Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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今更ながら小説版仮面ライダークウガを購読。おお…と、まさかの展開に色々と驚かされました。


では、これで一区切りの62話です!


第62話

「いってらっしゃいませ、志貴様」

 

 

そう言って一礼し、再び頭を上げる使用人の顔を見た遠野志貴は、頷いて返事を返す。

 

 

「うん。行ってくるよ、翡翠」

 

 

玄関先まで見送られることに最初は気恥ずかしいものがあったが、今ではこうして登校前に彼女の送迎が当たり前と思い始めているあたり、慣れって怖いなと考える志貴は学生鞄を握りなおして一路学校へと向かうのであった。

 

 

 

「志貴様…」

 

「ウフフフ~今朝もお勤めご苦労様ですね~翡翠ちゃん」

 

 

 

段々と小さくなる志貴の背中を見送る翡翠の背後に現れた彼女の双子の姉、琥珀は口元を手で抑えながらからかうように耳元で囁く。が、姉の出現に特に驚く様子を見せない翡翠は表情を変えないまま今朝から志貴の起床に始まり朝食・出発までいつも通りである事を自身に確認させるように呟いた。

 

 

「今日もいつも通り、でした」

 

「…うん、秋葉様から逃げるように食卓を立ち去るまでもが、いつも通りでしたね」

 

 

自分が現れた事への反応が薄い事に若干の寂しさを感じながらも、翡翠の言葉に同意を見せる琥珀の余計な一言に、さらなる人物が反応する事となる。

 

 

 

「誰が、誰から逃げたというのかしら…」

 

 

聞こえるはずもないのにズシン…という重々しい足音が聞こえてしまった2人が振り返ると、背後には腕組みをして面白くないという表情を隠そうともしない遠野秋葉が目を細め、使用人二人へと迫っていたではないか。

 

 

 

「…琥珀。下らない憶測を口にしている暇があるのならさっさと仕事に戻りなさい」

 

「え、ええ~…私だけですか?それなら翡翠ちゃんも…って翡翠ちゃんがいないッ!?」

 

 

慌てて見渡してみれば、纏ったメイド服をはためかせる事無く、真っすぐと伸びた姿勢のまま早歩きで屋敷の中へと戻る妹の姿に琥珀は驚愕する。まさか翡翠に見捨てられる日が来るとはお姉ちゃん悲しい…と、目頭を押さえヨヨヨとワザとらしい泣き真似をする琥珀の姿に目頭を押さえる秋葉は殿下の宝刀を突きつける。

 

 

「琥珀…これ以上下らない事に時間を割くようであれば、貴方の部屋にある怪しげな薬、全て処分するわよ?」

 

「えぇッ!?」

 

「それが嫌だったら今すぐに仕事を…」

 

「宜しいんですか~?もうすぐ秋葉様がお望みするような成長促進剤が完成するというのに~?」

 

「なっ…!?」

 

「はぁ、残念ですね…これさえあればあのお方もイチコロだったはずでしたのに…」

 

 

涙目から反転、何か良からぬ事を企んでいる濁った瞳へと目の色を変えた琥珀の発言に、両手で胸を覆う秋葉は慌てるように口を捲し立てる。

 

 

「よ、余計なお世話よッ!!放っておけば大きくなるんだし、それに兄さんはそんな事で判断するような人じゃ…!」

 

「おやおや~?私は秋葉様の可愛らしい胸囲や志貴さんの名は一言も口にしておりませんが…?」

 

「っ…!?」

 

 

迂闊。またもや琥珀の口車に乗っていらぬ事を口走ってしまったと手で口を押える秋葉であったが時既に遅し。どこから取り出したのか、琥珀の手にはマイクロレコーダーが握られている。何時から録音されていたのかなど気が回らず、自分の発した言葉の羞恥と琥珀への怒りで顔を一気に紅潮させた秋葉は犬歯をむき出しにして無礼な使用人へと咆哮した。

 

 

 

「こ・は・くぅ~!今すぐそれを渡しなさいッ!!」

 

