Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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皆様、今更ですが雪の被害は大丈夫だったでしょうか…?
できれもう来年まで降って欲しくはないですねぇ

では、105話です!


第105話

山瀬舞子の人生は、あっさりと終わりを告げた。

 

テストの採点や事務処理に時間を取られ、気が付けば終電が終わっている時間。自宅は歩いてどうにか帰れる距離ではあるものの、妹の明美へ送る誕生日プレゼントを買う予定が台無しとなってしまった。

 

明日こそは早く仕事を切り上げ、プレゼントを買いに行こう。舞子は急ぎ職場である学校を出て近道である公園を抜けていこうとしたが…

 

 

 

「逃げろおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

公園の中央から聞こえた少年の声。

 

尋常ではないとすぐに察した舞子は声が聞こえた方向へと走り出した。

 

もし、少年が危険な目に合っているというのであれば空手の有段者である自分なら助けることができるはず。

 

だが彼女が目にしたのは現実とは思えない光景。

 

深夜の公園を覆い尽くす無数の獣と、それらを従える黒いコートを纏った不吉な男。

 

 

彼女の命運は、そこで尽きてしまった。

 

 

男の一言で獣の群れは標的を少年から舞子へと変更し、舞子は悲鳴すら上げられないまま貪り尽くされる。

 

 

見上げた月が真っ赤である事を最後に、山瀬舞子の意識は途絶えた。

 

 

 

しかし、途絶えたはずだった彼女の意識は唐突に目覚める事となる。

 

 

 

黒いコートの男…ネロ・カオスを倒した遠野志貴の破損した肉体を補うためにアルクェイド・ブリュンスタッドはネロの残骸である混沌の一部を志貴の肉体へと寄生させた。

方向性のない生命である混沌はすんなりと志貴の肉体と同化し、数カ月もすれば完全に志貴の肉体へと変わり果てるというのが、アルクェイドの見立てであったが、この後にアルクェイドですら予測が出来ない事が生じる。

 

吸血鬼ロアとの死闘を繰り広げた志貴の眼は、死を視過ぎた為に発生した脳への負担を和らげるためにシャドームーン…月影信彦はキングストーンの力を志貴へと注ぎ込む。

結果、魔眼殺しの眼鏡であっても相殺しきれぬほどに強まった直視の魔眼を抑え、頭の痛みも無くすことに成功する。だが、キングストーンの効力が及んだのは志貴の眼に留まらなかった。

 

 

キングストーンの光は志貴の肉体へと溶け込みつつあった混沌へも届き、失いつつあった力を復活させてしまったのだ。

 

力を取り戻した混沌は志貴の肉体から分離し、意識が朦朧としたまま町を徘徊。その時、姿は宿主であった遠野志貴であった為に路地裏で遭遇したシエルは声をかけ、混沌自身も言われるがままに自分は遠野志貴であると認識していた。

しかし、アルクェイドに『志貴ではない』と看破され、逃亡した混沌はとある民家の前で立ち止まった。

 

 

(鍵の隠し場所、相変わらずだなぁ)

 

 

『山瀬』と書かれた表札を指先でなぞり、玄関前の植木鉢の下に隠された鍵で扉を解錠。深夜で寝静まっているであろう住人を起こさないように、忍び足でリビングまで移動する。

 

部屋を見渡し、なんら変わりない光景にふと口元が緩んだ。テレビの横に置かれたリモコンの定位置、カーテンの色、食器棚に置かれた母と妹と…そして自分のマグカップを見つめて。

 

 

(ああ、そうか。やっぱりボクは…)

 

食器棚のガラスへ微かに映る自分の顔。それは遠野志貴などではなく、かつてこの山瀬家に暮らしていた『山瀬舞子』へと戻っていた。

 

 

 

666の因子を司っていたネロ・カオスの統率する意思は遠野志貴によってその『存在』を殺されてしまった。フォアブロ・ロワインという人格を失った混沌はネロ・カオスとなるべきあらたな人格が必要だったが、理性を持つ因子は彼以外全てが本能に従う動物であった為、理性を持つ者が必要であった。

