新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

前回感想で兄貴ちょろいと言われたので補足しておくと、エミヤさんに前回名前訊ねた場面で、一瞬でも躊躇したり、答えなかった場合、兄貴は普通に敵対のほうを選んでいましたので、一概に言えないと思いますとか兄貴の名誉(?)の為に言ってみる。

あと、今回の展開について更に一言加えるなら……兄貴は絶対に女に手出すの早い人だと思っている。主に兄貴の伝承とか、ケルト戦士の習慣とか、ホロウでの兄貴的に。ただ、幸運E(というか最早原作兄貴は幸運E-なのでは)が邪魔して大抵失敗するからそんな印象ないだけで。据え膳あれば遠慮無く食う人だと思ってます。
ナンパ成功→ホットドッグでぎゃー! までのタイムラグの短さを俺は忘れない……!(キリッ)


08.認識の違いによる見解のすれ違い

 

 

 

 もし聖杯戦争に本格的に関わらざるを得なくなった時、出来ればランサーを引き込みたいと言い出したのは私だった。

 基本的にサーヴァントは、聖杯を求めて呼び出しに応じるといわれているが、この男の願いは戦う事であり、聖杯には興味ない以上、私たちの目的に反することもなかろうと、そんな言葉で親父に説き伏せた。

 だが、引き込みたいといった本当の理由はまあ、非常に私的なことで。

 10年前の聖杯戦争の時に遠坂凛(マスター)であった少女を、助けてもらった恩を私が勝手に返したかったからという、そんな自分勝手にも程がある理由だった。

 10年前、私のマスターである少女を助けて消えた男と、今回召喚された男は厳密には違う存在だなんてことは百も承知の上。

 ではあるが、それでも恩がある相手と同一の存在が、精一杯戦いたいというそんなサーヴァントとして召喚される以上本来なら当たり前に叶う願いも果たせぬままに、言峰に使い捨てられるのをただ見過ごすというのも中々胸糞の悪くなる話でもあって。

 たとえ、仮にもし10年前に消えた男と全く同じ……ランサーがその時の記憶をもっていたと仮定しても、恩返しに助けたいなどといったら、私と違って英雄としての矜持(プライド)の高い男は、俺が選んだ道に余計なことをするなと殺気交じりに怒鳴りつけて私の提案を突っぱねるだろうことはわかりきっていたし、口が裂けても本人にその動機を言うつもりはなかったが、その上で出来るだけ自然にこの男を味方につけられる方法として、この男の元マスターの件に目をつけた。

 仇を討ちたいとは思わないか、とは我ながら中々卑怯な言葉だ。

 この言葉にランサーが乗ってくる可能性は半々と見ていた。

 いや、どちらかというと激怒する可能性のほうが高いのではないかとさえ思っていたが、意外にも男は乗った。

 乗ってきたかと思ったら、男が順応するのは早かった。

 先ほどまで浮かべていた獣染みた殺気はなりを潜め、若干鬱陶しく感じるほどに馴れ馴れしく接してくる。

 まあ、明日の敵が今日の友、今日の友が明日の敵を地で行っていた男だと思えば不思議はないし、自分で引き込んだ自覚やら負い目もあったので、強く拒絶したりとかしなかったのだが……それがもしや悪かったのか。

 なぁ……何故私はこんな状況になっているのだろうな?

 もしかして、オレ、選択肢間違えた……?

 

 

 

 

 

  認識の違いによる見解のすれ違い

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 全く人生ってのはどうなるのかわからない。

 いや、だからこそ面白いんだろうがな? そんなことを思いながら、トントンと軽快な音を立てて包丁を振るう白髪の女の後姿を、茶請けに出された煎餅をかじりながら眺める。

 最初は目撃者をつぶすために追っていたってのに、全く妙なことになった。

 でも、まあ、悪い気分じゃない。

(胡散臭いクソ神父の言う事聞くよりかは、やっぱイイ女につくほうがいいに決まってるしな)

 色々ちょいとアレな部分もあるが、生意気な女は嫌いじゃない。

 それにこの女……エミヤ・エス・アーチェと名乗ったか? 初対面時の印象からして、結構からかうと面白そうだし、現代の魔術師とは思えぬほど戦闘に精通していることも気に入った。

 それに確かに俺は主を裏切る趣味はねえが、あの女が言ったとおり、今は言峰の野郎と繋がっている魔術ラインは上手く作動しちゃいねえから、あいつは俺が何をしてようと見えてねえわけだし、「敵についていくな」なんて命令を受けた覚えもねえ。

