しかしその変わりにあの人が客演の24話となります
怪魔獣人ガイナガモスを討ち取った間桐光太郎だったが、その戦いの中で脳裏に新たな戦士の姿が浮かび上がった。
ガンガディンとの戦いに際に浮かんだ戦士とは違う、激流のような豪雨の中を物ともしない戦士が…
一方、クライシス帝国ではガイナガモスの敗北によって罰を受けるボスガンを薄ら笑うゲドリアンと、それを自重するように言うガテゾーンの前に次なる作戦指揮を取る諜報参謀マリバロンが妖しげな笑みを浮かべていた。
それから数日後、衛宮士郎はガイナガモスとの戦いに巻き込まれてしまった同級生たちが危うく怪人へと成り果てようとした時に何も出来なかった事を不甲斐ないと悔やむ中、間桐慎二が赤上武に鍛錬を受けている事を知る。
自分も同様に訓練を受けることを申し出る士郎であったが、慎二にそれは悩みを解消するためかと指摘され、言葉を失ってしまうのであった。
(何であんな事を言っちまったんだ…)
衛宮士郎は新都の大災害後にある広場へと足を運び、広すぎる人工芝の中で唯一設置されているベンチへと腰を下ろして空を見上げていた。
そして未だに耳へ残る友人の言葉。彼の言う通り、仮に武から同じ指導を受けても、得られるのは以前より力が増したという自己満足。
そんなもの、強くなるなどとは呼べないことは自分でも分かっていることだ。
だと言うのに、なぜこうにも焦っているのだろう。
「…………………」
無言で茜色に染まった空を見上げる士郎はそっと目を閉じる。今でも鮮明に覚えている戦友との出会いと、戦いに明け暮れた日々が浮かび上がった。
思えば、驚く暇も説明を受ける覚悟もなく衛宮士郎という少年は魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争に巻き込まれ、養父である衛宮切嗣から唯一教えを受けた強化の練習を繰り返し、ただ自分の目指す正義の味方になるにはどうすればいいかという自問の日々は呆気なく幕を閉じる事になった。
しかし戦いは聖杯戦争に留まらず、人類抹殺を掲げる暗黒結社ゴルゴムによる聖杯の強奪によって、より混迷に陥ることとなる。
様々な逆境を乗り越えてきた士郎は投影魔術を身に着け、仲間達の助力を得てゴルゴムの聖剣サタンサーベルの投影に成功するにまでに至った。
ただ強化の鍛錬を繰り返した頃に比べれば、格段に士郎の力は増しているだろう。
それは共に戦った仲間達も認めてくれる。
だが、先日の出来事の光景…もがき苦しむ同級生たちを目の前にして何も出来ず、慎二達が救援に現れるまで身動き一つできなかった自分を無力であると痛感してしまった。
自分は、あの大火災で助けを求めた人々を見捨て逃げ出した時と何一つ変わっていないのではないかと。
「なんだか、また遠のいた気がする…俺は…」
士郎が何かを言いかけた時、誰かの足音が耳へと響く。まさかここまで人が近づいても気が付かないとは…と己の注意力の散漫を悔やみながら思わず顔を向けると、見覚えのない長身の青年が既にベンチの真横へと立ちつくしていた。
中央にアルファベットが一文字描かれている単純なデザインの長袖シャツにデニムのジーンズ、そして上着のボトムズを片手で持ち、肩に掛ける青年はやや目つきは悪いものの、特段悪い人間には見えない。
青年の容姿は特段珍しいものではないが、士郎は青年の両腕…特に気温が低いわけでもない今の季節に手袋を着用しているとは珍しいと、この時は素直にそう考えていた。
「なんだ坊主、こんなに広い場所にお前さん1人しかいねぇのか?」
この場に士郎1人しか見当たらない事が余程不思議だったのだろうか。青年はドカリと士郎の隣へと座り、両肘をベンチの背もたれに預けると、その先に数本の樹木と芝生しか見えない景色に対して、淡々と言い放った。
「しっかし本当に何もねぇな。慰霊碑の一つでもあると思ったのによ…」
「そう…ですよね」
どうやらこの青年は、ここでかつて何が起こったのかは知った上で訪れたらしい。
興味本位での観光なのか、それともここで死んだ誰かを弔うためなのかは分からない。ワザとらしく溜息を付く青年は風が撫でる芝生の音に耳を傾けながら俯いてしまった士郎と対照的に広場全体を見渡すように上を向いている。
互いに口を開かずしばしの間沈黙が続いていたが、眺めているだけでは飽きてしまったのだろう。青年は特に深い意味もないこの跡地を見ての感想を口にしたが、士郎は思わず反応してしまった。
「ま、仕方ねぇか。いずれは気を利かせた奴が何か立てるなりするだろ」
「…らない」
「あ?」
「変わらないのかも知れません。このままずっと、時間が止まったみたいに…」
まるで、今の自分にも例えられる比喩なのではないかと自虐するように呟く士郎。
養父に助けられた、あの時のまま。誰かに助けられるまで、何一つ出来なかった自分は多少力を付けただけであって、何も変わっていないのではないか…?
