気まぐれ短編集   作:Boukun0214

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episode2*君と僕の七日未満*
君と僕の七日未満:前編


この世界は残酷だ。

 

今、僕がこうしている間にも、たくさんの命が消えている。

そして、僕の命も、もしかしたら明日消える命の1つかもしれない。

 

いや、もしかしたら、次の瞬間、世界が終わるかもしれない。

 

 

なのに、この国の人々は、あまりにものんきで。

コンビニの店員は、「いつもありがとうございます」なんて言ってるけど、その"いつも"が、明日も続くだなんて限らないのに。

 

いや、こんなことを考えている僕も、随分とのんきな人の一人かもしれない。

 

本当に、明日終わるかもしれない人は、生き延びることで精一杯で、そんなことを考える余裕もないのだろう。

 

 

 

・・・そもそも、なぜ僕がこんなことを考えているかと言うと。

いや、理由にはならないのだが、進路のことで親と喧嘩して、それで、夜中にちょっと家出中。

 

 

もう、今年も残り1ヶ月を切った頃だから、結構冷え込む。

フラフラと歩きながら、僕は、いつもの場所を目指していた。

 

小さい頃から、嫌なことがあると、いつもそこでボーッとする、秘密の場所だ。

 

 

そこで、季節外れのアイスでも食べて。

一晩くらい、過ごそうかなって。

 

 

「あれ?」

 

 

いつもの場所、いつも訪れる古びた丘の上のベンチには、先客がいた。

これまで10年くらい、ここには誰も来なかったのに。

 

星の見えない夜空を眺める少女は、そこで、歌を口ずさんでいた。

 

 

「この黒色の 空には もう 星は見えない」

 

 

聴いたことない曲だ。

彼女が、考えたのだろうか。

 

 

「あのさ、ちょっと、隣、いいかな。」

 

 

つい、声をかけてしまった。

すると、少女は、驚いたように僕の方を向いて、

 

 

「え、ああ!い、いいですよ。」

「ん。ありがとう。」

 

 

僕は、彼女のとなりに座った。

ここに人がいるのが、ちょっと違和感があるけど。

 

 

「その、邪魔しちゃって、ごめんね。」

「あ、いえ。いいんです。。。えっと、ここには、よく来るんですか?」

「うん。小さい頃から、よく来てるんだ。人がいるのは珍しかったからさ。」

「そうなんですか。。。あ、お邪魔でしたら、私は・・・」

「いや、別に。邪魔なんかじゃないよ。君は、ここにはよく来るの?」

「いえ、今日、たまたまここを見つけて。」

 

 

そう言ったところで、彼女はハッとしたように

 

 

「あの、、、もしかして、聴いてました?さっきの・・・」

「うん。聴いてたよ。」

「ぅわあぁぁあああぁぁぁぁ!わ、忘れてください!」

「え?上手、だったけど。。。」

「は、恥ずかしいですから!」

 

 

本当に、さっきの歌は、僕は直感的に、好きだなと思った。

でも。この少女には、覚えられてると都合が悪いようだ。

 

 

「さっきのってさ、君が作ったの?」

「は、はい。まだまだ人に聴かせるようなものではないんですけどね。。。」

「じゃあさ。また明日、ここで聴かせてよ。その歌。」

「え、、、?」

「素直に、好きだなって思ったから。それじゃダメ?」

「・・・いいですけど。」

「約束、だね。」

 

 

彼女は、顔を紅くして、うつむいてしまった。

なんだか、そういう反応をされると、こっちまで気まずくなってしまう。

 

しばらくの間、僕らの間には、沈黙が流れていた。

 

 

「・・・あの!」

 

 

その沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

彼女の方を向くと、彼女と初めて眼が合った。

 

彼女の右目は、まるで、血を一杯吸った薔薇のような、濃厚で、鮮やかな紅い色をしていた。

 

 

「綺麗だね。」

「ふぇ!?な、なんですか、いきなり!」

 

 

僕がつい呟いたことに驚いたのか、彼女は、おかしな声をあげて立ち上がった。

 

 

「え?あ、いや、眼の色がさ。」

 

 

僕がそう言うと、彼女は、慌てて顔を隠し、

 

