間桐光太郎は草一つ生えない不毛地帯を確かめるように一歩一歩進んでいく。ここはどこなのかと辺りを見回すが建造物らしきものはまるで見当たらず、目の前に広がるのは無限と思える程の砂漠だけ。
なによりも、しっかりと影が出来る程に周囲が明るいというのに、空には太陽の形すら見当たらない。それは空全体を覆っている雲…というより工場などで排気されたガスに近い気体が原因なのだろう。
光太郎は立っている場所は自分の知る世界なのだろうかと考えを巡らせているその後ろでは…
「ちょ、ちょっと待ちなさい!歩くペースが早すぎるわよ!」
そんな叫び声が聞こえる方へと光太郎は顔を向ける。
膝に手をついて呼吸を荒げ、風に飛ばされてる砂塵によって汚れることがないように黒のローブで身を覆っている神代の魔術師は大汗を流して光太郎をキッと睨む。
「ハァ…ハァ…女性を置いてズンズン進んでいくなんて気配りがなってないわね」
「あ、ごめん…俺も混乱してて」
「ふんッ…」
呼吸を整え、光太郎に言いたい放題のメディアの顔色は優れない。後から判明したがここでは空気も悪い。ただでさえ体力のない彼女にとっては辛い場所となっている。
明らかに自分の知る地球とは異なる土地。なぜ、間桐光太郎と葛木メディアがそんな場所へと来てしまったのか。
それは数時間前に遡る。
間桐光太郎は学校帰りの桜と合流し、夕飯の材料を買い出しへと繰り出していた。本日は和食にチャレンジしてみたい、という間桐家シェフの希望もあり、特に反対意見はなく…というより慎二はいつも通りに図書館で遅くまで勉強をし、メデューサは間桐家で洗濯物を取り込んでいるので全て桜任せとなってしまっている。
当然光太郎も特に反対する理由もないため桜の荷物持ちとなり、商店街で真剣な眼差しで材料である野菜を選んでいる義妹を見守っていた。
(戦っている時よりも真剣に見える…)
まぁ本来は戦って欲しくもないけれどと考えている光太郎。前回の戦いで善戦してくれたが、キューブリカンや弱っている状態で挑んでくるボスガンのような敵と遭遇した時は無事で済む保証はない…
しかし、そう言ってしまえば慎二を味方に付けて必ず論破されてしまうだろうなと自分が敗北する姿を想像していると八百屋の店長から大根を受け取った桜が笑顔で駆けてくる。
「兄さん!おじさんがおまけしてくれて…どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。次は、魚屋さんだっけ?」
「はい!今日のメインは鯵をですね…」
料理の話をする桜は本当に楽しそうにしている。衛宮士郎の家に通うようになって料理を覚えてから味付けだけでなく食材にも拘るようになり、こうして買い物へ同行すると店員への質問や交渉、如何に新鮮でうま味があるかを見定めるなど普段見られない姿に感心してしまう。
そして買い物も終盤。桜は魚屋の前で立ち止まり、行ってきますねと笑顔で光太郎へ伝えた直後、彼女の目は職人の目と変貌してしまう。
いらっしゃいと大声で挨拶する店員へ軽く会釈すると陳列された様々な商品の中からターゲットである鯵を発見。10匹程並んでいるが、ここからが本当の勝負だ。
新鮮な鯵はより目が澄んでおり、エラの部分が鮮やか紅色をしている。どれもが同じタイミングで仕入れたものであろうが、僅かな『差』は確実にあり、桜はその中でも最もうま味のある鯵を選別。見極めた鯵へと指を指した時、全く同じタイミングで左右から別人の手が伸びたのであった。
「え?」
「む?」
「あら?」
見覚えのある肌が褐色の男性とエルフ耳の女性が桜と同時に声を上げる。見知った2人の登場に驚く光太郎であったが、数ヶ月前まではあの黄金のサーヴァントが我が物顔でこの往来を闊歩していたのだからなんら不思議はないかと1人納得していると、魚屋の前で3人は今晩のメインディッシュについての話題に夢中となっていた。
「凜のリクエストでね。鯵の切り身を和えたパスタの予定だよ」
「わぁ、美味しそうですね。私は大葉で包んで焼いてみようと思うんです。メデューサ姉さんが最近日本酒がお気に入り見たいですからおつまみにたたきもいいかなって」
「ほう。それぞれ食材として鯵を活かしたものだな」
「…わ、私はそうね…あじ…フライとか…」
互いの献立に興味を抱くアーチャーと桜であったが、1人自信無下げに発言するメディア。
彼女は過去に様々なアレなものを作っていたことで鮮度のいい材料を見つけることが出来るようだが、料理に関してはまだ始めたばかりのようである。以前に彼女が間桐家へメデューサを訪ね、寺に住む少年が姑の如く自分の作る料理へケチをつけてくると数時間にわたり愚痴っていた光景を光太郎は思い出した。
どうにか名誉を挽回しようと食材を鯵と選択したが、同じ食材で自分よりも高度な品を仕上げる予定の2人の前でつい見栄を張ってしまい自身のハードルを上げてしまったようだ。
真実を知らない桜はそっちも美味しそうです!と笑顔で反応していたがメディアの表情を見て何となく察しているアーチャーは何も言わない。いや、よく見れば無表情を装いながらも一筋の汗を流している。どうやらメディアの『余計なことを言えば…ヤるわよ?』と目で語っている事に気付いているようであり、同様の視線が光太郎にも送られている。
(いやなんで?)
