ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい 作:三代目盲打ちテイク
「ふー、ふー、ふー。さあ、次です、次! あなたたちが磨き上げてきたその輝きを私に見せてください!」
「おお、ノリノリだねえ、嬢ちゃん! いいぜ、どんどん行こうぜ!」
ノリノリなクリス。第三戦目を終えて、彼女は髪をくくっていつもはさらさないうなじをさらしている。具体的に言うならばポニーテール。普段見慣れない髪型は彼女の印象を大いに変えてくれた。
まあ、そんな副産物は良いとして、今、レオにとって重要なことは次にクリスにいくら賭けるかということと、彼女がさっきから邪魔だと投げている衣服を嗅ぐかどうかということである。
(い、良いのかレオナルド! それはあまりにも変態じゃないか。ザップさんじゃないんだ。女の子の服の匂いを嗅ぐだなんて。良いことなのか?! ……クリスさんは今三戦目。…………少しなら。いやいやいや! でも!)
その時、神の啓示が降りてきた。
『レ、オ、ナ、ル、ドよ~』
「あ、あなたは!?」
なんか葛藤の末良くわからない何かが降臨していた。レオの脳内に。
「変態神様!?」
『ちがーう。紳士神だ~』
明らかに変態という名の紳士だ。
『良いかぁ~、レオナルドよ~、嗅ぐのだ。今後、いつこんな機会があるかわからない。良いから嗅ぐのだ~。そして報告するのだ~』
『待つのですレオナルド』
なんか天使も出てきた。
『良いですかレオナルド。それはあまりにもクリスに不義理でしょう。そんなことをして一体一体どうなるというのです』
なんか良心の呵責によって葛藤がよくわからないことになっているレオであったが、
「おーい、君、さっきクリスちゃんと一緒にいた少年でしょ? おーいったら」
「あ、え、あはい!?」
「やっと気が付いたか。しっかし、あんた相当怪しいぜ? 嬢ちゃんの服持って、なんかぶつぶつ言ってるし」
「あ、あははは、すみません」
そこに立っていたのは最初にクリスと戦ったエルザだった。治療を受けたのだろう。ところどころ包帯を巻かれている。
特に顔。足を止めてインファイトしていたは良いが、最後は顔面の殴り合いだ。まったく女なのにどうしてそこまですると言うのか。
「大丈夫ですか?」
「ん? ああ、腕のいい医者がいるからね。それより、どうしてそこまでやるのかって顔だね」
「あ、はい。このヘルサレムズ・ロットって、毎日何かしら流血事件がありますよね。なのに、なんでこんなところに来てまで血を見たいのかってのと、女の人なのにそこまでやるのは馬鹿じゃないのかと思いまして」
「あんた、正直だねぇ。まあ、そうだねえ。男にもある様に諦めきれないことってあるだろ。それが女にもあるってことさ」
ステゴロ最強。有史以来、まったく進化できない人種というのはいる。いつまでもそこで戦い続けていたいと願う奴らはいる。
そう言う奴らの集まりがここ。男も女も関係ない。ただ素手。ただそれだけを振るいたいと思う奴らはいるということ。
メスゴリラと言われようとやめられないのだから仕方ない。ステゴロ最強という病気は厄介だ。
「昔はさ、良く言ったじゃん。男は強く、女はおしとやかとかさ。まあ、これはうちのばあちゃんの言葉なんだけどね」
だが、男よりも強い女はどうすれば良いのか。おしとやかでいるのは苦痛だ。己の力が発揮できないのは苦痛だ。
発揮したい。試したい。そういう渇望を叶えられる。だからここにいるし、試合もする。そんな強い女を見たい男もいる。
「まあ、そういうこと」
「そうなんですか」
良くはわからない。それでもやりたいことであれば良いのかもしれない。少なくともレオにはそう思えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『すげええぜええええ!』
オーナーの部屋で二人の男女オーナーが騒いでいた。
「へへへ、お気に召していただけたでしょうか!」
ザップ、盛大にへりくだっている。
「おうよ!」
二人のオーナーはご満悦のようだ。それもそうだろう。男の祭典で戦うクラウスも女の祭典で戦うクリスも。どちらも魅せている。
圧倒的力で全てを魅了するクラウスと、ノリをわきまえているのか、負けそうなところから急に覚醒して魅せるクリス。
どちらの試合も見どころ満天で楽しめないわけがない。興行は大成功と言えた。ただし、ザップの思惑としては半ば成功、半ば失敗と言ったところだ。
なにせ、
「どっちもノリノリになっちゃってますよねぇ!」
クラウスもノリノリになってきている。拳に力が入る、どこか笑みを浮かべてすらいる。消耗はしているだろうが、確実にやばいところに行っている。そんな予感すらした。
