Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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段々と解禁されてまいりました春映画。脚本段階から藤岡氏が参加しているので期待してしまう一方、その脚本の先生があの御方であるという不安半分…
(あくまで個人的な印象でございます)



では、36話となります!


第36話

間桐光太郎が遭遇したセイバーと似た少女。

 

 

彼女こそかつてクライシス帝国に反旗を翻した星騎士の1人、アルスであった。

 

 

アルスの誘いで食事に同伴した光太郎は、彼女の狙いが自分の命と知ると、自分にも守る人々の為に負けられないと反論する。

 

 

だが、光太郎の言葉を聞いたアルスの『お前の言う大切な人が目の前で無惨に死んだ場合、今まで通り戦えるのか』という問いかけに言い返すことが出来なかった。

 

 

光太郎はアルスに対して答えを出さないままアルスと共に新都の災害跡地へと移動。

 

 

白銀の甲冑を纏ったアルスは仮面ライダーBLACKへと変身した光太郎の姿を見て驚愕した後に、突如大声で笑い出した。

 

 

変身した光太郎に何かを見出したアルスの意味深な言葉に戸惑う中始まった戦いは、アルスの圧倒的な力により光太郎はなす術がなかった。

 

 

傷つき、倒れた光太郎の喉元にアルスの剣が突き立てられる寸前、駆けつけたメデューサによって間一髪助かったが、逆にメデューサまでもがアルスによって吹き飛ばされてしまう。

 

 

メデューサの危機に光太郎は再度立ち上がり、無意識の中で拳に全ての力を注ぎ込んでアルスに挑むが、届いた一撃はアルスの兜を破損させるだけに過ぎなかった。

 

 

重症を負って人間の姿となった光太郎を介抱するメデューサに対し、アルスは光太郎へ再戦を言い渡してその場から去っていくのだった。

 

 

意識を失った光太郎の応急処置を続けるメデューサに、さらに最悪の知らせが届く。

 

 

間桐桜が、何者かによって浚われたという知らせだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎がアルスの食事に同行させられていた頃と同時刻

 

 

 

「ここが、学校ですのね…!」

 

穂群原学園に到着した間桐桜と瓜二つの顔を持つ少女…クライシス皇帝の娘であるガロニアは校門の外から校舎を見つめ、隠しきれない歓喜と共にそう呟いた。

 

その日は土曜日の為、授業は午前中で終了し部活に参加する生徒のみが残っているのだが生憎の雨天となった関係で校庭を利用する運動部は総じて中止か室内で出来る運動に従事ている。

 

だがガロニアに取っては些細な問題だ。こうして余分な知識として、だが余分以上に興味を抱いた『地球人の生活』を直に目にすることが出来るのだから。

 

 

 

 

クライシス皇帝の細胞から生まれたガロニアであるが、そうであると誰かから教育を受けなければ自身に自覚は芽生えない。当然だろう。成長促進光線を浴びて身体は成長してもそれに伴う知識を身に着けなければ身体が大きいだけの赤ん坊と変わりない。

 

そこで教育係の責任者となったマリバロンとムーロン博士はカプセル内に睡眠学習装置を設置し、自分は誰の娘であり、何のために生まれ、成長しているのかを身体を成長させると共に学ばせる方法を選択した。

 

 

 

彼方様は偉大なるクライシス皇帝の娘である自分は50億を超える民を支配する存在。

 

 

そして滅びの道を辿っている怪魔界を捨て、地球を新たな楽園とするのです。

 

 

その為に地球を支配し、全人類を奴隷として支配し、逆らう者は全て処刑。

 

 

全ては、クライシス帝国の支配者としての務めなのです。

 

 

 

 

…本当にそうなのだろうか。

 

 

 

睡眠学習装置で繰り返し言い聞かされるその言葉に、身体を10歳前後に成長した頃のガロニアはそんな疑問を抱いていた。

 

 

自分が皇帝の娘として生を受けたというのはともかく、母なる星を見捨て、他の惑星を支配するという方法がどうにも納得が出来ない。学習装置によればクライシス帝国は高度な化学を誇っており、他の文明を見下しているような一説も学習装置から吹き込まれている。

 

 

