という個人的な感想はともかく94話となります。
間桐慎二が目覚めぬと最初に気が付いたのは、ガロニアであった。
その日の朝。間桐桜は衛宮邸には向かわず兄達と共に朝食を取ろうとキッチンで鼻歌まじりに食材を切り分けている途中、食卓に人数分のコーヒーを並べていたガロニアに一番寝起きの悪い慎二を起こしてもらえないかと頼む。
毎回注意しても夜更かしして魔導書を読みふける癖がどうしても抜けない慎二を光太郎やメドゥーサと当番制で起こしていたのだが、現在は同居人も増え、起こし方もそれぞれで異なる方法と取っている様子だ。
光太郎の場合は元気よく…というより元気過ぎる大声で、武の場合はすぐに起きるか鍛錬時に『何か』を追加するという容赦なき選択を囁き、メドゥーサなど2度声をかけても起きない場合は掛け布団どころかベットごとひっくり返すという荒業をしかける。
以上の事から慎二がその日誰に起こされたのか食卓に現れる際の表情を見れば明白であり、桜も少しばかり気の毒に思うのだが自業自得ということで納得させながらいそいそと味噌汁に豆腐を投入するのであった。
光太郎達と比べれば、まだガロニアは穏やかな起こし方をしてくれいるらしい。と、言ってもガロニアも鍋蓋をお玉でガンガンと鳴り響かせるという、体育会系の合宿時に取り入れられた懐かしい方法なのだが、光太郎よりマシだと慎二の感想である。どこでそのような知識をガロニアが有したこともそうだが、一体義兄はどれ程のボリュームの声を発して起こしているのであろうか…
だが、桜の疑問も、平和な間桐家の朝食も青ざめた顔で階段を駆け下りてきたガロニアの言葉に一蹴されてしまった。
慎二が目を覚まさない。
深い眠りについた訳ではない。本当に、目を覚まさなかった。
光太郎やメドゥーサが乱暴に身体を揺すっても、目を開けることなく定期的に呼吸を繰り返すだけ。光太郎は直ぐにかかりつけである診療所へ慎二は運び込んだが、原因は不明。間桐家の主治医の話によれば、脳波や心音も人間が睡眠している状態と変わりないという。ただ、不審な点を見つけたと慎二の首筋へと指を刺すと、そこには虫刺されのような赤い痕がくっきりと残っていた。
「…蚊や蜂に刺された可能性もあるが、どちらかと言えば注射を刺した後の方に近い。もしかしたら、何かを投与された可能性もあるが…」
「あっ…!」
慎二が横たわるベット室をカーテンで遮り、深刻な面持ちで語る主治医の話に心当たりがあったのか、短く声を上げる桜へ一同の視線が集まった。
「桜殿。何か心当たりが?」
「は、はい。皆さん、昨日の戦い覚えていますか?」
「ええ、クライシスが物量で攻め込んできたのですよね」
武の質問に答えた桜の言葉に、メドゥーサも頷いて見せる。
日頃のお礼と柳洞寺に住まうメディアへ手土産を持って訪問した際に敵が雑兵とは言え数百体という数で押し寄せ、光太郎達は場所を裏山へと移動して戦闘を開始。長時間の戦いの末に次々と出現するチャップと怪人素体を全て撃退したが、一度も敵幹部が姿を見せる事がなかった事に疑問を抱く光太郎は、肩で息をする慎二と桜に周囲を索敵すると言い残し、付近の森林へと踏み込んだ、その後の事であった。
「っ…」
「兄さん、どうしました?」
「いや、何かに首が当たったような」
変身を解除した直後、首筋を手で押さえる慎二に見ましょうかと尋ねる桜を空いている手で制した慎二は携帯電話を取り出す。
「なんでもないよ。光太郎が調べてる間にライドロン呼んじまおう」
「でも…」
「いいんだよ、どうせ気のせいだろうし」
長時間での戦いによる疲労も重なった為か、慎二の言葉に頷いてしまった桜は彼が連絡して3分もせず地中から現れたライドロンの後部座席で光太郎を待つ事数十分。何の成果もなしに戻った光太郎を乗せた赤い車両は一道間桐邸を目指すのであった。
「もしかして、あれが原因で…」
「そのもしかして、かもしれないわね」
桜の言葉を遮り、診察室に姿を現した人物達の名を、ガロニアは思わず口にする。
「メディア様、クー・フーリン様…」
「だぁからその様ってのは止めてくれっての」
自身の呼び名に何処か気恥ずかしいのか。ランサー…クー・フーリンはボリボリと頭部をかき乱すと突然カーテンを開放し、眠り続ける慎二をジッと見つめる。さらには慎二の頭部を鷲掴みし、持ち上げると主治医が見つけたという痕を見つける。
「どうよ、若奥様」
「あとでブン殴るわよ…そうね、連絡を受けた時点でもしやとは考えていたけれど…」
