Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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皆様、お久しぶりです。

先週は不意な都合でお休みしてしまいましたが…なんとUA10万を突破していたではありませんか。これも皆様の応援あっての事です。ありがとうございます!

では、またもや言い訳が多くなる69話をどうぞ!


第69話

絶望

 

 

 

失意の底へと沈んだ人間が、自力で立つことすら困難な状況に陥った時に、浮かぶ言葉だろう。

 

 

衛宮士郎も幾度となく味わったその言葉に抗い、それに負けないよう自分を磨き上げてきた。

 

 

それは彼だけはない。

 

 

望まない運命を架せられた間桐光太郎も、魔術の才能がないと烙印を押された間桐慎二も、そんな言葉など知らず、縛られずに戦い抜いてきたのだろう。

 

 

聖杯戦争の中で己の為、誰かの為と戦いに身を投じた者達全員が、それまでの自分を乗り越え、戦えていたのであろう。

 

 

 

 

 

 

そして、陽炎の向こうで士郎に背中を見せる人物も、その1人だ。

 

 

 

無残にも傷だらけとなってしまった士郎を庇うように立つその姿は、普段見せる大人しい印象を燃え盛る炎のようにかき消してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐桜の姿を見て、素直にそう思えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このぉッ!」

 

 

絶叫と共に振るわれた士郎の斬撃を受けた怪人素体は鮮血と機械部品をまき散らしながら音もなく校庭の土へと沈み、その身体を炎で包んでいく。だが、士郎にはそんな光景を眺め続ける余裕はない。

 

士郎を囲う怪人素体や雑兵チャップは頭数だけでは圧倒的に有利だというのに、敵である士郎へ一斉に跳びかかることをしない。

 

今、彼が今いの一番にしなければならない事。それに移ろうとしたときだけ攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

要は、時間稼ぎ。

 

自分とは違い、決して手を出してはならない者達と敵対してしまった桜の援護に向かわせない為の。

 

 

(くそ…)

 

悪態をつくしか出来ない自分への苛立ちを募らせる士郎はチャップの振り下ろした棍棒を夫婦剣で受け止めながらも、焦燥に駆られ何とか攻撃を回避する桜へと目を向ける。

 

そして、そんな桜の姿を醜い笑みを浮かべ屋上が眺める怪人…パーカスと名乗る外道を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事が起きたのは数十分前。

 

 

桜の頼みで同行した弓道場での個人練習を終え、着替えた士郎と桜が鍵の返却の為に職員室へと向かおうとした直後の事だ。

 

物陰から突然現れたチャップ達は士郎達へと襲い掛かる。

 

 

咄嗟に莫耶を投影した士郎はチャップを斬り伏せ、自分と同じく襲われた桜の無事を確認しようと振り返った途端、彼女を見た士郎は一瞬呼吸を忘れてしまう。

 

 

敵であるチャップが地に伏している事はそう不思議ではない。桜もゴルゴムとの闘いや聖杯戦争を生き抜いてきただけあって、護身術も身に着けている。だが、桜が行ったのは読んだ通りに身を護る術ではなく、相手を完全に叩き伏せるものだった。

 

 

地面に沈み、痙攣するチャップの顔面を覆うマスクは全体にひび割れている。強い衝撃をその顔に受け、意識が刈り取られたのだろう。

 

中には腕や足があらぬ方向へと向いてしまっている者もいる。

 

 

さらに壁に背をつけ、自身の同胞を再起不能にした存在に追い詰められたチャップは震えながら止めるよう懇願したが、返答は無言で返された。

 

チャップのマスクがひび割れるほどの威力を持つ掌底が顔面に叩き付けられるという形で。

 

 

 

ズルズルと背中を壁で引きずって倒れる敵の姿に、攻撃した者…桜の表情は黒い髪に隠れて読み取れない。ただ…口元だけが、士郎の知る桜とは全く異なる笑みを浮かべているということだけが分かった。

