ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい   作:三代目盲打ちテイク

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侍女の長い一日 後編

「――さん、レオナルドさん!」

「――ぅ」

 

 レオナルド・ウォッチは、自分を呼ぶ声で目を覚ました。

 

「あれ、ここは」

「良かった、目が覚めたんですね! 申し訳ありません、私がついていながら!」

「ああ、なるほどこういうパターンですか」

 

 いい加減慣れてきたパターンだ。

 

「あ、あの、随分落ち着いてらっしゃいますけど、大丈夫なんですか、この状況」

 

 フィリップはこの状況になって、ようやく自分が殺される可能性とか、自分がどんなに甘かったとかいろいろと反省したというのに。

 

「ああ、大丈夫ですよフィリップさん。こういう状況ならきっと助けが来ますし」

 

 それによる二次被害はどうなっても知らないが、助けは一応ちゃんと来る。銀屑とかは、なんだかんだ言いながら来てくれるのだ。

 それに、クリスがいる。クリスチャン・ローゼンクロイツはこの場合必ず助けに来る。仲間思いなのかと言えばそういうわけではないのだが、ちゃんと助けに来てくれることは確かだ。

 

 クラウスさんも絶対に来てくれるだろう。

 

「だから、大丈夫ですよ。この場合下手に抵抗した方が面倒くさいです」

 

 ここがどこなのか、ある程度は義眼でわかる。どうにも異界というわけではないし、普通の雑居ビルの中だ。縛られてもいないが、扉がどこにもない部屋なので出ようにも出れないが、まあ、いつもの事である。

 

「なんというか君は……」

「だから、おとなしく待ちましょう。良いですか、とりあえず壁から離れましょう」

 

 こういう場合、壁を突き破って入ってくる人たちばかりなので壁から離れていた方が良い。それどころか下手したらこのビルごと倒壊させかねない人がいるわけなので、それやられるとアウトなのだが、クラウスさんが助けてくれることを期待してなるべく壁から離れつつ何か盾になりそうなもので身構えておくことにする。

 

(クラウスさん、クリスさん。とりあえず、早く助けて下さい。それとレーエさんどうか無事で)

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 超高速で路地を駆けあがるメイドと男。その中で蹴りと刃が交錯する。

 

「俺は、肉体労働(こういうの)苦手だというのに」

 

 それでもレーエという人間を超えた機械人形に追従してくるあたり、このHLの人間と言えた。だが、そんなことよりもまず、レーエの思考にあるのは黄金薔薇十字騎士団ということば。

 それは、先代が遺したもの。実在していることは知っていたが、こんなにも早く現れるとは思っても見なかった。狙いはおそらく――。

 

「お嬢様ですか」

「さて、詳細は日柳に聞いてくれ、と言いたいところだが――まあ、当たりだよ。狙いはあなたの大切な大切なお嬢様だ」

「――!」

 

 それはこちらの意識を誘導するものだとわかっていても、レーエは逆らえない。レーエの歯車式頭脳が最優先事項として設定しているクリスのことが出ればそちらに嫌でも意識を割いてしまう。

 それを見越していたのだろう。

 

「そういうわけで、一つあなたには退場願おう――」

 

 ぱちんと弾いた指。路地の壁が全て剥がれ全力でレーエへと飛翔する。

 

「く――!」

 

 それを当然、迎撃しようとするが――。

 

「動くな」

「――――っ!」

 

 突然体の自由を失い、壁に挟まれる。いくつもの歯車が散り、煌びやかな光となって堕ちていく。

 

「やりやすい相手で助かるよ。俺は、おまえみたいなのを相手しているのが一番やりやすい。力任せの馬鹿ほど相性悪いやつもいなくてね」

「そうですか。では、残念でした」

「ん?」

「そういう塵蟲が来たようですよ――」

 

 ――斗流血法(ひきつぼしりゅうけっぽう)

 

「刃身の弐 空斬糸(くうざんし)

「では、御機嫌よう、またお会いしましょう」

「おいおいおい、こいつ――」

 

 ――七獄。

 

 天より降り注ぐ血の糸。

 逃げる刹那はありはしない。何よりレーエの腕が、逃がさないというようにレナスの腕を掴んでいる。

 仲間がいるというのに、一瞬にして嚇炎が走り――あらゆる全てが吹き飛んだ――。

 

