新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はちょっとした衛宮一家のプチ家族旅行(?)的な話になっています。
あと切嗣の方針に関わる話かな?

因みに次回の話は前回同様にじファン時代未収録の書き下ろしSSになります。


05.そうだ、お山に行こう

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 それは何気ないある日の午後の事。

「春休みなんてあっという間ね~」

 机に肘を付きながら、俺の隣でテレビを見ている小柄な白銀の髪の美少女……ひとつ年上の義姉のイリヤだ、がそんなことをぼやいた。

「とうとう、シロウと別の学校か~」

 軽い口調で言っているけど、その言葉には残念そうな響きがあった。

 今の日付は4月2日。

 あと数日で俺は小学校の最上級学年へ上がり、イリヤは近隣の中学校へと入学する。

 そう、来年からはイリヤは中学生で、俺は引き続き小学生。

 つまり同じ学校にまた通おうと思えば、あと1年またなければいけないことになる。それがイリヤには不服らしくて、春休みが始まる前からこの手の愚痴をよくこぼすようになった。

 要はイリヤは俺と一緒じゃないことが不満なんだ。それはちょっと嬉しいけど、恥ずかしくもある。

 有体にいえば照れ臭い。

 イリヤの名前や容姿からして、俺と「実の姉弟」だと素直に信じるやつはいなかったし、実際血は繋がっていないわけだけど、それでも俺たちは姉弟として上手くやっていると思う。

 先生には衛宮くんちのご姉弟はいつも仲良しね、といわれてきたけど、イリヤは凄く美人で天真爛漫で本当に可愛いから、よくやっかみも受けたし、「オマエなんかがイリヤ先輩の弟なわけない」なんてことを言われることも結構多かった。

 そして、そういう言葉を俺が他人から受ける度、誰よりも激怒して、俺と姉弟だということを全力で肯定してくくるのも、またイリヤだった。「シロウはわたしの弟なんだからね」とはイリヤの口癖だ。

 それを嬉しいと思う。俺もイリヤのことが大好きだ。

 だけど、小さい頃は俺とイリヤの仲が良い事を微笑ましく見られることが多くても、大きくなってくると、勝手もまた違ってくる。元々血は繋がっていないのもあり、俺とイリヤじゃ似ても似つかないからカップルだと間違われる事も多いし、いくら俺達の仲が良くても姉弟に見られる事はあまり無い。

 それに……イリヤの過剰なスキンシップには正直ドキドキしてしまうんだ。

 イリヤに好かれているのは嬉しいけど、こうやって別の学校になることを惜しまれるのも嬉しいけど、でも一旦距離を開けられるのは、お年頃といっていい俺にはありがたかったりもする。

 俺もいつまでも子供でいられないんだし。

 なんてことを考えながら、お茶を啜っていると、シロねえがひょっこり、お茶請けのマドレーヌを盆に載せて入ってきた。人数の中にシロねえの分や爺さんの分もあるのを見ると、どうやらシロねえもこれから休憩らしい。

 因みに当然、マドレーヌはシロねえの自作だ。

「随分と盛り上がっていたようだが、なんの話をしていたのだね?」

 そんなことを訊ねながら、シロねえもまた、イリヤの隣へと腰を降ろして茶を啜った。

 因みにマドレーヌは相変わらず凄く美味しい。

「あ、ねえ、シロ」

 ぱっと顔をあげて、イリヤはシロねえに視線をあわせ話を切り出す。

「お花見とか、温泉とかなんでもいいから、どこか今から行けない?」

 って、イリヤ、そんなこと考えてたのか。

 確かに桜は今が見頃かもしれないけど、そんな急に言って急に実現は難しい気がするぞ。

 ……と思ったんだけど。

「……別にかまわないが、中学校に入学する準備は全部終わったのか?」

 シロねえ的には出かけるの自体は良いのか。年中忙しいくせに。

「そんなの、とっくに終わってます」

 心外だわ、と言わんばかりのむくれ面でそう返答するイリヤ。

 そういうツーンとした顔をしていても可愛いのが美少女の特権なのかもしれない。

 そこへ、後ろからひょっこりと爺さんが現れて「ああ、それなら……」と、手元の紙を見ながら「お山に行こう」と、そう、言い出した。

 

