Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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お久しぶりでございます!

いやぁ、やはり一年間見続けてよかったですエグゼイド…Vシネ三部作は是非とも劇場で拝見したい!

そしてお気に入り500名突破、ありがとうございます!


第95話

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「おぇっ…!」

 

 

間桐慎二はトイレへと駆けこみ、先ほど目に焼き付いてしまった光景と、自身の脳へと浮かび上がった記憶…正確にはこの世界の間桐慎二の記憶を見て猛烈な吐き気を催してしまう。

 

喉がやすりで削られる方がまだマシだと思える胃液の逆流に耐え切れず、慎二の目元には涙が溜まっていた。

 

 

(なん…なんだよ、僕は…ここの、僕は…)

 

 

 

息を荒げ、乱暴に引きちぎったトイレットペーパー口で拭うと頼りない足取りで自室へ駆け込み、ベットへと倒れる。

 

 

慎二は自身の行動に…否、この世界での間桐慎二の起こした事を知った。知ってしまったという方が正しいだろう。この世界でのメドゥーサ、ライダーのサーヴァントから聞かされた事実。学校の生徒会室で暗示をかけられた柳洞一成を通し、キャスターのサーヴァントへ対話を試みるという方針と、桜を救うという慎二の言葉に疑念を抱いたライダーから、聞かされた。

 

 

 

間桐蔵硯が桜に何をしたのか。

 

間桐慎二が桜に何をしたのか。

 

 

そして間桐桜が、どのような状態なのか。

 

 

 

ただ、今朝見た桜の容姿と言動から苦しんでいるとしか判断しなかった慎二はその根源を知る。ライダーのサーヴァントが困らせる為に嘘を口にする性格ではないことは慎二は良く知っている。それでも確かめずにはいられなかった。

 

 

学校を終え、帰宅した慎二は聞かされた事実を確かめるべく、間桐邸の地下へと通じる扉を開いた。蟲蔵とも言われるその場所は、慎二の知る限り死滅しており、蔵硯が死んだ後に慎二と桜の魔術の実験場かつ訓練場となっているはずだった。

だが、それはあくまで慎二の知る世界での事。

 

 

 

「…っ!」

 

 

 

最初に聞こえたのは、蟲の体面同士が擦れ合う不快な音。その正体が数十、数百では収まらない蟲の大群とはっきり視認してしまった慎二は思わず後ずさってしまうが、この程度で恐怖するには至らない。彼は義兄である間桐光太郎の戦いを共にする中で、これ以上に悍ましい光景を目にしてきたからだ。

しかし、蟲が蠢く池の中央に立つ人物と目が合った途端に慎二は恐怖に染まる。

 

「う…あ…」

 

「なんじゃ…ここに用事があって訪れたのであろう?それにどうした、常に見慣れたというのに何を今更怖気ついておる…」

 

「あ…はぁ…」

 

 

暗闇の中でより不気味に輝く老人の眼光に、慎二の足が震える。心音が異常に早まる。

 

恐怖心が、心を支配していく。

 

 

「はて妙じゃのう…今朝見た時は肝が据わったと感心したのだが、どうやら思い違いだったのかもしれん」

 

 

カサカサと顔中に蟲を這いよらせる蔵硯はニカリと口元を不気味に吊り上げるが、直後に表情は一変する。

 

 

「直ぐに出て行くがいい。それとも…蟲どもの餌のなりたいか」

 

 

静かに言われた一言。だが、蔵硯の見開いた底知れぬほどに黒い眼を見た途端に慎二は逃げ出した。

 

 

なぜ逃げる必要はあるのか、慎二には分からない。あの程度の殺気、とうに慣れているはずだ。何度も殺されかけても、自分は恐怖に駆られて逃げた事など、ただ一度もないはずなのに…

しかし今は死にたくないという生存本能が勝っている。一目散に蟲蔵を抜け、見っとも無く転んでしまっても恥とも思わず、ただひたすら慎二は逃げた。

 

