では、82話です!
「ふぅ…」
衛宮邸を立ち去った後、間桐光太郎は縁側に座ると小さく息を吐き、先ほどランサーが遠坂凛へ、冬木の管理人として尋ねた内容を思い返していた。
人間でありながら自身を理想の姿へと形作るべく、多くの人間を…自分の家族すら犠牲にした魔術師の行方。聖堂教会の代行者たちによって殺されたはずの魔術師エミリア・シュミットを探すと言うランサーは凛が彼女が過去に多くの殺人を重ねた上で殺されたという事実しか知らないと聞くと、その場を後にする。
もし、情報を耳にしたら自分に知らせるようにと立ち上がり、衛宮邸を離れるランサーへ光太郎は呼び掛ける。
『教えてくれ。そのエミリアという人と、一体なにが…いや、『なにを』されたんだ?」
『さっき言った通り、仕事の一環だよ。ちょいとばかり俺の都合も含めてだけどな』
『しかし…』
『悪いがよ。この件に関しちゃ俺1人で片づけたいんだわ。んじゃな』
振り返らないまま、光太郎の質問に答えるランサーはいつも通りだった。そのいつも通りが、光太郎の胸中を不安にさせる。凛から告げられた敵の情報を聞くランサーは、以前間桐家に訪れた際にゴルゴムについての説明を欠伸を噛みしめながらも適格な質問を上げ、しっかりと情報の整理を行っていた。
だが今回はそんな様子は一切なく、無表情で瞬きすら許さないように凛を見つめて傍聴していた。凛の表情を見て、自分に対して隠し事…エミリアの情報をごまかしてないのかと見定めるような視線に気づいているのは、自分と恐らく―――
「奴にも困ったものだ」
そう言って自分の背後に立つ黒いワイシャツにズボンを纏ったアーチャーが呆れたと言わんばかりに呟き、自分を見上げる光太郎にかまわず語り続けた。
「エミリア・シュミットという魔術師と奴の間にどのような因縁があるかは知らんだが、確実に何かがあるだろう」
「やっぱり、そう思うかい?」
「そして、我々に手出しをさせぬよう…いや、遠ざけるよう凛や私、そしてお前にしか話をしなかったかも知れんな」
「………………………」
光太郎の質問に見向きもせず答えたランサーの態度は、まさにそれだった。光太郎達に…いや、凛にエミリアの情報を求めたが、それ以上の事を彼は望まなかった。確かに彼の性格なら、獲物は自分で仕留めなければ気が済まないのだろう。
だが、光太郎は他にも自分達へ情報提供以外に頼らなかった理由があるのではないかと考えるが、それを確認する術はない。
そして話をした相手も、変にランサーの事情に深入りせず、冷静に判断できる人物を選んでの事だったのろう。話を聞いていなかった者達の中には、そんな奴を放っていられるかと言い出す少年がいたかも知れない。
「しかし参ったものだ。あのランサーが凛に頼りざるえないという事は、エミリア・シュミットは余程用意周到であり、予測の付かない方法で奴の目を掻い潜ってきた事になる」
「ああ。そして、この街で魔術師に関する事情に一番詳しい遠坂さんを訪ねてきた、という事は…」
エミリアは、冬木にいる。
「…問題は、エミリアがいつ動き出すかだ」
「話を聞く限り、彼女は自分の肉体を一部分変える為だけに、対象となる女性から身体の一部を奪い、殺害する。そんな事、絶対に許せない!」
拳を手に打ち付ける光太郎。エミリアを追うランサーは1人で事を済ませようとするだろうが、危険人物が冬木に身を潜めているのであれば何時、誰が狙われてもおかしくない。
「ランサーには悪いが、こちらも独自に捜させてもらおう。事態は、もはや奴個人の都合で片づけられんだろう」
「そうだな…どうにかエミリアを早く見つけないと」
「…一応聞いておくが、相手はゴルゴムやクライシスではない。異常者ではなるが正真正銘、ただの人間だぞ?」
アーチャーの試すような発言に、立ち上がった光太郎は自分よりもやや高めであるアーチャーの双眼をしっかりと捉え、言い放った。
「例え人間であろうとも、自分の為に誰かを犠牲にする存在を放ってはおけない。それが人間であろうとも、そうでなくても、俺は止めて見せる」
今回の相手は、クライシスが生み出した怪人やロボットではない。アーチャーの言う通り、ただの人間だ。光太郎はそれまで、自分が力を振るう対象が怪人であるから戦えたという意識があった。しかし、聖杯戦争開始以前にギルガメッシュから指摘された『相手は如何に力を持っていようが、姿形は人間だ』という言葉に迷いが生じてしまった。
