新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

今回の後書き収録おまけのほうに最初は第五次聖杯戦争編予告漫画を再録しようかと思ってたんですが、予定を変更して、今回の後書きおまけは第五次聖杯戦争編イメージイラスト2点と、第五次聖杯戦争編の各サブタイトル集を収録することにしました。
まあ、なにはともあれ、次回の「それぞれの日常 衛宮士郎編」で束の間の休息編は終了となりますので、宜しくお願いします。


14.それぞれの日常 衛宮イリヤスフィール編

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

 今日も清々しいほどの朝がきた。

 眩しいほどの日の光を障子越しに受けてわたしは目を覚ます。

「ん……ん~……」

 ぐっと、伸びを一つ。

 この家に来たばかりの頃は、畳の上に布団だけ敷いて寝起きするこんな生活に戸惑ったものだけど、今ではすっかり慣れた。

 当然よね、あれから10年も経つんだから。

 今では藺草(いぐさ)の匂いがしないと落ち着かないくらいだ。

 ぴっと、目覚まし時計に手を伸ばす。

 今の時刻は朝の6時。

 高校3年生になったわたしは、3学期ともなると、本当はもう学校に通う必要もないし、それを差し引いても去年と違って生徒会にすら属していないわたしはもっと遅くまで寝ていても構わないのだけど、1番最後に起きるような真似はしたくないから、無理矢理頭をふって意識を覚醒させる。

 切嗣や大河よりも遅く出るなんて、恥だもの。

 起きると真っ先に、パジャマを脱いで、すっかり着慣れた穂群原学園の制服に手を通し、顔を洗い、髪を整える。この制服を着るのもあと僅かと思えば、一種の愛着が沸いてくるのがちょっとだけおかしい。

 それから、台所で朝ごはんの準備をしているシロと士郎に挨拶をする。

「おはよ~。シロ、士郎」

 ぽふっと、座布団に身体を預けて、指定の席へと座り込む。

 シロと士郎は、色違いの揃いのエプロンを身に着けて、朝食の準備を忙しそうにしているけれど、わたしが声をかけると必ずわたしのほうを見て、シロは仄かに、士郎は朗らかに笑顔を浮かべて「おはよう」と挨拶を交わす。

 この瞬間がとても好きだなとわたしは思う。

「あれ? 今日は洋食なんだ?」

 くんくん、と、香ばしい匂いを嗅いでそう尋ねると、シロは「ああ、たまには良かろうと思ってな」と苦笑しながら答えた。

 うちの朝御飯は、シロも士郎も和食を一番得意とするせいなのか、大抵朝はご飯と味噌汁が主体の和食なので、洋食がメインなのはちょっと珍しい。

 その時玄関から「みんな、おっはよ~~~~!」と煩いくらい大きな声が聞こえて、少しうんざりと肩を竦める。

 全く、どうして大河はいつもこう騒がしいのかしら? 同じレディとして情けないわ。

「ああ、おはよう、大河」

「わ、わ、シロさん、今日はフレンチトーストなんですか!?」

「ああ。たまにはな。もう少しで出来るから、座ってなさい」

「はーい」

 と、嬉しそうに響く女の声はまるで子供みたいで……これで、既に成人していて、おまけに高校教師なんだから、本当世の中って不思議だわ。

「おはよう。大河ちゃんは今日も元気だね」

 なんていいながら、新聞片手に今日も着流しで現れたのは、わたしにとっては実の父親でもある衛宮切嗣。

 一応、名目上のこの家の大黒柱。

「あ、切嗣さん、おはようございます!」

 と、ぱっと顔を輝かせてキリツグに挨拶をする、大河。

 本当、キリツグのどこがいいのか知らないけれど、昔っから大河はキリツグのことが好きなのよね。

 大河の男を見る目のなさには同情しちゃうわ。

「あれ?」

 ふっと見ると、今日は朝御飯にあわせて出されるお茶の品種は日本茶ではなく、紅茶を選択してるみたいで、士郎がみんなにお茶を注いで出している。

 こういう役はいつもシロの役目だから珍しい。

 そのわたしの視線に気付いたらしい士郎は、苦笑しながらこう言う。

「『たまには、オマエが淹れてみろ。これも修行だ』ってシロねえが言うからさ。シロねえほどまだ上手くいれられないけど、そんなにまずくはないはずだから」

「うん。そんなに緊張しなくても、大丈夫よ。士郎。あなたはこれからまだまだ伸びしろがあるんだからね」

 そういって笑うと、「うん、ありがとう、イリヤ」と子供みたいな顔をして笑って返す士郎。

 その顔が本当に幼くて、屈託がない。そんなところが可愛くて大好き。

 全員で席につく。

 今日の朝食は、フレンチトーストに、オニオンスープ、フルーツヨーグルトに、温野菜のサラダで、ドレッシングは上質のオリーブオイルをメインに使ったシロの手作りだ。

「いただきます」

 