それが、死ぬ直前に取り込んだ『理性を持つ人間』…山瀬舞子だった。

 

 

(こんな事、彼の『一部』になっていなければ信じなかったなぁ…)

 

 

力を取り戻し、志貴から分離した舞子は首から下となる自身の身体に触れて、そう考えた。黒いコートの内側は再生を始めた無数の混沌でどうにか女性の形を保っており、触れて見ればコンニャクを思わせる妙な感触であった。

 

そして、意外に冷静に自分の状態を把握できたのは、志貴の一部であった事も起因する。

 

志貴の身体の一部を補っていた間、山瀬舞子としての意識は確かになかったが遠野志貴としての経験が、彼女へと流れ込んでいた。

 

だからこそシエルやアルクェイドと接触してもぎこちなくではあるが対応することが出来た。2人だけでなく、家族や使用人。そして彼の命を救った不器用ながらも優しい人物も、舞子は知っている。その優しい人物こそが、舞子の意思を取り戻すきっかけとなったのだろうが…

 

 

「ハゥッ!?」

 

 

悲鳴を上げた舞子は自身の身体を抱きしめるように膝を付く。ボコボコと音を立ててコートの内側にある黒い身体…彼女に宿る混沌達が飢餓感により『食事』を求めて飛び出そうとしていた。

 

 

(ダメ…このままじゃ…)

 

 

一度殺された自分ならば分かる。獣の因子を開放したが最後。目の前に『餌』がある限り混沌は全てを飲み込み始める。きっと今眠りについているであろう母や妹も…自分と同じように。

 

(それだけは…ダメ…!)

 

 

立ち上がった舞子は冷蔵庫へと駆け足で移動し、収納されていたありったけの食料品を自身の腹へと押し込める。ビニール袋等で包装されていようが関係なく次々に飲み込まれていく食料品。段々と空へと近づいていく度に、もしこれで満足しなければ、他の手近にある人間へと手を伸ばしてしまうかもしれない不安に駆られる舞子は一心不乱に食料を取り込み続けた。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

 

どさりを床へと倒れた舞子は天井を見つめながらも安堵する。冷蔵庫だけでなく乾きものであるインスタントの麺類も袋ごと取り込んだことで、どうにか静まることができた。周囲には飛び散った食料品の残骸が広がっており、もしこの惨状を妹や母が見つけたら強盗が入ったと思われてしまうだろう。しかし、その程度の誤解で二人の命が助かったのなら安いものだと考えた舞子は立ち上がり、2階へ続く階段を登る。

『まいこ』と平仮名でかかれたネームプレートを見てクスリと微笑みながらゆっくりと部屋を開けると、カーテンの閉め切った室内は舞子が最後に学校へ向かった時となんら変わりない、以前と同じ様子だった。

きっと、自分がいなくなってからも母や妹が生きていると信じて日頃から掃除をしてくれていたのだろう。

 

(けど、もう必要ないんだよ、明美。お母さん…)

 

 

こうして自我を取り戻したこと自体が奇跡に近いが、もう長くは続かない。その証拠が、先ほどの飢餓感だ。今ならまだ抑えられるが、いつ獣たちが舞子の身体から飛び出し、人間を餌食にするかわからない。

そうなる前に、決着を付けなければならないと、コートのポケットに入ったモノを握りしめる舞子の耳に、聞きなれたドアの開放される音が、聞こえてしまった。

 

「お、お姉ちゃん…お姉ちゃん、だよね?」

 

「明美…」

 

 

パジャマの上にセーターを羽織った妹の明美…直前まで寝ていたのだろうか、トレードマークであり姉とお揃いであるポニーテールを解いてストレートとなっている黒髪のあちらこちらに、寝ぐせが見られる。

舞子が名前を呼んで感極まった明美は涙を浮かべて飛びつこうとしたが…

 

 

「やっぱり…やっぱり生きてたんだね、お姉ちゃん!」

 

「来ちゃダメッ!」

 

「えっ…」

 

 

ピシャリと言い放った舞子の言葉に明美は固まってしまう。あれほど慕っていた姉に拒絶され、歓喜から悲哀へと表情を変える妹に、舞子は諭すように、優しい声を向ける。

 

