新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
ところでお気づきかもしれませんが、衛宮親子は互いに互いの事を美化してて見ており、互いの『実像』とは向き合っていないように書いていますが、それは仕様です。
つか、結局、正義の味方を呪いと言い自分殺しを望んだアーチャーですけど、憎めるのは自分自身だけで切嗣のことは恨んじゃいねえだろうし、切嗣を恨めるような人間ならああはならなかったわけで、また切嗣もなんだかんだで情深いから、アーチャーの正体のこと最初っからわかっていたらそれはそれで普通には接っせないだろうわけで、だからどうあっても互いの事を美化して実像から目を外すのは避けられないと思うんだな。
side.遠坂時臣
「よりにもよって、酒盛りとはな……」
独り、自宅の地下工房に座したまま、私はライダーの奇行に幾度目かわからぬため息を吐いた。
『セイバーを放置しておいて構わぬのでしょうか』
通信機ごしに弟子の綺礼のやや硬い声が聞こえ、「仕方あるまい」と苦み走った声で私は返事を返す。
「あのセイバーに何を言ったところで無駄だろうからな……」
セイバーが私の言うことを聞かず、好き放題奔放に振る舞うのなど今更だ。正直に言えば彼女といるのは疲れるし、放っておいても簡単に討たれるサーヴァントではないので、基本的に好きにさせている。今回の件も元を正せば、それが原因で起きたようなものだ。
おまけに彼女の真名が故に、いくら味方とはいえ、もう1人の父にも等しき言峰神父にさえ彼女の正体を告げることは出来ない。つまりローマ帝国縁の聖遺物からあの人物が召喚されてしまった時点で、相談しようにもあのサーヴァントのことでは誰にも相談を持ちかける事は出来ないのだ。
何故なら暴君ネロとは、キリスト教徒にとっては悪魔にも等しき存在であるのだから。
……もっとも、あのセイバーがそのことを認識しているかと聞かれれば怪しいとしか言えないのだが。
まあ、起きてしまったことはしょうがない。元々は目当ての英霊の聖遺物を消失してしまった私が悪かったのだから、それぐらいのデメリットは甘んじて受けよう。それより大事なのは如何に失態を取り返し、やるべきことを為せるかということだ。一見無意味で不利でさえあるあのように見えるこんな状況でも、こっちのメリットとてないわけではないのだから。
そうそのメリットとは、ライダーがアインツベルンの森の結界を破壊してくれたおかげで、労せず、気配遮断のスキルを保ったまま、アサシンが城の内部まで侵入できるようになったということが、一つとしてあげられた。
そしてあの場にはなんとしても調べたいと思っていた対象が皆揃っている。
まず、此度のライダーであるイスカンダルと、そのマスターのウェイバー・ベルベット。未だ他のサーヴァントとも交戦せず手の内がしれない不気味な存在だ。
征服王イスカンダルといえば、その真名の有名さから考えても破格の英霊といえるだろう。もしも奴に『
そして、アーチャー。気配遮断を用いて誰にも気付かれなかったはずのアサシンの存在に気付き、あまつさえ他のサーヴァントの眼前でその姿を射抜き、アサシンが存命であることを周囲に知らしめた忌まわしい存在。能力値はさほど高くないが、この白髪褐色肌の女サーヴァントも、ライダー同様に交戦らしい交戦をしてはおらず、わかっているのは正確な射撃能力をもっているということと、剣らしき矢を使ったということくらいか。
おまけに、ここのところはずっとアインツベルンの城に閉じこもったままだから、余計に実際はどんな能力の持ち主か伺えない。なのに、頭が痛いことに、自身のサーヴァントであるセイバーは、アーチャーを自分のものにすると息巻いているのだから始末に終えなかった。
「……この辺りでひとつ、仕掛けてみる手もあるかもな。綺礼」
『成る程。異存はありません』
他のサーヴァントに対する情報収集は終わった。なら、ここでアサシンを使い潰しても大きな問題はないだろう。
『すべてのアサシンを現地に集合させるのに、おそらく十分ばかりかかるかと思われますが』
