新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
いよいよ序章も終わりが近づき、さて今回から脱落祭開始であります。
まあ、とはいってもここら辺から20話前後ぐらいまでは自分でいうのもなんだが、若干退屈な話運びな気がしないでもないですが、大体桜が表に出てきたらハッスルするからいいかなーとか思ってたり。
あと、レイリスフィールネタで四コマ2本考え付いたんですが、描こうか描くまいかちょっと悩み中であります。所詮はオリキャラだし描かなくていいのか、それともオリキャラだからこそ、キャラ把握というかキャラ捕捉のため描いたの載せたほうがいいのか。ちなみに食べ物ネタである。まあ、なんだレイリスの舌は切嗣くん譲りなんだよ、というそれだけの話なのだがね。とりあえず3食コンビニで食事賄っている10歳の小娘の食生活を知ったら、エミヤさんと士郎は嘆きそうだと思ふ。
赤ん坊の声がする。
オギャア、オギャアと産声立てて、胎内から食い破ろうと生まれる時を待っている。
わたしを食べたいのだと、泣き喚いている子供がいる。
ずっと、ずっと、この世に出たくて仕方ないのだとそう叫び続ける意思がある。
生まれるための滋養をおくれと、恫喝しているのだ。
もぐもぐぐちゃぐちゃばきばきごくん。
食べられるのはわたし?
それとも……。
わからないんです。
でも、何故かその子が泣くとわたしのおなかがくうくうなるのです。
ひたひたひたひたと、その子は歩み寄ってくるのです。
わたしの中に。
一番奥に。
オギャア、オギャアと母が恋しいと泣きながら。
わたしに栄養になってほしいと喚きながら。
そんな、赤ん坊の声がした。
影の産声
side.衛宮士郎
「なぁ、イリヤ、やっぱりこれはやりすぎじゃないか?」
学校への道を歩きながら、俺は気恥ずかしく思いつつ、つい気になったことを口にする。
「何が?」
「上から制服着ているとはいえ、学校にまでこれを着ていくってのは……」
言いながら、その先はつい小声で篭らせる。
いつも通りの制服。その下には心臓をガードする胸当てと、左腕には赤い布をつけていて、鞄の中には、例の赤いケープが入っている状態だ。
誰かに見つかったら実に気まずいというか、恥ずかしいというか、確実に見つかった時は変な噂を立てられるんじゃないのかって気がして、背筋の辺りがそわそわする。
見つかったら、確実に痛い人扱いだよな、これ……。
「あのね、士郎」
イリヤは呆れたような仕方ないような感じのため息をついて、「わたしたち、何の為に学校にむかっているの?」そう口にした。
「…………」
人目のあるところで魔術関係のことを口にするわけにはいかないから言わないけど、俺だってちゃんとわかっている。これから行うのは魔術師同士の争い……どころか、サーヴァント同士の戦いにすら発展しかねないことなんだって。
「士郎は、弱いんだから、ちゃんとお守りがないと駄目」
俺の耐魔力は一般人に近いくらいに弱いってことは、昔っから散々シロねえにも言われてきたことだ。
9年間の修行で少しは改竄されたといっても、イリヤの本気じゃない魔眼をなんとか避けられるレベルにしかならなかった。そのことを暗に言われているってことぐらい俺自身ちゃんとわかっている。
