Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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第108話

不死身殺しの鎌ハルペー。

 

かつて神話の時代、英雄ペルセウスがゴルゴンの怪物へ挑む際にオリンポスの神ヘルメスより与えられた武具であり、メドゥーサの首を斬り落としたとされる鎌剣。

「屈折延命」という不死系の特殊能力を無効化する神性スキルを有し、この剣でつけられた傷は自然ならざる回復・復元ができなくなる。

 

ペルセウスの肉体を基として地球で復活を遂げたマキュリアスにとって、便利な道具程度の認識にしかすぎなかった。癒えない傷を負わせれば、自分を阻む者は再起不能となり、誰であろうと邪魔となる者がいなくなる。

 

もし、この武器を星騎士の時に所持していれば自分に光明を与えてくれた少年を惨殺した研究者を癒えぬ痛み付け、少年が受けた苦痛を数百倍味合わせて後に殺したかったと考えるマキュリアスの胸に、瞬きほどの痛みが走る。

 

それはマキュリアスの肉体として顕現した英雄ペルセウスの傷心による痛み、だったのかもしれない。

 

自分の行いは確かに、過去に英雄と称えられた人物からすれば糾弾される事だろう。しかし、『座』から動けぬ者などに自分は止められない。世紀王へ告げたように、平穏を脅かす者、その原因となる者たちをこのハルペーで刻み殺さなければならないのだから。

 

 

 

だが、マキュリアスの使命はそのハルペーと共に砕け散った。

 

鎌の破片が朝日に反射して宙を舞う中、マキュリアスは咄嗟に動くことが出来なかった。

 

神器とされるハルペーが砕けた事に関しては驚愕する事ではない。先にマキュリアスが考えていた通り、いかに特殊な能力があろうが道具は道具。使い続ければ摩耗し、武器の打ち合いで折れる事など十分に予測できる範囲だ。

 

動けなくなるほどに思考が鈍ったのは、その原因。

 

 

世紀王シャドームーンには、鎌を砕ける程の余力は残っていないはずだった。残っていないはずだと言うのに、シャドームーンは宣言通りに一撃でハルペーを粉砕。完全に油断を…否、一度傷付けた程度で侮っていたと思い知ってしまう。

 

そして、攻撃も終わりではなかった。

 

「そして、もう一丁…」

 

「なに…!」

 

 

刃のない柄を握るマキュリアスの耳に届くボツリとした小さな呟き。視ればハルペーを砕いた拳とは逆の手。ハルペーを受け止める為手にしていた歪な短剣はとうに手放し、緑色の輝きを宿した拳を姿が視えないにも関わらずマキュリアスの顔面へと打ち出していた。

 

もう打ち出せないはずの攻撃へ一切反応できないマキュリアスの脳裏に、シャドームーンの発した言葉が蘇る。

 

 

 

 

『1発だ』

 

 

『1発で貴様の鎌を砕いてやる』

 

 

 

 

 

あの状況の中で自らの攻撃回数を口にするなど余程の自信過剰か、単なる強がりしかないと考えたマキュリアスは、優位である事も鑑みて後者であると決めて付けた。だが、それは単なる自尊心でもはったり(ブラフ)でもなかった。

 

ボロボロの状態の中敢えて攻撃回数を口にする事で逆にその回数しか攻撃できないと『思わせる』ことが、彼の…彼等の作戦。武器が破壊され混乱している相手をさらに混乱させるなど、この者は何処まで先を読んで行動していたのだろうか?

 

その作戦に乗せられ、単なる強がりと決めつけたマキュリアスは、自身でも『あと1発しか攻撃できない』と思い込んでしまったのだ。もうあの時から彼等の策に溺れていたのだと理解するには、もはや遅すぎていた。

 

 

 

「オラよぉッ!」

 

「ガァッ!?」

 

 

雄叫びと共にマキュリアスの顔面へと叩き付けられるシャドームーンの拳。鈍い音が公園内に響いた直後、地面に2本の線が引きずられる跡とともに土埃が発生するという奇妙な現象が起こるが、それは信彦の攻撃を受けながらも耐えきった故に起きたのだと志貴は理解する。

 

その証拠に、空中に人の額であろう位置から突然と赤い染みが広がり、地面に向けて滴り落ちている。あれではもう、姿を消す透明のマントを身に付けようが意味がないだろう。

 

 

「どうだい気分は?血が出た事でわりと冷静になったりしてる?」

 

 

殴った手をヒラヒラさせてマキュリアスがいるであろう位置に向かい声を向けるシャドームーン…現在主人格となっているアンリマユは身体の様子を確かめると、内面に潜むキングストーンの力を管理する者へと確認を取る。