 

 

見た者の背筋が凍ってしまうような、冷たい微笑みを。

 

 

 

「さく、ら…?」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

小さく、警戒するように自分の名が呼ばれたことに反応した桜は、自分の眼下で虫の息となった敵の姿を初めて目にしたかのように飛び引く。辺りを見回せば他にも倒れた別個体のチャップが数体。一体いつの間に現れ、誰が倒したのかと士郎へ尋ねるが、士郎の反応に桜はただ混乱するしかない。

 

 

「桜…覚えてないのか?こいつらはお前が倒したんだぞ?」

 

「私が…そんな…」

 

 

信じられない…と口を手で押さえる桜。士郎と共に職員室へ向かう中、突然チャップ達が現れたまでは記憶にある。しかし、直後に自分はボロボロとなったチャップを見下ろしていた。

 

敵の不意打ちに混乱して記憶が飛んだ…などという事はあり得ない。このような事、認めなくはないが既に日常茶飯事と化している桜にとって驚くことであっても記憶が曖昧となるまでのことではない。

 

一体、何故…そう自問する桜の不安を拭うためにどう声をかければよいのか迷う士郎よりも先に響いた声に、2人は咄嗟に聞こえた方角へと顔を向けた。

 

 

 

 

 

「なるほど…戻ったと聞いてはいたがまだ『残っている』ようだな…さて、この誤算をどう判断すべきなのか?」

 

 

探るかのような声を放つ異形…不気味な程に細い体躯と光に反射する頭頂部。鳥類を思わせる鋭いクチバシを持つ怪人は見る相手を不快にさせる視線を桜に向ける。全身を嘗め回すような眼光に先ほどとは違う意味で身の危険を感じてしまう様子に勘付いた士郎は彼女の前へと移動し、得物の切っ先を怪人へと向けた。

 

 

 

「さっきの連中は、お前の差し金か?」

 

「…ッチ。野郎なんざに答えたくはないがその通りだ。兄者と我が主の命により、その娘を痛めつけるつもりだったのだがな」

 

 

士郎達の周りで転がるチャップや怪人素体…特に桜に倒された個体へと目を向ける怪人は一つの可能性へと辿り着く。もし事実であるならば、方法を変えなければならない。

 

 

「貴方は…私に何が起きているか知っているんですか?」

 

「桜…?」

 

 

士郎の隣へと移動した桜は敵の目的である自分に、何が起きている事を知っている。素直に敵が教えてくれるとは思えないが、現状は敵の思い通りにならないと自身の事情を知る大きな好機であると考える桜に、敵は愉快と言わんばかりに答える。

 

 

「クハハハハ…面白い事を言う。そんな事、自分で分かっているんじゃないのか、お嬢ちゃん?()()を確かめる為に今日は学校まで足を運んだんだろうが」

 

「っ…」

 

「家でも散々試して気づいたんじゃないのか?もう、今の自分は前の自分ではないって」

 

 

怪人のいう通りだ。

 

 

異常なほど高まった魔力の容量。

 

 

研ぎ澄まされた五感。

 

 

 

自宅の地下室でこれまで使用してきた魔道具が全て使い物にならなくなり、弓道場では強まってしまった視力のズレにより的へかすりもしなくなってしまう。

 

原因の心当たりは、ただ一つしかない。

 

 

「まあ言っても構わないな。お嬢ちゃんもこう考えてるんだろう。いや、さっきの戦いで結論に至ったってとこだろ。お前さん―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の中に、まだガロニア様の力と意思が記憶が残ってるな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に聞いた話だが、桜はクライシス帝国から逃げ出したガロニアの代用として拉致され、その身体と記憶を帝国の支配者、ガロニア姫として上書きされてしまった。

 

間桐光太郎達による必死の呼びかけと本物のガロニアの協力を得て、元の姿に戻り記憶も呼び覚ます事に成功したと思われた。

 

