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②後の主戦騎手との出会い
※騎手登場にあたって、作者の想像と妄想に基づいた性格設定をしています。後小説に書き起こすために若干口調に違和感を感じるかも。
第3話『畜生、新たな場所で出会う』
「じゃあなー!」
「向こうでも元気でいてね~!」
「二頭ともあんまりやんちゃするんじゃねえぞ~!」
「(あいよー)」
マイマザーから引き離されはや半年、そして私が生まれてから1年たったある夏の日。
私とマイアンクル(通称ティナ子)はトラックに載せられ、生まれ育った牧場を離れることとなった。セリとやらに出されるのかと思ったらどうやらそうではないらしく、元々私たちは両方とも羽佐間オーナーが所有する予定だったみたいだ。そんなわけでこれから行く先には同い年の仔馬たちが集められ、人を乗せて走れるよう約1年かけて訓練していくらしい。
「(ゆれててこわいよー!?)」
「(落ち着くのだマイアンクルよ。適当に過ごしていればそのうち揺れなくなるからさ)」
「(それっていつまで?)」
「(ワガンネ)」
「(うわーん!)」
そんなこんなで数時間揺られまして、たどり着きましたのがこちら『育成牧場』。
では早速訓練を……と思ったが、どうやらその訓練は秋に入ってから行うものらしい。じゃあそれまで何をするのかと思ったが、どうやらマイアンクルと一緒にいた時とはあまり変わらないようだ。
と言っても環境自体は滅茶苦茶変わっている。普段過ごす場所――放牧地ははかなり広いし、そもそも周りにいる馬の数が違う。
「(ここどこー?)」
「(おまえらだれ?)」
「(おかあさーんどこー!?)」
「(こわいよさみしいよー!)」
「(う~ん地獄絵図)」
「(いかないの?)」
「(そのうちな。マイアンクルはとりあえず遊んで来たらどうだ?……ほら、あそこの少し離れたところにいるやつとか遊んでくれそうだぞ)」
「(ほんとう? じゃ、いってきま~す!)」
~そこのきみ、ぼくとあそべえええええ!!~
~なになになに!?~
わお積極的。流石の物怖じのなさだな、たまにしか会えないオーナーに毎度ぶつかり行くだけのことはある。
そう、何より以前の環境との違いは馬の数だ。多い、余りも多すぎる。これ100頭は軽く超えてんじゃないのか?
――と、言うのが育成牧場でのスタートだった。
馬は本来群れる生き物であり、そこから時間がたつにつれてある程度の集団をポツポツ形成するようになっていった。マイアンクルもあの子の他にも数頭に突撃し、無事馴染むことができたようだ。
え、私はどうかって?
無茶言わないでくれ。マイアンクル1頭に対して伊藤さんとコンビ組んで対応していたんだぞ? 10頭どころか3,4頭増えられただけでも余裕でギブアップさ。
そんなわけで、ぶっちゃけると私は集団に入らなかった。入れなかったんだろと言われても言い返せないのが悲しいところだね。
そんな私がこの夏行っていたことと言えば、相も変わらず自主練習。生憎とこの牧場に麗しきミケ様はいない、その代わり日常を過ごす放牧地はすこぶる広い。
――ならばやることは一つ、走り込みだ。
「(おはよう、今日も元気?)」
「(げんきー!)」
「(そいつはよかった)」
「(おっすおっす、この辺の草は美味しい?)」
「(おいしい!)」
「(マジ? 後で食べに戻ろっと)」
「(あーまた走ってるー!)」
「(走るのが好きなんだよ~。また鬼ごっこするか?)」
「(やった~!)」
「(こら、またぼくのぶかをかってにつれまわしたな!?)」
「(やっべバレた、じゃあね~!)」
「(まて~!!)」
とまぁコミュニケーションは欠かさず行いつつ、体を鍛える日々。
そんなこんなで夏は過ぎ去り、いざ人を乗せるための訓練が始まる秋を迎えた。そして――――
「…………」
「(…………)」
ある冬の日。私は放牧地を脱走したところを人間に見られました☆
……いやちゃうねん、まずはちょっと話をいてくれ。
人を乗せるための訓練――騎乗馴致が始まって早数か月。ぶっちゃけると私はほかの馬より訓練の進行度が頭一つ抜けていた。と言ってもそりゃ当たり前、何故なら中に人間入っている(暗喩)わけだし。特に問題を起こすこともなかったしな。