 みんなで朝食を終えると、時間まではのんびりとくつろぐ。

 去年までは朝のこの時間に学校の課題を片付けていたのだけれど、卒業までカウントダウンに入ったこの時期になるとそれすらなくて結構手持ち沙汰でもあって、ちょっとだけつまらない。

 でも、こうやって和やかに過ごすのも、うん、わたしは結構好きかな。

 士郎も学校へいく準備が整ったみたい。

 だから、わたしは今日も士郎の手をとって、「いってきます」と声をかけて士郎と一緒に家を出る。

 中学生くらいになってきた頃から、士郎はわたしと手を繋いで学校に行くのは嫌がったけど、高校に入った頃には諦めてくれたみたい。今ではわたしの思うがままにさせている。

 わたしだって、士郎が本当に心から嫌がることはしたくない。

 だって、嫌われたくないもの。

 でも、士郎が嫌がってたのはただ単に照れてただけだってわかっていたから、遠慮なく続けた結果、士郎は今は苦笑して、やっぱり照れるけど、わたしと繋いだ手を振りほどいたりはしない。それが嬉しい。

 うんうん、弟はおねえちゃんのいうことを聞くものよねー。

 そのまま学校の門のところまで、手を繋ぎながら、他愛無い会話を続けて歩く。

 その間も、色んな人たちの視線がわたしたちに注がれているけど、あえて知らんふり。

 色々無自覚なシロと違って、わたしは、自分が目立つってことくらいちゃんと知ってる。

 いつの間にか「雪の妖精」とかいう通称とかつけられて、穂群原の2大アイドルとして扱われていることとか、沢山の男の子がわたしを好いて、そういう目で見ていることだって知ってる。

 ついでに、士郎がわたしの弟だってことで、そういう人たちに妬まれていることだってちゃんとわかってる。

 でも、だからこそわたしは尚更見せ付けるように、士郎とスキンシップを測るし、士郎以外の男なんて、寄せ付けてあげない。

(有象無象になんて興味ないわ)

 というのが本音。

 だけど、それを言ったらきっと士郎は哀しむと思うし、わたしは士郎以外の男の子なんて興味がないんだもの。仕方ないわ。

 諦めたらいいのよ。

 わたしは士郎が大好きだから、他の奴なんて興味ありませんって、理解したらいい。

 でも、高嶺の花だって遠くから見ることくらいなら許してあげてもいいわ。

 それがわたしの本心。

 あと、どんなにわたしが士郎が大事なのかわかったら、いつもわたしと一緒にいることをわかったら、早々士郎に手を出したりもしないだろうし、一緒にいるほうが士郎を危険から守れるから、だからこうやって士郎と一緒に行動するのはわたしにとっては凄く当たり前のこと。

