Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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はい、ごぶさたしております。

ついに先月は1回しか投稿できなかった。ちきしょう…

4月からなるべくペースを取り戻したいなと願いつつ、86話となります!


第86話

現れた男…ランサーの只ならぬ殺気を肌で感じ取ったマリバロンは自分で調べ上げたサーヴァント達の認識を改めるべきと思い知った。

 

聖杯によって召喚されたサーヴァントはそれこそ神話や伝承に名高い、超人的な力を発揮することが出来た。しかし、聖杯という枷から離れただの人間に身を落とした彼等には憎き間桐光太郎の補助が精々のはず。幾度がとてつもない力を発揮したようだが、その力を常に維持している訳ではないと調べも付いている。

 

だが、この男は違う。

 

例え力を失おうとも、相手が自分よりも強大であろうと食らいつく。

 

勝利をつかみ取るまで殺しても死なない、危険な男であると。

 

どうにか刺激させぬよう事を進めようとするマリバロンであったが、隣に立つ女はあろう事かこの危険な男に対して与えてならない刺激を口にだしてしまったのだ。

 

 

 

 

「あらぁ、お久しぶり。まぁだ昔の事をズルズル引きずっているのねぇ。もう3ヵ月も大昔のことじゃなぁい」

 

「…………………」

 

 

エミリア・シュミットは濁り切った瞳で見つめるランサーは無言で着地し、分子破壊光線発生装置へと突き立てた槍を強引に引き抜く。槍の先端から垂れるオイルを拭う事なく、隠しようのない殺気をただ、その身から解き放つランサーの口から、静かに言葉が紡がれた。

 

 

「要件はさっき言った通りだ。黙って死んでくれや」

 

「もぅ、つれないわねぇ。せっかくまた会えたんだからお話しましょうよぉ。例えばぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右も左も分からない新入り君の胸を貫いて、最後にどんな顔をして貴方を見つめてたとかぁ―――」

 

 

 

 

 

瞬間、エミリアの足元が抉れた。

 

 

正確には、エミリアが1秒前まで踏んでいた床にランサーの投擲した槍が突き刺さり、衝撃と共に砕け散ったのだ。周囲のチャップは目にも止まらぬランサーの早業に驚き、警戒心を上げた手に持ったライフルを構えるがランサーは意に介さず、ゆっくりとした足取りで投げ飛ばした槍と、微笑みながらも後に下がるエミリアへとせまる。

 

 

 

「チッ…避けてんじゃねぇよ」

 

「いきなりひっどーい!球のお肌に傷ついちゃったら、どうしてくれるのぉ?」

 

「その便利な眼を使えばいらぬ心配だと思うがな」

 

「自惚れないでもられるからぁ。あーんな攻撃なんて眼を使わずとも私の勘でじゅ・う・ぶ・ん」

 

「あーそうかい、そいつは野暮な質問だったな」

 

 

何気ない会話の応酬を口にする2人であるが、それぞれの表情はまるで異なる。

 

ランサーに登場した時に見せた殺気は薄れ、表情は読み取れないものの赤い瞳はエミリアから逸らす事なく、対するエミリアはそんなランサーの視線をとうに気づいており、なおも嘲笑を続けている。

 

異常とも思えるランサーとエミリアの対峙を見るマリバロンは分子破壊光線装置が破壊されたことによって、鹵獲した間桐光太郎…クライシス帝国の怨敵であるRXを確実に倒す手段を断たれた事に苛立ちながらも、思考を巡らせていた。

 

 

(忌々しいサーヴァントめ…どうやら狙いはエミリアのようだが、奴にはまだ利用価値がある。この場は助力するべきか)

 

 

ランサーとエミリアの間にどのような因縁があるかなどは知った事ではないが、エミリアは地球人と言えどクライシスの協力者。手助けし、借りの1つでも作っておけば生意気な口も少しは紡ぐであろう。

無言で手を上げ、どうすればいいのかとどよめくチャップ達にランサーへ狙撃するよう命令を下す寸前であった。

 

 

ランサーがこちらに目を向けることなく、指先でなにかの文字を描いた直後。床から炎が吹きあがりエミリアとマリバロン達を分断する、壁と作り上げた。突破を試みようとするが吹き出す炎と熱は凄まじく、チャップ達は近づくことすらできない。

