Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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いやぁ、大変暑くなってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

部屋の扇風機がとうとう寿命を迎えたことに心が折れてしまった今日の私です。

しばらくはこの文章量になりそうな、53話です。


第53話

月影信彦はその強化された眼で少年と敵との闘いから目を離さないまま建造物の屋上を足場にして跳躍を続ける。

 

 

 

 

 

敵…恐らくは吸血鬼の出現に動揺した遠野志貴であったが開戦を合図として別人のような殺気と動きで敵を翻弄している。あれが、自分へあどけない表情を向けた少年と同一人物であるのかと疑うほどに、志貴の放つ『殺すための攻撃』は卓越していると信彦は思わずにいられない。

 

以前、シエルより信彦を追い詰めた死徒 ネロ・カオスが志貴によって倒されたと聞いた時は信彦だけでなく内側に潜むアンリマユさえ疑ったが、志貴の持つ直死の魔眼とあの戦闘を見れば否応なく認めざる得ないだろう。

 

 

一気に敵との距離を詰め、同時に得物を持つ手を肘で弾くと吸血鬼の顔にめがけ刃物を振るう。志貴の繰り出す攻撃に面をくらい、思わず後ろに下がり攻撃を回避するが、その一瞬で身体を屈め、敵の視線から消えた志貴は吸血鬼の足を潰すために短刀を真横へ走らせる。

 

その流れるような、そして恐ろしくもある志貴の動きに吸血鬼は同じ|土俵≪武器≫では不利と見て掌から紫色の雷を放ち、志貴の間合いから逃れると額の汗を拭い、捲し立てるように口を動かした。

 

 

聴覚の強化までは施してない信彦には吸血鬼が何と喚いているかは聞き取れない。だが、吸血鬼の言葉を聞いた志貴の動きが一瞬鈍ったその時――

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

戦いの最中に破壊され、教室に空いた大きな穴から校庭へと落下したそれは、腕。

 

 

力なく、指を無造作に広げた状態で落ちたのは人間の左腕を見た信彦は急ぎ目を煙を上げる教室で膝を付く志貴へと向ける。

 

 

志貴は身体の一部を失っており、その姿を見て後方に立つ吸血鬼が不快な声を上げてあざ笑っていた。

 

 

志貴の腕を、吸血鬼が切断したのだ。

 

 

 

 

 

(おいおいやべぇんじゃねぇか?あのままだと志貴っち、傷口からの出血のショックで…)

 

「いや、どうやらそれ以上に厄介かもしれんぞ」

 

(はぁ?こんな時に何言って…あぁ、そういう事かよ)

 

 

 

信彦の口から出た事が腑に落ちたアンリマユは志貴の身に起きている不審な点に着目した。アンリマユが当初考えていた通りに片腕を切断されてしまった志貴は重症である事に変わりない。だが、その傷口に対して出血量があまりにも少なすぎるのだ。

 

それは校庭に落下した志貴の左腕も同様であり、腕の骨・筋肉・血管などをまるで無視したかのようにナイフが志貴の腕に食い込み…否、浸透したように、あっさりと斬り飛ばされていた。まるで予め折り目の付いた紙を切り離すように容易く身体と腕が離れ、出血という機能が『死んで』しまったように、だ。

 

 

思い返せば、志貴は吸血鬼の振るうナイフを異様な程に警戒していた。それは今のような事になると予測していた故だったのかもしれない。志貴が恐れ、現在陥っている結果を知っていたとするならば…

 

 

 

 

 

「あの吸血鬼も…『視えて』いるのか」

 

(そんなポンポン魔眼持ちがいていいのかね…)

 

 

 

全く笑えない冗談だ。あのネロ・カオスを消滅させてしまうような異能がこうもぞろぞろとこの町に現れるなど、魔術協会と聖堂教会は目を自分などに向けている場合ではないだろう。

 

アンリマユの軽口に不本意ながら同意している間に志貴は再度立ち上がっていた。片腕を失い、バランスを取れない状態でありながら動きの俊敏さは段違いに上昇し、散乱した机や椅子を放り投げ、隠れ蓑として吸血鬼の死角から斬撃を繰り出していく。

 

 

(そうまでして、なぜ戦う…?)

