新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました。まだまだ続くよ黒桜編です。
桜は白いのもいいけど、黒いのもいいと思います。


25.間桐

 

 

 

 救われない筈の少女を救うということ。

 それはきっと、過去の自分(なくしたもの)を救うのに似ている。

 そんな感傷に浸るなんてらしくないけれど。

 それでも私は、この日ずっと考えてきたそれに一つの答えを見つけた。

 

 

 

 

 

           

  間桐

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

「え?」

 薄暗く月明かりが照らす中、闇を背負った怪異に出会う。 

 あの日、柳洞寺で出会った影、それらを従え、同じ気配を身に纏ってわたしの前に姿を晒した1人の娘。

 白髪に赤い瞳、呪詛のようにその肌には赤い紋様が浮いている妖艶な少女。

 それは知っているあの子とはかけ離れた姿で、わたしが一度も見たことのない姿だった。

 だけど間違いない。

 どんなに変わり果てようと見間違えるはずがない。

 その人喰いの影を背負った存在、目の前の妖しき魔性こそが、幼い頃間桐に養子に出された、妹の桜だった。

(なんで……!)

 これはどういうことなのか。

 なんでこうなったのか。

 嘘でしょう、桜。冗談よね。

 そう思う姉としての心と同時に、冷徹な魔術師としてのわたしが、桜なら確かに今回の事件も可能だろうと冷静に頭の奥で告げてくる。

 桜の魔術属性は、『架空元素・虚数』であり、その本質は影使いなのだから。

 おまけに間桐の魔術特性は『束縛と吸収』。ならば条件に合致するのも当然と言えた。

 寧ろ今まで気付かなかったほうがおかしいくらいなのだ。

 いえ……多分わたしはその可能性に気付いていないわけじゃなかった。ただ、気付きたくなかったから、あの子は無関係なんだと信じたかったから、その可能性に蓋をしていただけだ。

