新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

もうお気づきの方のほうが大半でしょうが、本作のセイバーさんはセイバールート地下室BADEND出身セイバーさんなのだった。
というわけで、今回は俺的には剣弓回です。
え? どこが? と言われそうですが、大体俺の理想の剣弓ってこういうものなので問題ない。あくまでも鞘剣前提の鞘剣合っての剣弓が好きなのであって、そこを蔑ろにしたら意味がねえっていうか、まあとにかく鞘剣の延長線上の剣弓が好きなのだ。



10.交錯するピースの欠片達

 

 

 

 失敗作だといわれてきました。

 お前など失敗作だといわれてきました。

 所詮は模造品だと、そんな言葉とうに聞き飽きたのよ。

 もうなくしたものを、いつまでもいつまでも彼らは口にするのだ。

 ああ、イリヤスフィール様ならば、と。

 実際にそれを受けるのは私なのに。

 実際に全てを受け持つのは私なのに。

 何も私には期待しないと、そう嘲笑うメイド達。

 脆弱な身で嘲笑う私以上の失敗作の群。

 白い雪の舞う城。

 私を犯す赫。

 楔。

 呪う様に悲願の達成をと、そんな言葉を壊れたようにいう大爺様。

 だから、私はこの手でそれを成してしまおうと思ったのです。

 他ならぬこの手で、その人を殺してしまおうと思ったのです。

 この世に生を受けてから、貴女の死を願わぬ日はなかった。

 

 

 

 

 

  交錯するピースの欠片達

 

 

 

 side.セイバー

 

 

 月が雲に隠れた衛宮邸の縁側で、私は鋭く目の前の女性に言葉を放った。

 言い逃れなど許さないと言外に含ませるように。

「あなたは一体何者なんですか?」

 白髪の背の高い彼女は、静かな……それでもどこか悲しみを湛えたような鋼色の瞳でじっと私を真っ直ぐに見て、それから「……言ったと思うが、私は君のマスターの家族で切嗣の子供だよ」と、そんな言葉を乾いた声で口にした。

「そんなことを、聞いたわけではありません」

 その私の言葉に、少しだけ困ったように眉を寄せた。

 その表情に内心少し戸惑う。

 なんというか、その表情がどこか、たまに見せていた『彼』に似ているのだ。

「……こちらにかけないか? 立ち話でするような話題でもなかろう」

 そう言って、手本を示すように今は黒いパジャマを身に纏った女性は隠れた月を見上げるように縁側に座った。

 習って私も座り込む。そして、その横顔を眺める。

 まるでどこか白く乾いた砂を連想させるような、そんな白く長い髪に、灼けたような薄褐色の肌。出るところは出ていながらも引き締まった長身は、同性である私から見ても見惚れるほどだ。

 顔立ちは眉の印象からだろうか、どことなく凛々しさや少年っぽさを感じさせるが、同時にあどけないような面が見え隠れしていて、真顔は大人っぽいにも関わらず多少童顔な印象だ。

 カラーこそ異色だが、その顔立ちは西洋人というよりは東洋人のそれに思える。

 そして、手。

 努力に努力を重ねてきたようなそんな働き者の手をしている。

 戦闘中などは皮肉った表情が多かった。口調もまるでかの赤き弓兵のようだった。

 白髪褐色の肌という、色の組み合わせが同じというだけではない。顔立ちもどことなく似ている。

 縁者だろうかと、その関係を疑えるほどには彼女はあの赤い弓兵に似ていると、それが私のこの「衛宮・S・アーチェ」と名乗った女性に対する第一印象だった。

 なのに、こう接していると何故だろう。

 どことなく、彼女はかの弓兵よりも寧ろ、『シロウ』に似ているような気がした。

 彼女が作ったという夕食をいただいた。それは、悔しいような気はしたが、シロウの作る其れより数段上で、とても美味だった。だけど、ただ美味だったというだけではなくて……ただの美味であれば、そうであればこんなに私の胸を打ったりしなかった……あれは暖かい、とても暖かいそんな料理だったのだ。