 

「明美…ごめんなさい。いきなり大声を出して。でも、聞いて。お姉ちゃんは、死んじゃったの。でも、今日だけは神様が家族にお別れしてきなさいって許しを貰って帰ってきたの」

 

 

幼い子供に伝えるような、陳腐な嘘を口にする舞子は幼い子供のように泣きじゃくる明美は混乱するばかりだ。

 

 

「なに、それ…全然分からないよ!お姉ちゃんが死んじゃって、それでお別れなんて…」

 

「本当に、私は死んだの。もう身体もなくなって、こうなっちゃったの」

 

「ひっ…」

 

 

舞子はコートを開放し、自身の肉体を明美へと晒した。悲鳴を上げることも無理もない程に、舞子の身体はどうにか人間の形を保った『何か』であったからだ。

 

 

「だからこれでお別れなの。ごめんなさい。最後に明美の笑った顔が見れたらよかったんだけど、これじゃあ難しいよね」

 

コートを翻した舞子は、立ち尽くす明美の横をぬけ、玄関へと目指した。

 

「それと、最期にお姉ちゃんとの約束。どんなに遅くなっても、夜の公園には近づいちゃダメよ」

 

「お、お姉ちゃ―――」

 

 

その言葉にどのような意味が含まれているのか。尋ねようと明美が振り返った時には、舞子の姿はもうなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうじき太陽が昇ろうとする時刻。

 

舞子は人間として最後を迎えた公園のベンチに腰かけていた。

 

ここならば、『彼』は来てくれるだろう。互いの顔も良く分からないし、名前すら知らなかった同士であったのだが、この短期間は同じ身体を共有していた。

それに、互いに『嫌な記憶』として残っているのがこの公園だ。確実に、いや絶対に来る。

確信した舞子が外灯を見つめる事数分後に、彼等は現れてくれた。

 

 

「………………………………」

 

 

急いでこちらにやってきたのだろうか。舞子をなんとも言えない表情で見つめる遠野志貴の服装は下がジーンズではあるが上着は寝間着の上にジャケットを羽織った姿がどこか笑える。

鏡で志貴の顔を見てはいたが、こうして本人を目の前にすると思った以上に幼い顔をしている。

彼が、この後自分の死神となるというのに、舞子は笑いながら立ち上がり、志貴と相対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

志貴の左右に立つシエルとアルクェイドの表情は硬い。

 

それはそうだろう。一瞬とは言え、彼女を志貴と誤認した上に取り逃がしてしまった事に対して、2人は今回に限り妙な連携を見せている。

公園に向かう途中口論も起きてはいたが、今となっては些細な問題だ。

予めアルクェイドとシエルからは彼女の正体がネロ・カオスの残滓であり、後継者であるという説明は聞いている。そして、彼女を殺せるのはやはり自分しかいないのだと。

 

ネロ・カオスを倒すには肉体を構成する獣を数匹殺しても、統率者であった人格を殺しても意味はない。消し去るならば、666の命を同時に奪わなければ幾度となく再生する。

以前は志貴の直視の魔眼により『ネロの存在そのもの』を点として突き、倒すことができた。

今回も同じことをすればいいだけの話だったのだが、志貴は戸惑っていた。

 

 

同級生である山瀬明美の姉が行方不明で、その時期がネロ・カオスとの戦った日と重なっていた。そして何より、自分の身体を補い、分離した今だから分かる。

目の前に立つ混沌となろうとする女性こそが、山瀬明美の姉なのだと。

 

 

無意識に拳を握りしめる志貴に、舞子はコートのポケットでずっと握りしめていたモノを放り投げる。

 

ヒュンヒュンと風を切り、自分の眼前に迫ったモノを受け取った志貴は眼を丸くする。彼女が投げたのは、志貴のナイフだった。

 

舞子は志貴から分離した直後、まだ山瀬舞子と遠野志貴の意識が混ざり合っていた状態でナイフを手に取り、街へと徘徊していた為に、ずっと持ち続けていたのだろう。

志貴も突然にアルクェイドに連れられてきたために碌に確認せず外出したので、今の今までナイフの存在をすっかりと抜け落ちていた。

 