 

そして脳裏に過ったのは、見覚えのない記憶。

 

先ほどの蔵硯への畏れでこの世界に生きる『間桐慎二』の記憶が蘇ったのかは、定かではない。そう洞察する余裕が、今の慎二にはなかったからだ。

 

記憶の中で、慎二は笑っていた。

 

醜く、歪に。

 

誰も彼もを見下して。

 

それが弱い自分を守る唯一の手段だと気づかずに。

 

そして自分には決して逆らわない桜への暴力が、一段と明確に浮かび上がる。

 

否、暴力だけの方がマシだった。暴力で、終わって欲しかった。

 

 

慎二は、抵抗しない桜を―――

 

 

 

 

「っ―――!!」

 

 

 

ようやく収まった吐き気が再度ぶり返す。

 

 

必死に思い出さないように意識を別のものへと切り返そうとしても、余計により強く思い出してしまう。

 

慎二はベットから立ち上がると両手を壁に当て、額を壁へと叩き付ける。

 

何度も叩き付けても、痛みが増すだけで消えてくれない。

 

 

(クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ…!)

 

 

額を叩きつけた回数が10を超えた頃にようやく痛みによって視界がぐらついた慎二は床へ大の字になって倒れた。

 

 

「なんなんだよ、くそッ…!」

 

 

「ご理解頂けたようですね」

 

 

腫れた額を手で押さえる慎二を見下ろす形で顕現したライダーのサーヴァントは、慎二の知る別世界の人物と同じと到底思えない程、冷たい声で囁いた。

 

 

「シンジがどう心変わりをしてサクラを助けると言ったのか、私には分かりません。しかし、あのご老体の発した殺気程度で身を竦ませる程度では到底不可能な話…」

 

 

「桜を思うのならば、大人しく聖杯戦争のマスターとして私の後にいて下さい。無論、屋敷から一歩も出ないという方法もありますが」

 

 

ようやく呼吸が落ち着いた慎二の耳へ叩き付けられた声は、本人にとってみたら幾分かオブラートに包まれながらもこう言っているのだろう。

 

 

 

お前などに桜は助けられない。大人しく、自分の後ろで震えあがっていろと。

 

 

確かにそれが一番楽で安全な方法なのだろう。戦いはサーヴァントに一任し、マスターは身を隠す。あの愚兄のようにサーヴァントと共に最前線に立つという方が…いや、翌々思い出してみれば第五次聖杯戦争に参加したマスターは割と前に出ていたような…

 

そんなツッコミを思わず浮かんでしまった慎二の脳裏に、自分の忠告を散々無視してパートナーと共に戦った光太郎の、あの底抜けに明るい顔の輪郭がふと浮かんでくる。

 

そして考える。光太郎と共に歩んできた普段の自分なら、どうするか。あの義兄なら、悩む自分にどう声をかけてくるのか。そして桜が自分へと向けてくれた笑顔を思い出す。思い出す度に蔵硯への恐怖が、桜に対する罪の意識が段々と収まり始めていた。

 

 

(全く、どうして思い出すだけで震えが止まって来るんだろうね)

 

 

未だにあの光景は消えてくれない。もし元の世界に戻ったら当面は桜とガロニアの顔を見れる自身はこれっぽっちもありはしない。だが、慎二の行動方針に変わりないのだ。

痛む額を抑えて上半身を持ち上げた慎二は尚もこちらを見るライダーのサーヴァントへと顔を向けた。きっかけはどうあれ、彼女が『聖杯戦争のマスターなら…』と聞かせてくれたおかげで、取りあえず立ち上がる事はできそうなのだから、こう言わなければならないだろう。

 

 

「ありがとさん。助かったよ」

 

「…は?」

 

「あぁ、別にわからなくて結構。僕が一方的にそう言いたかっただけだしね。それに、やっぱりアンタは優しいな」

 

「先ほどから一体何を…」

 

 