 学年が違うから、ずっと一緒にいれるわけじゃないのが少し残念だけど、それくらいは妥協してあげる。

 そんなことを思いながら、わたしは笑って士郎にじゃれつく。こんな時間がいつまでも続けばいいな、と思っていたその時、第三者の声がそれを邪魔した。

「衛宮先輩、いつまでも衛宮にくっつくのはやめてもらいたい。ここがどこだかわかっているのでしょう?」

 ひくひくと、口元をひくつかせながらそう声をかけたのは、学校で女子の人気を二分していると噂の現生徒会長の柳桐一成だった。

「一成、おはよう」

 士郎は何事もなかったかのような調子で、目の前の眼鏡男子に声をかける。

「喝っ、おはようではないだろう。何故朝っぱらから、お前たちは手を繋いで歩いている!? ここは神聖な学び屋だぞ!」

「あー、でもイリヤだしなあ」

 苦笑しながらそう返す士郎、それにぷりぷりと怒りながら一成はくどい口調でこう続けた。

「大体! お前たちは姉弟だろう!? なのに何故、そのような甘やかな恋人がするような真似を……」

「ふふん、随分と絡んでくるのねー? 一成。さては羨ましい? 士郎を独り占めにしてるわたしがうらやましいんでしょ?」

「なっ!?」

 くすくすと、目を細めながら笑い、より一層ぎゅっと士郎の腕を抱きしめる。

 そのわたしの行動と言動を前に、うろたえ、顔を赤らめる生徒会長。

「昔っから、貴方士郎のこと大好きだもんねー? でも、あげないわよ。わたしのほうが士郎のこと大好きなんだから」

 そう、昔、はじめてお山に行って出会ったその時から、一成は士郎のことが好きみたいで、それがわたしにはちょっとおもしろくない。

 高校に入ってからは、学年も同じとなって、ほとんど校内で士郎と一緒に行動しているのはこの男だし、わたしからこの男に生徒会長の座がかわってからは、それを理由にかしょっちゅう士郎と行動しているところも、からかうと面白いことを差し引いても気に食わない。

 だから、ちょっとだけ意地悪しても許されるはず、とわたしは思う。

 そういう意味ではない、と本人に言われても、わたしはこの男が士郎に向けている好意はあっちのほうの意味じゃないのかって昔っから疑ってる。

 シロは例外としても、一成は大抵の女が苦手ときているから余計に、そう思える。

 だけど、一番この男の気に食わないところとして、士郎が無防備に一成に信頼をよせてて、わたしが思うような類の心配など欠片もしていないどころか、想像すらしていないところだ。

 だから……。

「こら、イリヤ」

「きゃ、いたっ」

 ぺちっと、額を士郎に小突かれた。

「全く、一成は真面目なんだから、からかっちゃ駄目だろ」

 という顔は、真剣で。本当にわたしが面白半分でただたんにからかっただけだ、なんて誤解をしている。

 可愛い弟に悪い虫がついてほしくないわたしの姉心なんて、ちっとも理解してくれないところがちょっと悲しい。

「うー、だってぇ」

 わたし、悪くないもん。

 と内心思いながらも、口にしたところで士郎は一成の味方をすることが目に見えてて、言葉にはせずに目線で抗議をする。

「あー、一成、悪かったな」

「む、衛宮、お前が謝ることはない。こほん、衛宮先輩、貴女はどうやら俺に対してなにやら壮大な思い違いをしているようだが……」

「別に思い違いとかじゃなくて、正確に事実を把握しているだけでしょ」

「喝っ、な、何を言うか!」

 そういって、顔を真っ赤にして怒鳴ってくる姿は面白いのだけど、士郎に味方されているあたりがやっぱり面白くない。まるでこれじゃあわたしが悪者みたいじゃない。

 ぷく、思わず頬を膨らませる。

「全く、衛宮やシロさんはあんなに立派なお方だというのに、何故貴女は……」

 ああ、嘆かわしい、なんていう姿が芝居がかってて胡散臭い。

「おあいにく様。同じ家で育っても性格なんて人それぞれよ。それにいいのかしら? 生徒会長? もう、予鈴がなるけど?」

 そうわたしが告げると、はっと、一成は目を見開いて、慌てた。

「そうだった。いくぞ、衛宮」

「じゃあ、イリヤ。また後でな」

「うん、じゃあ士郎。また後でね」

 そう言って、笑って別れて3年の教室に向かった。

 

 退屈な授業。

 そもそも、卒業までカウントダウンを迎えたこの時期は、3年で学校に来ている者自体が少数派で、特にうんざりする事実としては、わたしの教室に残った生徒の大半はわたし見たさに学校に通っている男子生徒が多数派だっていうことだ。

 はあ、思わずため息が出ちゃうわ。好奇心に満ちた目線が酷く鬱陶しい。

 この学校に入学して間もない頃を思い出す。

 次々に馬鹿みたいにわたしに告白を繰り返してきた男子生徒達。

 勿論、全員丁寧に断ったし、場合によっては再起不能になりそうなくらい口でやりこんで帰したこともある。

 勿論、悪い噂をそれで流されてはたまらないから、そんなことにならないようには気をつけたけど。中には、断られたことに逆上して襲い掛かってきたものもいるけど、あまりに面倒くさいから、そいつらはわたしの魔眼で「わたしに告白した」ということそのものをなかったことにした。