分析を始めたクー・フーリンとメディアだったが、光太郎はメディアの発言に疑問を抱き、視線を主治医へと向ける。慎二のカルテを運びこんだ主治医はどうやら光太郎の考えを理解したようであり、あっさりと白状した。
「あぁ、最初に光太郎君から電話を受けた時点で私が連絡した。もし科学的な原因でないならば、魔術的な原因があると思ってね」
「いい迷惑だわ。以前宗一郎様の治療に携わっていなかったら断っていたところよ」
そこまで面倒見切れませんと言い切ったメディアは両目を閉じ、慎二の額に手を当てる。密着した慎二の額とメディアの手の隙間から紫色の光…メディアの魔力が淡く輝いた。どうやら慎二の体内に自身の魔力を流し、異常がないか確かめているのであろう。やがて魔力の光が消え、ゆっくりと目を開いたメディアの口から飛び出した言葉に間桐家の面々は絶句するには十分なものであった。
「魂が…肉体から剥がされているわね」
(さて…どうしたもんかね)
午前の授業は無事に終了…と言っても慎二にとっては過去に受けた内容とまるで同じだった為、受ける必要はなかった…とはいえ、とりあえずノートに教員が黒板へと記した板書をノート書き写す程度の事はしておいたが、慎二の思考は今後の方針をどうするかということで占めていた。
慎二が置かれている状況…自分ではない間桐慎二なる人物の周囲は大きな変化はない。いや、この世界に光太郎が存在しないという時点で大きくズレが発生はしているのだが。
(まずは…やりたかないけど情報収集か)
今後の行動を決める為にも、自分ではない間桐慎二という人物像をさらに詳しく知る必要があるが、今朝の美綴綾子の態度を見ればこの世界で自分がどのような奴かは明白だ。それに自分はどんな人物なのかと聞いて歩くの妙な誤解を生みかねない。幸い同じクラスにいる衛宮士郎は慎二に嫌悪感を抱いている様子はなく、変に関係を拗らせている間柄ではないらしい。それに、彼の手の甲に未だ令呪の前触れである痣が現れない様子を見て、彼にはこれから同じ運命を辿るのかと考えてしまう。
だが、士郎の心配をしている場合ではないと考えを切り替え、慎二は購買部へと向かう。適当にパンと飲み物を見繕い向かった先は生徒会室。本日は士郎が運動部に備品の修繕を依頼されている為、生徒会室にいるのは彼1人しかいないはずだ。
「…何用だ?貴様が楽しめるようなものはこの部屋に何一つ置いていないはずだが」
「固い事言うなよ。僕だって、たまには違う場所で食事を取りたい時だってあるさ」
「…ここは食堂ではない。そもそも生徒会に属していないお前がここに来るという時点で何を企んでいるかと怪しんでいるのだが」
「随分とストレートに言ってくれるね。あとそれ、衛宮にも同じこと言えんの?」
「衛宮は生徒会の協力者として特別に許されていし、許可も下りている。母校に貢献する生徒へ許される特権と言ったところだ」
「はいはい。どうせ僕は好き勝手にやってますよ」
「ふむ、どうやら自覚があるようで何よりだ」
開口一番に慎二へ手痛い挨拶を交わした人物は柳洞一成。この穂群原学園の現生徒会長であり、士郎の良き友人だ。元の世界では慎二とも気軽に話せる立ち位置にいるはずだが、どうやら綾子同様に慎二を快く思っていない方らしい。
慎二は一成の遠回しな入室お断りという主張を無視し、事務に勤しむ一成の対面する形で座ると、眉間に一層深く皺が刻まれた。
余程とは言わないが、相当嫌われているらしい。
(ったく、何やらかしてんだか僕は…)
封を開けた味気ないパンを貪る慎二だが、幼い日の自分を思い浮かべればどこか納得する点もあった。
自分が誇り高き魔術師の家系の生まれであり、魔導書を読めるというだけで後継者になれるはずだという壮大な誤解を抱いていた頃。その夢は留学していた頃祖父から届いた一通の手紙によって音を立てて崩れ去り、一時帰国した時などそんな事情も知らない義兄と義妹に八つ当たりしてしまったのだ。
だが、敢えて祖父がその思想を砕いてくれたおかげで今の自分や光太郎達との関係も良好になった。
もし、この世界でそのような事が一切なく、上っ面だけの誇りばかり大きくなった自分が何かを理由に拗れてしまったのなら…はっきり言って同情しか浮かばない。
(光太郎が間桐家に来なければ…僕もそうなっていたかも知れないって事か)
ただそれだけ。それだけで大きく分岐してしまった別の自分との違いに複雑な心境となる慎二に、目の前に座る生徒会長の声が耳へと届いた。
「そ・れ・で?一体何が目的なのだ慎二よ。お前のことだ、衛宮のいない今を狙って生徒会室に入り込んだのも算段の内なのだろう?」
