Fate/Radiant of X   作:ヨーヨー

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今回は前々回最後の補完と導入、といったお話となります。

では、101話をどうぞ!


第101話

いつの間に部屋を抜け出しかは定かではない。気が付けば、路地裏で身を屈めて吐き気を我慢している自分がいた。

 

どこか見覚えのある繁華街の路地裏に広がる、血と肉片の海。

 

それも人間一人分のものではない。複数の…少なくとも3人以上の人間が分解されたはずだ。

 

 

(でも…どうして…)

 

 

どうして、自分がこんなところに立っているのか。確か日付が変わった頃。ふと目が覚めてしまい、外の空気を吸いに行こうと部屋を、屋敷をでた直後に身体に異変が生じた事は確かだ。

 

自分の中に、自分以外の鼓動を感じた。

 

それがただの気のせいだと信じたかったが、時間の経過と共に増大するソレに耐え切れず膝を付いた時に、視界が暗転した。

 

 

 

目に浮かぶのは、真っ赤な月と、どこまでも辿り着くことなく広がる黒。

 

 

 

これが意味する事が何であるのか、何処であるのか知る由もない。ただ確かなのは、この惨状が現実である事。そして自分の手に血液が付着しているという事。ならば、自分が起こしたのか。自分が、殺したのか…?

妙な感覚に陥った後、顔も知らない人達を路地裏へと追い込み、顔の形も分からなくするまで殺し続けた…

 

 

(ほんとうに、ボクが…)

 

 

今考えられる最も簡単な推測を浮かべ、呼吸を乱した彼の背後から、何者かの靴音が響く。異変に勘付いた何者かが接近するが、彼は動けない。自分が疑われしまうという焦りよりも、自分がこの惨劇を起こしてしまったのかという恐怖が勝っていたのかもしれない。

 

 

大きくなる足音。距離を縮めていく者に対してなにをする訳もなく、ただ振り返るだけの彼に彼女は学校の廊下で行き会ったように、軽い挨拶をするのであった。

 

 

 

「こんばんは、遠野くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前。

 

 

 

 

美咲街の繁華街を歩くその人物を見て、すれ違った通行人たちは誰もが振り返る。

 

 

春を過ぎて、まもなく初夏が間近となり薄着へと切り替える時期へと差し掛かる中、その人物は黒いコートを羽織り、服装もグレイのタートルネックに黒いズボン、ブーツまで黒一色という徹底ぶりだ。だが人々が注目した点は服装ではなく、纏った人物にある。

 

 

陽の光に反射し、煌びやかな輝きを放つと思わせる白銀の長い髪。

 

濁りなど一切なく透き通るような白い肌。

 

そして見た瞬間は驚き、見つめ続ければどこか暖かさを感じさせてくれる暖炉のように紅い瞳。

 

 

まるで絵画から抜け出したかのような輪郭と肢体を持つその美女に、性別の違いなど関係がなく見惚れていた。のだが…

 

 

 

 

「見て見てシエル!あのお洋服かわいい~!志貴くんの妹さんに似合いそうじゃない?あ!あっちにあるのって―――」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!サイズが合わない靴でそんなに走ったら…」

 

「大丈夫!これくらならなんとも…きゃっ!?」

 

 

街の風景や店頭を目にして、瞳をキラキラと輝かせる女性は同行者へと呼び掛ける。天真爛漫に道を駆ける姿を見てシエルは注意を口にするが、彼女の予測通りに女性は振りむいた際に足を滑らせ、尻餅をついてしまった。

 

 

「もう、言わんこっちゃないんですから…」

 

シエルは額に手を当てつつも女性へと駆け寄って手を差し出す。キョトンと首を傾げる女性であったが、それが自身を起こしてくれるためであると理解し、笑顔でシエルの手を取った。

 

「アハハ、ごめんなさい」

 

ゆっくりと立ち上がる女性の靴は、シエルの指摘した通りに彼女のサイズにはあっておらず、指2本ほど余裕がある程だ。靴だけではない。ズボンも丈が合わず裾部分を捲っており、コートの袖も彼女の手首が隠れてしまう程に大きい。なぜここまで彼女に合わない衣服を纏って外を歩いているのか、シエルは恐る恐る改めて彼女へと尋ねてみる。