 そしてそのツケは廻り回って今に戻ってきた。きっとそれだけ。

 だけど、それを差し引いても、おかしい。

 桜はわたしの妹だから、魔術回路の大きさ自体はわたしとそうは変わらない筈。

 なのに、ここまで巨大な魔力を所持しているなんて、どう考えてもおかしい。

 それに今の桜は……。

「……」

 桜はじっと、わたしの顔を見て、何か上手く言葉に出来ないことをむずがるような仕草を見せつつ首を傾げた。

 まるで幼い子供がやるような感じだ。

 一見、隙だらけの佇まい。

 だけど、桜が纏った異常な気が手出しは危険だと告げていた。

「あれ……なんだったかなぁ…………。ええと……」

 額に手を当てつつ、考え込む素振りを見せていた桜は、次にポンと漸く思い出せたなんて顔をしながら、手を1つ叩き、わたしを見ながらにっこりと笑っていった。

「そうでした。遠坂先輩でした。くすくす。こんばんは、先輩。イイ夜ですね」

 それはもう、子供のように無邪気な表情で、ただ目だけが正気の色を失ったように剣呑にすら見える色を宿して、そんな風に何事もなかったかのような調子で桜は言った。

「桜、アンタ……」

「あ、ひょっとして、先輩もお食事ですか? ごめんなさい。ここらへん一帯、わたしが既に食べちゃいました」

 その言葉で、今度こそはっきりと、この事件の犯人が間違いなく桜であったということを知った。

 ギリッと奥歯を噛み締め、目前の、既に変わり果ててしまった桜を睨みつける。

「……桜、アンタ自分がどれほどのことをしでかしたのか理解していないようね」

『凛』

 パスを通じてアーチャーからの声が聞こえる。

 危険、危険、危険。

 目の前の少女は既に妹の桜ではない。

 ただの魂喰いの化け物。

 彼女を此処で仕留めないとより多くの人が死ぬ羽目になる。

 アーチャーから伝わってくる気配には、それらの認識が故の切羽詰った色がある。

『わかってる、アーチャーは黙っていて』

「桜、わたしは遠坂の魔術師として、冬木の管理者として、貴女を排除する」

 決意を込め、睨みつけつつ、魔術刻印の浮いた左手を目の前の妹に向けつつ言う。

 だというのに、桜は不思議そうな顔をしてコトンと首を傾げて、ふわふわしている声で言う。

「なんで怒っているんですか? ひょっとして、わたしを殺す気なんですか? 先輩。酷いなぁ。酷いですよ、先輩。わたし、ずっと待ってたのに。助けてもくれないくせに、酷いなぁ。酷い、酷い。わたし今まで我慢してきたの馬鹿みたいじゃないですか。……先輩もライダーと同じなんだぁ」

 ライダーと同じ? その言葉への疑問は後にして、わたしはガンドを飛ばした。

 アーチャーもまたそのわたしの攻撃に呼応するかのように、例の双剣を手にして桜へと向かう。

「いいですよ。そっちがその気なら食べちゃいます。よく見ると先輩って美味しそうですしね。ふふ、さよなら遠坂先輩。いえ……姉さん」

 目を細めながら、そんな言葉を口走りつつ妖艶に桜は笑った。

 ぶわりと伸びる影。

 サーヴァントすら溶かす影の一撃がアーチャーに向かって走る。

 ガカッ、アーチャーは黒の剣を飛ばして影の軌道を逸らし、その隙にわたしに迫る影を視認するや、わたしを抱えて跳躍する。剣は影に飲み込まれ、咀嚼し、消えていく。

 トン、と離れたところでアーチャーがわたしを降ろして、弓を手に矢を飛ばす。

 それは桜にあたるより前に影にぱくりと食われて落ちる。

 再び迫る影。影の一撃はガバリとコンクリートを喰らいながら重苦しく這い回る。

 呪詛の塊のそれはまるで蠢く無数の蛇を彷彿とさせた。

 わたしはガンドを飛ばして対抗しようとするけれど、ガンドくらいでは追いつかない。

 それに焦りながら、体を軽量化して桜の影から身を逃した。

 ハァハァと、息が漏れる。

 ズキリ、とわき腹が痛みを訴える。

(まずい、傷口が開いた)

 アレはサーヴァントの天敵だと、肌でわかる状況のワリにはアーチャーは善戦している。この状況において一番の足手まといはわたしだ。開く傷口を前にそれを認識する。

 嗚呼、もうまだ傷は治ってないってのになんで仕掛けちゃったのよわたし。

 昔っからここ一番という時で失敗するのは先祖伝来の悪癖だ。

 よりによってこんなところでうっかりを発動するなんて。

 くらり、一瞬目が眩み、そしてそれを見逃すほど桜は、あの子は甘くはなかった。

「凛!」

(まずっ)

 ずるりと、影が蛇がとぐろを巻くようにわたしの体に幾重にも巻きつく。

「あ、ぐっ」

 キリリと締め付けられ、傷口が更に開いた。

 熱をもったようにわき腹が熱い。

 影はシュウシュウと傷口から漏れ出す血液に含まれた魔力を啜る。

 それに、酸欠になったかのように頭がクラクラした。

「ふふ、量は足りないけど美味しいなぁ。それに素敵な声。もっと聞かせてください、姉さん」

 そんなことを言いながら桜はくすくすと笑う。

 わたしを助け出すために桜に向かおうとしているアーチャー。

 それを前に、桜は先を鋭く尖らせた影をアイツに向かわせながら、謡うような調子で続ける。

「あ、アーチャーさん……でしたっけ? 動かないでくださいね。でないとわたし、うっかり先輩を握りつぶしちゃうかもしれないですから」

 それは困るでしょう? なんて目を細めて、笑いながらアーチャーに言う桜を薄目で見つつ、わたしは影の拘束から逃れようと足掻く。

「さく……っ!!」

 影はわたしの喉に張り付いて、窒息しない程度にギリリと締め上げた。

 生かさず殺さずの絶妙なバランス。

 それを心得ているかのように、首を絞めながら、それは傷口からわたしの魔力を少しずつ少しずつ奪っていった。

「あれ? 抵抗はもう終わりなんですか。なんだ、遠坂先輩って弱かったんですね」

 くすくすと笑いながら、わたしの頬を撫でつつそんな言葉を言う桜。

 更にわたしの首を締め付けにかかる影。

 そして、わたしの意識が落ちるかと思ったその時、一発の銃声がわたしの耳へと届いた。

 