「はぁ?僕を遠坂と一緒にするなよ、ちょいとお前に個人的な質問があるだけだよ」
パンのビニールを握りつぶし、袋へと詰めた慎二はあちらから話を振ってくれるとは好都合とばかりに口元を歪める。同時に綱渡りであるこの方法が成功するかどうかと不安に駆られながらも。
(さて、ここからだな…)
息を飲む慎二は冷静に勤めながらも、未だ警戒している一成へと質問を開始した。
「女子から聞いた話なんだけどさ、葛木がお前の寺に住み着いてるって本当か?」
「何?」
さらに視線を鋭くする一成に対し、慎二は内心質問がストレート過ぎたかと焦るが、眼鏡の位置を指先で戻した一成は隠す事でもないがと質問に対する回答を続ける。
「確かに宗一郎兄…葛木先生は俺の自宅で居候という立場にある。それがどうかしたか?」
「いや何、寺の階段を登る姿を何度も見たって聞いてね。それに気になるのはここからなんだけどさ…」
ここまでくれば後は…と慎二は後詰めとして、どのような対応もできるよう、手足に力を込めた状態で、一成へと尋ねた。
「葛木の隣を女の人が歩いてたって聞いたんだよ。しかも、外国人の…その人について詳しく知りたいんだけど…」
「あぁ、その人は宗一郎兄のっ―――――」
瞬間、一成の目の色が変わる。
何かに取り憑かれたように無表情となった一成は手元にあったカッターナイフを握ると机の上に飛び乗り、慎二の胸目がけて突き立てようとするが、動きを予測していた慎二によって両手で手首を掴まれるが尚も慎二を殺そうと目を尖らせいる。振り払おうとする一成の腕を必死に押さえつける慎二の表情は待っていたと言わんばかりに笑い、恐らく聞いているであろう人物に対して告げる。
「やっぱり、暗示をかけていたみたいだねぇ。揺さぶって正解だよ。けど、心配しなくても葛木に手を出すつもりもないし、アンタの願いの邪魔もするつもりはない…ただ、話をしたいだけだ!」
慎二の言葉を聞き入れたのか。一成の動きがピタリと止まり、カッターナイフを手放して直立不動になると、無言で慎二を見つめ始めた。
「…近いうちに尋ねるよ。その場所も、アンタの根城としている柳洞寺だ。何の不満もないだろ?それともう一回言っとくけど、僕は話をしたいだけだ。戦うつもりはないからね」
「キャスターさん?」
直後、一成は糸の切れた人形のように崩れ落ちるが、寸でのところで慎二が受け止める。深く息を吐いた慎二は取りあえず一成を元居た場所へと座らせ、どうにか事を進めたと額に流れた冷や汗を拭う。
彼女から疑問を投げかけられたのは、その直後だった。
「何のつもりですか、シンジ」
霊体化を解いたライダーのサーヴァントの表情は、相変わらずだ。しかし、その声色には疑惑と怒りが込められている。それはそうだろう。今サーヴァント全てが揃っていないとはいえ、今は聖杯戦争の真っただ中だ。
だと言うのに、白昼堂々他のマスターならともかく、サーヴァントに話をしたいなど持ちかけるなどマスターにはあるまじき行為だ。ましてや正式なマスターではない慎二の行為など、サーヴァントから見れば錯乱したとしか思えないはずだ。
「ああ、確かにお前の言う通り、僕の行動はおかしい。お爺様にバレたら殺されるレベルだ」
「それならなぜ…」
「お前、桜を助けたくない?」
「っ…」
ライダーの言葉が詰まる。まさか、桜を虐待した兄からそんな言葉が出るとは思いもしなかったからだろう。逆に慎二から言えば、自分が桜を助けると言って驚天動地という顔を見せるライダーの態度にショックを受けしまっているが、それはこの世界で仕方のない事と自分を納得させ、次の行動を移る。
「さぁて、次の相手もちょいと厄介だな…」
この世界に来てしまった理由と、自分が違う自分へと感化されてしまう原因を探るには、やはり魔術師による意見が必要だ。
この世界の祖父は信用できず、桜と対面するといつまた乱暴を働くか分からない。ならば、敵対者であろうとも元いた世界で頼りにした人物を尋ねるしかない。
そして、異なる世界であろうとも苦しむ妹を助ける事は、兄の役目だ。
「つー訳だ。実の妹を助ける為なら協力を惜しまないだろ」
「なぁ遠坂?」
生徒会室の窓へと移動した慎二は廊下を悠然と廊下を歩く遠坂凛の姿を見るのであった。
慎二くんは授業中、考えに考えを重ねて異世界の妹も助けると決意した模様です。
果たしてそう上手くいくのでしょうか…?
お気軽に感想などいただければ幸いです。
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