 あと、これがあの女に受けた仕打ちの中で一番癪に感じたことじゃああったが、俺が目下のものからの食事の誘いを断らないって誓い(ゲッシュ)を立てているのは本当の事だ。

 俺を利用しようってのは若干面白くはねえが、あの似非神父に使われるよりゃマシだ。

 そう思ってついてきた。

 まあ、それに……生きているってんなら、やっぱバゼットの奴の安否もちったぁ気になっていたしな。

 あとは俺の真名を知った経緯も、どうも前々から聖杯戦争がらみのことについて調べていたその結果みてえだし、現在の俺の主も最初っから知ってたってんなら俺のミスでもねえしな? 寧ろ、そこまで調べることが出来たことに脱帽だ。

 ドジなようでいて、いや、中々どうして戦の要(じょうほう)ってものを押さえてやがる。

 と、そんなことを思いつつ、スンスンと鼻をひくつかせる。

(すげえ、イイ匂い)

 あんな誘われ方をされたんだ。実をいうとそこまで期待していたってぇわけじゃない。

 それなりに美味いもんが出たら上々くらいに思っていたんだが、どうやらこれは予想と裏腹に期待出来そうだな。

 と、隣にいるセイバーの奴の様子をちらりと見る。

 鎧を身に纏い、武装したままの剣使いの少女はといえば……、出来る限り気を張って重々しい空気をかもし出そうとむっつりした表情を必死に保とうとしているわりに、チラチラと台所に視線を移しつつ、今にもよだれをたらしそうになって、慌てて顔を引き締めるなんて一人百面相を繰り返していた。

「あー、なんだ、セイバーよ」

「なんです、ランサー」

 敵意むき出しの目で睨んできていても、先ほどの百面相をさらしたあとじゃあ今更だよな。

 いやー、気付け? 面白いから言わないけど。

「楽しみなのはわかるが、よだれは拭いたほうがいいぜ? お国のレベルを疑う」

 言うと、真っ赤な顔になって、キッときつく睨み、「それは、私を侮辱しているのか。いいでしょう、今すぐ消されたいようだ」などといいながら、立ち上がる。

 そのタイミングで、「セイバー! もうすぐ夕食が出来上がるから、すまないが、君のマスター(しろう)を起こしてきてくれないか!」と妙に慌てたようなハスキーな女の声が響いた。

 それに対してセイバーは、美しい顔をゆがめてちっと舌打ちを一つ。

「命拾いしましたね、ランサー」

 といいながら、ズンズンと居間から去っていった。

 それと一緒に銀髪の娘も「じゃあ、わたしはキリツグを呼んでくるわ」と言い出て行った。

 それをひらひらと手を振って見送る。

 なんか、先ほどといい、今回といい、妙にアーチェの奴、セイバーの奴の扱いに慣れているような気がするんだが、こりゃあ俺の気のせいか。

(ま、別にどうでもいいが)

 セイバーとこいつにどういう因縁があるかとか、俺には関係ねえからどうでもいい。

 と、思いつつ、目の前の白髪長身の女をじっくりと観察する。

 白髪褐色の肌で、身長は170半ばくらいと、女にしてはそれなりに長身。先ほどまであちこち傷を作ってたように思うが、それが見当たらぬあたり治癒魔術でもかけたか。

 顔立ちはいかにもな美人ってぇわけじゃあねえが、独特の存在感があって、大人の女の艶と少年の清廉さを同居させたような雰囲気を持ち、多少童顔。

 セイバーの奴や銀髪の嬢ちゃんみてえな判りやすい美人じゃねえが、妙に人の目を引く感じだ。

 年齢は……まあ、バゼットの奴と同じぐらいか? 正確な歳はわからんが23~25ぐらいだろう。脂が乗って美味い年頃だな。

 あー、王道美人も良いが、こういうのも悪かねぇな。

 衣装は全く遊び心のない黒の上下を身につけていて、今はその上に赤いエプロンをつけているわけだが……これが中々どうして、シンプルなエプロンだというのに非常に似合ってて、そういう格好をしていると、先ほどまでの容赦のない女戦士としての姿が嘘のように家庭的だ。

(イイ身体してんなぁ)

 後ろからこうしてみているとよりわかるが、服の上からもわかるほど引き締まっていて、余計な脂肪というのが殆どついていない体をしている。

 かといってそれは女としての魅力(ボディライン)を損なうというものではなく、引っ込むところは引っ込み、出るところは出ているメリハリのある身体なのだ。とくに、尻のラインがいい。

 肉厚で掴み心地が良さそうだ。骨盤もでかめだし、元気な子供(ガキ)を沢山産めそうなイイ身体をしてやがる……などと分析を続けていると、「おい、ランサー」と件の相手に呼びかけられて、思考を中断することにした。

