新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
多分話進めば実感出来ると思いますが、この話はギャグを連想させるタイトルとは裏腹にわりと普通にシリアスする流れですので悪しからず。
尚、矛盾解消の為、一部大まかに旧版「うっかり女エミヤさんの聖杯戦争」と設定が変わっているところもありますので、旧作のほうのファンのかたは赤い宝石の魔女のターンで来る大幅追加シーンなどもお楽しみいただけたらと思います。
昔から運には見放されているほうだとは思っていた。
けれどこれはないのではないか?
何故女になってしまう。何故
しかも、かなりの巨乳……いや、なんでもない。
余計な争いに巻き込まれたくないのならば、女性の体型の話はするものじゃない。
……今はそれがオレの体だっていうのが哀しいが。
しかし、生涯男として生き男として死んだというのに何故女になってしまったのか。
神よ、それほどオレが嫌いか。
アーチャーの能力を確認しよう
side.アイリスフィール
その日、私こと、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは愛しの旦那様の隣で始まりの時をまっていた。
そう、今日というこの日にアハトの大爺様が用意した聖遺物を使って、私の夫である衛宮切嗣は冬木の聖杯戦争に参加するためのサーヴァントを召喚する。
呼び出す英霊は
切嗣と大爺様の考えはまた異なるようだけれど、スポンサーの意向を汲まないわけにはいかないという理由の元、切嗣は今英霊召喚の準備を進めている。
「こんな単純な儀式で構わないの?」
英霊なんて規格外な存在を呼ぶためのものだというのにも関わらず、夫が水銀を用いて描いたその魔方陣はあまりに構造が単純で、思わずちょっと驚きつつも尋ねる。
「拍子抜けかもしれないけどね、サーヴァントの召喚には、それほど大がかりな降霊は必要ないんだ」
熱心に魔方陣を検分しながら、私の問いには真摯に答える切嗣。そこにはいつも通りの労りと私への優しさが隠すことなく見て取れる。
もう間もなく聖杯戦争は始まる。
待ち受けているのはたった一つの勝者の椅子を取り合う殺し合いで、他者を気遣う余裕なんて無くしてもおかしくないこんな時だというのに、夫はいつだって私を
その気遣いがとても嬉しい。この人のこういう側面に触れる度優しい人なのだと思う。この人が自分の旦那様で良かったと再確認するのはこういう時で。でも、だからこそ、この人が魔術師殺しと呼ばれ恐れられている男だということが、妻として9年間連れ添ってきた私にはイマイチピンと来ない。
切嗣は今まで卑怯とか卑劣と呼ばれるような戦い方で勝利を収めてきたのだという。きっと、サーヴァントを召喚しても尚、おそらくそういう英雄らしい英雄とは真逆の自分らしい戦いを続けるのだろうとそう思う。それが衛宮切嗣という人なのだから。
と、そんな理解者じみたことを思ってはみても、あくまで私が知っている魔術師殺しという男の恐ろしさなんて、初対面時の記憶を除けばまた聞きでしかない。
故に実感がないのだ。
夫がいくら恐ろしい男であると世間一般に貶されようが、夫の素顔はこっちだと私は信じているし、冷酷非道な暗殺者の素顔、それがわかっているから、どんなものを見ることになっても、切嗣のことは信じ続けることが出来るのだと確信している。
だから、不安があるとするならば、それはこれから。
だって、聖杯戦争は一人で戦うのではないのですもの。
身勝手な願いかも知れないけれど、出来るならこれから召喚されるサーヴァントも、私のように夫のそういう冷酷な仮面の裏側の優しさや、彼の掲げる理想を知って、理解し支えてくれたら嬉しいのだけれど。
そんな事をつらづら考える合間にも、夫の説明は続く。
「……実際にサーヴァントを招き寄せるのは術者ではなく聖杯だからね。僕はマスターとして、現れた英霊をこちら側の世界に繋ぎ止め、実体化できるだけの魔力を供給しさえすればいい」
そういうものなのか、と理解できぬままに私はなんとなく納得した。所詮門外漢の自分にはよくわからない話だし、わからないものについていつまでも悩んでいても仕方ない。