 

 

「あの…私が言うのも烏滸がましいのですが…服、どうにかならなかったのですか?」

 

「え?別に寒くないわよ?」

 

「そういう意味じゃなくてですね!?えっとあの…もう少し、貴方に似合った服とか…」

 

「う~ん。確かにそうかもしれないけど…」

 

 

シエルの指摘を受け、顎に指を当てて悩む女性。その仕草だけでも同性であるシエルさえ不覚にも可愛らしいと思える程である。

 

 

(見た目は私より上のはずなんですけど…何でしょうこの敗北感)

 

「あら、どうしたの?お腹すいた?」

 

「い、いえ!なんでもありませんから」

 

 

そう、とシエルの言葉を聞き心配する表情から優しい笑みへと変わった女性の顔は街中を駆けまわった少女ではなく、年相応に、そして慈愛に満ちた表情を見せる。心配させてしまったこちらが悪いような罪悪感が浮かんでしまうシエルは、話題を逸らそうと先ほど尋ねた服装に関して聞いてみるが、女性はどこか諦めたような声で応答する。

 

 

「…やめておくわ。もし私が服を着たとしたら、信彦に迷惑をかけてしまうもの」

 

「まぁ、言われてみればそうですが」

 

「でも、いつかは普段とは違う色の服も来てみたいのも確かよ。その機会があったら、選ぶのを手伝って貰える?」

 

「それは、もちろんですよ。碧月さん」

 

「フフッ、ありがとう」

 

 

お礼を言う碧月の微笑みにつられて、自然と笑みを浮かべてしまったシエルは忘れていた。

 

 

 

この碧月という女性が、普段なら彼の…秋月信彦の体内に潜む3つ目の意思とも言うべき存在という事を。

 

 

 

 

世界を震撼させた暗黒結社ゴルゴムの世紀王シャドームーン。その素体として改造手術を受けた秋月信彦は支配者である創世王に反旗を翻し、自身の対極の存在である世紀王ブラックサンと戦い、そして散ったはずだった。

しかしブラックサン…間桐光太郎が大聖杯への願いによって復活。その際、大聖杯の一部となったアヴェンジャーのサーヴァント、アンリマユの魂を肉体を共有する。

その時、もう一つの意識…シャドームーンの力の源である世紀王の証、キングストーンの意思も胎動していたのだ。

 

そして紆余曲折の末、3つの意思は深層意識の中で互いの存在を認め合い、キングストーンの意思は碧月という名を信彦から与えられたのである。

 

 

 

「それにしても、不思議なのよねぇ」

 

「何がですか?」

 

 

碧月とシエルは付近のオープンテラスで一服する中、碧月は注文した紅茶を一口飲んだ後、自分の視に起きた疑問を口にする。

 

 

「時々、信彦に代わってアンリが主人格になった時は信彦の姿そのままなの。けど、私が主人格になった途端に性格だけじゃなく姿までこの姿になるなんて…」

 

それはシエルも疑問に思った事だ。

 

彼女の意思が信彦の肉体に現れたのは、つい先日。甦った再生大怪人を倒して以来だったがその時はシャドームーンの姿であった為、複眼の色と声以外に変化は見られなかった。だが、人間の姿のまま人格が入れ替わった瞬間、碧月の姿は信彦とアンリマユが精神世界に現れた銀髪の女性へと変わってしまったのだ。

これには本人おろか周囲の人間も仰天。肉体まで女性へ変質していたので、本当に変わっているかと遠野家の浴室でシエルや秋葉が試しにと入浴を共にしたところ、同性として…特に秋葉は燃え尽きるほどのショックを受けてしまい、使用人である琥珀にずっと励まされていたという。

オマケに先ほど述べた通りに誰もが振り向くような美人であり、特に碧月の姿を見て一瞬とはいえ志貴が見惚れていた事でアルクェイドと秋葉は警戒心を強めている。

 

本人たちにもこればかりは原因は不明であり、以来人格が入れ替わる際は信彦本人の許しを得なければ碧月は表へ出られない決まりが出来ていた。

 

 

