新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
とりあえずこれにて序章、第五次聖杯戦争の「始まり」に纏わる話は最終回。
というわけで次回から中章に入るにあたり、更新頻度は遅くなると思いますがご了承下さい。
夢の終わりはいつだってあっけなく。
いつだって儚い。
幸せは求めれば求めるだけ遠ざかる。
願いは叶わない。
そんなこと、生前からずっと知っていました。
私の願いが叶ったことなんていつだってなかったのだから。
いつだって、私は裏切られ、裏切って生きてきた。
それでも、宗一郎様、貴方と出会ってから共にあれた日々は私にとっては幸せだったのです。
それが、たとえほんの、刹那のまどろみでも。
もう、思い出す暇すらないけれど。
造反
side.レイリスフィール
その闇の出現の気配に、私はばっと目を見開いて身体を起こした。
「……何?」
私は聖杯の器。
普通の人間ともただのホムンクルスとも異なる存在だ。
だから、それに最初気付いた所以はといえば、聖杯としての本能だったのかもしれない。
何か、おかしなことが起ころうとしている。
いえ、起きた。
同時に、私の心の乱れを読み取って、ぎちぎちと霊体となっている狂戦士が楔から離れようと騒ぎ出す。
「……お黙りなさい」
額に手をあて、魔力の檻で彼の者の思考を縛る。
ぴたり、と騒ぎがなくなった。
目に手を当て、冬木中に張った私の目から該当するものを探し出す。
「……なんてこと」
場所は……柳洞寺の付近。あの
中は私の目をもってしても見えないけれど、その入り口たる山門の様子だけを見て察しはついた。
影が生まれている。
舌打ちしたいような感情をこらえて、私は魔術武装を作る為に立て篭もっていた、アインツベルンの森郊外の廃墟から抜け出した。
……全く、厄介なことになったこと。
思いながら、私は私の足跡を消していく。
私は、誰にも捕まりはしない。そんな願をかけながら、その場から痕跡を消した。
side.キャスター
空に浮かび、高速神言を唱えながら、愚かにも単体で私の神殿に乗り込んできた影を相手に、私は大魔術を叩き込んでいた。
「たかが、暗殺者風情が、私に敵うと思って!?」
「キ……キキキッ」
其れを前に、薄気味悪い黒衣のマントを身に着けた髑髏仮面の大男は、その体格に似合わぬ素早さだけを頼りに、時には
全く、忌々しい。
マスター暗殺しか能の無い影の分際で、私の神殿でやりあおうなんて。
確かに、あのサーヴァントの天敵らしき何者かに食われ、神殿の結界の一部は綻んではいるけれど、そのようなものぐらいで、私の結界内の優位が覆るというものではない。
街中から集めた魔力の貯蓄があるこの場所に置いては、私は魔法の真似事すら可能なのだから。
全く、影は影らしく物陰に隠れていればいいものを、しゃしゃり出てくるなんて、なんて厚かましい。
そう苛立ち紛れに思う心と同時に、私が召喚したアサシンと引き換えるように現れた、この本物のアサシンを早く殺さねばと焦る気持ちも湧き上がる。
何故なら……あと少し、もう少ししたら宗一郎様が帰ってくる。
私のマスターになったとはいえ、令呪を所持していない、魔術師でも無い、宗一郎様が現状で私のマスターだとバレるとはとても思えないけれど、アサシンには気配遮断のスキルがある。
私の神殿が綻んでいるのをいいことに、そのまま修復されるまで居座り、私のマスターが宗一郎様だってことを突き止めた後、宗一郎様を狙いにかかられたら……と思えば、なんとしても此処で仕留めなければいけない。
今は寺の坊主供からは、死なない程度に生命力を抜き取って眠らせてはいるけれど、その不信を宗一郎様に気付かれたら……そちらのほうが私には余程恐ろしい。
他の誰に裏切られても、あの人にだけは捨てられたくない。
私の幸せを奪うのならば、容赦などするものか。
神言を多重に奏で、通常の魔術攻撃に混ぜて、空間固定の魔術を使用し、黒い暗殺者の動きを止める。
「ギ、キ……?」
「あははっ、かかったわね。さあ、消し炭になりなさいっ!」
そう、チャンスだ、この隙になんとしても、このサーヴァントは仕留める!
