ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい 作:三代目盲打ちテイク
ローゼンベルク家の使用人は自動人形と呼ばれる歯車仕掛けの人形である。それはかつて、いつかの時代においてローゼンベルクの余技において作られたもの。
人型。人の形をした機械。それは無から人を生み出したということに他ならない。それは神の所業。それがローゼベルク家の使用人である。
レーエ・ドール。女である今代クリスチャン・ローゼンクロイツ付のメイドとしてヘルサレムズ・ロットにおいて生活の全てを管理するために先々代クリスチャン・ローゼンクロイツにより送り込まれたメイドである。
そんな彼女の一日は、主の起床時間に合わせて朝食を作ることから始まる。起動し、自らの歯車と機能を確認し問題がないのであればそのままキッチンへと向かう。
瞬間冷凍され、時を停めることで全ての食材を新鮮そのままに保存するという冷蔵庫から食材をチョイスする。これはクリスを除けば彼女にしかできない。
生きている者が手を突っ込むだけで、この冷蔵庫は全ての時間を凍結してしまうという欠陥品である。とある術師が立ち上げたという家電企業がふざけ感覚と真面目のはざま、それと五徹、寝起きのテンションで作った一点もの。
クリスがジャンクヤードで見つけてきた
見ればわかるとおり。理路整然と整頓された食材は色とりどりで新鮮その物の輝きを放っている。
「さて、今日はどういたしましょうか。この私が作ったものならばどれも最高の味なのは間違いありませんが、我が主である人類というごみの中でも比較的マシなごみであるクリス様は何様のつもりなのか一々味に文句を言います。まったく、何が不満なのでしょう。
クリス様が喜ぶ物と言えば、ごみ以下羽虫未満の有象無象が作った料理。それも、最底辺どころか、底が抜けたバケツのような
それもこれも、人類の中でも屑どころかもはや人類とすらいえないようなサルの排泄物であり、不敬にもクリス様の同僚を名乗る
そんな割合高濃度な毒を誰ともなく吐きつつ調理する手は軽快にして正確だ。某石川な五右衛門が使った刀と同じ素材で作られているという異界原産斬鉄包丁が奏でる旋律はそれだけで音楽界最高峰のパーカッションの演奏でも聞いているかのようですらある。
そこから作られていく料理もまた芸術品のようであった。芸術的に美しい女が芸術的に美しい料理を作り上げている。とても絵になるが、生憎と誰も見ているものはいない。
「しかし、彼は良いですね。レオナルド・ウォッチ。ミジンコ以下のごみの中では比較的有用な塵です。お嬢様も気に入っていますし、何より、お嬢様を止めてくれそうですし」
そんなことを言いながらレーエは、調理を続ける。スープを煮込み、サラダを作成し、飲み物を用意する。流れるように一連の動作を完璧に行ってみせ、一瞬にしてテーブルへとそれを運ぶ。
「さて、では、起こすとしましょう」
いつもの時間に寸分の狂いなくクリスを起こす。その起こし方は多少乱暴なくらいで良い。目覚ましに紅茶を一杯。
黄金色の異界特産の紅茶のような何か。少なくとも紅茶として売りに出されていた何かだが、実際は何なのか不明である。
味は限りなく紅茶に近いが、紅茶であって紅茶でないような、そもそも紅茶とは何か。そんなことを一口飲めば考える。
そんな宇宙的な真理の深淵を覗き込むような飲み物ではあり、一度飲んだレオが発狂しかけたのはレーエの中では中々に面白い分類で記録されている。
美味いことは確かであった。味覚回路とでもいうべき歯車構造がそう判断する。少なくとも毒ではない上に、異界人たちの上流階級では好まれているものだ。
日替わりで出す紅茶としては及第点。人間の紅茶も、異界の紅茶も総じて味が良ければ良いのだ。毒であろうとも、ローゼンクロイツにはなんら意味をなさないのだから。
血に刻まれた術式が彼女を生かす。だからこそ、重視されるのは味だ。最高の味。それこそが最高たる己の主人に出すことのできるものだ。
しかし、
「ふぅ、また同じ。もっと別のものが飲みたいわね」
味なんてものは、舌の神経が感じる電気刺激だ。言ってしまえば全てどこを何が刺激するかによって人は味を感じている。
つまり、それは容易く操作できる上に、同じなのだと主たる今代のクリスチャン・ローゼンクロイツは言う。調整された味。
何も変わらない同じ味。最高級だからこそ遊びの幅が少ない。それでも比較的紅茶という自然物であればこそ、幅はあれどそれも、予想の範囲内。
予測の外側へと飛び出していくものはない。
「そうですか。贅沢な悩みですね。本日の御予定は?」
「いつも通り」
「畏まりました」
「ああ、忘れていたわ。一人、ラインヘルツから
「
音の振動として自身の
――ラインヘルツ家特殊執事部隊所属フィリップ・レノール。
腰を怪我したギルベルト・F・アルトシュタインの代理として送られてくる人員。
網膜機関映写膜に映し出された写真と経歴、能力に関する評価を見る限り優秀な人材であることがわかる。しかし、それだけだ。
ラインヘルツ家クラウス・V・ラインヘルツ専属執事ギルベルト・F・アルトシュタインと違って
