では、月姫サイドがクライマックスとなりつつある29話です
クライシス帝国による誘拐と毒ガス衛星製造の計画を阻止して数日後。
衛宮士郎は利用されながらもアーチャーに投影魔術の指南を受け、今の自分に出来る事に全力で挑んでいた。
同じ頃、衛宮家の道場を借りていた赤上武は自分の危機を救った戦士の言葉を思い返し、自分に力が戻った場合にどのような選択をするのかと自問する。
そしてRXへ強引に変身を遂げた反作用で身動きが取れない状態になってしまった光太郎は太陽なしでRXへと変わる方法を模索しようとするが、それが自分の隣にいる存在…メデューサを不安にさせてしまうと知り、彼女の言う通りに身体を休ませることしかできなかった。
一方、遠野志貴たちと待ち合わせの場所でナンパを受けていたアルクェイドは助けに入った月影信彦の姿を見て、度合は違うがかつて同じように助けられた状況を思い出していた。
彼女は夢を見ていた。
自室のベットで陽が高く昇るまで微睡んでいて
自分の寝姿に呆れながらも食事を作りに来てくれる彼が近くにいて
彼に目覚めの口づけを求めて満面の笑みを浮かべている。
そんなありもしない、残酷な夢を。
「あ…」
目覚めたアルクェイドはいつの間にか自分が気を失い、倒れていた以上に自分が夢見ていた事に驚いた。
自分に与えられた『役目』以外の時間は常に眠りについていたアルクェイド・ブリュンスタッドが知識でしか知ることのなく、初めて見た夢――
(そうか…私って夢が見れたんだ)
震える身体を強引に立ち上がらせたアルクェイドはこの場と街全体に展開されてしまっている術式へと目を向ける。その周辺は自分の手によって死滅した死徒の纏っていた衣服と戦闘の跡が痛々しい姿で残っていた。
ただの悪戯のつもりだった。
自分に対して本当に吸血鬼なのかと、そんな小馬鹿にするような発言をした少年を少し困らせてやろうとしただけだった。
彼の細く、白い首筋にそっと口を近づけた―――
それがいけなかった。
ただでさえ残る力が少ない中で必死に抑え込んでいた人間の血を欲してしまう激しい衝動…吸血鬼にとって決して逃れる事の出来ない衝動を抑えていた枷が音を立てて崩れ始めてしまった。
破壊衝動に置き換え、死徒を嬲り殺しにしたとしても抑え込めず、聖堂教会の埋葬機関であるシエルが介入しなければ、自分は…確実に遠野志貴の血を吸っていた。
逃れるように志貴から離れたアルクェイドは途中で工場地帯で落下。その場で偶然にも敵である吸血鬼が仕掛けた術式を発見するが、術式を守るように現れた無数の死徒が襲い掛かる中、我武者羅に力を振るった後に力尽きてしまう。
そして夢の中で自分の隣にいてくれる少年の顔を思い浮かべて、アルクェイドは頭を振った。
(ただ目覚めて、殺していれば良かっただけのはずなのに…)
元々今回は自分が助からないことを承知の上で目覚めた。だと言うのに今更1人の人間に恐怖され、会えなくなることの方が怖くなっているなど、本当にどうかしている。
やはり自分は本格的に壊れてしまったのだろうか。
迷いを断ち切る為に、アルクェイドは息を荒立てながら発見した術式が人間の精気を収束させる場所へと向かう。
この時のアルクェイドは気付いていない。
本来の目的である吸血鬼の討伐よりも、術式が発動することで志貴が死ぬことを阻止することが大きくなっている事を。
そして、目的を果たそうとするあまり意識を外に向けず、自分の背後に危機が迫っていたことも。
(馬鹿な…)
月影信彦は脳裏に過る嫌な予感を否定しながらも街中を駆けていく。人目が多いため全力で走れないことを歯がゆく思いながら、ある場所を目指した。
今は自分の中にいるアンリマユは眠っている。こんな時彼の無駄口を聞いていれば少しは気が紛れたかも知れないと考えてしまう自分が不思議であったが悩む時間すら惜しい。
一刻も早く確かめなければならない。
(生き残っていた事は不思議ではない。だが、なぜ今になって現れる?)