ならばその化学を用い、環境を改善させることだって不可能ではないはず。だが帝国が選んだのは他星の移民。いや、侵略だ。さらにはクライシスの民を救う為、地球の民を奴隷にするか滅ぼすという手段も、学習装置から学んだ『野蛮』という言葉に相応なことではないのか…

 

 

知れば知る程矛盾が生じていく最中、ガロニアは侵略対象である地球の事を知る。無論、マリバロンにより偏った知識でしかなかったが、頭の中へダイレクトに映し出されたビジョンの中で、地球に住まう人間は、『笑って』いたのだ。

 

 

下等なる地球人は考えなしに、地球という惑星の恩恵に縋ってぬくぬくと過ごしている等と言う雑音を聞き流し、ガロニアは有り触れる生活の中で笑い合いながら生きていく地球人の暮らし…特に同年代の少年少女達が通う『学校』に強く関心を持ったガロニアは自身の身体が16歳となった際に同じ体験をしてみたいと考え、実行に移す。

 

 

自分の様子を見に来たチャップに催眠術をかけ、カプセルを爆破…は少々やり過ぎたかもしれないが少しでも自分が死んだのではなく、逃げ出したという事実が発覚するまでの時間稼ぎにはなるだろう。

 

 

それに…学習装置で度々囁かれていたクライシス貴族以外の者は全て劣っているという選民意識を植え付けようとする内容が、どうしても好きに慣れなかった。

 

 

いずれは逃げ出した事に気付かれるのも時間の問題。なら連れ戻されるまでの間、僅かでもいい。冷たいカプセルの中にしか居場所の無かった自分にも、同じように生活が…ビジョンで見た、誰かと笑い合える事が出来るのか確かめたい。

 

 

 

 

 

ガロニアは期待に胸を膨らませ、緊張した面持ちで校門を潜る。ただ学園の敷地内に足を運ぶというだけでも、ガロニアに取っては大いなる一歩だ。

 

 

(ついに…入れましたわ!それに…本当に笑いあっていますのね)

 

 

すれ違いで下校する生徒達の様子を伺うと、会話の内容は理解できないが談笑しながら校門の外へと向かっている。実物を目にして口元を優しく緩ませるガロニアは、ここまで来たからには自分も同じような事に挑戦しなければと桜の記憶から得た情報を元にして弓道場へと足を運ぶ。

 

 

(確か弓道部…でしたわね)

 

 

把握した記憶を頼りに弓道場へ向かおうとしたその時だった。

 

 

 

「おい」

 

 

 

呼び掛けるにはあまりにも短すぎる言葉だが、自分に向けられたものだろうと振り返るガロニア。その生徒は、間桐桜にとって家族である者…間桐慎二だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガロニアの催眠術を受けた間桐桜は虚ろな瞳でゆっくりと自宅に向っていた。ガロニアは自分と良く似た桜が外にいては面倒事に巻き込まれてしまうだろうと自宅へ帰らせ、自分の用事が澄んだ後に催眠術を解除するつもりでいたが…

 

 

「あれ?私、なんで…?」

 

 

数度瞬きした桜は周囲を見渡す。確か自分と似た少女と遭遇し、ドレスを穂群原の制服に変えた辺りから記憶が曖昧であり、それに何故自宅に向かっているのだろう。

 

 

「もしかして、あの人が魔術を…」

 

 

言いながら、桜はそっと自分のうなじへと触れる。そこにはホクロに見せかけた慎二原案の魔道具が張り付いていた。

 

 

 

聖杯戦争時、ライダーのマスターである間桐光太郎の家族…特に当時は戦う力を持たなかった桜が狙われる事を考慮して、間桐家に残る文献を参考に慎二が編み出した術式を基にいくつかの道具が作られた。

 

そのうちの一つが、もし桜がマスターやサーヴァントに拉致監禁され、気を失った場合に少しでも早く意識が回復するよう魔力を全身に循環させる働を促す五円玉前後の大きさの道具だ。

 

睡眠時以外にうなじへと貼り付けていた道具を現在も重宝していた桜だが、聖杯戦争後にキャスターであったメディアに

 

 

『女子たるものそんな目立つものを付けるんじゃありません!』

 

 

という教育的指導の元、慎二、実姉である遠坂凛との共同開発によってより小型、高性能の道具として生まれ変わったのだ。

 