ただの戦闘技術を身につけた執事だ。それだけではここヘルサレムズ・ロットで暮らしていくことはできないだろう。
顔を見ただけでわかる。良くも悪くも善良であり、普通だ。ここは普通でいることはできない。異界と交わる異形都市だ。
誰も彼もが異形でなければ暮らしていけない。まともに見えて、誰も彼もがまともではないのだ。あのレオナルド・ウォッチですら神々の義眼を保有している。
フィリップがクラウスやザップなどのレベルで武術を習得していれば話は別だが、そういう経歴ではなさそうであった。
つまり、レーエが命じられた世話というのは、案内を含めた彼の護衛である。実に、気に入らないことであった。
「なぜ私がボウフラ以下の存在の護衛をしなければならないのです。その間、お嬢様はどうするのですか」
「レオさんといるから大丈夫よ」
絶対にジャンクフード食べる気である。しかし、命令は命令だ。従う事こそが彼女の存在である。
「では、お迎えに参ります。今日の便ですね?」
「ええ、よろしく」
一礼し、朝食の片づけとクリスの世話を影の中に収納していた、別の自動人形に任せてレーエは空港に向かった。
建物の屋根の上を飛び回り一直線に空港へ。空港では丁度、彼が乗っているという便が到着し、搭乗者が降りてきているところであった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! やってやるぞおおおおおおおおお!!」
何やら叫んでいるのがいる。どうやらその叫んでいる黒髪で長身の男こそがフィリップ氏であるらしい。無駄に大声であった。
聴覚機関を絞って機能を落とすことで対処する。タラップを降りてきたところで、レーエは声をかけた。
「お前がフィリップ・レノールですか?」
「あなたは?」
「私はローゼンクロイツ家当主クリスチャン・ローゼンクロイツ付きの筆頭メイドレーエ・ドールと申します。あなたをお迎えするように当主より仰せつかっております」
「おお! よろしくお願いします!」
直角最敬礼で答えるフィリップ。それを非常に鬱陶しそうな半眼で見つめるレーエ。こんなのの相手は嫌であったが命令だ仕方がない。
「では、こちらへ。職場にご案内し足します」
こうしてレーエはフィリップを伴ってライブラへと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうですか、彼の様子は」
壁際に立っていたレーエは腰をかばいながらやってきたギルベルトに話しかけられた。
「
あのギルベルトの煎れた紅茶以外飲まないクラウスがフィリップの煎れた紅茶を飲んだのだ。更に、折れたザップの腕を即座に応急処置したり、良く細かいことに気が付き配慮が出来る素晴らしい執事であった。
無論、それは至高の存在であるレーエには遥かに遠く及ばないことは言うまでもない事実である。それらすべてを抜きに評価だけを抜き出せばよくやっている、となる。
ただし、
「――今のところは」
「やはり、そう思いますか」
ギルベルトもその言葉に同意した。
「
「貴女に比べればどんな人間でも度し難い生き物でしょう」
合理的でなく、自分を理解できていないし、嫌なところを呑み込むことすらできない。何が出来るのか、何ができないのかも把握していないのだ。
レーエからすれば、至高の自分の主たるクリス以外は総じて有象無象であり、度し難く、ボウフラ以下のよくわからない生き物なのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レーエはレオとフィリップを案内する。
「あっちが永遠の虚方向で、ぐいぐい落ち窪んでいく割に抵抗なく進めますが近寄りすぎるのは禁物です。公共交通機関でも、赤文字で行き先表示されているところは、生還率が33.33パー割るってことですから乗らないで」
「なるほど……すごいですね! ここが聞き勝るHL! 本当によくぞ今まで生き残られました」
「いやいやいや。みなさんのおかげですよ。それにどこ行っても危険ってわけじゃないですしね、レーエさん」
「ええ、そうですね」
そう言って路地を通り抜けようとしたとき、
「おっと、すまねえ」
レオが肩をぶつけられた。その瞬間、フィリップが動いていた。武道でもって、男の腕を掴み地面へと押し倒す。
「いだ、いだあっだだだだあ!?」
「ちょっ!? 何してるんですか!?」
「彼があなたの財布を盗んだのです。ほら、これですよ。油断も隙もあったものではありませんね」
「ああ、いえ、それ別に大丈夫な奴です」
「え?」
ほら、とレオが盗られて取り返された財布を開く。そこには小銭しか入っていない。札などは全て身体中の至る所に分散させているのだという。
「どうして、そのようなことを? それでは盗まれるのが前提のように聞こえるのですが」
「いや、ほら、だってトラぶってやばいことになるよりはマシでしょ」
フィリップは理解できないという顔をした。助け船を求めて隣のレーエに視線を向けるがレーエは知ったことではないとばかりに無視だ。
「さあ、いつまでも油を売っていないで行きましょう」
それどころかさっさと行くぞと促す。
「――!!」
その時だった、レオの目が何かを捉えた。
(血――?)