~以下回想~
「えっと、全部つけ終わりました……」
「全然暴れなかったな、なんともないのか?」
「ヒン……(まあ必要なものだし、違和感はあるがしょうがないよね)」
「(ここ歩いて~、ここで曲がって~。……お、今日はここストップなのね?)」
「おぉ、随分と上手くなったんじゃないか?」
「……もしかしてこの子、ルート暗記してませんか?」
「え?」
「(お、今日は君が乗るの? ほい、はよ乗ってや)」
「もはや近づいただけで乗せる姿勢に入ってる……」
「(うん、やっぱ人を乗せて走らんとちゃんとした訓練にならないな。この感覚を忘れないようにせねば)」
「えぇ、なにこれ。全然揺れないんだけど……?」
「(伊達にミケ様が昼寝できるように鍛えぬいたわけじゃないんだぜ?)」
~回想終わり~
……うん、特に問題は起こしてない。多分、きっと、メイビー。
まぁなにはともあれ、訓練は順調に進んでいる。このままいけば、問題なく次のステップへ進めるだろう。
……と、言いたかったのだが。
正直に言ってしまおう、物足りん。私はもっと走りたいのだが、毎回気分が上がってきたところで止められてしまうのだ。
馬になったことで現在一番感動しているのは、やはり走る速度の大幅上昇にある。文字通り風を切って進む感覚は何とも言えない快感があり、疲れない限りはずっと走り続けていたいと思ってしまう程だ。娯楽が少ないせいもあるのだろうが、それ位私は走ることにどっぷりハマっていた。
という訳でして、最近始めたのが放牧中のランニングだ。全力では走らず、かといって歩くわけでもない。人間のころで例えるとジョギングくらいの感覚で走るのだが、ずっとやっているのが人間に見つかると面倒なことになる。だがそこで役立つのが馬の視界だ。人間のそれと比べて格段に視界が広く、人間程度のシルエットならある程度離れていてもすぐに捉えることができる。正直未だに慣れないのだが、こういう時は便利なものだ。
つまり、人の視線を一定以上感じる場合は普通に歩き、感じなくなれば軽く走る。速度を変化させながら鍛えているわけだ。本当は疲れ果てるまで思いっきり走ってみたいのだが、多分止められると思うのでそれは今後に期待になると思う。
「(ラッキー、今日は人の数が少ないから1周完全に走り切れたぞ~。……って、ん?)」
そんなこんなで今日も今日とて放牧地の端っこをトコトコ周回していたのが数分前。
普段あまり感じない方向からの視線を感じ振り返ると、そこには一人の男性が立っており、こちらを見ていた。
「…………」
「(……う~ん、やっぱり今まで見たことない顔だ)」
流石に全員の顔を把握しているわけではないが、だとしても見たことがない。
てか若いな。ここにいる人間は大抵おっさんであるせいか、それも相まってすごく若い顔立ちに見える。だが別に幼いという訳でもなく、学生の少年と例えるのが一番近そうだ。頭も丸刈りっぽいし。
「(なぜにこんな場所に……あぁ、もしかして見学者?)」
とまぁそこで好奇心が働き、私は彼に近づいて行った。彼も私が近づいているの気づいており、柵を挟んで互いに向かいあう形に。ちょうど付近に他の仔馬はおらず、彼以外の人間も見当たらない。
「(案内の人もいないのは珍しいな。おっす、とりあえず撫でれ)」
「おっ……と。すごい人慣れしてる子もいるんだな……」
「フヒン(まあね)」
「え、返事した?」
頭だけを柵から乗り出し、彼にズイッと差し出す。すぐに私の意図を読み取ってくれたらしく、彼は私の鼻の上や首の横辺りを撫でてくれた。
おぉ……中々にちょうどいい。故郷の人たちの結構わしゃわしゃ撫でるのも好きだが、こうやっておっかなびっくりながらも優しく撫でるのも悪くはない。
「(おぉ、上手い上手い。センスあるね)」
「よしよし。……にしても見事に真っ黒だ」
そう言いながら私の体を見渡す少年。
母親譲りの立派な黒鹿毛……ではない。確か生まれた年に来たおっちゃんが言うには私は青毛らしい。どう見ても青くはないのだが、黒鹿毛の先の先まで行くとそう呼ばれるとのことだ。
「うん、綺麗だな」
――――ほう?