「良し。号令を発したまえ。大博打ではあるが、幸いにして我々が失うものはない」
side.エミヤ
ライダー主催の酒宴は緊張感を孕みながら進んでいった。それを私は他人事のようにこうして見ている。
大王と皇帝による王道問答、それがどうもこの宴の最大の目的だったらしい。全く、王どころか騎士ですらない私には関わりのない話題だといえる。
正直余所でやってくれとしか言えないのだが、そこを突っ込めば更に面倒なことになりそうな予感がしているのでそこまで口を出す気はない。どうせこの男の事だ、多分「城があると聞いたから来た」という返答も充分有り得ることだろう。それとも客観的な立場で見てくれる第三者が欲しかっただけか。
まあ、そんな思惑はどうでもいい。
セイバーとライダーがなにやら言い合っているが、興味はない。そもそも私のようなものが口を出すような問題でもなかろうよ。二人の言葉は平行線を描いて進んでいく。
「アイリ、疲れたなら君は下がっていたほうがいい」
私は、英霊同士の会話に口を挟む隙もなく、また口を挟むの躊躇していたのだろう、アイリと、イスカンダルのマスターである少年の前にそっと紅茶を置く。
「ええ、ありがとう、でも大丈夫よ、心配しないで」
アイリスフィールは気丈にそう言うが、神経をぴりぴりさせており、とくにセイバーを警戒しているのが丸わかりだ。無理をしていないといいのだが、無理をしていたとしても私が言ったところで聞いてくれたりはしないだろう。その己の推測に、ため息をひとつつく。
「なら、いいんだがね。それと、君はウェイバー君だったかな? 毒は入っていないから安心して飲むがいい」
そういうと、どこか少女染みた面差しの小柄な少年はじっと、胡散臭げに私の顔を凝視する。
「何、他意はないさ。それより、君も大変だな。サーヴァントがああも自由な男では君も苦労しているのではないか?」
「おーい、アーチャー! 何を他人事みたいな顔をしておる。おぬしはこっちに来んかっ」
セイバーとの議論に白熱していたライダーは、どうも私の不在に気付いたらしい。やれやれ、と重い腰をあげて二人の元へと戻る。気づけばセイバーがむぅ、と頬をふくらませて不満げに私を見ていた。
「そなた、何ゆえ抜け出したのだ。怒らんからいうてみよ」
ふんっと鼻をならしながら言われても、説得力がない。
まるでこれでは拗ねた子供の反応だな。そのことに苦笑を覚えながらも、私はいつも通りを装いながら答える。
「なに、王と王の会話に踏み入るのは不敬だと思ってね。私なりに気をつかったんだがな」
「そのような些事気にするでないわ。仮にもそなたは余が見込んだ者であるぞ?」
「全く、変なところで律儀な奴だのう。それで、結局聞けなんだが、アーチャー、おぬしの聖杯に対する望みは何か? おぬしは聖杯に何を求めておる?」
そういいながら私を見つめる赤い瞳にも、緑の瞳にも、私の真意を知ろうとする真剣な色があった。
征服王の言葉に数週間前のことを思い出す。私の聖杯に対する願いはなんだと、あの時私に尋ねたのは、私と道を違えたもう一人の私えみやしろうだったか。
まあ、別段黙っているようなことでもないだろう。本音をいったところで、私に損はない。
「聖杯に願うような望みなど、私はもってはおらんよ」
その言葉は硬質な声音を意識していたのに、自分でも驚くほど柔らかな語調になって付近に響いた。
「……は? 無い、と? 万能の願望器に対する望みがないとな?」
困惑する赤毛の大男とは対称的に、赤いドレスの少女はゆっくりと見定めるような目で私を眺めている。
「私には、叶えられない願いなどなかった。他の連中とは違う。私は望みを叶えて死に、英霊となった。故に叶えたい望みなどないし、人としてここに留まる事にも興味はない」
いつか衛宮士郎に自嘲気味に語ったそれと同じ内容を、あの時とは明らかに違う、穏やかで満ち足りたような声音で並べ立てる。その己の心境の変化に、少しだけくすぐったいような感覚が沸き上がった。
……そうだ。美しいからこそそれに憧れたのだ。