先の戦いでの出来事と自分の発言によってさらに後ろ向きになってしまう士郎に、視線を動かさないまま青年はさも士郎の心情を察したかのように尋ねるのであった。
「…お前さんも、そうやって止まったままになるってわけかい?」
「え…?」
思わず声に出して驚いた士郎の視線は隣に座る青年の方へと向けられる。
「…顔に書いてあんだよ。分かりやすいほどにな」
「……………………」
「聞かせろよ。話すだけでも、楽になると思うぜ?」
新都の図書館
「…………………………………」
「どうしたのよ慎二。さっきから全然ペン進んでないじゃん」
自習室の隣から顔を覗き込んでくる美綴綾子の言う通り、間桐慎二は先ほどから参考書のページは進んでおらず、ペン先でノートを突くだけに没頭している。
図書館で勉強を始めたら門限に間に合う時間になるか、綾子が強引に分からない問題を問いたださない限り慎二は勉強か読み取る気にもならない文字で書かれている本の翻訳以外に意識を向けることはまずない。
となると…と原因が思いついた綾子は「ハハァン」とニタリと笑い慎二の耳元で悩みの種であろう推測を呟いてみる。
「あーらら。またきつく言いすぎたぁって顔してんね。そんな気まずくなるんなら最初から言わなきゃいいのに」
「はぁ?何で僕が衛宮なんかに気を使わなきゃならないんだよ。意味が分からないね」
「へぇ。慎二が悩んでたの衛宮の事だったんだぁ」
「くっ…」
思わず顔を上げて反論する慎二の目に映ったのは悪戯成功と言わんばかりに手で口を押えている弓道部部長の得意顔。そんな顔すらと可愛らしいと一瞬考えてしまった慎二は悔しくてたまらない。
不覚にも士郎との会話からどうにも落ち着かなくなっていると悟られてしまった慎二は自分が去った後も射場で立ち尽くしていたあの背中を思い出す。
悪癖と言えばいいのか。衛宮士郎は自分以外が苦しみ、傷つくことがどうしても我慢できないでいる。そのため敵の毒蛾によって苦しめられた同級生たちの姿が相当堪えてしまったのだろう。
だから我武者羅にでも強くなりたいとあの時思ったのだろうが、小手先の強さを手に入れてどうにかできる程この戦いは甘くない。
敵であるクライシス帝国は別次元の世界から現れ、自分達の住む地球を植民地にするという目的以外に何の情報もなく、さらに力を増した光太郎ですらも何とか勝ち続けているという状況なのだ。
居候である赤上武から桜と共に手解きを受けてはいるが、恐らく自分の身を守るか義兄の邪魔にならない戦いをすることが精一杯となってしまうだろう。
先手が打てず、誰かが苦しみ、悲しむことが避けられない戦いに士郎が黙って見過ごすはずはない。しかし、弓道場で見かけたただ力を手にしようと躍起になる様子に慎二はどうしても協力するつもりにはなれなかった。
「ちょっとー?いきなり黙りこんで考え事の続きって失礼じゃないの?」
「あのなぁ、以前から言ってるけど僕は1人で勉強しに来てるんだ。いつもそっちが勝手に―――」
先程と一転し不機嫌となった綾子へ申し立てようとするが慎二の使用していた席の上で振動音が鳴り響く。見れば慎二の携帯電話へと着信があり、綾子を睨みながらも周囲に気を配り小声で応答した。
「なんだよ、まだ図書館に…なんだって?」
自分の言い分よりも要件を先に言われてしまった慎二の表情が変わる。綾子は慎二の真剣な顔を見て首を傾げるが通話を終えた慎二が参考書や筆記用具を乱暴に鞄へと放り込んでいく姿に慌てて理由を問い質すが慎二は適当に応じてバッグを手に出口へと向かってしまう。
「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ!?」
「急用ができた。閉る前に帰れよ」
「はぁッ!?」
「埋め合わせは学校で缶コーヒーくらいは奢ってやるよ。じゃあな」
綾子の返答などまたず、慎二は早歩きで自習室の扉を抜け、図書館の外部へと出ると走って周辺の停留所まで駆けて行ってしまった。何が起きているのか全く理解できない綾子は何の説明もせず帰った慎二への怒りがどんどんと膨れ上がっていくが、急に肩を落とし、
「バカ…」
と小さく呟くことしか出来なかった。
「はぁん、つまり大事な時にお前は何もできなかったと」
「…そんなところです」
士郎は青年に当たり障りのないように自分が抱えている悩みを打ち明けた。