イリヤの瞳は真剣で、茶化すような空気は欠片もなく、本気で俺の身を案じているんだ。
参った。こんな目で見られたら、恥ずかしいとか恥ずかしくないとかそんなことで悩んでいたことに罪悪感すらわいてくる。ああ、もう、なるようになれ。
こういうときは開き直るのが一番だ。
とりあえず、出来る限り気にかけないようにしよう。そう思うことにした。
予鈴5分前に校門についた。
やっぱり、相変わらず気持ちの悪い違和感があたりを包んでいる。甘い匂いのようなそれに胸焼けがしそうだ。
「それじゃあ、士郎、あとでね」
下駄箱でイリヤと別れる。
お昼休みに屋上で落ち合うことになっていて、とりあえずそれまで授業を受けながら、休み時間ごとに結界の基点を出来るだけ見つけて、あとで報告することになっていた。
「あ、士郎」
「ん?」
背中を向けた筈のイリヤによばれて振り向く。
予鈴がなった。
「イリヤ?」
イリヤは戸惑うような焦るような表情を、その白い妖精のような顔に乗せて、一旦口を噤み、それから、「シンジのこと……いえ、なんでもないわ。気をつけてね」なんていって、ふいと視線を外し、それから今度こそ自分の教室に向かって歩いていった。
「?」
思わず首を傾げる。
慎二がどうかしたのだろうか。
「衛宮」
前を見ると、厳しそうな顔をした教諭……社会科の葛木宗一郎だ、がそこにいて、いつもの硬く真面目な声で「何をしている。予鈴はなったぞ。早く教室に行きなさい」そう口にした。
「あ、はい」
イリヤの様子は気になったが、その言葉に慌てて教室に向かう。
その間ずっと、甘い匂いが鼻について仕方なかった。
side.間桐慎二
遅刻ギリギリに教室に入ってきた友人である筈の男を見て、自分のサーヴァントとなった女から報告された言葉を前に、僕は思わず激しい怒りを覚えていた。
(なんだよ、それ)
衛宮士郎。
そんな名前の、平凡な一般人である筈の赤毛の友人は、魔術師のようであると。
先週末にあった時は感じなかった魔力の気配が、急に今日になって濃く漂うようになった。なんらかの武装概念を身に着けているように見える、気をつけたほうがいいとそんな内容を。
(なんだよ、それ……!)
そんなのは聞いていない……!
この学校にいる魔術師は、遠坂凛と衛宮イリヤスフィールの2人の筈で。魔術師の家系は一子相伝だから、イリヤスフィール先輩が魔術師である以上、その弟の衛宮が魔術師なわけがない筈で。
そんなことを差し引いても、愚直なあの男が、血を纏う魔術師なんて悪い冗談のようで、でもそれが本当なら凄く腹が立つことだった。
(あいつ……、僕を騙していたのかよ)
自分は魔術師のくせに、なのに一般人のフリをしていたのかよ。
平凡でお人よしで手先が器用で弓が上手い事ぐらいしか得手の無い男の筈だったのに、なのに、僕が欲しくてたまらなかった
なんだよそれ、なんだよそれ、なんだよそれ!
こっちは、心配してやってたんだぞ!
一般人だと思って、だから僕は仕方ないにしても、他の奴らとの戦いにあいつが巻き込まれないように、馬鹿なあいつにわざわざ忠告して……なのに、魔術師?
