新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回の話は、DL販売する時に16ページ漫画として収録予定だった話の小説変換バージョンであり、にじファン時代未収録の書き下ろしSSとなっております。
大河の書き下ろしSSよりは小説に媒体変換するのは楽でしたが、それでも、やっぱり叶うなら今回の話は小説じゃなく漫画媒体でお見せしたかったなあ。
あ、因みに次回の話では久しぶりに舞弥さん登場するお。
side.衛宮士郎
今年の春、俺は穂群原学園へと入学を果たした。
先に1年早く入学を果たしていたイリヤは、入学式の日「これでまた2年間一緒だね、士郎」といって猫のように頬を摺り合わせ、凄く幸せそうな笑顔でもって抱きついてきたことは未だに記憶に新しい。
照れくさかったけど、本当に嬉しそうなイリヤの姿を見ていると、ああここに入学して良かったなってそう思った。
また、学園ではお隣さんであり、ほぼ半分ぐらいうちの家族の一員といっていいあの藤ねえの教師姿が見れるなど、俺にとっては新鮮なものが一杯で、有り体に言えば飽きない。
というか吃驚した。
まさかあの「だらしない姉代表」を絵に描いたような藤ねえが、学校ではあそこまできちんと先生をやっているとは思っていなかったからだ。
藤ねえに「衛宮くん」と呼ばれ生徒として扱われるのは、子供の頃から知っている相手な分慣れない。まあ、それを俺がガキなだけって言ったらそれまでなんだけどさ。でも、藤ねえ……公私とか分けられたんだな。
まあ、とはいっても他の先生方に比べると落ち着きもないし、部活顧問としてはだらしないあたりが凄く藤ねえなわけだけどさ、それでも生徒思いだし、明るくて相談しやすい良い先生だと思う。
あ、そうそう部活と言えば、中学時代からの友人である慎二に誘われて弓道部に入部したんだけど、そこでまたも藤ねえには吃驚させられた。
まさか、あの冬木の虎の異名を取る藤ねえが弓道部の顧問なんだもんなあ。
藤ねえなら剣道部のほうが合ってるだろうに、世の中って本当わからない。
それから、小学生の時に友人になった一成と同じクラスだったっていうのも嬉しかった点だ。
思えば一成とは小学校も別なら中学も別で、同じ学校に通うの自体これが初だもんなあ。学校でも一成と合えるとか照れくさいながらも嬉しいっちゃ嬉しい。
なんていうか、自分でいうのもなんだけど充実した日々を過ごしているなあ、とそう思う。
最近週2でバイトも初めたけど、周囲からの評判も悪くないし……いやまあシロねえには辛口評価されているんだけど、でも忙しいけど、なんていうか、結構……いや、凄く、毎日が愉しい。ひょっとして俺って凄く青春を謳歌しているのかもしれない。
そうして慌ただしく時が過ぎていって、もう7月だ。
ミンミンと煩いぐらいに耳に飛び込む蝉の声と、じっとりと伝う汗に夏の訪れを感じながら、教師としての藤ねえ……藤村先生の声へと耳を傾ける。
「はい、それじゃみんな、明日から夏休みだけど気を引き締めて……」
そうやって夏休みに関する注意事項を伝える藤ねえの声を聞き、頬杖を付きながらゆっくりと俺は意識を過去へと沈めていく。
(夏休み……か)
夏休みを迎える度、ふと思い出すことがある。
あれはそう、今から4年前の小学校6年生の夏休みの時の事。
* * *
「一成」
「士郎、今日は早いな」
「へへっ。一成のところで宿題もしてくるって言ったら、ならもう行っていいってさ。あ、そうだシロねえからお土産にお山のみんなで分けて食べてくれって水ようかんを渡されたんだけどどうする?」
「む、そうか。それは有り難い。シロさんの好意にはいつも痛み入る。とりあえず、傷まないように冷蔵庫に保管した後、俺のほうから住職へと言付けておこう」
それはその年の春の事。
家族旅行として俺達は柳桐寺での1泊2日のプチ旅行へと出かけた。
そこで仲良くなったのが、そこのお寺の息子であり、俺と同い年の少年、柳桐一成だった。
