新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回の話は閑話というわけで冬の城に取り残されたイリヤの話です。
好きなキャラではイリヤより好きなキャラも沢山いるのですが、イリヤはアーチャーとツートップで自分の中では救われて欲しい域のキャラというか、幸福であって欲しいと思ってしまうキャラなので、アニメUBWと原作桜ルートは堪えたなあ。
ふわふわと、雪が舞い降りる中、わたしはじぃっと空を見上げた。
ここからずっと遠く、ニホンという国にお母様とキリツグがいる。
はぁ、と息を吐き出す。それが白い輪になってふわふわと舞う。
寒いのは嫌いだ。でも、雪のように自分の髪は綺麗だと、母譲りの銀髪をいつもキリツグが褒めてくれるから雪は好き。
「まだかなあ……」
母と父とその従者が旅立ってまだ一週間も経っていない。
だけど、初めての独りは想像していたよりもずっと長く感じてちょっと苦しい。
大おじいさまや、他のホムンクルス達もここにはいるけれど、それでも彼らはわたしの『家族』じゃないもの。
出発する前、お母様はこれからずっとイリヤの傍にいるんだっていってた。でも、だけど肉体を失ったお母様はもうわたしを抱いてくれるわけでもないし、頭を撫でてくれるわけでもない、それが少し寂しくて哀しい。口にしたら困らせるから言わないけど。
そこで、ふと、自分の頭を優しく撫でる褐色の手の感触を思い出す。
アーチャー。
キリツグが呼び出したサーヴァント。
初めて会ったのに、何故か懐かしくて、ずっと前から知っているようなそんな気がする不思議な人。
自分の白銀の髪よりも白い、真っ白な髪に、鋼鉄みたいな色をしているのに優しく穏やかな瞳。傍にいるのは凄く心地よくて、一緒にいたのはたった数日だったけど、もっと昔から一緒にいたみたいな気がしていた。
アーチャーは優しい。優しい人は好き。わたしがねだると色んな不思議なお話を聞かせてくれて、おいしいお料理とホットミルクを作ってくれるアーチャー。穏やかで優しい目でわたしを見るのに、時々哀しそうな顔をするのがくやしくて、そういう時はわざとわがままに振る舞ってアーチャーを連れまわした。そうしたら、アーチャーは仕方ないなって顔をして、それでも嬉しそうに笑うからわたしもうれしくなって、二人で笑った。それを後ろから見守るお母様の視線が居心地良かった。
アーチャーは不思議な人。大人の女性なのに凄くあどけなくて、時々わたしより子供みたいに見える。
……というよりも、なんだろう? 知らないはずの男の子の姿に形がかぶる。彼女を見ていると、赤い髪の少年の姿を時々幻視する。それはアーチャーに対するよくわからないものの一つだ。
あと、もうひとつよくわからない事もあるのだけど、アーチャーはキリツグとどこか似ている。性格とか見た目とかそういうのは全然似てないと思うのに、不思議。なんでだろう。お母様もアーチャーとキリツグは似ていると感じているみたいだから気のせいじゃないと思う。
だからかな。アーチャーは本当の家族みたい。
ううん、本当の家族だと思ってる。アーチャーもそう思ってくれてたら嬉しいな。
「…………」
そっと、アーチャーとお別れしたときのことを思い出す。
アーチャーは言った。わたしの名前に誓うと。
『サーヴァント、アーチャーの名において誓う。約束しよう。イリヤ、君の父親は必ず君の元へ帰す』
それはまるで神聖な儀式のようだった。
アーチャーはまるで御伽噺の騎士のように、わたしに膝を折り、頭を垂れて、わたしの右手にそっと口付けながら、まるで詠うように、厳かに、硬質な声音で誓いの言葉を放った。悲痛なまでの決意を宿した口上。
アーチャーがキリツグを守ってわたしの元に帰すって言ってくれていることは嬉しい。だけど、そこに『アーチャー』のことは入ってなくて、それがたまらなく不愉快で、腹が立って、すごく悔しかった。
『アーチャーも戻ってきなさい』
だからわたしはその感情を隠そうともせずに口にした。そうしたらアーチャーったら、すごく吃驚した顔で目を見開くんだもの、失礼しちゃう。思わず怒りたくなったけど、その後アーチャーは、あんまりにも嬉しそうな顔で、今にも泣きそうな笑顔で微笑むものだから、わたしはその怒りも忘れて彼女に見惚れた。
『そうだな。イリヤ。……いってきます』
いってきます。それはまた帰ってくるということ。彼女が帰る場所はわたしのところなんだ。そう思うと今までの怒りとかどうでもよくなって、わたしもえがおで手を振って見送った。
『うん、行ってらっしゃい』
「早く帰ってこないかなあ」
キリツグは二週間くらいで帰ってくるって言ってた。独りでまつ二週間は長い。それでも、キリツグも、アーチャーも、わたしの元へ帰ってくるって、そう約束したから、わたしはずっといい子で二人をまつんだ。
帰ってきたら何をしようか?
やっぱり最初は怒ってもいいかな。「レディをこれだけ待たせたんだから、その罪は重くてよ?」とお母様の真似をして、指でびしっと二人をさしながら言ったらどんな顔をするだろう。
そして、いっぱいお話しよう。
キリツグとはまたクルミの冬芽探しで勝負をして、二人して体を冷やして城に戻ったところで、あったかいアーチャーのホットミルクを飲むの。
やりたいことはたくさんある。
いろんなことをしたいな。
そうして家族みんなで笑って過ごすの。
それはきっと、すごくあたたかい。
「早く帰ってきてね」
寒いのは嫌い、なんだから。
遠い、遠い、異国の空の下にいる両親と、紅い外套の女騎士を想って、イリヤスフィールは空をただじっと見つめていた。
了