あいつが? どんな冗談だよ。
腹が立った。
凄く腹が立った。
武装概念をまとって、魔力を隠さずに学校にきたっていうことは、つまり衛宮も、この
(そうかよ、ならもう僕がオマエに罪悪感を覚える必要なんて欠片もないな)
そう思って、教室を後にした。
このまま顔を突き合わせていたら、衛宮に殴りかかりそうな自分がいることには気付いている。
けれど、それとは別に考えなければいけないことは他にもあった。
敵は衛宮以外にもいるんだ。
こんなところで、僕がライダーのマスターだなんて知られるわけにはいかない。
こんなところで、知られるのはまだ早い。
考えようによっては、僕は学校の全ての人間を人質に出来る。
とはいえ、結界にまわす力はまだ溜まっていない。
そして、僕にライダーへ供給する魔力を生み出す術はない。ならば、取れる手段は一つだけだ。
さあ、狩りを始めよう。そうして戦う力を養うんだ。
(オマエと、次に合うときは敵だ、衛宮)
誰よりも信頼していた筈の友人だからこそ、憎悪にも似た怒りを込めてそう決意した。
side.イリヤスフィール
受ける必要など特にない授業を受けながら、これからの顛末を考えて、ついため息を吐きたくなった。
まわりの目があるから、表面上はいつも通りを装っているけど、知っていることに気付かないフリをするっていうのは、少しだけ厄介なこと。
『よぉ、嬢ちゃんどうした?』
ランサーの声がする。
『なんでもないわ』
パスを通じて念話でそう返す。
穏やかじゃない心境に蓋をしながら。
今回の仕立て人は、やり口からおそらくは間桐慎二なんであろうことはわかっているけれど、わかっている理由はシロの記憶経由だから、それを口にするわけにはいかない。
それを口にしたら、シロがなんなのかその正体まで明かす羽目になりかねないからだ。
シロの正体を明かすっていうのは、色んな意味で危険な行為で、シロをそんな危険の渦中に放り出したくないからこそ余計に知られちゃいけないことだ。
だって、シロは……受肉した並行世界の未来の英霊。
そんなの知られたら、魔術協会にサンプルとして狙われるのは必然だし、英霊として完璧だった時代の彼女なら、追っ手の1人や2人はそこまで脅威じゃなかったのでしょうけど、今のシロはわたしが始めて出合った受肉する前の時に比べ、あまりに弱体化し過ぎている。
とはいえ、仮にも英霊の末端。
並みの人間には負けないだろうし、戦闘経験が豊富だから、それでもある程度はなんとかなるかもしれないけれど、何事にも限度がある。キリツグからの魔力供給が途絶えて久しいのだから尚更。
ううん、それよりも、もっとずっとずっと大きな問題は、シロ自身には本来あまり現世への執着がないっていうこと。
シロがわたしたちを大切にしているのはわかっているし、この10年間、何かを待ち続けていたようにも見えた。それは、聖杯戦争というより、肝心の本人すら気付いていない「誰か」のほうが正確かもしれないけれど。
シロがいくら受肉しているとはいえ、消えずに家族でいてくれることを選んでくれた理由は、わたしやキリツグがシロを必要としたことと、キリツグがいつ死んでもおかしくはない体を持つ上に、わたしや士郎が幼かったこと、自分の知る歴史と違う歴史を歩んでいる今、その当事者であり変えた張本人の1人がシロ本人だったからこそ、これからどうなるか見当がつかないわたしたちの身を案じたのが表向きの理由。
でも、それらの感情もあるけれど、それ以上に、何か、誰かをシロはまっているのだ。
だから、消えずに残った。それがあの子の隠した本音。
だけど、それでも、自分がこうして人間のように暮らしているだけで、魔術協会などの危険が周囲にも及ぶと判断したら、たとえ待っている誰かに会えようと会えまいと関係なく、シロは自分で仮初の命を絶って座へと帰ることを選択する。そういう子だってわかっている。
だって、シロにとっては、自分の命よりも他人の命のほうが重いから。
そう、いつだってそう。
自分よりも他人を優先しちゃうのが、エミヤシロウなんだから。