自分が宿敵と共に怨敵を葬った直後に統率が崩れた連中はバラバラとなり、その大半が日本から逃亡している。再起を誓い日本以外で戦力を整えている連中もいるという噂も耳にしていたが、なぜ自分という脅威がいる場所へと現れたのか。
そしてこれが最大の疑問。
信彦が察知した気配と共にいる存在…今は自分と対峙した時とは比べものにならない程に弱々しくなっているようだが、彼女に間違いない。
なぜゴルゴムの怪人達が、真祖の姫に接近しているのだろうか。
ようやく人目の付かない場所へと出た信彦はシャドームーンへと姿を変え、真向いにあるビルの屋上へと跳躍。そして付近のビルを足場として急ぎアルクェイドがいるであろう場所へと向かうのであった。
「あうッ!?」
短い悲鳴と共にアルクェイドは資材の積まれた山へと背中を叩き付けられてしまう。資材が砕け、粉塵が舞う中でどうにか身体を起こそうとする彼女へと近づくのは仇敵の使いではなく、人類の天敵とも言うべき異形の数々。
翼をはためかせてるハエ怪人。
巨大な目を瞬きさせるキノコ怪人。
不気味な笑いを振りまくアネモネ怪人…
その背後には10体以上の怪人素体が手に武器を持ち、ゴルゴムの残党はアルクェイドへ這いよっていく。
(…そうよね。王様がこの街でノウノウとしているんだから配下がいたって不思議じゃない、か)
ヨロヨロと立ち上がるアルクェイドは怪人の出現に驚きを隠せなかったが先日衝突したゴルゴムの世紀王が存在する以上、怪人達を連れていてもおかしくない。
事実は違うのだがアルクェイドにはそれを知る術はない。目の前に迫る脅威に、真組の姫は朱く澄んだ眼を禍々しい血の色へと染め上げていく。
「アアァァァァァッ!!!」
咆哮と共に駆けだしたアルクェイドが振るった爪は素体数体を難なく切り裂くが腕、足が切断されても動き続ける素体のしぶとさに躊躇するが、アルクェイドは自分の足元で銃を向ける素体…上半身だけとなりがならも攻撃の意思を止めない個体へ腕を振り下ろす。
不快な音と共に飛び散る脳漿が腕にこびり付くが気にしてはいられない。周りを見れば下半身だけが起き上がり、千切れ飛んだ手首が未だに手にしたはずの武器を探しもがいている。
死徒とはまた違った不気味さを持つ素体にアルクェイドは身の毛もよだつ気分を押し殺し、両手の爪を天へと掲げ今ある力を振り絞って振り下ろす。
轟音が止んだ後には、クレーターの中心で息を切らせるアルクェイドの姿のみ。彼女を囲んでいた怪人素体は粉微塵となって吹き飛んでいた。
そう、怪人素体は。
「ッ!?」
突如膨れ上がったアスファルトから飛び出したキノコ怪人の腕がアルクェイドの足を掴み、バランスを崩した彼女を間を開けずに蔦で縛り上げたアネモネ怪人が建物の影から悠々と姿を現す。
自分に襲い掛かった怪人素体の群れに気を取られ、素体よりも強敵であるはずの怪人達に意識を向けることを失念していたアルクェイドは心中で舌打ちしながらも脱出を試みるが素体達に使った力で既に疲労困憊へと陥り、さらにはキノコ怪人が放つ胞子によって神経が麻痺し、意識が朦朧としはじめていた。
(こんなところで…私は…)
完全に姿を現したキノコ怪人に突き飛ばされ、蔦に束縛されたままアスファルトを転がっていくが、既にそんな事に痛みなどなく、攻撃を受けた事への怒りすら湧いてこない。
アルクェイドはこの状況で自分が助かるとは到底思えずにいた。
吸血衝動により抑えながらの戦いはとっくに限界を迎え、相手は余力を充分に残している怪人が3体。
悲観主義者であるアルクェイドはこの場をどうすればいいかという微かな希望など微塵もなく、ここで終わりだという絶望しかなかった。