 こうして、イリヤの思いつきを切欠に、俺は1泊2日のぷち家族旅行へと出かけることになった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

「それで、どういうつもりかね?」

 切嗣の部屋にて、向かい合わせに座りながら、私は子供達の居ない場で今回の突然の柳桐寺行きについて真意を尋ねる事にした。

 4月3日から4日の1泊2日で、既に住職とは話をつけているという。

 イリヤの思いつきが発端にしてはあまりに準備が良すぎる。

 衛宮切嗣(このひと)相手に、これで裏がないと思う方がおかしいだろう。

 しかしあくまでも切嗣は、隠居人めいた好々爺の顔と声でこう話した。

「まあ、お寺での生活もいい社会勉強になるんじゃないかと思ってね。それに、零観くんたちにも一度ご家族を連れて来ないかと誘われていたし、たまたまだよ」

「爺さん」

 じろりと、見据える。

「はぐらかすな」

 それに、切嗣(じいさん)はばつの悪そうな顔を一瞬浮かべると、ため息を一つついて、それから「うん、これは表向きの用事」とそう答えた。

「目的としては、大聖杯の状況の再確認がまず1つだね。流石にあれを破壊するほどの力となると、今は持っていないし、そうでなくても、不審な動きをやって魔術協会に目をつけられるわけにもいかない。まだ、今は、ね。まあ、それでも、色々と準備くらいは出来るだろうから」

 ……一体どこまでが本心なのだか。

 今更だ……そんなこと数年前に決めていたはずだ。

 あの日、話し合いで決めた事だ。次回の10年後の聖杯戦争に自分達は関わる。それまで力を蓄えていると。

 本当はあれを破壊しようとすれば、手段を選ばなければ方法はないわけではない。だが、それを……その手段を認めなかったのは他ならぬ切嗣だ。

 弱体化が進んでいた第四次聖杯戦争直後ならともかく、ある程度の力が戻った今の私の力を持ってすれば、現界魔力全てをつぎ込み、令呪のブーストを重ねれば……という前提がつくが、大聖杯の破壊も不可能ではないだろう。だが、私の消滅を切嗣は拒否した。だから、私からあれをどうにかするという選択肢は今のところはない。

 とはいえ、だからといって手段がないかといえばそうも言い切れず、切嗣(じいさん)があれを破壊するのならば、いつものように、魔術師らしからぬ手段で、金にものを言わせて爆薬でも仕掛ければ不可能ではないだろう。

 だが、そんな派手な手段を取れば当然目をつけられるのは自明の理だ。

 そもそも、御三家のうち二家が冬木の土地にあるわけで、聖杯戦争中のどさくさでもないのに、大聖杯の破壊なんてド派手な真似をすれば、私達を見逃すはずがないだろう。それに、聖杯戦争は最早御三家だけの行事ではないのだ。かかる追っ手の数は想像に難くない。

 まあ、それだけなら切嗣にとって問題ではないのだろうが、それでも問題なのは、私と士郎、そしてイリヤの存在だ。

 切嗣は魔術師殺しとしてもう死んだも同然の存在といっていい。全盛期の半分の実力も残っていないだろうし身体能力や生命力自体が衰えている。そんな状態で、大聖杯を破壊して、未だ幼い士郎やイリヤたちを守れるかといったら、絶望的としか答えようがないし、2人とてただの子供というわけでもない。

 2人には、とくにイリヤには単体で狙われる理由が充分にある。

 だからこそ、まずい。

 おまけに、私が受肉した英霊だなどということが協会の耳に入れば、モルモットとしてこぞって狙われよう。爺さんはそれを一番恐れているようにも見えた。

 そしてなにより、既に正義の味方という夢に折れたこの男は、この、穏やかな日常を守りたいと、そう思っているのだ。

 他にも今すぐ大聖杯の破壊に乗り出さない理由はいくつもあるわけだが、大まかな理由は上記が大きい。 

 

 故に、悲劇のシナリオに蓋をする。

 自分達がかかわるのは次回の聖杯戦争だと、脅威を前に蓋をする。

 そこに『悪』そのものの災いが眠っている事を知りながら。

 だが、それは果たして悪いことなのか。

 悪だと言い切れるのか。

 切嗣は夢を通して私が知っている第五次聖杯戦争の内容を知っている。

 私の歴史のイリヤや士郎の行く末を知っている。

 親として子を愛し、子供達に同じ悲劇を与えたくないと、慈しみ今は平和な日常を与えたいと、士郎に「自分は幸せになってはいけない」なんて考えをさせないようにさせたいと、その為の時間が欲しいのだと、そう思うことは罪なのか。