 突如外れた拘束。それを前にゲホリと咳き込みつつ、目の前を見上げる。

 そこには、頬を血に染めて呆然と佇む桜の姿と、彼女に黒い小銃を向ける黒衣の女性の姿があった。

(あれは……舞弥さん?)

 そう、確かにその感情に乏しいあっさりした顔立ちの黒髪の女は、先日柳洞寺でも一緒に戦うことになった舞弥と名乗った女性だ。でもなんで彼女が此処に?

 それを思うより先に、桜のわたしへの関心が薄れた隙にアーチャーがわたしの元に向かい、わたしを拾って戦線離脱のために跳躍した。

「ちょ……っと、アーチャー」

 ズキズキと痛み続ける腹部の痛みを押し殺しながら、自分を連れて逃げることを選択した男に抗議の声を上げると、アーチャーは「その体で文句を言うのか? 私を失望させないでくれマスター。戦術的撤退だ。文句があるのなら、今度こそ傷をきちんと治してからにするのだな」そう怒ったような口調で言って、我が家目指して飛んだ。

 それに言い返せない自分に歯噛みする。

 ちらりと、先ほど見た光景が脳裏をよぎる。

 まるでわたしを庇うかのように出てきた彼女。ここで死んだとしたら目覚めが悪すぎる。

 だから、逃げ延びてくれることを願いながら、わたしはアーチャーに身を任せた。

 

 

 

 side.久宇舞弥

 

 

「どういうつもりですか?」

 少女はクスクスと、かつて浮かべていた笑顔とはまるで種類の違う、妖艶にして深遠の闇を思わせる笑みを浮かべながら、そんな言葉を私に問いかけた。

 私の放った銃弾によって破れた頬の薄皮は、既に再生して怪我をした痕跡すら残していない。

 ガチャリと、愛銃の安全装置を外したまま、かつてと変わり果てた少女と無言で対峙する。

「ひょっとして、遠坂先輩を助けに来たんですか? 羨ましいなあ。本当、あの人はいつだってそうですね。いつもいつも……あの人は…………。嗚呼、其れより貴女は……誰でしたっけ?」