大きさは目立たないホクロ程のサイズに変わり、従来の機能は勿論、敵の魔術により催眠にかかった際にはその術を装備した者の肉体に負担がかからないよう時間をかけて解除する術式も盛り込まれている。

 

今回かかった暗示は軽度のものだったのか、30分もしないうちに解くことができたようである。

 

 

 

「兄さん達にお礼を言わないと」

 

 

桜は来た道を振り返り、学校へと向かう。服装を制服に変えたからという単純な理由だが、桜の考えた通りに学校へあの少女が向かったのなら自分に成りすまして何か良からぬことを起こすかもしれない。

 

それに魔術の使い手ともなれば義兄や実姉、衛宮士郎はともかく、美綴綾子や藤村大河,何の関係もない一般生徒に危害が及ぶ可能性を考えた桜はいつの間にか走り始めていた。

 

水たまりを思い切り踏みつけ、靴下まで濡れてしまうがそんな考えを浮かべる時間すら惜しい。息を切らせてアスファルトを蹴り続ける桜が遠目に校舎の姿を確認した直後、邪魔者が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(確かこの殿方…間桐慎二。彼女の兄に当たる人物ですわね)

 

 

自分を呼びかけた男子生徒の顔を見て桜の記憶にあった家族の名を割り出したガロニアは慌てずに笑顔を向ける。

 

 

「慎二兄さん、どうかしましたか?」

 

(フフフ…口調は桜さんとの会話でパターンは把握済み、完璧ですわ!)

 

内心でガッツポーズを取るガロニアは自分と鉢合わせした桜との短い会話(が成立していたかは怪しいが)で彼女は基本的に誰にでも敬語で話す人物なのだろうと推測。現に目の前に立つ男子生徒はガロニアが口を開いても特に気にする様子もなく、自分の要件を告げた。

 

 

「…一年の男子共がまた用具室の手入れをさぼりやがった。このままだとあのお人好しがまた勝手に整理しかねないから、先にこちらで手を打つ。お前も付き合えよ」

 

「はい、わかりました!」

 

 

 

自分の横を通過する慎二に続き元気よく返事をするガロニアは怪しむ様子のない少年の背中を見て安堵すると遅れて付いていくが、別の人物によって呼び止められてる。

 

 

「おーい、慎二に間桐!どこいくのー?」

 

(あら、あの方は確か…?)

 

 

振り返ると、弓道部主将である美綴綾子が鞄を片手で背負い小走りで近づく姿を見て、ガロニアは再度、間桐桜と関係者である記憶を探る。

 

 

 

「主将、お疲れ様です!」

 

「うん、お疲れ。どうしたのよ、もうすぐミーティング始まるってのに」

 

「ミーティング…!」

 

 

綾子の口から聞かされた雨天時や月初めに定期的に行う部活動の内容報告や意見の交換するミーティング。それならばより多くの人間と関わる好機だと目を輝かせるガロニアだったが、慎二に待ったをかけられてしまう。

 

 

「悪いけど、僕はパス。コイツと用具室の整理してくるから、お前に任せるよ」

 

「えっ―――?」

 

 

あまりにも唐突な展開に声を漏らしてしまったガロニアはどうにかミーティングの方へと参加する意思を示そうとするが、ガロニアよりも早く綾子が動いた。

 

 

「ちょっと慎二、副主将のアンタが来ないでどうすんのよッ!!それにどうせ一年の男子がサボったからでしょ?」

 

「なら今回の議題はそれにしてくれ。おかげさまで僕自ら掃除する破目に合ってるってね」

 

「なら直接言いなさいよ!そうやっていつも面倒事は私に押し付けて…」

 

「それが主将の仕事だろ?」

 

「えっと…………」

 

 

正にああ言えばこう言う…という2人の口論にガロニアは混乱しつつどう収めるべきかを考えてみるが、一向に思い浮かばない。ガロニアが桜の記憶から読み込んだのは、あくまで桜の近しい人間との関係…それも自分にとって慎二は義理の兄である、程度しか知らない。それ以上の詮索は彼女に失礼だろうと止めておいたのだが、こうなってしまうのならばもう少し深い部分を閲覧しておくべきだったと後悔するが最早遅いだろう。

 

 

だが、ガロニアがオロオロとしている間に2人の口喧嘩は終息しつつあった。

 