 そう、かつて私が斬り捨てた少年が作ったそれと同じように。

 食べるもののことを考えて作られたそんな暖かい料理だった。

 誰かを想う気持ちが込められたそんな料理だった。

 自分が食べることも後回しにして、彼女が給仕にまわっていたことにも途中で気付いた。その、自分よりも他人を優先させる在り方を似ている、とそう思った。

 そして、その時に密かに浮かべていたどこか懐かしむような笑み……その意味は、理由は一体なんなのか。

 

「こちらからも質問をしていいかね……?」

「……何をですか」

「君は一体、何を知りたいんだ……? セイバー」

 そんな風にまたも静かな瞳で、眩しいものを見るかのように目を細めて、彼女は言う。

 その瞳に、決意が揺るがされる。

(そんな目で見るのは、卑怯だ)

 胸が疼く。

 あの時貫かれた感覚と斬り捨てた感覚が同時に蘇ったような気がした。

「……わかりません」

 ずきずき、と胸が痛む。

 あのカムランの丘で悲願の成就をと誓ったのに、それすらがもう遠い過去になっていく。

「……私には、貴女がわかりません」

 そうだ、わかっている。おそらくはきっと、この(ヒト)にどんな返答をもらったところで、私は納得することなんて出来ないのだろうと。

 そうだ、彼女はまるで鏡だ。私の心を映し出す鏡。

 気付いた。

 なんで気付いたのだろう。気付かなかったらもっと楽に対峙出来たのに。

 じわり、じわりと、胸から苦い感情が痛みと共にせり上がる。

「懺悔を……聞いてもらってもいいですか」

 彼女はそれに答えを返さなかった。

 ただ、静かに、本当に静かな目でじっと私が話し出すのをただ待っていた。

「私は……マスターを……前の自分の主をこの手で殺したのです」

 鋼色の目が見開かれた。

 

 ……彼はその時、死にかけだった。命を奪うのは本当に簡単だった。

 そもそも、私の手はとっくに汚れている。

 国を守る、そう、その為に今まで幾度もこの手を血に浸してきた。

 国を守るためならば、それなら私などどうなってもかまわないのだと、そんな風に思って、幾度も幾度も聖剣を手に、敵を斬り捨てて来た。その末に国すら失くし、息子すらこの手にかけた。その果てに望んだやり直し。その為に聖杯を手にいれる、そんな悲願。

 私にとっては祖国こそが一番大事で、民こそ守るべきもので……私情など二の次で、だから、だから……と、あの地下室、聖杯を与えようというそんな神父の甘言のまま、自覚もないままに剣を引いた。

 幕切れなんていつだってあっけない。

 大切なものはいつだってこの手をすり抜けていってしまう。

 愛した少年だったのに。こんな愚かな私を、愛してくれた少年なのに。

 それでも、私は自分の願いを優先して、そのまま未来ある若者の命を一つ奪った。

 理由はどうあれ、主であった少年の命を。

 その瞬間が消えない。

 いつまでもこの手に感触として残っている。

 恐ろしいまでに冷たい感覚。

 そうだ、過去には息子だって私は殺している。なのに、なのに……消えないんだ、どうしても。

 簡単だった。終わりは簡単だった。

 でも、それは何より重かった。刃の軽さに比例するかのようにどんどんと重くなっていく。

(それは心が?)

 纏わり付く。

(それは体が?)

 赤が止まない。

 その暗闇の中嘲笑う、神父の口元。私の頬から伝う涙。血の匂い。事切れた少年。

 そして……私の胸元から生える赤い呪いの槍。

 それが、終わりだ。前回の終わりだ。

 あの時、ランサーは何を言っただろうか。ほんの少し前の出来事のような気がしているのに、遠く霞む記憶。

(ああ……)

 確か、「こんな形は俺も不本意だったが、あばよ、セイバー。つまんねぇ奴に成り下がりやがって」だっただろうか……? 主を殺した私への侮蔑を顕わに、秀麗な顔を歪めて『その時』を終わらせた青き半神。