 

「…大事なものなんでしょう?しっかりしなさい」

 

「返す、言葉がないよ」

 

 

なぜだろう。これから殺し合うというのに、妙に親近感が湧いてしまい、笑ってしまった。

自身と同じ肉体であった為か、彼女が生前に教師という職業であったためか、理由は定かではない。

しかし、こうして自分に武器を投げ渡したという事は、それが彼女の答えなのだろう。

 

志貴も理解している。

 

もう、舞子は人間に戻れない。放っておけば、センチュリーホテルで起きたように一夜で数百人規模の犠牲者を出してしまうかもしれない。

 

止められるとしたら、今しかないのだと。

 

 

そして…そうなる前に自分を消して欲しいというのが、彼女の答えであると。

 

 

 

「さぁ、私の命。消せるのかしら?」

 

 

偽悪的な言葉と共に舞子の身体がら顕現した漆黒の虎や狼。

 

爪と牙を尖らせて迫る獣に対し、志貴も眼鏡を外して駆け出していく。受け取ったナイフを逆手に持ち、蒼色に染まった眼は迫る獣の『線』を確実に捉えた。

 

 

「フッ!!」

 

 

息を短く吐くと同時に繰り出されるナイフの一閃で虎と狼は難なく二つの肉塊へ変わり、再び混沌へと溶け込んでいく。

 

自身の眷属が倒されたというのに、無防備に両腕を広げる舞子の様子に警戒するアルクェイドとシエルだが、志貴だけは分かっていた。

 

 

確実に、自分の『点』を突け。

 

 

自分という存在を許すな。

 

 

志貴も分かっている。

 

遠野志貴には月影信彦のような力はない。自分の眼を癒し、アルクェイドの吸血衝動を除去した万能とも思わせる、あの力は。信彦であれば、彼女をどうにかできたかもしれない。

 

自分には、殺すことしかできないのだから。ならば、彼女の望む事をしよう。

 

目前に迫った舞子は、静かに目を閉じる。

 

 

あとは、彼女の胸に映る『点』を突けば、終わる。

 

 

それで、終わるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「なッ―――!?」

 

 

驚きの声は、誰のものであったのか。そんな事にかまけている人物はこの場に誰一人としていない。

 

 

その人物は、どうしても突然現れ、去っていった姉の行方を捜して、最後に言った「公園」という言葉を頼りにここへ現れてしまった。

 

 

 

山瀬明美の登場に突然と目を向けてしまった舞子は自分を呪う。

 

直前に志貴によって切り裂かれた養分を補充しようと、彼女の意思に関係なく飛び出してしまった数匹の獣。突然の事に唖然としたシエルとアルクェイドはそれぞれ攻撃の構えを取るが間に合わず、対応できたのは志貴だけだ。

 

 

 

志貴は歩みの遅いワニへと飛び乗り、頭頂部からナイフを突き立てて再起不能にし、続いて頭上を飛び越えようとした猛禽類へナイフを一閃させたが、最後の一匹が間に合わない。

 

漆黒の虎が明美へ食らいつこうと大きく顎を伸ばし、明美も突然の事に思わず目を瞑ってしまう。

 

 

「させないッ!!」

 

 

虎は明美の頭を噛み砕く直前に舞子によって押し倒され、バタバタと手を動かすがしがみ付いた舞子によって未だに立ち直れない。

 

 

「お、お姉ちゃん…」

 

「舞子、下がって!」

 

 

必死の形相に明美は言われるがまま数歩下がるが、状況の理解が追い付かず、姉を見つめたままだ。

 

体躯を遥かに上回る大型の虎が相手だと言うのに、舞子は虎の首を締め付け、押さえつけている。もう、人間ではないという言葉を信じる他なかった。

 

 

 

「何をしているの…早く!」

 

 

鬼気迫る声で発破をかけてくる舞子に、志貴はナイフを握る力を込める。

 

彼女の言う事は、分かる。

 

今のうちに自分ごと虎を殺せということぐらい、志貴にだって分かる。

 

 

だが、いいのか。今、目の前に同級生が…舞子の妹がいるというのに、彼女を殺してしまって…

 

 

逡巡する事すら下らない事と分かっているのに、躊躇を見せる志貴を誰が責められるだろうか。

 

 

アルクェイドも、シエルも、そしてこの場にはいない月影信彦だって今の志貴を責められない。

 

 

たとえ人間でなくなったとしても、妹の前で、姉を殺すなど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならば、ワタシが代行するとしよう」

 

 

 

 

 

音もなく現れた仮面を被ったソイツは、なんの迷いも見せずに巨大な鎌で虎ごと舞子の背中を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(なん…だ。なにが、起こったんだ?)