 

 

「馬鹿な…いくらサーヴァントと言えど、人間に堕ちた者にこのような魔術が…」

 

 

さらに言えば、彼は自らランサーと名乗った。だと言うのに、ただ指を振るうだけでこれ程の炎を生み出す魔術を使役するなどあり得ぬと、熱風から庇う為に袖で顔を覆うマリバロンの目に、キラリと鈍い輝きを放つ物体が映る。

釘だ。それも、ある一定の間隔を開けて無数の釘が床に突き刺さっている。さらに釘の上部には何かが結ばれており、それこそが炎を生み出す原因。発火の術式を細かく刻み込んだ布きれにガソリンを染み込ませ、爆発的に炎を生み出す仕組みだ。これは以前に間桐慎二へとルーン魔術の手解きをした際に教えた基礎中の基礎であったが、まさか自分が使用するとは思いもしなかったランサーは、手品の種に気づいたであろうマリバロンの反応を横目で見る。

 

 

(気づきやがった…あと1分持ってくれりゃあ御の字だったんだが)

 

 

ランサーがエミリアの言葉に逆上したと見せかけて彼女に向けて槍を放ち、轟音に他の連中の目を逸らした隙に床へと打ち付けた術式が仕込まれた釘に、火種となる発火の魔術を発動。大規模な魔術を行ったと誤解させ、動揺するうちにエミリアを始末させようという魂胆であった。

しかし、思った以上に敵が冷静であった事は計算外ではあるが、今噴き出している炎の持続時間こそ短いが、そう簡単に打ち消せるものではない。

このわずかな時間に、確実にエミリア・シュミットを仕留めてみせると体勢を低くし、いつでも踏み込める構えを取る。

 

彼得意とする一撃必殺の槍を繰り出そうとする姿を見てもエミリアは身構えることなく、ただ可笑しそうにランサーを眺めるだけであった。

 

 

「ウフフ…どうしたのぉ、その自慢の槍で私を貫かないのかしらぁ」

 

「……………………………」

 

「きっと貴方のことだからぁ、私が見た未来を元にして避けるよりも速い攻撃を打ち込めば勝てるとか思ってたりするんじゃなぁい?」

 

 

僅かながら、ランサーの顔に動きがあった事をエミリアは見逃さなかった。

 

彼女の言う通り、ランサーの狙いは未来を見て攻撃を見抜こうが、それを上回る速度を持って穿つ方法。手の内を既に読まれているのであれば、それ以上の速さで仕留めればいい。

 

エミリアに見抜かれていた事は癪であるが、彼女自身が攻撃を視えているとしても避ける事はまず不可能のはず。それに、炎の壁もいつまでも保てる訳ではない。ランサーは意を決し、エミリアの心臓を突き穿つ為に重心を左足に置き、力強く踏みつけた。

 

エミリアとの距離が一気に縮まる。その変わらないニヤケ面のまま、胸を貫かれたという自覚がないまま殺す為にも人間の状態で出せる限界まで出し切る最高の一撃。

 

槍の先端が赤い軌跡となってエミリアの胸へと迫る中、ランサーの耳に異なる2つの音が届いた。

 

 

「残念ねぇ。とっくに『視えて』いたのよぉ。あなたが………」

 

 

 

1つはエミリアの声だ。相も変わらず、こちらの全てを見透かしていると言わんばかりに余裕を見せつけるような、ランサーの行動を憐れんでいるような、どちらにせよ彼を嘲笑う事に変わりない高い声を響かせる。そして、もう一つは―――

 

 

 

「な、にぃ―――」

 

 

ランサーの背中から響いた肉を貫く鈍い音――

 

不意の出来事に身体から力を抜いてしまったランサーが前のめりに倒れながらも、何が起きたのかと自身の背中を見るべく目を後ろに向ける。彼の視界に映ったのは、自分の背中に生える血液に染まった黄色い果実と、それを投げたであろう老人…否、真の姿を現した怪魔妖族ビャッ鬼が不気味な本性を現していた。ビャッ鬼は炎の壁の向こう側から冷凍バナナを投げつけ、ランサーの背後へと突き立てたのだろう。炎の向こうから、獣のような口を歪めるビャッ鬼の声が木霊する。