だが、ガロニアとしての能力は完全に抜けきれておらず、僅かにでもガロニアの意思が桜の中に残っているのだとすれば…先のチャップを素手で倒し、嗜虐性を垣間見せた事が頷ける。

 

敵の指摘と自分の推測が重なってしまった事に、桜はズシリと自分の身が重くなった感覚に陥る。

 

身体能力が上がってしまっただけならば、まだ誤魔化しは利く。しかし、怪人の言う通りガロニアだった時の意思がまだ自分の中で生きているのなら…いつ、また義兄達の敵に回ってもおかしくないのだ。

 

 

 

「………………………」

 

「桜。逃げるぞ」

 

「えっ…?」

 

「さぁ!」

 

 

士郎に腕を掴まれた桜は彼に引かれるがままに弓道場の前から走り始めた。

 

この場からまずは離れなければならない。

 

聞き入っていた情報を処理しきれない士郎は、今の桜をあの怪人と顔を合わせたままではいけない。そう告げた直感に従うしかなかったのだ。

 

 

 

 

「キキキキキ…逃げられるかな?このパーカス様が既にしかけた檻の中から…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだこいつらは…」

 

 

衛宮邸の屋根から中庭を見下ろす怪魔獣人ガイナニンポーは自分が本来眺めるはずの殺戮ショーとは、真逆の光景に息を飲むしかない。

 

 

ガイナニンポーの標的である赤上武から変身の要ともいうべき戦極ドライバーを奪い取り、本来の力を出せないまま分身体の餌食となる。そうなるはずだったのだが。

 

 

 

「さぁいくぞ!お前たち!!」

 

 

武が叫ぶと共にブラッドカチドキロックシードを解錠。武の懐に潜んでいたのだろうか。指先程の大きさである生物2匹が飛び出し、見る見るうちに巨大化。

 

情報にあった『インベス』なる怪人が姿を現したのだ。

 

 

それだけであるなら、まだ勝機があっただろう。

 

しかし、飛び出したインベスの身体が強く発光。

 

光が止んだ後にはダルマに手足が生えたような面影は欠片もない怪人の姿があった。

 

 

片や強靭な身体を持つ龍の頭部を持つ怪人。

 

片や俊敏性を誇る脚と鋭い爪を持つ虎を思わせる怪人。

 

 

 

セイリュウインベスとビャッコインベスと化した2体は突然の変化に怯えるガイナニンポーの分身体を次々と屠っていく。

 

 

 

「な、なんなんだそいつはぁッ!?」

 

 

「ならば教えてやろう」

 

 

「…ッ!?」

 

 

 

背後から聞こえた敵の声に思わず振り向いてしまったガイナニンポーの顔に迫る鉄の塊。鈍い音を立て、武の鉄拵えである鞘がガイナニンポーの鼻へと叩き付けられた。

 

 

「ギギ…」

 

 

鮮血を鼻から散らすガイナニンポーは出血を止めようと掌で押さえ、突然自分と同じ位置へと現れた武と距離を取るために慌てて後ずさる。さらに武の手には、先の不意打ちで思わず手放してしまった戦極ドライバーが握られている。

 

 

「このロックシードにはインベスを縮小・巨大化させる以外にも、彼等を一時的に上級インベスへと進化させる能力を備えている。さて、未だこちらにはもしもの時の為と思い連れてきた者達が控えているが…あと何体いれば事足りるかな?」

 

 

「…!?」

 

 

今以上の戦力を投入できると宣言する武の視線を追うガイナニンポー。その先にあったのは、半数以上の分身体を血祭りにあげる、上級インベス達の姿。これが報告にあった通り、数十体のインベスが進化したとばれば…

 

 

「キキィッ!お、覚えてやがれッ!!」

 

 

