸が痛む。

 けれど、本当にもしも冬木の聖杯が、災厄しかもたらさないものだとしたら……私は、きっと答えを出すときが来たのだ。

 

 

 

 

 

  彼女の選択

 

 

 あれから……ランサーが消えてから一晩が経った。

 2月13日、夜。

 未だに衛宮切嗣は目覚めずただ昏々と眠り続けている。顔は青白く、呼吸は薄弱。

 ともすればこのまま死んでしまうかのようにさえ見える。そんな中、眠っている切嗣を囲むように、アーチェ、士郎、セイバー、舞弥の四人が一堂に会していた。

 イリヤスフィールはここにはいない。

 当然だろう、あれほどの深手を負ったのだ。今は彼女は土蔵にひいた魔方陣の中で眠りについている。地脈から供給される魔力さえあれば回復も早いだろうという判断だ。幸いというべきか、ランサーがかけた治癒魔術のお陰か、大きな傷はとりあえずは塞がっている。あとは喪失した魔力を取り戻すことが出来れば大事はないだろうと、そういう判断だった。

「なあ、そろそろいいだろ。話してくれよ、シロねえ」

 焦れたように口火を切ったのは衛宮士郎だった。琥珀色の瞳には言うまで逃がさないとでもいうような強い意志が宿っている。

 ここまでに色々あったが故に細かい話は後回しにしてきた。

 それを話すときが来たのだと互いに感じている。

 彼らには圧倒的に対話が足りていなかった。

「こちらも聞きたい。私が居ない間に何があったかをな」

 そうして士郎はあれからのイリヤやランサーなどとのやりとりやその時起こった出来事を、アーチェは舞弥や凛と共に舞弥を救いに向かい、そしてかの黄金のサーヴァントの襲撃を受け、その後イリヤの危機を感じ取り向かったことや、ランサーは消えただろうことを話した。

 ただし、あの黄金のサーヴァントを知っていることや、桜におきたことの詳細は誤魔化し言葉を濁しながらだ。

 そこは本当は自分が女では無いことや、遠坂凛が召喚したサーヴァントであるアーチャーと実は同一存在であること、衛宮士郎の平行世界にある未来の可能性の一つであることなどを伏せている以上、話せることではないから、彼女としては当然の事であった。

 が、そうやって互いに互いのカードを開けながら、相手の話を聞いていくうちに、アーチェと士郎は次第に声を荒げ、怒りを露に怒鳴りつけあった。

「なんでアンタはそういう肝心なことを言わないんだ!」

「そういう貴様こそ飛び出しただと!? 何をやってる。私はオマエに家を任せるとそういったはずだ!」

 その2人の言い争いを止めたのは意外にも舞弥だった。

 2人の頭にバケツに汲んだ水をぶっかけながら、舞弥は「お2人とも、一度頭を冷やして下さい。これ以上眠っている切嗣の傍で騒ぐことは容認出来かねます」そんなことをいいながらいつもの無表情で2人を見ている。

 それにばつの悪い思いが浮かぶ。

「あ、悪い」

 そんな風に先に折れたのは士郎だった。

 ついでアーチェも舞弥の言うことは正論だと思ったのだろう、「そうだな、君の言うとおりだ、悪かった」とそう素直に謝罪の言葉を口にした。

 そしてちらりと父に視線を向けるが、相変わらず切嗣は死んだように眠り続けていた。ピクリとも動かない。そんな様子を見ていたら、胸の内に抱えた怒りも萎んでいく。

 アーチェと士郎は、流石は元同一人物だけあるのだろう、全く同じタイミングで重いため息をこぼし、やるせなさそうに眉間の皺を深くした。

 

「疲れているのではありませんか。ひとまず解散にして一度休息を取ってから、今後のことについて話し合いの席を設ける形のほうがよろしいかと」

 言われて見れば、昨夜は色々あったせいか互いに疲労が蓄積していた。その言葉をきっかけに解散することにするが……ふと、アーチェは自分を見ているセイバーの視線に気付く。

 金沙髪の美しい少女の形をしたサーヴァントは、その碧眼に何か言いたげな色を載せて白髪褐色肌の女を見つめている。

(……セイバー?)