 

 

「ふん、このような炎など、私の絶対零度まで凍結されたバナナの皮すらふやかす事もできんわ」

 

「ケッ、そいつは…申し訳ない、ねぇ」

 

 

悪態をつきながらもついに床へと伏してしまったランサー。彼の手から離れてしまった槍は甲高い音を立て、床へと転がっていくが踏みつけて槍の動きを止めたエミリアは耐えに耐え続けた感情を、一気に爆発させた。

 

 

 

「アーハッハッハッハッハッ!そうそう、その無様な姿が『視えて』いたのよねぇ!私に勝つつもりで、そして不意打ちを受けて無念そぉーな顔で私を見上げるの!本当に、本当に可笑しいわぁ!!」

 

 

エミリアの高笑いにギリギリと脳髄を締め付けられるような頭痛に襲われるランサーの背後から迫る複数の足音。どうやら自分が倒れたと同時に炎の壁が消失し、武器を持った雑兵共が迫って来ているのだろう。

 

たかがバナナ一本でここまでダメージを受けるとは、エミリアの言う通りに自分は大分落ちぶれたのかも知れない。だが、それでもランサーには譲れない意地がある。

 

 

そう思い、ポケットにねじ込んである鍵束へと震える指を重ねたランサーの脳裏に、あの日に起きた出来事が蘇る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

3ヶ月前。

 

 

とある武装組織に身を置いていたランサーへとある研究施設への潜入任務が言い渡された。

 

それは、彼が組織に属してから初めて指揮を任される任務でもあった。

 

 

 

「つーわけだ、足引っ張んじゃねぇぞ手前ら」

 

「おいおい、おたくで俺らを指名しときながら随分な事言ってくれるじゃないの」

 

「そんなんだから相棒のレディに年中呆れられてんじゃないですか?」

 

「せ、先輩方!隊長に向かってそれは…」

 

「気にするな新人。ランスにとっては挨拶代わりなもんだよ」

 

「おいおい、ミーティング中にお喋りは現金だぜぇ。隊長様の堪忍袋もそろそろ限界に近い」

 

 

ギャング上がりで口の悪いジェイムズ。

 

口調は丁寧だが女好きのピーター。

 

一番年若いが度胸の据わっているユーゴ。

 

酒とギャンブルには目がないロン。

 

いつも馬鹿笑いしながらも周りを見ている最年長のデーモン。

 

 

 

配属された部隊で、ただ使用するロッカーが隣だったというだけという関係から日中は互いの背中を守り、夜は共に酒浸りになるという日々が続き、友と呼べる間柄になるまでそう時間はかからなかった。

 

実際はこのチームにもう一人、ランサーが聖杯戦争を生き抜いたパートナーが参加するはずであったが、彼女は義手の調整の為に今回は不参加となっていた。今思えば、彼女にトラブルが生じた事は不幸中の幸いだったのかも知れない。

 

 

 

「んで、俺らに下された命令は工作員との連絡が途絶えた施設の調査。捕虜にされてるようなら救出、場合によっちゃ破壊ってことだ」

 

 

テーブルに広げた地図の一点を差すランサー。彼の指が置かれた場所は、本来何も存在しない。つまり、秘密裏に建てられた違法研究所なのだ。聞かされた話によれば、やぶれた怪人の残骸を回収、そこから兵器への転用やクローン再生など目論んでいる連中が潜んでいるという。

 

 

「なんだよ、いつもの任務と変わりねぇじゃねえか。爆弾しかけてボンっで今回もおしまい。楽勝じゃねぇか」

 

「いいやジェイムズ。それだったら先に潜入した工作員がとっくにやっている。ならば、それ以外に何かがあるという事だ」

 

軽口を飛ばすジェイムズを制したデーモンは顎に手を当て、他に何かがあると資料を睨むが、彼が求める情報はそれ以上に得られることは無かった。デーモンの意見に同意するロンは愛銃を取り出し、隣に立つユーゴへ撃つ仕草をして意見を聞いた。

 

 

「確かに、ご老体の言う通りだろうよ。だが、それでこそやり遂げた後の酒は旨いというものだよ。なぁロン?」

 

「お酒に関しては勉強中ですけど、これは僕らにしかできない任務です。そうですよね隊長」

 