 

「あー、わかったわかった。なら今度図書館で鉢合わせたら帰りになんか奢ってやるから」

 

 

その一言で白熱していた綾子の口がピタリと止まり、ジト目で慎二を睨む。身長差から綾子が慎二を上目遣いする形となるが、睨まれている事に変わりはなく、ときめくような事態はまるで発生していない。

 

 

「…新都に出来た新しいカフェの期間限定のセットで手を打ってあげる」

 

「おい待て。確かあれはカップル限定…」

 

「勘違いするんじゃないよッ!!ただセットの内容が美味しそうだからアンタを利用するだけッ!!分かった!?」

 

 

と、人差し指を差し向けれる慎二は目を瞑り、了承したと言わんばかりに両手を上げる。慎二の反応に満足したのか、笑みを浮かべて綾子は踵を返しながら、茫然としているガロニアへと目を向けた。

 

 

「なんだか見苦しい所見せちゃったね。間桐も怪我はしないようにね」

 

「あ、はい!」

 

「僕への配慮は無しですかそうですか」

 

「アンタは一度棚から落下した荷物の下敷きになるべきだね」

 

「え、なに?遠回しに怪我しろって言ってるの?」

 

「ご想像にお任せするよ」

 

 

フンっと慎二達とは反対の方へと歩いていく綾子は何か思い出したかのように振り返り、ガロニアへ一言告げると今度こそその場を離れていった。

 

 

 

 

「珍しいね、間桐がリボン付けてないなんて」

 

 

 

 

綾子の指摘に内心では動揺しつつも『気分転換です』と言って逃れたガロニアは予定通りに慎二と弓道場の用具室へと到着する。当初はミーティングに参加出来ないことが残念でならなかったが、見たことも無い道具に興味を引かれたガロニアは用具室の奥で段ボールの中に活動記録を収納する慎二に自分は何をすれば良いかを尋ねた。

 

 

「兄さん、私は何をすればいいですか?」

 

「んじゃ、そこにあるハタキで棚の埃を落としてくれ」

 

「わかりました!」

 

「ところで、お前ダレ?」

 

 

 

 

 

 

――――今、彼はなんと言った?

 

 

ガロニアは少年に言われた通り、清掃用具を手にした直後に問われた一言で全身が強張る。冷静に、冷静にと言い聞かせながら振り返った先では、作業など投げ出しこちらに険しい視線をぶつける慎二の姿があった。

 

 

「な、何を言っているんですか兄さん?そんな冗談―――」

 

「悪いけど、赤の他人に向ける冗談なんて持ち合わせてないんだよ」

 

「しょ、証拠があるんですか!?私が間桐桜でないっていう証拠が…」

 

「そう言いだしてる時点で詰んでるんだけど…まぁいいや。まず始めに、何でリボンを付けてないんだ?」

 

「そ、そんな事が証拠に…」

 

「なるんだよ」

 

 

一歩一歩、ジリジリと義妹へと変装した何者かに警戒心を解くことなく接近する慎二は逆に後ずさっていく少女の焦りの色が段々と濃く浮き出ていく所へ、さらなる追い打ちをかけていいく。

 

 

「桜はとある理由があってリボンを後生大事に扱って付けない時なんて風呂か寝る時くらいだ。汚れて洗っている最中でも、落ち着かないってんで色の似た別のリボンを付けるくらいにな」

 

「…っ!」

 

「それにな、理由は分からないけど桜は僕と美綴が喧嘩を始めると何故か遠くからニヤニヤと笑う気持ち悪い行動を取る。なのに、お前はどうすればいいかとオロオロしている。この用具室の掃除だって、桜だったら率先して始めてるし、僕に指示を仰ぐなんてありえないんだよ」

 

 

ガロニアの背中に固い感触が伝わってくる。どうやら壁際まで追い詰められてしまったようだ。

 

 

「…いつから、気が付いていたのです?」

 

「決まってる。最初からだよ」

 

「なら、なぜ彼女の記憶にある通り私と接したのですか!?」

 

「何言ってんだよ?一度でもお前の事を僕が『桜』って呼んだか?」

 

「あ…」

 

「わざわざこうして二人きりになる場所まで誘導したのも、たっぷりと事情を聴くためだよ」

 

 