戦略敵撤退。このままでは武が変身するまでもなく、敗北してしまうと悟ったガイナニンポーは迷うことなく敵全逃亡を選択した。当の武はいつでも変身できるよう装着した戦極ドライバーと手にしたロックシードを下げ、深く溜息をついた。

 

 

「助かったと言うべきか…もともと連れていたのはあの2体だけであったが、上手く誤解してくれたようだ…」

 

ハッタリを成功させた武は全ての分身体を倒し、その亡骸を山ずみにするインベス達へと呼び掛ける。

 

 

 

 

「龍一郎、虎次郎。そやつらは元々毛から生まれたものだ!食料にはならんので盛大に燃やしてしまえ!」

 

 

 

『グラァッ!!』

 

 

 

その後、いつの間にか衛宮家の居間で眠りについていた藤村大河は、何やら焦げた臭いによって目が覚め、その原因を探してみるも何かを燃やした後はどこにも見当たらなかったそうな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあッ!!」

 

 

「桜ッ!?この…」

 

 

 

 

 

パーカスから逃れようと桜を連れ校庭まで逃れ、校門が視界へと移ったときであった。

 

 

門を塞ぐように大勢の人間が現れた事に驚き、思わず足を止めてしまったがそれが決定的な隙となり、桜が囚われてしまった。その者達は校門を多勢で塞いだ人物と同じ…穂群原学園の生徒たちだ。

 

 

 

休日と言えど部活動や自習の為に訪れた生徒。その監督者として休日を返上して勤務する教員たちが虚ろな目で士郎や捉えた桜を睨む。その中には、生徒会長である柳洞一成の姿もあった。

 

 

 

「一成…いったい何が…」

 

「なぁに、簡単な催眠術さ」

 

 

士郎の疑問に答えたのは、パーカスと名乗る怪人。屋上からこちらを見下ろし、高見の見物としゃれこんでいるようだ。

 

 

「てめぇ…なんて卑怯な真似をッ!!」

 

「卑怯なんてとんでもない!物事を効率よく進めるだけだよ!!それに、お前の相手はそいつ等じゃあない」

 

「何を…くッ!?」

 

 

地中から飛び出した腕にギョッとした士郎は跳び引き、土を内側から突き破って現れた怪人素体へ咄嗟に投影した夫婦剣を構えるが、敵の出現は終わらない。

 

みれば、自分を囲うにように次々と地中に穴が開き、そこから素体とチャップ達が姿を見せていく。

 

 

 

(くそ…)

 

 

悪態をつく士郎は自分を囲うチャップ達の奥…催眠術にかかり、戸惑う桜へジリジリと迫る学校関係者たちの様子を見るが、やはり尋常な様子ではない。

 

 

 

「桜ッ!どうにか意識を刈り取る程度の当身で気を失わせるんだ!!そうすれば…」

 

 

この場を切り抜けられると期待した士郎だったが、それすらもパーカスは読んでいたのだろう。怪人の高笑いと共に放たれた言葉に、士郎は眼を見開くことしか出来なかった。

 

 

 

「キキキキキキ…!そいつは無理な注文ってもんだぜオスガキ!その娘、何のために今日はお前を突き合わせたのか忘れたのか?」

 

「何…?」

 

「お前もチャップ共を見たろあの加減知らずに出された攻撃で、ボロ雑巾になった連中を…もし娘が人間共にその当身をやらかす時に少しでも加減を間違えて見ろ…意識を失うどころか、命が失われちまうぞ」

 

「なっ…!?」

 

 

もし、パーカスの言う通りに未だ自分の身体能力が上がっている事に戸惑い、傷つけてしまうと考えている桜が、生徒たちに攻撃する…否、触れる事すら恐れているかもしれない。

 

 

確かに桜は襲い掛かる生徒や教員から逃れているものの、一切自分から手出しはしていない。それに、表情を見ると自分以上に焦燥しきっている。あのままではいずれ、捕らわれてしまうと危惧する士郎へさらにパーカスの追い打ちが迫った。