ガイナガモスに襲われたことに関しては、ゴルゴムの起こした事件もあり一般人にも怪人が起こしている出来事は浸透していた為に信じてくれてはいるだろう。
青年の反応は話始める前となんら変わらず、時折「へぇ」と声を漏らすだけで士郎の説明に疑う様子も無かった。
だが自分の口から事実を述べたことで、士郎の懸念は一層重くなり、青年の言うように楽にはならなかった。
(当然だよな。初対面の人に話して変わるものじゃない…)
変わらない。この先、どう敵に立ち向かおうが、自分は変われない。それに、誰かの為に戦っているのは自分だけではないのだ。
士郎が真っ先に浮かぶ人物は間桐光太郎。仮面ライダーへと変身し、敵に対して真っ向から挑んでいくあの姿に、何度憧れただろう。
だが、光太郎のようには決してなれないことは理解している。彼とは違う、自分なりの道を進んでいくと、旅立った戦友に誓ったのに、こうして自分を支えてきたものが、折れそうになっている。
彼のような人物がいるのなら…
「俺がいなくても、きっと誰かが―――」
それは、これまでの自分が培ってきたもの全てを否定する言葉だった。これを自分で最後まで言い切ってしまえば、衛宮士郎が抱いた理念は終わってしまう。
だが、その続きは隣にいる人物から告げられた。
「そうだな。お前が動かなくても他の誰かが動く。世の中、そういうもんだろ?」
「え…?」
出鼻をくじかれた事よりも自分を考えを呼んでいたかのように口を開いた青年の言葉を、士郎は聞き続けた。
「さっき坊主は時間が止まるみたいに、なんて言ってたがそんなことはねぇ。時間も人も、常に進んで、動くもんだ。止まらねぇし、ましてや戻るなんて、ありはしない」
時は止まらないし、戻らない。確かにその通りではあるが自分はこうして動けずにいる。
「こいつは、又聞きしたことなんだが…俺の先輩に当たる人はお前さんとは違うが、尽きない悩み…それこそ、どうあっても解決しないやつが今でも続いているそうだ」
「え…?」
「聞いた時はえらく後ろ向き過ぎてよ…一度ぶん殴ってやろうかって思ったわけよ。だがな」
ケタケタと笑う青年へどう反応すればいいか分からない士郎だったが、自分と目を合わせた人物の雰囲気がガラリとかわり、その言葉を放った。
「その人は戦う道を選んだ。どんな目に遭おうが、無力だと痛感しようが、歩みを止めない道をな…」
「戦う…道」
『―――長い間悩んできた。今でも数えきれない夜の中で』
『だが…何も変えられない夜だとしても、それでも明日はやってくる』
『未来を変える者達の明日だ。その度に戦う事を誓ってきた』
『絶望の痛み―――』
『それが俺の力だ』
「かっこ付け過ぎなんだよ…」
「え?」
「気にすんな。つまりは、終わったことでクヨクヨせず前を向けってことだよ」
こちらを見て茫然としている士郎の額を軽く小突くと青年は立ち上がり沈みかけている夕日を見つめる。青年に励まされても胸に刺さっている刺が抜けずにいる士郎も立ち上がって尋ねた。
「けど、俺は何もできずに、ただ見てるだけだった…」
「なら簡単だ。そうならないようになればいい」
「そう簡単に…」
「簡単じゃねぇか。もう二度と負けない為に強くなり、そしてそいつらを守り抜くという誓いを貫き通す。そいつを俺達は…」
「『正義』って呼んでいるぜ」
「あ…」
見ず知らずの人間の言葉にどうして心が動かされてしまうのだろう。なぜ、あんなにも自分に伸し掛かった黒い感情が晴れてしまうのだろう。
士郎のそんな心中を察したのか、青年は口元を歪めると上着を羽織り、その場から離れていく。
「じゃあな。あんま遅くまでいるんじゃねぇぞ?」
薔薇の刺繍がされた背中を見送る士郎だったが、最後にどうしても聞きたかったことがあった。
「もし…もしその正義や理想が本物じゃなく…借り物のものだったらッ!!」
熱が籠ってしまったのあろうか。思わず叫んでの士郎の質問に、青年は振り返ることなく応じた。
「…俺には分からねぇよ。だがな、
そして青年は、去っていく。青年の姿が見えなくなるまで、士郎はその背中を見つめていた。
いつの間にか戻った熱意と共に拳を握りしめて。
青年の回想に出た台詞はあのお方からの引用です。
慎二と綾子さんのなれ初めは前作の番外編にて…
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