ちょいと短めとなってしまいましたが25話です。
クライシス帝国の怪魔獣人ガイナガモスとの戦いで己の無力はあると考え、赤上武の指導を受けられるように申し入れた衛宮士郎だったが、彼の望みはただその場しのぎであると間桐慎二に指摘され言葉を失ってしまう。
新都の大火災が起きた跡地へと足を運んだ士郎は己の不甲斐なさに自身の目標を喪失しかけた時、謎の青年と出会う。
この広く何もない跡地にいずれ誰かが慰霊碑を立てるだろうと言う青年の言葉を士郎は否定する。まるで時が止まってしまうように何一つ変わらないのだと。自分のように。
だが、青年は時間も人も常に動くものだと士郎に伝え、自分の知る人物はどのような状況に陥ろうが戦う道を選んだのだと語る。
青年の言葉に心動かされた士郎は先ほどの不安が嘘のようにかき消され、立ち直ったのであった。
一方、同級生の美綴綾子と共に新都の図書館にいた間桐慎二の携帯電話に着信が入る。通話の相手の言葉を聞いた慎二は理由を尋ね続ける綾子を振り切り、図書館を後にするのであった。
バスを経由して自宅近くの坂道を小走りで駆けあがっていく慎二は間桐邸の前で停車している黒塗りの高級車とそれを囲うように立ち、辺りを見回している黒服の集団を視界に捉えると思わず出してはならないうめき声を発してしまった。
「うげぇ…」
電話で断片的な情報しか知らされていない慎二は帰宅する途中である可能性を考慮していたが、まさか当たってしまうとは…と今日程自身の勘の良さを呪った日はない。もし、自分が考えた通りなのならば今回の件は義兄と義妹、それに最近居ついた居候に全て丸投げしたいのが本音であるが事情が事情だ。
ため息交じりに覚悟を決めた慎二は伏魔殿にさえ思えてきた自宅の門を潜るのであった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!コーちゃああぁぁぁぁぁぁぁぁあん!!」
「大丈夫、大丈夫だよ」
玄関の前どころか居間にまで控えていた黒服の皆様の中でもお構いなしにソファに座る義兄、間桐光太郎の膝に縋り付いて大泣きしている女性の姿を確認すると慎二は先ほどよりも深くため息をつくと、義兄達と対面する形で設置されているソファに腰かけている人物達にも目を向ける。
どちらも光太郎と泣きついている女性とは昔からの顔なじみであり、嵐の如く泣き続ける女性の姿を見て苦笑しつつも、どう声をかければいいか迷っているようにも見える。
「慎二兄さん、おかえりなさい」
「おう」
出迎えたエプロン姿である義妹の間桐桜はトレイに人数分のお茶を用意し、女性の号泣を特に気にすることなく湯呑を客人の前に置いていくとそそくさと慎二の隣へと移動する。
「…で、事情は聞けたのか?」
「いえ、まずは落ち着くまで泣いてもらおうって」
「いつもの事か。それにしても…」
2人は視線をキッチンの方へと向けると…なにやらドス黒い瘴気を背後に聳えいる間桐家のお姐さんがシンクの前で桜と同じくエプロンをしており…
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
口をへの字に曲げ光太郎が女性の頭を優しく撫でている光景を見つめながら同じ皿を延々と磨き続けていた。
(怖い怖い怖い…!なんで無表情なんだよというか目のハイライトが仕事してないんですけどッ!?)
