気まぐれ短編集   作:Boukun0214

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心のピース:後編

きっと、なにかが割れる音は心が割れる音だろう。

きっと、痛いのは俺から心が離れていくからだろう。

 

 

そう気がついたときには、もう手遅れだった。

このときの記憶はもう曖昧だ。

関心がないどころか、その"関心"そのものを持っていないのだから。

 

もちろん、突然こんな状態になったわけではない。

少しずつ、自覚症状もあったし、なにより、『純情』が警告を何度もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、あの日屋上で純情を追い払ってからはほとんど学校に出席しなくなっていた。

俺が純情に吐き捨てた言葉は、とても理不尽な癒優への感情。

純情が俺に語りかけた言葉は、心の底で気がついていた現実。

 

いつもと同じ時間に出て、そして学校へは行かず昼間の公園でただただ時間を浪費する。

 

こんなことなら、いっそ、虚無感なんて無ければ良いのに。

胸にぽっかりと穴が開いた。という表現がよくあるが、正にその通りだった。心にあった物がない。

 

だんだんと、自分が自分でなくなるような、そんな漠然とした不安を感じた。

 

 

不安。

 

こいつは、まだ俺の中から出ていってないみたいだ。

 

そういえばだけど、あと何日くらいなら休んでも平気だろうか。

さすがにサボりで留年するのは不味いだろう。なんで不味いかは忘れた。めんどくさい。

 

胸にぽっかりと空いた穴は、容赦なく俺の体温を下げる。

夏なのに、身体が熱いのに寒い。

 

 

ピシッ

 

 

いつも突然、この痛みは来る。

 

「・・・・・・・・・っ」

 

あ、やばい。

 

身体を、支えられない。

 

重力に、逆らえない。

 

 

「仁!?」

 

なにか、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

顔を上げられないから、表情までは見えなかった。

 

 

なんだよ。

タイミング良すぎか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ、また一人でいんの?」

「学年1位様はほっとこうぜ。」

「だよなー。なんか話づれーし。」

「弘川も、よくもまあ、毎日話しかけられるよなぁ。」

 

ああ、もしかして、俺?

自分の姿を三人称的に見ているようだ。

 

ちなみに、"広川"とは、癒生の名字だ。

 

窓の外をただ眺めているだけの俺は、なんだか近寄りがたいと言うか。いや。クラスメイトの感情が"流れ込んでくる"。

それは、とても勝手なエゴの哀れみと、こうはなりたくないという嘲笑と、そして、無関心から来る無慈悲な想像が入り雑じっていて、それだけで人間不信になりそうになった。

 

俺は、これが嫌で人とあまり関わらなくなった。

関わりたくなくなった。

 

嫌なことを思い出した。

これはきっと、あの"俺の心"の仕業なんだろうなと、ぼんやりと考えて、感じて、漂いながら。

そもそもこんなものを見せてなんになる。俺に今までの態度を見直せと?

正直なところ、そんな気は全く起きない。いや、むしろ今までに想像していたことを見せ付けられ、余計に人を避けてしまいそうだ。人の黒い感情を知り、人と関わることをやめた俺に追い討ちをかけるようにこの事象は人の黒い感情に触れさせる。

吐き気がする。

感情が多すぎて気持ちが悪い。

目が廻って胸糞悪くなる。

 

 

でも、そんな中で。

 

ひとつだけ、俺に対して好奇と、嫌煙と、哀れみと、嘲笑と、それらの不快な感情を向けていないやつがいた。

 

 

癒生だ。

 

にこにこと俺に近づき、下らない話をする。

テストがどうだとか、クラスの誰がどうしたとか。

 

そんな、どうでもいいことを訊いてもいないのに、聞いてもいないのに俺に伝え続ける。

それはどこか小さな子供が親や兄弟に一生懸命話しかけているのと似ていて。

それはどこか年を重ねた老人が若者に教訓を言い聞かせているのと似ていて。

そして、そこには純粋な、友情の感情だけが存在していた。

彼の心には、癒生という腐れ縁の心には、眩しくて、暖かくて、それでこちらが引け目を感じるほどのものが、存在していた。

 

 

なんか、悔しかった。

 

俺くらいの年齢になると、皆、いろいろとぐちゃぐちゃに考えて、溜め込んで、そんな、純粋でいられるなんて、純粋なやつがいるなんて、どうにも理解できなかった。

 

でも。

 

それを意識した瞬間、何故か、悲しくならなくなった。

 

 

いや、"悲しみ"が、俺から欠落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、またもや襲ってきた強烈な痛みと共に、俺は目を覚ました。

 

 

「ッうぁ・・・!」

「仁!?」

 

 

いい加減、慣れて欲しいものだ。

 

ゆっくりと目を開くと、どうやら木陰に寝かされていたようだ。額と脇にひんやりとしたものを感じるので、多分、熱中症の応急処置か何かだろう。

心配そうに覗き込む癒生の顔に、だんだんとピントが合ってきた。

 

「あ、わかる?おーい。」

「・・・・馬鹿にしてんの?」

「いや、ゴメン。」

 