 コトンと首を傾げつつ、焦点の合わない紅色の瞳で桜は私を見ていた。

「……桜」

「どこかで会ったような気はするんですよねぇ……。どこだったかなあ……」

「…………桜」

「あ、そうだ。思い出した。確か夏祭り。確か夏祭りで会ったんです。あの時はイリヤ先輩やシロさんと一緒でしたっけ。そうですよね」

 うんうんと無邪気にすら聞こえる響きでそんな言葉を言う桜。

 その言葉の中に桜の想い人であった筈の士郎の名前はない。

 そしてそんな風に笑いながら言ったと思ったら、またコトン。首が折れた人形を連想させるくらいにどことなく不気味に首を傾けながら、彼女は紅色の瞳に狂気を宿しつつ言う。

「でも、何でそんな人が遠坂先輩を助けようとするんですか? 貴女のせいで先輩が逃げちゃったじゃないですか」

 なんてことを冷たくも軽快な声で歌うように言った。

「弱いのに……わたしの邪魔、するんだ」

「……貴女は」

「その気ならいいですよ。遠坂先輩ほど美味しそうじゃないけど、貴女から先に食べちゃいます」

 号令をかけるように桜が腕を振るう。

 ぶわりと、無数の影が私を狙って一斉に這い出した。

 ガンガンと連続で鉛玉を解き放つ。

 それらは無意味に影に飲み込まれ喰われていった。

 シュルっと、影が私の四肢を縛って宙に吊り上げる。

「そういえば、先ほどのお返ししてませんでしたね。掠っただけですけど……結構痛かったんですよ?」

 言いながら桜は、私の手足を縛った影への圧力を強めた。

 徐々に強められていく力。最終的にそのまま私の手足を折るつもりでやっているのだと、それで知った。

「つまらないなぁ。少しくらい何か喋って下さいよ。あんまりつまらないと、わたし……このまま一思いに殺しちゃうかも」

 闇に囚われた目をして、そんな言葉を吐く少女を前に、わたしは。

「……間桐雁夜という男を、知っていますか?」

 そんな言葉を無意識に吐いていた。

 ぴたりと、四肢を縛る影に送られる追加圧力が止まる。

 桜は不解そうな顔をして、「雁夜……おじさん?」そうぽつりと呟いた。

 それで間違いなく、間桐雁夜が今際の際に呟いた「サクラ」は彼女、間桐桜のことであると確信する。

 十中八九そうだろうと思っていたが、今はもう間違いがなかった。

 おそらくは、彼があれほどまでに己の命を削って、半死半生になりながらもそれでも最後まで必死に生きようとした事の理由の少女。

「……貴女は何を知っているんですか?」

 桜は暗い目のままじっと睨みつけるようにわたしを見上げつつ、そんな言葉を低く吐く。

「知りません。私は何も知らない」

 それに、本心からの言葉を告げた。

 桜は私のその言動を聞いて、きょとんと幼い顔を見せる。

 その顔にいつかの夏祭りの時を思った。

 引っ込み思案の内気そうな少女。一目で士郎のことが好きだとわかった。それほどに彼女は素直で、いじらしく可愛らしい恋をしていた、どこにでもいる花のような少女だと私は思っていたのだ。

 そう、私は何も知らない。

 桜の変貌の理由も、あれほどに間桐雁夜という男が必死だったその訳も。

 それらを知ることを必要だとすら思っていなかった。

 戦場で拾われた切嗣の道具、それが私であり、それ以上でもそれ以下でもないと、だからそんな感情知る必要すらないとそう思っていたのに。

 だけど今は……知りたいと思っている。

 私のために。

 私を創るために。

 切嗣はもう長くない。きっと私は切嗣よりも長く生きることだろう。生きるとは何かすら知らずに生きることだろう。

 だから知りたい。

 生きるとは何か、何故半死半生でありながらもあの男が最期まで必死だったのか。

 そんな私を見透かすように、桜は目を細めて、薄っすらと微笑みながら言った。

「へえ、あがくんだ」

 くすくすと笑いながら、そんな言葉を吐く桜。

 まるで面白い玩具を見つけた子供のような顔だと私は思った。

「いいですよ、今回は特別に見逃しちゃいます」

 シュルリと、桜の意思と言葉を反映するように、私の四肢を縛っていた影が離れ桜へと舞い戻っていく。

 ただ縛っていただけでなく、常時捕まえている間取られ続けていた魔力の消耗も手伝い、クラリと体が傾く。

 手足は折れているわけではないけれど、平衡感覚すら覚束ない有様だった。

「でも、次にあったら食べちゃうかも。ふふ……遠坂先輩によろしく言っておいて下さいね」

 そんな言葉を残して、桜は去っていった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 夢を見ている。本当は夢と違うけれど、それは他に呼び様がない。だから私は夢を見ている。

『またか』

‘…………’

 答える声はない。いや、まだ声の体を為せていない。

 時間が足りないのだ。

 そうだ、会話出来るほどにまだ時は満ちていない。

『君なのだろう』

 名は呼べない。だけど確信をもってそう問いかけを放つ。

 名を知っていてもここでは呼べない。

 わかっていた。

 こんなものは無意味だと。

 それをわかっていながらも私は続ける。

『何故君は、私を此処に送ったんだ』

 問いかけに答える声はない。

 わかっていながらも苛立ち、誰も他にない暗闇の中で吐き捨てるように続けた。

『私への罰のつもりなのか』

 姿は見えないけれど、確かにその影は良く知った気配をもって其処にある。

 だから、懇願するような声で私は、縋るような台詞を吐いた。

『なぁ、○○』

 夢は泡沫に解けていく。

 

