では、93話となります!
穂群原学園
ホームルーム前の教室内は登校した生徒たちが昨日の宿題や本日の授業中、教師から指名されたらどうしようと戦々恐々するなど取り留めのない会話を遮断する鈍い落下音が教室に木霊する。
生徒たちの視線は一斉に注がれた席に座る男子生徒は、絵に描いたような不機嫌さを全身から醸し出していた。
肘を突いた左手で顎を支え、空いた手の人差し指でコツコツと机を突く生徒の名は間桐慎二。慎二の眉間はそのままでは後が残ってしまう程に皺が寄り、犬歯をむき出しにした彼の表情は普段見せる落ち着きなど欠片も感じられないものとなっている。
だが、この教室で慎二の癇癪を起す事がいつもの事であるのか、生徒は再びガヤガヤと話題を戻していく。
(ったく、何なんだよこの『世界』は…)
内心で舌打ちしつつ、直前に自身へと向けられた生徒たちが興味本位で向ける目にさらなる苛立ちを募らせる慎二。本来彼が知る雰囲気とは同じようでまるで異なる空間に1人でいる孤独感よりも、朝から自分へと降り注いだ厄災に対する不満の方がまさっているのであった。
「は、ハハハ…おい…お前、何言ってんだよ」
何の冗談だと続けようとする慎二は笑って見せようとした。自分でも呆れるほどに乾いた笑いを口から漏らす様子を見た桜は、改めて告げる。
そして慎二を追い詰めるように、いないはずの人物の名まで聞こえてしまった。
「ですから…コウタロウさんなんて人、私…知りません」
「私の家族は兄さんと…お父さんと…」
「お爺様…だけ、です」
嫌な汗が背中を通過する。心臓や胃袋が手で鷲掴みされるような不快感に覆われる。喉が渇き切り、妙な呼吸音が、耳に響いてしまう。
(やめてくれよ…お前は僕よりも長く愚兄の妹やってるんだろ…?365日も多く過ごしてたんだろ…?あんな奴を知らないなんて…それに……お爺様が…生きている?)
光太郎の存在を完全に否定しただけでなく、光太郎に全てを託して逝った祖父が、間桐蔵硯が生きている。自分達の目の前で、完全に姿を消したはずの、あの祖父が。
もう思考が追い付かない。額を抑え、ヨロヨロと後退する慎二はやがて廊下の壁へ背中が当たると俯いて呼吸を荒げてしまう。尋常でない慎二の様子に、自分の知らない人物の事など一切振り払った桜は遠慮がちに慎二へと呼び掛ける。だが、彼女の接し方もまた慎二にとっては不可解なものであった。
「に、兄さん!だ、大丈夫…ですか?」
まるで腫物にでも触れるような、見知らぬ第三者に接するかのように下からのぞき込んでくる桜は慎二を心配すると同時に、何かを恐れているようにも見えた。自分の知る桜ならば、額に手を当てた後に、風邪であったのであればどうして出歩いているんですかと一喝する所だろう。
今も返事を待っているかのように控えている桜との違いばかりに目を向けてしまう慎二は違和感以上に、段々と何かが込み上げていく。
(違う…桜は僕を心配してくれているだけだ…けど…)
(なんで…)
(なんで……)
(なんで………)
(とてつもなく……鬱陶しい)
やがてそれは、本来抱くべきではない感情となって爆発してしまった。
「兄さん、もし体調がすぐれないなら寝ていた方が…」
「――さい」
「え?」
「うるさいって言ってんだよッ!なんで一度言って理解ができないのかなぁ桜ッ!!」
「す、すいません…でも兄さんの様子が…」
「はぁ!?僕のせいだと言いたいのかよ!だいたいお前はいつも―――」
突然桜へと罵声を放った慎二の動きは止まる。彼の手は桜の顔へと向けて、まさに叩こうと振り上げられていた。制止した自分の手を見上げた慎二は、今しがた桜に向かって何こんな子供じみた癇癪をぶつけしまった理由にまるで見当もつかない。
あまつさえ暴力さえも振るおうとしたなど…
「さ、桜…今のは…」
「ごめんなさい兄さん…許して…下さい」
自身でも抑えられない衝動に駆られてしまった慎二は手を下ろして弁明しようとするも言葉も届かず、顔を守るように両腕を翳し、ひたすら慎二へ謝罪を続けていた。
「さく、ら…」