「信彦もイジワルよね!アンリなんて何度も表に出て女の子たちと遊んでいるのに…」

 

「…むしろ貴女を心配してのことではないでしょうか?」

 

 

信彦も様子見という事で碧月と人格を交代させたのだが、まず一歩目で盛大に転ぶ。慣れてきたと喜んだ拍子に転ぶ。初めて実物の自然や動物を見てはしゃいで転ぶ…本日の回数はそれほどでな無かったが注力が散漫である事が目立ち、人格が信彦へと戻った際には肉体は男に戻ったが見知らぬ傷が身体中に出来ていたという。

今まで力の結晶であり、知識でしか世界を知り得なかったキングストーンが自らの意思で身体を動かせたものだから、その感動も一入だろう。

信彦の許可もなく勝手に人格を入れ替わっては後程キツイ制裁を受けるアンリマユであるが、デメリットを受ける分、メリットを謳歌しているとも言える。それを見ている碧月の不満も分からんでもないシエルだが、ここは信彦への擁護という形で借りを作っておくと考えたシエルは、とにかく碧月のガス抜きへと集中する。

 

もしこのまま不満が溜まり、自分の言った通り女性の衣服を纏う事となり、いざ信彦へと戻った途端。あの人を視線だけで殺してしまうような男性が女性ものの衣服で身を包むという大事件が発生してしまうからだ。

 

アンリマユは大笑いするだろうが、その後にどのようなオチが付くかどうかは、シエルには分からない。だが、そんな考えは杞憂であったと碧月は微笑みを見て理解する。

 

 

「…でも、信彦には感謝してる。あれだけ『もう出るな』って言ったのに、こうして私を自由にさせてくれるんだから」

 

「それは、碧月さんのお手柄でもありますからね」

 

「私は結界を破っただけ。貴方のお手伝いをすると決めたのも、全てを解決したのは信彦だもの」

 

 

 

数日前の事だ。

 

美咲町を一時期恐怖に陥れていた謎の連続殺人事件。その正体が吸血鬼である死徒ミハイル・ロア・バルダムヨォンが残した足取りを追っていたシエルは彼の工房と思われる場所へと辿り着くと、もぬけの殻であった。

何者かによってロアが研究していた資料を全て奪われた後であり、必死の捜索の結果、とある組織によって強奪されたことが判明する。

それこそが美咲町からさほど離れた場所ではない場所へと秘密基地を構えていたクライシス帝国の者達だったのである。

 

自分1人では太刀打ちできないと判断したシエルは信彦へと協力を依頼。最初は断られると思ったシエルは様々な説得方法を持って挑んだが信彦はあっさりと了承。拍子抜けしたシエルであったが一刻も早くロアが遺したものなど根絶やしにしたい一心で秘密基地へと向かった。

 

 

シャドームーンとなった信彦とシエルを待ち構えていたのは視認できるほどにはっきりと魔力が渦巻く結界であった。六芒星の円陣がゆっくりと回転し触れた者を素粒子レベルまで分解する術式が組み込まれていた。恐らく、ロアの研究を応用させて組み立てたものなのだろう。

既にロアの研究が利用されてると危機感を強めたシエルの姿を見て信彦は右手へと力を集中。シャドービームで結界もろとも扉を吹き飛ばそうとしたが、そこに待ったをかけたのが碧月であった。

 

 

そのまま攻撃をすれば秘密基地だけではなく、周囲一帯に騒ぎが察知されてしまう。

 

 

碧月の助言を聞いた信彦はそのまま人格を碧月へと委ね、シャドームーンの複眼は緑色から緋色へと変わる。碧月は人差し指に魔力を集中させ、魔法陣の中心に軽く触れる。

 

ただそれだけ、結界は消失した。

 

あとは信彦の独壇場であった。襲い来るサイボーグ怪人や雑兵チャップを顕現させたシャドーセイバーで切り伏せ、白衣を纏った研究要員であるチャップが逃げまとう中、信彦はコンピューターや紙媒体の資料を燃やし尽くした。あの吸血鬼が遺した魔術が文字一片たりとも残らぬよう、燃やし尽くした。

 