 

 

 

「だがなぁ。一度でも攻撃しちまえばもう『慣れ』ちまうんじゃないかぁ?そんで人間どもをいたぶるのが『愉しく』なるんじゃないですかねぇ…さっきみたいによぉ」

 

 

士郎の脳裏に蘇る、あの冷たい笑み。

 

 

チャップ達を問答無用と叩きのめした攻撃を一般人である一成達に向けてしまえば…

 

 

 

「桜ッ!!」

 

 

 

 

「キキキキキキキ…最高だねぇ!攻撃できずに怯える姿も、攻撃した後に嗜虐心溢れるガロニア様と化するってのもそれで良し!さぁさぁ、俺を楽しませておくれよお嬢さん!!」

 

 

ここまで敵に対し怒りを向けた事はあっただろうか。

 

衛宮士郎は手にした夫婦剣を強く握るしかできない自分を呪いながら、ただ自分の壁となるチャップ達を切り伏せることしか出来ない。

 

 

(どうすれば…どうすればいいッ…!)

 

 

 

 

 

 

 

(どうすれば…どうすれば…!)

 

 

士郎と全く同じ心境である桜は、ただ生徒の攻撃を回避することしか出来ない。頭上でパーカスが叫んだ通りに自ら攻撃を当てることなどできない。このままでは自分だけでなく、士郎まで…

 

 

「あッ!?」

 

 

躊躇から、ついに1人の女生徒により羽交い絞めとなってしまった桜に、鉄パイプを持った一成が迫る。呼びかけても返事は、ない。

 

 

こんな時、義兄なら…光太郎ならばどうしたのだろうか。

 

 

光太郎なら、何と言ってくれるだろうか。

 

 

 

この場にはいない義兄と同じ、望まない力を持ってしまった桜の頭を狙い、鉄パイプを振り上げる一成。その瞳には何の感情もない。

 

 

懸命に桜の名を呼ぶ声が聞こえるが、もう桜にはただ謝るしかない。

 

 

巻き込んでしまって、ごめんなさいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉりやあああああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

この場には似つかわしい、そんな雄叫びが桜の耳に響く。直後に頭頂部へ強い衝撃を受けた一成がビクリ…と一瞬震えた後に力が抜けたように倒れてしまった。その背後に立っていたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ!遠からんものは音に聞け!!近くば寄って目にも見よ!!!可憐な少女をいたぶる百鬼夜行を叩く冬木のクロヒョウ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒔寺 楓とはぁ、私の事だッ!!」

 

 

 

 

ジャージ姿でトラバーをブンブンと頭上で振り回した挙句、彼女の特異とするカンフー的なポーズでズビィッという効果音を自身の口から放った蒔寺楓は満足と言わんばかりに「決まった…」と呟くが彼女の行動は敵味方問わず、時間を完全に止めてしまった。

 

 

 

「ん…?」

 

 

余りにも静かであることに辺りを見回す楓は手にしたバーの先端を倒れた一斉の頭部でグリグリと押し付けながら周りへと呼び掛けた。

 

 

 

「おいおーい。何だよこの空気!せっかく真打ち登場ってのに、なにシカトしてんだよー。あ、間桐大丈夫か?」

 

「え、は、はい…ありがとう…ございます?」

 

 

思わず尋ねてしまう桜はさらに混乱してしまう。この学校にいる人間全てがあの怪人の催眠術にかかったのではなかったのだろうか…そう疑問を抱く桜の前にに、生徒をかき分けて現れた士郎が現れた。

 

 

「桜!早くこっちに!」

 

「先輩ッ!」

 

「あ、衛宮この野郎!ヒロイン横取りするつもりかよぉッ!!」

 

「なにを分け解らん事を…とにかくこっちだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ…なぜ俺の催眠術にかかっていない。なぜ、俺様の計画を邪魔をする…」

 

 

 

 