 自分が胸に抱いた「正義の味方(りそう)」を理由に愛するものを切り捨てて生きてきたこの人が、家族を守るために今、少ない余生を注ぎ込もうとしている事を、それを罪と言い切っていいものなのか。

 思考停止と試行錯誤の連続。それが第四次聖杯戦争が終わってから、今までのこの男の全てだ。

 そしてそれはそのまま私の全てでもある。

 なんといっても、本人が否定するし、私ももう口には出さないけれど、それでも私は本来サーヴァントで、この衛宮切嗣こそが今のマスターなのである。

 本当は、必要以上にこの世界に関わるべき存在ではないのだ。

 受肉していようと、本来私は死者で、この世界の存在ではないのだから。

 なら、マスターの意向に従うのが筋というものだろう? とは言っても、これは言い訳だ。

 それを言い訳にして、この、夢のような生活を享受している。それが私の現実だった。

 私ではない、私に決してならないだろう衛宮士郎と、天真爛漫なイリヤ、かつて憧れた父と同一の起源をもつ衛宮切嗣という男。本来なら交わらないだろう存在であるはずの私が、彼らに家族として受け入れられ、人間のフリをして生きている。

 本当はいつか(本当は今すぐにでも)切り捨てなければいけないことを知っておきながら、それでも此処にいる。

 この生活に、身も心もまるで麻痺していくかのようだ。

 そう、これは私を溶かす甘い毒薬なのだ。それにもう、膝まで漬かりきってしまっている。

(未熟だな、オレは)

 マスターの方針を言い訳に、この生活を一番終わらせたくないとか願ってしまっているのは、きっとオレのほうなんだろうよ。

「シロ……?」

 はっと、我に返る。爺さんは不思議そうな顔をして私を見ていた。

「いや、なんでもない。しかし、準備といっても、今更何をする気なのか詳しく話して貰いたいものだな」

「うん、ここ数年で地脈のあちこちに円蔵山へ流れ込むレイラインに瘤が発生するように仕組んでおいたんだけど、その仕上げと微調整というところかな」

 そこで、切嗣は、ふと自嘲気味な笑みを一瞬浮かべ、それからこう言葉を続けた。

「次の戦いで、万が一僕達がしくじった場合の……まあ、ただの保険なんだけどね」

 そういって乾いた笑みを浮かべる爺さんの表情は、まるでいつか鏡で見た自分の顔にそっくりで……。

「万が一なんて、ないさ」

 ぎゅっと、その痩せた手を掴んで、不敵な表情を作って見せて言った。

「私がついている。大丈夫だ」

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

(うう、足いた~い)

 長い石段を憂鬱な気分になりながらわたしは一段一段上がっていく。

 けれど、わたしの中に積もっていくのは不満ばかりで、思わずその原因になった男をジトリと睨みながら、控えめにため息を一つこぼした。

 全く、キリツグはわかっていないんだから。

 確かにみんなでどこかに行きたいと提案したのはわたしだけど、誰が好き好んで、こんな山の上のお寺なんかに行きたがると思うのかしら? こういう時は普通遊園地とか動物園とかに連れて行ってくれるものなんじゃないの? 本当ずれているんだから。

 そう内心でキリツグへの愚痴をこぼしていると、隣を歩くシロウに「大丈夫か?」と心配そうな顔で言われた。

 どうやらわたしの気持ちは顔に出ていたらしい。

 でも弟の前であんまりかっこ悪いところとか見せられないわよね。

「大丈夫よ、シロウ、こんなのなんでもないんだから」

 と、意気込んで返答したわたしだったが、痩せ我慢なのを見破られていたのか、呆れられたような言葉をかけられると同時に、私の体は褐色の腕に抱え上げられていた。

「だから、もう少し動きやすい靴をと言ったんだが……それは自業自得だぞ」

「だって、ここまでキツイなんて思わなかったんだもの」

 むぅ~と、拗ねながらじぃっと、私をお姫様抱っこで抱えた人物を見上げる。

 犯人であるシロは、仕方ないなと、まるっきり子供をあやすような顔をして、「じっとしていろ。上についたら、マメが出来ていないか診るから」とそんなことを言って、私を腕に抱きかかえたまま、なんでもないかのように残りの石段を上がっていく。