サーヴァントからすれば、先ほど慎二に向けて言い放った忠告は自尊心の塊である彼にとって導火線に火を付ける事に等しく、最悪また桜へ八つ当た りする可能性も高いと考えたが彼の反応は予想外にも感謝すらされてしまった。

 

本来なら黙って彼の命令にただ従うだけのはずだったが、今朝から見せる彼の行動は昨日までとまるで異なる。特に敵サーヴァントであるキャスターに対話を試みようとした際など、許可なく霊体化を解除して物申した程だ。

 

聖杯戦争の意味を理解できず、与えられた玩具に歓喜する子供という印象でしかなかった慎二が、ところどころ元の性分をのこしたまま別人になったような印象を受けたサーヴァントに、慎二は不敵に笑いながら口を開いた。

 

 

「自分で言っただろ?『桜を思うなら』って。やっぱり本当のマスターって事もあるんだろうけどアンタの事だ。心底桜を心配してんだろ?」

 

「…っ!?」

 

 

言葉に詰まってしまった事をサーヴァントは後悔する。これでは慎二の私見を肯定したも当然だ。

 

わからない。

 

この少年は、一体何を考えているのかを。

 

 

「…わかっちゃいたけど、混乱すると顔に出るよなやっぱり」

 

「い、いえこれは…」

 

「あー分かってる分かってる。僕が妙な事口走ってるもんだから理解できないんだろ?ちゃんとその辺説明するから」

 

 

慎二の言う通り、冷徹の表情が崩れ始めているサーヴァントの言い分を聞くことなく、自身の目的を告げた。

 

 

「桜を助ける事は変わりない。けど、言っちゃ悪いがそれはついで。もののついでなんだよ」

 

 

「そんで僕の目的は、元いた世界に戻って、こんな目に合わせた奴の眉間に風穴を開ける事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魂が剥がされてるって…どういう事なんだ?」

 

 

慎二の容態を聞き、駆け付けた衛宮士郎の口から恐らくこの場にいる誰しもが思う疑問に、パイプ椅子に脚を組んで座るメディアが答える。

 

 

「言葉通りの意味よ坊や。彼の魂はこの身体から意図的に剥がされている。いえ、剥がされかけているという方が正しいわね」

 

「それは…まだ完全に慎二の魂は肉体から離れていないと受け取って言いわけ?」

 

 

士郎と同じタイミングで診療所へと現れた遠坂凛はメディアの口ぶりから慎二はまだ助かる見込みがあるのかと尋ねながらも、ベットに横たわる慎二の手をずっと握り続ける桜と、祈るように両手を組むガロニアへと視線を向けた。

健気にも妹2人にここまで思われている慎二を一秒でも早く叩き起こしたい凛は改めてメディアへと顔を向けた。

冷静を装いつつもいつ感情が爆発するか分からない凛に少しは落ち着きなさいと言うメディアは、静かに切り出した。

 

「そうね。彼の魂を毛糸玉で例えるとしたなら、昨晩からゆっくりと毛糸を解き出し、別のどこかへと結びつけている。そして別の場所へと結びつけられた箇所へどんどん毛糸は丸く、大きくなりやがて本体に残された毛糸玉はなくなる…」

 

淡々と語るメディアの説明は分かりやすく、恐ろしいものだった。そのような自覚することすら難しい方法で魂が剥がされていたのなら、発見が遅ければ慎二はもう…

 

 

「その魂の行き先は、どうなってるんだ?それに魂の行き場所なんて一体どこに…」

 

「確かに、一番の疑問点はそれでしょう。通常、肉体から魂が抜けた場合は条件さえ揃えば元の場所に戻る事もある。動物の帰巣本能と同じようにその魂は肉体が死んでいない限り元の器へと戻る。臨死体験など呼ばれるものは、まさにそれでしょうね」

 

「待って。さっきの貴女の説明通りなら、慎二の魂は別の場所へ移されてるって事になるの?」

 