 魔術は秘匿するべきもの。

 魔術を実生活で多用するわけにはいかないけれど、逆をいえば、バレなければ何をしてもいいということでもある。まあ、暗示なんて初歩的魔術で、バレるなんてそんなヘマをわたしが犯すはずもなく、2年にあがって、士郎が入学して、わたしが士郎にべったりなことを見せ付けているうちに、そんな風に告白されたり、暗示で帰したりすることも減っていった。

 だけど……。

(人に告白する勇気もないくせに、鬱陶しいのよね)

 ちらちらと、わたしを見る視線が本当に鬱陶しい。

 告白したらしたで完膚無きまでにふるつもりではあるけれど、それはそれ、これはこれ。

 本当、目立つのって面倒だわ。

 いっそ、魔術でわたしに目線がこないようにしたいくらい。

 でも、今の学校には、冬木のセカンドオーナーである凛がいるし、駄目ね。

 もう一度ため息。ああ、早く授業が終わればいいのに。

 

 さて、お昼になった。

 3年はお昼で帰ってもいいけど、折角だから士郎と一緒にお弁当を食べたい。そう思って席を立ったとき、クラスの女の子達にこう話しかけられた。

「ねえ、衛宮さん」

「何?」

「わたし達とお昼一緒にしない?」

「え?」

 それは思ってもいない申し出で、少し吃驚した。

「ほら、もうすぐ卒業じゃない?」

「本当はね、前から声かけたかったんだけど、衛宮さんいつもすぐいなくなるし」

「弟さんとよく一緒にいるから声かけづらくって」

「一度でいいから一緒に食べたいなぁなんて思ってたんだ?」

 そんな風に思われていたなんて、と少し驚きつつも、そういえば興味ないからあんまり意識していなかったけど、前々からこの子たちにちらちらと好奇と羨望のような目で見られていた気はする。

「駄目、かな?」

 そういって、自信なさ気に見上げてくる顔がなんだか捨てられた子犬みたいで、くすりと思わず笑みを零す。

「いいわ。そうね。確かにもうすぐ卒業だし、今日くらいは付き合ってあげても、よろしくてよ?」

 と、ちょっと芝居がかったおどけ口調で返事を返していた。

 

 珍しくも、教室の片隅で、机を寄せながら、弁当を囲む。

 今日もわたしのお弁当はシロの特製だ。

 可愛らしい水色地に雪だるまが描かれた弁当袋に、撫子色の花模様が所々に描かれたコンパクトな弁当箱。その中身も華やかで、女子高生にふさわしい彩り豊かな中身だ。

「うわあ」

 まわりから感嘆の声が上がる。

 其れを聞いていると、我が事のようになんだかわたしは誇らしくなってくる。

「すっごく美味しそう……」

「綺麗」

「これ、もしかして、衛宮さんが作ったの?」

 好奇心と驚きの声。

 それを心地良く味わいながら、ふるふると、頭を横に振る。

「いいえ。わたしじゃないわ」

「んじゃあ、お母さん?」

「残念。お母様はとっくに亡くなってるわ」

 とくに気にしたわけでもなく、さらりと告げたけど、まわりにとっては別段わたしにとって気にするわけではないその事実は、聞き逃せない単語だったらしい。

「あ、ごめんなさい」

 なんてしょんぼりとしながら暗い声で告げられると、こっちが逆に困る。

「ちょっと、そんなに気にしないで。確かに軽率だったかもしれないけど、わたし、あなたたちにそんな顔させるつもりで言ったんじゃないわ。食事は楽しんでとるものよ、ほら、笑顔笑顔」

 殊更、明るくふるまって言うけど、他の子たちにはあまり効果がなかったらしい。

 だから、ふと、静かな声音で本音を告げた。

「確かにお母様は、10年前に死んだけど、それでもわたしは1人じゃないわ。わたしには大好きな家族もいるし、お母様は今もわたしの中にいるもの。だから、そんな顔をしないで。あなた達にそんな顔させているようじゃ、お母様に叱られちゃうわ」