震える桜へと手を伸ばそうとする慎二であるが、そこへ別の人物が現れる。もう聞くはずのない声が耳へと響く。自身の激情を桜へぶつけてしまい頭から抜けていたかもしれない。または、やはり空耳であって欲しかったのかもしれない。
「朝早くから何を騒いでおる」
足音はなく、ただ杖が床を突く音だけが響く廊下の先。未だ日の差さない薄暗い廊下の奥で、近づいて来る妖しく光る瞳がぼんやりと浮かんでいた。誰かによって妖怪などと比喩される外見は、その影だけでも見間違うはずがない。慎二はあり得るはずないと己の記憶に残る、穏やかな表情で消滅したはずの家族の名を、途切れ途切れにだが口にした。
「お、爺…様…」
「なんじゃ。まるで幽霊にでも出くわしたように青い顔をしおって。それとも、儂の容姿に対する比喩のつもりでいるのであれば見事な役者ぶりでもあるがなぁ…」
口元を歪ませる間桐家の当主、蔵硯は石のように動かなくなった慎二の隣で立ち止まる。
「朝から喧嘩とは感心せぬの。間桐の家に住まうただ二人の兄妹。つまらぬことで諍いを起こす出ないぞ?」
「…………」
「桜よ。本日も訪問があるのであればさっさと家を出るが良い。あまり衛宮の家主を待たせるものではないからのう」
「は、はい…では、行ってきます」
蔵硯の登場で我に返った桜は固まったままの慎二に数度目を向けながらも、1階へと繋がる階段を駆け下りていった。廊下にある掛け時計を見れば、成程。弓道部の朝練前に衛宮士郎の家で朝食を作りに行くのであればこの時間に起きて、出発しなければ間に合わないのだろうと、様々な要因が重なった事により、逆に冷静となった慎二は窓から門を抜けていく桜を見つめる。
深く息を吐き、我に返った慎二は今自分が知るべきはこの状況だと考え、改めて死んだはずの祖父へと目を向ける。
最後を隣で看取った父の話によれば、蔵硯の身体と、核とも言うべき刻印蟲も完全に消滅したと聞いていた。ならば、予め予備の肉体に意識を移していたという考えもあったが、自らへの戒めとして他人の命を糧とする事を断じ、いつ死んでもおかしくない状態にあったはず。しかし、慎二の目の前に立つ蔵硯は窶れているがとても死と隣り合わせにいるようには見えなかった。
慎二が思案する中、一匹の虫が蔵硯の耳たぶへと留まる。どうやら自分の使い魔であり、肉体の一部である刻印蟲が主へと報告を告げているようだ。蔵硯がゆっくりと頷くと、蟲はそのまま主の肉体へ沈むように一体化。不気味な光景に知っていたとはいえ顔を引きつらせる慎二へギョロリと暗い眼を向ける。
「慎二よ…桜はライダーを召喚したばかり。いくら貴様にマスターの資格を譲ったとはいえ魔力供給事態は桜によるものじゃ。あまり可愛がるでない」
また新たな情報が勝手に舞い込んで来たが、驚くのは二の次だと慎二はその情報をため込み、のちに整理しようと企む。桜が光太郎を知らないと言い、蔵硯が自分の幼い頃と変わらぬ不気味さを携えているという時点で仮説を立てた慎二は、念のために確認する。
桜が光太郎を知らないと言った時点で、光太郎を間桐邸に招いた蔵硯もその存在を知らないはず。ならば、その根本でもある原因だけでも、聞いておかなければならないのだ。
「お爺様…ゴルゴムという言葉に聞き覚え、あるか?」
「ゴルゴム…」
一瞬眉を顰める蔵硯であったが、直ぐに曖昧な答えと共に先ほどから浮かべていた不敵な笑みを浮かべる。
「さてのう。随分と長く生きた中でそのような『単語』を聞いたかもしれぬし、聞かなかったかもしれんなぁ」
「そうか…」
聞くべき事は聞いた慎二はフラフラとした足取りで階段を下っていく。
「どこへいくのじゃ、慎二」
「目を覚ましちゃったからね。少し早いけど学校にいく準備」
「…………………」
蔵硯の顔を見ることなくあっさりと答え、階段を下る慎二を見る蔵硯の目は疑念に満ちていた。
先ほど、桜への暴力は控えろと言った際に、少なからず殺気を込めていた。いつもならば自分が登場した途端に怯える慎二のはずである慎二が臆して尻餅をつくどころか、平然と身支度に移るとは…
