第4話 『畜生、大切な物を貰う』
やぁ、あれからあっさり少年に引き渡されておっちゃんに引き連れられている私だよ。
いやー、まさかバレていたとはね。確かにこっそり練習していた分おなかすいちゃってた時があって、かと言ってたくさん食べ続けるとバレるかもしれない。ならばバレずにこっそり食べればいいじゃない、という精神で実は何度か脱走していたのだ。できるからこそさっき飛び越えようと考えたわけだね。
と言っても事前に食べれるものがありそうな場所は目星をつけていたし、戻る前にしっかり人がいるかを木陰から確認していた。この青毛のおかげで暗いところでじっとしていればまず見えないと思っていたんだけどな……。
「あの、この子は前にも脱柵を?」
「直接見たスタッフはいなかったんだけどね。放牧地周辺で木の実が食べられた形跡や、獣道が発見されていたんだよ。かといって猪や熊なんか足跡すらなかったし」
一先ず監視体制を強化したところ、こいつだけ時々いなくなってたんだよ。とおっちゃんは私を見ながら苦笑いしつつそう言った。
あぁ、そうか。放牧地周辺で食い物が荒らされれば、まずそっちから警戒するよな。
う~む、流石に浅い考えだったのかもしれん。これはもうしない方がよさそうだ。
「ヒン……(すまんなおっちゃん、もうやらんから)」
「はいはい、わかればいいんだよ。……とさっきはああ言ったけどさ、反省してくれたみたいだし、もうやらないだろうさ」
「あ、この子ってやっぱり言葉を?」
「なんとなく、なんてものじゃないけどね。言うこと聞いてくれるかはともかく、僕たちが何を言ってるかは完全に理解していると思うよ」
「へー、すごく賢いんですね……」
「フンッ(だろ? もっと褒めてもいいんだぜ?)」
再び嬉しいことを言ってくれる少年。それを聞いた私は落ち込んでいた気分が少し戻り、少年のほうを見ながら得意気に鼻を鳴らす。
本当なら再び鼻先を押し付けてもいいのだが、おっちゃんに手綱をしっかり握られている現状それはできなさそうだ。悲しいね。
「お……っと。かなり人懐っこいんですね」
「ここに来た時から人に物怖じはしなかったね。それはそれとして、君は気に入られているみたいだけど」
「え、そうなんですか?」
「うん。だって……ほら」
お、おっちゃんが少し手綱を緩めてくれた。これで多少動かせるようになったな。
という訳で歩きつつも早速顔を横に向け、隣を歩いている少年に近づける。それで要求を察してくれたのか、少年は少し驚きながらも再び鼻を撫でててくれた。
あ~、娯楽の少ない今世にとってこのなでなでタイムは割といいものなんだよなぁ。
……ん、元人間としてのプライド? んなもん、他人に知る術がないんだからどうでもいいですね。
「でしょ?」
「アハハ……」
「皆様、お待たせいたしました」
話しながらも歩き続けて数分後。放牧地から出て少し開けた場所についたかと思えば、私たちの前には男性が複数人待っていた。
まぁその内何人はわかる。私やマイマザー達の馬主でもある羽佐間さんに、ここのスタッフの中で主に私の担当をしてくれていた人達だ。
「おぉ、来た来た。やぁクロ、元気だったかい?」
「ヒン(おっす羽佐間さん、元気だよー)」
「この子が……あれ、福沢君? 君も一緒に来たんだね」
「はい、ちょうどこの子と一緒にいたんです。それで、坂町先生が見に来た馬だと聞きまして」
羽佐間さんが声をかけてきたので返事をしつつ、おっちゃんの指示に従ってみんなの前に立つ。この状態で真横に向きながら、少年たちの話に耳を向けた。
へー、少年の名前は福沢っていうのか。どうやらあの人について見学に来たっぽいけど、弟子かなんかだろうか?
てか、あの人は誰だ? 福沢少年が『先生』って言ってるし、文字通り学校の先生か?
「クロ、紹介するよ。この人は坂町大正先生、君がお世話になる調教師だ」
ちょう、きょう、し?
