FGOの福袋にて昨年大爆死したエレキさんがすんなり召喚した事になんとも言えない感じでの年明けとなりました。
こんな感じでございますが、今年もよろしくお願いします。
103
日付が変わり、人間の言葉で表せば丑三つ時に迫ろうとする時間。
月影信彦は当てもなく夜道を歩き続けていた。彼の行き先を照らすのは僅かな街灯と月明かり。だがその月も大半が欠け、ほっそりとした三日月のためか心細さを感じてしまう。
だが、信彦にとっては些細な事であった。こうして人通りもなく、不用心に出歩いていれば目的の存在に迫る事ができるからだ。
(まーったく、自分自身をエサにするとはねぇ。これでボウズだったらくたびれ儲けって奴じゃん?)
「黙っていろ」
相変わらず口の減らない同居人に短く対応した信彦は速度を緩めずに歩き続ける。無論、襲撃に備え注意を払いながら、だ。
(それにしても懐かしいわね。こうして夜中に出歩いて、吸血鬼を探していたのよね)
(そーそー。あの時は信ひーったら孤高ぶっちゃってもう…)
「……………………………」
頭の中で数か月前の出来事を語り始めた碧月とアンリマユに構わず無言を貫く信彦。しかし、碧月の言葉通りに信彦は目的は行動を起こしている。以前はいらぬ誤解を抱く魔術協会や聖堂教会と鉢合わせしないために騒ぎを起こしていた吸血鬼を始末するという目的があった。
しかし、前回と異なり信彦が動き出した事には複数の要因が重なったためだ。
碧月が感じたという殺気を放った謎の存在。
シエルから聞かされた普段とは異なる雰囲気を醸し出した遠野志貴と惨殺死体。
そして、志貴とは無関係の場所で起きた殺人事件。
特に3番目の4人もの犠牲者が出たという事件は公になっていないという事に信彦は強い疑問を抱いた。
志貴が遭遇した遺体に関しては目撃者が出てしまったが既にシエルたち聖堂教会によって情報操作を行っているようだったが、首を刈られた事件に関しては未だ広がっておらずシエルは『公にできない』と口にした。その言い回しは情報が広がると『誰か』にとって都合が悪くなるたなのだろう。
その『誰か』は現時点では不明であるが、他の2つも合わせ偶然に起きたとは考えられないというのが、信彦の考えである。
(なんだぁ?いきなり推理始めるなんて今日から探偵でも始めんのかい?)
(あら、信彦が探偵なんて素敵!でも、浮気調査とか難しそう…)
(そらねー、こやつに男女の関係なんざ小学校からやり直した方か)
「論点をずらすな貴様ら」
自身の将来を勝手に確定しつつある2人に黙っていられず口を挟んでしまった信彦であった。
夜道を黙々と進む事数十分。
(オイオーイ。全然引かないぜ旦那)
「2分毎に同じ言葉を口にするな」
移動中、このような不毛な会話が繰り広げられているのは忍耐できぬアンリマユが原因なのか、アンリマユの不満を逐一計測する信彦の細かさが原因なのか。碧月は二人のやり取りに思わず笑いを堪える事に必死であった。同時に、安らぎも感じていた。
この二人が一緒にいてくれるのであれば、日中に見かけた人物と遭遇しても、もう大丈夫。恐れる事はない。
その考えが、ただの楽観視であったと彼女は思い知る事となった。
「っ!?」
信彦は背後から接近する物音に急ぎ振り返るが、視線の先には誰の姿もない。何者かが自分へ近づいたのは間違いないと判断した信彦は身構えたまま周囲を警戒するが、信彦の視線では見つかるはずがなかった。なぜならばその来訪者は、信彦の足もとへ
現れたのだから。
「ナー」
(おやまぁ、これはまた小さな刺客さんだこと)
確実にニヤニヤとしているはずであるアンリマユが言う通り、信彦が察知した存在は彼の足へと頭を摺り寄せている黒い猫なのだろう。夜中であるためか黒い毛並みは一層周囲に溶け込み、外灯の明かりで妖しく反射されることでようやく存在が掴める程度だ。
(少しばかり気を張り過ぎてないかい?だからニャンコちゃんを近づいてもいねー不審者と間違えちまうんじゃん?)