恐怖を抱く慎二は再度居間へと目を向けるが、幸い客人達とメデューサの間に赤上武が折りたたみの椅子に座っている事で視線に気づかれることはない。恐らくは光太郎も…いや、本当は気付いているのだろうが気付かない振りをしているのだろう。
良く見れば額にはうっすらと脂汗を浮かべており、向かいに座ってる友人の1人は「なんだ暑いのか?」と心配されてもお茶を濁して女性を慰め続けている。
武など視線を遮っている自分の背中にメデューサから放たれる圧力の籠った視線を浴びているというのに平然としているのは見事としか言いようがない。
「…これだと光太郎兄さんが大変ですね。なんとかしてみます」
「なんとかってお前…」
慎二が言うよりも早く、桜はパタパタとスリッパを鳴らせてメデューサの元へ駆けていく。果たして桜の策とは…と慎二は疑問に思うが、あの状態のメデューサに接近するほどの度胸を持ち合わせている事などには既に疑問すら思い浮かばないのであった。
桜はメデューサの背後へと近づいたが、彼女の気配に気づく様子もなく皿を磨きながら光太郎へ視線を送り続けていた。そして皿をよく見れると本来は無かった丸の模様が走っている…いや、これはメデューサが空ぶき用の布巾を当て、回しながら拭いている間に付いてしまったのだろう。彼女が割れない程度に力を込めた布巾の繊維が押し付けられ、時間をかけて磨いている間にクッキリと跡が残ってしまったのだ。
(…これについては後でお説教するとして)
食器に関して目を瞑ることにした桜はそっとメデューサの隣に立つと、微かだが彼女の唇が動いている。耳を立ててみると蚊が鳴くようなか細い声だが、メデューサは確かに声を出している。
「………………コウタロウノヒザマクラ、ワタシモマダシテモラッテナイノニ……………………」
「…………………………………」
光太郎が女性に成すがままにされているというより、先を越された事でご機嫌斜めになっていたようだ。
「羨ましいんですか?」
「…っ!?さ、サクラッ!?何時の間に…あっ!!」
自分の背後に桜が立っていた事に激しく動揺したメデューサは手にした皿を床に落下させてしまい、皿は無残にも砕けて散らばってしまう。その音を聞いていち早く声をかけた武はキッチンを覗き込んで桜達へと様子を聞くが、近場に置かれていた箒と塵取りを手にしたメデューサが捲し立てるように2人へと答えた。
「心配には及びません、すぐに片付けますので武は戻って大丈夫です。それにサクラ、羨ましいという言葉の意味が解りません。彼女は光太郎の幼馴染みにして大切なご友人です。あのような触れ合いも彼等にとってはさも当然でしょうし、むしろ泣いている女性に膝を貸しているのですからむしろ褒めるべきことでしょう。以前に私がしたように私もされたいなど全く考えていません。ええ、全く考えてなんていませんよ…」
手をせっせと動かしつつ口を開くメデューサであったが台詞の後半で本音が駄々漏れであることに桜と武は敢えて追及はしなかったが、今メデューサが食器の破片を集めようとする方法にだけは口を出さないわけには行かなかった。
「メデューサ殿」
「何でしょう?今手が空いていないのですが…」
「いや、お忙しいのは承知の上なのだが、箒と塵取りの役割が逆なのでな…」
武の指摘を受け、手にした塵取りで破片をかき集め、箒の穂に乗せていくメデューサの動きはピタリと止まる。先程桜から言われた事と重ね、自覚なき奇行へ走った羞恥からメデューサは震えながら目元に涙が滲み始めていた。
さながら雨の日に段ボールの中でこちらを見つめてくる子犬のように…
「じゃあ、一昨日からミノル君とは連絡が…」
「そうなのぉ…」
ようやく泣き止み、落ち着きを取り戻した女性…善養寺 圭織は目元をハンカチで押さえながら光太郎の質問に頷くとゆっくりと事情の説明を始めた。
佳織は1日は穣へ携帯電話でメールを送り、彼からの返信を見てのスタートとなっている。だが、昨日に朝一番に送ったメールは全く返信がなく、朝からトラブルなのだろうかと昼過ぎに電話を掛けるが相手側の電波が届かない場所にいるのか、一切繋がらない状況となっていた。
夕方になった際にはGPSを駆使して場所を探ろうとも反応はなく、穣の私物に無許可で取り付けた発信機の信号も途絶えており最終手段として自宅でもある会社へと連絡すると、穣は朝仕事に出かけてから帰宅していないことが判明した。
(…自宅へ連絡する前に何か危険なワードを聞いたような気がしたけど、何で誰もツッコまないんだよ…)