この手は取りこぼしてきたものばかりを見ていた。それでも確かに救えたものはあった。だから、私の人生は間違ってなどいなかったのだ。ならばもう悔やむ必要もない。私は私の人生を生き抜いたのだから。嗚呼そうだ……そうして思うのなら悪くない人生だった。
そんな単純なことに気付くのは遅すぎたのかもしれない。
それでも、答えはここにある。
そうだな。望みを叶えられずに死んだ英雄などそれこそごまんといるだろう。でも私は最期まで貫けたのだ。
黄金の夜明け、愛した少女との別れの風景、あれに恥じぬものは私の人生にもちゃんとあった。それに気づけなかったから、自己嫌悪と絶望の果てに自分殺しを望み、マスターすら裏切ってしまったけれど、それでも確かに救えたものはこの手にあったのだ。
なんだ、私は幸せ者じゃないか。後悔し、絶望しても、それを諌めるものがいた。私の行く末を気にかけてくれた少女がいた。もう一人の自分に答えももらった。そして思わぬ形だったが、自分を育て、理想をくれた、かつて憧れた人にまた会うことが出来た。
まあ、受肉して人として留まりたいというのが、望みだというイスカンダルライダーには、私の在り方自体が理解出来ないのかもしれないが、それでも、ああ、悪くないのだ。こうしてここにあることは。
「私は既に満たされている。これ以上は十分だ。しかし、まあ、この度の戦いにおける私の目的はといえば……」
言いながら、ふと、自分の口元が笑みの形を描いているのに気づいた。酔っているのか? 私は。サーヴァントだというのに。ああ、でもたまにはこういうのも悪くはないのかもしれない。
「マスターを守り抜き、家族の下へ無事帰すこと。それさえ果たせばそれでいいさ」
ふと顔を上げると、呆けたような目が私に集まるのがわかった。なんだ? 何故皆して私を見る?
はぁー、と大きな息を吐き出す音が聞こえる。発生源は赤毛の王様だ。
「おぬし、信じられんほど無欲じゃの。なんちゅうか、もっと、こう……」
大仰な身振り手振りを交えて、まだライダーは私に何か言い募ろうとしていたが、突如おきた周囲の異変が大王の言葉を遮った。
アイリもウェイバーも、それに気付き、アイリは私に、小柄な少年魔術師は己のサーヴァントの元に駆け寄る。
いつの間にか月明かりの照らす中庭に白い怪異が浮かんでいた。黒いローブに髑髏の仮面をかぶったそれ、間違いなくアサシン。それがぞろぞろと集団になって我ら5人を囲んでいる。
セイバーに倒されたはずなのに、倉庫街に現れたことから、当代のアサシンは複数いるのではないかと推測してはいたが、それがここにおいて確信へと変わった。ぞろぞろと現れたアサシンたちは、十、二十などという数では収まらない。
「……これは貴様の計らいか? セイバーよ」
憮然とした表情で、赤いドレスの少女に声を投げかけるライダー。それに少女は不機嫌そうなオーラを纏いながら、嫌そうに顔をしかめて言った。
「ふん、奏者の考えなど、余の知ったことではないわ。大体、余が暗殺をするのならもっと……ともかく、このような芸術性の欠片も無い、趣味の悪い影など、余にとっても不快だ」
心底そう思っているのだろう。ぷいっとそっぽをむいた剣使いの少女は、むくれた顔のまま、手近な料理に手をのばす。
その間も、周囲を囲む影の集団は数を増やしていく。
「む……無茶苦茶だッ!」
そう悲鳴をあげたのはライダーのマスターの少年だった。
「どういうことだよ!? 何でアサシンばっかり、次から次へと……だいたい、どんなサーヴァントでも一つのクラスに一体ぶんしか枠はないはずだろ!?」
「全くだ。これは一体どういう手品をつかったのかね? 是非とも教示してもらいたいものだな」
アイリスフィールより一歩前を陣取り、私は悠々と腕を組みながら、不敵に尋ねる。その間にも、頭の中で設計図を描く。群れをなすアサシンたちはそんな私の様子に気づいた風もなく、口々に忍び笑いをもらす。
「我らは群れにして個のサーヴァント。されど個にして群の影」