「全く君は……少しくらい手伝おうとは思わないのか」

 とぶつぶつと言いながら、どことなく拗ねたような表情で美味そうな料理がたっぷり乗った大皿を二枚手にしてこちらに歩いてくる白髪の女。

「客人を持て成すのも、家主の務めだろ?」

「生憎、家は王侯宮殿というわけではないのでね」

 とか、しれっと言ってるが、そのわりにむすっとしているのがなんか意外にガキくさくて可愛げがある。

「へいへい」

 と、言いながら立ち上がり、女の後について残りの皿を運んでいると、家に入ってすぐに自室へと行った赤い髪の坊主(ひでぇ顔色だが、男の顔色を気にする趣味はねえのでスルーしておいた)とセイバー、銀髪の娘っ子と黒髪のオヤジが一緒に入ってきた。

 

 銀髪の中々美人な紅い目の娘は、「食事の前に自己紹介だけ先に済ます?」とアーチェや黒くくたびれたオヤジに問いかけるが、其れに対してアーチェの奴は、「いや、先に食事をすませてからにしよう」と静かな声で言い切った。

 が……俺の目は誤魔化せねえ。

 その視線が一瞬セイバーの奴を怯む様な目でちらりと捕らえていたのは、やっぱお前ら関わりあるってことでいいのか?

「ま、なんでもいい。さっさとはじめてくれ」

 そういって、俺はひらひらと手をふる。

 んで、未だ此処に至って武装したままのセイバーの奴はといえば……ごくりと喉を鳴らして、今にもよだれをたらしそうになっているのを必死に理性でとどめているように見えるのは多分気のせいじゃねえよな。

 あ、あー……セイバーよ。俺らサーヴァントは本来飯は食わなくて大丈夫だって知ってるのか?

 敵ながら、ここまでくりゃあ心配になってきた。

「いただきます」

 ともかく、そんなこの国の挨拶ではじまって、つつましくも晩餐会は開始されたわけだが、最初に適当に延ばした皿からとったオカズを口に含んだ途端、そのあまりの美味さに俺は目を見開いて驚いた。

「うめえ」

 いや、本気で吃驚するくらい美味い。

 時代が違うって言われりゃそこまでだが、王に呼ばれた晩餐会でも、こんな美味い料理なんざお目にかかったことはねえぞ。

 見れば、この料理を作ったアーチェの奴はといえば、その俺の言葉に僅かに微笑みを浮かべて「お褒めに預かり光栄だ」などとどことなく皮肉ったおどけたような言葉を口に出すが、そのわりに頬が緩むのが隠しきれてなくて、そのあまりに邪気のない笑みについポカンとした。

「……? どうした、ランサー。食わないのか」

「や、なんでもねえ。食う」

 きょとんとした顔でそう言うのが見た目の年に似合わずあどけなくて、つい慌てて視線をはずして次の皿に手を伸ばす。 

(なんだ、ありゃ)

 まるで、戦闘中とは雲泥の差じゃねえか。

 いや、私生活と戦闘はそりゃあ切り離すもんだろうが、ここまで来ると中々天晴れだ。

 最初こそドジっていたが、戦闘中は、あんなどこぞのいけすかねえ弓兵みたいな皮肉った表情でもって、人の神経逆撫でるようなことすら口にしたり、百錬の戦士といわんばかりのツラ見せていたってのに。なんだありゃ。

 まるで普通の娘っ子のようじゃねえか。

 俺が言えた義理じゃねえが、実は二重人格なんてオチじゃあねえよな? とかちらりと思いつつ、隣のセイバーに視線をやる。

 セイバーの奴といえば……そのちっせえ身体のどこに入るんだってくらい、高速で箸を進めていた。

 こくこくこくこくと、常に頷きつつ、一本たったアンテナみたいな髪をピコピコ揺らしつつ、もぐもぐもぐもぐとひたすら無言で食を進めている。

 その横で、いつの間にかアーチェの奴は、なくなったセイバーの奴の茶碗におかわりのご飯をよそっていた。

 それを当たり前のように受け取って食い進めるセイバー。

 そのスピードたるや尋常じゃない。

 いや……セイバーよ、おまえはどれだけ飢えていたんだ……?