 

「み、見ないで!」

「え?」

「あぁ、コンタクト付けてないの忘れてたぁ。。。」

「あ、あの、」

「ご、ごめんなさい!ちょっとまっててください!」

 

 

すると、彼女は少し離れた場所で、鞄をあさって、なにやら何かを取り出した。

 

どうやら、コンタクトレンズを着けているようだ。

 

 

「その、さっきは、取り乱してしまって、ごめんなさい。。。」

「あ、いいんだ。僕も、悪かったみたいだし。。。ごめんね。その、見ちゃって。」

「いいんです。私が、勝手に騒いだだけなので。」

 

「あ、そういえばさ、さっき、何を言いかけたの?」

 

 

雰囲気が気まずくなりそうだったので、僕は話題を変えようとした。

 

 

「いえ、その。訊いたら失礼かもしれないんですが、どうして、こんな時間にここに来たんですか?私が言えたことじゃないんですけど、大分遅い時間ですよ?」

 

 

やっぱ、そのことか。。。

 

 

「あー、親と、喧嘩しちゃって、さ。」

 

 

そう言うと、彼女の表情が、少しだけ曇ったように見えた。

 

 

「そう、ですか。。。」

「いや、結構、理由はくだらないから!心配しないでね。ああ、君の方は?もし良かったら、教えてほしいな。」

「彩咲歌です。」

「え?」

「私の名前。アスカって名前です。」

「あ、僕は、透弥。よろしくね。アスカさん。」

「はい。よろしくおねがいします。トーヤ君。」

「その、さ、アスカさんも、家出?」

「はい。。。私も、そういう、感じです。」

「そっか。大変だね。お互い。」

 

 

同じ日に家出をして、同じ場所に来る、か。

なんだか、すごい偶然だ。

 

・・・あ。そうだ。

 

 

「季節外れだけどさ、アイス、食べる?」

「え、そんな、奢ってもらうのは・・・」

「いいからいいから。ハイ。バニラでいい?」

「あ、じゃあ、いただきます。」

 

 

彼女は、口では遠慮をしていたけれど、アイスをとても美味しそうに食べ始めた。

 

 

「好きなの?そのアイス。」

「あ、はい。でも、最近はあまり食べれてなくて。。。」

 

 

彼女は、ちょっと、悲しそうな顔をしてしまった。

 

 

「ふふっ。」

「ど、どうしたんですか?」

「いや、面白いなって。」

 

 

彼女は、はじめは一人で歌っていて、それで、次は驚いて、恥ずかしそうな顔をして、顔を紅くして、拒絶されたときは驚いたけど、今は、横で不思議そうな顔をして首をかしげてる。

 

 

「表情が豊かでさ。」

「・・・そうでしょうか?」

「うん。」

「あ、そういえば。トーヤ君が食べているのは、なに味ですか?」

「えっと、僕のも、バニラ。好きなんだ。バニラ味。」

「定番ですよね。」

 

 

そのあとは、二人で当たり障りのない話をして。しばらく話し込んでいたら、随分と眠気が来てしまった。

 

 

「ふあぁ。。。」

「あ、そろそろ、帰らないとですかね。」

「そうだね。それじゃあ。さよなら。」

「また明日、ここで会いましょうね!」

「うん。・・・世界が、明日も続いてたらね。」

「?」

 

 

手を振る少女を、アスカさんの姿が見えなくなったところで、僕は、ベンチに寝転がった。

 

そのまま、夜中なのに、雲が漂うのがわかる空を見上げて、瞼を閉じた。

 

 

 

彼女も、"明日"が"いつも通り"来ると思っている人なのだろうか?