一成は見た目こそ秀麗な美少年だったが、同年代の子供に比べて発言内容が一々爺むさくかつ生真面目で、堅物過ぎてある意味不器用なそんな少年だった。
一成のそんなところが俺には面白くて同時に好ましいなと思ったし、寺では少ない同い年の子供ということもあって仲良くなるのは早かった。
そうやって一成と友達になったわけだけど、問題としてはなんだ、俺も一成も学校が違うってことなんだよな。
つまり休みの日に会いにいかないと会えないわけで。
だから、夏休みに入ってからは予定のない日、俺は毎日のようにこの新しく出来た同性の友人に会いにお寺へと足繁く遊びに通った。
一緒に宿題を片付けることもあれば、一成に勉強を見て貰うこともあったし、境内で子供らしく遊ぶ時もあれば、お寺の手伝いをして過ごすこともあったけど、どれをとっても充実した日々だったと思う。
そうして昼過ぎぐらいに来ては、日暮れ前に一成と寺の前で別れるのが常だった。
「じゃあな、士郎。気をつけて帰れよ」
「またな、一成」
そうやって一成の元へ遊びに通い始めるようになってから、1週間から10日ほどが経ったぐらいだったか、彼女に会ったのはそれぐらいの時期だった。
「ねえ、君。ちょっとお姉さんの話し相手になってくれない?」
それは凄く優しく穏やかな声で。
でも俺の知らない人だった。
不審者とは話しちゃいけない、関わっちゃいけないっっていうのは学校でも家でも口うるさく言われてきたことだ。だから、本当は関わっちゃいけなかったのかもしれない。
だけど、お寺の境内にある大きな木の下で出会ったその人は、顔こそ思い出せないけどイリヤと似通った雰囲気と色を持っていて、悪い人には見えなかったから……。
「私、ここから離れられなくてずっと退屈してたの。ね、お願い」
「いいですよ」
気付けば俺はそう答えていた。
「へぇ~、そっか。士郎くんっていうんだ。ご家族はお姉さん2人にお父さんが1人で4人家族なんだ」
そういって、俺の話を聞きながら本当に楽しそうにお姉さんは笑う。
顔はどうしてか思い出せないのに、それが嬉しくて、何故か俺もつられるように笑いながら、一生懸命饒舌とは言い難い口を開きながら言葉を告げ足していった。
「あ、はい。あ、でももう1人半分姉みたいな人もいて」
「あ、そうなんだ」
慣れない敬語で舌を噛みそうになる。
でも本当に嬉しそうにコロコロ表情を変えながらそうやって相槌を打つお姉さんが、とても楽しそうで、俺は一生懸命に言葉を続けた。
そして俺の言葉を聞きながら子供のように無邪気にはしゃいでいたお姉さんは、ふと静かな声音で言葉をぽつり。
「……楽しくやれてるのね。安心した」
そう呟いた。
「え?」
「シロー、シロウ-、どこー?」
「あ、イリヤ」
そうこうしているうちに辺りは夕陽が差し掛かっていたようで、俺を迎えに来たらしきイリヤの声を聞きながら俺はお姉さんへと向き直り、少しだけ罪悪感じみたものを感じながら彼女へと言葉を放った。
「あ、ごめんなさい。おねえさん、俺そろそろ帰らないと」
「士郎くんのお迎え?」
「うん、だから」
だからもうお別れしなきゃ。
そう俺が言う前におねえさんはふわり、と笑うと「士郎くん、またね」と綺麗な声で呟いた。
……一成と遊ぶ事に加え、彼女と帰りに会話を交わすのが習慣になったのはそれからだ。
その人は決まって、一成と別れた後、俺が1人になったタイミングで現れた。
その人は、なんだかとても不思議な人で、イマイチ現実感がなく、どうしてか顔を何度会っても思い出す事は出来なかったけれど、でも悪い人じゃない。それだけは妙に確信していたから彼女との時間を嫌だと感じたこともなく、寧ろ別れるのが惜しいとさえ感じたのが、我が事ながらなんだか不思議だった。
多分大人の女の人なんだとは思う。
けれど彼女はまるで子供みたいにはしゃぎながら、俺の話を、特に俺の家族の話を目を輝かせながらよく聞きたがった。
だから俺は照れくさいながらも彼女の願いを叶えるように、よく率先して今の家族の事について話した。