(まあ、負けてられないよな)

 と、思って俺も本格的に食を進め始める。

 すると、セイバーの奴同様、茶碗からご飯がなくなったタイミングで、すっとアーチェの奴が隣に現れ、追加のご飯を当たり前のような手馴れた所作で装った。あまりの自然さにそのまま流されそうになったが、真横で目撃しちまったそれについ、どきっとする。

 特に気負うこともなく、当たり前のように手馴れた仕草は精練されてさえいて、どことなく優美だ。

 食事中、よくよく見ていれば、アーチェの奴は自分の食事も二の次に、自分の家族や俺たちへの給仕を当然のように当たり前の様子で執り行っていた。

 茶が切れそうな奴がいたら茶を注いで、茶碗からご飯がなくなりそうになればおかわりをよそいに向かい、合間で自分の食事を進める。

 いやいや……給仕にこれはちっと慣れ過ぎなんじゃねえの? 城に仕える傍女でもここまで自然に相手に気を遣わせないように振舞えたりはしねえぞ?

 なんてことを思いつつ、観察しながら食事を勧めていく。

 だからそれに気付いた。

 飯をひたすら食っているセイバーを見て、ふと浮かべる表情、それが本当に優しく幸せそうな、暖かい微笑みで、そのあまりの裏のなさに思わず言葉を失った。

 と、ぽろっと思わずつい箸を落としたのが悪かったか、気付けば目の前で仕方なさそうにため息をつく褐色の肌の女の顔があった。

「ったく」

 仕方なさそう、と形容したが、それでも女の雰囲気は穏やかだ。

 代わりの箸を手渡しながら、「だらしがないぞ、ランサー。君は子供か」と口にして、ハンカチを握り締めた右手が差し出された。

「あー、悪ぃ」

 そういえば、さっき箸を取り落とした時に口周りが汚れたような気がしたから、これで拭けってことかと思って受け取ろうかとしたら、女はつい、とそのまま右手を俺の顔にのばして、そのまま自然な動作で汚れを拭った。

 思わずぽかんと目を見開く。ぎょっとした空気が周囲を包む。

 銀髪の娘やら赤い髪の坊主はあわあわとそれを見て慌てた顔を見せるし、黒いオヤジからはじゃきりと、銃器の安全装置をはずす音が響く。それに1人、不思議そうな顔をして白髪の女は首をかしげると、また今度はセイバーへの給仕にむかった。

(あー……なんていうか)

 実は天然?

 思いつつ、間近で見た女の顔と、繊細な指を思い出す。

 いや、年頃の女が、果たしてああも無防備に男に接したり出来るものか。

(ひょっとして、俺に気があるのか?)

 なんてことを思いながら、茶を啜って女を眺めていた。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 なんだかんだと夕食は特に騒ぎなどもなく終わり、洗い物は後にするとして、食器を水につけたあと、食後の紅茶を各自に配って私もまた席についた。

「とりあえずは、自己紹介からはじめようか」

 そう本題を切り出したのは切嗣(じいさん)だ。

「僕の名前は衛宮切嗣、この家の大黒柱だ。シロ、イリヤ、士郎の3人の父親になる……そして、第四次聖杯戦争の実質の勝者だよ」

 その言葉に、セイバーは殺気染みた目でばっと爺さんを見て、ランサーは「ほう」と面白いことを聞いたかのような目で片眉だけぴくりと上向かせた。

 次いで、イリヤ。

「わたしの名前は衛宮イリヤスフィール、切嗣の娘で、士郎の姉よ。わたしのことはイリヤでいいわ」

 次に士郎。状況をイマイチ理解し切れていない為、戸惑いつつ言葉を連ねる。

「俺の名前は衛宮士郎。正直、マスターとかサーヴァントとかよくわかってないし、イリヤたちと違って半人前の魔術使いでしかないけど、よろしく頼む」

 そういって、ぺこりと頭を下げる。

 さて、次は私か。といっても、どこまでを話すか。

「衛宮・S・アーチェだ。先に紹介された通りこれでも切嗣の子だ。とはいえ、私は養子なのでな、切嗣と似ていないのは気にしないでくれ。士郎の師でもある」

「なあ」

 そう手を挙げ疑問の声を上げたのはランサーだった。

「なんだ?」

「なんでアンタ、シロとかシロネとか呼ばれてんだ?」

(ちっ、妙なところに気がつくな)

 それに返事を返したのはイリヤだった。

「愛称よ。ミドルネームの「S」っていうのは、サ行で始まる名前の略称なわけだけれど、シロは恥ずかしがりだから、フルネームを名乗るのを嫌がるのよ。だから、ミドルネームの最初の二文字をとって「シロ」って呼んでいるの」

 シレっと完全な嘘ってわけでもないが、嘘を告げるイリヤ。

 いやいや、恥ずかしがりって、妙な誤解を生むようなことを……だがここで否定して追求されるのも困るし、ミドルネームではなく本当は本名を二文字で切り取ったものだったりするわけだが、それは余計に言うとまずいことだから、イリヤのその助言は有り難いと言えば有り難い。