咄嗟にいつものように反応をしてしまったが、これ以上の会話が続かない。

そもそも、俺が勝手に突き放して、当たり散らして。

そんな俺をこうやって助けてくれるだなんて、どういうお人好しなんだろう。この腐れ縁は。

 

あーやばい。罪悪感が凄い。

"自制心"を失っている俺は、ここから逃げ出したいという欲求に従い、立ち上がろうとした。

 

「あっ。。。」

「ちょっ!危ない!」

 

勢いよく身体を持ち上げると、脚に力が入らず、そのまま前のめりになって倒れそうになった。

癒生が支えてくれなかったら、今頃は顔面強打しているだろう。

 

「ごめん。ありがと。」

「なんか今日素直だね。どしたの?」

「・・・うるせえ。」

「はい。」

 

 

とりあえず、公園のベンチに腰掛けて二人して休むことにした。

癒生が自販機で買ってきてくれたスポーツ飲料の冷たさが喉に染みる。

 

「あのさ、仁。」

「なに?」

 

癒生は、しばらくもじもじとしたあとに、急に謝った。

 

「ごめん。その、この間は。・・・なんか、怒らせちゃったみたいで。。。」

 

違う。

 

「あのさ、やっぱ、俺さ、結構しつこいところあるし、あんまり、気を使えるやつでもないし、さ。」

 

違う。違う!!!

 

「だから、どこが駄目なのか、言ってほしいんだ。」

 

「そうじゃない!」

 

今の俺には、彼の言葉をすべて受けきることが出来なかった。

受け流すことが出来なかった。

 

それほどまでに、綺麗すぎる。この癒生という男は。

 

 

「なんでお前が謝ってんだよ!俺じゃねーのかよ!どう考えても!」

そう。彼は綺麗すぎるんだ。自責をするには、それをするのにすら、罪を持っていないのだ。

「勝手に逆ギレしたのも俺だし!突き放したのも俺だし!お前が謝るところなんてないだろ!」

驚いて言葉を失う癒生に、それでも捲し立ててしまう口が止まらない。

「いつも!なんで俺のことを悪者にしないんだよ!なんで自分でかってに傷ついてんだよ!怒れよ!もっと!怒って良いんだよ!」

 

ああ、やばい。感情が高ぶりすぎて泣きそう。

いや。実際、自制することの出来ない俺は既に泣いていた。

 

「なんでっ、喧嘩して、くれないんだよ・・・。」

 

この言葉は、ほとんど俺のエゴだ。我が儘だ。

 

思えば、昔から癒生は自分のことで怒ったことがない。どれだけ相手が悪くても、自分の責任を探してしまう。まあ、この場合、悪いのは俺だけども。イライラに身を任せて暴言を彼にぶつけた俺だけども。

 

そんな癒生に、いつからか、引け目を感じていたんだ。

 

不満も、不平も、愚痴も、悩みも、弱味も、なにもかもをこいつは、俺に話したことがない。いや、誰にも話さない。

 

とてもとても、彼は強いんだ。

 

昔、俺の背中で隠れて泣いていた癒生は、もう、どこにもいないんだ。

そんなことを今さら気がつき、少し寂しくなった。

 

「・・・ありがとう。なあ、仁。」

 

癒生は、俺に真っ直ぐと向き合った。

 

そして、

 

 

「ぐほぁっ・・・!」

 

 

おもいっきり、俺の顔面を殴ってきた。

 

「なにすん・・・っ」

「喧嘩、しようぜ。」

 

まだふらつく身体には少々キツかったが、癒生はニッと俺に笑いかけてきた。

 

「この、野郎・・・!」

「仁ってさ!なんか、いつも外見てるよね!中二病?」

「ちげーよ!暇なんだよ!」

 

こいつの拳は、いつの間にか結構固くなっていた。

涙を拭っていた手ではなくなった。

 

「じゃあ!俺が話しかけてても良いんじゃない?」

「鬱陶しいんだっての!」

 

癒生の額におもいっきり、頭突きをかます。

 

「いって!頭に穴空くかと思った・・・」

「空いてたまるかボケ!」

「なんか、」

「ん?」

 

 

 

 

「久しぶりだね。こんなに話すの、さ。」

 

二人して、頭に痛みを感じながら、なんだか堪えきれなくて笑ってしまった。

 

 

そして、そんなこんなでしばらくたち、空が蒼と朱と黒のグラデーションを紡いだ頃、俺たちはだいぶ疲れきって、ベンチに腰掛けていた。

 

 

「よし!そろそろ。」

 

癒生が空を見上げて立ち上がり、俺に手を差し出す。

 

 

「帰ろっか!」

 

 

俺は、癒生の手を取って立ち上がった。

 

「うん。帰ろうか。」

 

なんか、すごく疲れた。

けれども久しぶりに、夏の暑さも、蝉の鳴き声も、何もかもを気にしないでいられた。

 

 

 

 

二日の休みを挟んで、月曜日。

俺は、久しぶりに学校へとまともに登校した。

 