「キャー秋葉様こわ~い!」

 

 

そそくさと撤退する琥珀を追わずに深く溜息をついた秋葉はとうに見えなくなってしまった志貴が通った道へと目を向ける。翡翠や琥珀の言った通りに、志貴の様子はいつも通りだ。

 

この遠野家に戻り、戸惑いながらも生活に馴染もうとしてくれている…そう、以前のように。

 

だが、秋葉は逆にあのような事が起きていつも通りでいられることが疑問であった。

 

 

 

(兄さん…)

 

 

 

いつも通り。

 

そう振る舞っているだけで、志貴はうちに秘めている感情を抑え込んでいるだけではないだろうか…?

 

秋葉がそう考えてしまったのは、戦いを終えた志貴が意識を取り戻した時だ。

 

 

秋葉が志貴へ自分達遠野家がどのような非道を行ってきたかを説明した時には話した秋葉自身が驚くほどに志貴は落ち着きを見せていた。いや、自分の素性を知った事で逆に納得をしていたのだろう。

 

だが、秋葉は見た。

 

琥珀から志貴が意識を取り戻したと聞き、部屋へと駆けこんだ時に、一瞬ではあったが志貴の顔から読み取れたのは、失意。

 

とても大切なものを失ってしまったかのような表情にどう声をかければいいかと踏みとどまってしまった秋葉だが、彼女が部屋へと現れたと気がついた志貴が普段通りに振る舞う為に、自分も『普段』を演じて接するしかなかった。

 

 

志貴にとって、それほどの何かが今回の戦いの中で失われてしまったのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いつも通り…か)

 

 

 

黒板へ板書する教師の声を聞き取りながらも志貴は自身の掌をジッと見つめる。死を見続けた影響なのか、魔眼殺しの眼鏡を着用しても死の線が視えてしまい、ロアとの闘いの時はさらに色濃く世界の全てが『死』で満たされていると思えるほどに、線と点しか視界に映らなかった。

 

 

だが、戦いから二日後。眠り続けていた志貴が目を開けた時には視界に映る線や点は以前より少なくなっており、あれ程頻繁に起きていた頭痛すら無くなってしまっていた。

 

カタカタと風に押される窓へ、ふと目を向けるとサッシに挟まった一通の封筒を見つける。身体に鞭打って封筒を回収し、開けてみると世話になった人物から今回の顛末について記された内容であった。

 

 

 

最初の疑問であった志貴の眼に関して、どうやら手紙の送り主よりも先に手をつけてくれた人物によるものらしい。

 

 

「月影さん…」

 

 

志貴が呟いたその人物はロアの消滅を見届けた後に、その手から緑色の光を志貴に向けて放っていた。光は志貴の眼へと付着すると限界以上の力を発揮した魔眼の力を急速に引き下げると同時に、モノの死を理解する為に強引に回線を繋げた事によって起きていた脳への負担も和らげてくれたらしい。

 

その説明を見ただけでも、やはりすごい人なんだ…と読み進める中、シエルの『私の仕事を取らないで欲しいです!』という愚痴に思わず笑ってしまった。

 

他にも自分を助けてくれた月影信彦以外に現れた仮面ライダーという存在や、戦いによって崩落した校舎への対応…そしてシエルは次の任務があるので自分と会うことはないだろうという一文で締めくくられている。

 

そして数度手紙を読み直しても、アルクェイドに関しての内容は記載されていなかった。

 

 

 

 

「いや~昨晩は珍しく姉貴とやりあっちまって…」

 

「一方的に一子さんにやられてただけだろ?」

 

「遠野よ…世の中には言っていい事と言うまでもない事があってだな…」

 

 

 

気が付けば授業はとうに終了しており、志貴は同級生である乾有彦の誘いに乗り食堂へ。互いに注文したうどんを啜りながら他愛もない話を交わす中、志貴はとある質問を有彦へと向けた。

 

 

「なぁ有彦。シエル先輩って人に聞き覚えあるか」

 

「あん?しえる?うちの学校に留学生なんていたか?」

 