ああ、納得がいった。つまりはこのサーヴァントの宝具とは分裂に類するものか。アサシンたちを解析する。その能力は分散されている。魔力がサーヴァントとしては一体一体の値があまりに低すぎる。おそらく全部集めて初めて、並みのサーヴァントと同じだけの霊力量となるのだろう。
気配遮断のスキルを放棄してこうして姿を見せたということは、勝負に出るつもりなのだろう。英霊としてはいくら弱くなっていても、それでもアサシンは英霊なのだ。マスターであるあの少年やアイリスフィールには太刀打ち出来まい。
だが……くっと笑みが知らず漏れる。何、多対一の戦いには慣れている。見たところセイバーはあちらの陣営の人間だが、彼らに手を貸す気はなさそうだ。障害にはならんだろう。
設計図を描く。さあ、最強の自分を幻視しろ。
「……ラ、ライダー、なぁ、おい……」
ウェイバー・ベルベットは不安げに自分の従者に声をかけている。けれど、そんな主の動揺を余所に、ライダーはアサシンたちを睥睨したまま不動の如く居座っていた。
「こらこら坊主、そう狼狽えるでない。宴の客を遇する度量でも、王の器は問われるのだぞ」
こんな時まで全く、大きな男だ。その発言や態度を前に共にいるだけで毒気を抜かれそうになる。
「あれが客に見えるってのかぁ!?」
悲鳴をあげる小柄な少年ライダーのマスターの言葉には同意したいところだが、ライダーとて何か考えていそうだ。私は設計図を維持したまま、とりあえずライダーの動向を見守る。
「なぁ皆の衆、いい加減、その剣呑な鬼気を放ちまくるのは控えてくれんか? 見ての通り、連れが落ち着かなくて困る」
そのライダーの言葉に、赤いドレスの少女が、傲慢に笑いながら言う。
「あのような影まで宴に加えようとは、なんとも酔狂なものよな? 征服王?」
「おうおう、酔狂で結構だわい。王の言葉は万人に向けて発するもの。わざわざ傾聴しに来た者ならば、敵も味方もありはせぬ」
言いながらライダーは、樽のワインを私が投影した杯で汲み上げ、アサシンたちの前に掲げた。
「さぁ、遠慮はいらぬ。共に語ろうという者はここにきて杯を取れ。この酒は貴様らの血と共にある」
そのライダーの言葉を前にして、ひゅん、と風を切りながら短刀ダークが飛翔し、杯を射抜いた。射抜かれた杯は幻想を保てなくなり、軽快な音を立てながら霧散した。その有様に、ライダー以外の人間がぎょっと息を飲んだ。
ライダーはじっと、零れ落ちた酒を見ている。杯におきた怪異など気にも留めていない。彼にとっては、そのこぼれた酒と、アサシンたちの返答のほうが余程重大事であり、杯の変化については些事でしかなかったのだろう。
「余の言葉、聞き間違えたとは言わさんぞ?」
この明瞭な英霊には珍しいほどの、静かな声音だった。
「『この酒』は『貴様らの血』と言った筈……そうか。敢えて地べたにブチ撒けたいというならば、是非もない……」
その言葉を合図にして、熱砂が吹き込んだ。この場にあろう筈の無いそれが、大王の気の昂ぶりと共に渦巻き、荒ぶっていく。
「さて、貴様らには余が今ここで、真の王たる者の姿を見せ付けてやらねばなるまいて!」
最初の異変から、まさかとは思いつつも私はこの現象の正体を理解していた。だが、これは普通の魔術師ならば驚愕と共にある現象。これは、最も魔法に近いとされる魔術だ。
「そ、そんな……ッ!」
驚きの声はアイリと、ライダーのマスターの声。
「固有結界……ですって!?」
あり得ないものを見たといわんばかりのアイリの声を前に思わず苦笑する。ああ、アイリ、君は私の
照りつけるのは灼熱の太陽だ。晴れ渡る蒼穹の彼方、吹き荒れる砂塵に霞む地平線まで、視野を遮るものは何もない。見渡す限りの荒野。これが彼の高名な古の大王イスカンダルの心に秘めた世界。
「そんな馬鹿な……心象風景の具現化だなんて……あなた、魔術師でもないのに!?」
「もちろん違う。余一人で出来ることではないさ。これはかつて、我が軍勢が駈け抜けた大地。余と苦楽を共にした勇者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ」
「ふむ、中々面白い見世物ではないか」