まあ、大抵、そうなんだろうな。

 

ーーなんて、ふざけたことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、目を覚ました。

最も、今日は土曜日だから、学校はないし、家に帰る気もさらさら無い。

 

もう、決められたレールに添って走るのは御免だ。

うんざりしたんだ。

それを強要する親父にも、それを素晴らしいとする世間にも。

 

昨日、アスカさんに言った言葉は、こういう思いから出てきたものだ。

朝起きたら、何もかもが消えてなくなって。

世界が終わってしまえばいい。

 

そんな、荒んだ心境から。

 

 

「クシュッうぅ。」

 

 

この季節にもなると、随分と冷え込む。

風邪を引いてしまいそうだ。

 

まあ、家に帰りたくないから、こんなところにいるせいでもあるんだけどさ。

 

 

この丘からは、この街が、いや、それよりももっと広いところが見える。

僕は、中心から回りを見渡すよりも、端っこから全部を見通す方が、この場所を知った気になれる。

 

そんなこと言っても、僕は、自分が育った街を、この街のことをあまり知らない。

 

当然、総てを知るなんて不可能だってことは解りきってる。

それでも、これまで10何年も過ごしてきた街のことを知らないのは、少し残念だなと思う。

 

 

「そういえば。アスカさんは、どの家にすんでるんだろう。」

 

 

さっきも言ったようにここからはこの街全体よくが見える。

昔は、ここから友達の家を探したりしたものだ。

 

あの、煉瓦の家だろうか?それとも、コンクリートを打ちっぱなしのちょっと洒落た家?

もしかしたら案外、近所にある青い屋根の家かもしれないし、遠くにある、瓦屋根の和風な家かもしれない。

 

いや、あそこは和樹の家だったかな。

 

まあ、想像するのはタダだし、形にさえ残さなければ誰の迷惑にもならない。

 

昔からここで、色々なことを考えてきた。

真剣な悩みからくだらない戯言まで。

ここは、一人でいるにはちょうど良すぎる場所だから。

 

僕と言う人間は、このベンチの上で形成されたといっても過言ではない。

 

 

それほど、ここは僕にとって重要な場所だ。

 

 

「寝よ・・・」

 

 

ベンチに寝転がり、瞼を閉じる。

すると、さっき起きたばかりなのに、直ぐに意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・トーヤ君?起きてくださーい。」

 

 

「んぅ。。。うわっ!」

 

 

起こされて、寝ぼけたまま寝返りをうとうとしたらしい僕は、ベンチから落っこちた。

 

 

「・・・イテテ。」

「大丈夫ですか?」

「うん。だ、ダイジョウブ。」

 

 

アスカさんに引っ張ってもらって起き上がる。

いつのまにか、夕方になっていたらしい。

 

 

「あの、もしかして、昨日、家に帰って・・・」

「ああ。うん。帰ってないよ。帰るとしても明日かな。」

「それ、大丈夫なんですか?ご両親とか、心配してませんか?」

 

 

彼女は、心配そうに、僕のとなりに座った。

 

 

 

「・・・まあ、心配はするだろうね。自分の立場の。」

 

 

僕の口からは、自然と、そんな言葉がこぼれ落ちた。

 

 

「え?」

 

 

彼女は、驚いたような顔をした。

それには構わず、僕は続けた。

 

 

「そういう人なんだよ。あの男は。大切なのは僕じゃなくて、『出来の良い跡継ぎ』。今まで、僕のことを一人の人間として見たことなんてあったのか。」

「そんな、流石に、そこまで言わなくても。。。」

「言われるようなことをしてるんだ。僕が生まれて、ある程度一人で行動できるようになったら、母さんと離婚した。何でだと思う?」

「・・・折り合いが、悪くなったから、とかじゃないんですか?」

 

「僕もそう思ってたんだけどね。母さんと話してるのを見たんだ。『もう子供を産んだ女は用済みだ。養う義理はない。』だってさ。」

「・・・・・・」

「信じられないよね。女の人を、自分の妻を自らの遺伝子を残すためにしか考えてない。きっと、僕のことも、将来自分の病院を継いで、資産を守るためのものぐらいにしか思ってないんだ。」

「そう、ですか。」

 

 

彼女の反応を見て、僕は、ようやく我に還った。

 

 

 

「あ、ごめんね。愚痴っちゃって。。。この話は、忘れて。あんまり、気持ちいい話じゃ、ないからさ。」

 

 

話しすぎた。

気分、悪くしちゃったかな。

でも、この話は、本当のことだ。怒りを通り越して呆れた。

 

 

「そうだ。歌、昨日の続き、聴かせてよ。約束した、よね?」

 