「良し」

 

 それをやったのは誰に隠すことないザップである。

 

「おまえ、仲間事やるとかアホか! おまえに人の心はないのか!?」

 

 あの爆炎の中で無事だったレナスは地面に黒焦げになって落っこちながらもそうツッコミを入れる。

 

「ダイジョブだ、俺は信じている」

 

 とてつもなく良い顔でとてもいい顔言っているが、よく見ろ、助けるはずの仲間事爆破した直後なのだ。それでこれを言えるとかなんという屑なのか。

 

「ふざけるなよ、おまえ、仲間をなんだと思ってんだ!」

「全くです。それについては、非常に遺憾ながら同意です。このボウフラ以下の塵屑は、どうやっても馬鹿なのですから」

「なんで、生きてんだよ、虹色頭の侍女」

「首だけで落っこちて来たのを生きていると表現できる辺り、本当どうかしてますね」

 

 ところどころ焦げてはいるが、レーエは首だけになってザップの足元に落ちて来ていた。どうやら無事のようである。

 さすがは自動人形というべきか。ザップの火力を受けてなお、無事というのはローゼンクロイツの技術力の高さ故だろう。

 

「なんだと! こちとらタスケテやったんだろうが!」

「誰も助けてなどと言っていませんよボウフラ」

「誰が、ボウフラだ、こら! いいのかなー、今おまえー、首だけなんだぜ? 手も足もでねえだろ」

 

 だから、こんなこともできるとジッパーを降ろし始める阿呆(ザップ)

 

「そんな粗末なもの見せられてもどうじませんし、何より戦闘中でしょうになにしてるんですか。やはり馬鹿ですね」

「大丈夫だって。なにせ、キレてんのが来た」

 

 ――宝玉式(クォーツ)紋章(ローゼンクロイツァー)血闘魔術(ブラッドマギア)

 

「後悔せよ、汝が働いた、その蛮行を。我が名は黄金王――その名を以て、汝を滅殺する」

 

 王の声が響き渡る。

 

「自分の所有物をこんなにされて怒んない奴はいないだろ」

「お嬢様――」

 

 ――神々の黄昏――

 

「終末の時の中で永劫死に絶えろ」

 

 黄金の術が炸裂する。

 黄金の極光が全てを覆う。

 

 世界すら滅ぼしかねないほどのエネルギー。それが指向性を以てレナスへと向かっていく。これを食らえば人間など消滅する。

 普通の人間にこんなものなど防げるはずもない。最強最悪、ローゼンクロイツの秘法の中でも最悪の部類だ。自滅すらしかねないほどの威力。

 

 レナスはその中で見た。黄金に輝く彼の髪を、その瞳を。

 

「状況は想定通り。一つ目の鍵は、やはり侍女であったか。七十二の想定の中で、これが当たるとなると、次は……」

 

 確実な死が迫っている。その中でも、レナスは何ら痛痒を見せていない。このままでは間違いなく死ぬというのに、彼の意識は驚くほど凪いでいた。

 これすらも想定の内だというかの如く、その思考はさらに次なる段階へと駆動している。その慧眼は果たして何を見ているのか。

 

「アーガイル。策謀も良いが、少しは目の前の事態に本気になれ」

「いやいや、本気だとも。この程度の苦難、乗り越えて見せるとも」

 

 そこに響く更なる声。

 確固たる軍靴とともに、英雄は舞い降りる。神々が与えし、試練を超えんとその意思は猛っていた。

 

「ふん。だが、まだだ。我々は、誰一人としてここで欠けることなど許さんし、このままアレを落とさせるわけにはいかん」

 

 ゆえに――。

 音を鳴らして鞘から刀を抜き放つ。荘厳たる神々の黄昏に、一人の男が挑戦の声をあげた。

 その姿まさしく、英雄。

 

 その背に、誰もが希望を見るのだ。

 これより先は英雄譚(ティタノマキア)。もはや誰一人、主演以外の登壇を赦さない。自らのやったことは自らで始末をつける。

 

「いやはや、気が早くノリやすいのは玉に瑕だ」

 