 のだが、なんだ、それで納得されるのも内心複雑のような……って、ランサーよ「へー」ってなんだ、へーって。

「んじゃあ、俺もシロって呼んだほうがいいのか?」

 とか、真顔で何を聞いてくる。

「……好きにしろ」

 とりあえず、そっぽを向いてそう答える。

「なぁ」

 そこへ士郎が挙手して、真面目そうな声で「アンタらは自己紹介してくれないのか」という疑問を口にした。

 それに、今まで口を閉ざしていたセイバーが口を開き「最初にも述べましたが、私はセイバー。貴方のサーヴァントです。真名は別にありますが、故あって名乗ることは出来ません。詳細については、少なくとも貴方が聖杯戦争についての基礎知識を身につけてからのほうがいいでしょう」と、清涼な声で述べた。

「俺はランサーだ。ま、セイバーの奴と同意見だな。坊主はまず知識を身に着けるのが先決だ」

 そういって、ランサーはひらひらと手を振る。

 それに、イリヤは「士郎、ごめんね。あとで説明するから」とそんな言葉をすまなさそうに口にする。

「まあ、自己紹介は済んだし、簡潔に我が家の聖杯戦争における方針を先に話そうか」

 ごほんと、咳払いして切嗣はそう口にした。

「僕らは、聖杯を破壊しようと思っている」

 その言葉に、次の刹那旋風が巻き起こった。

 いつ立ったのかそれすらわからぬほど爆発的な魔力を纏って、騎士王の名を冠する少女が、怒りに歪んだ顔立ちで、視得ぬ剣を切嗣に突きつけていた。

 あと、5mm。あと5mm踏み込むだけで親父の首に刃が突き刺さるだろう、その距離で、ぶるぶると手を震わせながら、それでもセイバーは最後の理性を総動員して「どういう……ことだ。一体……どういうつもりだ、衛宮切嗣」と、そう口にした。

 痛いくらいの殺気が辺りを包む。

 ランサーはそれをほう、と面白い見世物をみたかのような顔で成り行きを見守り、イリヤはそのプレッシャーに動きを止め、士郎は少女のあまりの様子に完全に言葉を失っていた。

 それを、そんな少女の殺気を、魔術師殺しとかつて称された魔術使いの男は、なんでもないような様子で受け止めて、その黒い瞳で静かにセイバーの碧い瞳を見つめ、「どういうつもりもなにもない」そう答えた。

「冬木の聖杯は既に汚れている。あれは万人を呪い殺す呪詛そのものだ」

 その言葉に、はっと、金紗の少女の息を呑む音が聞こえた。

 眉をぎゅっと寄せ、切嗣に剣を突きつけた格好だったセイバーはやがてゆっくりと剣をおろして、それから「何を根拠に、そんなことを言う」とそう痛々しいほどに思いつめたような声で尋ねた。

「経験者だからね。」

 そう、あまりにも静かな声で、自嘲すら混ぜて、爺さんは言った。

 それに、セイバーは目を見開いて、どことなく傷ついたような色を見せながらポツリ。

「嘘……だったというのか。勝者の願いを叶えるというのは嘘、というのか」

 血反吐を吐くような声で少女はそう吐き出した。

 それに淡々と「第三次聖杯戦争までならそれは嘘じゃあなかった。けど、今は、あれは悪意でしか願い事を叶えられぬ歪んだ願望器だ。信じられないというのならば信じなくていい。証拠が見たいというのなら、10年前に起きた惨劇の僕の記憶を見せてもかまわない」そう切嗣は続ける。

 その切嗣の言葉に嘘偽りがないことがわかったのだろう。金紗の髪の少女騎士は酷く憔悴した顔で、がくりと膝を落とした。

「なぁ」

 それに、今まで黙って成り行きを見守っていたランサーが、つまらなさそうに頬をぽりぽりとかきながら「アンタらの目的はわかった。だが、そいつは俺には関係ねえよな。こっちとしちゃあ本題に入ってほしいんだが」なんてことを口にした。

 それに、セイバーはぎょっと目を開けて「ランサー、貴方は聖杯を破壊すると聞いて、関係ないと言うのですか」と、信じられないような声で問いかける。

「ああ、関係ねえな。俺は別に願い事をかなえてもらう為に召喚されたんじゃねえ」

 そう、きっぱりと青き半神の英霊は答えを返した。

 まあ、それは当然だろう。はじめから、聖杯に願いを持っているが故に召喚されたセイバーと、ただ全力の戦いのみを求めて召喚に応じたランサーでは動機が違い過ぎる。

 今のセイバーの様子にはチクリと胸に痛むものがないとは言い切れないが、それでも今ここで優先して答えるべきなのはランサーのほうだろう。だからこそ、私は真っ直ぐにこの青き半神たる大英雄に向き合って、慎重に言葉を選びながら言の葉を紡いだ。

