新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
中々更新出来ていなくてすみません。
とりあえず第五次編32話です。


32.嘲笑

 

 

 

 まだ青く、自分の在り方から目を逸らしていた10年前も、私はその儀式の参加者だった。

 自分の望みなど薄々気付いていたというのに、それらから目を背けて別の何かを望もうとした。

 己の魂の在り方を、己が本質から目を逸らして別の何かに置き換えようとした。

 結局、意味の無い行為。

 私はどこまでいっても私でしか有り得ない。

 それに今は気付いている。

 受け入れている。

 私は傍観者であり、干渉者だ。

 私は生きていると同時に死んでおり、死んでいると同時に生きている。

 10年前は精神が、今は肉体が死んでいる。

 だけど、どうだろう。

 私の心は、本能は今のほうがずっと生きている。

 さあ、観察を始めよう。

 この盤上の対局を、心行くまで特等席で子細に見聞しようではないか。

 そうしてまた1人、観察対象(ピエロ)を見つけて、私は嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

  嘲笑

 

 

 

 side.アーチャー

 

 

 凛が三枝由紀香を自室に連れて行ったあと、私は遠坂家のダイニングで、目の前のもう1人の自分(オレ)と対峙していた。

「さて、では聞かせてもらおうか」

 目の前の女の姿をしたオレは逃げるでもなく、見覚えのある表情と雰囲気を湛えた鋼の目でオレを見上げていた。すかさず、あれは敵と交渉する時の仮面の表情だと看破する。

 どことなく皮肉気で傲慢ささえ宿した表情と空気。

 自分自身が過去に何度も敵と交渉する際はああいう仮面を取っていたのだ、わからない筈が無い。

 きっと今のオレとて同じ顔をしている。

 だけど、それがわかっていても尚、いや、わかっているからこそ不快な感情が流れ込む。

 たとえ性別が異なっていようと、どうしようもなくこの女とオレは同一人物だ。

 不快なのも当然だろう。

 世界は矛盾を赦さない。自分の同一存在がそこにいれば、目の前から消し去りたいと思うこの衝動は云わば本能のようなものだ。其れは目の前のこの女も同じだろうに涼しげな顔をしているのが気に食わない。

 たとえ、その涼しげなのが表面だけのこととしても。

 だけれど、そこまで不快でありながら、絶対に殺したいとまではいかない。

 殺したところで何の解決にもならないことはわかっているし、たとえ同一人物にしても、性差というわかりやすい変異点が、いくらか消し去りたい衝動を緩和していた。

 同一人物でありながら別物。

 それだけが殺意を止める最後の堤防だ。

 それでも不愉快は不愉快であり、出来ればもう顔を合わせたくは無かった。

 そう思っていたのはオレだけではなく、この女も同じである筈だろうに、実際は何度かの接触があった。

 それに苛立ちを覚える。

 決定的なのは今日。この女はなんらかの目的をもってはっきりと凛と私の前に姿を現した。

「ふ……そう恐い顔をするな。私は凛に危害を加えるものではない。それはわかっているのだろう」

 にやりと、わざとらしい皮肉気な笑みを浮かべて女のオレが言う。

「さて、どうかな」

 同じ表情を浮かべて私はそう曖昧に返す。敵意を僅かに交えながら。

 そうだ、エミヤシロウは遠坂凛に危害を加えるものではない。

 ただそれがあくまでも「原則として」であることを、同じエミヤシロウであるオレ自身が何より知っている。

 目的のためならばたとえ何であろうと切り捨てられるのが、それこそがエミヤシロウという存在が抱える歪の一つであったのだから。

 ふと、目の前の女が表情を変える。

 ガランドウのガラスのような瞳。

 感情を手放し演技もやめて話す時オレもきっとこんな顔をしているのだろう、そんな顔で静かに女のオレは言葉を紡ぐ。出た言葉はこの女が私に対して口にする言葉としては意外とも思える内容だった。