ほうほうほうほうほう??
「ヒンッ!(わかってるじゃないか学生少年!)」
「うわっ」
そうだろう、そうだろう。ここまで真っ黒なのは数少ないらしく、この牧場でも若干浮いていたのかもしれないこの毛色。
私はこれを大層気に入っている。それを初見で綺麗と言ってくれたのだ、嬉しくないわけがない。
「(よしよし、ならばもっと近くで見せてやろう!)」
「ん、離れて……ない。また戻ってきた?」
ならばたっぷり見せてやろうじゃないか、とびっきりの特等席でなぁ!
『来月の日曜日、よければ一緒に育成牧場に行ってみないかい?』
そんな電話がかかってきたのが、冬にも差し掛かってきたある日。
1年前の厩舎実習中に話しかけられ、知り合った調教師の
息抜きになる……まあ間違いではない。勉強になる……これも間違いではない。
でも結局のところ、なんとなくと言うのが一番近いのかもしれない。
「お久しぶりです、羽佐間オーナー」
「お久しぶりです、坂町さん。今日は予定を開けていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、
「未来の競馬発展に繋がります、全然かまいませんよ。……して、彼が話に言っていた?」
「えぇ、騎手の卵です」
「こんにちは、
「馬主をやっております、
初めて会ったその人はだいぶ強面で、でも柔らかい雰囲気で手を差し出してくれた。
坂町さんが育成牧場に行ったのは、この人と会うためらしい。なんでも彼の父親と縁があり、馬を預かっていた。その馬が繁殖入りしたことで一時預託がなくなったのだが、その産駒が生まれたので再び預かることになったそうだ。
そして今日会うということは、その子はここで騎乗馴致を行っているということ。つまり来年デビューすることになる。別に珍しい事ではないのだけれど、この時少しだけ縁を感じていた。
「羽佐間オーナー、ずいぶん気が早いですね?」
「いやいや、あまり業界に詳しくない私でも知ってますよ。順調にいけば来年でしたっけ?」
「は、はい!」
縁があれば是非うちの馬に乗ってもらいたい、羽佐間オーナーは笑顔でそう言ってくれた。真偽はともかく、そう言ってもらえたことは素直にうれしかった。
「ではまずスタッフの方に馴致の状況を聞き、その後実際に様子を見ながら今後を話し合いましょうか」
「えぇ、よろしくお願いします」
「福沢君、許可はもらっているから放牧地で馬の様子を見てみるといい。騎乗できるよう訓練している途中の馬だからこそ、学べることがあるかもしれないからね」
やっぱり小さいし、幼いな。
建物を出て道を通り、放牧地傍で立ち止まって様子を見る。柵の向こう側にいる馬たちは競馬場はもちろん、競馬学校にいる馬たちよりも幼い。動きもせわしなく、当たり前のことなのだが自分の目にも未熟さが感じ取れた。
――まさか君に会えるとは……――
(やっぱり、知っているんだな)
何故競馬学校で勉強している自分がこんなに注目されているのか、それは一重に父の存在だろう。
父は中央競馬で活躍しており、その手腕から【天才】と称されるほど偉大なジョッキーだった。怪我で引退を余儀なくされてしまったのだが、その息子である自分が騎手を志している。そのことはもう既に、たくさんの人に知られているみたいだ。
(みんな俺に期待している、父さんの才能を受け継いだジョッキーとして……)
知らずに握っていた手に力がこもる。そこに込められた感情を考える前に、ふと視界の端に黒い影をとらえた。
(黒鹿毛……なのか?)
その馬は他の集団に入らず、黙々と端に沿って歩いていた。歩いていたというよりは、軽く走っているといった方が正しいのかもしれない。徐々に近づいてくるにつれて、その姿がより詳しく見えてくる。
(流星もない、本当に真っ黒だ)
そうしているうちに向こうもこちらの視線に気づいたのか、立ち止まってじっと見つめてくる。若干離れているため顔の向きしかわからないが、間違いなく自分を意識していることは感じ取れた。
見つめあったのは数秒程度だろうか、その馬は再び歩き出す。しかし先程とは進路が若干変更されており、こちらに近づいてきたのだ。
(お、近づいてきた……)
そう考えてから1分もしないうちに、その馬は柵を挟んで反対側の場所までくる。そして再びこちらをじっと見つめてきたかと思うと、頭を差し出してきた。
「おっ……と。すごい人慣れしてる子もいるんだな……」
「フヒン」
え、返事した? 思わず顔を見るが、その馬はそんなこと気にせず頭をグイグイと押し付けてくる。
撫でろ、と言うことなのだろうか。取り合えず鼻の上や首横などを軽く撫でてあげると、その馬は気持ちよさそうに目を薄めていた。
(睫毛も黒い……もしかして青毛なのか?)
