ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい 作:三代目盲打ちテイク
異界と現世の交わる街ヘルサレムズ・ロット。日替わりで世界の終わりが訪れるこの街ではあるが、日常というものはある。
まあ、その日常が普通からしたら明らかに非日常なのだが、まあいいだろう。それもまたこのHLの日常というものなのだろう。
そんな街で世界の均衡を保つという目的を掲げたライブラと呼ばれる秘密結社の末端に所属することになった少年レオナルド・ウォッチはバイトをしていた。
ピザ宅配のバイトである。生還率が高い道をなるべく選びながらあと50%くらいで妥協しながら今日も今日とてピザを運ぶ。
ライブラからも基本給金は出ていたが、妹への仕送りの為にほとんど送ってしまう。だからこそこうやってアルバイトをしているのだが、
「くそ、このままザップさんの愛人宅トラップ喰らい続けたらいい加減死ぬぞ」
ライブラの同僚ともいえるザップ・レンフロのピザ奪取トラップを喰らい続けて散々な目に合わされている。これ以上やられたら死ぬ。
そう思うのだが、バイトをやめるわけにはいかず今日も今日とて嫌な予感がしながら配達をしている。なにせ、今運んでいるドギモピザのピザ全種類をある一軒のお宅に運ぶというのが配達の内容なのだ。
明らかに怪しい。早晩喰らい続けたザップのトラップが思い起こされる。しかし、それでも配達しないわけにはいかないわけで。
「ここ、か」
まずは周囲を確認する。ザップの影はない。マンホールも確認。出てくる気配はない。上も確認。いない。
「大丈夫、か」
いいや、まだ安心できない。配達先から出てくることだってある。最後まで気を引き締めなければ。そう思いながらレオは数十枚のピザを抱えてアパルトメントの階段を昇る。
軋む階段、軋む廊下。ぎしぎしと音を鳴らして角部屋までやってくる。顎でピザを抑えつつベルを鳴らす。耳を澄ませると聞こえてきたのは女の声。
ザップの声ではない。どうやら今回はザップはいないようだ。安堵して、軋みながら開くドアの向こうにいるであろう人に向けて定型文を言い放つ。
「どうもー、ドギモピザでーす」
「ぅ~ん、ああ、レオさん。おはようございます」
そうして、開いた扉の向こう側にいたのは、バスローブ姿のクリスだった。今まで眠っていたのか寝ぼけ眼で虹色の髪はぼさぼさだ。
しかも、バスローブは羽織ってきただけと言わんばかりで前は開いている。神々の義眼でなくてもその隙間から覗く肌色が眼に見える。当たり前だが、下着はつけていない。
「ちょっ!?」
まったくの予想外。これは予想外。頭に血が上る。
「く、ク、クリスさん!?」
「? そうですよ。クリスですよぉ。どうしましたレオさん? あー、ピザですか。ありがとうございます。さあ、どうぞお入りください。レオさんも一緒に食べましょう」
「いやいやいや、ちょっと待って、その前に、まずは前、前!」
「? 前? 私の前にはレオさんがいるだけですよ? 今日もかっこいいですよ」
「え、えっと、それはありがとうございます。じゃなくて、バスローブ!」
手で目隠ししながら言う。勿論隙間から見えているのだが、まあそれは良いだろう。幸運だったということで。しかし、そこまで言ってもわからなかったらしく、
「? とりあえず入ってください」
「…………はい」
レオは頑張った。しかし、通じなかったそれだけである。多くのピザを抱えてレオは招かれるままにクリスの自宅へと入るのであった。
壁のシミが縦横無尽に動き回っていたり、壁にかけられた肖像画がキメ顔をつくったりしている普通のアパルトメントの一室。
その中央におかれたテーブルにピザが置かれる。
「さあ、食べましょう?」
「ええっと」
「どうしました。おお、これがピザなのですね。はむ」
レオが何か言う前にとりあえずピザを食べていくクリス。
「チーズは絶品ですね。おいしいです。やっぱり温かい食べ物は美味しいですね。ねえ、レオさん」