 

 

 

 

志貴の思考が追い付かない。

 

 

数秒前まで、生きていた舞子も、虎もピクリとも動かない。いや、虎はとうに混沌へと溶け込んだはずだが、溶けたまま水たまりのように動かない。

 

そして、舞子は口から血液を流し仰向けに倒れていた。

 

 

 

「イヤアアアァァァァァァァァァッ!!お姉ちゃん、お姉ちゃん!!!」

 

 

悲痛の叫びに我に返った志貴の視界に映ったのは、胸に大きな切り傷を残して倒れ、短く呼吸を繰り返す舞子と、膝をついて彼女を揺さぶる明美。

 

 

そして、明美の背後に立ち、鎌を振り上げる仮面をつけた男――――。

 

 

志貴は自分でも信じられない程の瞬歩で男に迫り、ナイフを真横に走らせた。だが、男の姿はとうに無く、完全に安全圏である間合いにゆっくりと着地していた。

 

 

 

「危ないな。何をしてくれるんだ?」

 

「それは…こっちのセリフだ」

 

 

奥歯を噛みしめ、男を睨む志貴。

先ほどあった躊躇など微塵も見せず、男を殺したいという衝動に駆られながらも、背後にいる明美達を庇うように、刃を構えた。

 

 

 

 

 

 

「うそでしょ…?」

 

 

アルクェイドの言葉にシエルも同様の心象だ。

 

突如として現れた仮面とマントを纏った男は、混沌となりかけている女性に重症を負わせた。

 

本来、こんな事はあり得ない。

 

攻撃を受けたとしても、混沌の命全てを奪わなければ死ぬことのないネロ・カオスになろうとしている舞子が傷を塞げず、今も血を流すなど。

 

 

(あの鎌が概念武装の一種…?いえ、それ以上でなければ傷を負わす事など…)

 

 

口元を抑え、必死に推測するシエルだったが、その思考は志貴の言葉によって中断される。

 

 

 

「なぜだ…」

 

「ん?」

 

「なぜ、あの子まで殺そうとした?」

 

 

志貴の差す対象が今も姉の隣で泣きじゃくる少女…明美であると察した男は、現れた時と同じく静かに告げる。それが、さも当然であるかのように。

 

 

 

「救いだよ」

 

「救い…?」

 

「そうであろう?たとえ化け物となろうと姉の死というのは、彼女を永遠に縛り付ける。それは、とてつもなく残酷なことなのだよ…」

 

「何を…言っているんだ」

 

「ならば、その苦しみをこの場で絶つ事が、少女の幸福に他ならない。だからこそワタシは―――」

 

 

 

それ以上は言わせなかった。志貴は再び地を蹴りたった一歩で男の間合いへと入り込み、次々を攻撃を繰り出す。だが、志貴の攻撃を男は紙一重に回避しては再び距離を置いてしまう。

 

 

「難しいな。互いの攻撃が『必殺』となってしまった場合となると…」

 

「…………………」

 

「ワタシの武器も君の眼程ではないが強力でね。自然以外の治癒ができぬ傷を作ることが出来るらしい」

 

「っ…!」

 

 

目を見開く志貴は合点が言った。今は少なからず頭が冷えて確認できたが、舞子の傷が治らず、液状となってしまった虎を取り込み事が出来ない理由。

 

 

確かにロアはいくら獣を殺そうが、一度に因子全てを殺さなければ瞬く間に回復する。だが、もし因子のどれかに癒えない傷を負ってしまえばどうなるか。

 

 