ギリギリと強く歯ぎしりを起こすパーカスの眼は、催眠術にかかった人間の包囲網を抜け、体育倉庫付近で落ち合う士郎達へと注ぐ。そこには、さらに女生徒達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「氷室先輩、三枝先輩!」

 

「お前達…意識があるのか?」

 

 

楓と同じくジャージ姿である氷室鐘と三枝由紀香。彼女達は同じ陸上部であり、本日も練習に勤しんでいたはずだが…

 

 

 

 

「…衛宮氏も知っている通り、我々は先日楓の無茶に付き合わされて怪我をしてしまってね。大事はなかったが1週間の検査入院を言い渡されたのだ」

 

「そ、それで突然復帰するのは辛いだろうって学校外をランニングするよに部長から言われて…私は、自転車で2人のタイムを計ってたんです」

 

「それで奴の催眠術から逃れられたってことか」

 

 

不幸中の幸いか、彼女たちが学校に戻った際には既に術の施しが終わっており、校門を潜って最初に目にしたのが、見るも不気味な怪人が高笑いする中、人々に囲まれて涙目となっていた桜の姿だったのだ。

 

部活は違えど怯える後輩は放っておけねぇと2人の制止も聞かずに体育倉庫から備品を取り出した楓は突撃した、という事だ。

 

 

 

「それで俺は氷室が投げてくれたハードルで混乱した連中を叩いて、桜達のところに行けたってとこだ」

 

と、ワザとらしく手にした『木刀』を翳して見せる士郎に、桜は苦笑して納得した振りをした。恐らく、楓が現れた瞬間に夫婦剣を消失させ、投影したのであろう。

 

 

 

 

「貴様ら…よくも俺の邪魔をしてくれたなぁ…」

 

 

 

催眠術にかかった生徒やチャップ達を連れ、桜達へと接近するパーカスの表情は、見るからに怒りを醸し出している。随分と勝手な言いぐさであると士郎は投影した木刀を握る手に力を込めるが、彼は自分に並ぶ褐色肌の少女…同じくバーを構える楓に思わず強い口調で投げかけてしまった。

 

 

 

「何やってるんだ!そんなもんでアイツと戦えるわけないだろう!さっさと―――」

 

「はん!さっきは能面たちに囲まれて何も出来なかった奴に言われたねー」

 

「ぐっ…」

 

反論できない士郎だったが、よく見ればバーを握る彼女の手はかすかに震えている。震えるほどに恐怖しているはずなのに、なぜ未知の存在である怪人の前に立っていられるのか…

 

その疑問に、彼女本人の口から語られた。

 

 

 

 

「もし、この場で学校の連中を放って逃げ出すなんて、仮面ライダーに顔向けできねーだろ」

 

 

「仮面…ライダー…」

 

 

 

意外な人物から出たその名を口にした桜は、自分を庇うかのように前にでた鐘が告げる補足へ耳を傾ける。

 

 

「楓はな。自分と同じ黒いという理由で仮面ライダーたる人物を信奉しきっている。どうやら彼と同じように、巨悪に屈しる事をよく思えず行動してしまったらしいな」

 

 

はぁ…と友人の起こした無茶にとばっちりを受けてしまった鐘はこの状況下で溜息しか出ないのも頼もしい。由紀香など先ほどから物陰に隠れてブルブルと震えており、こちらが正常な反応であろう。

 

 

ただ…楓の言う仮面ライダーという偶像は、桜もよく耳にした都市伝説のものに過ぎないのであろう。

 

 

絶対無敵の、正義の味方。

 

 

本当は違うのに。

 

 

自分では望まない力を無理やり押し付けられた、誰よりも優しい人なのに…

 

 

そして、今まさに自分も望まない力を持ってしまっていると…悲観に暮れる桜の耳へ、さらに最悪なニュースが飛び込んでくる。

 

 

 

 

 