「ランサー、君は自ら主を裏切る気はないと、そういったな」

「ああ、そうだな」

 特に気負うでもなくそう答える槍の英霊。

「ならば、君の契約を解いたら、君はこちらにつくか?」

 それに、始めてこの目の前の大英霊は驚きの表情を浮かべた。

「……可能だってのか」

「君の現主が見ていない今ならば可能だ。君の願いは大方検討がついている。こちらにつけば、君は気兼ねなく主の敵討ちを行えるし、なにより私達の目的は他の聖杯戦争参加者達にとって都合の悪いものだ。戦う敵には事欠かないだろう。どうだ、悪い話ではないと思うが」

 それに、長い睫を伏せて、ランサーは僅か思案すると、静かに口を開け、「いいか、俺は何も見ていない。聞いていない。それでいいな?」そう口にして、無防備にその背を晒した。

 それは遠まわしにOKと言っているも同然だ。

「ああ、了解した」

 ちらり、切嗣に視線を送る。こくりと、爺さんは頷き、イリヤは「セイバー、悪いのだけれどこちらにきてくれない?」といって、放心している彼女を連れて、居間から抜け出た。

 ぱちり、と第三の結界を第一の結界にシフトさせる。その戻ってきた魔力を使って、私はかの裏切りの魔女の剣を投影、僅かに切っ先を突き刺し、その真名を開放した。

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

「アンタ、本当に何者だ?」

 そう心底疑問そうに口にするランサー。

 それを前に「しがない魔術使いだよ」とそうため息混じりにこぼす。

 今ので大分魔力を消費した。宝具クラスとなると、もう今宵は出せそうにない。

 やはり真名開放までするとなると消費魔力もばかにならないなと思う。

 まして、今は受肉しているとはいえサーヴァントの身だ。生身の体のように自力で魔力を作り出すことなど叶わず、マスターである切嗣からの魔力供給も途絶えて等しいのだから当然と言えば当然だろう。

 勿論、魂喰い(ソウルイーター)を行えば魔力の補給は可能だが、そんなことをしてまで現世に残りたくはない。

「でだ。契約を結びなおすんじゃないのか?」

 そう、聞いてくるランサーに「いや、契約を結ぶのは私ではない」と答え、それと同タイミングで再びイリヤが居間へと入ってくる。

 そしてきっぱりとイリヤが言った。

「貴方と契約するのはわたしよ」

「嬢ちゃんが?」

 それに本当に意外そうな声を出して、ランサーは私とイリヤを見比べる。

「何? わたしじゃ不満ってわけ?」

 自分じゃ力不足だという気なのかと言いたげな目で、むっと膨れ面を浮かべながらそう尋ねるイリヤに対し、「いや、嬢ちゃんに文句があるってわけじゃねえが、あー、なんだ」とかいいつつ、チラチラと私を見てくる男にため息を一つ。

「イリヤは優秀だぞ」

 魔術師としての格なら、それはもう文字通り私などとは比べようがないくらいに。

 そう告げると、「そういう問題じゃないんだがなー」と煮え切らない返事を返すランサー。

 む、さっきからなんなんだ、この男は。

 不満があるのならはっきり言いたまえ、気色悪い。

「まあ、いいや、よし、ちゃっちゃと済まそうぜ」

 とかいって、最終的に男はあっけらかんとした口調でイリヤがマスターになることを受け入れた。

 やれやれ、一時はどうなることかと思ったがこれならなんとかなりそうだ。

 そも今回は聖杯に選ばれていないとはいえ、イリヤは正統な魔術師だ。聖杯の補助が必要不可欠なサーヴァントの召喚降霊ならばいざしらず、そこに既に存在しているはぐれ者のサーヴァントと再契約を結ぶ「だけ」ならば正攻法でこなせる。

 イリヤならばなんの心配もいらないだろう。

 そうして、契約を繋ぐ為の呪文をイリヤが唱える傍らで、切嗣に「シロ、ちょっと」と呼ばれ、私は切嗣と共に廊下へと足を運んだ。

 

「なんだ、切嗣(じいさん)、どうした?」

「いや、先ほどシロが料理を作っている間に、藤村組に、今夜道中でばら撒いた銃弾があまりに多かったから、回収と証拠隠滅の為に連絡を取ったんだけど、ちょっぴりまずいことになりそうでね……」

