まーやってしまったことはしょーがないんで56話、行きましょう!
七夜
本能的に『魔』を打ち滅ぼす衝動を内に秘めた退魔の血族。
その名は人以外の血を持つ『混血』達には蛇蝎の如く忌み嫌われ、同じ退魔組織に組する者達にとってもいつ自分達が標的にされるかと戦々恐々としていた程である。
特に当主であり、最高傑作とうたわれた七夜黄理の戦いは得物がただの
さらに黄理には『浄眼』という特殊な眼を持ち、対象の思念を色として読み取る能力を持ち、人以外の者を色として捉える事が出来た故に、彼は手に取るように人でない存在を見抜き、殺すことが出来たという。
多くの暗殺を生業としていた黄理であったが、一児を儲けた後に組織を抜け、暗殺も引退。一族ごと七夜の森の奥へ隠れ住み、静かに生涯を終えるはずだった。
だが、黄理に恨みを持つ者が私兵を率い七夜の一族ごと皆殺しにしてしまう。
ただ一人生き残ったのは黄理の息子のみだったが、七夜を滅ぼした者の息子と同じ名前だったという気まぐれから暗示をかけた上で引き取り、親戚の一人として育てることとなった。
一族を滅ぼした者は、遠野槙久。その身に人ではない血と力を持つ混血の一族であり、遠野秋葉の父親だ。
そして槙久が養子とした七夜の子の名は、志貴。
「………………………」
遠野家の客室でシエルから語られた遠野志貴の過去に、月影信彦達は無言で個々の反応を示した。
殺されかけたという恨みから当人だけでなく、一族ごと葬った槙久への怒りを表情に出す筑波洋とアマゾン。
そして信彦は無表情のまま、とうに冷めたお茶に浮かぶ波紋を眺めながら考えていた。
「…引き取られた遠野くんは平穏に過ごしていました。妹の秋葉さんと、そして同年代であった本当の長男…『遠野四季』と仲睦まじく、本当の兄妹のように過ごしていたようです」
ですが、とシエルは言葉を区切った後に手帳…遠野槙久の日記を開くと志貴に降りかかったさらなる悲劇を語る。
人でない血を色濃く継いでしまった四季はある日に突然『反転』…人以外である『魔』の血が強くなり、理性を失うと獣と化して付近にいた秋葉へと襲い掛かった。
これを身で挺して守った志貴は胸に大きな傷を負い瀕死の重傷を負ってしまう。
そこに駆け付けた槙久は遠野家の習わしである『反転した者への処理』として四季を殺害。だが、四季は所持している能力である『不死』と『共融』…頑丈となった身体と攻撃をした事で志貴から奪った命によって生きながらえていた。
既に処理したはずの四季が生きていたと知った槙久は、反転した四季が自分を取り戻す事を期待し、一時的に地下の牢へと幽閉する。そして社会的地位のある遠野家の世間体を守る為に辛うじて生き残った志貴を本当の長男として、反転した四季を事故で死んだ養子として扱ったのだった。
そして日常生活に支障がない程度に回復した志貴の『魔』に対する反応を遠ざける為に彼を勘当し遠縁の家に預けるという借地を取った。
全ては自分と遠野家の為に…
だが、槙久に取っては想定外である事がそれ以前より起きていた。
四季は吸血鬼であるロアの転生先の肉体として選ばれ、成長すると共にロアの目的である『永遠』に取り憑かれた四季はロアとして覚醒し、『遠野四季』という人間をこの世から亡き者にした槙久を殺害する。
ついには自分に成りすまして遠野の人間として生きる志貴の胸を突き、遠野四季としての意識を完全に消し去ったロアは標的であるアルクェイドの出現を今でも自身の『城』で心待ちしているのであろう。
「つまり…彼には、もう……」
重々しく口を開く洋が考えているであろう言葉を理解しているシエルは目を瞑って頷き、手にした手帳をゆっくりと閉じた。