「キ…キキキキキ!仮面ライダーぁ?それはもしや今頃、我が主によって処刑の真っただ中にいる奴の事かぁ?」

 

 

あえて聞かせるように大声で喋る怪人の言葉に、士郎は直感する。あの人が簡単に敵の思うようになるとは考えられない。ならば…そうさぜる得ない状況に陥ってしまった時のみだ。

 

なら、今の状況はその為に…

 

見るべきではないと分かっていながら、後を見た士郎は、見てしまった。

 

 

自分の為に、義兄はまた危機に陥ってしまったと絶望に染まる、桜の顔を。

 

 

 

 

 

「ふざけんな…仮面ライダーが、私たちのヒーローがそんな目にあうもんかぁッ!!」

 

「よせ、蒔寺ッ!!」

 

 

士郎が制止すると同時だった。

 

 

パーカスが腕を振るっただけで起きた強風により、楓と後に続いていた士郎が吹き飛ばされ、校庭を二転、三転と転げて体育倉庫の壁間際でようやくその動きが止まる。身体のあちこちに痣を作り、小さくうめき声を上げながらもまだ立ち上がろうとする楓に駆け寄る桜達。

 

士郎はどうにか自力で立ち上がったが、度重なる投影と戦闘で魔力を著しく消費してしまい、疲労困憊となっている。

 

 

 

 

「どうして…どうしてそこまでして」

 

 

そんな中、再びバーを手にして立ち向かおうとする楓に桜は尋ねる。彼女は改造人間でもなければ、魔力を扱う魔術師でもない。ただの人間であるはずなのに、どうして立ち向かうのか。

 

 

 

「だってよ…仮面ライダーだって、あの時…新都が大ピンチの時に立ち向かったんだぜ」

 

「それは、あの人がすごい力を持ってるから…」

 

 

それは、普段ならば決して言わない言葉だった。

 

 

桜は光太郎が、仮面ライダーが表面的な能力でしか評価される事を認めなかった。光太郎の気持ちも知らず、知ろうとせずただその力だけを称える事に嫌悪すら抱いていたはずだ。

 

だが、今は自分がそんな言葉を咄嗟に呟いてしまった。

 

 

そんな言葉を、以前なら簡単に否定できははずなのに、今は何も浮かばない。

 

望まない力を手にして、義兄の気持ちを痛いほど分かるはずだったのに…

 

 

 

 

自分は、自分の信じるものをこうして否定してしまった。

 

 

 

そう、自分自身に絶望し、ひび割れていく感覚に陥る桜の手を握った楓の言葉に、その黒い感情は四散されてしまう。

 

 

 

 

「ああ…確かにあの人はすんげぇ力を持ってるだろうよ。けどな、あの人は立ち向かった。何十…もしかしたら何百だったかもしれない化け物相手に、立ち向かったんだよ。例えすんげぇ力を持ってたとしても、そんな事できない」

 

 

「え…?」

 

 

「私が憧れたのは、あの背中…何が何でも、誰かを助けてやろうと力を振るうあの姿なんだよ」

 

 

 

心が、軽くなる。

 

 

分かってくれていた。この人は…分かってくれていた。

 

 

 

 

「だからな間桐。私が仮面ライダーに憧れてんのは、力を持ってるからじゃない。その力を、どういう風に使っているか知ってるから、憧れたんだ!」

 

 

 

その使い方など、聞くまでもない。

 

 

なぜなら、知っているから。仮面ライダーの家族である自分が、誰よりも知っているからだ。

 

 

 

 

 

そうだ。

 

 

なぜ悩む必要などあったのだろう。自分に力があるのなら、それは使い方を間違えなければいいだけだ。

 

 

そんな事に悩んでいたこと自体が、馬鹿らしい。

 

 

この先輩には、感謝しなければならないと桜は思う。

 

 

 

 

この人の声を聞けたからこそ、自分は自分の中で『あの人』に会えたのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒔寺先輩」

 