切嗣は一つ頷いて立ち上がると、聖堂の奥の祭壇に聖遺物である伝説の聖剣の鞘を置いた。鞘の名前はアヴァロン。持ち主の傷を癒し、老化を停滞させるという、剣以上に重要とされたアーサー王伝説の要。
大爺様が所望する英霊である、聖剣エクスカリバーの担い手であるアーサー・ペンドラゴンの聖遺物として、これ以上のものは存在しないだろう。
だから、これで招かれる英霊は最良と名高きセイバーのサーヴァントで、真名はアーサー王。そのことを疑う余地もない。そうこの時まで私も切嗣も信じて疑わなかった
「さあ、これで準備は完璧だ」
その筈……だったのだけれど。
なのに、どういう手違いでこんなことが起きたのか。
それは私にはわからない。
出てきたのは背の高い女性だった。
淡い褐色の肌に、銀髪である自慢の自分の髪よりも更に白い色をした、短くざっくばらんな白髪。顔立ちは凄く美人というわけではないけれど、それなりに整っており、よく見るとわりと童顔かつ中性的で可愛らしい顔をしている。ちょっと太めの上がり眉が女性ながらに凛々しさを演出しているかのよう。
年齢は20代半ばくらいだろうか。服装は黒い軽鎧に、紅くて上下に分かれた外套、黒くてベルトが沢山ついたズボンにブーツ。それらが露出は全くといっていいほど少ないにも関わらず彼女の体のラインをくっきりと浮かび上がらせている。
女性らしさの象徴のようなふくよかな胸に、きゅっと引き締まった印象のウエスト、肉質なヒップのライン。声はちょっとボーイッシュで、声変わり前の少年のようでもあり、発音や言葉遣いが其の印象を助長させている。その瞳は鋼色でどことなく鷹の目を思わせた。
どこからどうみても、ブリテンの王たるキングアーサーとは結びつかない。
なにより、彼女が放ったその発言内容。
一言で印象を述べるならば、‘異質’。
それは夫である切嗣からみても、自分から見ても見過ごして良いような内容ではなかった。
サーヴァントが出てきてまずはじめにやるのは、マスターとの契約の誓いであることは、ほとんど常識のようなものと言って差し支えがないはず。
なのに彼女が最初に放ったのは「なんでさ!?」という混乱に満ちた声だった。
サーヴァントとして呼び出されるのは英霊、つまり英雄と呼ばれた人々が死後に信仰を受けて精霊たちと同格まで霊格を押し上げられた存在の精巧に模された再現存在のはず。だというのに、これが仮にも英雄として奉られている存在が取る言動なのだろうか。
でも、そこまではまだよかった。問題はこの後。彼女はまだ名前を知らないはずの夫の名前を呼んだのだ。
「
おまけに私のことを「イリヤスフィール」と彼女は呼んだ。切嗣との愛娘であるイリヤスフィールのことを何故呼び出されたばかりの英霊が知っているというのだろう?
おまけにイリヤが成長することがないことまで知っている……いいえ、イリヤ自身に会ったことがありそれもかなり親交深い相手であったかのような反応だった。
それらの不可解なことの連続に夫の切嗣もぴりぴりしているのを隠しきれていない。
ただ、目の前の彼女は狼狽が酷すぎてそのことに気付いていないようだったけれど。すると突然何故か彼女は自分の胸をわしづかみにして、信じられないように、泣きそうな子供のような顔で、すがるように私達夫婦へと視線を移してくる。
そして更に奇怪なことを彼女は尋ねた。
「その、つかぬ事を尋ねるが……私は、もしかして女性になってしまっているのだろうか……?」
目の前の彼女は、着ているものといい、言葉遣いに振る舞いといい、髪型といい、確かにボーイッシュではあるけれど、その豊満なバストといい、丸みを帯びたボディラインといい、もしかしてもなにも、女以外の性別には見えそうもない。
「? 君はどこからどうみても女性だと思うけれど?」
見たままに切嗣もそう返す。このサーヴァント、頭おかしいんじゃないだろうな? なんて夫の心の声が聞こえてきそうな雰囲気だった。
(そう、サーヴァント、なのよね)
確かに、かの騎士王ではなさそうだけど、この魔力と圧倒的な気配は目の前の存在が人間ではないことを示している。だから、英霊のはずなのだけれど。
(なんだか、保護欲が沸くのはどうしてかしら?)