「はい。滅びてしまった七夜の生き残りである遠野くんには戸籍もなく、家族すらいません。そしてこの遠野の、人間ですらないんです」
この世界で認識すらされていない存在。それが、この街に行きついてから何かと遭遇し、自分をただの旅人として接していた少年の正体。彼が魔眼を持ち、退魔の一族の生まれであるという事実などよりも、信彦の脳裏には自身と志貴の共通点があるという意識が大きく膨らんでいた。
志貴も信彦と同じように『奪われた側』でありながら『奪う側』にされてしまったのだと。
見知らぬ存在の都合により全てを奪われ、そして本人の意思とは関係なしに恨まれる立場へと追いやられた。
ゴルゴムのシャドームーンとして悪意を向けられた信彦。
自分の存在を横取りしたと恨まれた志貴。
そんな2人がこの美咲町で何かと顔を合わせる事が重なるなど、何という皮肉だろう。
そう考えた信彦は立ち上がり、部屋の扉へと移動を始める。
「どちらへ?」
「目的は果たした。もう貴様に用はない」
「まだ貴方が受けた攻撃についての説明をしていないのですけど」
「…大体の察しはついた」
「その心は?」
「説明する義理はない」
「それもそうですね」
まるで温度のない会話を終えた信彦は扉を開けて部屋を後にする。退出した信彦を追うように洋も後へと続き、客室には窓際でじっとしているアマゾンと、手帳をテーブルへと置いたシエルが残されていた。
「…貴方は、追わないんですか?」
「うん、追わない」
「………………………」
「………………………」
しばし互いに無言となるが、耐え切れずに沈黙を破ったのはシエルであった。
「貴方達は…」
「ん?」
「なぜ、彼をあそこまで助けるのですか?いえ、彼だけでなく…」
なぜ、まるで関係のない人間なら誰隔てることもなく…と最後まで言い切ることなく疑問を区切るシエル。もし聞いてしまえば彼等に対する考えをまた改めなければならない。なので、彼等が敵であるゴルゴムの世紀王シャドームーンを助け、共に行動するのかを確かめる事にした。
世界を一時的でも支配した、彼等仮面ライダーにとって、敵以外の何者でもない信彦を。
同じく人でなくなった境遇だからか?
ゴルゴムが滅びた今では、彼も被害者に過ぎないという憐みからか?
「なぜって、何故だ?」
「え?」
「だから、何で何故なんだ?」
「あの、質問を質問で返すといのは…?」
「アイツら、シキを助けようとした。自分達が力を好きに使えないの分かってるのに、全力で助けに行った」
「それは…」
確かに今の信彦は自在に自分の力を振るえないだけでなく、姿を変える際には時間制限がついてしまっている。いつ彼を狙ってゴルゴムの残党が現れるかも分からない状況の中で彼は迷わず姿を変えて志貴を助けようとした。確かに言われてみれば少なくても志貴に取っては敵ではないのだろうがと考えるシエルにさらなる驚くべく発言がアマゾンから飛び出したのだった。
「それに、お前も一緒にシキを助けた。だからお前が何故と言うのか分からない」
「っ………!」
「お前、ノブヒコと友達じゃないのか?」
「なッ…!?」
玄関を出た信彦はそのまま屋敷内の庭へと移動し、ちょうど志貴の寝室に当たる部屋の前に立つ樹木へと背中を預ける。彼の頭上には、ロアの支配下となった『城』に姿を現さなかったアルクェイド・ブリュンスタッドが木の幹を足場にして志貴の様子を窓から伺っていた。
「…何よ」
「貴様に用はない。奴に察知されるぞ」
「アンタなんかに言われなくたって、分かってるわよ」