「いや、気にしないでくれ」

 

 

聞くまでもなかったなと心中で呟き、志貴は油揚げを箸で器用に裂きながら離れた席で友人達と談笑する弓塚さつきの姿を見る。吸血鬼との闘いが表面化する前はシエルや有彦、そしてさつきと共にこうして昼食や共に遊ぶ計画も立てていたのだが…

 

どうやらシエルはこの学校を離れると同時に『シエルという生徒が存在する』という暗示を解除して学校を後にしたらしい。

 

 

あの当たり前に思える生活が、志貴は本当に楽しかった。シエルにとってはロアを討伐する任務の一環であったのだろうが、志貴にとってはかけがえのない日々になるのだろう。

 

 

だが、彼の胸にはぽっかりと、穴が開いたような虚しさが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

『志貴!』

 

 

 

 

そう笑いながら志貴の名を呼ぶ吸血鬼はもう、存在しない。

 

 

分かっているのに。彼女の身体が死で染まった姿をこの眼で視たはずなのに、認められない自分がいる。

 

 

彼女…アルクェイド・ブリュンスタッドという存在は、志貴の中で大きくなりすぎてしまった。彼女の事をこの先忘れることなどできないし、彼女以上に愛せる人を見つけるなど、不可能だろう。

 

 

だからこうして窓際から校庭を見下ろして見ると、以前のように不法侵入した彼女の姿が目に浮かんでしまう。

 

 

 

(あの時もこんな午後の授業だったっけ…)

 

 

 

 

 

机に頬杖をついて校庭を眺める志貴の眼には元気よく手を振って自分の存在をアピールするアルクェイドの姿に、もう同じことをするなと言ったのに相変わらず人の話を聞かないなぁと口元を緩ませて視線を黒板に戻すが、ふと全身が硬直した。

 

 

 

 

 

 

(ん…?)

 

 

 

 

今、自分は何を見た?

 

 

確かにふとアルクェイドがいたような気がして後ろを振り返ってしまう事が幾度があったが、ああもはっきりと見えてしまうものなのかと。もしや幻視する程までに心へのダメージを追ってしまったのやもと、自分の状態を確認する為に再度校庭へと目を向ける。

 

 

 

本日の午後一番の授業では、校庭を利用した体育は実践されなかったのか、生徒や職員の学校関係者は1人も居やしない。そう、学校の関係者は。

 

 

 

校庭にいるのは、金髪赤眼の白いセーターと足首まであるスカートというシンプル過ぎる服装の女性ただ1人。

 

 

頬を抓り、眼鏡を上げて何度も目を擦っても、あれは幻想などではない。

 

 

 

 

「あッ…!?」

 

 

 

気が付けば、ガタンっと大きな音を立てて立ち上がっていた志貴に授業を進めていた英語教師やクラス一同が注目している。これはまずいと察した志貴はどうにか言い訳を考えようとするが、志貴よりも先に動いた人物がいた。

 

 

「んだよ遠野、そんな慌てて立ち上がるほどに体調崩したのかぁ?」

 

「あ…え…?」

 

「こりゃぁまずいっすよ先生。遠野の奴しっかりと答えられないくらいの状態になってるみたいだし、早退させた方がいいんじゃないかぁ!」

 

 

なんともワザとらしく声を上げる有彦に、教師も訝しげではあるが溜息をつくと気をつけてなと言って早退を了承。有彦のしてやったりという顔がどうにもおかしく、笑いを堪える志貴は鞄を取ると怪しまれない程度の速度で教室を飛び出る。

 

 

今度何か奢ってやらなきゃな…

 

親友への感謝を述べながら、志貴は校庭へと急ぐ。

 

 

あれ程重かったはずの足が軽やかに動き、いつも自分を苦しませる動悸すら気にならない。

 

 

階段を駆け下り、よろつきながら靴を履き替え、未だ校庭から教室を眺める真祖の姫へと駆け寄る志貴。彼の足音にようやく気が付いたアルクェイドは先ほどとも変わらない満面の笑みを浮かべ、抱擁を待ち構えるようにして両手を広げる。