 当然、ふらついたりといったヘマをすることはない。

 それは当然なのかも知れないけど、完璧過ぎて少しだけ腹が立つ。

「私がお姉ちゃんなのに」

「年は今の私のほうが上だ。こういう時くらい素直に甘えててくれ、イリヤスフィール」

 ……なんでこういうときのシロはかっこいいのかな。

「シロねえすげえな……」

 と、後ろからシロウの感心したような声が響くけど、どことなく複雑そう。

 そうよね、シロウも男の子だもんね。ひょっとしてシロに妬いちゃってる?

 ふふ、本当に可愛いんだから、シロウは。

「みんなー、おっそいぞー! とくに士郎! あんた若いんだからもっとちゃっちゃと上ってきなさいよね」

 石段の上に仁王立ちした虎がなにかを叫んでいる。

「なんで、タイガがいるのかしらね」

 人の家族の団欒に飛び込んでくるとか、あまりの厚顔無恥っぷりにわたしは思わずため息を吐いた。

 ……楽しい思い出作れるかと思ったんだけどな。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

「よしっ」

 言われたとおりに廊下を拭いて、ぱんと、雑巾を絞って広げる。廊下は広くて、木の香りがして、掃除のし甲斐があり、なんとなく充実感のようなものを覚える。

 結構楽しい、かもしれない。

 とか思っている矢先に声をかけられる。

「随分と慣れているのだな」

「そうでもないぞ? 学校と自分の部屋くらいしか普段はしないし。シロねえに比べたら俺なんてまだまだだ。それに、同い年なんだろ、そんなに固くならなくてもいいぞ?」

 そうやって声をかけられた先に振り返れば、そこに立っていたのは、眼鏡をかけた秀麗な顔立ちの、先ほど大人達に紹介されたばかりの同い年の少年だった。

「む……これは習性のようなものだ。気にするな、衛宮」

「士郎でいいって」

 そんな同い年である筈の男子の反応に苦笑する。

 少年の名前は柳洞一成、この寺の息子らしい。

「二人とも、ここにいたか」

 そんな風に掃除の傍ら談笑をして過ごしていると、ひょこりと厨房に行っていた筈のシロねえが現れた。

「夕食の準備が整った。手を洗ってきたまえ」

 シロねえの今の格好は、家で普段つけている赤いエプロン姿じゃなくて、料理教室の時身につけている割烹着と三角巾姿だ。そこから、今日の夕食はシロねえが用意したんだとわかる。

「行こうぜ、一成」

 いつもと違うシチュエーション。新しく知り合った少年。爽やかな木々の香り。穏やかな午後の日差し。ただなんとなく嬉しくて、笑顔で少年の手をとって歩く。一成はそれに顔を赤らめてもごもごといっていたが、大人しくついてきた。

(? なんだ?)

 細かいことを考えるのはやめて、今日の夕食に思いを馳せた。

 

「ほう、これは凄い」

 出された料理を前に、寺のみんなが感動のため息をついている。

「たいしたものではありませんが、ささやかな一泊の礼です」

 にこりと、笑いながらそうシロねえがいう。

 机に並んでいるのは見事なまでの精進料理の数々だ。季節の山菜や大豆などの類がふんだんに使われており、肉っ気はゼロ。それにも関わらず、なんとも食欲をそそるこの香りや見た目といい、料理人の腕の凄さを見せ付けている。どれもこれもプロの料理人顔負けの品々ばかりだった。

「ご謙遜を」

 言いながら、一成の兄だっていう零観さんが苦笑する。

「うわあ……精進料理とかあまり美味しくなさそ~とか思ってたけど、シロさんが作るとこんなにおいしそうになるのね~」

 何故かついてきてた藤ねえも、ちゃっかり座って瞳を輝かせながらそんな言葉を言う。

「いただきます」

 その言葉と共に食事は始まった。

 その味は、見た目や匂いに恥じずに絶品で、精進料理ってこんなに美味しいのかと思わせるには十分な出来だった。

 そして皆が食事を終えたタイミングを計って、シロねえが各自に食後の茶を配っていく。イリヤも、シロねえのあとについていってるようだ。その様子がなんだかほほえましい。

 一成も恐縮しながら茶を受け取り「やや、かたじけない」と、やはり年齢に似合わない堅い口調で返答してずずっと茶を啜った。その様がやけに似合ってて、なんだかおかしかった。