そう意気込んで、それまでの光弾の比ではない大魔術を発動するための神言を唱えていた、その時だった。
「……え?」
ゾッと肌が粟立つ。
そう、私の結界の綻びの隙間から、サーヴァント殺しの影がひたりひたりとにじり寄ってきていた。
ぎょっとして、神言を途絶えさせて振り返ったこと、それはアサシン相手に晒してはいけない隙だった。
「
そんな男の声がした。はっとそれで我に返った。
2倍以上に膨れ上がった、赤い異形の腕が私の身体まで伸びてくる。
それが触れたのと同時に確かに私は空間転移を行った……そのはずだったのに。
逃れた筈だった其れによって、心臓が掴みだされていた。
……何故。
だって、私は……確かに……。
思考は急速に消えていく。
見えたのは蟲の群れ、背後に忍び寄る影、そして、黒髑髏に喰われていく、私の心臓。
宗一郎様のことすら思い出す時間すらないほどに、それは無常なほどあっけない最期だった。
side.エミヤ
切嗣を眠らせ、夕食の準備に取り掛かる前にと、爺さんが設置したパソコンに何気なく目をやった時、私はそれに気付いた。
「……何?」
爺さんのパソコンは、街で何か魔術的な異常が起これば、ハッキングしてある冬木市上空の衛星から、その異常が起きた地点の映像を自動判別し、パソコンに送り込めるように改造してある。
そして、其処に映っていたのは……黒い影だ。
シュルシュルと、紐のような影が現れ……そして……あのアサシンの内部から、本物の暗殺者が現れた。
「……どういうことだ?」
こんなことは知らない。
少なくとも、オレが体験した聖杯戦争では、マスターとして参加したそれでも、サーヴァントとして召喚されたそれでも、こんなものはなかった。
こんなものは、現れなかった。
髑髏の仮面の暗殺者は、あの佐々木小次郎を名乗るアサシンを喰らって、魔女の根城へと乗り込んでいく。
送られてきた映像はそこまでだ。
ばっと、無線を手に取り、彼女に連絡をする。
「舞弥、聞こえるか」
少しのタイムラグを置いて、低く落ち着いた件の女性の声が耳に届いた。
『シロ、どうかしましたか』
「状況が動いた。どうやら、私の記憶はこれ以上は当てにならないらしい」
苦笑しながらそう告げて、また真面目な声に戻って続ける。
「街に影が出現した、あれはおそらく危険なものだ」
『影とは?』
「そうだな……『私の本来の仕事』による、抹殺対象といえばいいのか……。出現場所は柳洞寺山門だが、柳洞寺そのものにも現れた可能性がある。こちらでも情報を集めるが、君のほうでも探りを入れてはくれないか。」
『了解しました』
ことりと、無線を置く。
思わず、ため息をこぼす。
参った。
画像越しで直接対峙したわけではないから、断言までは出来ないが、あんなものが現れるとは。
この世界は、私が知っている世界とは異なる歴史を辿っている。
あくまで、私がいた世界とは並行世界でしかない。
それはわかっているが、それでもあんなものが出るとは予想外だ。
ふと、自分の手に視線を落とす。
女の手だ。
かつての己がもっていたそれに比べて、あまりに頼りない、細く小さい女の手。ぐっと拳を握り締める。
もしも、アレが本当に私の想像通りのものであるならば、事が本格的に起きるその前にこの手で摘み取らなければいけない。思えば、私はその為に守護者になることを選んだようなものなのだから。
実際の守護者としての任務では、事が起きた後の後始末ばかりをさせられてきた。だが、今回はまだその前に、……守護者が介入する前に摘み取る目がある。
ならば、それを果たすのは、此処にいる私の役目だろう。
だが……と、同時に思う。
かつての頃から随分と弱体化して、女にまで成り果ててしまったこの体で、果たして私はどこまでが出来るのだろうか、と。
通常の人間に比べればいくらマシといえど、あまりに、この身体は弱い。
余りに、この体は頼りない。
受肉してしまった私は、他のサーヴァントのように霊体化して駆けることすら出来ない。
いや、身体能力など些細な問題だ。
一番の問題は、1日あたりに使える魔力総量のあまりの少なさだ。
今のこの身体で1日に使える魔力量は、
いや、
消滅覚悟や、10年溜めてきた魔力を使うのであれば、その限りではないが、私は自ら命を絶つなと厳命されている以上、消滅覚悟で使うのは最終手段に抑え、出来る限り別の方法を模索するしかないだろう。
イリヤの哀しむ顔は見たくは無い。