距離が地上と木とでは距離があるにも関わらず、小声で会話を成立させる信彦とアルクェイド。
信彦は改造人間。アルクェイドは真祖。
互いに人以上に感覚が発達している故だろうか。そして、相手がどのような状態も手に取るように理解してしまう。
「…ロアに、やられたの?」
「…ああ」
アルクェイドの指摘に肯定する信彦はロアによって貫かれた自分の腹部に手を添える。
シエルの説明を聞いた信彦は志貴から生命を奪ったロア…否、四季が持つ『共融』の能力からある仮説を立てた。
秋葉を庇った際に志貴から彼の持つ生命力を奪った時に、命とは別に志貴の力も奪う。もしくは、志貴が持つ能力を同じような形で反映されたとしたならば、ロアに『眼』の力が宿ったとしても不思議ではない。
そしてロアが視ているものが――――
「何…しているんですかッ!!!今は絶対安静が必要なんですよ!!!』
『っ………っ………!?』
思考を重ねている時に耳へ響く怒号。いや、実際はそれほど大きな声ではないのだろうが、志貴の様子を知る為に聴力を強めていた信彦とアルクェイドにとっては彼の部屋に現れたシエルの声は拡声器の数十倍以上に発したものに近く、手で耳を抑えて悶絶し、のたうち回りたいところを必死に我慢する。
互いにみっとも無い姿を晒したくないという意地なのか、部屋に現れたシエルが志貴に対する非難を続けて聞き続けた。無論、聴力を弱めた上で。
キングストーンの力が僅かながら回復し、なんとか動けるようになった信彦と違い、元より身体が丈夫ではない志貴にとってロアに点を突かれた時点で既に死んでしまったのではないかと信彦は考えたが、信彦同様に志貴も生き残っていた。
そして再び立ち上がり、ロアのいる学校へと向かおうとしたところをシエルに止められたらしい。
自分が考えていた以上に諦めの悪い少年であったと志貴の印象が信彦の中で変化する中、シエルは信彦へ語ったロアの情報を志貴へと聞かせている。
話を聞きながらも、感情が高ぶる事無く淡々と頷いて見せる志貴の言葉に彼の中にある空虚を僅かながらでも感じ取った信彦は同じく木の上で覗く真祖の姫へと視線を向ける。同じくロアに攻撃された志貴の身を按じている様子は、信彦の時とは雲泥の差だ。その姿を、どうしても宿敵と契約したサーヴァントと重ねてしまう。
あの冬木で起きた最後の戦いで最後の決闘に応じたあの者の背中を見つめる目と、全く同じ…
「―――もともと彼女は死にかかっています」
ふとシエルと志貴の会話に意識を向けると、どうやら話題はロアからアルクェイドへと変わっていたらしい。
アルクェイドと共に吸血鬼を倒すという約束を優先するあまりに自分の身を軽んじる志貴に対してシエルが突き付けた残酷な事実。
アルクェイドはもはや手遅れであり、もう人の血を吸う以外に助かる道はない。しかし、決して吸血しないという近いを遵守し、弱り切った真祖には力をため込み、自分が有利である城で待ち構えているロアに挑むのはもはや自殺に近い。それでも、彼女は挑むのであろうと。
ならば一秒でも早くロアを倒さなければと叫ぶ志貴の声が途中で途切れ、床への落下音が響く。恐らく倒れてしまったのだろうがそれでも直ぐに立ち上がろうと身体に力を込めているのが分かる。だが、それでも身体が自由にならないのは、ロアに受けた攻撃の為だ。
「遠野くん、貴方はロアの攻撃で「命」をごっそりと削り取られているんです」
「いの…ち…?」
息を荒げる志貴の声は、シエルの説明に対して疑問を抱いてのものだ。だが、同じ能力を持つはずの志貴が、力を理解しているはずの志貴が疑問を抱くものなのか…?