「特段珍しい魔術ではないはずよ。転換、置換…魂そのものを剥がしように、飛ばしやすいように加工してしまえば不可能ではないわ。先日そこの槍男が追っていた魔術師も、そうやって生き抜いていたんでしょう?」

 

「…嫌な事思い出させんじぇねぇよ女狐」

 

 

士郎と慎二の疑問へと答えるメディアに声を低くするクーフーリンの嫌味など意に介さず、ショルダーバックから水晶玉を取り出したメディアは指先で水晶を軽く弾く。すると水晶玉から照らされた淡い光が本来見えないはずのものを映し出した。

 

 

「こ、これは…!?」

 

「慎二の胸に小さな魔法陣…それに、そこから細い線が伸びて…」

 

 

驚く士郎に続いて凛が口にした通り、慎二の胸…心臓の位置に拳程度の魔法陣がグルグルと回転を続けている。その円の中央から細く伸びる線…触れるだけで千切れてしまうと思える程に頼りない線は慎二の胸から1メートル程伸びた所で途切れている。いや、途切れていると言うより、糸が水中へ沈んでいるかのように波紋が生じていた。

間違いなく、この魔法陣が慎二の魂を引き剥がしている術式なのだろう。

 

「私が毛糸玉と例えたのはこういう事。行き先は分からないけど、彼の魂は次元を超えて別の誰かに結びつけられ、剥がされて続けているという事よ」

 

「次元を超えて…まさか、別世界に!?そんな事が簡単に…!」

 

「できる相手じゃない。私達が戦っている相手は特に。貴女も先日殴り込みに行ったばかりなのでしょう?」

 

「う…」

 

 

思い返してみればそうであったと凛は口を噤んでしまうが、メディアの放った言葉に強く反応した士郎は自ら抱いた嫌な予感が外れて欲しいと願いながらもメディアにその疑問をぶつけた。

 

 

「なぁ、別の誰かに結び付けるって…それは慎二の魂が別人に移されているってことなのか?」

 

「半分正解、と言ったところでしょうね?」

 

「半分…?魂を別世界に飛ばした時点でもう敵の目的は…」

 

 

士郎の疑問への曖昧な答えを出すメディアに凛は言葉を切る。今、桜達に後ろ向きな状況を聞かせる訳にはいかないと考えての事であったが、その点メディアは容赦がなかった。

 

 

「そうね。魂を別世界へと飛ばした後に異空間転位を絶ってしまえばもう元の肉体には戻らない。けど、魂だけは永遠に彷徨い続けるでしょうね。敵が()()()()()()()すればの話でしょうけど」

 

「なん…だよ…それ以上に、何があるんだ…」

 

 

肉体と魂を引き剥がし、もう元に戻らないようにする。それはもう対象を殺したも同然だと言うのに、敵はそれでは終わらない。メディアがそう告げているようにしか、士郎には聞こえない。

 

 

「私で敵であったなら、こうするわね」

 

 

 

「別世界の同一人物と魂を結び付け、知らず知らずのうちに消滅させるように仕向ける」

 

 

 

 

表情を変えることなく、言い切った。

 

 

メディアの言う事が理解できてしまった凛は口を思わず押える。未だ経過としては理解ができない士郎であったが、最後に聞こえた『消滅』という単語だけは聞き逃せず、意思に反して声を荒げてしまった。

 

 

「消滅って、慎二の魂が…なんだよ、どうしてそうなっちまうんだよ!?それに同一人物?別世界の慎二に入ったからってなんでそんな――」

 

「落ち着きなさい衛宮君。私が…説明、するから」

 

「遠坂…」

 

 

士郎の肩を掴む凛も大声を上げたい必死に自身を抑え込みながら告げた。凛の様子と、自分の背後で変わらず眠る慎二を見守り続ける桜とガロニアを一瞥し、目を閉じて深く息を吐く。落ち着きを取り戻して凛の話を聞き逃さぬように、彼女と目を合わせた。