 それだけだ。

 結局、主を自らの手で殺した私は『聖杯』を手にすることは出来なかった。

 

「セイバー」

 はっと、自分にかけられた、どことなく声変わり前の少年を連想させる女の声をきっかけに、記憶の奥底から現実へと戻ってくる。

「……なんでしょう」

「君は後悔しているのか……?」

 息がつまる。

 当然だ。

 だって、聖杯が最初っから汚染されていたのなら、それは最初っから私の願いは叶うはずがなかったということで、それでは……それでは一体私は何の為にシロウを手にかけたのか。何の為にアレを背負ったのか。

 消えない。消えないんだ。彼を斬ったその時の感触が消えてくれない。

(何が騎士だ。騎士の王だ)

 主を斬り捨てておいて騎士を名乗るなど、お笑いもいいところだ。

 いや……そもそもが初めから叶うことのない力を、ありもしないものを求めての果ての結末ならば、そんな幻想のために何より大切だった人を斬り捨てた私は道化と言い換えてもおかしくはない。

 白い髪を、雲越しに覗く月の光で青白く照らしている女は、諭すようなそうではないような、判別が難しい声でぽつりぽつりと言葉を連ねていく。

「後悔するな……なんて私は言えん。私とて、後悔ばかり抱えていた。私は、私もな、愚かだった。もしかすれば君よりもずっとずっと」

 そう放つ声や、遠くを見つめている横顔はどこか枯れた老人を連想させた。

「シロ……?」

「しかしな……セイバー」

 彼女が私に視線を向ける。

 その鋼色の瞳は憂いを帯びていて、見ているほうが物悲しくなる、そんな目だった。

「君が斬ったという『マスター』は果たして、君を恨んでいるのだろうか」

 

「……何……を」

 息が、上手く出来ない。

 彼女は淡々と、まるで独り言をこぼすかのような調子で言葉を紡いでいく。

「君は後悔しているのだろう。主を斬ったことを。その代償にそうして君は苦しんでいる。その様子をもし見たのならば、果たして君が斬ったという元主(マスター)はどう思うのだろうな」

「そんなの……わからない。けれどっ、きっと……私を恨んでいるに……決まっているではないですか」

「何故、そう思う……?」

 だって、だって私は……自分の願望のためだけに愛する少年を手にかけたのだ。

 ただ一人、異性として愛した少年をこの手にかけたのだ。

 彼が全てを失ったものであることは夢を通じて知っていた。知っていたのだ。

 私と同じくかつて失くしたものだ、と……。

 全てを失い一人生き残った少年、それの未来をただ自分の願いのためだけに私は一方的に奪った。

 命すら奪ってしまった。

 なのに、そんな少年まで斬り捨てて、犠牲にしてまで求めたものが……何の意味もないものだとしたら、それは救われないではないか。あまりにも救われないではないか。

 それじゃあ、あの犠牲は、あの重さは、あの血は、あの人は……! ただの……無価値へと落ちてしまう。

 ただの、犬死にへと成り下がってしまう。

 セイバーと、ひたむきに不器用に私を呼んだ、人間としてどこか歪で、だけど前を見て歩いていた少年。

 その言動に、行動に時に苛つかされながらも、それでも私と似ていながら異なる彼は眩しい光だった。その未来をこの手で奪った。

(怖い)

 愛していたんだ、そんな言葉言う資格なんてないけれど、確かに私は愛していたんだ。

(怖い)

 全てを奪われようと、彼は、誰にも恨み言をいわなかった。それを知っている。

(だから、怖い)

 どうせなら、せめてどうせならそう……。

(その答えが、怖い)

 私を恨んで逝っていてほしい。でなければ、本当に何も救われない。

(だけど、きっと彼は……)

 