慎二の言う通りだ。思い返してみれば、呼び止められた時から自分は少年から『お前』や『コイツ』としか呼ばれていない。もう少年に発見された時点で自分という偽物を疑っていたのだろう。

 

 

ならばとガロニアは瞳を赤く輝かせ、慎二の目を睨む。

 

「ッ!?」

 

ガロニアの変貌を警戒して下がった慎二だが、もう遅い。自分と目があった時点で彼女の術中に落ちてしまうのだ。本物の桜と同様に催眠術をかければ、自分の事も忘れさせることも可能だ。もし、慎二がこういった際に何の対応も考えていなかった場合だが。

 

 

「…なるほど、それがお前の魔術ってとこか」

 

「どうして…」

「オイオイ、動揺して目の色戻ってるぞ。もしあのまま力を強めてればかかったかも知れないのに」

 

 

理解できない、と顔に書いてあるガロニアへ慎二は自分の目を指さしながら彼女が抱いているであろう疑問へ答える。

 

 

「僕は色々とハイスペックでも魔術はからっきしでね。もし魔術を使う奴が白昼堂々現れた時の対策の一つで、特殊なコンタクトを付けてるんだよ。主に、催眠術を遮る用途のね」

 

 

出費は痛かったが遠坂凛経由で購入した宝石を基に作成した対魔術のコンタクトレンズ。メデューサの魔眼など常識外れの魔力に対しては効果は望めないが、今回のように対象に気を使ってくれている程度の催眠術ならば跳ね返すことは容易であるのだ。

 

 

さてと、と慎二は茫然としている少女が次にどのような手段に出るかと表面ではニヤリと笑いながら対策を組み立てていく。自分の思い通りにならない相手程、手段を選ばなくなってくる。もし相手が強硬手段に出た場合は手持ちの道具で事足りるか…と思考する中、ガロニアの雰囲気が変わる。

 

 

赤いオーラを纏い、黒い髪の毛がユラユラと靡かせながら、右手を慎二に向けて翳す。どうやら慎二の推測は当たってしまったようだ。

 

 

「…不本意ではありますが、多少乱暴な方法で彼方の記憶を消させて頂きますわ」

 

「ハハハ…ずいぶん個性的な口調だな。遠坂辺りと会話させてやりたいよ」

 

 

軽口で応酬してみせるが、予想以上に手強いと嫌でも痛感させられる程の力の余波。狼狽える表情から一転してこちらを睨む少女の顔は、間違いなく自分の義妹、桜のものではない。

 

さぁ、どうしようかと胸ポケットに手を差し込んだ途端、少女の動きだけでなく、用具室内で荒んでいた力の流れまでがピタリと止んでしまう。

 

 

「……………?」

 

 

突然なんだと思い少女の顔を見ると、涙目になって震えている。何か恐ろしいものを目にしたような、畏怖の感情。この室内で彼女が恐れているものがあったのかとさらに目を凝らすと、部屋の天井から釣り下がっている細い糸の先端にいる小さな生物が、ワシワシと足を動かしている。

 

 

蜘蛛だ。

 

 

「い…」

 

「ん?」

 

 

 

「イヤアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

突然大声を放ったガロニアはしゃがみ込み、自分の眼前に現れた生物を視界に入れまいと思い切り目を瞑り、それ以上近づけまいと片手をブンブン振るっている。

 

 

「お願いです、早くそれを…それを何処かに移動させてくださぁいッ!!!」

 

 

「………………………………………」

 

 

よもやあれだけの力を振るいながら虫が苦手とは。この場で義兄が変身した際に一瞬現れるバッタ怪人を見せたらどうなるか試してみたいと嗜虐心が湧き上がってしまう慎二だったがそんな事は後回しであると自身に言い聞かせ、ガロニアの隣に座りこんだ。

 

 

「ああ分かった。この蜘蛛をどかしてやるから…こっちの質問に答えて貰うぞ」

 

 

「はいぃッ!!なんでも答えますわッ!!だから、だから早くしてぇッ!!」

 

 

そう言って俯いて泣き出してしまう少女の姿に、慎二は溜息をつく。そして顔を下に向けた事で露わとなった少女のうなじが視線へと入る。

 

 

 

(随分と大きなホクロを持ってんだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁッ!!」

 

 

 