 そういって、微笑むと、少しずつ彼女達の硬直もほどけてきたらしい。

「じゃあ、そのお弁当を作ったのって、おねえさんか何か?」

 とりあえず、一番活発そうな小柄な女生徒に問われて、「んー、そうね」と、顎に手をやりながら考える。

 シロは、わたしにとっては妹だけど、偽造した戸籍上は姉ってことになっている。

「衛宮さんって何人兄弟なの? ご家族は?」

「確か、2-Cの衛宮士郎君が弟さんなんだよね?」

「妹のような姉と、弟の士郎とわたしの3人よ。あ、おまけで1人父親がいたわ」

 まあ、本当は姉のような妹かなと思ってるんだけど。流石に家の外でまでシロを妹扱いするのは対外的に変なのはわかっているから、そこまでは言わない。

「あれ? ……もしかして、衛宮さんってお父さん嫌い?」

「だって、ぐうたらだし、人の気持ち全然考えないデリカシーのない男なのよ。全く、お母様はなんであんな男が好きになったのかしら」

 ついつい、愚痴をいってみる。

 でも本音だ。キリツグは本当に人の気持ちを考えない。

 というより、わかってない。

 自分の寿命がただでさえ短いのに、それを自分から削っていく愚か者。

 でも、わたしの父親で、うそつきで、本当にどうしようもない男なんだから。きっと、わたしは死ぬまで許してあげない。わたしの言葉の本当の意味に、気付くその日まで許したりしないんだから。だから、さっさと気付けばいいのに。

 でも、やっぱり最期までどうせ気付かないんだろうな、とそう思うから、わたしはきっとキリツグのことが嫌いなんだろう。

「わかるわかる。父親ってうざいよねー。この前もさー」

 わたしのそんな本心など気づくはずもなく、女生徒の1人が話にのって自分の父親のことに対する不満を零す。そうやって、自分達の家庭のことについてああだこうだ話して、それを肴に笑いながら弁当を口にした。

 同い年の子たちとこんな風に弁当を食べながら、家庭の不満をぶつけあう。

 それはわたしにとって今まで殆ど経験がしたことのないことだったけど、存外に楽しめた。

 

「衛宮さんの髪って綺麗ね」

 弁当箱を片付けている時に、そんな言葉をかけられる。

「それ、あたしも前から思ってた!」

「雪みたいだもんね。名前もそうだし、容姿もそうだし……やっぱり衛宮さんって本当は外国人なの?」

「……でも、弟さんどう見ても日本人よね」

 ぼそり、とそんな声が最後に告げられるけど、不思議に思われるのも無理はないから憶測でものを言われたところで、別に気にしない。

「母がドイツ系の貴族だったの。わたしは、ハーフだから、ちゃんと日本人の血もひいてるわ。でも、わたしお母様似だから、この髪もお母様譲りなのよ」

 と、当たり障りのない言葉をかえす。

「え!? 貴族ってマジで?」

「うっそー。どうりで、衛宮さんって妙に気品があると思った。はっはあ……」

「じゃあ、もしかして、駆け落ち!? 駆け落ち!?」

 妙に興奮した体で詰め寄る子たちに苦笑一つ。

「その辺りは家庭の事情ということで、軽々しく語れる内容じゃないわ」

 そういうと、残念そうな顔をしつつもそれ以上をつっこんでくることはなかった。

「そっかあ」

「あ、じゃあ、弟さんと似ていないのって実は腹違い……」

「し、ばか、あんた何言ってんのよ」

「うにゃうー、ごめんなさい」

 そうこうしているうちに午後の授業のベルがなった。3年はもう終わりだけど、2年である士郎は今から5時間目の授業だ。すっと、鞄を手にわたしは立ち上がる。

「じゃあね、今日は楽しかったわ」

「あ、衛宮さん」

 ちょっと名残おしそうな響きで名をよばれる。それに微笑みを浮かべながら、わたしは彼女達を見た。

「図書室にいるから、何か用があったらきたらいいわ。それじゃあね」

 そういって、今度こそわたしは、自分の教室を後にした。

 