腑に落ちない信彦は続けて語るシエルの声に集中する。それは、信彦が立てた仮説をさらに立証させるものであった。
「…平たく言えばエネルギーと言った方がいいでしょう。人間の身体を生かしているエネルギーを眼で読み取る事が出来るロアは、その蓄積されてエネルギーを削り、ゼロにすることが出来るようです」
「それが…死…?」
「エネルギーは生きている限り生産されていきますが、生産するための命までをゼロにする。ガソリンが切れて動かなくなるようなものですから厳密には死とは違うかもしれません」
「けど、結果的に生命活動が停止したのであれば、『死』と言えるのでしょう」
なるほどな、と自分の考えと一致した事に信彦は続けて胸に手を当てる。
シエルの言う通りであれば、一度目の攻撃でキングストーンのエネルギーはゼロとなり、信彦は身動き一つとることが出来なかった。しかし、時間の経過と共にゼロであったエネルギーが段々と蓄積し、シャドームーンになれないものの、動ける程度までには回復している。
だが、問題は二度目の攻撃…魂であるアンリマユの存在はエネルギー体そのものだ。もし、シエルの言う通り、エネルギーそのものを削り取られてしまったのなら、アンリマユはもう…
無意識に拳を強く握る信彦に、アルクェイドは視線を壁を伝い必死になって1人で立ち上がる志貴から離さないまま尋ねた。
「失うって…どういう気分」
「なに…?」
「私、だいぶ感覚が鈍ってるけど、以前貴方の中にあった何か…それが何かは分からないけど、無くなっているのはわかるわ」
「…………………」
あくまで、興味本位の質問なのだろう。そうでなければ、あれ程までに嫌悪を向けていたアルクェイドが信彦に向かい、質問を向けることなどありはしない。
「…貴様の言う気分という頭の悪い表現に当てはまるとは思えんが」
「頭が悪いは余計よ」
「フン…」
軽く息を吐き、月夜を見上げた信彦はゆっくりと口を開く。こうして素直にアルクェイドの質問に答えてしまったのも、相当堪えてしまったのだろうと考えて。
「…それまであったものが、あって当然と思っていたものが永遠に戻らない」
「永遠に…」
「喪失、と言っていいのか。それを忘れる事が出来る者もいれば、時間がいくら経過しようが、忘れない者も中にはいる」
過去に秋月信彦という人間を永遠に失ってしまった信彦は自分だけでなく、人としての身体を、家族を、人生を失ってきた。
そして今、身体を共有していた同居人を失ってしまった信彦の言葉は普段話すトーンより僅かながら低い。その様子から本人は決して認めないだろうがアンリマユの存在が彼にとっての『当たり前』となっていた事になるかもしれない。
(永遠に、失う…もし志貴がいなくなったら…そんなの、やだ)
アルクェイドは信彦の答えに、自分にとって失いたくない存在…志貴が身体に鞭打ってロアの元へ向かおうとする姿に、今すぐ窓を蹴破り大人しくしていろと暗示をかけたいが、今弱っている状態でシエルの前に出るわけにはいかない。
だが、次に聞こえた言葉にアルクェイドだけでなく、信彦すら目を見張るのであった。
「…もう法王庁の部隊がロア殲滅の為に動いています。それでも、ロアの元へ向かうのいうんですか?」
「アルクェイドは今夜にでも決着を付けるつもりなんだ。こんなところでジッとなんて…くっ…!」
先ほど以上に息を乱す志貴に、シエルは素朴な疑問をぶつける。なぜ、そうまでして
殺そうとしたシキに対する恨みでも、人生を弄んだ遠野家への憎しみもなく、いつ死んでもおかしくない身体を引きずって…
「なぜ、そこまでして彼女に拘るんですか?それを聞かせてくれるのならば私はもう止めません」
自然と、聴力を高めてしまう信彦。
