やはり俺の青春は仮想現実の中でも間違っている 作:レオン・デュミナス
「はぁ…はぁ…」
30分ほど前、小町さんと由比ヶ浜さんからメールが送られてきて、その内容を読んだ瞬間、私の背筋には液体窒素でも流し込まれたのかというほどの悪寒が走った。
世界初のVRMMORPG”
「ゆきのん!!」
「由比ヶ浜さん!!」
千葉の中心にある病院、その入り口に彼女は私を待っていてくれた。
「はぁ、はぁ、由比ヶ浜さん…比企谷君は……」
「こっち……」
駅から、殆どない体力を限界まで振り絞って走って乱れた息を整えながら、私は由比ヶ浜さんに促されて病院の中へと足を踏み入れる。
「…………」
目的の病室へと向かう最中も、道中の病室の開いた扉から見える部屋の光景は異様と言えるものだろう。並んだベットに眠る者達はヘルメットのようなもの装着している、SAOの被害者達だ。この病院だけでも数百人は運び込まれたらしい。
「ここ……」
目的の病室に到着したところで、由比ヶ浜さんが震える手でドアに手を掛ける。カラカラと音を立てて扉が開くと、清潔そうな室内に並べられたベット、私達の行く先はもっとも奥のベット。
「結衣さん、雪乃さん……」
「小…町さ…ん……」
そこには、この大事件の凶器であるゲームマシン”ナーヴギア”を被ってベットに横たわる比企谷君と、傍らに座る妹の小町さんの姿があった。
「うぅ…ヒッキー……」
彼の痛ましい姿を見た由比ヶ浜さんは泣き崩れ、手で顔を覆う。比企谷君、貴方は何をしているの?早く目を覚ましなさい!!何故貴方は彼女を泣かせて平然と寝ていられるの?貴方は何処までサボれば気が済むの…?
「結衣さん…」
「うぅ…ごめんね、小町ちゃん……」
「いいんですよ、小町も沢山泣きましたから……」
そう言う小町さんの目じりは、涙の跡が薄っすらと見て取れた。
「雪ノ下、由比ヶ浜も、来ていたか。」
「平塚先生…」
病室の扉を開けて入ってきたのは、私達奉仕部の顧問である平塚静先生だった。先生は何時ものスーツに白衣ではなくコートを羽織り、少し乱れた髪を手櫛で整え私達の下へと歩いてくる。
「比企谷……」
先生も、何時もの凛とした雰囲気は無く、ベットの上の比企谷君を見て唇をかんだ。
「今、比企谷の御両親は医師と話している。さっき、挨拶してきた。」
「そうですか……」
先生は小町さんと由比ヶ浜さんに歩み寄り、優しくその肩を抱き寄せた。
「大丈夫さ、比企谷はちゃんと帰ってくる。あいつはそう簡単にくたばったりはしない、それは私達が一番良く分かっているだろう?」
「平塚先生ぇ……」
「なんせ、比企谷は私の拳を何度も受けて来てるんだからな、それに比べればこの位。」
「はは…そうですね、そうですよね。」
平塚先生の言葉に二人の顔が僅かに綻ぶ。しかし、私にはその言葉は気休めにしか聞こえなかった。
「………………」
私は三人を残し、病室を後にする。そして、携帯電話が使用できる一角まで来ると素早くメモリに入れられている番号をコールする、そう待たない内に通話がつながる音が聞こえてくる。
「雪乃ちゃん、やっは…「姉さん、まどろっこしい挨拶は抜きにして。」……話は聞いてるよ、比企谷君もSAO事件に巻き込まれちゃったんだってね。」
最初とは打って変わって、感情に乏しい声音で話し始める私の姉、雪ノ下陽乃。
「姉さん、この事件の犯人を見つけることは出来ないの?」
「それは、雪ノ下の力を使ってって事?」
「えぇ……姉さん、私嫌よ…こんなの……こんな訳の分からない物に巻き込まれて、彼の命が失われるなんて嫌、由比ヶ浜さんや小町さんが眠る彼を見て涙を流すなんて嫌……二人を泣かせる比企谷君には一言、言ってやらないと気が済まないわ………」
私の口からは、洪水のように胸の中に蟠る言葉が流れ出る。
「………実はお父さんの会社の人達も何人かはSAOの中に居るみたい。それに、あの結城財閥の一人娘もゲームに囚われているみたいなの。だから、家と向こうでも動き出しているわ。」
「それは本当なのかしら、姉さん。」
「えぇ。だから、元気出して雪乃ちゃん。彼なら大丈夫よ、そう簡単に死んだりしないわよ。それは、雪乃ちゃんが良く知ってるでしょ。」
「ふふ…何故かしらね、姉さんが言うと気休めに聞こえないわ。」
早く帰ってきなさい比企谷君、貴方には言いたい言葉が一つや二つじゃないんだから。