 

力強い意思を秘めた目で訴えてくる最年少の兵の姿に、ランサーとピーターは互いに見やりながら静かに微笑む。そう、これは自分達にしかできない任務だ。

 

戦えればいい、なんて入隊した当初とは別の思いが育み始めたランサーは、この連中とならば乗り越えられない戦いはない、そう断言できる、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい…悪趣味にも程があんだろ…」

 

 

 

謎の施設に侵入し、捕らわれたであろう工作員の救出にジェイムズ達に向かわせ、自身は単独で怪人達が潜んでいるであろう研究室へ足を運んだ。だが、彼が見たものは怪人の残骸などではない。むしろ、怪人の残骸であって欲しかった。

 

 

「人間の手足…それにどれもご丁寧に冷凍保存されているとはな」

 

 

ランサーが目にしたのは、ガラスの向こうに並ぶ人間の一部。どれもが指、二の腕、爪など事細かく小分けされており、中には臓器部分までが並んでいた。どう探しても、五体満足である人間は見当たらない。

 

肉体の形を見る限り、この場にあるのは女性だけのようだが、こんな所が存在すると思うだけで気分が悪い。ランサーは制御系に携わっているであろう端末を発見し、槍を振りかぶった直後、何者かの気配を察知して急ぎ振り返る。

 

 

 

「……………………」

 

 

「ロン…何があっ―――――」

 

 

 

いつの間にか自分と同じ部屋に入ったロンの表情はヘルメットを装着しているために読み取れない。様子がおかしいと踏んだランサーが呼びかけようとした途端に、彼の言葉が止まる。

 

 

ロンが、無言でランサーに向かい攻撃を仕掛けてきたからだ。

 

 

いや、彼だけじゃない。

 

 

 

「お前ら―――」

 

 

 

気が付けば、共に侵入してきた仲間達5人に囲まれていた。それぞれ得意とする武器…ランサーと同じく長物や打撃武器、中国拳法の構えを見て、ランサーは察する。彼等は本気だ。本気で自分を殺そうとしている。

 

 

(催眠術にやられた、か。なら、悪いが意識を刈らせてもらうぜ!)

 

 

 

駆けだしたランサーへ同時に攻撃をしかけてくる5人に対し、全ての攻撃を寸前で回避するランサーは一番身近にいたジェイムズの後頭部に槍の柄を叩き込む。以前の模擬戦でもこれにより数時間眠らせた荒業だったが、飛んだのは意識ではなく、部隊特有である、フルフェイスであるヘルメットだけ。

 

最初こそ攻撃を受けて項垂れていたジェイムズだったが、ゆっくりとした動作で顔を上げ、ランサーへと視線を向ける。ジェイムズの表情を…彼の姿を見てランサーは息を飲む。

 

 

「っ……」

 

 

ジェイムズの額から、何かが生えている。いや、生えているとは言い難い。今も懸命になって、彼の額に開いた穴へと生々しい音を立てて入り込もうとする幼虫のような生物が蠢いている。ジェイムズの両目、耳、鼻、そして口から絶えず血が流れており、人の声とは思えない音声が、喉から漏れ続けていた。

 

 

「あ”、あ”、あ”、あ”、あ”……」

 

 

それは他の4人も動揺だった。

 

白目を血液で染めた5人は一歩、また一歩とランサーへと接近していく中、室内のスピーカーからこの悪夢とは不似合いの少女らしき声が響いた。

 

 

 

『どぉかしら侵入者さぁん?お出迎えのお茶代わりにしては刺激が強かったかしらぁ?』

 

「何…こいつらに何をしやがった!?」

 

『どぉもこぉもないじゃなぁい。人の家に土足で踏み込んだ君達がいけないんだぞぉ?』

 

「訳わかんないこと抜かしてんじゃねぇ!この虫みてぇな奴を今すぐどけやがれ!」

 

 

スピーカーから漏れる女性の声に怒声をぶつけながらも攻撃を避け続けるランサーは、この奇妙な生物が彼等をおかしくしている原因だと見抜き、取り除く方法を聞き出そうとするが、最悪強引に引っこ抜くという手段も考えていたが、その考えは直ぐに否定されてしまった。

 

 

 