 

 

「ん、よくできました」

 

 

同じく冷静さを取り戻した凛は一度柔らかく微笑むと、話を切り出した。

 

 

「いい?メディアの言う別世界の同一人物の中に慎二の魂を入れるというのは、考えるだけでも最悪な手段なの。同じ肉体に2つの魂を宿すのではなく、完全な融合。上書きと言ってもいいでしょうね」

 

 

ここまで大丈夫と凛は確認を取ると、士郎は黙って頷く。

 

 

「今回の場合、慎二が入った別世界の慎二…仮にB慎二とでも言いましょうか。B慎二の魂へこちらの世界のA慎二の魂が上書きされたとしても、どうしてもA慎二の魂は薄れてしまうの。それはもちろん肉体がB慎二の持ち物である事も大きな理由だけれど、同じ人物であってもA慎二は肉体へ決して馴染めないの」

 

「馴染めない…?同じ肉体なのにか?」

 

「ええ。同じ身長、同じ体重、同じ遺伝子…どれも同じ条件であっても、魂と肉体が共に歩んだ『経験』までは同じではない。習慣、癖、それに知識や記憶…これらが異なってしまえばまず肉体が魂を拒絶してしまう」

 

「そ、それじゃあこっちの慎二の魂は…」

 

「一時的には人格は保っていられるでしょうね…けど、徐々にB慎二の魂に浸食されて、いずれは…」

 

 

もう、それ以上言わなくても分かる。

 

 

魂は、言わば人間を構成する情報そのものだ。その情報と一致しないと肉体が判断したのならば、拒絶する対象となる。体内に侵入した病原菌に対して免疫細胞が食いつぶし、除去するように。

 

 

「なら…なら、この術式をなんとかできないのか?メディアの宝具を使えば…」

 

「もう既に、試したんです…」

 

 

希望を見出しての士郎が口にした手段は、有無を言わさずに桜から否定される。振り向かないまま静かに告げる桜の声は、普段聞きなれたどの声よりもか細く、弱い。

 

 

「…最初に魔法陣の位置を知った直後にメディアさんは予備の魔力を消費してまで宝具を…破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使用して貰い、術式は消えました。けど、すぐに同じ陣が現れたんです」

 

 

診療所の医師が光太郎達に連絡を受け、すぐさまメディアへと依頼をしたのはこの為であった。もし慎二を蝕んでいる原因が魔術によるものであれば、メディアの宝具であればいかなる魔術も初期化し、打ち消すと期待された。しかし、メディア本人が嫌っている宝具を魔法陣へ突き立て消滅した直後、再び魔法陣が構成され、引き続き慎二の魂を異界へと送り始めていたのだ。

 

 

「どういう事…?メディアの宝具で消せない魔術なんて」

 

「ええ。己惚れる訳ではないけれど、私に消せない魔術なんてないでしょう。だから原因は別にあるのよ」

 

 

これまで口を挟まなかったメディアが再度慎二へと顔を向け、その細い指を向ける。

 

 

「恐らくだけど、彼の身体には術式を常に展開させる為の何か潜んでいる。本当に小さい…目に映らない程に小さい何かが」

 

 

それが、慎二の身体から魂を引き剥がした本当の原因。

 

昨日の戦いで慎二が訴えた首の痛み。その箇所を見て医師が称した注射したような痕。この考えから至った答えは、慎二の体内へ術式を展開する何かが。もしくは、()()かが侵入したという事なのだろう。

 

もし敵が顕微鏡であっても視認できない大きさだとすれば、今のメディアに対処する手段はない。それも、人間の体内となれば猶更だ。

 

 

「あの時…私が慎二兄さんの事をもっとよく見ていたら…こんな事には…」

 

「桜…」

 

「嬢ちゃんの責任でもねぇだろう。奴さんの攻撃が小僧の首に当たった時点で、もう作戦は成功しちまってんだ。それに…この程度で諦める奴でもないんだろう?」

 