「セイバー、今度は私の話をしてもかまわないだろうか?」

 淡々と、感情を交えずにシロはいう。それに、「どうぞ」と言い頷いて、話を促す。

 ……先ほどまでの考えは胸の奥底に封印した。そうでなければとても冷静に振舞えそうになかったから。

 そして語られる、彼女の事。

「私もね、昔、裏切ってしまったんだ」

 遠い、遠い目。鋼の瞳は私を見ていない。過去を見ている。

 先ほどまでの私がそうであったように。

「あまりに辛くて、苦しくて……大切な少女を、最も裏切ってはならなかった少女を、己の願望のためだけに裏切った」

 シロが手をのばす。

 それはまるで水面に映った月をつかむ行為に似ていた。

「なのに。そんな私なのに、彼女は…………」

 それを……泣いているのかと思った。

 錯覚なのはわかっている。涙なんて流していない。それでも、泣いているのかと思った。

「なあ、セイバー、もう一度聞こう」

 そしてゆっくり、鋼の瞳は私の目を捉える。

「君が斬ったという『マスター』は果たして、君を恨んでいるのだろうか」

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 他愛もない、抽象的な、そんな話をぽつぽつと続けていたように思う。

 セイバーも私も、淡々とそんな風に語り合った。

 傍目には傷の舐めあいと映ったかもしれないけれど、それはきっとはずれてはいない。

 私もセイバーも互いではなく、相手に自分の過去を見ていた。

「今回の聖杯戦争のことについて……いいですか」

 ぽつりと、少女はそんな言葉を持ち出した。

「正直、私はまだまだ自分の気持ちに整理をつけられない。だから……これは明日マスターにも言おうかと思っていることですが……」

 少女は一瞬瞼を閉じ、考え込むように伏せ、それからすっと哀しみと憂いを秘めた碧い瞳を開き、私を静かに見て、言った。

「今回、私は暫く傍観を貫かせていただきます」

 それは、予想の範囲内の言葉だった。

「今の気持ちのまま、私……誰のためにも戦えそうにない。サーヴァントとしてあるまじきことだとはわかっています。それでも、私は……」

「わかった」

 そう返答すると、驚きに目を開いて、彼女は私を見た。

「こちらとて、戦う気のないものに戦わせるつもりなど、元よりない。何、君がいなくても、こちらにはランサーもいる。これからどうするかはゆっくりとセイバーが考え、答えを出せばいい」

 そういって、安心させるように微笑みを浮かべた。

 其れを見て、セイバーは気のせいだろうか、一瞬だけ泣きそうな目を浮かべたような気がしたが、またすぐにいつもの平素の顔に戻して、「ありがとうございます、シロ」といい、ぺこりと頭を下げた。

 それから、すっと立ち上がる。

 話は終わった、これから部屋に戻ろうというのだろう。少女は私に背をむける。

 きっと私はそれで、油断し、安心していたのだろう。

「ああ、そうだ、シロ」

 言い忘れていたことがあった、とそんなニュアンスで、背中越しに少女はなんでもないようにそれを口にした。

「何故でしょうね。性別も外見も口調も何もかも似ていないというのに……貴女は、どこか『シロウ』に似ています」

 そう、言い残して今度こそ少女は完全に立ち去った。

 

 言葉を失う。

 手が、震える。

 

(『シロウ』に似ています……? だって……?)

 

 それは、その言葉は……ぎゅ、と心臓の上を押さえる。

 

(君が言うのか。アルトリア)

 

 ―――彼女と出会ったのはこの夜だった。

 あの月明かりも、あの神聖さもどんな時だってあれだけは忘れたことはない。忘れたことなんてなかった。

 既にオレは『衛宮士郎』とは別物だ。そんなものに成り果ててしまった。

 なのに、似ていると君は言うのか。

 

 そう、それはとても……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 夜風が吹く。月が覗く。空は蒼い。ピュルルと、自然物ならぬ鳥が飛来する。

 翡翠で出来た宝石の鳥。遠坂凛の使い魔。

「そうか、漸くか」

 凛にしては遅かったな。

 やはり、ランサーがいる分慎重になったということか。

 彼女の使い魔が、学校から帰ってから衛宮家(うち)を見張っていたことは知っていた。あとは邪魔されぬタイミングを計っていた、それだけだろう。いいさ、私もはっきりさせるほうがずっといい。