「えっと、うん、そうだね」
「? どうしました? さあ、レオさんも食べてください。誰かと食べる食事なんて初めてでとても楽しいんです。それとも、レオさん迷惑ですか?」
「い、いや、そうじゃないよ。じゃ、じゃあ、いただきます」
とりあえず言われるままにレオもピザを食べる。色々と聞きたいことがあったがまずは食べてからだろう。ただ飯に勝るものはないのである。
そうやって食べながらレオは聞きたいことを聞くことにした。
「ねえ、聞いていい?」
「はい、なんでしょう?」
「君は、なんでライブラに?」
「人の輝きを守るためです。世界には色々な輝きがあります。それを守る為です。あなたは特に素晴らしい輝きを持っていると思いますよ」
「……僕なんてそんなに上等な人間じゃないよ」
そんな卑下したレオにクリスはいいえ、と首を横に振る。
「あなたの輝きはとても素晴らしいです。だってあなたはここにいるじゃないですか」
「え?」
レオはクリスの顔を見る。まるで、全てを見透かすかのように深い青の瞳がレオを捉えていた。彼女に自分の事情を話したわけではない。
だが、まるで彼女は知っているかのように言った。クラウスに言われたのと同じように。
「あなたは何かを諦められないからこそここにいるのでしょう? あなたのような方がここに来るのはそういうことでしょう。その眼があるにしてもライブラに入るなんて、そうそうあることではありません。
だからこそ、あなたの輝きはとても美しい。その命が放つ輝きを未来永劫、私は愛していたいのです。慈しんで、尊びたい。その輝きを、守り抜きたいと切に願うのです」
そして、一拍間をおいて、
「私は、あなたのような方を愛しているのですから。だからこそ自分を卑下しないでください。諦めていないのならあなたの夢は叶います。なぜなら、夢は諦めなければ必ず叶うのですから」
彼女はそう言う。
「…………とりあえずはだけてるのをなんとかしてください」
レオはそう返すのがやっとだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、明らかに一人乗りのバイクに三人のってるよくわからない連中がいた。
「自由とは、良いものです。温かいご飯があって、お友達が出来て。ここは良い場所ですね。ああ、そうだ今度はアルバイトというものもやってみたいです。ねえ、レオさんどうでしょう?」
天井に優雅に座りながらクリスがそういう。
「ここが良い場所とか頭湧いてんじゃねーのかこの虹色頭。お前みたいな箱入りのお嬢様には無理だって」
ザップがレオからピザだけでなく座席すらも奪いとって座りながらそう言う。
「いやいやいや! 何あんたら、こんなどうみても一人乗りにタンデムしてんの!? 馬鹿じゃないの!? てか、なんでその状態で普通に会話してんだよお前ら!」
「うっせーな、陰毛頭。あんま騒ぐなよこいつが勝手に乗ってきただけだろ」
「いや、あんたに言ってんだよ!」
「虹色頭! まさか、それはあだ名という奴ですか! 嬉しい! 私あだ名を付けられるのが夢だったんです! ありがとうございますザップさん!」
いや、それ明らかに馬鹿にしてる奴だから。しかし、クリスには関係ないのか満面の笑みで喜んでいる。馬鹿にしたつもりだったザップは明らかに色々と外されて顔を引きつらせている。
「おい、レオ。なんなんだよこいつやりにくいったらありゃしないぞ」
「知りませんよ。というか降りてくださいよ狭いんですよ」
「えー、もう少しいいでしょう? レオさん。こういう乗り物にのるのも初めてなんです」
正直言えば勘弁願うが女の子から言われては断れないレオであった。しかし、そういうわけにもいかなかった。急停車するレオ。
「きゃあっ!?」
「おわっ! おい、レオ!」
急停車によって転がって行くクリス。
「どうしたレオ」
「ザップさん、あれなんに見えますか?」