また一体アスファルトへと沈めた桜は構えを解かないまま自分を囲うチャップの大群を睨む。

 

桜は学校まであと少しというところで、突然現れたクライシス帝国の一軍に追われ始めてしまった。チャップの大群を指揮するマリバロンは自身の妖術で風を起こし、顔を庇う桜の背後へと移動。

 

すると優しく肩を掴み、今まで聞いたことのない程優しい声を耳元で囁いたのだ。

 

 

 

「ご無事で何よりです、ガロニア姫様」

 

「…ッ!?」

 

寒気が感じた桜はその手を振り払い、一目散に逃げ出した。雨が全身を濡らしていることも構わず全力で走る桜の耳に、マリバロンがチャップ達に下した命令が響く。

 

 

 

「彼女のうなじにガロニア姫である証のホクロを確認した!よいか、彼女は憎き間桐光太郎の妹ではない!クライシス帝国の次期支配者であるガロニア姫なのだ!!」

 

 

マリバロンが何を言っているのかまるで理解出来ない桜はともかく逃げるしかなかった。義兄達に連絡を取ろうにも電話をかけるタイミングがまるでない。

 

桜に出来ることはひたすら逃げ、追いついたチャップを叩きのめすという方法しかなかった。

 

 

 

自分に追いついたチャップへと振り返り、一撃で倒しては逃げる…その繰り返しで敵の数を減らしてはいたが底をつく様子はまるでなく、遂には先回りしたチャップに囲まれてしまった。

 

 

 

「さぁ、姫。お帰りに…」

 

 

一体のチャップが桜の肩に手をつけようとした次の瞬間――――

 

 

 

「桜殿から離れろ下郎ッ!!」

 

 

民家の屋根から飛び降りて現れた赤上武の一刀によりチャップが吹き飛ばされた。

 

 

「武さんッ!!」

 

「桜殿、無事で何より。…見下げ果てたぞクライシスッ!!多勢で桜殿1人を襲うなど、恥を知れッ!!」

 

 

桜を背後に回し、手にした刀の切っ先をマリバロンに向けた武の罵倒にマリバロンは込み上げた怒りと共に吐き捨てる。それは自分に聞かせた侮蔑の言葉へではなく、武が桜に近付いた事への怒りだった。

 

 

「無礼者ッ!!貴様こそそのお方を何方と心得ているッ!!クライシス帝国の次期支配者のガロニア姫にあらせられるぞ!!」

 

「なに…?」

 

「確かにRXの妹と瓜二つのようだが、私の目に狂いはない!うなじにある大きなホクロこそが、真のガロニア姫である証なのよ!!」

 

「…………………」

 

武は桜へと視線を向けると、当の彼女もマリバロンの言葉に困惑している様子だ。それに慎二から桜がもしもの為にホクロに見せかせた道具を身に着けている事を知っていた武に取っても、どうにもマリバロンの言うことがかみ合わない。

 

もしや、壮大な勘違いをしている可能性すらある。

 

 

「…どちらにしろ貴様達の行いを見過ごすつもりはない。覚悟するがいい」

 

「来るか!」

 

 

腰からもう一本の刀を抜き、二刀流となった武に対し、マリバロンも赤く光る鞭を構えた。

 

 

一触即発となった両者。雨音だけが響く中、どちらが先に動くのかと息を飲む桜だったが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならば、私が事を収めるとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味な声だった。

 

 

 

本来ならば低い声質の声を無理やり引き上げて高くしている、そんな声。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだこれはッ!?」

 

突如武の手足に纏わりついた何か―――

 

それは軟体生物の触手であるが、武の知るそれよりも遥かに巨大だ。締め付ける力は強く、武はまるで身動きが取れない。どこからともなく現れた触手は武が立つ水たまりから這い出ている。ズルリズルリと不快な音を立てて全身を現したそれは、海生物のヒトデに近いものだった。

 

あくまで形状が近いというだけで、本来のヒトデとは似ても似つかないその醜悪な姿に桜も、対峙していたクライシスの面々も驚愕する。

 

 

『シャアアアァァァァァァァッ!!』

 

「この…化け物めッ!!」

 

咆哮と共に武を飲み込もうと口らしき部位を近づける怪物に、武は手首のスナップを利かせて刀を突き立てる。刺されたことで怯んだ怪物から脱出した武はその隙を逃さす、両手に持った刀で何度も切りつける。