完全に火の粉が降りかかっている光太郎はアーチャー同様に冷や汗を流しながら視線を逸らすことしか出来なかった。
そんな中、商店街の人々が次々と立ち止まり、ざわざわと声を立て始めた。光太郎は後で腕を組みながら遠目で騒ぎの中心らしき方を眺めている商店街の面々から聞こえた声に思わず反応してしまう。
「なんだアイツは…?王様の知り合いか?」
「あ~確かに時々金色の鎧着てたしな」
あいつはここで過去に何をやらかしてしまったのだろうかという疑問は置いておき、人々を騒がす原因を目にしようと光太郎は騒ぎのする方へと目を向けるが激しく後悔することとなった。
多くの視線を浴びながらも特に気にする様子もないソイツは馬へと跨り、こちらへと向かっている。動物の骨を思わせる鎧で身を包み、神話などで登場するミノタウルスのように雄々しくも鋭い角を持つ戦士は片手に槍を握りしめている。
そして光太郎を発見し、槍を向けると鼓膜が破らんとするほどの大声を上げた。
「我こそはクライシス最強の怪魔獣人…風の騎士ガイナギスカンッ!!間桐光太郎よ、正々堂々と戦えぃッ!!!」
クライス要塞
「さぁ、これからが見物だ」
ボスガンは光太郎を抹殺すべく放った刺客…ボスガンが率いる怪魔獣人大隊に属するガイナギスカンが彼を追い詰めるであろう光景を思い浮かべるボスガンはクククと笑いを上げながら隣で溜息をつくマリバロンへと指示を送る。
「マリバロン。例の準備は出来ているであろうな?」
「抜かりはないわ。後はそっちの怪魔獣人がしくじらなければ完璧ね」
「フンッ!ガテゾーンのロボット共などとは違うことをはっきりさせてやろうではないか!」
ボスガンの力説に耳を貸さず、マリバロンは壁を背にしているガテゾーンへと目を向けると仕方ないから付き合ってやれと言わんばかりワザとらしく肩を竦めている。
マリバロンは無言でボスガンの言う『準備』を進めるのであった。
(まずいな…)
まさか白昼堂々、商店街の中で戦いを挑んで来るとは思いもしなかった光太郎は焦っていた。大勢の人々を前にして名指しで呼ばれたこともそうだが敵は見るからに手強いはず。
ならばRXとなる事が最良の手段だが光太郎は確実にあの姿へと変わる術を見つけていない。そんなことよりも光太郎は商店街を戦場へ変えるわけにはいかないため、敵を引き離すことを優先させなければと考えた途端、光太郎達を覆う空気が変わる。
注意深く警戒しなければ分からないほどの小さな違和感。ガイナギスカンを警戒しつつ違和感の正体を探ろうとした光太郎だが、意外にも回答は直ぐに現れた。
「…商店街の皆さんが…」
桜は驚いた。突如現れた甲冑を纏った見知らぬ人物が馬上から商店街のヒーローの友人である光太郎へ決闘を申し込んだという面白場面に興味を抱き次々と集まっていたのだが今はまるで興味を無くしたかのように去っていき、次々と店閉まいまで始めているのだ。
騒ぎを聞いた人間達全てに暗示をかけ、尚且つ人避けの結界を同時に展開できる者など、この場に1人しかいない。
「ふぅ…まさか商店街に敷いていた結界が役に立つ日が来るなんてね」
メディアは掲げていた手を下げると髪をかき分け、自分の魔術が完璧に発動したことに安堵する。
聖杯戦争時、メディアは冬木の至る場所でも自分が有利に事を進めるように人の目…特に魔術師すら看破がされないように魔法陣を刻んでいた。この商店街も例外ではなく先ほど行使した暗示もメディア自身の魔力に土地を流れる地脈の力を上乗せしたことで成功したことだ。
そのような魔術を詠唱なしに行ったメディアへ桜は羨望の眼差しを向ける。
「すごい…あんなに人で賑わってた大通りが誰もいない」
「あら、修行次第では貴女にだって不可能ではないわよ?」