 

 

「どうよ碧月ちゃん、野郎に受けた傷は塞がってんのかい?」

 

『…ええ。あの鎌が壊れた事で受けた傷への効果も消えたわ…あと数秒で傷は塞いで見せるから、頑張ってアンリ!』

 

「そいつは結構!おぉーい、そこのポニテの可愛い子ちゃん!お姉さんの傷はどうだい?」

 

「あ、えっと…」

 

 

信彦の作った結界の中で茫然と事態を見守るしかなかった山瀬明美は突然声を駆けられ、言われるがままに横たわっていた姉、舞子の様子を見る。相変わらず呼吸が荒いままではあるが、今でも見慣れる事はできない灰色のみると、マキュリアスによって開けられた風穴は完全に塞がっている。

今まで流れる血液を塞き止めていたキングストーンの粒子は出番を持て余し、舞子の周囲を漂っている状態だ。

 

これをどう答えればいいか判断の付かず、あの銀色の怪人をどう伝えればいいか悩んだ末に明美は両手で頭上に大きく丸を描くジェスチャーで返答する。

 

 

 

「イェスッ!ってことはあちらに力を流さずに済むってことだわなぁ信ひー」

 

『よし、代われ』

 

「アイアイさー!」

 

シャドームーンの身体から黒い獣の入れ墨が消滅し、漆黒の複眼は鮮やかな緑色へと染まっていく。

 

 

「フンッ!」

 

 

主人格をアンリマユから月影信彦へと切り替え、山瀬姉妹を囲っていた結界を消失させ、気合と共に腕を振るった瞬間。シャドームーンの力が爆発的に強まった。

 

信彦は肉体を復元させながら山瀬姉妹を守る結界と、舞子の止血を遠隔操作する中で戦うという本来ならどちからかに集中力を注がなければならない行動を選択していたが、その原因となる鎌剣が砕けた今、全力で戦える。

関節から余剰エネルギーが蒸気として吹き出し、左胸のエンブレムが輝きが強い輝きを放つ。

調子を確かめるとうに拳を強く握った信彦は問題なくキングストーンの力が体内を循環していると確認し、視線をマキュリアスへと向ける。

 

血液が染みついて位置が把握されては無意味であると判断し、透明になれるマントを脱いたマキュリアスは未だ額から血を流しており、露わとなった黒い瞳で信彦を見る。

 

マキュリアスの顔には信彦へ初めて接触した時に見せた偽物の笑顔でも、先ほど見せた激情もない。

 

まるでアンリマユの拳で砕けた仮面と共に、感情ごと壊れてしまったかのように、無表情だ。

 

 

「なるほど…あの者達を守る為に力の大半を使い、さらにその操作も怠らず残った僅かな力でワタシと戦っていたという事か。敵ながら見事と言う他ないようだ」

 

「……………」

 

「まさかジュピトルスと同じような見解になるとはな…確かに『お前達』を倒すには相応の力を身に付けなければならないようだ…」

 

 

認めたくないがなと言い切ったマキュリアスの輪郭が段々と薄まっていく。どうやらこの場から撤退するようだ。

 

 

「逃げるつもりか?」

 

「今回はそうさせてもらう。ワタシの使命を全うするには、まずお前という障害を潰す必要があるようだからな」

 

「…ならば、これだけは答えろ」

 

 

今回、偶然にも志貴たちが混沌の残滓との戦闘の場に居合わせた信彦だったが本来の目的は別にある。その結果を知り得る為に、マキュリアスをこの場で逃がしたとしても、これはでは聞かなければならなかった。

 

 

 

「貴様はなぜ、俺を…いや、俺にいる存在を目の敵にしていた?」

 

「なんだ、そのような事か。かつてのワタシの身体を滅ぼした者に恨みの一つを覚えるのは当然の権利だと思うが?」

 

「何…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女の持つ気配と魂は間違いなく同胞であり敵であった者…ワタシやジュピトルス達を倒す為、共に死んだ『月の星騎士』のものだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の言葉を残し、マキュリアスは今度こそ姿を完全に消したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ!離して!お姉ちゃんが、お姉ちゃんが…」

 

「落ち着いてください。確かに貴女の姉に見えるかもしれませんが―――」

 

 

マキュリアスの鎌剣による効果がなくなり、傷が癒えた山瀬舞子は相変わらず立ち上がる様子はない。

 

戦闘が終了するまで妹の明美が倒れていた舞子の隣で見守り続けていたが、現在はシエルが直美を羽交い締めするような形で離され、代わりに志貴が舞子を見下ろすような形で見つめている。片手に短刀を持って…

 

 