「………………………」
今回ばかりはアンリマユに反論できずにいる信彦は確かに些か過敏になり過ぎていたのかも知れんと、視線を突如現れた猫へと戻す。黒い猫は信彦の足から離れると今度は床へと寝転がり、背中をアスファルトへと擦りつけている。いや、あれは腹部に触れろという合図なのかも知れない。
まるで今の自分とは正反対に無防備である猫から嘲笑いを受けているかもと誇大して解釈する信彦の背後から気の抜けた声が響いた。
「あ~そこにいたのか~。どーもすいません、それウチの猫で…」
振り向かない信彦の横を通り過ぎたのは、若い男性のようだ。猫の飼い主を自称する男は猫の前で屈むと手にした猫じゃらしをチラつかせる。
「こーらこら。駄目じゃないかぁ勝手にいなくなっちゃ…」
聞くだけでもこちらが脱力してしまうような男性の声に、不用心なのは猫だけでないと力のない笑いを浮かべるアンリマユ。今回信彦が身体を張って釣れた相手が小動物とそれを探し回っていた一般人では、見事失敗と言ってもいいだろう。
今日のところは引き上げた方がいい。信彦も碧月の不安を少しでも和らげるための行動だということは分かるが、シエルの来訪も含めて色々と焦り過ぎだ。
このまま踵を返し、ホテルでゆっくりと休むよう一言伝えようとアンリマユが口を開くより早く、信彦は動いていた。
今しがた現れた男性の頭頂部目がけて、信彦は右手に顕現させたシャドーセイバーを振り下ろしたのだ。
(ちょ―――――)
アンリマユは自分達に何も告げる間もなく攻撃を放った信彦を止めようとするが、もう間に合わない。なぜ、信彦が通りすがりの一般人に手をかけたのかという疑問は、さらなる驚きによってかき消される。
「っ…」
振り下ろされたシャドーセイバーの甲高い音に全身の毛を逆立てた黒猫はとうに逃げ出し、暗闇の中へと姿を消した。その場に残ったのは剣を下ろしたままの信彦と―――
「…背後からの不意打ちとは、随分と行儀の悪い。だが、殺すだけという点に関しては効率的ではあるな」
膝を付き、立ち上がらぬまま頭上へ掲げた巨大な鎌でシャドーセイバーを受け止めいた男のみ。
「いつもまでも剣に力を込めたままでは疲れるだろう?」
「っ?!」
男は立膝。しかも振り返る事させず手に持った大鎌を回転させ、信彦の喉がけて刃を走らせる。敵の狙いを察した信彦は急ぎバックステップで回避。十分に距離を取ると、指先で自身の首筋へと触れた。
触れた箇所には薄っすらとだが赤い線があり、血液が音もなく流れていた。
「回避したか。流石にあの程度では首を落とさせてはくれないか」
立ち上がり、振り向いた男の目を見た信彦はシャドーセイバーを握る手を自然と強めた。
冷たい。
男の瞳は目を合わせただけで相手を凍てつかせるほどに、冷たいと感じさせる。魔術協会や聖堂教会の刺客から向けられる『憎悪』や『妬み』などといった負の感情。それだけでなく人なら持ち合わせているであろうどの感情すら読み取れなかった。
「どうりで接近を許してしまうはずだ…」
(おいおいどういうこったよ。さっきだって猫の気配にだって敏感だったアンタが何で気が付かなったんだ?)
「お前の言う通り。さっきまで俺は小動物の気配にすら大げさに反応した。それ程にまで周囲を警戒していたというのに、この男は突然現れて俺の横を通り過ぎた」
信彦の言葉に、アンリマユは遅すぎる寒気に駆られた。シャドームーンの姿を変えていなかったと言えど、月影信彦の五感は通常の人間のそれを遥かに凌駕している。だが目の前の男は信彦をもはやレーダーに近い察知能力を掻い潜って接近をするなど、アサシンの気配遮断スキルを持ってしなければ不可能な事だ。
「いや、そんなスキルなど必要ない。この男には、俺に何も向けていない。ただそれだけだ」
(あぁ?ますます解んないんですけど?)
「…お前は道を通る時、足元に小石などあったらどうする?いちいち殺意を向けるか?」
(おいおいこんな時にナゾナゾか?そんなん抱くほど小石とは仲良くなれないっての。無視するか蹴飛ばすか…ってなぁ信さん。このお兄さんって)
「ああ、その通りだ。この男、他の者にはどうかは知らん。だが、俺には全く興味というものがないらしい」
そう言ってシャドーセイバーを強く握る信彦の怒りがアンリマユへと伝わる。今まで散々悪感情を向けられていた信彦にとって真逆の対応だがそれはそれで腹立たしいのは間違いない。
だが、だからと言って信彦が先手を打つ相手であるのかは疑問であったが、シエルから聞かされた公にできない事件の手口を思い出した。
『実は、遠野君が出くわした件以外も、もう一つ殺人事件が起きていたんです。表沙汰にはなっていませんが、今週で4人の死者がいます』
『私の使い魔も断片的にしか犯人の姿を捉えていません。唯一確認できたのが―――』
『犯人は男であり、巨大な鎌を持っていたという事です』
(ドンピシャじゃねぇかよ…)
率直な感想を唱えたアンリマユは信彦の咄嗟に出た行動が自衛にも繋がっていたとようやく理解する。もし同じ手口で4人もの人間が殺されていたのら、もはや不意打ち以外に防ぎようがなかった。
そして相手の手口以上に、その精神の方が恐ろしい。
人が人を襲う、または殺す時には必ずなんらかの感情が表面にでる。それが『殺意』というものだ。卓越した暗殺者ですら自らの気配を断つとしても殺す一瞬に対象へ『意識』が向けられ、一部の人間はこの意識を捉える事で回避できる。
だが、この男にそれはない。
そうでなければ、信彦が攻撃の回避が遅れるという事などまずありえなかったのだから。
(随分と面倒な相手が殺人犯だったみてぇだなぁ碧月ちゃん…碧月ちゃん?)