癒生といつもの場所で集合して、ついこの間と同じように登校する。

ただ、そこには会話としてのキャッチボールがあった。何年かぶりに雑談をしながら歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和な、平凡な、平穏な、そんな朝は、あっという間に消し飛んでしまった。

 

 

 

工事現場の近くで。

突如として、小さな声で告げられたカウントダウンと共に俺達二人へと暴走した車が突っ込んできた。

 

「仁!!」

「うわっ!」

 

 

癒生は、俺が反応するよりも早く、俺のことを突き飛ばした。

そして、目の前から、癒生の姿が掻き消えた。

 

「・・・・・癒生?」

 

 

 

そのあとのことは、あまり覚えていないけど、救急車が何台か到着して、癒生と他の人が運ばれていったあと、警察に事情を話して、夕方にようやく解放された。

 

そしてすぐに癒生のお見舞いに行ったが、命に別状はないそうで、むしろなぜ軽い骨折で済んだのかが不思議なくらいだそうだ。

 

 

けれども、俺の注意は全く別の方へと向いていた。

 

なにも、感じなかったんだ。

 

嘆くことも、

 

安心して笑うこも、

 

自分を責めることも、

 

何一つとして、俺の心にはなかった。

 

 

癒生を前にしても、それは同じだった。

 

「あー、なんか、ごめんね。俺の生で時間とっちゃって。。。」

「いや、お前が突き飛ばしてくれなかったら、今ごろ俺がそこにいただろうし。その、ありがとうな。」

「まあ、そんなにひどい怪我じゃないから、学校にはすぐ行けるって。」

「そうか。じゃあ、またな。お大事に。」

 

 

当たり障りのない会話をして、病室をあとにする。

 

俺は、絶望していた。

自身の心が、ほとんど残っていない。

心を失うということの意味を、ようやく理解したのだ。

 

どれだけのことがあっても、失った感情はもう生まれない。

ただただ、頭が冷静に動いているのを感じる。

 

これだけ熱い日なのに、不思議と、身体の芯から冷たくなっているように思える。

いや、俺がそんな人間に成り果ててしまったのか。

 

 

親友が、怪我をしても、悲しめないような人間ではないなにかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は昼休み。

俺は、屋上にいた。

 

 

 

ぼんやりと、ただフェンスに寄りかかって目を閉じて待つ。

 

 

しばらくすると、そよ風が吹いてきた。

 

目を開けると、無数のシャボン玉が屋上に漂う。

 

 

「待ってたよ。」

 

 

シャボン玉に向けて呟く。

 

シャボン玉は次第に人の形にまとまり、幼い頃の俺の姿を形作る。

 

「どうしたの?珍しいね。僕をまってただなんて。」

「やっと、意味がわかったよ。」

 

純情は目を丸くして、嬉しそうに答えた。

 

「よかったー!やっとわかってくれたんだ!」

 

これから真面目な話をしようとしているというのに、相手がこのテンションだとどう切り出そうか解らなくなる。

俺がなにも話さないでいると、後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。

よく聞いているようで、実は一番ちゃんと聞いてない声。

 

「それで、僕らに、どうして欲しいんです?」

 

 

後ろを振り向くと、屋上のフェンスに寄りかかった真面目そうな自分がいた。誠実だ。

 

どうって。

そんなの。

 

 

「お前たちに、戻ってきてほしい。」

 

純粋に、自分の気持ちを話した。

誠実さをもって、頭を下げた。

 

 

「もう、友達が傷付いているのに、悲しくもなれないなんて、そんなの、嫌なんだ。」

 

心が近くにいると、不思議と、失っていた心が少しだけ、表せるような気がした。

 

「受け入れるから。認めるから。お前たちも、自分の1つだって。受け入れるから。だから。。。」

 

 

俺が、自分を抑えられなくなって八つ当たりしたときも、いつものように、疎ましく思って無視をしていたときも、癒生は、まったく俺を責めることをしなかった。

そんな綺麗すぎる彼のために。

せめて、"心"で、精一杯、答えてあげたいんだ。

 

 

ふっと、俺の体を優しいものが包んだ。

 

 

「ありがとうございます。僕は、何時でも、貴方の側にいますよ。仁。」

 

そんな声が聞こえたと思ったら、俺の胸を、何かかが満たしていることが、なぜだか分かった。

 

誠実が、俺の心に戻った。

 

 

「・・・おかえり。」

 

 

胸に手をあて、そう呟く。

 

そして、辺りを見回すと、俺が、いや。

俺の心が沢山いた。

 

「みんな、君の一部だよ。」

 

純情が言った。

 

純情は、にこりと微笑み、俺の胸に手をかざす。

 

「友達は、大事にね。」

 

すると、全ての俺の心が、シャボン玉になって、七色に輝く泡になって、俺の体を包み込んだ。

とても暖かいものもあれば、とても冷たいものもある。それが、とても心地よかった。

 

心の傷が、穴が、虚無が、修復されていく。

 

 

「みんな。ありがとう。」

 

 

そして、シャボン玉が消えていった空に手を振った。

 

 

もう、蝉の声は、煩くはなかった。




青春の雑な1ページ

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