彼女にとって、自分の命や私情なんてものは最優先事項には成り得ない。
そういうとこ、本当に馬鹿で嫌になる。
シロは、本当にそういうとこ、血が繋がっていないとは思えないくらいキリツグにそっくりで、腹が立つ。
いえ、自分の命に関してはキリツグ以上の大馬鹿者といっても差し支えないわね。
でも、あの子は死んでも直らなかったから、どうしようもないことなんだって、其れをなくしたらもう、シロじゃないんだってこともちゃんとわかっている。
だから、切嗣と2人で作った決め事をシロに言い聞かせたんだから。
そう、『人間として振る舞い、正体が英霊であることがバレないようにすること』とそんな決まり事を。
違う解釈で受け取って、それを了承したシロだったけど、この約束事はシロが自決を選ばない為に造った決まり事だった。
その裏の意味にシロが気付く日は来るのかはわからない。
わからないけれど、この決まりを作ったわたしや切嗣も、シロが人間じゃないことを誰にも言うつもりは無いし、気付かせたりする気もない。
だから、ランサーの前では言えない事があまりに多すぎて、でもマスターとなったわたしはランサーとはパスを通じて繋がっているから、何かを口にしたらそれは殆ど筒抜けになってしまう。其れが少しだけ厄介。
ランサーにも、シロが受肉した英霊なんて知られるわけにはいかない。
この男に知られるというのは、他の人に知られないようにするのとは、また違う意味が含まれる。
他の者たちに知られるのとは別のベクトルで厄介なんだから。
以前、第五次聖杯戦争でどうするのかで話し合った時にシロは言ったことがある。
ランサーことクー・フーリンが私が受肉した英霊と気づいた時は、間違いなく彼は私を敵と見なすだろうと。
受肉していようが弱体化していようと関係は無い。
相手が
まあ、相手が敵だろうが気に入れば酒を飲み交わすような男でもあるがね、とかそんな言葉も捕捉のように付け足していたけれど、そんなことはわたし達にとって重要じゃない。
ランサーの宝具は、心臓を穿つ魔槍、ゲイ・ボルク。
そして、真名はアイルランドの大英雄のクー・フーリン。敵に回せば厄介なのは間違いようが無い。
少し癪なところがあっても、敵にまわすわけにはいかない相手であること。本当に重要なのはそれだけだ。
目的を履き違えたらいけない。わたしたちの目的は最小の労力で聖杯を破壊すること。気に食わない相手でも利用出来るものは利用するべきなんだから。
『ところでよ、マスター』
『何』
『さっき坊主に言いかけていた『シンジ』がどうのってのはなんだ?』
嫌なことに気付く男ね。
『嬢ちゃん?』
『シンジは、士郎の友達よ。……御三家の一つのね、マキリの子供だけど魔術回路をもってないから一般人のはずなんだけど、腐っても御三家の血筋だから、もしかしたら今回の結界のことについて何か知っているかもしれないから、探りを入れておいてって言おうかなって思ったんだけど、士郎は素直だからそんなことしたら逆に警戒されちゃうかなと思って言うのはやめておいたの』
さらりと、完全な嘘とまでにはいかないような内容を並べ立てる。
『解せねえな。確か現在の魔術師ってのは一子相伝の秘密主義者なんだろう。魔術回路をもたずに生まれた子供に一族の秘匿をはたして漏らすもんかねえ』
まあ、それが普通の反応だ。
だからこそ、凛が慎二を疑うことも無いのだろう。
『何事にも、例外はあるわ』
そう返事を返して、ランサーとの会話を打ち切った。
side.衛宮切嗣
げほげほと、咳き込みながら、床に横になる。
「爺さん、水は飲めそうか」
そうかけられた言葉に、手を少しだけ振って、それを返事として返すと、彼女、シロは瞳を曇らせて僕の脈に手をあてた。その顔が、気を抜けば霞む視界に、己の限界が近いことを厭でも自覚させられる。
「…………」
シロもそんな僕の状況をわかっている。その上で何も言わなかった。
ずっと、そうだ。
僕のそんな有様に対して何かを言うのはイリヤの役目だった。