 アーチェはかつては衛宮士郎と呼ばれる少年だった。

 そして彼の時代も、自分のサーヴァントとして召喚されたのはこの少女……アーサー王であるアルトリア・ペンドラゴンという少女であり、自分の剣の師でもある。この少女とかつて自分が憧憬したセイバー(しょうじょ)は厳密には同一人物では無いことは知っている。自分とここに今生きている衛宮士郎が同一の別人であるように。

 だが、本質は変わらないはずだ。だからこそ、その曖昧な彼女の態度が不思議に映る。

 自分が知るセイバーは、もっと言うべきと思ったことは真っ直ぐ告げるような性格の少女だったのだから。

「あの……シロ」

「何かね?」

 尋ねるが少女は物憂げな瞳のまま、やはりはっきりとしない。

「セイバー?」

「いえ、きっと私の思い過ごしです」

 そう自分に言い聞かすような声音でセイバーはそう言いたい事を誤魔化した。

 

 

  * * * 

 

 

 昏々と眠り続けている妹の頬に手を伸ばし、其の輪郭をなぞりながら、過去の桜との思い出が遠坂凛の脳裏に次々と横切っていく。

 ……可愛い妹だった。

『まってよ、お姉ちゃん』

 自分の後ろをよちよちついてきて、気弱そうに見えて頑固で、負けず嫌い。

 すぐにベソをかいて、その度に凛は妹はわたしが守るのだと思ったものだ。

 ……魔術は一子相伝で1人しか継げないことも、知っていたのに。

 そうしてある日、妹は妹でなくなった。

 久しぶりに見かけた桜は髪の色や瞳の色さえ変質して、あんなに豊かな表情は殆ど失っていた。

 それでも凛は遠くから見るしか出来なかった。

 それしか出来なかった。

 冬木の管理者といっても無力なものだ。

 既に桜は遠坂ではない、間桐の後継者なのだ。養子に出された以上、接触することは余所の魔術師に対する内政干渉となる。

 遠坂の六代目当主となった凛には、桜を妹ともう呼ぶことは許されていない。

 それでも可愛い妹だった。

 だからずっと遠くから見守っていた。

 自分が苦しい分、あの子は、桜は幸せなんだとそう信じたかった。

 けれど、これがその結末。

『姉さん、ねえ、姉さん。わたしを、殺してください』

 そう泣きながら懇願する妹の願いに反して、生かす道を選んだ。

 今でもそれが正解かはわからないし、罪の無い人たちを殺めている事を考えたら殺してやるのも情けだったのかもしれない。

 それでも、死なないで欲しかった。

 生きて欲しかった。

 貴女が生きることを望んでいる人がこれだけいるということを、教えてあげたかった。

 そうして今、桜は眠り続けている。

 けれど、いつ目覚めるかもわからない相手を介抱し続けるというのは、わかっていても堪えるものだ。

 目覚める兆候など欠片もなく、ずっと様子が変わらないまるで冬眠しているかのような妹を前に、凛は珍しくも参った気持ちを隠すことも出来ず、弱音を吐き出す。

「わたし、ちょっと、疲れちゃったみたい」

 情けないわよね、そんな言葉を泣きそうな声でいいながら、口元だけで凛は微笑む。

 そこにはいつもの勝ち気な様子は見当たらず、きっと遠坂凛をライバル視している柳洞一成あたりがみたら、天変地異の前触れか何かを疑うことだろう。

「ねえ、こんなわたしを見たら、あなたはどう思うかしら」

 少女がこぼした言葉に、返答が返ってくることは無かった。

 

 

  * * *

 

 

 衛宮邸にて。

 先ほど濡れた身体を乾かす意味合いをも込めて、シャワーから上がったアーチェを出迎えたのは、どことなく追い詰められた子供にさえ見える表情をした舞弥だった。

「舞弥?」

 それに疑問を覚えながら声をかけるアーチェに対し、先ほどの表情を消していつも通りの無表情に戻った舞弥はふと神妙な様子で「シロ。少しだけ、話を聞いてもらってもよろしいでしょうか」そんな言葉を口にした。

 彼女がそんなことを言い出すのは珍しいと、少し目を見張りながらも、ゆっくりとアーチェは頭を縦に振る。

 それを確認した後、舞弥はアーチェを連れ立って縁側へと向かい、2人隣り合って腰をかける。

 まるで街の惨劇など知らないかのように、雲一つ無い綺麗な夜空だった。

「私は、貧国の少女兵でした」

 ぽつり、と女の無機質な声が落とされる。

 そうして知り合って10年目にして、始めて舞弥は自分の出自を白髪褐色肌の女へと語っていった。

 久宇舞弥は本名では無い。

 パスポートを取得するために衛宮切嗣によって適当につけられた名前であり、自身の本名すら知らないと30半ばの黒髪の女は言う。

 自分が生まれ育ったそこはとても貧しい国で、昼は敵兵に対し、ただただ引き金を引くだけの少女兵となあり、夜は大人の兵士達の慰み者となり、そうして余計な感情をそぎ落とし、自分は殺戮のための機械となった。