 

 

志貴は真祖に力を貸すだけであって、彼自身に吸血鬼を倒す理由はないはずだ。この戦いすら、相手との相性を考えれば撤退し代行者に押し付ければ済むはず。

 

 

それでも志貴は立ち向かっている。力の次元が違う吸血鬼であろうと、自分と同じ能力を持った相手だとしても、引く事なく。

 

 

信彦には解らない。

 

 

なぜそうまでして、魔眼持ちという事を除き、普通の少年に過ぎない志貴が戦おうとするのか。

 

 

 

 

 

(こらッ、ボウッとしてる場合じゃねぇだろうが!)

 

 

アンリマユの一喝にハッとした信彦は移動中に余計な事を過らせていたと気づき、舌打ちする。志貴が動く理由など今はどうでもいい。

 

信彦が今考えなければならないのは、あの場へゴルゴム達が現れた場合の事だ。この町に到着して以来、何かと遭遇する回数が多かった信彦と志貴の関係をダロム達が知らぬはずがない。弱ったところを狙い、人質にすることなど容易に想定できる。

 

それにダロム達が死徒となった背景にはあの吸血鬼が関係あるはず。何が狙いであるかと問い詰めなければならないと考えるが、この時信彦は自分の優先させた順位に気が付いてない。

 

ダロムと吸血鬼の関係性よりも、人質にさせないよう志貴の安否を優先させている事に。

 

 

 

 

 

 

志貴の視界外による不意打ちにしびれを切らせた吸血鬼は掌からより強力な攻撃魔術を放ち、志貴達のいた教室内が粉塵に塗れてしまう。あれでは戦況がはっきりとしない。

 

校舎まであと10メートルで辿り着く距離まで接近した信彦の耳に、嫌な音が響いた。

 

 

信彦にとって忘れたくても忘れられない過去。

 

ブラックサンと呼ばれた者と全力を持って挑んだ一対一の決闘。互いに力の全てをぶつけ合い、最後の一撃を放とうと構えたその刹那。ブラックサンを疎ましく考えていた創世王はサタンサーベルを遠隔操作し、宿敵の胸を串刺しにした、あの嫌な光景。

 

 

 

 

煙が晴れたその先で、まるで狂ったように泣き、笑う吸血鬼の前で膝を付く志貴の胸には、彼自身が使用していた短刀の刃が胸を貫いていた。

 

 

 

 

信彦は志貴が落とした短刀を拾い、彼の胸へと突き刺した吸血鬼の白かった髪が漆黒に染まり、腰に届くまでの長髪へと変貌した様子や、気性の激しさが消え、別人となったように冷徹な目となっていたことなどどうでも良かった。

 

 

校舎から落下する志貴を受け止めるために、ゴルゴムとの戦闘に備えて控えていた力を開放する。シャドームーンとなった信彦は着地地点である看板に爪先を乗せたと同時に自分が踏みつけても壊れず、落下する志貴へと飛んでいけるだけの力を込めて蹴れるよう力場を形成。

 

信彦は看板を蹴ると真横へと飛び、地面へと迫る志貴との距離を一気に詰める。一秒もしない時間の中で、どうにか志貴の背中へと手を添えて受け止めた信彦だったが、志貴を抱えているのが自分だけではないと気づく。

 

志貴の右側から支えている信彦とは逆に、志貴の左側へと回り頭部へ衝撃が伝わらぬよう優しく手で包む黒いカソックを纏った女性…かつて信彦を取り込もうとしたネロ・カオスを退けた聖堂者シエルであった。

 

 

「お前は…」

 

「今は話しかけないでください!」

 

 

志貴に衝撃を与えぬよう校庭へと着地した信彦は、目を閉じた志貴の頭部をゆっくりと地面に乗せて様態を確認するシエルに声をかけるが、ピシャリと遮られてしまう。敵のナイフによって切断された腕や胸の傷へ手をかざし、診察する表情は鬼気迫るものがある。

 

人間の姿へと戻った信彦は視線を志貴達から破壊された校舎からこちらを見下ろし、不適な笑みを浮かべる吸血鬼…聖堂教会から「アカシャの蛇」なる異名で呼ばれるミハイル・ロア・バルダムヨォンを睨んだ。