(あ…あぁ…どう、して…)
(お、おい…どうしたってんだ?)
先ほどから静かであった碧月へと目を向けたアンリマユは焦燥にそまり、怯えている彼女の姿を見た。
(に、げて信彦…)
「何?」
(逃げて信彦!その人…その人なの!)
(昼間、遠くから私を見ていたのはッ!!)
意識の中で響く碧月の絶叫と同時に、男は動いた。
手にした大鎌を頭上で旋回し、風切り音と共に地面目がけ振り下ろすと、無数の斬撃が信彦目がけて飛来する。カマイタチとなった斬撃が迫る中、信彦は残る左腕にもシャドーセイバーを出現させると眼前で交差。刃から緑色のエネルギーを放出させ、自身に迫る風の刃と相殺させる。
攻撃が止まり、大鎌を肩で担ぐ男の表情は、やはり冷たい。
「見事なものだ」
本心から言っているとは到底思えない賛辞に、信彦は自分の番であるとシャドーセイバーを消し、右拳を腰に添え、左腕を前方に突き出した。
「ワタシの攻撃を
「ッ!?」
男の言葉を発したと同時に、信彦の全身から血が噴き出した。
「ば、かな…!?」
見れば手足。胴体に至ってまで無数の傷が刻まれ、信彦の衣服を血へ染めていく。遅れて全身に広がる痛みに耐えようと神経の遮断を試みるが、膝を付いてしまう方が早く、自身の血液で生まれた赤い水たまりへバシャリッと音を立てて沈む信彦に男はゆっくりと近づいていく。
「先ほどの攻撃は視認できる斬撃と視認できない斬撃を合わせて放つ技。受けるのではなく、回避に徹していればそこまで傷つくことはなかったかもしれない」
「き、様。何者だ…」
こう言って、キングストーンの力を全身に巡らせることで治癒を図ろうとした信彦であったが、傷は塞がることなく血液が止まる事無く流れ続けていた。
「ぐっ…!」
「無駄だよ。この鎌…ハルペーで付けられた傷は彼女の力を使ったとしても塞がることは無いらしいからな」
男の言葉は、どこまでも信彦達の心を揺らし続ける。
ハルペー…ギリシャ神話の登場人物が持つ不死身殺しとされている神剣の一つであり、かのメドゥーサの首を斬り落とした鎌だ。もし、その鎌が本物だとしたらキングストーンの力による治癒が遮断され、自然回復でしか傷は塞がらない。
そして男は言った。『彼女』と。
つまりこの男はキングストーンの意思である碧月の存在を把握しているという事だ。
「動かない方がいい。君達の出現は想定外だが、ワタシの行動は君達にとってメリットでもあるはずだ」
「なん、だと…?」
何人もの人間を手にかけた男が突然言い出した事に傷の痛みも相まって分析が叶わない信彦に、男は淡々と告げた。
「この街で方針を決めようとした最中に相も変わらず醜い連中を見つけてしまってね。そこでワタシが処理を始めた。ただそれだけの話だよ」
ますます分からない男の言い分に、血の池に沈んていた信彦は震える腕で起き上がろうとするが、力が抜けてしまい、再び水音を立てて床へと倒れてしまう。
「ああ、いずれは君達も始末するから安心したまえ。これから最後の仕上げに向かうところだからね」
言うと男はどこからともなくマントを翻し、自身の身を包む。懸命に首だけを動かした信彦の目の前で、男の姿は徐々に薄れていった。
信彦の視線に気が付いたのか、男は消え失せる中で先ほど問われた事への解答を口にする。
「そう言えば名乗っていなかったな。この肉体と武器はペルセウスと呼ばれた男のようだが、宿る魂と精神は違う」
「私はマキュリアス。かつてクライシス帝国の星騎士であった者だ――――――」
信彦の意識は暗転する。
押し寄せられた多くの事柄を理解できぬままに。
さて、まずは覚えている方がいらっしゃるかというぐらい久々の登場である水星さん。
果たして彼の標的とは…?
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