「衛宮は、良い姉君をもたれたな」

 しみじみと一成はそう呟く。

「シロさんのようによく出来た婦人はそうはいまい」

 なんだか、時代劇かかっている言い回しだ。でも本人は真剣なんだよな。それがちょっとおかしくてほほえましい。思わず笑ってしまう。そんな俺の反応に気付いて一成は訝しげに首を傾げながら俺に訊ねる。

「む? 俺はおかしなことを言ったか?」

「いや、そんなことはない」

 はにかみながら俺は、「うん、シロねえは自慢の姉だよ」そう言ってもう一度笑った。

 

 用意された部屋に向かって歩いていると、聞き慣れない男の人の声が俺を呼び止めた。

「や、士郎君」

「零観さん」

 にこにこと陽気な顔をしたその人の名前は零観さん。一成の兄ちゃんだ。

 零観さんは豪快に笑いながら爽やかに、かつ感心したように俺にこう話しかけた。

「いやあ、君のお姉さんは凄いね。あんなよく出来た人はそうはいないよ」

「一成も同じこと言ってましたよ」

 使い慣れない敬語を意識して、苦笑しながらそんなことを言う。

 陽気な零観さんに、堅くて真面目な一成は一見正反対タイプに見えて、その実こういうこと言うところが似ていて、兄弟なんだなあって思う。

「おや? 一成が。はは、あの子は見てのとおりの子でね。人望はあるんだけど、友達は少なくて。よければこれからも一成と仲良くしてやってくれないかな?」

「はい。喜んで」

 実際、ここにきて、一成という友人が出来たことは俺にとって1番の収穫だ。俺には同性の友達というのは少ない。

 それはまあ、いつもイリヤといるからってのも大きいだろうし、イリヤの血の繋がらない弟ってことで、やっかみをむけられることも多いからかもしれないし、それでも俺はイリヤが好きだけど、こうやって同い年の男友達が出来るってのいうは、嬉しいものだなって思う。

「うん、良い笑顔だ」

 零観さんは陽だまりみたいな顔で、くしゃりと、俺の頭を撫でる。

 それがくすぐったくて、ちょっとだけ恥ずかしい。

「今日はどうだった? 初めてのお山はやはり大変だったかい?」

「そうですね。確かに慣れないことばかりでしたけど、楽しかったですよ」

「うん。君は若いんだ。色んな経験を積みなさい。でも、その楽しかったという心を忘れないようにな」

 そう言って零観さんは、もう一度くしゃりと俺の頭を撫でて去っていった。

 

 それから、時間が過ぎるのはあっという間だった。俺が風呂に入るのにイリヤが突撃してきたり。そのイリヤの行動に一成が慌てふためいたり、イリヤが一成をからかったり。夜、やっぱりイリヤが忍び込んできて一緒に寝て、次の日の朝、一成に驚かれたりとか。

 爺さんはただそれをにこにこと眺めていた。シロねえはみんなを見守りながら、それでもさり気なくみんなの手助けをしていた。

 そんな風にしているうちに帰る時間になった。

「じゃあ、士郎君もイリヤちゃんもまたおいでね」

 にこにこと零観さんが笑いながらそう言う。

「まあ、気がむいたら、またいってあげてもいいわ」

 まんざらでもない顔でイリヤが答える。

 一成は、じっと下を見て静かだった。思わず苦笑する。

「士郎?」

 不思議そうにシロねえが俺の顔を見る。

 俺は、すっと、一成にむかって右手を掲げて、「一成、またな」と言った。

 同い年の秀麗な顔立ちの少年は驚きながら顔をあげる。その後、照れ臭そうに「うむ。またな、士郎」そう言って俺の名前を呼んで、ハイタッチをして別れた。

 

 小学校六年に上がる年の春、俺に新しい友達が出来ました。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ、「父親なんて・・・・・」

 

 

【挿絵表示】

 

 


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