クリスの方は、ぼろぼろである。暑いのと邪魔なのかほとんどもう下着姿という女としては何かもう凄いやばい状態だという。ふーふーと息を吐き出して満身創痍ながら、その笑みはザップが見たこともないほどだ。
口角をあげて、殴られる度に浮かべる笑みは正直やばい引き金を引いているといか思えない。ついには現チャンピョンまで倒してしまっている。
興行的には大成功。ザップの借金もチャラだろうから良いが。
「さて、俺は帰るぜ。金を」
「よし。決めたぜ」
「え?」
オーナー共が部屋からいなくなっていた。見ればリングに立っている。どうやら、やる気のようだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お、オーナー!?」
「よく来たわね。戦士よ」
「術師ですけどね」
筋肉達磨の如き女オーナーがやってきていた。
「それがここまでやる。だから戦いは面白いのよ。さあ、今度はあたしとやりましょう。満たされたいのよ。今宵の最期を盛大に飾りましょう」
「良いですよ。レフェリー。ゴングを。さあ、始めましょう! あなたの輝きを、私に見せてください!!」
「か、開始ぃぃぃいい!!」
――ゴングが鳴る。
最後の戦いが始まった。
オーナーがクリスへと突っ込んでくる。巨体を揺らし、姿勢を低くして肩を前にして突撃。この突撃を受けられるものならば受けてみよ。そう言わんばかりに。
「はい、受けます!!!」
満面の笑みで、応えるクリス。左手を前に、距離を測るように。そして、拳を突きだした。筋肉の差? 重量の差? 巨体、リーチ。それがどうした。
クリスはそんなもの関係ないだろうとでもいうように拳を放った。今までの濃密な戦いで磨いてきた格闘技術の粋を尽くして満面の笑みを浮かべて彼女は拳を突きだす。
重量の差など些末とでも言わんばかりに彼女はオーナーの突撃を拳戟で止めて見せた。気合いと根性。愛と勇気。それが今、己の胸には輝いている。ならば、そんなことなど関係ないだろう。
まさか、この程度止められないクリスなど誰も望んでいない。だからこそ、彼女は一歩も引かない。握ったぼろぼろの拳を更に固く握りしめて、振るう。
オーナーもまたその拳を振るい合わせる。一歩、二歩! 踏み込んで何よりも重い一撃をクリスの顔面へと叩き込む。
「ふはっ!」
その衝撃は脳を否応なく揺らすほど。頭蓋に皹すら入れるほど。その威力、重さに込められた不屈の願いと思いを感じ取って、彼女はまた笑みを深めるて殴り返すのだ。
殴る。殴る。殴る。ひたすらに、休まずに、何度でも。既にクリスの両の拳は折れ砕け、綺麗であった頃の面影などどこにもない。
今では潰れた泥団子のようにすらなっていたが、彼女はまったく頓着していない。むしろなおのこと、全力でそれこそ身体ごと叩き付けるかの如く、その潰れてひしゃげている拳を叩き付ける。
そこに宿るのは確かな輝きで。それは、まさしくこのエデンで彼女が築き上げた輝きだ。それが通らないということなどありはしない。
オーナーの巨体に確かにダメージを与えている。
「いい、いいぞ!」
それをオーナーはもろ手を挙げて喜ばん勢いだった。
オーナーはまさに極致にある。それに追従するクリスは未だ、その境地へと至れてはいない。だが、急速に。そう急速に彼女は今成長していた。
オーナーは今感じ取っていた。追いついてきているクリスというものの病み付きになりそうな
「楽しいわ!!」
「ええ、楽しいです!!」
轟音が鳴り響く。ぎちぎちと膨張する筋肉から放たれた一撃が、互いの頬を打ちぬく。それでもまだだ! とばかりに二人のテンション。試合の熱量が上がって行く。
どこまでもどこまでもどこまでも。
「まだ」
「まだまだ!」
どこまでも際限なく試合の熱量、彼らの技術、力。互いに高まって行く。もはや会場は静まり返り、ただ結果だけを待ち望んでいた。
技術も何もなく足を止めてただ殴り合う。先に倒れた方の負け。どちらに分があると言われればオーナーだろう。
しかし、誰もどちらが勝つかなどきにしていない。世紀のこの試合を目に焼き付けようと必死だ。
「はああああ!!」
「おおおおお!!」
交差する二つの拳。そして、弾き合う二人の顔。多大に表情は笑顔。拳が壊れ、身体はぼろぼろで血まみれ。だというのに、二人は笑っていた。
狂っているとしか思えない。そんな状況。しかし、やはり目離せない。
「クリスさん……」
レオが呟いた瞬間、クリスが拳を振るった。しっかりと握り込まれた拳。弓を引くように、引き絞られた矢のように放たれた。
その瞬間、全ての音が消え失せた――。