「クリーニング屋のトラックだろ?」
「そうですか。そう見えますか」
「おい、まさかお前」
「はい」
「ノイローゼか?」
「違いますよ!」
違うものが見える。神々の義眼が世界を書き換える幻術すら見通してその真実の姿をさらけ出す。そこにあるのは人を真空パックに詰めて運ぼうとしている異形共だった。
明らかにやばい奴ら。ゆえに、レオは逃げることを選択する。どうあがいてもやばいのは確実であるし、視えているのがレオだけなのだ。
ザップには見えていない。だからこそ、ここでどうにかすることはできない。ゆえに撤退。逃げる選択肢しかない。
「とりあえず、逃げますクリスさんはって――」
「あいたたた……まったくなんなんですか」
クリスは運が悪いことにトラックの目の前まで吹っ飛ばされていた。レオは必至にやばいから逃げろと合図を送るが、
「このトラックに何か? あー、これもしかして何かしら高度な幻術でも使ってるとか? じゃないとレオさんが慌てるなんてないですよねえ」
ザップはそれほど気にしている様子がないということはそういうことなのだろう。レオだけに何かが見えているのだ。
おそらくは不味いものだ。まあ、幻術使って何かしている時点で真っ黒なのでそれがなんであろうとも危険なの事には変わりないだろう。
「それに気が付いてるってことはお嬢ちゃん、ちょっと来てもらおうか」
そのままトラックに載せられてしまった。レオも合図を送ったせいで目が合ってしまった。即座に逃げ出すが、無駄無駄とばかりにぶった切られ、ザップ負傷。
レオはそのまま攫われてトラックは出発してしまった。余談ではあるが、それを追跡していた不可視の人狼チェイン・皇は即効でトラックを見失った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これが誘拐というものですか。初めて経験しました」
「なんで、この状況でこんなに落ち着いてられるの」
「いや、本当だな。で、視えてるのはそっちの坊主だけか? 嬢ちゃんの方は見えてないみたいだしな」
異形の男が聞いてくる。
「世界を書き換える規模の高度幻術。凄いですね。お爺様でもこれはできませんよ」
「いや、だからなんでそんなに冷静なの。てか、なんで普通に捕まってるの」
「きゃししししし、どうしたの? 乱暴しちゃだめよ。大事な研究材料なんだから」
そこにやってくるもう一人の異形。目玉がいっぱいのお化けだ。
「見えてるのはこっちの男の子だっけ? それじゃあ御開帳。まあ! 神々の義眼!」
そいつがレオの瞼をこじ開けて神々の義眼を見ていた。クリスもこれはない機会とばかりに覗き込む。
「おぉ、あれが神々の義眼。神工品。凄い、初めてみました」
「俺が言うもあれなんだが、あれ嬢ちゃんの仲間じゃねえのか?」
その様子に刀をもった方の異形がそんなことを呆れた様子で言う。
「ええ、仲間です。ああ、仲間なんて良い響きなのでしょう。私、仲間が出来るのが夢だったんですよ。今までお爺様にしか会ったことがなかったので」
「お、おう」
なんだこのズレた感じは。しかし、何もする気はないのか、レオに対して何かすることはなかった。異形が満足して戻って行くまで終止にこにこ笑っている。
そして、レオが気絶して二人っきりにされた時も、クリスは笑っていた。ああ、これもまた試練だ。さあ、どうするのだレオナルド・ウォッチ。
お前の選択は? 諦めるのか、諦めないのか。ライブラはきっと追ってくる。ああ、素晴らしき絆かな。
「ふふふ、ああ、楽しくなってきてしまいました。行けませんね。悪い癖です。直さないと。ああ、でもじっとなんてしてられません」
「うぅ」
しばらくするとレオが眼を覚ます。
「おはようございます。レオさん。良く眠れましたか?」
「いや、眠れるわけないよね。おかしいよね、なんでそんなに普通でいられるの。しかも、なんか縄から抜け出してるし」