……なんとも、10年で随分とオレは弱くなったらしい。そう苦笑交じりにも考える。
……10年溜めてきた魔力のほうを使うのは論外だ。あれは、大聖杯破壊に使うように決めている。
(馬鹿か、私は)
こんなことで、悩んでも仕方ないだろうに。
今は確証を取るほうが先決だ。
それが取れたら、今後の方針について話し合わねばならない。どう動くのか、それは皆が揃ってから結論を出すべきだろう。
単独行動は弓兵の領分ではあるが、だからといって1人で独走するわけにはいかない。
そんなことをすれば、ランサーやセイバーたちに不信を与える。
そんな些細な行き違いが回りまわって、私のカラクリがバレた時、イリヤや切嗣たちに迷惑をかける結果を引き寄せることになる可能性は決して低くはない。
なにせ、昔から運には見放されてきたからね、オレは。
だから、迂闊な行動はとるべきじゃない。
これでも、自分に出来ることと出来ないことはわかっているつもりだ。
そんな思考を、横に置く。
今の時刻は夕方6時前だ。外はとうに日が沈んでいる。
ひとまず、赤いエプロンを装着して、夕食を作りに向かう。
食事は全ての基本だ。
たとえ今が聖杯戦争中だろうと、食事をおろそかにするようでは、到底良い策など浮かぶものではないし、話し合いがどういう結果に終わろうと関係は無い。腹が減っては戦は出来ぬという諺もある。
たとえ、どんな結果で終わろうと学校から疲れて2人が帰ってくるのは確定しているのだから、労うべきなのだ。
それに、士郎もイリヤも育ち盛りだ。
栄養たっぷりの食事はかかせないし、今は部屋で寝ている爺さんにも滋養をつけてもらわないといけない。
状況に更に変化があれば、舞弥が知らせてくれる手筈であるわけだし、今私が最優先でやるべきなのは、美味い食事を用意することだろう。
……本当は、いの一番に
それに、やっと眠れたところなのだ。
影が現れた件については確証がとれているわけでもないし、もう少しだけ眠らせてやりたいと、そんな気持ちがあった。本当に……甘くなったな、私は。
10年は決して短くなどない、それをこういうときに厭というほど思い知らさせる。
いつからオレは、こんな甘い人間になったのか。
10年の歳月は、私という人間を堕落させるには充分であったらしい。
乾いた笑みを思わず溢す。
それでも、私の消滅で誰かが救えるのならば、躊躇うことなく私は自身の消滅を選べるのだろうけれど。
side.遠坂凛
校内で結界をしかけた魔術師を探す為に、わたしは放課後の学校に残っていた。
屋上から学校の様子をくまなく見下ろす。
視力を強化。
弓道場を行く道で、自分が見つけた結界の基点を銀髪の少女に報告しているらしき赤い髪の少年の姿が見えた。
誰もいないと判断してか、すっとアーチャーが霊体化を解いて私の隣に現れる。
「それほどまでに、あの2人が気になるのかね?」
「別に、そんなんじゃないわよ」
むすっとしながら答える。
其れに対して、アーチャーは大げさにやれやれといわんばかりのジェスチャーをつけて言葉を続けた。
「休戦とはまた、中途半端なことをしたものだ。君はどうも、あの2人と戦うのを避けているように見えるのだが、これは私の気のせいであることを願うばかりだな」
「煩いわね。先に倒すべきなのはこんな結界を張った馬鹿だって決めているんだから、しょうがないでしょ。何よ、マスターであるわたしの判断に文句があるっていうの?」
ぎっと、睨みながらそう告げると、ふとアーチャーは真面目な顔に戻った。
「凛、君は一昨日の夜の……あの女の言葉に縛られているだけなのではないか?」
「……!」
ぎくり、と体が固まった。
「どういう間柄なのかなどの野暮は聞かないがね、どうやら君とあのアーチェと名乗った女は親しいらしい。ふむ、そして、その2人はあの女の身内といったところか。君が気兼ねしているのは、それが理由か?」
……だったら、どうだっていうのよ、と反射的にいいそうになったけれど、噤んだ。
「凛、わかっているだろうが、そんな甘いことを言っているようではこの戦争に到底勝ち残れはしない」
そんなこと、アーチャーに言われなくてもわかっている。
そのときになったら、遠坂の魔術師として、私は誰が相手だろうと倒す。その覚悟は出来ている。
だけど……それを、あの2人の出番を出来る限り遅らせたいわたしがいるのもまた事実だった。
あの2人に手を出したら、アーチェの奴が出てくる。