「この世界の衛宮切嗣がもうすぐ死ぬ」

 それにいつかの記憶が脳裏によぎる。

 実年齢よりも枯れて老けた印象の黒い瞳をした、子供のような老人のような掴みどころのない男の幻影。

 炎の中で伸ばされた手と、救われた笑顔。原初の記憶。

 衛宮切嗣。オレを拾った男。私の全ての始まりであり、父親であり胸に懐いた憧憬だった。

 守護者として使役され、そのたびに記憶は磨耗しボロボロになっていった。その中で色鮮やかに残った数少ない一こそがその男の存在だ。

 セイバーとの出会いと同じくして、あのときの光景を忘れることはきっとないだろう。

『爺さんの夢は俺が継ぐから』

『ああ……安心した』

 そういって死んでいった。

 そうやって死んでいった父親。

 遠い記憶だ。

 オレの道を決めた日。

 嗚呼、そうか。

 そういえばそうだったな。

 確かに言っていた。この世界では衛宮切嗣はまだ生きているのだと。

 ……この世界ではあれから5年も生きながらえたのか。

 感傷を閉ざす。

 同じ衛宮切嗣であろうと、この世界の切嗣はオレの父親である切嗣ではない。

 違う歴史を辿った其れはいわば同じ顔と魂をしただけの別人だ。

「それで、何がいいたい?」

「自分の心を偽らず、自分の心のままに歩いてほしいと、それが父親としての願いだとそう切嗣は言ったんだ」

 救いたいものは救えとな。

 どこか泣きそうな乾いた笑みを浮かべて、もう一人の私はそんな言葉を告げた。

(それは……)

 それは、いつかの矛盾なのではないか?

「だからオレは諦めるのはやめることにした。嗚呼、馬鹿なのは重々承知している。なにせ自分でも馬鹿だと思っているからな。それでも、救える可能性があるものは救えるほうに賭けたい」

 その『救える可能性があるもの』というのが一体誰を指しているのか、気付かないはずはない。

 けれどだからこそ私はそのもう一人のオレの発言に怒りを覚えた。

「貴様は、それがどういう意味かわかっているのか?」

 これまでどれだけのものを切り捨ててきたのか。

 そうだ、より多くのものが助かるのならと、真っ先に危険と認識した少数を切り捨ててきた、それがエミヤシロウという歪んだ正義の形だった。

 それを今更少年だったあの頃のように救えるものは救いたいだと?

 それは……そんなものは綺麗事だ。欺瞞だ。

 時計の針は戻らない。

 オレは、否オレたちは少年だった衛宮士郎になど戻れないのだ。

 あの愚かで、夢ばかりを追いかけていた頃には。

 たとえ大切に思っているものでも、それが周囲に危害を加えるのならば、その前に排除する。

 それが、数々のものを切り捨て、屍の山を築き上げてきたオレ達が取るべき、唯一の道のはずだ。

 何故だ。

 確かに変質はあるが原則としてこの女はオレと同じ筈なのだ。それが何故そんな結論を出せる。

 切嗣に言われたから?

 確かに衛宮切嗣という男がエミヤシロウという存在に与える影響は大きい。

 だが、それだけで変われるほどオレは、オレ達は器用ではないだろう。

 だって今更だ。今更……。

(目に映るもの全てを救いたいなどと、思っていいわけがないだろう)

 そんなオレの考えなどわかっているというように、口元には自嘲的な笑みを浮かべながら女は続ける。

「言われるまでもない。オレはどれほど変質しようが、オマエだ。根本的な部分では変わりようがあるはずがない。意味はわかるだろう? まさか、わからぬはずがあるまい。オマエはオレなのだから」

「……………………」

 それは魂の奥底に張り付いた欲求を見透かすような言葉だった。

「凛とて本心では救いたいと思っているさ。オレの知っている遠坂はそういう人間だ。だからオレはここにきたんだよ。なあ、エミヤシロウ。賭けてはくれないか」

 同じにして違い、違いながら同じである合わせ鏡の自分はそう続けた。

 