 そうして私は皮肉の仮面を被って、衛宮の家から抜け出した。

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 聞いたのは偶然といえば、偶然だった。

 マスターになった白い嬢ちゃんに部屋を追い出されてから、やることがないからとこの家の屋根の上で見張りみたいなことをやってごろごろしていた。

 そこに現れたアーチェの奴とセイバー。

 盗み聞きというのは趣味じゃねえが、先にいたのは俺だ。

 気付かぬ奴らが悪いとして、なんとはなしにその会話を聞いていた。

「マスターを殺しました、なぁ?」

 通常、聖杯戦争に召喚される英霊っつうのは、座にある本体の分霊(コピー)がクラスに応じてその側面を強調され、召喚されてくるもんだ。

 だからこそ、記憶とかも聖杯戦争(そのとき)限りの分霊個人のもんであり、大本である本体とは記憶を共有することはねぇ。残されるのは「そういうことがあった」っていう記録だけだ。

 そのはずなのに前の時の記憶があるらしきことを口にしたセイバー。

 本来ならサーヴァントの仕組みからしてそんなことは有り得ん。記録は確かに残るが、それは膨大な書籍の中から一冊の本を見つけてくるようなもんだし、それを読み解いていたとしても、感情とかまで伝わるようなもんじゃねえ。だが実際記憶があるとなると、こりゃあ、ただのサーヴァントじゃねえな。

 イレギュラーか、と思いつつ、金紗の髪の少女の言った言葉に面白くねえ気持ちが沸いて来る。

 セイバーの英霊に選ばれるのは真っ直ぐな気性の、最優の名に恥じぬステータスを持つ者が召喚されるという。それが、「マスターを殺しました」とは……気にくわねえな。

 召喚される時、最も楽しみにしていたのが白兵戦最強と呼ばれるサーヴァント、セイバーとの戦いだった。

 そんな自分の気持ちも穢されたような気分だ。

「腑抜けが」

 そう吐き捨ててごろんと転がった。夜の風が心地よかった。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 深夜2時過ぎ、アーチャーと共に私は再び夜の学校へとやってきていた。

「来たわね」

 ぎっと、仁王立ちになって、件の人物を睨むように立ちながら、腕を組んで見据える。

 それに、闇に溶けるような黒衣に、軽くジャンパーを羽織っただけの軽装をした白髪褐色肌の女、衛宮・S・アーチェは「それで、こんな時間に人を呼びつけておいて何の用かな、凛。夜更かしは肌にも悪いぞ? 君の行為は淑女として問題があるように見えるが?」なんてことをからかうように口にして歩み寄ってきていた。