そして、わたし相手に手を出さないと口にした以上、本当に出さないのだろう。
殺されることも……受け入れるとあいつは言ったのだから。
それは、凄く腹が立つことだけど、本当に心底そういうことを言えちゃうあいつにむかついたけれど、それでもあいつが歪んでいるのは昔からで、そんな歪で器用そうに見えてどことなく不器用なあいつのことを好きでいたわたしにも、あいつが言った言葉で気付いた。
本当にどうしようもない馬鹿で、わたしよりずっと年上の癖に、そんな危うさを抱えて生きてきたあいつのことを、それでもそんなところさえ含めてわたしは好きだと思っていたらしい。
馬鹿みたいに、何かと理由をつけてはしょっちゅうわたしに会いに来て、甲斐甲斐しく世話を焼きたがったアイツ。全く仕方ないななんていいながら、嬉しそうに楽しそうに掃除や調理をしていた後ろ姿。
幼いわたしは「こいつ、暇なの」なんて時には思ったけど、あれは幼くして親を亡くし、たった1人で広い屋敷に住まうわたしに、寂しい思いをしてほしくないなんてそんな気遣いを含めた態度だって後で気付いた。
あの皮肉った言い回しとか、小言めいた言葉の武装も、自分がそんな心配りをしているなんて思わせないように、わたしが遠慮などせずに思ったままであれるようにとつけられた仮面だったんだ。
そんな不器用な気の配り方しか出来ない馬鹿な女。
一々遠まわしすぎて、アイツ流の気遣いに気付ける人のほうがきっと少ない。
それで、自分が損をするとか、そういうことは度外視しちゃうんだから、馬鹿中の馬鹿。
あんな馬鹿な人間他に見たことがない。
殺さないとかいうくせに、殺されるのは受け入れる真性の大馬鹿者。
あいつは、何か人間として徹底的に間違ってる。
自分がおかしいってことに、自覚がありそうなところが余計に性質が悪い。
本当に、馬鹿。信じられないくらい馬鹿。
殺さないけど殺されるのはいいって、それを言われたわたしがどんな気持ちになるのかなんて気付きやしないんだから、本当馬鹿。本当に、ムカつく。
ああ、ムカつく。
やっぱ次会ったらぶん殴ってやろうかしら。
そんなことを考えている時だった、柳洞寺付近に放っていた翡翠の使い魔が、突如何かに喰われるように消失した。キャスターに消された、とかとは違う。そういう消失の仕方じゃなかった。
ばっと、山の方を見る。
「凛?」
「……柳洞寺に放った使い魔が消失したわ。犯人はキャスターじゃない」
そのわたしの言葉を受けて、ぴりっと隣に並び立つ男の気配が引き締まる。
「行くわよ、アーチャー。幸い、誰かさんが頑張っているお陰で学校の結界が発動するまでにはまだ時間がある。異変の正体、なんとしても掴むわよ」
「了解した、マスター」
side.間桐桜
嗚呼、漸く日が沈みました。
ズルリ、ズルリ、フワリ、フワリとわたしは街を歩きます。
とても、いい気分です。
まるで何かから開放されたみたい。
お爺様に途中何か言われたような気がして、山の入り口みたいなものを壊したような気もしましたが、何故でしょうか、あまり気になりません。
きっと、大したことじゃなかったからでしょう。
ズルリ、ズルリ、フワリ、フワリ。
こんなに、世界は気持ちがよかった……っけ。
わかりません。
そもそも、わたしって……誰でしたっけ?
ズルリ、ズルリ、フワリ、フワリ。
そもそも、これって、わたしなのでしょうか?
ズルリ、ズルリ、フワリ、フワリ。
黒い、黒いからだ。
まるでわたし自身が怪物になったみたい。
あれ、どうしてかな。
おなかがくうくうなりました。
ずるりと、門をくぐります。
わぁ、美味しそうな人がいる。
食べちゃいましょうか、食べちゃいましょう。
でも、もたもたしていたのが悪いのでしょうか、その人は別の人に食べられちゃいました。
その人はあまり美味しそうには見えません。
ああ、残念。
ズルリ、ズルリ、フワリ、フワリ。
おとこのひとを数人発見しました。
そのひとはなにかを言っています。
「……おい、■■ろよ、○○○の」
「え? ○○○で△△△かよ」
何を言っているのでしょうか、わかりません。
わかりませんけど、わたしについてきてくれるみたいです。
くすくす、なんてばかなひとたち。
すこしだけ、かわいいです。
さあ、ぱくりといただきましょう。
「ぎぁあ■■ああ■ぁーーー!」
あれ? 綺麗に食べれない。
おかしいなあ。
ぐちゃぐちゃ。こんなに汚い食べ方じゃ先輩におこられちゃうのに。
あれ……先輩って……誰だっけ?