「――――!!?」
ぼろぼろと剥がれるように剥がれたオーナーの肉体。数百、数千は放った拳。それによって、何かが今、限界を迎えたのだ。
それと同時にリング上のクリスは全ての時間が静止したかのように錯覚した。
「あーあー、持たなかったか。まあ良いかぁ。楽しかったし。これ以上やったら、我慢できなくなりそうだし。私はあなたたちを愛しているから。殺したくはないのよ」
服を脱ぐように、秀麗な女がオーナーの肉を脱ぐ。その女を見て、
「クリスさん!! そいつは――」
レオが叫びをあげるが、遅い。
「それじゃあね。楽しかったわ。死体でも使わないと、私たちはあなたたちと遊べないのが残念。ああ、どうして世界はこうも総じて繊細に過ぎるのか。
ふふ、でも、今日は良い日だったわ。また遊びましょうね」
そう言って、クリスをフェンスに叩き付け刹那のうちに消え失せた。こうして伝説の夜は明けた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、助かったぜだんなぁ~、虹色頭ぁ~」
へらへらとしたザップと外で合流する。クラウスもクリスも短期治療を受けてすっかり傷は目立たなくなっている。
「ザップ、無事で何よりだ」
それを大いに喜ぶのは純粋無垢なクラウス。ザップは内心でチョレーとか思っている。クリスも言うことがあったのだが、
「はふぅ~」
「大丈夫クリスさん?」
レオに肩を借りて、冷却中である。頭に氷を乗せて湯気を出している。レオとしては普段以上に高い体温と濃密な汗とか諸々のにおいと脳内メモリーに永久保存されることが決定した彼女の脱衣姿のおかげで色々と抑えるのに必死でザップにツッコム余裕がない。
その間にザップがクラウスに突っ込んでぼこぼこにされていた。
「さて、レオナルド君、私はザップを送って行くから、君はクリス君を送って行ってはくれないだろうか。君の方が早い。婦女子の帰りを遅くするのは良くない」
「わかりました」
そう言ってザップを肩にかけて帰って行くクラウスを見送り、レオも二ケツして帰ることに。
「えっと、しっかり掴まっててね――」
そうして背中に感じる彼女の体温! 柔らかな感触! 汗のにおい! 首元では更に温かな吐息! 腰に回された彼女の手。
意識するなというのは無理な話だった。
「そ、それじゃあ、い、行くね!!」
かなり声が上ずっていたが、クリスは何も言わずに背中で頷いてレオはゆっくりとスクーターを夜の街を走る。
「はふぅ、夜風が気持ち良いです」
「あ、あの、あまり耳元で喋らないでほ、ほしいかな」
吐息が当たってくすぐったい。
「ああ、すみません、ふぅ」
「ひゃぁぁ」
わざとやっているのではないだろうか。
「楽しかったですねぇ。またやりたいです」
「そ、そうだね」
「ねえ、レオさん」
「な、なに!?」
「呼んだだけです」
「えぇ!?」
どうやらテンションは下がっていないらしい。
そんなやり取りをしながら、クリスのアパートへ辿り着く。
「おやおや、まあまあ。お嬢様、ボロボロですね。これは、色々と誰かの手を借りる必要がありますね」
レオにおぶられるクリスを見てメイド自動人形のレーエは無表情で驚いた声をあげて、
「ではレオさん、お嬢様をお風呂へ運んでもらえますか。私はこれからお出かけする用事が今、ええ、今、できましたので、お嬢様をお風呂に入れて身体を隅々まで、隅々まで、隅々まで洗って差し上げてから下着から寝巻までに着替えをして差し上げてから寝かせてください」
「あ、は、はい――え!?」
何か言う前にレーエは消えていた。戻って来てくださいと追おうとしてもなぜか玄関の扉は開かない。まるで固定されているかのようだった。
ちなみに、窓も全て同じ状況になっている。完全な密室である。
「そうですか。仕方ありませんね。では、レオさんよろしくお願いします」
「え? ええええええええ!?」
どうするレオ!?
戦闘描写、やっぱり難しいですね。
まあ、本題は、色々と堪能したレオに訪れる幸運もしくは不運? ですし。空気の読めるクラウスとレーエ。ナイスアシスト。てか自分で書いておいてなんですが、いちゃいちゃしてるレオとか書いてると爆発しろと言いたくなりました笑。
果たしてレオはどうするのか! ということで拳客のエデン終了でございます。
次回はギルベルトさんの回か。あ、クラウスルートはいつか番外編でやります。
ギルベルトさんの回は、難しいな。クリスの介入の余地がないというか、彼女が介入すると、攫われなくなるというか。
む、まてよ従者回ということにしてレーエを絡ませればいいのか。クリスはクラウスとお留守番させておけばいいか。うん。
では、また次回。