「やぁ…志貴くん…って言い方もおかしいか」

 

「……」

 

 

あの時、ネロ・カオスによって犠牲となった女性が目の前で微笑みかけている。彼女の死ぬ姿は志貴にとって忘れがたい記憶の中の一つであったのだが形はどうあれ、こうして生きていた。

 

自分の肉体の一部として。

 

 

「さっきはゴメンね。あんな言い方をしなければ君は躊躇しちゃうんじゃないかなって…でも、無用な心配だった、かな」

 

「……………」

 

「君は躊躇はしても覚悟を決める事が出来る。『遠野志貴』は、そういう男の子だもんね」

 

「っ…」

 

 

息を荒くしながら優しい微笑みを見せる舞子に、志貴は何も答えることができない。

 

 

志貴と、志貴の肉体を補うために寄生していた混沌であった舞子。互いに言葉も交わさないまま、意思の疎通もないまま一つの肉体を共有していた両者。いや、志貴から見れば肉体の一部であった為にそのような考え方すら成立しないにも関わらず、舞子は志貴の在り方を理解していた。

 

だから、以前志貴の目の前で死んだ人間と同じ顔を持つ存在が現れたとしても、志貴ならば殺すことができる。彼は大切なものを守る為ならば、力を振るう事を厭わないと知っているから。

 

 

「だから…お願いするよ。もう…抑えるのも限界だから」

 

「限界…?それって…なっ!?」

 

 

顔を歪める舞子の言葉を志貴は直ぐに理解した。

マキュリアスによって貫かれた腹部の傷はとうに塞がっている。しかし、治癒した事によって足りなくなった養分を取り込もうと彼女の体内に宿る獣の因子が『食料』を求めて胎動を始めていた。

舞子が弱った力で必死に押さえつけてはいるが、もう限界だろう。シエルが明美を自分から遠ざけてくれて助かった。もし、今の状態で介抱したのなら最初の犠牲者は彼女だったのだ。

 

 

「わかるでしょ?君がどうするべきか」

 

「ああ…解って、いるよ」

 

 

彼女の望みは、至極当然のものだ。人でなくなっても、人としての尊厳を失う事無くその生命を終える。他の誰かを貪る存在となるなど、ましてや愛する妹の前でなど御免なのだろう。

 

そして、志貴の本能も告げている。目の前で弱っている『存在してはならないバケモノを早く殺せ』と囁き続けている。きっと、正しい事なのだ。彼女をこの手で殺すのは。

 

 

だが、志貴の理性は真逆の事も告げている。

 

 

『本当に、彼女を殺していいのか』と

 

 

一度命を失ってもなお、山瀬舞子という確かな意思を持って彼女は再び現れた。アルクェイドやシエルの説明の通り、度重なる偶然の産物に過ぎないのかも知れないが、自分や妹である明美からしてみれば奇跡に近い。

 

 

ネロ・カオスを早く倒せていれば、彼女は犠牲になる事は無かった。

 

そうすれば、妹と以前と変わらぬ日常を謳歌する事ができたはずだ。

 

 

 

志貴は短刀を握った右手をゆっくりと頭上に翳す。志貴の行動を見て、舞子は柔らかく微笑むとゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

(俺は…)

 

 

もう、彼女を2度も殺したくない。

 

 

そう理性が強まる志貴であるが、彼に舞子を救う手立てはない。

 

志貴に出来るのは、舞子の望む通りに存在を殺すことしか出来ないのだから。

 

 

蒼く染まった瞳で舞子の死…『点』の位置を見極め、振り上げた右手に左手を添え、ピタリと止める。後はその刃を死の点に通せば全てが終わるが、志貴の動作は余りにも緩やかであり、彼を知るアルクェイドから見れば『遅い』とされてしまうだろう。

 

それが、志貴自らへの僅かな抵抗だったのかも知れない。

 

こうして動作を鈍らせている間に、彼女を殺さずに済む手段が見つかるかもしれないと。

 

もう、あの時のような無念を味わう必要などないのだと。

 

 

(だめだ…俺には、やっぱり…)

 

 

 

他に手立てはない。

 

 

志貴には、彼女を救う事は、敵わなかった。

 

 

そう、志貴には。

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

振り上げた手首を冷たい感覚が走る。

 

見上げれば、短刀を握った腕を黒い装甲を纏った人物に握られている。

 

 

「お前が手を出す必要はない」

 

 

 

これは、ギリギリまで舞子を助けたいという志貴の願いが、通じたのかも知れなかった。

 

 

 

「今回の件は、俺にも一因はある」

 

 

 

「ゆえに、俺が始末をつける」




さて、信彦さんのいう「始末」の意味は?

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