これでロアが地上に残したものは完全になくなる。燃え尽きる秘密基地を見上げ、そう安堵すると共に何故が涙を流すシエルに言葉をかけることなく、信彦は無言で去っていった。

 

 

 

 

 

「でも良かったのかしら…もしかしたら、シエルは自分で決着を付けたかったんじゃ…」

 

「いえ、あれはあくまで事後処理に過ぎません。借りならば、貴方達の助力で当に成し得ているんですから」

 

 

いまでも感触はある。この手で、自分と家族の敵であるロアを葬った感触は、しっかりと。

 

だから、あれはあくまで事後処理。あれで全てに決着がついたから感極まって流した涙では、決してない。

 

これ以上感傷に浸ってはならないと、シエルは再度話題を変える。

 

任務で渡り歩いた世界の話。信彦とアンリマユの可笑しなやり取り。

 

 

女性2人の会話は止まる事無く続き、気が付けば日が傾き始めた時間となっていた

 

 

 

「あ、もうこんな時間…今日は付き合ってくれてありがとう。素敵なお休みになったわシエル」

 

「こちらこそありがとうございます。また自由な時間を貰えた時は言ってくださいね」

 

「ええ、ぜひ!」

 

「それじゃあ私はここで―――」

 

 

別れを告げ、テーブルから碧月が立ち上がった瞬間であった。

 

 

「ッ!?」

 

「碧月さんッ!?」

 

 

碧月は足の力が急に亡くなったように崩れ落ち、呼吸を荒げる。背後から背中を貫かれ、心臓を鷲掴みされたような不快感。自分の名を呼び、肩を揺さぶるシエルの声など届かず碧月はオープンテラスの向こう…遊歩道を歩く人々の中でただ1人、自分と目を合わせた存在を発見した。目を合わせただけで相手の体温を下げてしまうと思える程に冷め切った目を持つその者は既に碧月に興味を失ったかのように、人込みへと消えていく。

 

あの人物に、碧月は見覚えがない。しかし、何故か心の奥底であの人物の存在を否定していた。

 

ありえるはずが無い。いるはずがない。あの人物は『いてはならない』はずなのだからと…

 

「…そんな」

 

「碧月さん!しっかりして下さい!!」

 

「あ、ごめんなさいシエル。大丈夫。大丈夫、だから…」

 

「そのようには、決して見えないのですが」

 

「………」

 

 

そのまま無言となった碧月の肩を優しく掴んだシエルは、何も聞かずに彼女を拠点となるホテルまで送っていった。この場で説明できるような話ではないと、察してくれてたのかもしれない。碧月が目撃した人物が何者であるのか、まずは最初に話さなければならない人物たちがいる。

 

 

『あれは、何者であるか話せるか?』

 

 

ホテルの一室へと辿り着きコートを脱ぎ捨て、ベットへ倒れこんだ碧月の頭にそんな声が響いた。当然、そのような話になる。

 

 

『俺も気になるね~もし俺らの知らぬ間に作ったボーイフレンドってんなら俺らの面接を通ってからじゃないと許しませんからね!』

 

『貴様は黙ってろ』

 

 

「フフッ…」

 

 

相変わらずの会話が頭へと響く。信彦は鋭い言葉の裏でこちらを気遣った質問をして、アンリマユは場を和ませてくれる。そんな彼等には、話しておかなければならないのだから。例え、自分に身に覚えのない事でも

 

 

「いいわ。でもごめんなさい。私もわからないの。でも、あの時の不安は拭えない…だから、話すわ。あの時感じた事を…」

 

 

身体を起こし、改めてベットに腰掛けた碧月は語る。あの時、自分が視た者と、その時に感じた不安を。

 

 

 

 

 

創世王の道具として扱われていたあの時とは違う。

 

今ではこうして自分を認め、話を聞いてくれる人が、いるのだから。

 

 

 

 

 

その数時間後、法衣を纏ったシエルは遠野志貴と鉢合わせる。

 

 

まるで彼とは違う雰囲気ではあるが、確かに『遠野志貴』である少年と。

 

 

 

 

 




ちなみに碧月さんの下着をどうするかと言った瞬間に信彦さんへチェンジした事もあったりしたそうな…

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