「暫く寝ていろ。……後は私が見ているから」
眠れば、アレを見る。だけど、眠らなければ体力は回復しない。余命1年と宣告されたのは去年の暮れだった。
だけど、間違いなく、それほどの寿命はもうこの体には残っていない。
自分で削ってきた。
薬と固有時制御を同時併用したのは初めてだ。その結果がこれだ。
あの人形師はビンの中身の薬を全て飲みきれば次の日には死ぬとそう言った。
だが、固有時制御もそこに加えれば、半分も使わずに死ぬ。それは、嫌というほどにわかっている。
でも、それでもいいんだと思った。
本当なら、もっと早くに僕は死ぬ筈だったのだから。
アインツベルンの城にイリヤを置き去りにして、まだ中学生の士郎を残して死んだ衛宮切嗣は、僕がなるかもしれなかった未来。
あの時、アーチャーではなくセイバーを召喚していたらなったはずの未来なのだから。
でもこの僕にはイリヤや士郎、シロがいる。
こんなに恵まれていい筈がないのに。でも、僕はまだ生きているんだ。
なら、その残った命を子供達の為に使いたい。
いつか並行世界の
イリヤを救えなかった衛宮切嗣の分も、エミヤシロウに結局茨の道を歩ませる選択を残してしまった衛宮切嗣の分も、僕が背負わなくてどうする。
他の誰でもない、自分が犯した罪は自分で償うしかない。
置き去りにしたもののため、足掻く。
それが、あの時、父親という生き方を選んだ
其れの為に寿命を削るのならば、それは本望だった。
『キリツグ、シロと士郎を泣かせたら、わたし怒るわ。その言葉の意味がわたしからの課題よ』
眠りに落ちる寸前に、思い出すように響いた
side.遠坂凛
学校に張られた結界を解呪するためにわたしは学校へと来ていた。
とはいっても、わたしにどうにかなる種類の結界じゃないことは先週末確認済みだし、出来ることといえば、結界の基点に魔力を流して、結界の発動を遅らせるくらいものだけど。
「はぁ、参ったわね」
全く、本当何処の誰がこんなもの張ったんだか
判明したらとっちめてやる。
そう思いながら、がちゃりと屋上の扉を開けて、そして思わず固まった。
そこにいた先客は、先日敵マスターになったことが確定した衛宮士郎と、その姉イリヤスフィールという、校内でも有名な衛宮姉弟の姿だった。
「…………!」
ばっと、魔術刻印を浮かばせながら、戦闘姿勢を取る。
「遠坂?」
衛宮君だけが驚いたようにきょとんとした顔をするけれど、イリヤは全く動じずに「あら、凛、御機嫌よう。それより貴女、こんなところで戦うつもりなの? 掛けたら?」と優雅な仕草で隣の席を指し示しながら、そんなことを言った。
「生憎、敵と馴れ合う趣味はないの」
ふんっと鼻を鳴らしていう。
「それより、随分と余裕じゃない。のこのこと2人して学校に来るなんて」
厳しく睨みながらいうけれど、イリヤは変わらず白い妖精を思わせる美貌に涼しげな微笑みを僅かに浮かべながら、「それは凛もでしょ」と口にして、一旦ため息をついた。
「わたし達の目的も、凛と同じよ。これを放っておくわけにはいかないから来ただけ」
言いながら、トントンと、結界の基点の1つを叩いた。
「それより、いい加減、その腕をおろしなさい。こっちは2人よ。勝てるつもりでいるの? 昼食時にその振る舞い、レディとしてどうかと思うわよ」
言いながら、どれほど威嚇しても変わらずいつも通りに弁当を広げてみせるイリヤの様子を見て、漸くガンドをいつでも放てるように上げていた腕だけを渋々おろした。
警戒は解かない。
「なぁ、遠坂」
そこで一旦の区切りがついたと判断したのか、今まで黙っていた赤毛の少年が今度は口を開く。
「遠坂は冬木のセカンドオーナーなんだって聞いた。この土地を預かる由緒正しい魔術師だって。だったら、この結界を解くのに、俺たちに協力してくれないか?」
まるで、わたしを敵だなんて欠片も思っていないような、極いつも通りの校内で見かける姿そのままに、そんなことを口にする同学年の男。
「冗談でしょ。さっきも言ったけど、敵と馴れ合う趣味はないの」