それとも自分がおかしいのかと自分の持つ常識を疑い始めてしまう慎二は義兄のここにはいない義兄の友人…東堂 穣について思い出す。
光太郎の小学校以来の友人であり、彼等の中では一番大らかな性格であったと記憶している。その性格を表しているかのようにいつも眠っているような線目であり、その目が開かれるのは彼の自営業である電気工事の時か、心の底から怒った時のみ、らしい。
高校在学中には既に家の手伝いをしており、傍ら資格の勉強をしていた穣は卒業と同時に仕事を開始。本人が元より機械いじりが趣味であることも幸いして次々と仕事を熟し一線で働ける人材へと成長を遂げたとのことだ。
その腕は近所でも評判となり、確か何度か間桐家の照明器具がイカれた時にはお世話になっていたものだが、彼が突如として行方知らずになってしまう心当たりはない。それは顎に手を当てて考えている義兄も同様だろう。
「…この事を警察には?」
「うん…昨日お義母さまへ連絡した直後にぃ、もう連絡したわよぉ」
流石に早い、と佳織の返事に頷いた光太郎は聞いた話を整理しつつ、様々な可能性を考える。友人である東堂 穣は交際相手である佳織の普段過度なスキンシップに悩まされながらも彼女を困らせるような…ましてや泣かせることは絶対にしない。
家族に対してもそれは同様だ。小さな会社ではあるが家族と社員が一つになって頑張っていることを光太郎達は良く知っている。穣が会社に連絡一つ寄越さずいなくなることなどありえないはずだ。
だとすれば考えられることは一つ。穣は何かの事故に巻き込まれてしまったということだ。
「そういや、何日か前に隣町から飲みに来た客が妙な噂話で盛り上がってたな…」
「それって、工場の技術者や職員が相次いで行方不明になっているやつ?」
「…詳しく教えて貰えるかな?」
手をポンと叩いた橿原 大輔の聞いた話を補足する紫苑 良子から齎した情報を聞いた光太郎は目を細め、2人に噂話の詳細を尋ねる。光太郎の嫌な予感は、膨らんでいく一方であった。
「じゃあ、コウちゃん。今日はありがとう…」
「何かわかったら必ず連絡するよ」
「うん、必要な事があったら言ってね…うちの組から情報を持って行かせるわぁ」
「必要になったら、ね」
情報の交換が終わり解散となった後、光太郎は黒塗りの車の後部座席から顔を出す佳織の言葉に頷き、ゆっくりと発進する車を見送っていた。
間桐家を囲っていた黒服達もとっくに引き上げおり、残るは大輔と良子が帰るだけとなった。
「帰り道は気を付けてね」
「心配すんなって。いざって時は隣にいる紫苑先生がその鉄拳で―――ろごすっ!?」
「…あら、鉄拳が何かしら…?帰りながらゆっくりと聞かせて貰うわよ大輔くん?」
冗談のつもりだろうが、どうやら通じなかった良子の裏拳を腹部に受けた大輔は胸を手で押さえたまま、将来教師志望の幼馴染に首根っこを掴まれて引きずられていくといういつも通りのやり取りを演じ、その光景を微笑みながら見送った光太郎は踵を返し、一連の事件が自分の考えた通りならばと不安を募らせる。
(クライシスの仕業なのか…?)
大輔と良子の話を聞く限り、新都で務めている部品工場や溶接工の技術者や下請業者の従業員が数日前から行方不明となる事件が相次いでいるらしい。それも冬木だけでなく日本各地で発生しているのだ。
これがクライシス帝国によって起こされていることならば敵の狙いは一体何なのだろうか。
予測を立てながら玄関を潜り、メデューサ達のいる居間へと向かう途中に通路に設置された電話からコール音が鳴り響く。
「はい、間桐です」
受話器を耳に当てた光太郎の声に続いて聞こえてきたのは、元気いっぱいである義弟の担任教師である藤村大河女史であった。
『もしもし。穂群原学園の藤村と申します』
「あ、藤村先生。いつも慎二君と桜ちゃんがお世話になってます」
『およ?その声は2人のお兄さんですね!こちらこそお世話になっております~』
最初に聞こえた凛々しい教職を思わせる声から一変、普段学校で慎二や桜に接するような気さくな口調となって光太郎と挨拶を躱す大河は早速電話で連絡した理由を明かした。
『そちらに士郎がお邪魔してません?もう夕飯の時間なのに帰ってないんですよね~』
ちなみに光太郎の高校時代はツッコミ役はほぼ不在の状況が繰り返し、教師達の胃に穴が開いてしまったとか何とか…
果たして士郎と光太郎の親友の行方は?
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