 朝日がゆっくりと部屋の中を照らす頃、私は目覚めた。

 ゆっくりと上半身を起こす。

 そこで違和感を1つ感じて下へと視線を向ける。

 隣に眠るイリヤスフィールが私の部屋着の裾を掴んで、半ば私の布団にもぐりこむようにして眠っていた。

 そんな愛くるしい寝姿に、ふっと目元が和らぐ。

 ……彼女が私の姉であったイリヤとは同一人物の別人であることは、わかりきっているほどによく知った事実だ。彼女は私の姉さんではない。

 だけど、それでもたとえ別人でもイリヤがイリヤであれば、愛おしかった。

 自分の世界のイリヤがそうではなかったからこそ、余計に彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

 そんなイリヤの指をゆっくりと解いて、彼女を元の布団に戻す。

 イリヤはぐずる様に私に身を寄せてはきたが、幸いにもそれで目覚めることはなかった。

 そして、彼女を布団に戻してから、更にその奥に眠る少女の顔をぼうと見た。

 アルトリア。

 最優と名高き剣の英霊であり、伝説に名高きアーサー王である少女。

 私の……永久に刻まれた憧憬。

 そして『マスターを殺した』そう告白してきた過去を持つ少女。

 おそらくは、第五次聖杯戦争に2度目の召喚を遂げただろう異端のサーヴァント。

 普通のサーヴァントが自身の聖杯戦争で敗れれば、そのとき待っているのは聖杯への魔力へ変換されるという運命だけのはずだが、彼女は違っていた。

 その理由はきっと彼女が未だ死んでいない英霊だからなのだろう。

 そんなことを思う。

 ついでに先日の諍いを思い出して苦笑をもらした。

 八つ当たりなどで言ってはいけない言葉を告げた。あれからずっと彼女とはギクシャクしたままだ。

 彼女はさぞかし私を不審に思っていることだろう。

 ふと、昨日の夕方ランサーに言われた言葉も脳裏によぎる。

『テメエのその態度で家の中まで空気が悪くなってやがる。わかってるのか?』

 ……そうだな。

 不和の種は命取りに繋がる。きっとセイバーは割り切れはすまい。

 だが、そうだな。今日からは普段どおりに接しよう。

 たとえそれでセイバーに何を思われても、知らぬ存ぜぬで通そう。

 そこまで思ってから、漸く自分へと振り返る。

 下に目を向ければ、相変わらずここ10年で見慣れてしまった膨らみが2つ存在を主張していた。

 それを出来る限り気にしないように思考から外して、自己暗示のための呪文を口内でのみ綴る。

(……解析、開始(トレースオン)

 高位の魔術礼装である、右手小指にはめている指輪からの波動が人間のような波長を形作っているが、あくまで人間に偽装しているだけで私は人間ではない。

 あくまで人間の皮は表面的なものだ。

 その下にある本質を見抜くように自身にかけた解析の魔術が走っていく。

 受肉し、弱体化してからの私のステータスは、英霊にしては相当に低くランクダウンしている。

 あの第四次聖杯戦争に参加していた分裂するアサシンのサーヴァント、今の私のステータスはせいぜいアレ並みだ。そんなことを思いつつ解析魔術を完了させる。

 結果は……。

(やはり……な)