「まぁ良い。あの
既に作り置きされていた朝食…恐らく桜が作ったであろうものを平らげ、シンクで軽く水洗いした後に学校へと出発した慎二は移動中に携帯電話で可能な限り、調査を開始した。
自分が今いる場所は冬木市で間違いなく、10年前にも発端である大災害も発生している。
その代わりに、都市伝説であった仮面ライダーの存在は全くと言って言い程出てこなかった。
続いて自分が巻き込まれたゴルゴムによる怪事件も、道端で見かけるその爪痕も見当たらない。
何より季節が冬…そして蔵硯の言う言葉が正しかったとしたら…
(僕は…光太郎が…仮面ライダーが存在しない世界にいる)
慎二は人気がいない裏路地に入ると鞄の中から一冊の本を取り出した。それは聖杯戦争参加者であるマスターが持つサーヴァントへの絶対命令権でもある令呪から創り出した偽臣の書。以前、もしもの為に光太郎が自身の令呪の一部を使い作ったはずの本がこうして手元にある。という事は、今も自分の近くにいるかもしれない。
「メ…いや」
「ライダー…いるのか」
「ここに」
光が凝縮し、姿を現したのは慎二のよく知る姿の女性だった。だが、やはり違和感しかない。
慎二の声に応じて現れたライダーのサーヴァントは、桜と同じく紫色の髪と肩や腿を大胆に露出した妖艶な女性だ。大きな眼帯で目を隠してどのような眼をしているかは不明だが、無表情の奥に不満が見える。
慎二という偽りの主に使える事は本意でないという事だろう。この世界の自分は何のつもりか分からないが、桜からライダーを借り受けてマスター気取りに従事しているらしい。
「何か御用ですか」
「お前は…」
「はい」
「いや、やっぱりなんでもない。霊体化して構わない」
「…………」
躊躇した慎二の言葉に従い、彼女は直ぐにその姿を消した。何の用もないのに呼び出したという不満は募るだろうが、かまいはしない。今、慎二が念のために聞こうとした質問の答えを聞きたくなかったからだ。
『光太郎という人物に聞き覚えはあるか?』
返答など、1秒もしないで帰って来るだろう。だが、敢えて聞かなかった。聞きたくなかった。
例えこの場が自分の知らない世界であっても、彼女から…メドゥーサの口から光太郎を知らないなんて、慎二は聞きたくなかったからだ。
(さて、いくら考えても解決策が浮かばないまま学校に到着しましたっと)
幸いと言っていいのか微妙な線ではあるが、慎二は無事学校にまでたどり着けた。どうやら地形事態は自分の知る深山町と変わらないらしい。少しばかり早く到着したらしく、登校する生徒も少なく朝練に励む陸上部や野球部の姿が校庭に見える。
これなら教室で少しばかり考える時間が作れると思った矢先。
「ちょっと慎二!」
タオルを首にかけた道着姿の美綴綾子だ。自分を呼び止めた声や表情から、明らかに怒っている事は明白だ。
(…そう言えば朝練思いっきりサボってたんだな)
これは説教かまた例の喫茶店のケーキセット奢りで手を打つかと思案する慎二だったが、ズンズンと擬音が聞こえるような足音と共に歩み寄る綾子に突然と胸倉を掴まれてしまう。
「ちょ、ちょっと待て!?朝練抜けたのは悪かったけどそこまで…」
「はぁ?アンタが朝練サボるなんていつものことでしょう!それより、私がいない間に随分と酷い事してくれたらしいねぇ」
綾子の目は怒りと共に軽蔑も含まれている。どういう意味であるか本日この世界へ来たばかりである慎二には皆目見当もつかない為、ただ綾子の怒りに耳を傾けるしかなかった。
それは、我が耳を疑うような出来事だった。
どうやら慎二…この世界の自分は昨日主将である綾子が不在である事をいい事に好き放題部員をいびっていたらしい。まだ弓や矢の扱いに不慣れである1年の男子に射場へと立たせ、慎二が満足するような射ができなければどかせないなどと言う下劣な指示を出し、晒しものにしたという。
おかげで退部を申し出る一年まで出てきてしまいそのツケが全て綾子へと回ってきたのだ。