『もう無理よぉ?だって、私の転位の魔術でその気持ち悪い虫の脳と、その人達の脳を完全に結合させちゃったんだもーん』

 

 

「ッ!?」

 

 

『だから無理なのぉ。どうしても止めたければ殺すしかないわねぇ。それにぃ、その虫、人間に寄生して意のままに操るっていう怪人の試作品なんだけど、あるプログラムだけ仕込んであるですってぇ』

 

 

 

『目の前にいる人間をぉ、ひたすら殺し続ける、ですてぇ!』

 

 

 

 

『もしこのまま生かしておいてぇ、近くの街なんかに行ったらどぉーなるでしょう!キャーッ楽しみィ!!』

 

 

 

 

僅かな希望が閉ざされた。彼等を、共に戦い抜こうと誓ったばかりの同志をもう救えないという現実を突きつけられたランサーに迫られた選択は、もはや一つしかなかった。

 

 

「あ”、あ”、あ”、あ”、あ”……」

 

槍を力強く握る自分に、猶も奇声を上げて迫る5人に対し、ランサーは躊躇なく槍を放った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャハハハハハハハハハハハハハハハ』

 

 

 

人の神経を逆なでする甲高い笑い声が木霊する。そこは遮られた空間だったこともあり、否応なく木霊する。

 

 

 

あと他に聞こえるとしたならば…

 

 

 

 

『すっごーい!というかひっどーい!本当に戦うとなったら容赦しない人なのねぇあなたって』

 

 

 

 

 

『さすが神話に登場した英雄様ってだけあるわぁ。だって…』

 

 

 

 

 

聞こえるとしたならば…

 

 

 

 

 

 

 

『味方だった人達をこうもあっさりと惨殺しちゃうんだも~ん!』

 

 

 

 

 

 

 

自身が握る槍から滴れる、かつて『仲間』と呼んでいた者達を貫いた血液が、床一面に広がる赤い水たまりへと落下する音だけだ。

 

 

 

ピチャリ、ピチャリと…

 

 

 

「てめぇ…」

 

静かにランサーの口から漏れる低く、怒りが込められた声を聞くスピーカーの向こうにいるであろう女性は、冷ややかに告げる。

 

 

『ちょっとちょっとぉ。私が悪いみたいに睨まないでくれるぅ?その人達をおかしくしたのは私だけどぉ、殺したのはあ・な・た・なんだからねぇ。そこは間違えないでよぉ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この人殺し』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、駆け付けたランサーのパートナーであるバゼット・フラガ・マクレミッツが見たものは、一心不乱に施設内を探し回り、何も得られなかった苛立ちに機材を叩き壊すランサーと、敵によって人ですらなくなっていた同僚5人の亡骸であった。

 

 

さらに遅れて到着した司令塔である結城丈二により、今回の犯人であろう人物が特定された。

 

 

エミリア・シュミット。

 

 

ランサーからの報告と重ねあわせ、死んだとされる魔術師の姿が浮かび上がった。

 

 

その名を聞いたランサーは、拳を強く握りしめる。バゼットに指摘されるまで、自身の血がしたたり落ちることに気が付かない程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以来、任務をこなしながらもランサーはエミリアの影を追い続けた。時には暴力的な手段を無表情で講じながらも、追い続けた。

 

 

そしてエミリアが日本にいると聞き、バゼットの制止を振り切ってまで日本へと飛び、ついに対峙するまでに至る。

 

 

 

だからこそ、こんな事で眠っている訳にはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、ぅ…」

 

 

「あらぁ、まだ立てるのねぇ。背中にまだバナナが刺さったままだっていうのにぃ」

 

 

「あいにく…こんなもん笑い話にもならない状況でも戦ってたもんでね…ぐッ!?」

 

 

 

背中に刺さったバナナを自身で引き抜き、息を荒げながらも立ち上がったランサーに、止めと言わんばかりに再度両手にバナナを構えるビャッ鬼に、マリバロンは待ったをかける。これ程の傷を負いながらも立ち上がった男は、疲弊しながらさらに闘士を燃え上がらせている。

 

その理由はなんであるのか。

 

力がないにも関わらず立ち上がった男に興味を持ち始めたマリバロンとは逆に、ランサーの姿が滑稽で仕方がないエミリアはなおもランサーの行動が可笑しいのが、笑いながらも問いかける。