 それから10分ほどが経っただろうか。

 ガチャリとドアのノブに手をかける音がした。マスターである凛だ。

 それを合図にオレは私に表情を戻した。同時にドアは開かれ、凛が部屋へと入ってくる。

 部屋に入った凛は少しだけ目を丸くして、私ともう1人の私をきょろりと見回しながら、訝しげに言った。

「前も思ったけど……あんた達って知り合い?」

「姉弟だ」

 さらりと流すように口にした女のオレは、視線で『そういうことにしておけ』と語りかけていた。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 一通りの治療と記憶の処置を済ませ、私は沈痛な面持ちで今は自分のベットを占領している形の彼女、三枝由紀香を見ていた。

 生命力の欠けた青白い顔。自分の無力さに思わず歯噛みする。

「三枝さん……」

 自分の無力さがどうしようもなく悔しい。

 自分がいまだ子供だからなんて言い訳はしたくない。

 三枝さんだけじゃない。

 私はこの冬木のセカンドオーナーだというのに、他にも数多の犠牲者をこの土地で出した。

 それが凄く悔しい。

 太陽がよく似合う少女だったのに、ヒントはあったのに、あんな目にあっている彼女に今まで気付かなかった自分が許せなかった。

 力が欲しい。自分の目に映るものだけでも救う力が。

 過ぎたる力を望むなんてよくないってわかっている。だけど、どうしようもなく今は思う。

「駄目ね、わたし」

 こんな顔あいつらに見せられない。いつもの遠坂凛に戻らないと。

 パンと自分の頬を張る。

「よし」

 気持ちのスイッチを入れ替え、そうしてわたしはあいつらのいるダイニングに向かって歩を進めた。

 

 そうして部屋にたどり着き、ドアを開け、わたしは思わずそこで見た光景に目を丸くする。

 そこにはわたしが出て行ったときと変わらぬ立ち位置で、微動だにせず立っているアーチャーとアーチェの姿があった。

 まあ、そこまではいいんだけど、だけどなんか前より親しげになっているようなそうでないような、なんかよくわからない雰囲気なんだけど。これどういう状況?

 ていうか、この2人なんか互いのことよく知ってそうな感じなのよね。

 わたしはアーチャーはアーチェの先祖かとてっきり思ってたんだけど、この雰囲気は……。

「前も思ったけど……あんた達って知り合い?」

「姉弟だ」

 さらりと、そんな爆弾発言をアーチェは落とした。

 へえ、姉弟か、それで……ってちょっとまって。

「はぁ? 姉弟!?」

「幼い時にわかれた双子の片割れというやつだよ。いやいや、私は勿論彼がまさか英霊になっていようとは思っていなかったがね」

 なんでもないような調子で言ってくれてるけど、かなりとんでもないことカミングアウトしてんじゃないの。ああ、もう腹立つ。

「なんで、もっと早くにいわなかったのよ!」

「言ったろう。幼くして別れたと。つい最近まで私自身忘れていたのだよ。だが、これで1つはっきりしたことがある。この弓兵(アーチャー)の英霊は未来から召喚されたのだ。聖杯戦争における知名度はゼロ。真名を知ることになんの意味もないだろうな」

 召喚されたとき、自分の名前を忘れていたアーチャー。

 記憶のないサーヴァントだっていうのはわたしとアーチャーの2人だけの秘密だったはず。

 それを見透かすようにしてかけられた言葉を前に、アーチャーが現代人でつまりこの時代には生前のアーチャーもいるのだという吃驚な事実も忘れて、わたしはじろりと自身のサーヴァントを睨んだ。

「アンタね、いくら自分の姉弟だからってそこまで他人にバラすってどういうことよ!」

「待て、凛。濡れ衣だ。私は何もこいつに言っていない」

「煩い、問答無用!」

 慌てたような声を上げるアーチャーに対して魔術回路を起動、ガンドを飛ばしつつわたしは追いかける。

 そんなわたし達2人を見てたアーチェはというと、ごほんと咳払いを1つつくと、3人分の紅茶を用意してからそんなことをしている状況じゃないことを思い出させるように声をかけた。