(し…き…)
それでも、頭に浮かんでくるのは、自分を特別扱いしない変わった少年の屈託のない笑顔。
吸血衝動に駆られた自分に怯えながら、止めをさそうと刃を振り上げる埋葬機関の女に対し未だ恐怖で震えながらも一緒に逃げようと言ってくれた愛しき男。
最後にもう一度、彼の顔を見れたらとアルクェイドは倒れたまま身体を仰向ける。
自分に恩恵を与えてくれる月だが、初めて思えてしまう。
あんなに綺麗だったんだと。
これが最後の光景になるのかと見つめるが、ふと目を細めた。
「え…?」
その日は満月であるのだが、まるで巨大な穴が開いたかのような黒い点があり、点は次第に大きくなっていく。
否、それは月に走る模様などではなく、空に浮かぶ月を背景にこちらへと接近する何者かであった。
アルクェイドと同じく接近する者へと気が付いた怪人達に動揺が走るがもう遅い。
遂にその容姿が視認できる距離まで迫った時には、キノコ怪人がその者の蹴りによって突き飛ばされながら身体を炎で包み、消失していたのだから。
キノコ怪人を葬った者は繰り出した攻撃で衝撃を和らげたとしても、あれ程の高さから落下したのに関わらず、物音ひとつ立てずに着地。倒れているアルクェイドへと顔を向けた。
街灯に照らされたその姿は、アルクェイドが敵意を向けていた存在に近いものだった。
赤と緑に彩られ、赤いマフラーを靡かせるその戦士はハエ怪人が夜空へと飛翔した直後にベルトの両脇にある装置を同時に下ろし、怪人を追うように高く跳躍するだけでなく、落下することなく夜空へと舞い上がったのだ。
「飛ん…だ…」
真祖であるアルクェイドには、自分に驚くべきことなど、自分を殺した志貴の持つ直死の魔眼くらいのものだと考えていた。
倒れた自分の目の前で羽ばたく翼もなく、魔術による身体の軽量化もせずに、戦士は飛んだのだ。
混乱するアルクェイドの視界で華麗に空を舞う戦士がハエ怪人を軽やかな動きで翻弄し、ついには戦士の蹴りがハエ怪人の身体を貫いた頃にはアルクェイドの意識は闇へと沈んでいた…
「…っ!!」
まさか弱った真祖を捕えるという簡単な任務だったはずが、突如現れた乱入者に怪人が2体もやられてしまうとは…
残されたアネモネ怪人は逃亡を図るが、身体に走った激痛に悲鳴を上げる。
自分が気が付かぬ間に切り裂かれていたことは勿論だが、それ以上に自分へ攻撃を仕掛けた相手の正体の方が衝撃であった。
「シャドームーン…様…」
両手に赤い刀身の剣を持つ月の世紀王。死んだはずの支配者がなぜここにいるのかという疑問が晴れぬまま、アネモネ怪人はこの世界から消失した。
両手から武器を消失させた信彦は人間の姿へと戻り、倒れたアルクェイドの身を束縛していた蔦を強引に引きちぎり、苦しそうにしているもののまだ息をしていることを確認する。
理由は分からないが彼女の生存に安堵した信彦は自分の後方へと着地した戦士へと振り返る。
戦士もまた、歩みながら姿を人間へと変えると信彦と向き合う。
宿敵との戦いが終わり、この身にアンリマユを宿した後に身体の修理を行っていた信彦はゴルゴムが世界征服を進めていく中で抗い続けていた戦士がいた記録を目にしていた。
彼はその中にいた1人。
つまり…
「仮面ライダー…か」
「ああ、よろしくね」
屈託のない笑顔を青年…筑波洋は信彦へと向けるのであった。
そういえばメディアさんもよく飛行してましたっけ…?
さて、この出会いが彼と彼女に何をもたらすのか…
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