 図書室でなんともなしに、読書に没頭していると、いつの間にか夕暮れに街は染まっていた。

 ぴっと、電子音。

 みれば、切嗣に念のためにともたされていた携帯にメールが1つ。

『悪い。一成と今一緒なんだけど、遅くなりそうだ。先に帰ってくれ』

 と、簡潔な内容が書かれている。

 士郎が携帯を学校にもってきているなんて珍しいこともあるなと思わなくもないけど、また一成と一緒だなんて、おもしろくない。

 だけど、困らせるのも嫌で、『わかったわ』と返信しちゃうあたりがわたしもつくづく士郎に甘いなあと思う。

 そういえばもう夕方ってことは、弓道部は終わりだろうか、と思ってひょっこりそちらに顔を出す。

「イリヤ先輩」

 ちょっと驚いた声でわたしの名を呼んだのは、中性的な美貌が印象的な弓道部の主将にして現部長の美綴綾子だ。

「こんばんは、綾子。もう練習は終わったのかしら?」

 彼女は1年の頃から、姉御肌で武芸百般といった感じで目立っていた生徒だった。

 わたしが生徒会長を務めていた去年も、1年の身でありながら、前部長と一緒に度々生徒会室にきたもので、その頃からの付き合いだ。

「ええ。ちょいと前に終わりました。見学に来るにはちょっと遅かったですね」

 苦笑しながら告げる声はさばさばしていて、好感がもてる。

「そう。桜いる?」

「ああ、間桐ですか? 今よんできますよ」

 いって彼女は、立派な造りの弓道場の中へと踵を返す。間も無く、急いで制服に着替えたといった風情の桜が、たたっと小走りで近寄ってきた。

「イリヤ先輩」

「もう、桜、そんなに急がなくてもいいのに。ほら、髪が跳ねているわ」

 そういって笑いながら、はねた髪を撫で付けると、桜は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして「すみません」と謝った。

「それで、どうしたんですか?」

「今日、貴女うちに来る日でしょ? 士郎は遅くなるようだし、たまには女2人で帰るのも悪くないかな、ってそう思って」

 そういって笑うと、桜もつられて薄っすら微笑む。

 それから、ちょっと気付いたような声で言った。

「士郎先輩、どうしたんですか?」

「また、一成に備品の修理頼まれたんだと思うわ。まったく、士郎もお人よしなんだから」

 そういって、ちょっと怒ったように肩を竦めると、桜はくすくすと小さく笑った。

「でも、先輩らしいです」

 うん、わたしもそんな士郎のことが大好きなんだと思う。

 と、心の中で賛同して、桜の手をひいて歩く。

「え、と、イリヤ先輩?」

 つかまれた手に戸惑うような桜の声。それに、尚更明るい声で「そういえば、弓道部では近頃どうなの?」と尋ねた。

「え? 弓道部ではですか?」

「士郎、最近あまり顔出してないみたいだけど?」

 そういうと、苦笑しながら、桜はちょっと声のトーンをおとしていった。

「あ、はい。そうですね。士郎先輩は出ても備品の整備とか弓の手入れとかばかりで……出るなら弓をひいたらいいのに、と美綴先輩が憤慨していました」

「そっか」

「はい」

 そんな他愛のない会話を続けながら帰宅の途についた。

 

 今日の夕食もいつも通りとても美味しかった。

 シロと桜の共同作業は年々息ぴったりになっていってる。

 今日は大河もいたから、煩さも一際目立ったけれど、シロと桜の料理の美味しさの前じゃ気にならなかった。

 ふう、とお風呂からあがって、髪の毛をドライヤーで乾かしながら一息をつく。

 士郎は桜を家まで送っていていないし、シロは片づけで忙しい。

 キリツグとの魔術の鍛錬時間までもう少し暇もあって、少しだけ退屈。特に見たい番組なんかもない。

 ふと、この前の蒼崎の検診を思い出す。

 本人そのものの人形をもつくれる稀代の人形師、魔法使いの姉である封印指定の魔術師。

 そんな偉大な人物ではあるけれど、彼女は魂のことに関しては専門外だ。今のわたしの肉体そのものは彼女の作品であるけれど、この身体に移るのは、キリツグとシロとわたしの3人の努力が必要だった。

 そして、それを実行した当時、一番の適任であろうわたしは幼く、シロもキリツグも専門家とはいえない状態で、そんな中、こうして無事に肉体を移れたのは一種の奇跡みたいなものだったんじゃないのかなと思う。