「凛、君が楽しそうなのは結構だが、じゃれあいはそこまでにして、そろそろ本題に入ってもいいかね?」

 それに、この家に来る前のやりとりを思い出して、わたしははっきり意識を入れ替える。

「全部答えてくれるんでしょうね」

「私に答えられることなら、な」

 それに思わせぶりにそんなことを淡々と口にしながら、アーチェは優雅に紅茶を口に含んだ。

 手札を隠した態度。全てをさらすでもなくお茶を濁すような口ぶり。それが気に食わない。

 だけど、だからってそれで駄々を捏ねるほど自分が子供であるつもりもない。

 ふん、と鼻をならしてわたしは席についた。

「そう。じゃあ、答えられる範囲で答えて。綺礼は聖杯戦争の参加者だって言ったわよね。本当?」

「本当だとも」

 にこりと、食えない笑みさえ浮かべてアーチェは言う。

「言峰綺礼は、今はイリヤがマスターを務めているランサーの本来のマスターを騙まし討ちし、ランサーを強引に奪った。まあ、その後裏技を使ってランサーと言峰の契約は強制解除させてもらったが、言峰綺礼が奪ったランサーを使って聖杯戦争の情報を集めていたことについては裏が取れている。ランサーの本来のマスターも既に保護済みだ。確かに犯人は言峰綺礼だったとそちらからも証言は出よう」

 そんなとんでもないことをまるで淡々と報告書を読むような調子でアーチェは口にした。

 それに内心舌を巻きたくなる。

 本当わかってはいたけどとんでもない奴。

 だけど、圧倒されるような真似はしたくないので何事もなかったようにわたしも続ける。

「ランサーの本来のマスター、わざわざ保護したの?」

「ああ。けが人を放っておくわけにもいくまい」

「……呆れた。貴女自身は聖杯戦争参加者じゃなくても、弟や妹が参加者だっていうのによくそんなこと出来るわね。敵マスターだったはずの人間を生かしておくなんてどうかしているわ」

 ふと、見るとアーチェの奴は僅かにわたしを見て何かを思い出すように笑っていた。

 それに思わずむっとする。

「何?」

「いや。大したことではない。気にするな」

 そういって懐かしむような笑みを浮かべているこいつを殴りたい衝動に駆られたけれど、それを抑えて、わたしは別の質問をぶつけた。

「言峰とランサーの契約を裏技を使って解除したっていったけど、何をしたのよ。そんなことおいそれと出来る筈はないわ」

「その件については返答を拒否する」

「わたしに答えられないっていうの?」

「凛」

 ふと、鋼の瞳が真剣な色を宿してわたしを静かに見つめていた。

「君は遠坂の魔術師で、私もまた魔術師だ。魔術の秘奥をおいそれと他家の魔術師に明かせないことくらい、君がわからぬ道理ではあるまい」

 それは、これ以上踏み込むのは内政干渉だというも同然の言葉だった。

 わたしは深呼吸を1つして、自分を落ち着かせて、それから答えた。

「OK、わかったわ。今のはわたしが悪かった。忘れて」

「聞き分けが良くて助かる」

 ふと、笑みを浮かべつつアーチェはわたしを見ながらそういった。

 それはいつもの皮肉そうな笑みじゃなく、滅多に見せない柔らかな笑顔だ。

 それが、どうにも同級生であり彼女の弟である人物とよく似てて、妙に重なることに一瞬わたしは驚いた。

「凛?」

「……なんでもないわ。綺礼がランサーを本来のマスターから奪って聖杯戦争に参加していた。それはわかった。だけど、今はランサーはあいつのものじゃないんでしょう? なら、もうアイツは参加者じゃないんじゃない?」

「凛。君は言峰綺礼という男をよく知っていたのではないのか?」

 その言葉に思わず冷静になる。

 ランサーを奪ってまで聖杯戦争に参加したという綺礼。

 一度サーヴァントを奪ってまで参加したやつが果たしてもう一度同じことをしないといえるのか?