 驚いたことというか、呆れたことというべきなのか、彼女は1人だった。

「とぼけないで。いい、私はあんたと化かしあいをするために呼んだんじゃないの」

「ふむ、そうか」

 どことなく残念そうな色を見せているのは、どういう意味なのかしらね。

 ふふ、いい度胸してんじゃないの。

 とは思いつつも、追求していたらきりがないから全力でスルーすることにして、本題を進める。

「しかし、アンタ、無用心だとは思わないの? サーヴァントも無しにまさか本当に一人で来るなんて……呆れた」

「生憎、私はマスターではないからな。サーヴァントがいなくて当然だろう」

 そう、それが意外といえば一番意外なことだった。

「アーチェ、確認なんだけど、セイバーのマスターは衛宮君よね? どういうこと」

 衛宮士郎。

 衛宮家の末っ子である少年で、桜が最も良い顔で接する少年だ。

 遠目でわたしが見る限り、魔力の匂いもそうだけど、彼は普通の少年だった。

 それが、最優と名高いセイバーを召喚? まるで悪い冗談のようだった。

 でも、確かに私は、学校から撤退してすぐに衛宮の家に送りつけた使い魔を通して、彼の左手に浮かんだ令呪の存在を確認している。

「聞くまでもないだろう。マスターになれるのは魔術師だけだ」

 不敵な笑みを口元に浮かべて、アーチェはそんな言葉を言った。

「は? でも、まって、衛宮君は」

 そうだ、末の子なのだ。通常魔術師の跡継ぎは1人だけだ。

 後継者以外は魔術を知らされずに育てられるか、別の魔術師の家へと養子にやられる。

 でも、彼は3人目なのだ。

 そして、はっと思い出した。

 そうだ……アーチェは。

 すっと、眼光を鋭くする。ぴりり、と殺気すら飛ばして、この10年来の昔なじみを睨みつけた。

「……呆れた。そう、つまり、そういうこと」

 私は養子だとそう言っていたアーチェ。

 そして、魔眼持ちのイリヤ。

 あれだけの素養を持つ子がいて、何故魔術師の養子がいるというのだろう。

 一度だけ写真で彼らの『父親』である男の顔を見たことがある。くたびれた感はあったが、それでもまだ若い男だった。少なくともアーチェの年齢の子供をもつにしては若めだった。

 なのに、自分の子に魔術を継がせることもまだまだ可能だろうし、イリヤは魔術師として有望な器なのに、何故わざわざ他の魔術師を養子に? その答えは……。

「つまり、『衛宮』っていうのは、二人の魔術師と、二人の後継者からなる魔術師の二つの複合家系だったっていうこと」

 なんて、反則。

 家族全てが魔術師だなんて、一体誰が想像しただろうか。

 はい、よく出来ました、そう言うかのようにアーチェは口元に皮肉った笑みを浮かべ私を見ていた。

「わたしを騙すなんて、随分な真似をしてくれるじゃない」

「凛、言っておくが、私は別に君を騙してはいないのだがね。言っただろう? 「衛宮は魔術師の家系」だと。君が勝手に勘違いしただけだ」

「詭弁を言ってるんじゃないわよ」

 わざと勘違いさせるように振舞ったくせに。

「まあ、いいわ、此処からが本題よ」

 

 すっと、真っ直ぐに鋼色の目を見据えた。

「アーチェ、貴女はわたしの敵(・・・・・)?」

 そう、これは何にも勝る、優先される問い。

 マスターでないことはわかっている。

 そう、参加者ではない、それでも彼女が聖杯戦争に完全な無関係を貫くとは、どうしても思えなかった。

「私は……」

 鋼色の瞳が、どこか彷徨う。

 彼女とて魔術師だ。おそらく敵となれば、彼女もあとは殺すことを迷ったりはしないだろう。

 たとえ……どんなに親しい相手でも。

 だから、次の言葉は意外としか言いようがなかった。

「私から君に手を出すことはないよ」

 曖昧な表現とどこか虚ろな態度。

「家族に手を出すのならば、抵抗はしよう。だが、私は君を傷つけはしない。君が私を殺したいというのならば、それも受け入れよう」

 カッ、と怒りに頬が染まった。

(今、こいつ、何言ったのよ)

 殺したいというのならば、それも受け入れよう?

 なんて馬鹿な、馬鹿なことを口にするのか。

 でも一方で、これまでの経験から、その言葉は間違いなく本気で言っているとわかって、余計に頭に血がのぼった。

 そうだ、捻くった大層な言い回しが多いけど、こいつは、基本的に嘘をつかないのだ。

「信じられないのならば誓おう。私は遠坂凛を傷つけない。家族に手を出すというのならば抵抗はしよう。それでも、私を殺したいというのならば、殺せばいい。君にはその資格がある」

 真摯な声で告げられる、響きだけならば神聖ささえ孕んだ祝詞……だけど、その正体はとても……。

 そうだ、わかりきっていたことだ。

 こいつがそういうやつだなんてわかりきっていたことだ。

(歪んでいる……!)