 

 

 

が、志貴の手は彼女の手首を掴むと強引に彼女を引きずって門の外へと連行したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ…と灰に満たしたタバコの煙を吐き出す信彦は今しがたこちらの警告を無視して学校に侵入し、やはりというべきか志貴によって連れ出される姿を見てだから言っただろう…とつぶやく。

 

校門前のガードレール付近で恐らくどうしてアルクェイドが生きてるのかという質問攻めになっているであろう様子が見える。彼等からは見えない位置であるコンクリート塀に背中を預ける信彦に、隣に立つ女性は面白くないと言わんばかりに頬を膨らませていた。

 

 

 

「…ああなる結果は目に見えていただろう。なぜついてきた?」

 

「…万が一。万が一にあのアーパー吸血鬼が吸血衝動に駆られた際に遠野君を襲う可能性があったはず。なのに、なのに…」

 

 

もし彼女がハンカチを所持していたのならくやしさの余りに口で挟み、千切れるまで引っ張っていたに違いない。そんな形相を浮かべる様子に信彦の中に存在する者達は笑うべきなのか、呆れるべきなのか迷うほどだった。

 

 

 

(ったく、失礼な事いっちゃうねぇこのお姉さんは)

 

(全くよ!みんなでそうならないように頑張ったのに!)

 

 

 

 

全てにおいて同意はできないが、確かにあれ程の事をした後にそのような事を言われるのは癪に触るかもしれんな…と自身でも珍しく不機嫌となりながらも、ロアが消滅して数時間後の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めるとするか…」

 

 

 

意識を失った志貴へキングストーンの力が凝縮された粒子を放ち、僅かながらの治療を施した信彦は校舎の中で横たわっていたアルクェイドの身体を回収し、とあるビルの屋上へと移動していた。

 

 

アルクェイドの身体は薄く輝く緑色の光に包まれ、そして同じ緑色を纏った光玉が彼女の周りを右往左往と彷徨っている。

 

 

「…むんッ!」

 

信彦が翳した手から緑色の雷が床へと放たれ、それは寝かされているアルクェイドを囲うように走っていく。やがて雷が走った後には円形の魔法陣となり、彼女を中心とした半径5メートル弱の術式が完成した。

 

 

 

淡く光る魔法陣の中央に寝るアルクェイドがロアによって貫かれた傷がみるみるうちに塞がっていく様子を確認した信彦は続いて両手を左右へと展開。腹部のベルトに宿るキングストーンの輝きを強めると、首元に冷たい感触が走った。

 

 

 

「何のつもりだ?」

 

「それはこちらの台詞です。貴方は一体、何をするつもりですか」

 

 

振り返らなくても背後に現れた者が誰であるかは分かる。信彦の首へと黒鍵を突きつけているシエルはこれから信彦が起こそうとする事…彼が敵対する理由のない真祖を完全に消し去ろうとするのは考えにくい。ならばその逆であれば、しっくりくる。

 

 

「まさかと思いますが、あの吸血鬼を蘇生させるつもりですか?」

 

「説明の手間が省けたな」

 

 

否定すらするつもりのない信彦の回答に対し、黒鍵を持つ手を強めるシエルは現実を突きつける。彼が真祖が蘇らせようとしているのは、彼の為であるとわかっている。だが、仮に蘇生が成功したとしても志貴に待っているのは、悲しい別れだけだ。

 

 

 

「彼女の周りを浮遊する球体…ロアがアルクェイドから奪った力の欠片で間違いないでしょうか?」

 

「……………」

 

「無言は肯定とみなします。どういった理由で彼女へ力が戻らない様に貴方の力で分断しているかは不明ですがあのまま力を取り戻し、蘇ったとしても彼女の吸血衝動はもう止まらない。もう、目に留まる全ての者の血を欲してしまう可能性だってある」

 

 

 