今までの様子が様子だったせいからかもしれないけれど、私には目の前の女性が小さな子供みたいに思えて仕方なかった。
まるでイリヤスフィールと相対しているような気分だ。
そんなことを思考していた時だった。
「は……はは……はは……」
その褐色肌の女性サーヴァントはそんな乾いた笑い声をあげると、ふっと卒倒した。
「え?」
夫と二人目を合わせて仰天する。まさか、サーヴァントがこんなやりとりで倒れるなんて誰が想像しただろう。
とはいっても、本来は睡眠を必要としないのが、魔力で構成された存在であるサーヴァントなわけで、五分もせずに目覚めると、再び私達夫婦の顔と自分の体を見回して、奈落の底に叩き落されたかのように彼女は落ち込んだ。
「お、おい?」
この予想外の展開の連続を前に流石に夫も焦っている。
彼女は「……体は剣で出来ている、体は剣で出来ている、体は剣で出来ている……」などとぶつぶつ何度か繰り返すと、漸く乾いた笑みを貼り付けたまま、それでもなんとか立ち直れたらしい自分の二本の足で立ち上がり、謝罪の言葉を述べた。
「ああ、その……マスターに心労をかけたようだ、すまない」
凄く居心地悪そうに視線を斜め下に落として彼女はそんな風に詫びの言葉をかけた。どうやら自分が挙動不審である自覚はあったらしい。そして次の瞬間、スイッチを入れ替えたかのように、彼女の身に纏う空気が変わった。
「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ、参上した。これより我が弓は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」
頭を垂れ、騎士の誓いそのままに、すっと清涼な声で告げられる祝詞。それはつい先ほどまでの困惑に彩られた迷子の子供のような彼女の姿とは180度違う、厳かで神聖な儀式の形だった。
「アーチャーだって?」
アーチャーの言葉を受けて、切嗣が眉根を寄せる。
でもまあ気持ちはよくわかる。
何故なら切嗣はアーサー王を呼ぶはずだったのだ。アーサー王ならばセイバーで呼ばれるはず。とはいえ、目の前の女性は最初からどうみてもアーサー王には見えなかったので、その疑惑を確信に変えられただけ、全くの無成果でもなかったけれど。
そんな私たちの疑問をわかっているというように、彼女は嘆息気味に言う。
「そのことについて言いたい事もあるのだろう。アーサー王を呼び出すはずが、私のようなどこの誰とも知れぬサーヴァントを呼んだのだ、無理もない。だが、それはすまないが後回しにしてもらえないだろうか? 私には先にどうしても確認しなければならないことがある」
そこまで言い切ると、彼女は今度は反転言いづらそうに、その薄めの唇を開く。
「……その、だな。マスターには、確かサーヴァントの能力を確認できる、ほら、力があるだろう?」
「ああ、それがどうかしたのかい?」
彼女の奇妙な質問に、なんでもないかのように、口元には笑みを浮かべてそう聞き返す切嗣。表面は穏やかだけど目は笑っていない。
彼の態度の裏側には相手の真意を探ろうとする色がある。でもアーチャーはそんな切嗣の態度に気づいていないかのように、恐縮しながら小声でぽつりと次のようなことを発言した。
「その……私のステータスを、教えてもらえないだろうか?」
「は?」
思わず素になって、切嗣が聞き返す。すると、そのアーチャーだという女性は頬を真っ赤に染めて「だから、私のステータスを教えて欲しいといったのだ」と言い返した。羞恥の極みにあるとでもいうかのような顔で、それが思いがけず可愛いかったものだから、ぷっと私は思わず噴出していた。
「ふふ、あはは」
「アイリ?」
夫が訝しそうに私を見ている。アーチャーは何故笑う? と言わんばかりの顔でこれまた私の顔を見ている。そんなよく似た態度の2人がおかしくて、更に笑いながら、私は思うがままの感想を述べた。
「貴女ってまるで、子供みたい。くすくす、可愛い」
ぱくぱくと口を開いては閉じ、絶句しながら益々顔を紅くしているアーチャーを見て、益々笑いが止まらなくなる。
「いいじゃない。切嗣。それくらい答えてあげても。この子は悪い子じゃないわ。ね?」
好意的にそう口にしてから彼女に駆け寄り、女性にしてはやや広めのその背中にぎゅっと抱きつくと、アーチャーはあわあわと赤い顔をしたまま慌てて「き、君は一体何を、その、えっとイリヤ……ではないはずだな」なんて、そんな言葉を言った。
最後のほうはごにょごにょと小さな声だった。おそらく正面にいる切嗣には聞こえてないはずだ。
「アイリスフィールよ。そこにいる
「そうか……君が……ああ、よろしく」
私への返答の最初の声は消え入るような声で、何かをかみ締めているようだった。よろしく、そう言って浮かべた彼女の笑顔は儚いくらい朧ろ気で、見る者にこのまま消えてしまうのではないかと、そんな錯覚を抱かせるような、そういう種類の笑顔だった。
だから、ぎゅっと私は益々強く彼女を抱きしめた。貴女にそんな顔をしてほしくないのだという、私の気持ちが伝わるように。
其の様子を見ていた切嗣は観念したようにため息を一つ吐くと、アーチャーのステータスについて説明し始めた。
サーヴァント・アーチャー
身長:174cm
体重:58kg
スリーサイズ:93/61/91
イメージカラー:赤
属性:中立・中庸
筋力D 俊敏C
魔力B 宝具??