 

 

 

「アッハハハハハハハハ!何をムキになって立ち上がってるのぉ?あの時も言ったけどぉ、敵討ちなんて筋違いもいいところなんだからぁ」

 

 

 

ここにきてまで、自身は無関係であり、あの5人を殺したのはランサーと言い切るエミリアに対し、ランサーは額の汗を拭い、笑いながら告げる。

 

 

 

「あぁ、その通りだ。奴らを殺したのは、俺自身だよ」

 

 

 

 

確かに、殺した。

 

 

いや、仲間と呼べる存在を殺したのは、これが最初ではない。

 

 

 

聖杯戦争以前の…それこそかつてアイルランドでその名を轟かせたランサーは、昨日の友が今日の敵など珍しくはないそれどころか、敵対する人物がかつての知人。ましてや血の繋がった者でもあった。

 

 

それでも、彼等はしっかりと自分と敵対する理由を持ち争う事になった。

 

 

だが、彼等にはそれすらも許されなかった。

 

 

自分を失い、ただの操り人形となってしまった彼等には、選択すらできなかったのだ。

 

 

 

これを無念と以外に、なんと言えるのか。

 

 

 

だからこそランサーは…クーフーリンは誓った。

 

 

 

必ずあの魔術師をこの手で葬って見せると。友の無念を、この手で晴らして見せると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳だ。俺はこれしきの事じゃあ死んでやれないぜ、エミリア!」

 

 

 

 

力強く立ち上がったランサー。彼の姿に一部のチャップが慄き、マリバロンすら表情に出さないものの、見事だと内心で思う程に彼の姿は勇ましい。

 

 

 

「ふぅん、そう。けど、どの道貴方の運命はもう決まってるの。私が見た未来―――――え?」

 

 

 

 

 

今まで余裕の態度を崩さなかったエミリアの表情が曇る。恐る恐る彼女が振り返るその先にあるのは、黒い棺桶。

 

 

 

 

「うそ…ありえない。そんなことありえない!」

 

 

「なんだ、どうしたのいうのだ?」

 

 

 

エミリアの尋常ではない怯えように思わず声をかけたビャッ鬼だが、直後にエミリアはマリバロンにしがみつき、懇願するように泣き叫ぶ。

 

 

 

「撃って!今すぐあの棺桶を撃って!!じゃないと…じゃないと!!」

 

 

彼女の反応を見て、何が起きるかと察したマリバロンは急ぎ命令を下した。首を傾げるチャップ達には分からないだろうが、マリバロンが持つエネルギーセンサーに膨大な反応が突然として現れている。やはり、時間を掛け過ぎてしまった。

 

 

 

「撃て!棺桶に向けて一斉射撃だ!!」

 

 

 

マリバロンの怒声に慌てて安全装置を解除した機関銃が、一斉に火を噴く。次々と飛び出す薬莢、立ち昇る硝煙。無情にもチャップ達に放たれた無数の弾丸は黒い棺桶に数百という風穴を開けていく。

 

やがて弾丸が尽き、すでに原型を留めない黒い棺桶からは煙がユラユラと昇っていく。

 

 

それでも、エミリアの怯えは消えない。

 

 

「うそよ…」

 

彼女自身が言っていた。

 

 

「こんな、はず…」

 

 

自分の見た未来は絶対なのだと。

 

 

 

「うそよぉッ!!」

 

 

 

そして、自分の見た未来が起きて欲しくない願うのは初めての事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棺桶の残骸から、煙とは異なる気体が漏れ始める。

 

 

それは火薬によるものではない、余剰エネルギーが変化して生まれたもの。

 

 

さらに強まる蒸気と共に棺桶の残骸を吹き飛ばしたのは、黒い腕。

 

 

残骸を払いのけ、むせる程の蒸気の中からその姿を現したのは黒い戦士。

 

 

赤い複眼とベルトを輝かせ、左胸のマークを煌かせたその戦士の名は―――

 

 

 

 

仮面ライダーBLACK―――間桐光太郎が、煙の中から現れたのであった。

 

 

 




という訳で2カ月ぶりに主役復活。

その経緯は次回あたりに。

お気軽に感想など頂けたら幸いです。頂けたら頑張れます!

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