「アンタ…衛宮を部から追い出しただけじゃ飽き足らず、これ以上部を滅茶苦茶にするってんなら、私許さないからね!」
一通り文句を言った綾子は慎二を手放し、足早にその場を離れていった。
しばしその場から動けなくなった慎二は、今朝桜に向けてしまった感情が再びぶり返してしまう。
「なに…やらかしてんだよ、ここの僕は…一年に恥をかかせた?衛宮の馬鹿を部から追い出した?」
気が付けば、拳を強く握りしめている。
見覚えのない出来事に理不尽さを感じているのはもちろんある。だが、それ以上に気に食わなかった。
(なんで…よりにもよって…)
『私許さないからね!』
この言葉が、一番堪えた。
そして教室に到着した慎二は苛立ちを隠そうともせず、隣に顔見知りの生徒が現れるまでそれは続いていた。
「よ、今日は随分と不機嫌なんだな」
「…衛宮」
「ん?どうした?」
笑顔で自分に返事をするこのお人好しは、どの世界でも変わらないのだろうか。ここにきて初めて安らぎを感じた慎二は桜に八つ当たりした時のような声を荒げる事なく、どうにか感情を鎮める事に成功した。
「いや、なんでもない」
「ん、そっか」
「桜…どうしてる?」
「いつも通りだぞ。朝食一緒に食べて、弓道部に向かった」
「あぁ、そうか…衛宮」
「ん?」
「桜を、頼むぞ」
「なんだ、珍しいな慎二からそんな言葉が出るなんて」
「五月蠅い」
そして授業が開始され、慎二は過去と同様の内容に退屈しながらもノートにペンを走らせる。
学校から遥か離れたビルの一室から、双眼鏡で慎二の様子を伺い、ギョロリとした目を持つクライシスの妖魔一族ズノー陣はニヤリと笑う。
「どうやらうまく『溶け込んで』いるようだ…別世界にいるマリバロン様へと報告せよ!」
「ハッ!」
ズノー陣に命令を受けたチャップは巨大なコンピューターを使用し、通信を開始する。
「今に見ていろRX…貴様にかつて倒された恨み…別世界で貴様の弟が消えるという絶望と共に返してやる」
「どうやら作戦は上手くいっているようだな」
漆黒の軍服を纏った男…ダスマダーは通信機から届いた報告を聞くと横目で自分を未だ警戒している四大隊長たちへと顔を向けた。
「何も警戒することはないだろう。これは実験だ。もし成功すれば、確実にRXを葬り去る事ができるのだぞ?」
「しかし、その為に一度死んだ私の部下を利用するなど…!」
不満をぶつけるマリバロンの声を押しつぶすかのように、ダスマダーは負けじと大声を張る。
「作戦が成功すれば無事に拾ってやるわ!そもそも私自身が指揮を取る羽目となったのも、貴様ら不甲斐ないからではないか!!」
何も言い返せず、歯噛みするしかないマリバロンにガテゾーンは庇うように質問をぶつけた。
「しっかし査察官さんよ、よくあんな手段をみつけたじゃねぇか。RXの家族の魂を別次元に飛ばし、並行世界の同一人物に溶け込ませる事で存在そのものを消滅させるなんて手をよぅ」
ガテゾーンの言葉を誉め言葉と受け取ったのか、ダスマダーは口元を歪めて解説を始めた。
「ふっ…この星で我が密偵が回収したデータを基にしたのだよ。確か…自身の魂を加工する事に成功させた『死徒』の研究を利用したのだ。だが、どうやら研究はまだ不安定らしい」
「不安定、とは?」
「魂が完全に元の肉体を離れ切っていない為、僅かながらまだ生きているという事だ」
ボスガンの質問に答えたダスマダーは別のモニターを点灯させる。
そこに映し出されているのは、目を開けぬまま数日が経過した間桐慎二を心配そうに見つめる衛宮士郎や遠坂凛。
どうか目覚めて欲しいと慎二の手を握る間桐桜へ寄り添うガロニア。
そして義弟が目覚めぬ理由にクライシス帝国が関わっていると知り、怒りの表情を浮かべる間桐光太郎の姿があった。
慎二君が行ってしまった世界は時期的にまだ士郎に令呪になりそうな痣すら出ておらず、メドゥーサ姐さんが召喚された直後くらいですかね。
ダスマダーさんの言う死徒は…ほら、あのピアニストです。
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