間近で見れたことで分かったのだが、こいつは多分青毛だ。知識として知ってはいたが実際に見るのは初めてであり、思わずまじまじと見つめる。
「うん、綺麗だな」
――そう呟いた瞬間、そいつの耳がピンっと立ったのはいまだに覚えている。
「フヒンッ!」
「うわっ、離れて……ない。また戻ってきた?」
いきなり嘶いたかと思うと頭を戻し、体を翻して離れていく。もう行くのかと思ったが、すぐさま向きを変えてこちらに向かって軽く走り出した。
え、いやいや。ちょっと待て、まさか――――!?
思わず見上げる空。
真っ白な雲を背景に、その漆黒の馬体を被写体に。
まるで1枚の絵のような状況で飛び上がったそいつは、軽々と柵を飛び越えていた。
「嘘、だろ……?」
まだ小さいとはいえ、馬体重は400付近はあるだろう。その割には静かな着地をしたそいつは振り返り、目の前まで近寄ってくる。
そして目の前でゆっくり1周したかと思ったら、再び頭をこすりつけてきたのだ。
「え? まさかお前、俺が綺麗って言ったから……?」
「フンッ」
当然だろ? そう言わんばかりにこちらを見つめ、鼻息を吐く。
冗談だと思いたいが、この馬は自分が綺麗と褒められたことを分かっているらしい。だからこうして近づき、自分の全身を見せに来たのだ。
「うっそぉ……あ、いやいやそうじゃない!」
余りの状況にボケっとしながらそいつを撫でていたが、若干落ち着いたことで現状を再認識する。まとめるとこいつは放牧地を脱走した、トラブルであることは間違いないだろう。
「えっと、こんなときどうすれば……!?」
「フンフン」
「わかったわかった、撫でるから……。坂町さんは担当する馬を見に言ってるだろうし、スタッフの人がどこかに――――」
「あーーーー! やっぱり!」
どうしたものかと考えていた所、背後から大声が聞こえてくる。それに思わず同時にビクッとして振り返ると、男性の作業員がこちらに走ってきていた。
「ちょくちょく見当たらなく時あるし、外の木の実が食べられてる形跡あったし……! もしやとは思っていたけど、遂に現行犯逮捕じゃ~!!」
……何と言うか、まさに鬼気迫る表情だった。
あとお前、いくら2歳馬だからと言っても俺より身体全然大きいんだから。
後ろに隠れて鼻で背中押してても、顔くらいしか隠れてないぞ?
――それが、俺とあいつの出会い。
物語を超えた物語だと未だに言われている、あいつとの本当の始まり。
余りにもできすぎた話だからこそ、ほんの数人しか知らない話だ。
今回のメモ
●今回の登場人物
・福沢永一
➡96年デビュー予定の新人騎手。父親は天才と呼ばれたジョッキーであり、現時点で才能を期待されている。元ネタそのまんまである。
・坂町大正
➡76年に開業した栗東所属の調教師。G1馬も排出している凄腕調教師であり、本来大樹のような半端な馬主が預託契約を結べる立ち位置の人ではない。だが父親の縁もあって、フォールンオニロの面倒を見てもらっていた。その縁が続いて主人公も受け入れてもらえることに。元ネタは変幻自在と聖剣、そしてとあるG1馬を育て上げたあの方。
●騎手の選定理由
作者「主戦騎手誰にしようかな? やっぱ同世代の主戦とは被りたくないしなあ……」
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「よし、いっそのこと主人公とデビュー年が同じ騎手の人に主戦になってもらおう!(錯乱)」
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「えーと主人公が94年生まれだから、96年デビューか。この年って誰がいるんだ……?」
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「おっと面白くなってきたな????」
次回のあらすじ
①馬主+調教師登場、名前が決まる
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②いざ入厩、調教開始。
↓
③問題発生、対処のため装備ゲット。