「ひぃい■■ーー! やめ■、こ○化け△」
「あぁ……■さぁ●」
煩いなあ。
頭から食べたら良かったかな。
ばきばきと、四本の手足を折ってもぐもぐ。
ぺろりとごくん。
でも、全然食べたりない。
どうしよう、あんまり食べると太っちゃうのに。
先輩の家で、もう○○○らなくなっちゃう。
先輩……? なんのこと?
あれ、わたしそもそも何を考えてたんだっけ。
ちくり、なんでかな。
○郎■輩のことを思い出そうとしただけなのに、ズキズキが止まらない。
「痛いなぁ…………」
怪我なんてどこにもおっていないのに。
なのに、胸が凄く痛いんです。
痛くて、痛くて死にそうなんです、士○先輩。
side.アサシン
モグモグ、ガツガツ。
ガリガリ、ゴクン。
2つ目のサーヴァントの霊核……キャスターの心臓を喰らって、漸く私は、理性ある『私』というものを得た。
にたりと、無い貌で笑う。
そう、私は、アサシン。
アサシンのサーヴァントとして現界した山の翁、ハサン・サッバーハ。
聖杯戦争への召喚に応じた際の、私の聖杯への望みは「自らの顔を取り戻し、私こそがオリジナルのハサンとして永遠の名を残すこと」。
そう、そこまでは覚えている。
だが、それ以上は、戦闘方法などの数例を残して、殆ど思い出すことが出来ない私に気付く。
私とは何者か。
……歴代のハサン・サッバーハの1人であったことは覚えている。なのに、それ以上の私が思い出せない。
これは、どういうことか。
……あれのせいかと、あたりをつける。
私の召喚のされ方は真っ当なソレとは一線を画すものだった。
イレギュラーな召喚、それが私への知能や記憶へと悪弊を齎した元凶か。
思考し、不愉快な気分となる。
何故私はこのような障害を引きずらなければならないというのか。
背後に、蟲の気配がした。
ゆっくりと振り向く。
それは、まさに蟲の群れ。
俗人からすれば見るに堪えない蟲を引き連れて、自身も蟲の一部たる老人が其処に立っていた。
「
まるで、好々爺を思わせるような顔をして、杖をついた和服の老人は、私を恐れるでもなく佇んでいた。
それは、キャスターとの戦いの時にもそこにいた蟲と同様の存在だ。
「貴方が私の召喚者か?」
感情を交えずにそれだけを尋ねる。
「如何にも、如何にも」
カラカラと、老人は笑う。
その気配は既に、尋常の人間のそれではなく、死臭が漂っていた。
「貴殿の聖杯戦争への望みは何か、尋ねてもよろしいか。魔術師殿」
「む。案外、不躾じゃのう。まあ、良い」
気分がいいのか、小柄な老人の姿をした蟲の群れは、唄うように続ける。
「我が望みは永遠の命よ。儂は死ぬのが怖い、腐りながら生きていくのが怖い。魂の腐敗は最早とまらぬ。だが、これでは終わらぬ。想像が出来るか? 生きながらに体が腐っていくその様を」
「それを開放する術が永遠の命だと?」
「応とも。さあ、行くぞ、アサシン。おぬしの願いは知らぬ。だが、儂に召喚された以上、おぬしの願いも儂に近い筈だ。共に今度こそ聖杯を掴もうではないか」
それを聞いて、確信した。
「嗚呼、よくわかった」
「……何?」
老人の頭を掴む。
「確かに、貴方は私の召喚者らしい」
ぐっと、力を徐々に込めながら、無い顔で嗤う。
「……!? アサシン、貴様」
「その願いもあり方もよく理解出来る。だが……」
ぐしゃりと、老人の頭を潰してから、その体全ての魔力をかき喰らった。
「私の主は私で決める。さらばだ、魔術師殿」
キャスターの心臓を喰らい、私が得たその在り方。
それは『裏切り』。それを基軸に自由と成った。故にこれは、当然といえば当然の結末。
造反、それは甘美なる果実。
それを選んだのはもう、本能にすら近い。
主となるべき存在を貪りながら、暗闇に浮かぶ月の祝福を受けて、私は己の誕生を一人祝った。
NEXT?
PS、序章でキャス子が結構がんばってた(?)のはレイリス嫌いもあるけど、キャス子も序章で退場するキャラだったから出番増し増しだったのさ、とかネタばらししてみる。