 

 

 

 

「ククク…まさかかの世紀王と知己だったとはな。姫やそこの『出来損ない』といい、随分と交友関係が広いじゃないか、志貴」

 

 

髪をかき分けて笑うロアの顔を見て、シャドービームを放ち校舎ごと消滅させたい衝動に駆られる信彦は人間に戻ったのは早計だったかと考えてしまうが、まだ殺すわけにはいかない。この場から志貴を遠ざけ、その後にゴルゴムの潜伏先を聞き出した後にでも始末すればいいと思った矢先、後方から聞こえてきたエンジン音が次第に大きくなっていく。

 

見れば信彦達を追ってきたであろう者たちが急停車したバイクから飛び降り、駆け寄って来る。

 

 

「大丈夫かッ!?」

 

「これは…!?ひどい、なんて事をするんだ」

 

 

アマゾンと共に志貴の姿を見て拳を強く握る筑波洋は信彦が見つめる先にいる存在へと顔を向ける。ロアの様子を見ただけで、洋はどのような存在であるかはっきりと判別できた。

 

 

「アイツがこの街に潜んでいた吸血鬼、なのか」

 

「どうやらそうらしいな」

 

「ガゥ…アイツ、悪い奴!」

 

 

信彦を挟むように立った洋とアマゾンを品定めするかのように見回すロアはパチンと指をわざとらしく鳴らし、口元を嫌らしく吊り上げて口を開く。

 

 

「ほう…なるほどな。お前達があの連中が言っていた…聞きしに勝る変わり者のようだな。仕込んでおいて正解だったか」

 

「………………」

 

ロアの意味深な言葉に目を細める洋はいつでも変身できるよう構えつつ、背後で志貴を抱きかかえ、彼の左腕を回収したシエルに顔を向けないまま尋ねる。

 

 

 

「この場は俺たちでなんとかする。彼を…頼めるかい?」

 

「…もとより、そうするつもりでした。貴方達を囮にして、ここから離れる。そこの彼が、遠野くんのお知り合いであろうとも」

 

「そっか…」

 

 

シエルの考えに、咎めようとする者は誰もいなかった。仮面ライダーである洋とアマゾンも、そして先ほどから無言である信彦も。

 

ある意味、振るいにかけたつもりでもあった。そうすれば自分達を何だと思っているのだと、何様のつもりなんだと、そんな言葉を言ってくれると期待していた。

 

そんな、少しでも利己的な台詞を聞ければ、彼等を置いていく罪悪感など膨らむはずがなかったのに…

 

 

 

シエルは半年前、今回の任務に付く直前に世界中を闊歩したゴルゴムとの闘いに身を置いていた。自分が所属する異端狩り『埋葬機関』や世界中の代行者が募り、全勢力を集めて当たった戦い。犬猿の仲とされる魔術協会ですら手を組まなければならなかった戦いで、彼女は地獄を見た。

 

どこからともなく現れる怪人達と何とか渡り合える自分以外の者たちが次々と身体を裂かれ、喰われ、命を落としていく様を見せつけられていた。

 

自分はある『特異性』の為に戦いの中で致命傷を受けても死ぬことはなかったが、他の者はそうはいかない。

 

こちらに助けを求めて手を差し伸べてる中、怪人に生きたまま溶かされてしまった仲間を見て激高したシエルは破損した最大の武器を放り投げ、黒鍵を握り怪人達へと迫ったが、多勢に無勢。複数の怪人に取り押さえられてしまったのだ。

 

 

首を跳ねようと腕を振り上げるカマキリ怪人を見上げるシエルは、再生したと同時に同じ目に合わせてやろうと考えを巡らせたその時―――

 

 

『ガヒィ…!?』

 

 

シエルを押さえつけていた怪人の眉間に十字型の手裏剣が突き刺さり、開放されたシエルの身体を突然どこからか飛んできたロープが巻き付くと、強引に彼女を上空へと牽引された。

 

 

声を上げて驚くシエルを抱えたのは、両足裏から火を噴き上げて浮遊する異形の姿。シエル自身も噂話でしか知らず、教会の中では神より賜った肉体を捨てた愚かな存在と広められている死徒とはまた違った異端。

 

 