 そう、いいにくそうな声で言う。

 それにぴんときた。

「ああ……大河か」

「そう。明日どうしても家に来るって聞かないらしい」

「……まあ、此処数日顔を合わせていなかったしな。いきなりの連絡がそれで心配したのだろう」

 大河は爺さんに懐いているから、余計だな。

「まあ、あまりに心配だけかけるのも悪いしな。アレは来るといえば来るだろう。数時間共にいるだけであれの安心が買えるというのなら、まだ安いものだろう」

 幸いというべきか、まだ聖杯戦争ははじまったばかりだし、聖杯戦争のメインは夜間だ。

「まあ……あの子なら、仕方ないか」

 と爺さんにさえ思わず思わせてしまうのが大河の凄いところなのだろうな。多分。

「それより、ならセイバーとランサーのことはどうする?」

「大河ちゃんは妙に鋭いところがあるからなあ」

 そういって苦笑する切嗣。

 確かに、あれは野生動物並の勘の良さだなと思い描くなり私も口元に笑みを乗せた。

「いっそ、隠さずに変装させてつき合わすのも一興か?」

 と、そんな話をしているうちに、ランサーとイリヤの契約は完了していたようだ。

「お、なんだ。何の話してたんだ?」

 とか、いいながら馴れ馴れしくもランサーは私の肩に手をまわしてくる。

「重い、のかんか、たわけ」

「ん? ああ、悪い、悪い」

 とかいいながら、あまり悪びれていない男に内心ちょっと苛っとしながらも、「ランサー」とそうできるだけ真面目な声音でクラス名を呼んだ。

「話がある。あとで私の部屋にきてくれ」

 その言葉をランサーがどう捉えたのかなど露とも知らず、私はそうランサーに話しかけて、風呂の準備に向かった。

 

 

 

 side.ランサー

 

 

「話がある。あとで私の部屋にきてくれ」

 そういって、白髪の女は居間を後にした。

 私の部屋にきてくれって……。

(どう聞いても、お誘いだよなあ)

 女に誘われといて乗らなくばケルト戦士の名折れだ。こりゃ有り難く頂くところだろう。

 とは思いつつも、ここ数時間で観察したところ、年に似合わず案外にあの女はガキくさいところがあるみてえだし、天然入ってるっぽいからなあ、ここで結論を出すのも早計か? と、思いつつ、残っていた茶を啜る。

(まあ、聞いてから判断するか)

 もしかすれば聖杯戦争がらみの話やもしれんし。

 そう思って、のんびりとくつろぐことにした。

 

「すまなかったな、私から言ったのに待たせたようだ」

 と、殺風景な何もない部屋に連れて行かれて、開口そう女が切り出したのは、たっぷりあれから2時間ほどあとのことだった。

 見れば、女は風呂上りのようだった。

 どうやら、あれから風呂を焚いて、風呂が沸いたら今度は家族に風呂を勧めつつ、食事後あとまわしにしていた洗物やらなにやらと家事をこなしてきたらしい。

 そして、最後の締めとして自分も風呂に入ってきたと。

 長めの白髪を赤い宝石の髪留めでとめて、結い髪にしているのも、うなじのあたりが色っぽくて中々クルものがあったもんだが、いやいや、こうして髪をおろしているのも童顔が際立って悪くない。

 服装こそ、やはり変わらず黒の上下と色気のない格好ではあったが、シャンプーの匂いが鼻腔を擽ってつい手を伸ばしたくなる。

(これは、ひょっとして、ひょっとするか?)

 と思いつつ、女の動向を見守る。

 アーチェは俺の様子に気付いているのか気付いていないのか、なにやら、箱みてえな機械……聖杯からきた知識によるとパソコンというらしいを、開くとおもむろに口を開く。

「これが、1時間前に撮られた君の元・主バゼット嬢の映像だ」

 カタカタと女が操作する機械の画面、確かにそこにはつい数日前までは俺の主だった女の顔写真が5枚ほど映し出されていた。

 青白い顔色ではあるが、確かに話どおり生きているらしい様子にほっとする。

「仲間からの連絡によると、彼女は無事隣町に潜む裏関係の医者の元へと運びこまれ、治療を受けたのだそうだ。いまだ目を覚ます様子はないらしいが、数日もすれば目覚めるだろう、とのことだ」