過去の英傑と言えど姿が人間である相手に力を振るう。それでは、人間を襲う怪人と同じなのではないかと。迷いを持ったまま聖杯戦争最初の戦いがいざ始まろうとした際に、相手からの檄が飛んだ。
『お前さんがここにいるのはそうまでしなくちゃならない事がある』
ランサーにそう言われた時、光太郎の覚悟は決まった。
無論、仮面ライダーとなって人間に力を振るう事は避けたい。それでも、この力によってエミリアの凶行を止めることが出来るのであれば、迷いなく力を発揮する。それが力を持ってしまった自分に出来ることなのだからと。
「なら、私はしばし街の監視を強めるとしよう」
「え…?」
「凛の頭痛の種は、多くない方が良いのでな」
目を瞑り、ニヒルに口元を歪めるアーチャーは踵を返し、玄関へと向かう。段々と小さくなる足音を聞きながら、光太郎は再び縁側へと腰かける。
「じゃあ、頼りにさせて貰おう」
おそらく、何かあれば連絡をしてくれるはずだ。肝心な伝えるという言葉が抜けてしまってはいるが、彼の言い方ならば絶対に自分へ情報を伝えてくれる。根拠がないが光太郎にはそう思えてしまった。
「なら、俺は出来る事を考えなきゃな…」
自分の掌を見つめる光太郎は、ランサーが訪問するまでの間に凛によって強制された実験を思い出す。
あの大海魔を倒した力を引き出す実験は、当初メドゥーサと行う予定であったが『あの事件』以来、別の意味で気まずくなってしまった2人は目を合わすどころか、指先が触れるだけでお互い顔が真っ赤になるという非常事態に見舞われていた。
これには慎二達も呆れてしまい、メドゥーサは診察のみとなりアーチャーとの実験という流れとなったのだ。
メディアの理論上、大聖杯の欠片を体内に有する光太郎ならばこの世界に新生したサーヴァント全員と力を共有できるのだが、アーチャーとの実験ではまるで自分と繋がる様子は見られず、凛の思い付きによりお互いに傷を負うだけで終わってしまっている。
(力が繋がる為に、何かが足りなかった。気持ちの統一…だけでは、あの力は発揮できないのか?)
何が足りなかったのだろうと腕を組みうねる光太郎に、離れの方から聞こえる足音が耳へと届く。この歩幅から言って、家主である衛宮士郎だろう。
「あれ、光太郎さんだけですか?」
「ああ、アーチャーは用事があって外に。それにしても衛宮君、ずいぶんな大荷物だね」
「ハハハ、遠坂から久々に課題出されてしまったもんで…」
見れば現れた赤毛の少年は段ボールを抱えており、中身は全て同じガラス製のランプ。これを以前のように砕かぬよう強化して来いと言った凛の手には士郎以外の人数分用意された紅茶の乗ったトレイ。どうやら女性陣のみでお茶会を開くらしい。
お茶請けに釘付けになっているセイバーと桜の様子を見て、ここには味方がいないと悟った士郎は凛から託されたランプを持って離れを去って今にいたるという。ちなみに慎二と綾子に関してはいつの間にかいなくなっていたという。どうにも綾子が「この前の穴埋め」と言い出して強引に慎二を連れ出したとか。
「俺も強化は久々なんで集中できる場所でやろうと…」
顎で示したのは士郎の工房とも言うべき土蔵だ。そう言えば彼の魔術をまともに見ていなかったなと興味を持った光太郎は同行を申し出ると、そんなに面白いものではないですよ?と苦笑する士郎についていくのであった。
重々しい扉を開けた先には、修理途中であろう様々な器具が数多く並んでいるが、不思議と気持ちを落ち着かせる空気が漂っている。なるほど、ここならば集中して作業に没頭できるのであろうと光太郎が中央にあるブルーシートへと目を向けると士郎が座り込み、さっそくランプへと手を伸ばしていた。
呼吸を整え、目を閉じたままランプへと手を翳した士郎は自身の中のスイッチを切り替える言葉を口にした。
「――
士郎の手が淡く光り、彼の魔術回路を経由した魔力がランプへと注がれていく。対象であるランプの構造を把握し、ガラスの硬度・照度をより安定させ、構成する物体を補強するが―――
「あっ」
