第2話『畜生、最初の旅立ち』
やぁみんな、いい加減現実逃避をしても無駄だと悟り始めた元人間の私だよ。
あれから約半年がたち、私はマイマザーと引き離されることとなった。
これはこの時期になると誰もが行う恒例行事なのだが、やはり仔馬と母馬の双方から猛烈に反抗されるらしい。実際私たちの隣の馬房にいたであろう親子が引き離されたであろう時には、まさに大合唱も確やと言わんばかりの大声が響き渡っていた。その時の伊藤さんたちの会話から今回の事情を知ったわけである。まあそりゃ半年間しか一緒にいられないのは嫌だよな、抵抗するのが当たり前だよ。
え、私たちはどうだったかって?
「(そんじゃ母さん、行ってきまーす)」
「(はい、いってらっしゃい)」
以上、最後の会話でした。
……いや別に私たちは不仲じゃないし、マイマザーは最後までしっかりと私を育ててくれたよ?
だがそれはそれとしてこの辺かなりドライらしく、また私も前世人間なのでまぁうまくいけばいつかまた会えるやろ精神で旅立っていったのだ。ちなみに抑える役と牽引役でスタンバっていたであろう田中さん&鈴木さんは肩透かしを食らったかのように私を見つめていたのは、割と印象に残っている。
「なんか、すごい楽でしたね……」
「ティナ子の時はあんなに苦労したのに……」
「オニロはともかく、クロはなんでそんな素直なんだ?」
「フヒンッ(いやまぁ、事情は理解できたし)」
「返事を当たり前のようにするのにももう慣れたなぁ……」
という訳でいざ旅立ちである。
――と、言うのが実は半年前の出来事であり。
そこから私は同年代の仔馬たちと日々を過ごすようになったわけだが、そこで若干問題が発生した。
「(めっさ暇である)」
「(ならあそべ―!)」
「(待ってくれマイアンクルよ。追いかけっこなら午前中にしたし、疲れたって言ってたじゃろ?)」
「(つかれた! でもごはんたべた! だからまたあそぶ!)」
「(はいはい、わかったよマイアンクル)」
悲報、同期の仔馬が1頭しかいなかった。つまりは隣の馬房で暴れていたこ奴と私だけということになる。
いやまぁ放牧の時とかに施設見てたし、規模は小さめだとは思っていたさ。それでもマイマザーの他に大人の馬を3頭くらい確認していたし、じゃあ合計4頭でのんびり過ごすのかなぁ……と思っていたんだよ。
そしたら矢先にこれである。どうやら他は不受胎だったらしく、そもそも仔馬がいなかったらしい。いやまぁ見えてはいなかったけどさ、マジでおらんとは思わないじゃん?
さらに当たり前だが目の前にいる子は年相応の精神性を持っているわけで。そこに前世2×歳の一般男性の精神を忘れていない私と二人っきりなわけでして。
「(じゃあ鬼ごっこでいい?)」
「(やったー! ぼくがさきににげる!)」
「(はいよ、10数えたら追いかけるぞー)」
「(わーい!!)」
気分は完全に親戚の子供を面倒見る羽目になったおっさんである。幸いなことにマイアンクルは遊びならなんでも喜ぶので、こうして暇さえあれば追いかけっこをしている。まあ結果的に私のトレーニングにもなるし、案外悪い事ではない。
そんな訳で放牧の度にマイアンクルと遊びまわり、彼が疲れて寝ている間はジョギング的なスピードでの駆け回り+この牧場の飼い猫たるミケ様を背に乗せ、機嫌を損ねないよう歩く体幹トレーニング(自称)。これらを地道に積み重ねていくことで私の生まれて初めての夏、秋は過ぎ去っていき、雪が積もった冬の日々も変わらず過ごしていくのであった。
「(あれ、ぼくってマイアンクルなの? ごはんくれるへんなのは『ティナ子』ってよんでたけど)」
「(変なの、じゃなくて人間な?……んー、ちがうぞ。これは叔父ちゃんって意味だ)」
「(おじちゃんって?)」
「(なんだろねー? ……それより逃げなくていいのかな、もう追いかけちゃうよ?)」
「(キャー!)」