 切嗣に召喚された当時、自身に解析の魔術をかけることすら忘れて混乱の最中聞いた、追加スキルである『うっかりスキルA』。それが、ランクCにまで落ちていた。

 それに、自身の仮説があたっていたことを確信する。

 呪いのように課せられたこのスキルだが、おそらくは聖杯戦争が終結する頃には消え去っているのだろう。

 それも当然といえば当然だった。

 元々が私の思考を縛る鎖としての役でつけられたのなら、役目を終えれば消えるのが当然だろう。

 しかし、何故だ。

 何故わざわざそんな手間までかけて私を此処に送った? それだけが解せない。

 聖杯戦争を終え、消えるはずだったのにそのまま連続で切嗣(じいさん)に召喚されたこと、それが偶然の産物であるなどと楽観視することはもう私には出来そうにはない。

 その答えを私が知るのはもう暫く先のことだった。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 あれから、私は完治するまで昏々と眠り続けた。

 そんな中で夢を見る。1人の馬鹿な男の夢を。英雄と呼ぶにも反英雄と呼ぶにも中途半端な男の夢を。

 剣の丘に佇むとてつもなく馬鹿な男の夢。無性に腹が立った。

 そして、そんなそいつに昔なじみの女も重ねる。

(似てる似てるって思ってたけど、ほんっとに似てるわね)

 なんでこいつは馬鹿なんだろう。

 なんでこいつらはこんなに馬鹿なんだろう。

 人の身に余る奇跡に手を伸ばしたところで届くわけがないというのに、そんなことにすら死ぬまで気がつかなかったなんて。

(ああ、もうアンタは……)

 そうして何かを言おうとしたところで、夢は覚めた。

 

「…………」

 ムクリと体を起こしてから、昨夜開いた傷口に手を伸ばす。そっと触れる。痛くない。

 じくじくと痛みは少しまだ燻っているけれど、この調子なら今夜には治るだろう。

 思うと同時に情けなさも少々こみ上げる。

 まったく2度続けての途中撤退なんて。それでも命があるだけめっけもんだ。

 結局のところ最終的に勝ち残ればそれで問題はないのだから。

「凛、起きたのか」

 そういって、また……匂いからするとお粥かなにかを手にして入ってきたアーチャーの姿を見る。

「色々私から言わせて欲しいことはあるが……先に食べろ」

「……いらない。食欲ないから」

「凛。いいから、食べろ」

 どことなく主夫の威厳のようなオーラを放ちながら、仁王立ちで言ってのける赤いエプロンをきた白髪の弓兵。そこには有無を言わせない空気がある。

 いつもならそれでも「いらないっていってるでしょ。偉そうに命令しないでよね」と文句の1つも言ってやるところだけど、先日から良い所1つ見せれていない立場としては文句は言えない。

 若干むっとしながらも大人しく器を受け取る。

 ……それに、まあ、心配してくれてたみたいだし。

 そうして食事が終わるなり、アーチャーの小姑染みた説教大会が始まった。

 

「……聞いているのか、凛」

「聞いているわよ。でもこれ以上過去のことを言ってても仕方ないでしょ」

 じろりと鋼の目にガキくさい色を宿して睨んでくる大男をあしらいつつ、これからについて話し合いをする意思表示をすると、アーチャーは空気を引き締め、真面目な雰囲気を作って言った。

「それで、君はこれからどうするつもりかね?」

「とりあえず、今日は間桐の本拠地を襲撃するつもり」

 きっぱりと言う。

「間桐のやっていることは見逃せない。あんなの、聖杯戦争どころじゃないわ。御三家は互いに不可侵の盟約を結んでいるけどそうも言ってられない。わたしは冬木を管理するセカンドオーナーとして真実を暴くだけよ」

「……間桐の、か。間桐桜の、ではないのかね?」

 その言葉にわたしは一瞬ギクリと固まりかけるけど、すぐにいつもの調子でなんでもないように告げる。

「……どっちも同じ。あの子が街に手を出した以上、あの子はわたしが殺すわ。でもその前に出来るだけ真実を知りたい、それだけよ。それとも、それが不満? アーチャー」

 そのわたしに言葉に、この赤い弓兵はふっといつもの皮肉気な笑みを浮かべて、「いや、不満などないさ。君の方針に従おう、マスター」そんな言葉を告げた。

 