 レナスがぼやくが、もはや男は聞いていない。迫りくる神々の黄昏に向かって、手にした二刀のみを持って歩いて行っている。

 神々の黄昏。超高密度エネルギーの余波の第一陣が来る。

 

「邪魔だ」

 

 それをあろうことか、この男は斬ったのだ。物理的衝撃ではない。エーテル階層に属する衝撃。精神や魂といったそれ本体に対する直接アプローチともいえるものであった。

 小難しく考えなくていいのなら、それは物理では到底干渉など不可能。

 

 だが、この男はそれを成した。何の技量も特殊な能力でもない、誰にでも備わった、気合いと根性というもので。

 第二波も、三波も、飽和してあふれ出す神々の如き神話の一撃を、彼はその二刀で切り伏せていく。その回転速度は、人間業ではなかった。

 

 一瞬のうちに蚊帳の外にまでぶっ飛ばされたザップですら見えないし、何をやっているのか意味不明な領域だった。

 

「おいおい、なんだありゃ」

「日柳」

「クサナギ? おい、生首なんだそいつは」

「かつて、このヘルサレムズ・ロットをただ一人で、壊滅にまで追い込んだかつての聖戦において、先代ローゼンクロイツと戦った英雄ですよ」

「マジか」

 

 ザップもまた聞きでしかないが、その話は知っている。ヘルサレムズ・ロットが壊滅し、世界が破滅する可能性すらあった騒動のことだ。

 

「未だ、その時ではない。我らの聖戦が、このような形であっていいはずなどない」

 

 ゆえに加速する。二刀を振るう速度、技の回転率があがる。

 加速加速加速加速――。

 

 人類全般が持つあらゆる限界を今現在も突破して、クリスへと肉薄していた。

 

「――――」

「意識がないか。あるいは、俺と話すことなどないという事か。良いだろう。今更言葉を交わすつもりなどない。今は――眠っているが良い我が宿敵。いずれ、聖戦にて会おう」

 

 一閃がクリスの首へと走った――。

 

「虹色頭!!」

 

 莫大なエーテルがはじけ、いくつかのビルをへし折ったが、それ以外に大きな被害はなく、事態は収束する。

 首が飛んだかに思えたクリスは、どうやら気絶させられただけのようだ。

 

「帰るぞ」

「おい、待てよ」

「なんだ、ライブラの男」

 

 ――おいおい、冗談じゃねえぞ。

 

 前に立っているだけで、凄まじい威圧だった。太陽の目の前に立っているかのようだ。さすがのザップですら、冷や汗が止まらない。

 だが、おかしいのは、それが恐怖ではないということだ。寧ろ、それとは真逆に近い。

 

「……用がないのであれば失礼する。今回の仕事は終わった」

「そうかい。だったら、一つ教えろ。テメェらの目的は、なんだ」

「世界平和だ」

 

 そう言って、日柳もレナスも去っていった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その後、ギルベルトさんの活躍によって救出されたボクとフィリップさん。フィリップさんも、ギルベルトさんに再生者の能力があることを知り、いかに自分がこの街を舐めていたかを知ったようだ。

 何より生首になってなお、生きている自動人形であるレーエが一番効いたようだった。 

 

 ただ、

 

「うぅ……気持ち悪いぃ……」

 

 クリスさんだけは、何をやったのか覚えていないようで、さらに大不調なのだという。彼女特有のあの日というわけではないらしく、原因不明。

 医者に見せたところでどうにもならず、本当になにもわからないのだという。

 

「大丈夫かな」

「心配よね」

「そうだねー」

 

 僕はといえば、ホワイトのところで、クリスさんの心配をしている。

 

「そういえば、お友達は?」

「ああ、ザップさん? なんか最近は真面目に修行してるんだよ」

 

 何がったのやら。明日はきっと槍でも降るかもしれない。

 このヘルサレムズ・ロットは、何が起きてもおかしくない。

 突然二週間くらいの記憶を失ったり、友達が出来たり。

 

「あら、電話?」

「はい、今からですか?」

 

 緊急事態が、突然起きたりなんかも――。




もう、更新がないと思った? アーホーめー(堕落王風)
そんなんだから、堕落するんだよ。

いや、すみません。まあ、そんなこんなで更新して見たり。
え、どこかで見たような英雄がいる? はは、そんなマサカ。

次回、師匠が登場します。

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