 何より、わたしは兄弟子であるあいつが油断ならない男だってことくらい骨身に沁みてわかっていたはずだった。そうだ、わたしが口にしたのは甘いことなのだ。

 アーチェがランサーの元マスターを助けたことを非難出来る立場じゃない。

「そうね。……あいつが危険、それはわかったわ。それじゃあ最後の質問」

「何かね」

「わたしに接触した、貴女の目的は?」

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 黒くより禍々しく染まったその英霊とすらいえるのかわからねえその女を相手に、俺はマスターの嬢ちゃんを背で庇うように立ちながら、声を上げた。

「てっきり、テメエは退場したと思ってたぜ、ライダー!」

「…………」

 それに女は答えることもなく、ただゆらりと蛇かなにかのような姿勢をとりながら、鎖つきのその短剣を構えていた。

 それを一言で言うなら、邪悪。

 この女は英雄なんてそんな全うな存在じゃあねえ。怪物だ。

 かのゴルゴンの三女メデューサー。

 以前の戦いの時よりもずっと強く匂う闇の気配。

 それはより人らしさを捨て、本来の化け物に近づいていっている証拠に他ならぬ。

 は、上等だ。嗚呼、上等だ。

 あの時つけられなかった決着をつけるってか?

 ざわりと自身の中の戦士の血が騒ぎ立つ。

 けれど、状況が見えてないわけじゃねえ。

「嬢ちゃん、結界を張って下がってろ」

「でも、桜が……っ」

 桜? ふと、一瞬上がった血を下げて思い起こす。

 ああ、そうだ、あの黒い影。

 アーチェの奴が決して近づくなと忠告し、あれはヤバイものだと身体中の本能が騒ぎ立てたアレ。

 そういえば、マスターの嬢ちゃんは元々あのねえちゃんを追いかけようとしていた。

 少しずつ少しずつ亀の歩みのように遠ざかろうとする黒い影、それを守るように現れた、変貌したライダー。

「そうかい。てめえのマスターはあの嬢ちゃんか、ライダー」

「…………」

 ライダーは喋らず、ただ以前とは比べ物にならない迫力を背負って駆けた。

 ガギンと、槍の穂先と短剣の投擲が打ち合う音が響く。

「はっ、随分と無口になったじゃねえか、ライダー」

 その俺の言葉が合図だったかのように、女はトリッキーな動きで俺の懐に飛び込む、それを受けて俺は槍でなぎ払う、女は跳ね鎖を俺に向かって投げる、其れを俺は避け、ライダーのあご先に向かって突きを繰り出した。

 それを女は紙一重で避け、そして這いよるような動きで俺に踊りかかった。

 まるでいつかの再来。

 けれど、確実に何かが違っていた。

「オラオラ、どうしたよ、ライダー。てめえはそんなもんか?」

 挑発に乗ることもなく、ただ淡々と攻めにまわるライダー。

 その姿に思わず面白くない気持ちでちっと1つ舌打ちをしつつ応戦する。

 まるで奇妙な人形でも相手に戦っているような感覚だった。

 高揚もなにもねえ。

 俺を舐めているのかと不愉快な心地になる。

「てめえは、そんなもんじゃねえだろうがっ!」

 こいつは確かに以前よりもステータスが上がっている。

 そういう感触だ、だけどこりゃあなんだ? なんだこのお粗末な戦いは。

 あの時の高揚は、こんなもんじゃなかった!

「……そうですね、貴方相手には失礼でした」

 ふと、掠れるような声で小さくライダーは呟く。

 それになんだ喋れるじゃねえかという思いと、感情が無いようなその声に対する違和感を覚え、俺はそこで一反の距離をとった。

 パサリ、とライダーの封印が解かれる。

 そうして露出された美貌。

 その眼球は黒に染まっていた。

 

 

 

 side.久宇舞弥

 

 

 ゆらり、ゆらりと私は夢を見ていた。

 これまでの人生において私が夢を見たことというのは数えるほどしかない。

 そもそも夢など見てもあまり意味のないものでしかない。

 機械である私には必要のないもの。だからこそたとえ見たとしてもそれを覚えていることもなかった。

 泣いているあの子の夢。

(あの子はだあれ?)