「ネロとしての、構成ができない」

 

そう口走ったアルクェイドは妹に傷口を懸命に抑えられる舞子を見る。

 

それまでのネロであれば傷を負っても強引に命を練り合わせ、元の姿に戻ったであろう。だが、混沌による復元ができない傷を作ってしまえば、ただ傷口から血を流すことしか出来ない。そして恐らく深々と突き刺さった傷は舞子だけでなく、複数の因子にも及んでいるはず。志貴とはまた違った形での『死』を与えたのであろう。

 

あの鎌が相手では、もう月の加護をほぼ断ち切ってしまったアルクェイドはもちろん、ロアの消滅によって不死身でなくなったシエルですら太刀打ちできない。

 

だが、そんな事は志貴には関係なかった。

 

 

「ッ!!」

 

 

ナイフを逆手に迫る志貴に今度こそ接近を許してしまった男は鎌の大振りが出来ず、志貴の攻撃を鎌の柄でどうか弾き、回避を続ける。

 

 

 

(まだだ…まだ、まだ、まだ、まだ、まだ…あの時のように…こいつの『点』を…)

 

 

頭に響く痛みなど無視し、攻撃を続けながら男の「点」を捜し続ける志貴。男の身体に走る線はやがて濃くなり、わずかながら点が現れ始める。

 

 

(まだだ…こんな小さな『点』なんかには用はない。必要なのは、こいつを直ぐに殺せる大きな『点』――――)

 

 

直視の魔眼の力を全開まで引き出そうとする志貴。信彦に癒され、シエルからは使用を控えるように忠告されようが、今の彼はもう止まらない。

 

 

背後で明美の泣き声と、止めるように叫ぶアルクェイドとシエルの声も聞こえない。

 

 

ナイフの刃と鎌の柄が激しくぶつかり合い、火花が散る中で、志貴の頭痛はさらに強まる。

 

 

細かった『線』は太くなり、『点』は大きくなる。

 

 

そして…志貴の『蒼色』の瞳がやがて『碧色』へと変わった瞬間に、『視えた』

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

「貴様…見たな?」

 

 

 

 

男の身体の中に『ソレ』を見た志貴の動きが止まった瞬間を、男は見逃さなかった。

 

男の膝が志貴の腹部へとめり込み、志貴は衝撃が殺しきれずに背後へと吹き飛んでしまう。砂利に身体を引きずられて身体が止まる頃には腹部の鈍痛と頭痛により立ち上がる事すらできなくなってしまった。

 

 

 

「がぁ、ふ…」

 

 

呼吸がままならない志貴の首筋に、鎌の刃が当てられる。

 

 

 

「死を見る君の両目は警戒はしていたが、まさか見るにまで至るとは思わなかった。世紀王も余計な事を…やはり、今日中に片づける事は正しかったようだ」

 

 

男の独り言の意味は理解できないが、このままでは殺される。手に持ったナイフに力を込めるが、胸を踏みつけられてしまっては動きようがない。息を切らす志貴を見下ろす男は今度こそ両手で鎌を持ち、振り上げる。

 

男の攻撃を警戒していたアルクェイドとシエルが急ぎ接近するが、もはや手遅れ。

 

振り下ろされた鎌が志貴の首を胴体から切り離そうと迫る最中、緑色の光球が男を噴き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「まさか…生きていたとはな」

 

 

吹き飛ばされながらも着地した男の視線の先に、志貴達も思わず振り返った。

 

 

 

砂利を踏みつける足音と共に現れたその男は、全身血だらけであるにも関わらず、隙一つ見せない佇まいで志貴の前に現れた。

 

 

 

「つ、月影さん…」

 

胸を押さえて信彦の名を呼ぶ志貴。

 

彼の纏うコートや衣服が血だらけであり、無数の傷口が全身に走っている。

 

 

そんな状態でも、彼の眼は敵への怒りに満ちていた。

 

思わずゾクリと寒気を感じてしまう彼の雰囲気に飲まれてしまう志貴に、信彦は告げる。

 

 

 

「下がっていろ志貴…交代だ」




信彦さん鎌によって付けられた傷はどうなっているかは、また次回!

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