「親父はいつも笑って俺たちを見守ってるんだ。あとさ、上の姉は普段はしっかり者なのに、たまにヌケててちょっと心配になるんだよなあ。それと下の姉は雪の妖精みたいで凄く可愛いんだ」
「そうなんだ。士郎くんはみんなのことが本当、好きなのね」
そういってクスクスと笑う姿が凄く嬉しそうで、楽しそうで、俺としては気恥ずかしくてつい鼻の頭を掻きながら赤面して俯きつつ、それでもふと覚えた疑問を頭に浮かべて、質問を返す。
「俺にばっかり聞いてるけど、お姉さんの家族は?」
「え?」
それに、予想外のことを質問されたとばかりに、きょとんと目を見開いた姿が、ああやっぱりどことなくイリヤっぽいなあと思いながらも俺は言葉を反復した。
「だから、家族」
それに対し、髪の長いおねえさんは、んーと唇に人差し指を当てながら考えるような仕草を見せつつ、こう話した。
「そうね、優しくて頼もしくて繊細な旦那様と、可愛い可愛い娘が2人いるわ」
「え? お姉さん子供いるのか」
そのことに少し吃驚した。
確かに大人の女の人、とは思っていたけど、先日から度々見せていた無邪気な子供じみた表情や仕草とかもあって、まさか子持ちなほど年上には見えなかったからだ。
それに対しお姉さんは、しかし子持ちの母親らしい優しい笑みを湛えながらこう答えた。
「そうよ。自慢の子供達。あ、でも最近になって息子が1人増えたの。その子が良い子でとても嬉しい」
「ねえ、士郎、最近何かわたしたちに隠してない?」
ある日、家で告げられたそのイリヤの台詞に思わず、ドキッとする。
だけど、俺は誤魔化すように笑うと、イリヤの頭に手を伸ばし、綺麗な白銀の髪を梳くように撫でると、イリヤは少しだけ気持ちよさそうに目を細めて、少し照れたような顔をしながらもぎゅっと眉を寄せた。
「なんだよ、イリヤ。急に。ひょっとして一成と遊んでばかりいるから拗ねたのか」
「な、別に拗ねてないもん。シロウの意地悪」
そうやってすぐに頬をプクーと膨らませて抗議してくるところが、イリヤの可愛い所だと思う。
けれど、これぐらいではやっぱりイリヤは誤魔化されてはくれないらしい。
「そうじゃなくて……」
と、先ほどの続きを追求しようとイリヤがしたそのタイミングで、ひょこり、見慣れた長身が姿を現した。
「ああ、2人とも此処にいたのか」
そういって現れたシロねえの格好は、いつも通りの洒落っ気1つ無い黒の上下姿に赤いエプロンを付け加えたもので、褐色の指からは先ほどまで弄っていたのだろう野菜の香りが仄かに漂っている。この、洒落っ気1つないけど働き者の手が、俺は好きだった。
「もうすぐ昼食の時間だぞ。……どうかしたのか?」
どうやら俺とイリヤの間に漂う常とは違う空気を敏感に感じ取ったらしい。シロねえは少し幼く見える仕草で首を1つ傾げると、俺とイリヤを見比べながらそう訊ねてくる。
それに対し、俺はこれは逃げるチャンスだとばかりに即座に言葉を返す。
「なんでもない、シロねえ、手伝うことはあるか?」
「あ、士郎。もう、何かあったらちゃんとわたしかシロに言わないと駄目なんだからねー!」
そうやってプンプンと本気じゃないんだろうけど、怒ってみせるイリヤに対して心の中でごめんなさいを1つ。
だけど、何故だろう。
俺はあのお姉さんのことを誰にも言わずにいた。
夏休みも中盤を迎えたある日、いつも通り一成と別れた後会った彼女は「ねえ、士郎くん、それなあに?」と訊ねながら、最初キョトンとした顔で、次に興味津々ですというのを絵に描いたようなワクワクした子供みたいな顔をして、俺の手にもった品物へと目線を落とした。
「花火だよ、知らない?」
俺の手に握られているのは水の入ったバケツが1つと、お小遣いを叩いて購入した398円の花火セットが1つ。子供でも知らない人のほうが少ないそれを物珍しそうにマジマジと見ているお姉さんに、少しだけ意外に思いながら俺が訊ねると、彼女は「それは教えてもらってなかったから」とそう答えた。
……今更だけど、一体どういう家庭で育ったんだろう。やっぱ外国人なのかな。