信彦も以前から疑問に思っていた。今のような状況に巻き込まれなければただの人間として生きられた志貴が、殺されかけながらも真祖と行動を共にしようとした理由。
あのブラックサンのように、困っている者がいれば放っておけないから、ただ無償で助けたいからというものでは、決してなかった。
最も単純で、最も分かりやすい理由。
それが志貴の口から語られた。
「…あいつは今までずっと一人ぼっちで、楽しい事がたくさんあるのも知らなくて、馬鹿みたいに独りだった」
「そんなの、寂しすぎるだろ?そんな意味のない人生は俺は許せない。だから、教えてやりたいんだ」
「当たり前の事を当たり前に感じられるように、あいつを幸せにしてやりたい。そんな事、他の誰にでも出来る事なんだろうけど、そればっかりは他の奴に任せたくない」
「俺にはアイツしかいないんだ」
「俺は―――」
「アルクェイドを愛してる。男として何もかも」
志貴という少年に驚かされてばかりであったが、ここまで驚くとは思いもしなかった信彦だったが、すぐに考えを改める。自分は、とっくに知っているはずだ。
種の違いどころか、聖杯に召喚された過去の存在と心を通わせた人物たちを。
(全く…物好きは貴様だけではなかったようだな)
そう不適に口元を歪めた直後だった。
足場としていた幹を蹴り、空中を浮遊するアルクェイドを見た信彦は急ぎ後を追い始めた。
「あれ…月影君、どこに…?」
キョロキョロと信彦の姿を探していた洋だったが彼が今までいた場所は信彦がいた地点とは真逆の位置に当たり、明かりもなく探し彷徨っていたが、突如駆け足で移動する信彦が視界に飛び込んできた。なぜ走っているのか、体調は大丈夫なのかと聞くことは多くあるが信彦の行動の方が早く、結局は彼の言う事にただ反復して返事をすることしかできなかった。
「借りるぞ!」
「え、あ、うん…」
門の付近に駐車させていたバイクに飛び乗ると差したままであったキーを回し、グリップを数度乱暴に捻りエンジンを点火。急発進させると中庭に後輪によって付いてしまった黒い跡に見向きもしないまま発進してしまった。
「月影君が乗ったの…先輩のバイクなんだけど…」
「いや、そんな事より、何かあったのか?」
アマゾンの愛機であるジャングラーを爆走させながらも信彦はアルクェイドの姿を目で追い続ける。建物を足場にし、空中を停滞中に照れくさく表情筋を緩ませ、顔を紅潮させていたと思えば、何か、大切なものを得たかのような満面の笑みを浮かべる。
どうやら志貴の言葉が彼女に火を付けてしまったようだが、このままロアに挑んだところで結果は目に見えている。
こうして何故彼女を追いかけているのか自分でも理由は不明だが、アルクェイドをこのまま見過ごす事は出来なかった。
ロアのいる学校まであと数十メートル…アルクェイドにとってはあと一度跳躍すれば到着する距離まで迫ると、自分を追っていた事にようやく気が付いたのか、信彦が走る先に着地したアルクェイドは不機嫌ですと言わんばかりの顔を向け、手を腰に当てて仁王立ちをしていた。
ジャングラーを停車させた信彦は殺気を孕ませた鋭く冷たい目よりはまだいいかと思いながらも、アルクェイドへと接近する。
「なによ、今最高に気分がいいことろだったのに貴方と目があったから台無しじゃない」
「随分な言われようだな」
こんな軽口を言い合うような間柄ではなかったはずだったのだが、これで最後となるかも知れないからと、これ以上追求せずに信彦は尋ねた。
「…わかっているだろう?今のまま挑めば、お前は」
「ええ、そうね。私は死ぬわ」
あっさりと、信彦の言うであろう結論を認めるアルクェイド。だが、彼女には悲観な感情は一つも見えず、逆に質問した信彦が眉間に皺を走らせる程だ。
「ならば、なぜ笑っていられる?今からわざわざ殺されてに向かい、奴を―――」
遠野志貴を、悲しませるのか?