 まあ、成功したのは、元々わたしが純粋な人間ではなく、半分ホムンクルスで半分人間という、例外的な存在だったというのが、今にして思えば大きいのでしょうけど。

 でもだからこそ、年に一度ほどの頻度でわたしは蒼崎の検診を受けることになった。

 結果はオールグリーン。

 元の身体が秘めていたほどの莫大な魔力貯蔵量は今の身体に移ったときになくしたけれど、それでもわたしの魂は間違いなくこの肉体になじんでいた。

 それは喜ばしいことなのかもしれないけれど……ふと、今日の昼にクラスメイトに自らが言った言葉も思い出して、胸が少しだけ痛む。

『確かにお母様は、10年前に死んだけど、それでもわたしは1人じゃないわ。わたしには大好きな家族もいるし、お母様は今もわたしの中にいるもの』

 我ながら、よくそんなことが言えたものよ、とそう思う。

 お母様はもうわたしの中には居ない。

 今の身体に移る時になくした。

 わたしはもう……ホムンクルスのイリヤスフィール・フォン・アインツベルンじゃない。

 だからもう、お母様はいない。

 先代、先々代と続くユスティーツァ様に繋がる系譜。その器の記録。その繋がりは本来生まれ持った身体を亡くした時に捨てたものだ。

 だれがなんといおうと、自分が一番よくしっている。

 誰よりも強く理解している。

 わたしは、アインツベルンの裏切り者になったんだ。

 

「イリヤ、少しいいか?」

 そんな風に思考の波にのまれていたときに聞こえたハスキーな女の声に、はっとする。

「何? シロ」

 がらりと、襖を開けて、いまだ赤いエプロンをきたままのシロが顔を出す。

「悪いが、暫く君の魔術鍛錬は諦めてはもらえないだろうか?」

「どうしたの? シロ」

「君に頼みがある」

 そう言ってきた顔は真剣で、わたしは妹の願いをかなえるように、静かに微笑んで先を促した。

 

「わかったわ。やってみる」

「ああ、すまない」

 ぺこりと、頭を下げるシロ。

「もう、そんな水臭いことは言いっこなし」

 苦笑しながら、そのすっかり真っ白になった白髪を撫でた。

「シロ、はじめてわたしを頼ってくれたでしょ? わたし、嬉しいんだから。それに、どうせならおねえちゃんは、シロには謝られるよりも笑った顔のほうが見たいかな?」

 そういっておどけたように笑って見せると、ふと、目じりを僅かに和らげて、シロはほんのりと微笑みながら、「ありがとう、姉さん」と、今度はわたしの頭を撫でた。

「うん、シロは可愛くていい子ね」

 よしよしと、さらに頭を撫でると、シロは、褐色の肌にほんのり紅に染めながら「からかうのはよしてくれ」と言う。そんなところがさらに可愛いと思えて、益々上機嫌にわたしは笑う。

「私から、爺さんにはいっておくから。あとで、現物をもってくる」

「わかったわ。じゃあ、また、あとでね、シロ」

「ああ、またあとでな。イリヤ」

 

 そうして夜は明けていく。

 聖杯戦争がおこるまであと僅か。平凡な日常をそれまでわたしはきっと守ってみせる。

 そんなことを思いながら、シロから預かったそれに呪をかけ、月を見上げた。

 

 

 了

 

 

 




 第五次聖杯戦争編各サブタイトル集



【挿絵表示】


 第五次聖杯戦争編・序章

 00.と或る世界の魔法使いの話
 01.ロード・エルメロイ二世
 02.1月31日・接触
 03.アーチャー召喚
 04.崩落の足音
 05.目撃
 06.逃走、追撃戦
 07.発動
 08.認識の違いによる見解のすれ違い
 09.危機一髪
 10.交錯するピースの欠片達
 11.賑やかな日曜日
 12.戦端二つ
 13.レイリスフィール
 14.まどろみの中見た夢 
 15.影の産声
 16.造反


 第五次聖杯戦争編・中章

 17.影との接触
 18.懇願 
 19.餌
 20.2月5日
 21.負傷
 22.鮮血神殿
 23.イカロスは地に堕ちた
 24.そして姉妹は出会う
 25.間桐
 26.アインツベルンの森
 27.銃弾一つ
 28.拒絶
 29.皮肉なる最期
 30.黒き従者
 31.円蔵山
 32.嘲笑
 33.怪物の願い
 34.姉と妹
 35.ごめんね
 閑話・帰る場所


 第五次聖杯戦争編・終章

 36.ギルガメッシュ
 37.キャパシティオーバー
 38.彼女の選択
 39.憤怒
 40.理解無き終幕
 41.黄金の王
 42.生贄
 43.集結
 44.最後の夜
 45.さよなら
 46.無限の剣製
 47.終わりの再会
 エピローグ


【挿絵表示】

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