思わず首をかしげる。如何せん競馬に関する知識はほぼ無いに等しいのだ。あのスマホゲームにも、そんな職業の人は出ていなかったはずだが……。
「ハハ、流石に調教師の意味は分からないか。クロのトレーニングメニューや出走するレースを決めてくれる人だよ」
「いやいや羽佐間オーナー、いくら賢いといっても……」
あぁ、なるほど。あっちで言うところのトレーナー的ポジションの人か。いやむしろ逆か、こっちがモチーフなんだろうな。
それなら話は早い。今後数年間お世話になるわけだし、しっかり挨拶せねば。
「フヒンッ(よろしくな、坂町先生)」
「よろしく。……本当にこっちを見ながら返事したね」
そりゃまあ。あいさつは実際大事、てどこかの誰かも言ってたし。
「どうでしょう坂町先生、クロ……フォールンオニロ94は?」
「そうですね……大人しいですし、こちらの言葉を理解するほどの賢さもある。調教はやりやすそうです」
「それは良かった。馬体重は、このままいけば並以上にはなりそうなんですね?」
「現在が約440kgですので、このまま健康に過ごせれば問題ないかと。ただ……」
羽佐間さんと坂町先生、そしてスタッフのおっちゃん達は私を見ながら話し合いを始める。どうやらしばらくかかりそうだ。
その間、私はこうしてジッとしながら待っているわけだが……流石に暇になってきたな。
「(暇やなぁ、かと言って……お?)」
「……あ」
周囲を見渡したところ、福沢少年と目が合う。
そうか、彼もあの会話には入らないのか。それじゃ、私と暇つぶしでもしてようか。
「(まずはじっと見つめて~)」
「……?」
「(からの耳を回しつつ、一度顔を横に向けて~)」
「…………」
「ブルブルブルブル……(唇を震わせながらゆっくりと顔を反対側へ~)」
「ンフッ」
「アブブブブッ(ハイ今度は別の表情でもういっちょ~)」
「…………ッ!」
お、耐えてる耐えてる。
さーて……マイアンクルには大好評だったこの顔芸、みんなの話が終わるまで耐えれるかな?
「……では、その方向でお願いします。デビュー時期が決まりましたら、その時にまたご連絡を」
「はい、わかりました。それでは……って、福沢君?」
「はい、なんでしょう?」
「やけに疲れてないかい?」
「あぁ、流石に待たせすぎてしまったかな? 申し訳ないね、話に熱中しちゃって」
「いえ、そんな事はありません! ……待ってる間、全く退屈はしませんでしたから」
「「??」」
いや、その……なんだ。
皆しっかり話し合ってくれて、私としても嬉しいよ?
……その分、ずっと遊んでいたわけだけども。
「あ、すっかり忘れていた」
話し合いも終わり、クロ――フォールンオニロ94についての情報も集め終えた。
人の言うことをよく聞き、騎乗馴致も積極的に行っている。カイ食いも衰えることはなく、むしろ上手くいきすぎている程に馬体重も成長している。協調性が少ないというかかなりマイペースらしく、割と集団から離れて行動しているのは玉に瑕だが、前者からそこまで問題視はしなくてもいいだろう。他の問題については、トレセンに入ってから坂町先生が見る予定になっている。順調なら夏~秋、そうでなければ冬にデビュー予定になるらしいので、そこは気長に待つとしよう。
そこまで話し合いが終わり、今後の方針も決まった。もう帰ろうかと思ったが、もう一つ大事な用があったのを思い出して踵を返す。
「羽佐間オーナー。まだ何か?」
「名前ですよ、名前。今日のためにしっかり決めていたのに、クロには話さず帰ってしまうところだった」
「あぁ、なるほど」
馬に話しかける人はたくさんいるし、私も積極的にコミュニケーションは取る方だ。かと言ってわざわざ馬に名前を伝えたところでと思われるかもしれないが、今ここにいる人たちはそうはならないだろう。
「……?」
うん、今もこうしてクロはこっちを見て首をかしげている。これは何かを疑問に感じていて、それは恐らく自分の名前がクロであると思っていた証拠にもなる。
この子は賢く、そして幸運だ。生まれた時から色々な苦難にあったが、全てを乗り越えここまで成長してくれた。重賞勝利もまだ未経験である私が言うのもあれだが、きっとこの子は走ってくれるだろう。
「クロと言うのは幼い時の渾名みたいなものだ。レースを走るには、改めてちゃんとした名前を付ける必要がある」
漆黒の馬体故に視線が分かりづらいが、間違いなくこちらをじっと見つめている。普段なら甘えに来る距離まで近づいても、私の話をちゃんと聞こうとしているようだ。
私はゆっくりと手を伸ばし、鼻先に振れる。そして彼女としっかり向き合ってから、自分の想いを乗せて口を開いた。
「私が所有している馬の冠名は『フォールン』、これはギリシャ語で『纏う』って意味だ。先代の父曰く、『皆の想いを纏って走ってほしい』この冠名をつけているらしい」
「そして、私が君に送る名前は『フォールンストーム』。君は嵐を纏って生まれてきた。だったらそれ以外のものを纏って走ることだって、君なら簡単だろう?」
返事は、軽い嘶き。
空に向かって鳴いた後、彼女は私のほうを見て笑ったような気がした。
話が進まなさ過ぎてワロタ。
次回のあらすじ
①いざ入厩、調教開始。
↓
②問題発生、対処のため装備ゲット。
↓
③デビュー決定、鞍上も決定。