(地脈の無断活用…凛には言えんな…)
謙遜することなく桜の称賛を受け取ったメディアは宗一郎以外にはめったに向けることのない笑顔を見せて、桜の持つ可能性を褒め称える一方、非常事態であるため家で実験をしているであろうマスターへの報告をどうするかを悩むアーチャーであった。
「なるほど…戦いに他の者を巻き込まぬために名乗り出なかったか…臆病風に吹かれたのかと思ったぞ!」
「…ここでなければいつでも名乗り出ていたよ」
この商店街では光太郎の顔見知りどころか親友だって働いている。ゴルゴムの戦いで離れていった人々が戻り、ようやく以前のような活気溢れる場所へと返り咲いた商店街で戦う訳にはいかない。
「フン。安心するがいい。貴様を見つければ元々場所を変える予定だったのだ。こうしてなッ!!」
「ッ!?なんだ、突然風がッ…!?」
ガイナギスカンが手を向けたと同時に光太郎に向けて突風が吹き荒れる。腕で顔を庇う光太郎だが風の力は段々と強まっていき、少しずつではあるが押され始めている。
(こいつ…風を操ることができるのかッ!?こうなれば…)
光太郎は足を踏みとどまりながら腹部にキングストーンを宿したベルト『エナジーリアクター』を出現させる。
「変ッ身ッ!!」
ベルトの中央から放たれた光に身を包まれ、光太郎はバッタ怪人へ、そして漆黒の戦士仮面ライダーBLACKへと変身。
「ほう、それが仮面ライダーか。だが、今の姿で私の風に耐えきれるかッ?」
「く、さらに力が強まっていくッ!?」
変身してもなお敵の風に抗うことが出来ない光太郎は足を舗装されたアスファルトを叩き付け、足首を埋めたことで強引に身体を固定させる。こうなれば根競べだと覚悟をする光太郎だったが…
「兄さんッ!メディアさんが―――」
「なッ!?」
アーチャーと共に電柱へ掴まっていた桜の声を聞いて光太郎は上空へと見上げる。
「は、離しなさいッ!」
何時の間にか出現したクライシスの配下となったタカ怪人に囚われしまったメディアは振りほどこうとするが激しく吹く風の中で目が開けられず、魔術を使おうにも集中することが出来ずにいた。
「くそ、急いで足を抜かなければ…」
「ならば手伝ってやろうではないか!」
まだジャンプすれば届く距離であるため、急ぎ埋めた足を路面から引き抜こうとした光太郎へさらに強くなった風が叩き付けられる。
「受けよッ!風魔ビームハリケーンッ!!」
ガイナギスカンの手から放たれた竜巻によって光太郎の足元のアスファルトは粉々になり、光太郎自身も天高く飛ばされてしまう。
「な、なんて威力なんだ…このままでは身体がバラバラになってしまう。けど、その前に…!」
空へ飛ばされたことでタカ怪人へと急接近できた光太郎はベルトの上で両拳を重ね、ベルトから赤い光を発光させる。ベルトから放たれた光を右拳へと宿し、メディアを抱えたまま上昇するタカ怪人の頭部へと拳を叩き込む。
「ライダーッ!パァンチッ!!」
「ギャァァァァァァッ!!」
光太郎のパンチによりヘルメットを打ち貫かれ、断末魔の声を上げたタカ怪人はメディアを手放した直後に爆発四散。光太郎は爆発の余波を受けて気を失ったメディアを抱きかかえて着地に備えようとしたが、下へ落下するどころか上昇を続けていたことに驚きを隠せない。
「な、なんだあれは…!?」
光太郎とメディアが飛んでいくその先で空間がねじ曲がり、黒い穴が出現。身動きが取れない光太郎とメディアはそのまま穴の中へと吸い込まれてしまったのであった。
そして光太郎とメディアは気が付けば砂漠のど真ん中で倒れており、話は冒頭へと戻る。
(…あの穴を潜ったことでここまで飛ばされたのは間違いないはずなんだど、ここはどこなんだ?)