 母親というものになったことがあるにも関わらず、私が母性というものを理解したことはない。

 だからそれを見ても、どういう感慨を抱けばいいのかそれに答えは出せなかった。

 悲しいと思えばいいのか。愛しいと思えばいいのか。

 それを感じれる人を羨ましいと思ってはきたけれど。

 夢は終わりに近づく。あの子は桜へと変わり、そして眠りに落ちる前の光景へと変わる。

『じゃあ、同じ目にあってくださいよ』

 絶望に染まったような赤い瞳でそう涙なく泣くように桜は言った。

『同じ目にあって、それでも同じことが言えるんなら、そうしたら少しは信じてあげます』

 泣き喚く子供のように、そう口にした桜。

 私は選択を間違えたのだろうか。

 わからない。わかれない。だって、私はこれまでずっと殺すことによって存在してきた。

 誰かを殺す機械であることこそが私の役目だった。

 顔色1つ変えず、殺せと言われれば女子供問わず殺すし拷問だってする。それが私の半生。

 所有者(キリツグ)以外の誰かを、赤の他人を助けようとするなんて、助けるために動くなんてこれがはじめてなのだから。

 助けたい。

 そう口にしながら私にはそれがどうしたらいいのかなど全くわかってなどいなかった。

 本当に救えるのかなども……。

 だからきっと桜も私に向かって怒ったのだろう。そういうことなのだろうと思う。

 そうして、取り込まれた影の中で、私は桜が間桐家に連れてこられてやられたことを再現される。

 蟲によって体の隅々まで犯されるそんな記憶。

 何も感じないとは嘘。

 人間にされた経験と蟲にされた経験はやはり異なるし、蟲によるそれは快楽より苦痛のほうがずっと比重が大きく、まさしくそれは拷問と呼ぶしかない行為といえる。

 まるで自分が蟲になったかのような錯覚すら覚えそうな行為。

 それでも、私は苦痛を感じながらも、ただそれだけだった。苦痛なんて慣れている。

 そしてそこで記憶は途切れていた。

 ゆらり、ゆらり。意識が揺らぐ、目が覚めようとしている。僅かに感じるこの光は……?

 そうして瞼を開けた私は意外なものをそこに見た。

 

「目覚めたか、女」

 それは何度も資料で見た顔だった。

 まるで死んだような目、厭らしく歪んだ笑みを浮かべた口元に、黒き僧衣、首元に下げられた十字架。

 第四次聖杯戦争のときに最も切嗣に近づけてはいけなかった男、言峰綺礼が私を抱えていた。

 ばっと、瞬間にして私は距離を取る。

「ふん、反応のいいことだ」

 何が楽しいのか知らないが、男は10年前には見せなかったくらいに楽しそうにくっくっくと笑いつつ、観察するように私の様子を見ていた。

「しかしさて、怪我の治療の礼すら言えんのか、女」

 その台詞に、影から放り出された私はこの男に助けられたのだと理解する。

「一つ尋ねます、言峰綺礼。何故私を助けたのか」

 この男は代行者。魔術師狩りの達人だ。

 じりじりと距離をとりながら、警戒を解かぬままに私はそう疑問を投げ掛けた。

「私は神父だ。けが人がいれば治癒するのもまた我が本分なのでね」

「戯言を」

「嗚呼。勿論冗談だ」

 くっくっく、そう笑いながら男は言った。

「随分と面白そうなことをしていたからな。貴様を助けたのもそのほうが楽しみが増えるとそういう判断だ。10年前は取るに足らん存在と思ったが、今の貴様は中々に興味深い」

 くつりと、嘲笑を浮かべつつ、黒き神父は哀れむように、楽しむように言葉を放った。

「精々あがけよ、女。その苦悩は中々の蜜の味だ」

 

 僅かな沈黙の時間が過ぎた。

 私はゆっくりと息を吐いて、臨戦態勢を崩し、目の前の男を見上げた。

 言峰綺礼。聖職者とは思えぬ歪な男。敵意はある。

 けれど、どんな理由にせよ自分が助かったという事実にはかわりがない。

「……どのような意図があったにせよ、助けられた礼だけは言っておきます」

 そう口にして私は走り去った。

 

「そうだ、それでいい。私を楽しませろ」

 そういいながら嘲笑う黒髪の神父だけが、戦いの爪あと残る森に残されていた。

 

 

  NEXT?

 


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