ガラス製のランプはあっけなく砕け散ってしまった。
(ずっと投影ばかりやってたから力の加減が…恥ずかしいところ見られちまったな)
毒ガス衛星の爆弾を止めた際には強化の必要はなく基本骨子の解明までの行程で済んでいたが、最後の補強の部分で魔力の注入が行き過ぎてしまったようだ。以前はすんなりと上手くいったというのにと見学者である光太郎にガラスの破片が飛んでいないかと確認しようとしたが…
「…衛宮君」
「すみません。破片とか、飛んでませんでしたか?」
「いや、それよりも今、魔術を発動させる前に、なんて…?」
「え…?」
「ごめん、衛宮君の言葉が、どうにも印象に残ったものだからさ」
「ああ、これは俺のスイッチみたいなもので…」
光太郎の関心は、砕けたランプではなく士郎が口にした詠唱にあった。確かに士郎の詠唱は凛たち正統な魔術師と違うが、自身のスイッチを入れる為の言葉という意味では特段珍しいことではない。それでも自分の詠唱を不思議と思う光太郎の顔を見て、士郎はかつて養父に魔術を習う直前の出来事を光太郎に語ることにした。
長い時間をかけて頼み続けた魔術を教えて欲しいという士郎に根負けした養父から念願の魔術を教わる事となったあの日。士郎はまずイメージを描くための自己暗示。自分を凌駕する、スイッチとなる為の言葉を準備するといいと養父に聞かされた士郎は、魔術の説明の中で出てきたとある言葉が腑に落ちた。
『トレース?』
『モノをなぞるって意味さ。真似るとか、複製という意味もあるかな?』
『ボタンを押すみたいに…スイッチを入れるみたいに…自分を、トレースする…』
以来、士郎は強化魔術・投影魔術を行う際でも同じ
ある意味、光太郎の使う『変身』と近い部分があるかもしれないと笑いながら言う士郎だったが、とうの光太郎本人は士郎の説明を聞いた後、顎に手を当ててブツブツと呟いていた。
「そうか…それならもしかして…」
「あ、あの…光太郎さん?」
恐る恐る尋ねてみるとハッとした光太郎は急ぎ自分の質問に答えてくれた少年の両肩を掴むと、真剣な眼差しで戸惑う士郎へと頼み込んだ。
「衛宮君、君がその魔術を発動させる時の状況を、詳しく教えてくれ!」
「え…?」
エミリアの件についてランサーが尋ねてから数日後。
実は体よく士郎を離れから遠ざけた凛からエミリアについての説明を受けた桜とメドゥーサは後日慎二へと報告。また面倒な事が起きたと額に手を当てる慎二であったが、話を聞いて以降新聞を注意深く読み漁り、学校内外にいる女友達全員に何か変わったことは無いかと聞きまわっている。その光景を見て綾子の目が妙に鋭くなっていたというのは全くの余談である。
桜も負けじと最近新たな魔術…指輪から作り出したプラモンスターなる使い魔を使役して街の情報収集を、メドゥーサも開いている時間を利用して街の見回りを行っている。
こうしてそれぞれが動き出す中で本命のエミリアとは別に、珍妙な事件が起こり始めていた。
「バナナ…?」
食卓に座り、その日の朝刊を読む慎二の前にハムエッグとトーストを置くガロニアが興味深そうにのぞき込んできた。
「バナナがどうかしたのですか?」
「新都の銀行の金庫から挙って現金がなくなってる記事なんだけどね…全開になった金庫の前にバナナの皮が捨ててあったんだと」
「犯人が、その場で食べていったものなのでしょうか?」
「随分と余裕ある犯人だねそれだと」
記事によれば、金庫は電子ロック以外にも最後に鍵によって解錠されるものであったらしい。今回の事件では扉に破壊されたような形跡がない事から犯人が電子ロックを解除した後に、鍵を開けてのではないかという警察の推測だ。
しかし金庫の鍵は手を付けられた様子はなく、複製も容易ではない。そのために銀行の従業員による自作自演ではないかという記者の考えで最後がまとめられているが、どうにもキナ臭い内容に目を細める慎二は器用に片手で新聞を広げつつ、反対の手でトーストをかじっていると、後頭部から衝撃が走る。
「お行儀が悪いですよ、慎二兄さん!」
「さ、くらお前…僕を何で殴った…?」
新聞を手放し、トーストの落下をどうにか防ぎつつもゆっくり振り返る慎二が見たのは満面の笑みで自分の頭部へと叩き付けた凶器を翳すエプロン姿の義妹。
「お前!