 近くて遠い間桐までの道のりを歩く。

 今は午後の2時過ぎ。そんな時間にも関わらず、連日の事件が祟っているのか人気は少ない。

 いっそのこと不気味とすらいえる。

 そうして、もうすぐ間桐の家に着くというところで、わたしは誰かの気配を感じて……。

『凛』

 ガンドを叩き込もうとした直後に、呆気に取られてやめた。

 其処には、つい昨日も見た黒髪をポニーテールにした怜悧な美貌の女が、わたしを待っていたかのように立っていた。

「舞弥……さん」

「元気そうですね、凛」

 そう淡々と話す女につい釣られる様に「あ、うん」と答えて、そこではたと気付いた。

「貴女こそ、よく無事だったわね」

 あんな別れ方をしたんだ、最悪死亡していることすら覚悟していた身としては始めて会った日と変わらない様子に、ほっとしつつも拍子抜けする。

「……これから間桐に襲撃する気ですか?」

 それにピクリと私は眉を動かしてから、空気をすぅと冷やして、聞く。

「何? 悪い」

「いえ……」

 そこまで言ってから言葉を切った女は、次にわたしにとっては予想外の言葉を連ねた。

「私も付いて行かせてはくれませんか?」

「貴女が?」

「はい」

 淡々と答える女に思わず目を丸くする。

「まあ、恩人だし……。借りを返す意味では別にいいけど……でも、……」

 思わずブツブツ呟きながら思案する。

 いや、そもそもなんで彼女はそんなことを言い出したのか。

 思えば彼女はわたしが間桐に襲撃をかけることを知ってて待ち伏せしていたようにさえ見えた。

 いえ……待って。ひょっとして逆なんじゃないかしら。

 もしかして……彼女も襲撃をかけるつもりだった……?

「ワケを教えてくれる? そうしたら良いわ」

 そう試すようににっこり優雅に笑いつつ告げる。

 それに返ってきた答えはわたしの想像の斜め上の答えだった。

「そうですね。……貴女にならいいでしょう。貴女は、間桐雁夜という男を知っていますか?」

(雁……夜……?)

 どこかで聞いた名前だった。

 確かにそう、聞き覚えのある名前だ。

 どこでなのか。

 そうして記憶の底まで探った時、あっと気付いた。

「……雁、夜おじさん?」

 そうだ、ぼんやりと覚えてる。

 確か母の知り合いで、旅行に行ってはお土産を買ってきてくれた。

 顔も声も覚えていないけれど、優しい手をした人だった。

 最後に会ったのは11年前、桜が養子に行ってすぐの頃だ。色々あって忙しいうちに忘れていたけど、そうだ。優しい人で、わたしも桜もたまに会うその人に懐いていた。

 もう10年以上も碌に思い出すこともなかった忘れていた人なのに、思い出したら、急に懐かしくなってつい弾むような声で質問攻めにする。

「雁夜おじさんを知ってるの? あ、もしかして舞弥さんっておじさんの知り合いだった? おじさん元気でやってる? もしかして家庭が出来たとか。ねえ、おじさんは今どうしているの?」