「悩むようなら、いっその事尋ねてみたらどう?」
「え…?」
メディアが指差す方向から悠然と歩んでくるガイナギスカン。思わず構えを取る光太郎と魔術を発動しようとするメディアであったがガイナギスカンは攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「…なんの真似だ?」
「フッ…まずは感想を聞こうと思ってな。どうだ、怪魔界へと来た気分は?」
「ッ!?」
怪魔界。
そこは光太郎達の住む地球を侵略するために現れたクライシス帝国の本来の世界。光太郎達は地球から敵が住まう世界へと入り込んでしまったことで改めて周囲を見渡す。
厚い雲で覆われた日の光が届かない世界…クライシス帝国はこの世界を捨て去り、地球へと移住するつもりで入り込んだのであろうかと考える矢先に、ガイナギスカンはもう一つの目的を告げた。
「そして間桐光太郎…お前を完全に倒す為の作戦だ」
「何ッ!?」
「この怪魔界は1年で1ヶ月しか日の光が大地を照らすことはない…」
「…?」
自分を倒す事と、怪魔界に太陽の光が届く日が極わずかであることが関係あるのかと考える光太郎は黙ってガイナギスカンの言葉を待つ。
「貴様がRXとなるために必要な『太陽の光』は今差すことはない。つまり、貴様はこの怪魔界ではRXへと姿を変えることは出来んのだ!!」
光太郎に衝撃が走る。
RXへと変化するには太陽の光が必要だったことにこの時、光太郎は初めて知ったのだから。それも丁寧に教えてくれなければ、今後も敵のみがその情報を掴んだままとなっていただろう。
(どうりで夜に練習しても変わらないはずだ…!)
考えてみれば初めてRXとなった時はちょうど日が昇っていたし、練習中も自分で『太陽よ――』と重要なワードを口走っていた事を思い出した光太郎は砂漠の熱とは関係なく多量の汗を流し始めた。光太郎の様子を見て察しがついたメディアはガイナギスカンへ聞こえない程度に声を上げる。
「あなた…まさか」
「……………」
呆れとも軽蔑とも取れるメディアの冷たい声に光太郎は返事をすることなく、汗を拭うと平静を装いながら構えを取る。
「…だったら、RXなしでも戦うだけだ」
再度BLACKへと変身するために力を込める。
だが、ガイナギスカンは踵を返して離れていく。
「ボスガン様の命令は貴様をここに連れてきて倒すこと…RXへと変身させるなとは言っていない」
ガイナギスカンの言う事が理解できない光太郎は未だ構えを解かず、背を向けたままである敵の様子を伺う。
「あと数時間もすれば一瞬ではあるがこの怪魔界へ太陽の光が差す。その際にRXとなるがいい。貴様との決着はその時だ」
「なぜだ…せっかくの機会を…」
「俺は風の騎士…敵である貴様が全力を出せない状態で倒すなど、私の誇りに反する」
顔だけをこちらへと向けるガイナギスカンの言葉を聞き、敵の送った塩を受け取った光太郎は拳を下げるとゆっくりと頷く。
「日の光が差す頃にもう一度貴様達の前に現れよう。その時まで首を洗って待っているのだな。もっとも…」
振り返り再び歩き始めたガイナギスカンが話す中、光太郎達の足元が揺れ始め、徐々に強い振動へと変わっていく。
「それまでに生き延びられたの話だな」
砂を突き破って現れたのは、数十匹の蠍。しかもどれもこれもが2足歩行で、人間並みの大きさを誇っていた。
「そいつらは突然変異した物だ。せいぜい生き延びよ」
と、光太郎達と同じく現れた蠍を槍で次々とあしらいながらガイナギスカンは今度こそ離れていくのであった。
「くっ――!宗一郎様のいない世界なんかで終わって堪るもんですかッ!」
「同感!よし、いくぞッ!!」
叫ぶと同時に攻撃用の魔法陣を次々と出現させるメディアにならい、光太郎は右手を前方へ突出し、左手を腰に添えた構えから重心を右半身に置き、両手を大きく右側へと振るうと右頬の前で両拳を力強く握りしめる。
ギリギリと音が聞こえる程込めた力を解放するような勢いで右腕を左下へ突出し、素早く右腰に添えると入替えるように伸ばした左腕を右上へ突き出す。
「変っ―――」
伸ばした左腕で扇を描くように、ゆっくりと右半身から左半身へと旋回し――
「―――身ッ!!」
両腕を同時に右側へと突き出した。
光太郎の腹部にキングストーンを宿した銀色のベルト『エナジーリアクター』が出現し、光太郎を眩い光で包んでいく。
その閃光は光太郎の遺伝子を組み換え、バッタ怪人へと姿を変貌させる。
だがそれも一瞬。
エナジーリアクターから流れ続ける光はバッタ怪人を強化皮膚『リプラスフォース』で包み込み、黒い戦士へと姿を変えた。
左胸に走るエンブレム。触覚を思わせる一対のアンテナ。真紅の複眼。そして黒いボディ――
「仮面ライダー…ブラァックッ!!」
仮面ライダーBLACKへ変身を遂げた光太郎とメディアは囲うように現れた蠍の群れと対峙するのであった。
光太郎とAUOがちょいとアホの子扱いになってしまった…
UBWで負けを認めつつも殺しにかかる英雄王ですが私は大好きです。
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