 そしてそれが出来たものだけが生き残れたということから始まり、衛宮切嗣とのその出会いまで。まるで何かの小説の一小節を音読しているかのように感情も交えず、ただ淡々と舞弥は己の経歴を話し続けた。

 そうして彼女はこう過去話を締めくくった。

「子供もいました。父親が誰かも判らない子供で、すぐに取り上げられたあの子に、私は名前すらつけてあげられなかった。母になるという経験をしたのに関わらず、私は母親らしい感情さえ知らないのです」

「何故、そんな話を私に?」

 そのアーチェの言葉に、ふと、そこで目を細め少しだけ沈黙する。

 それから黒髪黒目の女は、ゆるやかに続けた。

「切嗣がああなって、それから、切嗣から離れて私は世界を旅しました」

 ご存知でしょう?

 そう力ない声で舞弥は言う。

「罪滅ぼしだったのかもしれません。いえ、そんな殊勝なものじゃ決してなかった。ただ私は我が子を案じ続けたマダムの姿を見て感化されただけなのかもしれない。ただなんとなく、消息を調べたのです」

 我が子の。それは口にせずともアーチェにも伝わっていた。

「わかったのは、おそらくあの子だろう子はもう死んでいたということ。そもそも虫が良い話だったのです。10年以上に渡って放っておいた相手の詳細を調べようなどと。そもそも、私自身あの子の名前など知らないし、自分の本当の名前だって知らないというのに」

 ほんの僅かの自嘲。それを交えながら、それでも舞弥は話し続けた。

「所詮私は機械にしかなれない女です。もしかしたら、いつかの憧れを言い訳に、私は桜をあの子に重ね合わせて救いたかっただけなのかもしれません」

 それが桜を救いたいと思った動機なのだと。

 そう告解するように舞弥は話を締めくくった。

 そんな彼女を前に、アーチェは一拍の間をおいて、それからはっきりとした声で言った。

「舞弥、君は間違っている」

 澄んだ鋼色の瞳はまっすぐに黒髪の女を見ていた。

 その言葉を、不思議そうに舞弥は受け止める。

「君は、機械などではない。人を思いやれる心を持つ人間だ。たとえきっかけはなんであれ、君は君自身の意思で桜を救いたいと思ったのだろう? それが嘘になるはずがない。君の思いは桜にも届いているさ」

 思ってもいなかった、と言わんばかりに舞弥はパチリと瞬きをする。

 感情の起伏は薄弱なれど、それでもそんな風に揺れること自体が彼女が機械ではなく人間の証明であるとアーチェは思う。

「そうでしょうか」

「ああ、大丈夫だ。桜は優しい子だからな」

 そして話し終えた後、「何かあれば連絡を」そういい残して舞弥は衛宮邸を去っていった。

 そうして門の向こうに消えていく彼女を白髪褐色肌の女は見送る。

 かける言葉はこれ以上はなかった。

 もう必要もない。

 きっともう、彼女は迷ってはいないだろう。

 救いたいと思ったこと自体が間違いな筈がないと、そう思ってくれればいいとそう、自分を棚に上げて衛宮・S・アーチェと今は名乗っている人間として暮らしているサーヴァントの女は思う。

「シロ」

 そうして五分ほどそうして佇んだあとだっただろうか、清涼な声が耳朶を打ち、ゆっくりと声のするほうにアーチェは振り返る。

 そこには思ったとおりセイバーが何かいいたげな、けれど居間を出るときとは違う何かの決意を秘めたような顔でそこに立っていた。

 意志の強い碧い瞳は、今はあまり見る機会がないが、かつてはよく見て……そして憧れた少女のそれだ。状況に不釣り合いながら、そんな彼女を見て鋼色の瞳をした女は、綺麗だと思った。

「長くなりましたが、あれから色々私なりに考えました」

 じっくりと言葉の一つ一つを確かめるように、金紗髪の少女が言う。

「それを一番初めに貴女に聞いて欲しいと思いこちらに来ました」

「決まったのか」

「はい、私は―――大聖杯を破壊します」

 

 

 

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