だから無駄なのだ。彼女が生き返ったとしても、待っているのは地獄が永遠の眠り。志貴にさらなる悲しみを与えるようであればもうこの場で…と呼吸すらしていない吸血鬼へ視線を向けるシエルは、信彦の言葉に自身の耳が正常に機能しているかを疑ってしまった。

 

 

 

 

「その吸血衝動を可能な限り取り除く方法があるとすれば、話は違ってくるだろう」

 

「なっ…」

 

 

何をあり得ない事を…真祖の抱える吸血衝動は、そこらにいる吸血鬼や吸血種の比ではない。理性では決して抑えられない欲求を力の半分以上も費やして押さえているのだ。その吸血衝動を消し去る方法など、あるわけがない。それが真祖を知る者にとっての常識なのだ。

 

その常識を偉そうに高説したくもなるが、今シエルの前に立つのはその真祖の力すら凌駕する伝説の世紀王。異端に対する力量も術も、悔しいが遥かに上の存在だ。

 

 

「そんな事、不可能です」

 

 

だからこの台詞は、単なる苦し紛れだ。ややり出来ないと言われた時に、大いに笑う為に言い放った言葉ではあった。しかし、信彦の答えはシエルの予想を大きく、悪い意味で覆すものであった。

 

 

 

「…お前は、真祖の元となった存在を知っているか?」

 

「突然何の話ですか?」

 

「知らないというのなら詳細は省く。真祖の元となった存在は、地球の触覚となる真祖に自分を参考にして生み出すように提案した。そこにどのような意図があったかは知らんがな…」

 

 

 

事実、真祖のモデルとなった存在…紅い月は地球を掌握とするという思惑を抱えていた事もあり、自身の後継者を地球の触覚にしようと企んでいた。その考えを知ってか知らぬか、地球は紅い月を参考に創造したが、生まれた真祖は吸血衝動という欠陥を抱えるという結果を孕んでしまった。

 

 

 

「そしてアルクェイドもまた、吸血衝動を持って生まれてしまった。だが、今は吸血鬼から奪われた力が戻ろうと本能的にアルクェイドへと接近している」

 

「ですが、その力が戻らない様にあの球体に閉じ込めているのは、貴方でしょう?」

 

 

信彦の説明に無自覚にも聞く体制となっているシエルは自分でも気が付かぬ間に黒鍵をさげ、今もアルクェイドの中へと戻ろうとする力の塊ではあるが、シエルのいう通りに信彦の力によって戻ることが出来ず、アルクェイドの身体にぶつかっては弾かれてしまう状態だ。

 

 

「そうだ。そして奪われた力が戻した途端に、力を馴染ませるためにアルクェイドの身体は全身に力を通すためのパスが通じる。魔術師で言えば、魔術回路のようなものだ」

 

 

確かに数世紀に渡って奪われた力…それもロアの中にあったものであれば元の状態になるには時間もかかってしまうだろう。なるほどと納得する半面、これから信彦が起こそうとする事が読めてきたシエルの顔色はだんだんと青くなっていく。

 

 

 

「まさか…貴方は、力が馴染む前に、彼女の身体を創り変えるつもりですかッ!?」

 

「そのつもりだ」

 

「なんて事を…!分かっているのですか?星の触覚である彼女は、地球の精霊そのもの!そんな存在の身体をいじってしまうとなれば、彼女は地球のバックアップは受けられず、逆に死んでしまう可能性だってある!いえ、それ以前に―――」

 

 

 

 

 

 

「地球側である彼女を創り変えようとする貴方が、『地球の敵』として認識される可能性だってある!」

 

 

「…………………………」

 

 

それは地球が持つ『抑止力』の敵対行動と同意義であると、シエルは言いたいのだろう。

 

 

もし、信彦が地球の敵と判断されてしまった場合は、これまでの魔術協会や聖堂教会とは比べものにならない…まさしく『星そのもの』に命を狙われる可能性がある。

 

 

だがそんなことは百も承知だ。

 

 

狙われる事にはもう慣れている。それが人間から、人間以外に変わってしまうだけの話だろう。

 

 

そして、そうまでしても信彦が見たい光景があるからだ。

 