『カメンライダー』と呼ばれる者はその外見には似つかわしくない、優しい声を自分へと向けた。

 

 

 

「すぐに済む。少しの間我慢してくれ」

 

 

 

その直後、辺り一面に群がっていたはずの怪人たちの立つ場所へ巨大な雷が走った。直視したのなら目が潰れてしまうほどの、激しい閃光。光が収まった後には、原型を留めていない怪人の成れの果てが、地面へと沈んでいるだけであった。

 

 

怪人達が全滅という形で戦況が一気にひっくり返った地に仮面ライダーと共に着地したシエルは、距離を置くと手元に残った黒鍵の切っ先を自分を助けた戦士へと向ける。さらに先ほどの雷を放ったもう一人の異形が何かを言おうとするがそれは緑色の複眼を持つ戦士に手で制され、取りあえず納得したのか踵を返してその場を離れていった。

 

シエルを助けた戦士も後に続き、次の戦場へと向かう中、シエルはその無防備な背中に狙いを定めるが、黒鍵を投擲する事は、できなかった。

 

 

彼女にとっては、全ての異端が憎むべき敵だ。自分を今のように作り替えたのも、この手で地獄を生み出したのも、全て、全て、全て…

 

 

 

シエルは彼等がこの戦いで表に姿を現し、ゴルゴムが滅びた後に姿を消した後、彼等の素性を全て調べた。

 

自分と同じく、身勝手に身体を弄られ、人間で無くなったというのに。自分とは違い、人間に戻れないモノに成り果てたのに。

 

どうして誰かの為に戦えるのだろう。

 

 

シエルと同じ境遇でありながら、戦う理由がまるで違う彼等に対して、自分が向けている感情は嫌悪か憧憬か。

 

 

判別がつかないまま、シエルは志貴を抱え、彼等に今言える最大級の嫌味を口にしては見たが、まるで効果は望めない。

 

いや、より自分との違いを見せつけられたと言うべきだろうか…

 

 

そんな考えを巡らせるシエルに、先ほどのお返しと言わんばかりに信彦の声が耳に入る。

 

 

 

「いつまで呆けている。さっさと行け!」

 

 

「っ…!?頼みます」

 

 

志貴を抱えたシエルは背後から聞こえる怨敵の声を聞こえないふりをしながら、地面を蹴ってある場所へと向かう。『まだ生きている』志貴を回復させる、唯一の方法に賭けるために。

 

 

 

 

 

 

 

「…私との因果よりも死にゆく者の看取る事を選んだ、か。随分と気に入っていたようだな。ハハハ、ハハハハハハッ!!」

 

「その耳障りな声を今すぐ止めろ」

 

 

ロアの高笑いを制したのは、殺気まじりに睨む信彦だ。なぜ、自分でもここまで苛立っているのかはわからない。だが、信彦はあの吸血鬼が志貴の胸を貫いた瞬間から、殺さなければならないと考えずにいられなかった。

 

信彦程ではないが、ロアに対して敵意を向ける他の2人を興味深く見下ろす吸血鬼はタクトを振るう指揮者のように、大げさに両手を広げて見せた。

 

 

「個人的にはお前達のような者を…私とは違った意味で永遠になるであろう存在を調べて見たいのだが、残念ながら今宵の宴には招待できん。言わば…部外者なのだよ!」

 

 

ロアが両手を振り下ろした途端に魔法陣が出現し、連動するかのように街中に張り巡らされた『式』から魔力が学校へと収束される。

 

 

校舎全体を紫色の妖しい光で包まれた直後、信彦は異様な光景を見る事となった。

 

志貴とロアとの闘いで半壊した校舎が、時間を遡るかのように修復し、戦いが起きた跡など一つもない状態へと戻ったのだ。

 

 

「ハハハハ…これで私の『城』は完成だ。後は姫君を迎え入れる前に…」

 

 

 

「お前たち害虫にはご退場願おうか?」

 

 

 

彼等の身体にうっすらと浮かぶ『線』と『点』を眺め、ロアはナイフを逆手に校庭へと飛び降りるのであった。

 

 

 

 




本来ならワンパンで終わりそうではありますが、彼は嫌らしい事にかけては群を抜いておりますのでその辺はまた次回…

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