「ふふふ、縄抜けは乙女の嗜みという奴です。さて、どうしましょう。今どこを走っているかもわからないので正直打つ手がありません」
「えっと、外はだいぶ霧が濃い。かなりの深度まで来てるみたいだ」
レオがそういう。
「おお、それが神々の義眼の力ですか。目に関する能力なら色々できそうですね。凄いです。そうですね。おそらくクラウス様たちが助けに来てくださると思うので待ちましょうか」
「…………」
しかしレオは黙る。すぐに頼る。これではダメだ。これでもライブラの一員なのだから。だからこそ、自分でなんとかしたい。
そんなレオの様子にただただクリスは笑みを深める。ああ、やはりこの人は素晴らしい。この人の輝きは本物だ。
だからこそ、守りたいし尊重したい。そして、もっとその輝きを見てみたい。逆境で輝くその輝きを。
「なら、どうしましょうか?」
「少し、試してみたいことがある」
「わかりました。何でも言ってください。私に出来ることならばそうですね、避妊してくださるならばなにをしてくれてもかまいませんよ。そういうことはお爺様からも聞いています。初めてですが頑張りたいと思います」
「ちょっ!? なにいっちゃってんの!?」
「ほらほら、あまり騒ぐと誘拐犯たちが来てしまいますよ」
誘拐犯というか、あれは食材調達だろう。食人はクライスラー・ガラドナ合意で厳しく取り締まられて禁止されている。
だからこそ、こうやって隠れて人を攫っていくのだ。
「じゃ、じゃあ、ちょっと目を借りるよ」
「はい」
その後、相手方の視界をシャッフルして異界車両を転ばせて動きを止めることに成功した。まあ、そのおかげで横転しまくりで中はめちゃくちゃ。
クリスは無事だがレオはすっかりぼろぼろの重症である。さてそれだけならばまだいいのだが、外から聞こえる声がある。
『ブレングリード血闘術』
我らがリーダークラウスの声だ。さて、どうやら攻撃をしてきているご様子。助けに来てくれたのだろうが、このままでは自分はまだしもレオはぼろぼろが更にぼろ雑巾になって全身包帯のミイラになるのは間違いないだろう。
今でも半身包帯くらいなのにこれ以上ボロボロになるのは見ていて忍びない。そう、試練を越えた勇者には褒美がなければならないのだ。
「ふふ、良く頑張りました。だから、私がご褒美をあげます。
ガチリ、ガチリ。機関がその音を鳴らす。首の歯車が音を鳴らし、血が流れる。流れるのは銀の宝石。噴き出す何かはなく、生じる現象もない。
だが、圧力だけが高まって行く。彼女から流れる圧力は高まり続ける。
「
空間による絶対密封防御術式。それによってクラウスのブレングリード流血闘術
まあ、それ以外はバラバラだったのだが。それでもレオは入院。まあすぐに退院できるのだが、数日入院。そういうわけでお見舞いに来たクリスだったのだが、
「あれ、いませんね?」
ふむ、彼はどこへ行ったのか。とりあえず出歩けるのでそのあたりにいるのだろう。そう思ったので、探しに出てみる。
すると墓場で彼を見つけた知らない少女と話している。
「さてさて、どうしましょう」
突撃する? イエス。
「レオさーん!」
そういうわけで現場に突撃したクリスであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「~♪」
鼻歌交じりに部屋に戻ってきたクリス。そのポストに一通の手紙が入っていた。
「あらあら、なんでしょう?」
宛名に書かれていたのは堕落王の名。十三王からの食事のお誘い。
「食事会のお誘いですか。ふふふ、さて本来ならば私の方から行くべきなのでしょうが。これは、仕方がないですね。さて、どういたしましょうか」
ふふふ、と楽しそうにクリスは笑うのであった。
ゆるりゆるりとなぜだか連載。
もうすぐもう一つの連載が終わりそうなのでこちらをゆるゆると書いていこうかと。
そして、クリスの使う術式に今回ルビがふられました。
とりあえず、レオがラブコメ主人公的な目に合ってますが、まあ彼はいいやつなので許してやってね。