 

 

「言いたい事は、それだけか?」

 

「…それで、いいのですか?貴方は?」

 

「だからこそ、俺はこうしている」

 

「随分と…いえ、困ってしまう程にお節介なんですね」

 

 

ふぅ…と困った笑みを浮かべたシエルは後を振り向くとビルの屋上を囲う鉄格子へと飛び乗り、振り返らずに呟いた。

 

 

「今、私は何も見ていません。任務も終了しましたし、家に寝かせてあるカレーを食べに帰るとしましょう!」

 

 

 

そんな捨て台詞にも聞こえない言葉を発して、シエルの気配がビルから消える。ようやく邪魔者がいなくなったところで、術を再開できる。

 

 

 

 

(さぁて、どうなることやら俺らの運命)

 

 

(でも、私たちならきっとなんとかできるわ)

 

 

 

「そうなるように…力を全力で注げ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むぞ…お前達」

 

 

 

 

 

 

信彦の言葉に答えるように、腹部のシャドーチャージャーから眩い光が、アルクェイドによって放たれた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ…まさか成功してしまうなんて…」

 

 

「お前の期待は一体どちらに向いていた?」

 

 

 

感極まって今度こそアルクェイドを抱擁する志貴の姿に涙目となっているシエルに思わず声を出してしまった信彦は、その強化された視力で遥か先…信彦達のいる位置が10キロ程離れた位置でバイクに跨る2人の人物を捉えた。

 

 

今回の件で自分に余計な事を吹き込んでくれた筑波洋と、意識を取り戻した真祖と何かと信彦を友達にしようとしていたアマゾンだ。

 

 

特に後者は互いに頑なに断る姿を見て最初は躍起になっていたものの、何故か直後に自分は何もしなくても安心だとそれ以上何も言わなかった。

 

もう諦めたのか、互いに言いたい事を言い合っている関係に何かを見出したのかは不明だが、最後に信彦へとこう告げた。

 

 

 

『お前、もっと友達増やすべき。そうすれば、もっともっと強くなれる!』

 

 

 

 

 

なにを下らん…と返すことができずに真祖をこの場へと連れてくる形で別れたのだが、どうやらあの様子では2人はこのまま立ち去ってしまうのだろう。

 

 

特に交わす言葉などない。それは相手も同じだったのか、信彦が視線を合わせた途端に微笑みを浮かべて機体を反転させ、いずこかへと走り去ってしまう。

 

 

(おいおい、世話になったんだから挨拶ぐらいしろっての)

 

「された覚えはない。あいつらが勝手に寄ってきただけだ」

 

(もう素直じゃないんだから…)

 

 

アンリマユやキングストーンの指摘など耳にも入れず、信彦はその場から離れていく。もう見たい光景は見れたのだ。後はこの場を去るだけのつもりでいた信彦を、呼び止める少年の声が響く。

 

 

 

「月影さんッ!」

 

 

信彦は振り返らないまま足を止める。どうやらアルクェイドから自分がどうやって助かったのかを聞き、さらには彼の眼を処置したことも知らされてしまったようだ。さらに回りを見て見れば、志貴へと伝えたであろう張本人であるシエルの姿もない。信彦は知らないが、彼にはもう会わないだろうと言った手前、姿を現せないのかもしれない。

 

 

 

「あの…俺は未だに貴方が一体どのような人なのかはわかりません…けど、先にこれだけは言わせてください!」

 

 

 

 

 

「ありがとう…本当に、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

その言葉に、信彦は理解できない感情がこみ上げる。どう反応すればいいのか、どう言い返せばいいのか、この時の信彦の口から出たものは、相も変わらずの捻くれたものだった。

 

 

 

 

「俺が勝手にやっただけのことだ。礼を言われる筋合いはない」

 

 

「…わかりました。なら、俺は一方的に言い続けますよ!受け入れてもらえるまで!」

 

 

 

返す言葉が見つからない信彦はそのまま足を進める。だと言うのに、少年の言葉は止まらない。

 

 

 