耐久D 耐魔力D
幸運E 単独行動C
技能:千里眼(C)、魔術(C-)、真眼(B)うっかり(A)
「ん……?」
side.エミヤ
おかしいな、今、奇妙なスキル名が混じっていなかったか? なんというか、凛に似合いそうなスキルが。
「すまない、そのもう一度最後の部分を言ってくれないだろうか?」
つい、聞き間違いではないかと思い、そう尋ねる。
耐久と単独行動が凛のサーヴァントだった時よりも落ちているようだったが、元々サーヴァントの能力はマスターの能力にも左右されることを思えば、それは別段不思議でもなんでもなかった。しかし、今聞き捨てがならない単語が混じっていたような……。
「うっかりAだね」
さらっと、切嗣が告げる。
「がはっ」
精神的ダメージを前に膝をつく。
気のせいだろうと流したかったが、どうやら悪い予感は的中していたらしい。
確かに、召喚されてから私とは思えぬような種類のミスを連発するから変だなとは思っていたが、うっかりAってなんだ、うっかりAって。どこぞのうっかり魔女固有スキルか! 凛じゃあるまいし、何故オレがそんなものをもって召喚されるのだ。おかしいだろう。
(それともやはりこれは、彼女を裏切った呪いなのか?)
嗚呼、そうだな。サーヴァントにそんな呪いを付加するなどあり得ないと言いたいところだが、凛ならあり得る。昔っから遠坂はいつもそうだった。滅茶苦茶でデタラメなことさえ凛なら到達してしまえた。うっかりで致命傷なハプニングを起こすのなんて日常茶飯事だ。そして……いつも巻き添えになるのはオレだったな……。
やはりアカイアクマを敵にまわしてはいけなかったらしい。恐ろしい。もう既にこの身は凛のサーヴァントではないというのにこんな呪いを残すとは。
多分この世界にもまだ幼い凛はいるのだろう。おそらく、今回呼ばれたのは第四次聖杯戦争だ。切嗣に、イリヤの母親もいるのだ、間違いがない。この世界でもしも凛に会ったら、これ以上の呪いを振り掛けられないようにも気をつけよう。どうやら彼女は自分を真冬のテムズ川に叩き落しただけでは足りないらしいし。
そんなことを混乱した頭で考えていたが、ふと思い出したように、自分に抱きついている女性を見る。
大人か子供かの違いはあるけれど、目の前の女性はイリヤによく似ている。その雪の妖精のような雰囲気も、面差しも、無邪気なところさえ、そうだ。
そして、多分間違いなく彼女は此度の聖杯なのだろう。だからきっとどんな結末を迎えようと、この女性は……イリヤの母親であるアイリスフィールは、助かることはないのだろう。そう、思う。あの原初の光景、黒い太陽が焼き尽くした悪夢を起こした戦争の聖杯なのだから。
本当になんの因果なのだろうか。昔の自分に答えをもらって、召喚された先は
「さて、こちらは君の疑問に答えた。今度は僕の質問に答えてもらえるかな?」
その言葉にはっとする。切嗣は探るように私を見ていた。機械のような無表情。あれは、自分と一緒にいた頃にはついぞ見なかった、親父の魔術師としての顔だ。
「君は僕を知っているようだ。しかし、僕には生憎、英霊の知り合いなんてものはいない。おまけに娘の存在まで把握している。君の真名は? 君は……一体なんだい?」
きゅっと眉根を寄せた。ここまでポカを連続して出しておいて誤魔化せるなんて思ってはいない。いつの間にか私に腕を回していたアイリスフィールも、真剣な顔で私を見ている。
「貴女は、未来からきた英霊なんじゃないかしら?」
「アイリ、それは」
「有り得ないことではないわ。聖杯は過去未来現在から英霊を呼ぶんだから」
ごまかしは駄目よ? と言わんばかりにじっと紅い瞳が私の目を覗き込む。それに誤魔化せないと思った。いや、この曇り無き眼差しを前に、誤魔化したくないとそう思っただけなのかもしれない。
ああ、そうだな。ならばもう、降参の白旗を振るとしようか。
すっと口元が皮肉な笑みを描く。そして、気負うこともないまま、私は其れを告げた。
「ああ、その通りだ。私は並行世界の未来から来た英霊だ」
その私の宣言に、多分そうだろうとは思っていたのだろうが、改めて告げられることでその言葉の内容を実感したのだろう、二人共静かに息を飲む。
……もう、半分以上自棄なのだが、何構わないだろう。正体を明かすのが駄目だとしたらそもそもこの時代に私が召喚されるはずがないのだから。既に私の存在は‘世界’より切り離されている。パラドックスなど起こりよう筈もないのだから。
「私の真名はエミヤ。在りし日の名は衛宮士郎。並行世界の未来の、貴方の息子だよ、
どこか自嘲するように、ニヒルな笑みを口元に浮かべながら、私はそう2人に向かって言い放つ。
暫し、聖堂を物言わぬ沈黙が支配した。
NEXT?