「なんだ間桐!これからが私の――――」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

楓の首筋にトン…と優しく手を当てた途端、楓はガクリと項垂れてしまうが、寸でのところで桜に支えられ、ゆっくりと地面へと寝かされる。

 

 

「え…?」

 

「何が…」

 

 

続けて鐘、由紀香も同様に首筋への当身で意識を奪い、身体を寝かせた桜は、膝をつく士郎の横を抜けるとパーカス達と対峙する。

 

 

 

「桜…」

 

 

「ありがとうございます先輩。私、頑張ってみます」

 

 

「頑張るって…」

 

 

 

自分に向けたあの晴れやかな笑顔。何か、大事な事に気づき、疑問が晴れたような顔を見た士郎は何故が落ち着いた気分へとなる。まるで、光太郎がこの場に現れたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。どうやら観念して俺に痛めつけられる覚悟が付いたってところか?」

 

「すいませんが、そんな事は御免こうむります。それに、降参するなら今のうちです」

 

「ブキキキキキ!何を言い出すかと思えば、気でも狂ったか?」

 

 

噴き出して笑いあげるパーカスに、桜は胸元へ手を入れ、そこから紐で繋がれたモノを取り出すと、やはり微笑んだままに答えた。

 

 

 

 

 

「そうですか。なら、お付き合い願います」

 

 

 

紐から外したそれに右手の中指を通し、腹部へと翳した。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ドライバーオン、プリィーズ≫

 

 

 

 

 

桜の腹部を銀色のベルトが囲い、人の手を象ったようなバックルが出現。ベルトの左側には、右手にはめたモノ…指輪が幾つも取りつけたホルダーが常備されており、桜はその中から紅く輝く指輪を選択。

 

左中指へとゆっくりと通し、続いてバックルの左右に設置されたレバーをそれぞれ上下へとスライドさせた。

 

 

 

 

 

 

≪ シャバドゥビタッチヘンシーンッ!シャバドゥビタッチヘンシーンッ! ≫

 

 

 

 

ベルトから陽気な声が響き渡る中、桜は真っすぐ敵を見据えたまま指輪の紅い石の上に付けられた銀色のバイザーを下ろす。下ろされたバイザーにより、その石は『仮面』を装着した状態へと変化。

 

 

 

 

そして唱える。

 

 

義兄が望まぬ力で戦うと覚悟を決めた時に囁く、あの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

 

 

 

 

 

 

左腕をバックルへと翳し、赤く輝いたベルトからまた新たな声が木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪フレア、プリーズ!≫

 

 

 

≪メラ、メラ、メラメラメラァ!!≫

 

 

 

 

 

声が周囲へと響く中、桜は指輪を装着した左手を頭上へと掲げた。

 

 

 

 

すると指輪を中心に赤い魔法陣が出現し、ゆっくりと降下を始める。

 

 

 

赤い魔法陣を通過した桜は、その姿を変えていった。

 

 

 

手足を包む黒いスーツ。指にはめた指輪を象った仮面に、太腿まで深くスリットを走らせたロングスカートを翻した桜の姿に、敵も、士郎も驚愕する。

 

 

 

 

その姿に、驚きの声を上げたのは敵であるパーカスだった。

 

 

 

 

 

「な、何だ…何者なんだお前は…」

 

 

 

 

 

 

 

「…あの人のように『魔法使い』とは名乗れません。だから、この名を使います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仮面ライダー、メイガス」




はい、やってしまった第3弾は桜ちゃんの変身でございました。

本当は名前を「ハイセ」にしようかとなやんだんですが、それだと「魔導士」の意味合いが強いらしいので、そして呼びやすいのでメイガスとさせていただきました。

見た目としてはウィザードがボディラインが女性となり、腰のマントがロングスカートとなったとイメージして頂ければと思います。

次回は、そんな桜さんがであった「あの人」との話になりそうですね
お気軽に感想等頂けたら幸いです。

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