「……凛」

「あ、ごめんなさい」

 困ったような声でわたしを見ている彼女を見て、つい子供の頃に戻ったかの様な反応を返した自分を恥じる。

 そして、告げられた言葉は思わぬ事実だった。

「……間桐雁夜は10年前に死にました」

「……え?」

「間桐雁夜は聖杯戦争に参加するバーサーカーのマスターだった。ご存知でなかったのですか」

 それに、ショックを覚えた。

 雁夜おじさんが死んでいた? バーサーカーのマスターだった? そんな馬鹿な。

 だって、おじさんは記憶にある限り普通の人だった。

 旅行が趣味で色んな所にあちこち出張に行くなんて、そんな極平凡の普通の人だった。

 だからわたしはおじさんがこっち側の住人なんて思っていなかったのだ。

 それに、魔術は一子相伝で、間桐を継いだのは慎二の父親の筈。

 でなきゃ辻褄があわない。

 なら、余ったもう一方は一般人として育てられる筈で、わたしはてっきりおじさんはそうなんだと思っていた。

「私は、間桐雁夜の今際の際に居合わせました。瀕死の体の彼は、『サクラ』と、そう言い残して死にました。わたしはその意味を知りたい。それだけです」

 そう告げられた声はどこまでも真剣で、それらを前にスゥと思考を戻す。

 思い出すのは昨日見た異常な桜の姿。

 同じ家にいたのだ。おじさんは何かを知っていたのだろうか。

「……いいわ、ついてきて」

 

 驚くほど呆気なく、間桐の家の防護結界は破れた。

 そして今、アーチャーが見つけた地下への隠し扉を開け、わたしたちはおそらくはその間桐の修練場であろう場所に向かっていた。

 近づくたびにむっと匂う死臭。それに悪い予感を覚えながら慎重に歩を進める。

 そうしてわたしたちは、それを見た。

 

 

 

 side.久宇舞弥

 

 

 辿りついた其処は、血を被る魔術師といえども醜悪な修練場という名の拷問場所だった。

「……そうか」

 其処に蔓延るのは、異形の形をした蟲の群れと、棺に入った蟲の餌たる人間の亡骸たち。

 ウゾウゾと這い動き回る蟲達は餌を求めて侵入者へと近寄ってくる。

 陰湿で異様な蟲の餌場。

 それに、魔術師としての修行を碌にしたことのない私でさえ、間桐の魔術への学習方法を知る。

 幼くして間桐へと養子に出された桜の身に起きただろう悲劇を。

「だから……貴方は……桜を救いたかったんですね」

 私自身人のことをいえるような過去をしているわけではないことは自覚している。

 幼くして兵士として仕立て上げられ、夜は毎日のように兵士たちに輪姦され、初潮を迎えてすぐに出来た息子は取り上げられた。私の人生というものはそういうものだ。

 それを哀しいと思えるような心はないし、此処で蟲の慰み者にされただろう桜への同情などもない。

 私が思ったのはもっと別のことだ。

 そんな、蟲に生贄のように捧げられた少女を、彼はそれでも救おうとした。

 そのために駆ける事が彼は出来た。

 それは果たせなかったかもしれない。無意味な終わりだったのかもしれない。

 だけど、そうやってそんな哀れな少女を1人、救おうとして足掻いて死んだ。

 それは尊いことなのではないのかと、そんな風に自分の命すら燃やして生きれたのはなんて羨ましいのだろうと、そう思っただけだ。

 救えない筈の少女を救うために足掻いて死んだ男。

 彼があんなに生きていた理由がわかったような気がした。

 顔を上げる。

 未だ背後で憤る少女を置いて踵を返す。心は決まった。

 かつて一抹の慈悲を持って殺した哀れな男。

 その男が救いたかったものを、生きた証を、欠片でいい。私は継ぎたい。

 

 

  NEXT?

 




というわけで俺なりの雁夜さん救済パートはじまりはじまり。
ぶっちゃけZERO原作で雁夜さんがトップクラスに好きなんだけど、正直無理矢理救済する系はどうよ? と思っているので、自分なりに無理の無い範囲での雁夜さん救済を考えた結果がこの話でもあるんだな。
雁夜さんはよくトッキー殺したいだけで桜救うのはただの大義名分呼ばわりされますが、それだけで半死人にはなれないと思うし、葵さん大好きなのも、トッキーに嫉妬して憎くて成り変わりたくてたまらないのも、桜を救済したいのも全部本音だと思うし、全部ひっくるめての雁夜さんやと思うので、そのうちの1つだけでも果たせたらそれはそれで報われるのではないかとそう思っています。
因みにおいどんが好きなのは原作の色々どうしようもない雁夜さんなので、アニメのやたら綺麗(?)な雁夜さんは正直なんか違うんじゃないだろうかと思っています。

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