 こいつは、何か、どこか人としておかしいやつなんだってそんなの最初っから知ってた。

 ぐっと、自分の拳を握りこむ。

 そうでもしないと、感情の発露を抑えられそうになかったから。

「アーチャー!!」

 苛立った声のまま、この目の前の女と似たところを多分に含んでいそうな己の従者の名を呼ぶ。

「行くわよ! もう、用はすんだからっ」

 

 

 

 side.アーチャー

 

 

「行くわよ!もう、用はすんだからっ」

 そのマスターの声を合図に私は霊体化を解いて彼女たちの前へと姿を現した。

「マスター、少し待ちたまえ」

「何よっ!?」

 苛立たしげにマスターは整った顔を歪めて私に噛み付くような言葉を返す。

「アーチェといったか。少し、この人物に確認したいことがあってね」

「はあ? 確認って何よ、それ」

「いや、何、君はなにやら一人納得したものがあるから立ち去ろうとしているようだが、私はなにせこの女とは初対面だからな。本当にマスターに対して危害を加えない人物なのか……見定めたい」

 そう口にすると、遠坂凛は口元をへの字にして、僅かに黙って考え込むような顔を見せたかと思うと、むっすりとした顔になって「わかった。校門のところで待っているからさっさと来なさいよね」そう言い残して踵を返した。

 凛が去る。

 それをまっていたかのように、私と同じ外見特徴をもった女が慎重に防音の結界を重ねがけしていた。

「さて、マスターはお冠だ。あまり、時間があるとはいえない。故に率直に聞こう」

 腕を組み、まっすぐに、やはり性別が違うというにも関わらず鏡で見た私とよく似た表情を浮かべた女に対して、その確信染みた言葉を放った。

「オマエはオレか?」

 それに、にっと女の姿をしたそれは笑った。

 

 

 

 side.レイリスフィール

 

 

 誰もいない夜の公園で、ギィギィと音を鳴らしながら、私はブランコという名の遊具をこいでいた。

「~♪、~~♪」

 誰もいない。

 夜を前に街は眠っている。

 ここに、私を見張る者はいない。

 嗚呼、なんて自由なのだろう。

 唄を歌う。

 思いのままの歌を。

 名など歌にいらない。そんなものはいらない。

 たとえ、失敗作と、所詮は代用品だとそんな風に言われようと、私はアインツベルン。

 アインツベルンの今代の小聖杯、レイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 ならば、淑女として振舞おう。

 淑女がガツガツした真似をするなんて、見っとも無い。そんなものは似合わない。

 そう、私はアインツベルン。

 ならば、待とう。

 どうせ最後には私と一つとなる。其れが遅いか早いかだけのこと。

 客人がきたら、それを持て成すのが、それが淑女というものでしょう。

 だから、今はこうして歌を唄って月を見る。

 煩い声がない。

 それは素直に有り難い事。

 ゆらゆら、ゆらゆらと、初めて触れる遊具に揺られながら、遠い空を見上げる。声をかけるものはいない。

(殺してしまえば静かになる)

 私を所詮は模造品だと、言ったメイドは既に殺した。

 身の回りの世話をするためだと、そういってついてきたメイドは既に殺した。

(でも大丈夫、私は全て一人で出来るのですから)

 ゆらゆら、ゆらゆら、遊具に揺れる。

「~~♪、~~~♪~♪」

 煩わしい全て、今は此処に無い。

 私の……私の為だけの世界。

「……あら?」

 くすりと、口元に手をやって私は微笑む。

 リン、と髪留めにつけた鈴が揺れて音を鳴らした。

「お客様。下賎な客人ですが、いいでしょう。今、私は気分がいいですから」

 わらわら、わらわらと骨の人形が私を囲む。

 魂無き人形が魔女の操るままに公園へとぞくぞくと集まる。

 それを眺めて、すっと姿勢を正して立ち上がる。

「でも、面倒ですから今度は直接本体で来て下さいね、キャスター」

 にこり、冷たく笑って、私は、自分の最も忌まわしき敵(サーヴァント)を呼び出した。

 

「さぁ、お狂いなさい!バーサーカー……!」

 

 ああ、もしも、あの骨人形が、貴女であったなら……そんな空想を抱えながら私は戦闘開始の合図を下した。

 

 

  NEXT?

 

 

 


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