 

まだ暖かい義兄の手を握る力を強めてしまう桜にかけるべき言葉が見つからない凛だったが、無礼にも作業机の上に腰掛け、結果論を述べるクーフーリンの向けた視線を追うと同時に、今まで姿を消していた慎二と桜の頼れる兄が姿を現した。

 

 

「そうだ…諦めるなんて、するわけない」

 

「どうやら…成功したようね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

間桐光太郎の放った言葉から何かに勘付いたメディアとガロニアは別々の反応を示す。そして立ち上がりようやく一同に顔を見せた桜の目元には涙が溜まっており、光太郎は安心させるべく笑顔で頷いた。

 

 

「いやはや、ずいぶんと無理に付き合わされたものだな、赤上君?」

 

「いえ、これしきの事で慎二殿が助かる可能性が強まるのであれば安いもの」

 

 

光太郎に続き部屋へと入ったのはこの診療所の主である光太郎達間桐家の主治医と、二の腕をガーゼで押さえている赤上武だ。

 

 

「光太郎兄さん…じゃあ…」

 

「ああ。2人の協力のおかけで成功した。これで慎二君を助けることが出来る!」

 

 

桜と光太郎はどうやらそれで通じ合っているようだが、途中から合流した士郎と凛はさっぱりだ。思わず尋ねる凛は、あまりにも単純であり、無茶にも程がある方法に驚愕するしかなかった。

 

 

「俺は今から慎二君の体内に入り、魔法陣を展開する奴を叩き潰す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慎二は自分は異世界から意識だけ…もしくは魂だけやってきたという出鱈目な説明をサーヴァントへと告げ、どうにか納得してもらった後にとある人物にも同じ説明を終えると、柳洞時へと続く石段を上り続けていた。

 

背後から刺さる痛すぎる視線をあびながらも。

 

 

「おい…そろそろ睨むの止めてもらえない?すんごい心臓に悪いんだけど」

 

「あら、取りあえずアンタの話術でどうキャスターを口説き落とせるか期待の眼差しを向けているんだけどね」

 

 

振り向いた途端に学校で見せる優等生な笑顔で無茶を告げるこの世界の遠坂凛へ反論することなく、深く溜息をついた慎二は移動を再開する。

 

慎二の視線がずれたと同時に、目を鋭くする凛は霊体化して自分の背後に控えているサーヴァントへ念話で語りかけた。

 

 

(どう思う?アーチャー…)

 

(期待に応えられなくて残念ではあるが、間桐慎二の言う言葉が全て正しいという確証はない。そして…我々を騙すための芝居であるという線も疑うのにも材料が足りんな)

 

(つまり、今のところは油断なしに様子見するって事かしら)

 

(他に方法はあるまい。それに、手を組む事は決してデメリットではないと思うが?)

 

(それ、慎二がアンタの真名を当てたからって事も含んで?)

 

(……………)

 

 

 

慎二はライダーのサーヴァントへと説明を終えると急ぎ学校へと引き返し、ちょうど帰宅途中であった遠坂凛を発見する。凛の後姿を見て声をかけると立ち止まり、ワザとらしく溜息をついて振り返ったその顔は学校中の注目を集める優等生が満面の笑顔で『何か用かしら、間桐君?』と猫撫で声で尋ねる姿に悍ましさを感じながらも、慎二は単刀直入に話を始めた。

 

 

 

妹を助けたくないか?