 

空気が重くなったので、僕は話題を変えようとした。

しかし、彼女は、歌を聴かせてはくれなかった。

 

 

「あの、私の話も、聞いてくれませんか?」

 

 

僕の方を、真っ直ぐと向いて。

とても真剣な眼が、僕の目と合った。

 

その瞳は、昨日とは違い、両目が黒だった。

 

 

「わかった。アスカさんの話って、何?」

 

 

そう言うと、彼女は、大きく息を吸って、振り絞るように、話始めた。

 

 

「・・・私、病気なんです。少しずつ、身体の色が消えていく。それで、それと同時に、だんだん身体の機能が死んでいく。そんな、他に例が無い。」

 

 

彼女は、とても真剣な声で、ゆっくりと話続ける。

 

 

「ほんとうは、入院してるんですけれど、私は、脱け出してきたんです。毎日、ほんの少しずつ、身体が動かしにくくなっているのがわかるんです。この髪の毛も、ホントは、染めてて。」

 

 

彼女は、震える声で、それでも、話続ける。

 

 

「昨日、見ましたよね。私の右目。赤いのは、色素が薄くなっているからなんです。肌も、色が白くなって来てますし。」

 

 

カラーコンタクトを外して、僕の方をまた見る。

僕は、自分の身の上話をしたことを、その眼に見据えられて、酷く後悔した。

 

 

「このまま行けば、きっと、目も見えなくなって、耳も聞こえなくなって。寝たきりになるけど、意識だけはあって・・・。」

 

 

彼女は、泣きそうな声で、僕に訴えかけるように続ける。

 

 

「そんなの、そんなの、死んでるのと一緒じゃないですか!今の日本じゃ、安楽死も認められてないし、そんな、何もかもが感じられない真っ暗な世界で過ごすなんて、絶対に嫌だ!でも、でも、日に日に身体の自由は効かなくなって、確実に、その日は近付いているのがわかってきて。。。」

 

 

溜め込んで、溜め込んで、どうしようもなくなった感情を吐き出すかのように、彼女は僕に言葉をぶつける。

出会ってまだ、2日も経っていない僕に。

 

 

「私、どうしたら良いんですか!?なんで、なんで私なんですか!?私、何か悪いことでもした!?昨日食べたアイスの味も、いつか、わからなくなって、ただ時間が過ぎていくのを待って、自分がどういうことになっているのかもわからなくなって!」

 

 

彼女は、僕を縋るように黒と紅い眼で見つめて、泣きながら、壊れたように、

 

 

「嫌だ、嫌だよ。助けてよ。。。怖いよ。。。もっと、遊びたいよ。もっと、友達とおしゃべりしたいよ。もっと、美味しいものを食べたいよ。大学にも行きたいし、仕事をして、結婚もして、家族も作りたい。」

 

 

そして、僕の胸に顔を埋めて、叩きつけるように、総てを呪うように、自分の運命を、僕の軽率さを、世界の残酷さを、責め立てるように。

 

 

耐えていられなくなり、口を開こうとした。

 

 

「っ・・・。」

 

 

しかし、僕の口からは、声は出なかった。

いや、出せなかった。

僕は、何を言えるんだろうか。昨日の夜に初めて会ったなんて、ほとんど他人だろうに。

 

 

何を言っても、安くさい言葉になりそうで、綺麗事になりそうで、怖かった。

 

 

きっと、彼女の昨日の様子を見る限り、弱音は、吐いたりしないような人なんだと思う。

毎日を明るく取り繕って、泣き出したいのを大袈裟な感情で覆い隠し、不安に身体の中から潰されそうになって。

 

 

「・・・もう、いいよ。」

 

 

やっと、絞り出せた声は、とても掠れて、とても弱々しくて。

アスカさんの嗚咽に掻き消されてしまった。

 

 

今までは、軽く思っていたのだが、今は、とても強く、これ以上ないくらいに強く願った。

 

 

 

 

 

「こんな世界、こんなにも残酷な世界は、終わってしまえばいい。」

 

 

僕にすら割り振られた"平等"が、"いつも"が、彼女には与えられなかったことに、僕は、絶望した。


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