「もし…もしもう少しこの街に居てくれるのなら、何でも言ってください!俺やアルクェイドも全力で手伝いますから!」

 

「ちょ、ちょっと志貴!私は嫌だよ!?」

 

 

 

このままでは何時までも呼びかけられ、余計に注目されてしまう。そう考えた信彦は、やはり振り向かないまま答えた。

 

 

 

 

「…この街に、怪人が隠れ家として使った場所や、仕留めていない連中がいる可能性がある」

 

 

「そいつらの居場所を突き止める為に…案内人が必要かも知れんな」

 

 

 

 

「…!はい、任せてください」

 

 

 

 

 

背後で志貴とアルクェイドの言い合いが聞こえるが、この際は無視しよう。なぜならば彼には今すべき事が出来てしまったからだ。

 

 

 

既にこの街全体を地図がなくても把握できる信彦へ、アンリマユが爆笑しながらからかっているのだ。このツンデレさんめと。

 

 

 

確かこの先に以前アンリマユを完全に黙らせた中華料理屋があったはず。

 

 

 

今後の事は、そこで食事を取りながら考えるとするか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんて2か月ちかく回想していた気分になっちまったけど…」

 

 

「アハハハハハ!何をいってるんですかつまらないですねもっと面白い事を言ってくださいよ!」

 

 

「今度はカレーで笑い上戸になってやがる…」

 

 

 

 

ふと数週間ばかり前に起きた出来事を思い出していたアンリマユはあの後にあっさりと志貴の前に現れ、アルクェイドと血で血を洗う戦いを何度も繰り広げているシエルの愉快な顔を眺めていた。

 

 

あの蘇生以来、吸血衝動が表にでる様子がないアルクェイドや志貴達と行動する機会が増え、最近では雑談の方が勝っている程だ。だが、信彦達もただ遊んでいる訳ではない。

 

 

こうして愚痴を肴にしている聖堂教会の女と接触したのも、ある意味狙い通りではあった。

 

 

 

 

 

 

(アヴェンジャー、代われ)

 

「あん?もう碧月(みづき)ちゃんとのお楽しみは終わりかい?」

 

(…単に話に付き合っていただけだ。さっさと代われ)

 

「へいへい」

 

 

ちなみに碧月というのは、キングストーンの意思につけられた名前である。(みどり)に月とキングストーンを連想さえる言葉から取った名前だが彼女は大変気に入り、名づけ親である信彦へ毎日名前を呼ぶように迫るほどである。

 

 

「ふぅ…おい、そろそろ本題に入らせてもらうぞ」

 

「あれ~さっきまでの愉快な口調はどこ行ったんですか~?」

 

「貴様だけには言われなくない」

 

 

 

どうにか主人格となった信彦はシエルに強引に水を飲ませ、自分だけでなく、シエルまでがこの街に残っている理由を尋ねた。

 

 

 

 

「あの吸血鬼の一件から数か月…俺は怪人共の住処を。お前は死徒が長期間滞在した場所にはさらに吸血鬼が寄り付く為という名目で居座っているな」

 

「まぁ、浄化するという意味では間違っていませんが」

 

「だが、俺達が調べた限り目星の付いた場所には怪人共の姿もなく、それどころかダロム達が集めていたであろうデータすら残っていない。まるで痕跡を消した後のようにな」

 

 

 

「お前も…同様ではないのか?何者かに、吸血鬼と、奴らが持っていた何かが消されてしまったのではないか?」

 

 

 

信彦の指摘に一度大きく見開いたシエルの眼がだんだんと鋭さを増していく。どうやら当たりだったようだ。

 

 

 

「…この場を奢ってくれる手前、開示できる情報だけを教えます」

 

 

 

奢るとは一言も言っていないのだが、この際は仕方がない。無言で頷く信彦へ、シエルはその元凶であろう名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クライシス帝国。その者達が大きく関わっている可能性があります」




さて、次回はお休みさせていただきます。その間に、もしかしたら全く関係のない短編をあげるかもしれないので、よろしければお付き合いを。


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