 

 

 

その一言で凛の表情は一変し、慎二の手首を掴むと強引に体育館裏へと連行された。その様子を何名かの生徒に目撃されてしまったが、まぁ異世界から来た慎二本人には関係ない。

 

 

目的の場所へたどり着くと、周囲に誰もいない事を確認した凛は威圧感に満ちた疑いと怒りの眼差しを慎二へと向ける。決して学校では勿論、外部にすら告げてはならない事を口走った慎二への言いたい事は山ほどあるのであろうが、まずは何故慎二がそんな事を口走ったのかが疑問なのであろう。

 

この世界でも、妹は大事な存在であるのだと安心した慎二は、まず聖杯戦争に関して切り出した。

 

聖杯の正体や桜が陥っている状況。そして祖父蔵硯の狙い。

 

説明の度に『なんでアンタがそんな事を…』という疑問が浮かんでいるが逐一解説が面倒だったが、自分が異世界から…それも聖杯戦争が終わった頃から来たと言った途端にさらに混乱が生じてしまう。

 

 

(あぁ、元の世界と違って何の耐性もないんだっけ…?)

 

 

その証拠として慎二が用いたのが、彼女が契約したサーヴァントの真名を知っているという、ある意味ジョーカーとも言える手段だ。

 

言った途端に殺気を漲らせて顕現したアーチャーのサーヴァントに対し、慎二に付いてきたライダーのサーヴァントも姿をあかし、一触即発の雰囲気となりかけた。しかし慎二は自身のサーヴァントに霊体化するよう指示すると、凛へ少しでいいからそちらのサーヴァントと話がしたいと申し出る。視線をアーチャーへと向けると彼は無言で頷き、まだ殺すんじゃないわよと物騒な一言と共に凛は数十メートルほど離れていった。

 

 

 

「さて…久しぶりでいいのか?衛宮」

 

「貴様…一体どこまで」

 

「そう怒んなよ。さっきも言ったけど僕の目的は元の世界に帰る事と桜を助ける事。それ以外の事なんてお前らが勝手にドンパチすればいいだけの話だろ?」

 

「……………」

 

「別にこの事を遠坂に話すつもりはサラサラない。僕の話を信じてもらう為には、これ以外に思い浮かべなかったからね。だから、当面はまだ記憶を失った振りを続けても問題ないよ」

 

 

 

 

やがて、信用はするが信頼はしないという条件つきで協力関係となった慎二の次の目的が、柳洞時を拠点とするキャスターだ。

 

 

慎二から見れば、これが最大の目的とも言える。

 

恐らくキャスターであれば度々自分でなくなるという状況と、異世界へと戻るきっかけを見つけてくれるかもしれない。その為にはあちらにもまずは話を聞いてもらうだけの情報を提供しなければならないだろう。

 

 

(っても初対面の頃は容赦なかったからな…こっちもそれ以上の対策を考えておかないと…)

 

 

そこで慎二の足が止まる。

 

 

「どうしたのよ、急に立ち止まって」

 

「なぁライダー。寺の門に、誰かいるか?」

 

 

凛の質問を無視し、霊体化を解いたサーヴァントは慎二の言う門へと視線を向けるが、彼女は首を横に振る。嫌な予感を募らせる慎二へ、同じく霊体化を解除したアーチャーの一言に、慎二は階段を駆け上った。

 

 

 

 

「何者だ、あの連中は。あのような面妖な連中、キャスターの一見なのか?」

 

 

 

まさかとは思ったが、考えて見れば可能性はあった。自分の存在を異世界へと飛ばすだけでなく、監視する為にこの世界へと侵入していいたのだとしたら―――

 

 

 

息を切らせて階段を登り切った慎二の視界に映っていたのは―――

 

 

 

 

 

 

傷だらけの姿で柱へ括りつけられているキャスターと、彼女により門番として召喚されたアサシンのサーヴァントに、彼女のマスターである葛木宗一郎。

 

 

 

 

そして彼女たちの周りには見覚えがあり過ぎる連中…クライシス帝国の雑兵チャップと3体のサイボーグ怪人。

 

 

 

 

「まっていたぞ間桐慎二…」

 

 

 

間桐光太郎によって倒されたはずの怪魔妖族 ズノー陣の姿があった。

 




ふと考える。もしメドゥーサ姐さんがライダーになるとしたら配色的にもモチーフ的にも契約モンスター的にも浅倉さんに…と思い浮かんだり。

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