「何、どうするの?」
と聞いてくる目は純粋な好奇心だけがうつっている。
それを見ていると、相手は年上の女の人とか忘れてなんだか微笑ましくなって、俺は用意していたマッチを擦って火を付け、花火に1つ火を灯した。
「これはこうやって火をつけて……」
「わぁ」
眼をキラキラと輝かせている彼女は、まるで俺よりも子供みたいで、なんだか、ああ持ってきて良かったなって、そう心底思った。
「興味深いわぁ」
そういって、飽きもせずに花火を見ながら、お姉さんは感心したように何度も頷いた。
「本当は夜のほうが綺麗だけど、それだともってこれないから」
流石に夜の外出は禁じられているため、こんな時間の花火になったけど、それを惜しいなとそう思う。
多分、多分彼女は本当に花火を見た事ないんだろうと思うから、どうせなら1番綺麗な状態の花火を叶うなら見せてあげたかった。
そう思っての俺の台詞を前に、お姉さんは嬉しそうな少し呆気にとられたような顔をしてこう呟いた。
「私のために?」
「迷惑だった?」
お節介だったかなと少し不安に駆られながらそう尋ね返すと、彼女はブンブンとややオーバーなくらいに首を振ると、喜びを全身で表現するように、手と手を前で絡めながら、嬉しそうな声で答えた。
「ううん、そんなことない」
凄く嬉しい。
そう呟く姿はやっぱり身近な少女によく似ていて。
もっと喜んでくれたらいいと、そう思った。
「じゃあ、これ、ほら」
そう言って、火の付いた線香花火を1つお姉さんに渡そうとすると、しかし彼女は首を横に振ってそれを受け取ろうとはしなかった。
「……お姉さん?」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」
そんなに嬉しそうに瞳を輝かせて喜んでいたのに、どうして受け取ってくれなかったのか、俺にはわからなくて困惑した。そんな俺に対し、本当に申し訳なさそうに彼女はこう言葉を続けた。
「ごめんね、士郎くん、私には受け取れないから」
「……なんで」
そう、震える声で答えながら、多分俺はその答えに気付いていたんだと思う。
「ねぇ、オウマガトキって知っている?」
お姉さんはどことなく神秘的な雰囲気を纏いながら、まるで人間じゃないような浮世離れした気配を漂わせながら、唄うような声でこう告げた。
「こんな時間帯を言うらしいんだけど。私が干渉を許されているのはこの時間帯だけだったから」
紅い。
夕陽に染まった大木の前で、彼女は切なげに木の枝へと指を重ね合わせ、そう告げるとくるり。俺に向き合い、本当に優しそうな声と表情でこう言葉を続けた。
「でもありがとう。短い間だけだけどとても楽しかったわ。……士郎が良い子で本当に良かった。お母さん安心しちゃった。だからもういいの」
「え」
そうしてそのお姉さんは……。
「士郎くん、切嗣たちをこれからもよろしくね」
その言葉を最後に、とびっきりの笑顔を見せたかと思うと、次の瞬間にはその場所から跡形もなく消えていた。
「……お姉さん?」
それが彼女と会った最後だった。
* * *
俺がそんな摩訶不思議な体験をしたのは、後にも先にもあの小学校6年の夏休みだけで、それ以降は何度寺に行こうと彼女と再び会う事はなかったし、そもそもお山でそんな女性がいるという話自体も聞いた事はない。
さり気なく一成に聞いても、やっぱり一成すらあのお姉さんの存在を知っている事は無かった。
彼女の前で俺が家族の名を口にしたことは一度もない。
だけど……。
「しーろーう」
彼女がどうして切嗣の名前を知っていたのか、その理由はきっととっくにわかってたんだと思う。
「一緒に帰ろ」
こうやって、今、俺に腕を絡めて笑うイリヤの姿は、一夏に出会った想い出の人ととてもよく似ていたから。
「そうだな、帰るか」
それでも、こうして夏休みが来る度、あの幻のような出会いを俺は思い出す。
一夏の想い出。
『切嗣たちをこれからもよろしくね』
了
おまけ、「力説アイリ様」