 と、言いながら女は紙切れを1つ、素早く何事かを書き留めて俺へと渡した。

「これは?」

「バゼット嬢が入院している病院の住所だ。いくら無事と口でいっても自分で見てみなければ納得出来ないものもあるだろうからな。気になるのであれば後日、訪ねるがいい。服とタクシーの手配ぐらいしてやる」

 その言葉に俺は眉を寄せながら疑問点を口にする。

「なんだ? この家に運んだりはしないのか?」

 女の言っていることは一見正論だが、俺から見れば酷くまだるっこしい。

 ここにゃあ魔術師が何人もいるんだ。わざわざ他人を使わなくてもよかろうに。とそんな俺の疑問も当然わかったのだろう。白髪褐色肌の女はため息を1つつくと、懇切丁寧に説明を補足した。

「生憎、家に治癒魔術を得意とするものはいなくてな。それに、折角助かった命だ。聖杯戦争が本格的に始まろうとしている今、冬木の街に留まるよりも、聖杯戦争が終わるまで外の病院に入院したままのほうが安全だろう。それに元マスターと知れてみろ。狙われない、とも限らんしな」

 そう、淡々といいつつも、その顔は極真面目で、おそらく会った事もないだろうにバゼットの奴に対する労りのようなものも見えた。

「まあ、君の元主については今のところはこんなところだ」

 とか、アーチェの奴は締めくくったわけだが……。

「なんで、わざわざ俺に?」

 そこが少し不可解だった。

「? おかしなことを言うな。元よりバゼット嬢のことを話すという約束だろう」

 何を当たり前のことを、といわんばかりの口調でそういうがよ、あの時の言い方を考えれば、バゼットの事について話すってのはただの口実だとしか思わなくても仕方ねぇだろうが。馬鹿正直に敵の言うことを鵜呑みにする阿呆がどこにいる。

 とも思ったが、余計な一言だとわかっていたので口にはしなかった。

 いやいや、あの時は全くそういう風には見えなかったが、案外こいつは義理堅い奴だったらしい。

 そういうのは嫌いじゃない。寧ろ俺の好むところだ。

「まぁ、いいがな。で、アンタが俺に部屋に来いっていったのはこいつを見せて俺を安心させるためだけか?」

 そう、口にすると、「いや」といって女は「もう一つある」とそう返事を返した。

「ほう?」

 もう一つ、な?

 しかし、そこで女はちょっと言いにくそうに一旦口をつぐんで、「まぁ、口にするとどうにも馬鹿らしくなる話なのだが」と、いいにくそうに前置きをおいた。

 あー……上目遣いで困ったようにちらっと見てくるのって結構いいな。

「明日、一般人の知り合いがこの家に朝から訪ねて来ることになっているのだがな……」

「ああ、霊体化して隠れてろって話か?」

 ぴんときて、そういうと「いや、違う」と言って、女はため息を1つ。

「おそらく、霊体化したところであの野生動物的勘の前では意味をなさなそうだからな、いっそ偽名と嘘のサイドストーリーをつけて紹介してしまおうかと思っている」

 ……は?

(今、紹介するっていったか?)

 流石に予想外のことを言われて、思わず目が点になる。

「ついては、君の服を作るからスリーサイズを測らせてもらいたい」

 ……はい?

 見れば、女は手にメジャーを握っていた。

「……おい? アーチェ?」

「すぐにすむ。じっとしてろ」

 いいながら、女は後ろにまわって俺の体に手早くメジャーを巻きつけた。

 イイ匂いがすぐ傍からふわりと香る。

 むにゅっとやわらかい感触が2つ、当たっていることに気付いているのか気付いていないのか。

(でも、まあ、どちらでも良い話か)

 そう、どちらにせよ、今更だ。

 俺らの仕来りをこの国風に言い直せば「据え膳食わぬは男の恥」って奴が当てはまる言葉か。

 まあ、なんでもいい。

 無防備に近づいてきたほうが悪い。

 

(これは俺は悪くないよな……んじゃま、頂きます)

 

 こんな美味しいシチュエーションで手を出さないほうがどうかしている。

 無防備に後ろから伸ばされていた褐色の細腕を掴み、くるりと体を回転させ、流れるような仕草でそのまま独特の感触のする床……畳にその柔らかな獲物の体を押し倒した。

 その驚愕に見開かれた鋼色の瞳が、まるで本当に無垢な子供(ガキ)みたいな色をしているのが妙に印象的で、さてこの女はどんな味をしてんのかね、とそんなことを愉快な気分で思った。

 

 

  NEXT?

 

 




イリヤがマスターになったことによって、青い兄貴のステータスが更新☆ ちゃらららら~♪ 俊敏がAからA+に、悲劇の幸運Eが、幸運Dにグレードアップした!

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