ちなみにこの子、現在の名称を『フォールンティナの94』というらしい。そしてフォールンティナはマイマザーのマザー……つまりはマイグランドマザーということになる。つまり目の前にいる同い年の仔馬は人間でいう叔父のポジションに位置するという訳だ。
……うん、人間感覚だとおかしくなりそうだからあまり細かいことを気にするのはやめよう。仗〇の存在を知った承〇郎ってこんな気持ちだったのかな? いや向こうのほうが状況もっとひでえか。
「今戻りました」
「お疲れー。……で、今日は上手くいった?」
「うまくいくも何も、僕はほとんど何もしてないですよ」
そう言いながら事務室においてある湯沸かし器からお湯を注ぎ、お茶を入れる男性。そして作業をしていた女性にも配り、ズズッと一口飲んで息を吐く。
「ティナ子は最初は泣きまくっていたんですけど、半月もしないうちにクロに懐きましたからね。そこからず~~っと遊び続けていたし、クロに至ってはティナ子が休んでる間も駆け回っていましたから」
「それじゃあ?」
基礎体力は十分、もうバッチリですね。そう言いつつ冷えた体を温めるためにもう一口お茶を飲む。
「さっきも馬房に戻そうと思ったら僕を鬼に見立てて鬼ごっこを始めたんですよ? もうヘトヘトになっちゃって『勘弁してくれー!』って思わず言ったら、クロがミケを背に乗せたままティナ子連れて入り口まで勝手に歩いていくし……」
「完全に遊び相手と思われてるね……。あ、そう言えばオーナーから連絡がきたよ。順調なら来月には二頭とも育成牧場に送るってさ」
「もうそんな時期なんですね。……時間がたつのはやっぱり早いなぁ」
「今年は特に?」
「そりゃもちろん。あの子たち……と言うかクロが生まれてから今日までいろいろなことがありましたから」
そう言いながら1年前の出来事を思い返す。もう1年たったのかという思いもあれば、まだ1年しかたっていなかったのかという思いもある。それほどまでに、彼女と過ごした1年間は濃密なものだったのだ。
「嵐の真夜中に生まれるわ、立ち上がった瞬間に雷が落ちて扉ぶっ壊れるわ、高熱出してぶっ倒れるわ……。正直、最初はこの子やっていけるのか不安で仕方がなかったですよ」
「けどそれを乗り越えてからと言うもの、人に全く怯えないし、あんだけ走り回ってもケロッとしてるし、ティナ子の面倒見もいいし……。今じゃここのみんながあの子に期待を寄せてるよ」
男性が大変な出来事を思い返せば、話を聞いていた女性がその後の良かったことを話す。実際オニロの子はとても賢く、話しかければ鳴いて返事をしてくるほどだ。もう慣れてしまったので最近はリアクションを取っていないのだが、返事をしていると判明した瞬間にはそれはもう驚いたものである。
そして彼女が続けた言葉には男性も深く同意している。この牧場からはG1馬なんて以ての外だし、重賞馬だって出ていない。そんな自分たちに相馬眼があるのかなんてわからないが、それでも彼女には期待してしまうのだ。
「僕もですよ。あー……来月になったら絶対寂しくなりそうです」
「ハハ、じゃあ今のうちにたっぷり世話してあげなきゃ」
そうですね、そう返事をしたところでお茶も飲み終わり。男性は問題コンビの様子を見に行くため、部屋を出ていった。
今回のメモ
●主人公の血統メモ(第2回)
・母父:スズカコバン
…実在馬。宝塚記念を制したG1馬で、ミスターシービーと同期。父はあのマルゼンスキーで、2023年時点で父系を唯一繋いでいる馬でもある。
●主人公の生まれ
➡ゲーム『ウイニングポスト』で言うところの『春雷』。爆発力(ざっくり言うとスピード期待値)を上げるためにやれることやりたかったんです……。無論小説内で成績は反映していません(歴史壊れちゃう)。
≪次回のあらすじ≫
①育成牧場へ+???と出会うナレーション
↓
②育成牧場での日々の回顧
↓
③馬主+調教師登場、名前が決まる