レオの目が赤の軌跡を視た。それは、良く目にしているものだ。血法。ライブラの構成のほとんどが用いる牙狩りの技。
極細の針のようなそれ、一般人ではどうあがいても見ることができないほどの極細のそれがレーエたちを除いて降り注いだ瞬間、人が、消え失せた。
「レーエさん!」
「はい、レオ様はお逃げ下さい。ここは
「どうかいたしましたか?」
「フィルップさんこっちです!」
「逃がすと思うか?」
こつり、と足とと共に、路地の入口が強大な力でふさがれる。路地の反対側から現れたのはスーツの男だった。腕に十字架を模した腕輪を付けた白髪に翡翠の瞳に眼鏡をかけた男だ。
「まったく、日柳め。俺はこういうのは苦手だといつも言っているだろうに」
煙草をくわえて紫煙を吐き出しながら、その男はそこに立っている。
(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ! なんだかわからないけど、なんかやばい! あれだよ、またなんか世界が、アレだよ!)
レオの本能が感じ取る。目の前の相手はやばいと。
「レオ様、フィリップ、今、道をつくるのでそちらからお逃げ下さい」
「しかし! 貴女を残していくわけには! 私とて
最後までフィリップが言い終わる前に、レーエのヒールが彼の頬をかすって壁へとめり込む。
「邪魔です。失せろ塵虫。己の分をわきまえなさい」
「し、かし」
「では、レオ様をお守りください。私は、あれの相手で手一杯になりそうですので」
「……わかり、ました」
「では、道を作ります」
――右腕、解放――
レーエの右腕の袖部分が、破け機関の腕が姿を現す。ガチリ、ガチリと機関が組み換わり、ギアが回転し、クランクが回る。
むき出しの歯車機関が組み換わり、その腕の機能を解放する。形作られたのは
「ローゼンクロイツ家当主付き筆頭メイドレーエ・ドール。これより、旋律を奏で貴方の首を刎ねますので、あしからず」
それは
「奏でろ、共鳴剣――」
刃は振動し、切断は超過する。壁が溶断され、道が出来た。
「行きなさい」
「は、はい! 行きましょう!」
「わ、わかりました!」
2人が走って行く。
「逃がすかよ」
「では、足止めと参りましょう。ローゼンクロイツ流侍女式戦闘術推して参ります。盟約に従い、名乗りなさい薔薇十字を持つ者よ」
「――チッ、盟約を出されちゃ仕方ない。黄金薔薇十字騎士団第六席レナス・アーガイルだ」
「そうですか、では死ね」
「それは困る。アグワマリーナ式血奏術、足止めさせてもらおう」
――歯車は、回る。
遅くなって、本当に申し訳ない。
血界アニメまだ最終回来てないから、良いよね?
うん、ごめんなさい。色々とやってたらこのざまですよ。
さて、今回は、ギルベルトさんの回だったので侍女であるレーエ・ドールという自動人形をピックアップ。
そして、皆さまから募集した騎士団の一人がついに登場です。
とある猫好きななにか様より
レナス・アーガイルが登場です。頭脳派のはずが、なぜか前線に。大丈夫、稀によくあることです。
さて、次回は後編か中編か。とりあえず、オリジナル展開です。ギルベルトさんももちろん活躍します。レーエと共に。
では、また次回。