「大丈夫です。フライパンはしっかりと洗いますから」
「大丈夫の基準がおかしくない!?しかもその言い方、僕の頭の方が汚いってか!?」
もしその通りと言われてしまったら泣く他ない慎二の訴えを他所に、ガロニアはゆっくりとその場を離脱すると向かいの席に座り、今しがた自室から降りてきた武へと挨拶を交わすのであった。
「おはようございます、武様」
「ああ、おはよう。今朝は随分とにぎやかだな。慎二殿、また何かやらかしたのかな?」
「なんでまず第一に疑われるのが僕なんだよ…」
「シンジの不祥事はともかくとして、まずは頂きましょう。せっかくの朝食が冷めてしまいます」
「メドゥーサこのやろう…」
理不尽な言いがかりを受けながらも後から席についたメドゥーサが席に着き、黙って朝食を始める一同。揃って朝食を進める中で武は夕刊配達のアルバイト始める、ガロニアの編入試験が来週に迫ったなど取り留めのない会話が展開される中、メドゥーサは本来自分の隣に座っているはずの青年が、数日前から開始した早朝の見回りから無事に戻る事を祈っていた。
「今朝も異常はなし、か」
新都のセンター街にてバイクに跨ったまま周囲を見渡していた光太郎はヘルメットのバイザーを下ろし、ゆっくりとその場から離れていく。
通勤ラッシュなどに紛れて女性を誘拐する可能性を配慮して自身の強化された五感を最大に生かして監視をしているものの、肝心のエミリアの姿は見えない。こちらを警戒しているのか、それとも狙うに値する女性が見つからないのか…
考えるほど難しい相手だと考える光太郎がバイクを走らせる中、道路の先で突然として人影が現れた。
「ッ!?」
急ブレーキをかけ、強引にバイクを真横へと滑らせた光太郎がバイザーを上げてその先にいる人物を見やると、それは数日前に現れたランサーの姿だった。
「ランサー、どうしたんだいきなり」
「お前らも嗅ぎまわってるみてぇだな、エミリアを」
「…ああ」
ヘルメットを外し、バイクから降りてこちらに目を向けないランサーへと接近する光太郎へ確信をついた問いかけ。やや躊躇しながらも頷いた後、深く溜息を付いて頭をガリガリとかくランサーは諦めたかのようにぼやく。
「ま、わかっちゃいたがよ…お前らが動かずにいられないって事は」
「だったら、この件は一緒に」
「悪いが、俺は1人でやらせてもらうぜ。今回だって、できる事なら話したくもねぇ案件だったからな」
「…………………」
あきらかにこちらを拒絶するランサーの反応に光太郎は口を紡ぐ。一度やると決めた彼の性分から、これ以上協力を仰ぐことは不可能だろうと考えた矢先、ランサーが一度こちらを振り向き光太郎へと忠告を告げた。
「もし、エミリアに遭遇した場合、奴の目に気を付けろ」
「目…?」
「奴の目に…いや、視界に入るんじゃねぇぞ」
「ま、待ってくれ!それはどういう…」
光太郎の質問に答えることなく、ランサーは跳躍すると街灯を足場にしてその場を離れていく。立ち尽くす光太郎の耳には、早朝から走る車両が走行する音しか聞こえなかった。
現場に手がかりを残してしまうという残念な人は次回辺りに出番、かな?
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