きっぱりと言い切るけれど、衛宮君は全く動じずに、いつも通りに言葉を続ける。
……案外、大物なんじゃないの、こいつ。
「でも、この結界は放っておけないだろ。このままじゃ下手すると人死にが出る。俺たちだけでもやれるだけはやるつもりだけど、そこに遠坂が加われば百人力だ。頼むよ」
……確かに、1つの物事に向かうのに2人よりも3人のほうが効率的に進むのは確かだろう。
目的だってこの時点だけなら一致している。それでもわたしにだって譲れないものはある。
「冗談」
「遠坂」
う……なんでこいつ、こんなキラキラしたいかにもおめでたそうな綺麗な目でわたしを見るのよ。
やりにくいったらありゃしない。
それより、ああもう、なんで赤面しているのよ、わたし。
「……この件が片付くまでは校内であんたたちを見かけても見逃してあげるわ」
ぼそぼそと呟く。
「でも、わたしからの譲歩はそこまでなんだから! いずれ敵になる相手と協力なんてありえないし、せいぜいわたしが応じれるのは校内での休戦協定くらいのものよ。外で会ったら容赦しないし、本気で殺しにかかるんだから。だから、その辺覚悟しときなさいよ」
びしっと、指を突きつけながらそう宣言する。
それに対して衛宮君は、「ありがとう、遠坂っていいやつだな」なんていいながらほんわりと笑った。
くそ、わたしは協力はしないっていってるのに、何がいいやつよ。
それより、何その笑顔。天然タラシか、アンタは。
side.キャスター
それはまるで背後から忍び寄ってきたかのように、突然で不気味な訪れだった。
「……何事?」
ぞわりと、背筋に悪寒が走る。
冬木中に張った目を通してみても、いつも通りに一見見えるのに、なのにどうしようもなく違っている。
ひたひたとすぐ後ろに迫っているように、ナニカが来た。
いくつかの、私が張った線が途絶えている。食われたんだとわかった。
ぞっとする。
よくないもの。これはよくないもの。
サーヴァントを食い殺すものだとわかったから、それは本能的な怯えだった。
やってきたのは、影。
まるで冥府より這いずり上がってきたかのように、その不吉は意識の一部を侵食していく。
私の結界を喰らったその影が現れたのは……。
「……アサシン?」
己の召喚した筈の亡霊の気配とのパスは完全に絶たれていた。
side.佐々木小次郎
ぐちゅりぐちゅりと、内臓から自分が別物に変わっていくのを、どこか遠く他人事のように感じていた。
「……ふ」
カランカランと音を立てて、己の手から刀がこぼれ、石段の下へと落ちていく。
まるでこれからの我が身を暗示するかのように。
もう、あれを拾うことは無いだろう。もう、あれを誰かに振るうことはないだろう。
惜しいといえばそれだけが何よりも惜しい。
戦いたかったのだ、私は。
誰かと心躍る戦いを繰り広げたかった。
それが、最後の死合った相手は、二刀の唐剣を使う異端の弓兵。それも、最後までは叶わなかった。
「…………なんと。よもや、
ごぷり、と、腹から腕が生えていく。
我が身がまるごと別の何事かに変わっていく。それに痛みや不快感はある、がそれは全て些事だった。こんな我が身を食おうとする何者か、それがおかしくなってつい笑う。
「……よかろう、好きにするがいい。所詮は我が腹より這い出るもの、碌な性根ではなかろうよ……」
声がかすれる、目はもう碌に機能していない。
内側よりそれは我が身を喰らっている。全てが変わっていく。
そんな中で、笑うことだけはやめなかった。
アサシンとしてよばれた「佐々木小次郎」の名を被る無名の亡霊たる私の、それが最後の矜持であったのだから。
だから、最後まで笑って逝った。
後は知らぬ。
全てを喰らいつくす影は私の残った全ても喰らったそれだけのこと。
舞台を敗退したものが後を気にかけるなど、おかしなことだ。
そう、最期に聞いたものは、聞いた声はといえば……。
「キ……キキ、キキキキキキ……!」
そんな声にもなっていない声で、高笑いを上げる影の産声、それだけだ。
全てはもう、闇の中。
惨劇はここに、幕を開ける。
NEXT?