 

 

『ギャ…ガガ…』

 

 

細切れとなりながらも肉片が未だ蠢いている様子に戦慄する武。この化け物は一体…と、倒したことへの安堵が彼に隙を与えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「なんとも乱暴なお方だ。折角召喚した海魔が不憫でなりませんねぇ」

 

 

 

武が振り返った先には、いつの間にか男が立っていた。

 

本来ならば武すら越える長身のはずだが敢えて背中を丸めている為か視線が交わせる高さであり、足元まで隠すローブから露出している肩から指先を見れば、屈強な体つきだということが伺える。

 

だが、そんな考えが吹き飛んでしまう程、男の形相は人間離れしたものだった。

 

例えるなら、カエル。カエルのようにギョロリとした眼球が比喩ではなく飛び出しており、見た者を萎縮させてしまうような淀み、濁った瞳。

 

 

男の異様な存在感に一瞬気を取られてしまった武は男の振り上げた拳を胸部に受け、背中からコンクリート璧へと叩き付けられてしまう。

 

 

 

「が…ぁ」

 

 

ひび割れた壁から抜けた武の意識は刈り取られ、水溜りの中へと倒れてしまう。

 

 

「た、武さん!!しっかりしてくださ…い…」

 

 

倒れた武を介抱しようと駆け寄った桜だが、男に後頭部を指先で触れられた途端に武へ重なるように気を失ってしまう。

 

 

「さて、それでは手土産も出来たところでご案内して頂きましょう。彼方達の要塞へ」

 

桜を抱き上げた男はニンマリと笑うと、未だ睨みつけるマリバロンへと尋ねる。

 

この男は一体何者なのか…敵の敵は味方であるというが、目の前の男は信用どころか、存在を許容することすら難しい。だが男の手に自分達が求める少女がいる限り、手出しできないマリバロンは手に赤い鞭を顕現させたまま、尋ねた。

 

 

 

「貴様は…何者だ」

 

 

 

 

「これはこれは…お初にお目に掛かります」

 

 

 

片手に桜を抱えたまま、一礼した男はこう名乗った。

 

 

 

 

 

 

「かつてクライシス帝国守護隊 星騎士の一柱でありました…」

 

 

 

 

 

「木星の騎士、ジュピトルスと申します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐慎二はワザとらしく溜息を付いた。

 

雨の中、妹の姿を真似て不法侵入した人物と共に家へと向かっていることも原因ではあるが、その少女が自分の袖を掴んだまま、ずっと泣き続けているためだ。

 

 

「ヒック…グスッ…」

 

「…もう泣くなよ」

 

 

あれからが大変だった。蜘蛛は追い払ったても泣き止む様子もなく、いつまでも整理が終わった報告がないと乗り込んできた美綴と藤村女史に発見され、何妹泣かせてんだと思い切り説教され、今に至っているのだ。

 

 

言いたいことも聞きたいこともままならないが、もうすぐ自宅。今頃自分達が持たせていた対魔術の道具で正気に戻っているはずだ。後は義兄が帰ってから全員で問い詰めれば事は収まるだろうと慎二は事態を楽観視していたことを後悔することとなる。

 

 

 

 

「…っ」

 

「うぅ…どう、しましたの?」

 

ガロニアは突如足を止めた慎二の顔を見上げる。

 

 

見開き、驚愕するその視線を追うと、ガロニアも泣くことを忘れ、思わず口を片手で押さえていた。

 

 

 

 

慎二達の進行方向で、辺り一帯にコンクリートの破片が散らばる中で倒れている居候の姿があった。傘をガロニアに押し付け、急ぎ武を介抱する慎二は大声で呼びかけるが反応はない。

 

 

急ぎ義兄に連絡しようと携帯電話を取り出した矢先、慎二の足元に見覚えのあるものが水溜りに浮かんでいた。

 

 

 

 

義妹である桜の宝物。彼女と実姉の絆の証であるリボンが、所々に汚れを付けて、水面で揺らめいていたのだった。

 

 




さて、新たな星騎士さんの肉体となったあれは誰なのでしょうかね~


ガロニア姫の脳内CVは奨さんではない早見さん…というマニアックな例えにしておきましょう。


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