赤いドレスの少女はいつもの不敵な微笑みを湛えたまま、そんな言葉で茶化す。だがそれでもこれがどれほどの大事なのか、理解出来ていないわけではないのだろう。
そうこのライダーの固有結界の世界、そこに放り込まれてから、世界の転換に伴い我ら全員の位置関係すら全てが覆されていた。
アサシンたちは揃って荒野の彼方に追いやられ、中央にライダー、私や他の者はライダーの後方に配置させられている。そして辺りに漂う蜃気楼のような影、それがどんどん色彩と厚みをもって正体を顕わにしていく。
「この世界、この景観をカタチにできるのは、これが我ら全員の心象であるからさ」
そうしてついに現れたのは無数の騎兵達。こうして眺めているだけでわかる。彼らは一人一人が一騎当千の伝説を持つ勇者達なのだと。
「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……」
皆の心を代弁するかのように、呆然と呟いたのはライダーのマスターであるウェイバー・ベルベットだった。
「見よ、我が無双の軍勢を!」
誇らしく、数多の騎兵達を従えながら、征服王の大音声がカリスマ性を放ちながら周辺へと響く。
「肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。彼らとの絆こそが我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具……『
結果をいうなら、アサシンたちは千を越えるだろう勇者達によって蹂躙され、痕跡すら残すことはなく消え去った。それがこの宴の幕切れ。
セイバーとライダーも帰還し静かになった城で、破壊の後を修復しながら、私はライダーが見せた固有結界のことを考えていた。
あれは、厄介だ。おそらくは、私の『
聖杯はおそらくこの世界でも汚染されている。私は召喚されてすぐに、召喚者である切嗣に対して、『あくまで私の知る歴史の話だ。並行世界であるこの世界も同じとは限らん』と、聖杯が汚染されているのは可能性の一つとしてしか提示していなかったが、今は確信をもって言える。やはりこの世界の聖杯も汚染されている、その可能性は十中八九間違いがないだろう。
一番の理由は、キャスターとそのマスターだ。快楽殺人鬼がマスターに選ばれるなど、無色の願望器なら考えられないことだろう。まあ、元からこの街の聖杯の成り立ちを考えるに、血に塗れた醜悪な玩具箱に過ぎないわけだが、それでも度が過ぎている。
とはいえ、現段階で私に出来ることなどない。聖杯が顕現するのは、サーヴァントが残り少なくなってからだし、今大聖杯を破壊したところで、アンリ・マユの呪いが漏れ出さないという保証は無い。
それに、大聖杯の正式な配置場所については、私は知らないのだ。アインツベルン陣営として参戦した切嗣は知っているのかも知れないが、この世界でも聖杯は汚染されているから、街に被害が出る前にアレを破壊したいと正直に告げたところで、許可が下りるかどうか。
実際に自分の目で見て汚染を確かめたのなら別だろうが、そうでないなら難しいところだろう。最悪、破壊したいから大聖杯の場所を教えてくれと言った私を、聖杯を破壊しようとする危険人物として令呪を使ってでも拘束してくる可能性も否定出来ない。そもそもとして、私は切嗣に信用されていないのだから。
なんだ、本当に問題だらけじゃないか。私は思わずため息をつく。
今夜のことについては、切嗣マスターにも連絡をつけてある。叱責を受けるのは覚悟の上……ではあるが、正直今の爺さんの気持ちは私にはわからない。どうにも避けられているようだし、信用されていないだけでなく、私を不必要なものとすら思っているように見える。全くどうしたものか。
叱責してくれたらいい。そのほうが余程私だって気が楽だ。
サーヴァントはマスターの道具、それを魔術師殺しといわれたあの男がわからないはずがないというのに。道具としてすら見てもらえないのなら、サーヴァントとしてこれほど辛いことがあるだろうか?
星空を見上げる。脱落したサーヴァントはまだ1人。
続く