死神の眼:前編
始まりは、まだ、俺が幼かった頃。
当時5歳だった俺は、入院している祖父の見舞いに行っていた。
もう長くないであろう祖父の寝顔の上に、不意に"1"と書かれた"それ"が現れた。
まだ目の前の"それ"の意味を理解していなかった俺は、残酷にも好奇心から手を伸ばし、
ーーー"それ"を握りつぶした。
刹那、祖父の心音を伝えていた、一定のリズムを保って室内を満たしていた音が、リズムを失い、鳴り響いた。
何人かの医者が部屋に入ってきて蘇生を試みたが、祖父はそのまま帰らぬ人となった。
それから俺は、恐らく生物の寿命を表すであろう"それ"が見えるようになり、やがて日常となった。
俺以外には見えていない"それ"を、壊さないように。
ーーまた、人を殺さないようにーー
俺は注意して、日々を送っていた。
"それ"が寿命を表すと知って、始めに気になったのは、自分の寿命だった。
しかしそれは俺には見えないもので、やがてそんなものなのだろう。自分の寿命がわかってしまったら、恐ろしくて生活できなくなるからだろう。と、勝手に納得して過ごしてきた。
そして、俺が高校生になってしばらくした頃。
ーー平和だった俺の生活が、狂い始めた。
今は、朝のHR。どうやらこのクラスに転校生が来ると言うようで、俺を含めたクラスメイトは、少し受かれていた。
「よっす!タナト!」
少々遅刻気味の友人がこちらの机によってきた。
いつも元気で、皆が長生きするだろうと言っている彼の寿命は、今日であと11684。
もう30年ぐらいしか生きられない。
自己紹介が遅れたが、俺の名前は掌灯。
つかさどる(掌る)灯火で、【タナト】と読む。
なんでも、俺の両親は灯火のように道しるべになってあげて欲しいという願いでつけたそうだが、皮肉にも、
俺がつかさどったのは、命の灯火だった。
「なあなあ!転校生って女らしいぜ!」
「へぇ。お前確か彼女欲しいとか言ってたな。狙ってみれば?」
「可愛かったらな!」
こいつ。そればっかか。
「おーい、お前らさっさと座れ~!」
「おっと!じゃあ、またあとで!」
「おうよ。」
このクラスの担任が教室に入ってきた。
彼の寿命はあと22568。90歳ぐらいまで生きるようだ。
・・・下手したら俺より長いかもな。
「じゃあ、まあ、みんなもうかなり噂してる転校生を紹介する。・・・入っていーぞ!」
先生が呼び掛けて入って来たのは、ショートヘアーの女子だった。
彼女のことを見た途端に、感情が、洪水のように俺を埋め尽くした。
困惑、悪寒、焦燥、
恐怖。
「私の名前は、ーーーーです。」
あまりの混乱に、彼女の自己紹介を聞いていなかった。
「あー、じゃあ、あそこの窓際の席に座ってくれ。」
「・・・・・・」
HRが終わり、彼女は、無機質な笑顔を浮かべながら俺の後ろの席に来た。
「・・・やっと見つけた。」
俺は、イヤホンをして、すれ違いざまに俺に向けて放たれた言葉を無視した。
「ーー無視は、嫌いだな。少年。」
彼女はそう言って、俺のイヤホンを耳から取り上げた。
「っ何すん「話がある。」
「今日でなくていいが、人気のないところ。拒否権はない。」
「なっ・・・」
情けないことに、彼女のとても同い年には思えないような眼に視られ、すくみあがってしまった。
「わかったよ。」
結局その日は、友人との会話も頭に入らないまま、帰宅した。
ーーそれから数日が経ち、彼女は、クラスメイトから不思議な奴と判定がつき、あまり人がよってはいなかった。
けれども、俺には何かと絡んできて、多少は話すようになった。
そうして、多少の不安を残しつつも、何事もなく生活していたある日。
それは、昼近くの授業でのこと。
「キャ!」
クラスメイトの女子が、ゴキブリを見つけた。
当然、苦手なやつが多いものだから少しだけざわつき始めた。
「あれ?殺虫剤とかあったよな?」
「うわーGかよ、もう。昼前だっつーのに。。。」
「ちょっと、得意な人とかいないの?」
クラス内がざわつくなか、俺の後ろの席のアイツが、ゴキブリの方向に歩いていった。
「・・・ちょっと失礼。」
その時、俺ははっきり見た。
彼女が、ゴキブリの、127と書かれた"それ"を、さも当然のように、握りつぶすのを。
今まで、漠然とした不安として引っ掛かっていたものが、この時、確信に変わった。
【彼女には、俺と同じように、生き物の寿命が視える】
強い困惑と同時に、少しの安堵も感じた。
ーー俺1人だけが、おかしいんじゃあないんだ。
だが、その直後に、激しい不安に襲われた。
ーー彼女には、俺の寿命が視えているんじゃあないのか?もしそうだとしたら、アイツにはいつでも俺を殺すことができるかもしれない。
たまらず、俺は戻ってきた彼女に話しかけた。
「あのさ、今日の昼休み、いいか?」
「やっと話を聞いてくれる気になったのかい?少年。」
彼女は、とても楽しみだと言うように、どこか冷たい笑みを浮かべた。
そして、昼休みになった。
さすがにこの話が聞かれるとまずいと思い、人通りの少ない、職員玄関前に来た。
「話したいことは、わかってるよね。」
「寿命が視えること、か?」
「ご名答。さすがだよ。」
どこまでも人をバカにする奴だ。
「・・・怖く、ないのか?」
「なんで?」
「だって、ただ、俺らが触れるだけで、さっきまで普通に生きてたやつらが、当然のように死んじまう。。。怖いに決まってるだろ!?」
「・・・私は、そうは思わないな。」
「え?」
「だって今日のゴキブリ、私が殺さなくてもどうせクラスメイトに殺られるはずだよ。」
理解できないと言うような顔をしている俺に、やれやれと言うように彼女は続けた。
「手段が違うだけなんだよ。・・・だってそうだろう。棒だったり殺虫剤だったり、何を使ったとしても、殺意があったことと、殺したことは代わりないだろう?」
「でも、、、そんなに命は軽くないはずだ。そんな、少し触っただけで簡単に消えちまうなんて。」
「・・・じゃあ、こういうのはどうだい?」
そう言って彼女は、近くにあった金魚の水槽を指差した。
「アノ子は、そこにある酸素供給用のポンプを引っこ抜いちゃえば、酸欠でいずれ死ぬ。・・・簡単だろう?」
言い返せない俺を無視して、そのまま続けた。
「それどころか、鉢をひっくり返すだけでもいい。命ってものはさ、シャボン玉みたいに軽いんだよ。」
・・・確かに、そうかもしれないな。
実際、俺が、じいちゃん殺したときも、簡単に。
それじゃあ、まるでーーーー
「・・・人間じゃないみたいだ。」
俺は、金魚のことを見ながら呟いた。
「お前、あと28日しか生きられないよ。」