奴の本心を聞いた上で、それでも命を捨てるのか…信彦の言わんとする事を既に理解していたかのように、アルクェイドは穏やかな表情を浮かべる。
「そう、ね。さっき貴方が言った通り…うぬぼれかも知れないけど、志貴に大きな『喪失』を与えてしまうかもしれない。志貴に、悲しい思いをさせてしまうかも知れない」
けどね、と言葉を区切ったアルクェイドは、これまで決して信彦に向けることのなかった笑顔を、彼に向けた。
「それでも、守りたいんだ。私を、人間でもない私を愛してるって言ってくれた大好きな志貴を!」
その後、ロアの城へと到着したアルクェイドは仕掛けられた術式や罠を全て力で薙ぎ払い、ロアとの闘いを始めた。
信彦は校門の外から攻撃が起こる度に破壊され、再生を繰り返す校舎を眺めることしか出来ずにいた。自分を失ってでも、守るものの為に全力で戦える。そんな輩が、吸血鬼にもいるとは…
彼女の決意に満ちた目を見て、信彦はかける言葉が何一つ見つからないまま、こうして彼女の最後となる戦いをただ、眺めることしか出来ない。
否、もし自分に力があったとしても手を出すべきではないだろう。
これはアルクェイドと、今自分の頭上を越えて校庭に着地した少年によって決着を付けるべき戦いなのだから。
「つ、月影…さん?」
「おや?いないと思ったらこちらにいらっしゃったのですか?」
驚く制服姿の志貴と、彼に肩を貸して飄々と言うシエルの登場に、やはりかと口走ろうとした信彦だったが、背後に感じた気配に冷や汗を流して振り返る。
「クククク…勢ぞろいしておるわ、餌どもがなぁ」
「貴様ら…」
音もなく姿を現したのは、一昨日に自分へ接触したゴルゴムの残党…一つの怪人素体に3つの魂を宿したダロム・バラオム・ビシュムの融合体だ。それに加え、身体の一部が欠けており、失った部分を他の動物の肉片で補っているゴルゴムの怪人軍団。
数は…50は下らない。
「…お前達は先に行け。ここは俺が何とかする」
「つ、月影さん!あれだけの数を1人でなんて」
「どうせ他の連中も後から駆け付ける。心配など無用だ」
「けど…!」
自分の方がはるかに重症であるというのに…とこれ以上この場に留まらせない為の言葉を志貴へと向ける。
「見誤るな。貴様は、何のためにここまで来た?」
「…ッ!?」
「遠野くん。彼の言う通りです。まずは優先させることが、あるのでしょう?」
逡巡するが、あくまで一瞬だった。踵を返した志貴は一言、信彦に声を向けて吸血鬼の巣窟となった校舎へと駆けていく。
「…お願いします!」
志貴に続き、無言でその場を後にしたシエルの気配が消えた事を確認した信彦は、今更になって姿を現したのかとゆっくりと構えると、ダロム達はご丁寧にも説明を始めてくれた。
「…我らは死徒となった後、大望を2つ抱き、今日という日まで耐え忍んできたのだ」
「一つは貴様からキングストーンを取り戻し、ゴルゴム帝国を再び繁栄させる事」
「そして、もう一つは…」
3つの顔が一つに融合し、身の毛がよだつ風貌となった顔面の中でビシュムの顔が舌なめずりすると信彦の後で警戒する志貴と、はるか後方で戦い続けるアルクェイド達を見つめていた。
「今つぶし合っている吸血鬼どもを、まとめて喰らうためですよ」
ピクリと、信彦の眉が動く。
「調べてみれば、我らを死徒へと変えたあの吸血鬼も真祖も、高度な力を宿しているようではないか。それを互いに潰し会っているところを我らが食せばさらなる力を得られると言うもの!」
「それに不死身の肉体を持つ代行者、魔眼持ち、更にその家族も特別な力を持っているのではないか」
「ああ、はやく、はやく食べたい…そして私たちはさらなる高みへと至るのですよ!」
両手を天に掲げ、恍惚とした表情を見せるゴルゴムの3神官には、かつての威光などかけらもなく、ただ目の前にある餌をつけ狙うただの獣と化してしまった。背後に控えている怪人たちも、その被害者に過ぎないのだろう。
だが信彦にとって、そんな事はどうでも良かった。
「我らは全てを見ていた。貴様があの吸血鬼に腹を刺され、キングストーンの力を失ったことも含め、全てな…」
「もしそこを退き、邪魔をしないというのなら命だけは助けてやるぞ?」
「けど、その前に額を地面を擦り付けて、この足の事を詫びてくれたらねぇ!」
そう言って醜い身体を覆うローブを捲ると、先の戦いで信彦に地面へと縫い付けられ、自ら切り落とした脚を見せる。その恨みを忘れないためか鉄パイプを差し込んで義足代わりにしているようだが…繰り返すように、信彦にとって、自分に対する逆恨みの感情など、もはやどうでもいいのだ。
信彦が聞き逃せないのは、ダロム達が喰らうと言った連中の事。
それぞれが苦しみの中でようやく見つけ、結論に至り最後の戦いを挑む中、それら全てを潰そうと考える不逞な連中に対して、信彦が向けるその感情は…
「―――ん?」
「む?」
「許さん―――」
「志貴の決意…アルクェイドの覚悟…」
「それらを邪魔し、侮辱する者を―――」
「俺は…絶対に許さんッ!!」
信彦の叫びと共に、彼の身体は腹部から漏れる緑色の輝きに包まれる。
以前、筑波洋は言った。
もし、誰かを傷つけてしまう力を恐れているのならば、そんな自分を変えてしまえばいいと。
言うのは簡単だ。もし、そう易々と変われるようであれば、苦労などしない。
だが、そうでもしなければ奴らをこの連中から遠ざけられないと言うのなら、今すぐにでも変わって見せる。
その為の言葉を、月影信彦と、『彼』は知っている。
『んじゃぁ見せてやろうじゃねぇか。奴らの目ん玉が飛び出るくらい極上の奴をさぁ!』
「言われるまでもない!」
五指を広げた左手を前方に突き出し、右腕を腰に添えた構えから大きく両腕を左側へと振るう。
重心を左半身に置き、振るった左拳を脇に添え、右拳を左頬の前へと移動。
ギチギチと骨が軋む音が響くほどまでに握る力を開放するかのように右腕を右下へ向け空を切り、瞬時に両手を左側に向けて突き出す。
「変―――」
両手で扇を描くように左側から右側へと旋回し―――
「―――身ッ!!!」
右拳を腰に添え、左手で再度空を切るように素早く左上へと突き出した。
信彦の腹部にキングストーンを宿した漆黒のベルト『シャドーチャージャー』が出現。
シャドーチャージャーから漏れる光が彼をバッタ怪人・そして強化皮膚リプラス・フォースで包んだ戦士へと変化させる。
だがそれだけでは終わらない。
さらに輝きを増したシャドーチャージャーから銀と黒の装甲が出現し、信彦の全身を包んでいく。
脚部と椀部に装着された黒く鋭い爪。
銀色の胸に走る世紀王の証であるエンブレム
緑色に輝く複眼―――
「ば、馬鹿な…その姿は…!?」
装甲の関節から余剰エネルギーとなった蒸気を排出する信彦は、自分の出現に驚愕する連中など目に暮れず、再び自分の中に現れた存在へと声を向けた。
「随分としぶとい奴だ」
『ヤッフゥ!復活一発目からツン頂きましたぁ!まぁアンタがデレたら純粋に気持ち悪いだけだわなぁ』
ケケケと相変わらず嫌らしく笑う声を聴いて、どこかで安心する自分がどうかしていると考えながらも、信彦はその眼を敵へと向ける。
「説明して貰う事は山ほどある。だが」
『わーってるって。まずはあのクリーチャーどものお掃除が先なんだろ?』
「フ…」
ジャキンと、脚のレッグトリガーを地面へ打ち付けた信彦…シャドームーンは力強く構えた。
「あの世で後悔するがいい。俺達を敵に回した事をな…」
槙久さんが志貴を養子にしたのは、漫画版にあるように自分で息子に手を下したくないための安全装置としての意味合いがある…という解釈も好きですね。シキが分かっているうえで自分を殺してくれと言ったところがなんとも…
次回か次々回の為に全力で土下座する準備をしておかなければ…
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